Game of Vampire   作:のみみず@白月

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エボニーの男 中

 

 

「ほっほー、素晴らしい! 見たかね? 諸君。既存のやり方に縛られていては進歩できない。それをミス・エバンズが証明してくれたようだ! ……さあ、彼女に拍手を!」

 

松明で照らされた石造りの壁に、湯気が立ち昇る大鍋の数々。次なる場面はホグワーツの地下教室のようだ。席に座っている四色のネクタイを着けた生徒たちへと、スラグホーン先生がハイテンションな口調で語りかけている。学年も寮もバラバラみたいだし、魔法薬学の授業中ではなさそうだな。スラグ・クラブの集まりだろうか?

 

そんなスラグホーン先生の横に立つリリーは、恥ずかしそうな顔で頬を染めながらぺこりとお辞儀すると、奥の席に座っている黒髪のスリザリン生……おお、スネイプだったか。随分と背が伸びたな。スネイプの隣へと戻って行った。

 

「セブ、ごめんね。調合は殆ど貴方がやってくれたのに、スラグホーン先生が何か勘違いしちゃったみたいで……。」

 

「いいよ、リリー。実際のところ、あそこでベラドンナを使うことを思い付いたのは君なんだ。だったら称賛されるべきは君の方だよ。」

 

申し訳なさそうに小声で謝るリリーに対して、スネイプの方は心からそう思っている様子だ。二人で調合した魔法薬をスラグホーン先生に褒められたってことか。まだまだ仲の良さは続いているらしい。

 

「これって、ママとスネイプ先生が何年生の頃なんでしょうか?」

 

「恐らく二年生の頃でしょう。三年生のリリーは髪型を変えていたはずですからね。」

 

「ん、それで合ってると思うよ。二年の後半かな。私がジェームズたちと連み始めたばっかの頃。」

 

私の隣で記憶を見ているハリーたち三人の会話が終わるのと同時に、スラグホーン先生がクラブ活動の終了を告げる。三々五々に教室から出て行く生徒たちに続いて、スネイプとリリーもドアへと向かい始めるが……その背に一人の男子生徒が待ったをかけた。着けているのは緑色のネクタイ。つまり、スリザリン生のようだ。

 

「スネイプ、ちょっといいかな? 話があるんだ。」

 

「マルシベール? ……分かった。すまない、リリー。少し彼と話してから行くよ。」

 

「なら、今日はもう寮に戻ることにするわ。おやすみ、セブ。」

 

「ああ、おやすみ。」

 

マルシベールか。親子二代に渡ってリドルに仕えた『エリート死喰い人』で、黎明期から参加していた父親は第一次戦争の後期に死亡。息子である目の前の彼はアズカバンから脱獄した後、六月の戦争で命を落としていたはずだ。フランによれば学生時代のスネイプと非常に仲が良かったとか。

 

廊下に出て行くリリーの背を見送っていたスネイプへと、マルシベールが皮肉げな笑みで声をかける。

 

「まだ名前で呼んでくれないんだな。僕だけじゃない、君はスリザリンの仲間たちのことを苗字でしか呼ばないね。……あの女のことは名前で呼んでいるのに。」

 

「他意はないよ。……それに、他人を名前で呼ばないのは君も同じだ。」

 

「それには同意しよう。これが僕の流儀なもんでね。……だが、僕は『穢れた血』のことを名前で呼んだりはしていないよ? そこが君と僕との最も大きな違いさ。」

 

放たれた蔑称にピクリと反応したスネイプに、マルシベールは聞こえよがしにため息を吐いた後で話を続けた。困惑、呆れ、苛つきをあからさまに表しながらだ。

 

「僕は君のことを心配しているんだよ、スネイプ。スリザリンの中で孤立したくないのであれば、あの女から距離を取るべきだ。大した見た目でもないわけだし、リスクとメリットが釣り合っていないだろう? このままだと先輩たちから睨まれるぞ。君もスリザリン生なら賢い蛇でいるべきだと思うけどね。」

 

「……忠告はありがたく受け取っておくよ。」

 

「またそうやってはぐらかすつもりか? ……マルフォイ先輩が君を気に入っていたから表立って責めてくるヤツは居ないが、あの人はもう卒業しちゃったんだ。スリザリンで孤立することの意味は君もよく分かっているはずだよ。……クソったれのレストレンジなんかはこれ見よがしに責め立ててくるぞ? 新しく出来たブラック家の『お義姉さま』を笠に着て大威張りってわけさ。」

 

「分かってる。上手く立ち回ってみせるよ。」

 

無表情で口にしたスネイプの返答に気が入っていないことに気付いたのだろう。マルシベールは再び大きくため息を吐くと、荷物片手にドアの方へと歩き始める。

 

「忠告はしたからな。君が孤立した時に叩く側に回るつもりはないが、助けもしないぞ。僕はそんなにお人好しじゃないんだ。」

 

「それでも忠告してくれたことには感謝する。……ありがとう、マルシベール。」

 

「礼を言うくらいなら行動で示してくれ。ルームメイトが『はぐれ者』だと色々と苦労するんだ。」

 

背中越しに言いながら教室を出たマルシベールを見送ったスネイプは、ゆっくりと机に腰掛けると誰にともなくポツリと呟く。どこか寂しげな表情だ。

 

「……分かっているさ、そんなことくらい。」

 

同時に場面が切り替わるのを見ながら、疲れた気分で額を押さえた。後ろ盾のない半純血のスリザリン生と、マグル生まれのグリフィンドール生か。認めるのは癪だが、確かにホグワーツでは成立し難い関係だな。

 

 

 

「そら、スニベルス。もっときちんと歩いてみろよ。純血のお友達に支えてもらわないとあんよが出来ないのか?」

 

そして新たな場面は……こりゃ酷いな。ホグワーツの校庭で地面に呪文をかけるジェームズとブラック、そして足を滑らせながらもなんとか立ち上がろうとしているスネイプの姿が目に入ってきた。地面をツルツルにされているらしい。

 

何度も地面に倒れ込みながら、少し離れた場所に落ちている杖へと手を伸ばすスネイプだったが……届きそうになったその瞬間、ブラックの放った閃光が杖を遠くへと弾き飛ばす。

 

「おっと、すまん。手が滑っちまった。滑ってるものを見ると滑りやすくなるみたいでな。」

 

「お前は転ぶなよ? パッドフット。親友がこんな惨めな姿になってるのは見たくないしな。」

 

「安心してくれ、我が友。俺はスケートが得意なんだ。……スニベリー、お前はどうだ? 上手く滑ってみろよ。もう慣れただろ?」

 

これはまあ、擁護できないな。ハリーもそう思っているようで、心底情けなさそうな表情で実の父親と名付け親の『若気の至り』から目を逸らしている。マクゴナガルも呆れ果てたように眉間を押さえる中、何かに気付いたような顔のフランが肩を竦めて声を上げた。

 

「心配しなくてもそろそろ『天罰』が来るよ。かなり物理的なやつがね。」

 

天罰? 囃し立てる二人のことをスネイプが憎々しげに睨み付けたところで、現在のフランがよく分からないことを口にしたのと同時に……わお、凄いな。いきなり突っ込んできた過去のフランがブラックをぶん殴った。驚くほどに綺麗なフォームだ。

 

「おりゃ! ……まーたやってる! あんなにフランが注意したのに、なんでやるのさ! そこに座りな、プロングズ。今度は忘れないように叩き込んであげるから。」

 

「ピックトゥース? ……おい待て、やめろ。僕たちは単にスニベルスとじゃれ合ってただけだぞ? お前が怒るようなことは何も──」

 

「ふーん、そう? じゃあフランもじゃれてあげるよ。」

 

冷たい声色で端的に言い放ったフランは、流れるような動作でジェームズの右肩をがっしり掴むと、空いている右手でボディーブローを食らわせる。容赦ないな。そりゃあ手加減はしているのだろうが、ジェームズの表情を見るにそこそこの威力は保っているようだ。

 

お腹を押さえて蹲るジェームズに鼻を鳴らしたフランは、吹っ飛ばされたままで動かなくなっているブラックを一瞥した後、杖を抜いてスネイプの方に呪文を飛ばした。解呪しようというつもりらしい。

 

「えっと、フィニート(終われ)! ……あれぇ? フィニート・インカンターテム(呪文よ終われ)! フィニート!」

 

「……まあほら、この頃の私は杖魔法がそんなに上手くなかったからさ。今はそうじゃないんだよ?」

 

全然解呪できない過去の自分を見て、現在のフランがハリーに向かって聞かれてもいない言い訳を述べている間に……コゼットだ。小走りで近付いてきた私の名付け子が杖を抜いて呪文を放つ。

 

「フィニート。はい、出来たよ。」

 

「ありがと、コゼット。……なんで失敗しちゃうんだろ? ちゃんと練習してるのに。」

 

「ほらほら、落ち込まないの。この前は成功してたわけだし、今日は調子が悪かっただけだよ。それでも気になるなら後で練習すればいいでしょ?」

 

「ん、する。……スネイプ、立てる? 怪我は?」

 

素直にこくりと頷いたフランは、くるりと表情を心配そうなものに変えてスネイプの方へと歩み寄る。対するスネイプは……なんとも微妙な顔になってるな。ありがたいとは思っているが、同級生の女の子に助けられて恥ずかしい気持ちもあるのだろう。

 

「平気だよ、スカーレット。……その、悪かった。また迷惑をかけたみたいだ。」

 

「メーワクなのはスネイプじゃなくて、あっちのバカ二人なんだけどね。」

 

「まあ、私もフランの言う通りだと思うよ。……あのさ、スネイプ。スリザリンの先輩たちは何もしてくれないの? 普通こういう時って先輩が出てくるのがスリザリンの流儀じゃない?」

 

うむうむ、優しい子だな。さすがは私の名付け子だ。フランに続いて声をかけたコゼットへと、スネイプは目を伏せながら返事を返す。

 

「僕の問題は僕が片付ける。それだけだよ。」

 

「……そうなの? でも、ポッターたちはしつこすぎるよ。無関係な私が言うべきじゃないかもしれないけど、先輩か先生に相談した方が──」

 

「僕のことは放っておいてくれ、ヴェイユ。君はハッフルパフだ。スリザリンじゃない。」

 

杖を拾ってコゼットの助言を振り払ったスネイプは、そのまま城へと歩み去ろうとするが……途中で立ち止まると、バツが悪そうな顔で短く言葉を付け足した。

 

「……乱暴に言ってすまない。だけど、自分で何とかするから。」

 

そう言って今度こそ足早にスネイプが去るのと同時に、記憶の世界が崩壊していく。……あまり気分の良い記憶ではなかったな。ジェームズに対する憎しみはこうやって培われていくわけか。

 

 

 

「僕は、まだ迷っている。もちろん闇の帝王が間違っているとは思っていない。そうは思っていないが……決心が付かないんだ。」

 

革張りの黒いソファと、湖中が覗けるガラス張りの窓。冷えた空気が漂うスリザリンの談話室の中で、青年になったスネイプが誰かと小声で話している。大人版スネイプに近い顔付きを見るに六年生か七年生まで時間が進んだようだ。

 

ソファに座って組んだ手に視線を落としながら言うスネイプへと、背凭れに腰掛けているもう一人のスリザリン生が囁きかけた。切り揃えられた髪には育ちの良さが表れているが、どことなく冷淡そうな雰囲気を感じさせる青年だ。マルシベールか?

 

「迷うな、スネイプ。グリンデルバルドを破ったダンブルドアや、あの忌々しい雌蝙蝠でさえもが帝王と互角には戦えていないんだぞ。だったら勝ったも同然だ。君は新しい魔法界を作りたくないのか?」

 

「それは……作りたいさ。僕だってその一員になりたい。だけど、帝王はマグル生まれを排斥するつもりなんだろう?」

 

「まだあの女に拘ってるのか? ……そんなに気になるなら、功績を挙げて帝王にお願いすればいいじゃないか。穢れていても一応は魔法使いなんだ。『飼う』ことくらいは許していただけるかもしれない。」

 

「……やめてくれ、マルシベール。そういう言い方は好きじゃない。」

 

窓の外で揺らめく大イカを横目にしながら首を振るスネイプに、マルシベールは真剣な表情で更なる説得を繰り出す。どうやら死喰い人に入るようにと誘っているらしい。余計なことをするじゃないか。

 

「だったら考え方を変えろ。帝王が権力を握った後、あの女の生活はどうなると思う? 落ちぶれてゴミだらけの貧民街に隠れ住むのが精々だろうさ。……それを君が救うんだ。あの女を助けるんだよ。そのためには地位が必要だろう? 新しい世界での地位が。」

 

「……だから死喰い人に入れと?」

 

「君が帝王の作る世界を望んでいるのであれば、それで万事解決のはずだ。正しき高貴な血の魔法界と、あの赤毛の女。その両方が手に入るんだぞ。……僕は君のことを認めているが、それでも半純血なことには変わりない。なら、早いうちに入っておいた方がいいんじゃないか? 血筋だけの能無しにナメられるのは嫌だろう?」

 

笑みを浮かべながら言うマルシベールの爛々と輝く瞳を無言で見つめていたスネイプだったが、やがて立ち上がると葛藤しているような表情で口を開く。

 

「……少し歩いてくる。考えたいんだ。」

 

「構わないが、決断は早めに頼むよ。マルフォイ先輩が推薦してくれるらしいし、僕の父やロジエールさんも口を利いてくれる。こんなに良い条件で入れるヤツは他に居ないんだぞ。……よく考えろよ? スネイプ。いざ魔法界が変わった時、君がどこに立っているかはこの選択次第なんだからな。」

 

マルシベールの声を背に談話室を出たスネイプは、傍目にも懊悩している様子で歩を進める。恐らく目的地などないのだろう。

 

「嫌なヤツだよね、マルシベール。私は大っ嫌いだったよ。あいつ、マグル生まれのことは七年間ずっと『物』扱いしてたんだ。下級生を上手く利用して他寮のマグル生まれに嫌がらせしてたしね。」

 

「典型的な純血主義者って感じね。……フランに対してはどうだったの?」

 

「基本的には関わってこなかったかな。避けてたみたい。ハッフルパフ生のことで文句を言いに行った時も、ヘラヘラしながら口先だけで謝ってたよ。そういうタイプが一番ムカつくんだってのに。」

 

蛇寮らしい逸話だな。穴熊寮相手というのは珍しいが。とはいえ、人物評では中立を保つマクゴナガルがフォローしてこないのを見るに、あまり良い性格をしていなかったのは確かなようだ。

 

私がマルシベールの人となりについて考えていると、地下通路を進んでいたスネイプがいきなり曇った表情になった後、歩くスピードが目に見えて遅くなった。何事かと視線の先に目をやってみれば……今度はこの組み合わせか。女性らしく変わっているリリーと、キョトンとした顔で首を傾げているフランの姿が目に入ってくる。こちらを見るリリーの方もどこか気まずげだな。スネイプと何かあったらしい。

 

「……そっか、こんなタイミングだったんだ。」

 

現在のフランが何かに気付いたようにハッと呟くのを他所に、過去のスネイプは下を向いて小さく息を吐いてから、意を決したようにすれ違う二人へと話しかけた。

 

「やあ、スカーレット。それと……リリーも。」

 

「やっほー、スネイプ。」

 

「……久し振りね、セブ。」

 

そして訪れる微妙な沈黙。……何があったんだ? 私の疑問を代弁するかのように、過去のフランがおずおずと問いを放つ。

 

「えっと、喧嘩?」

 

すると途端にモジモジし始めた二人へと、過去のフランが再び口を開いた。困ったような苦笑いでだ。

 

「むー、仲直りしないの?」

 

「私からはしないわ。セブが私のことを……その、あの言葉で呼んだのが悪いのよ。」

 

「あの言葉?」

 

「だから……穢れた血って。」

 

ふむ? これまでのスネイプのことを思うに、本心から言った台詞ではなさそうだな。スネイプ本人も苦々しい表情で俯く中、フランが急にぷんすか怒り始める。大人のそれではなく、子供の純粋な怒り方だ。

 

「スネイプ? ごめんなさいしないとダメだよ! それってとっても酷い言葉なんだから!」

 

「いや、スカーレット、色々と訳があるんだよ。」

 

「スネイプ?」

 

うーむ、子供の正論っていうのはやっぱり強いな。二度呼びかけながら握った手を振りかぶるフランを見て、その威力を知っているであろうスネイプは引きつった顔に変わった後、後悔を滲ませつつリリーへと声をかけた。

 

「リリー、その……すまなかった。もちろん本気じゃなかったんだ。ただ、色々と思うところがあって、それで……本当にすまなかった。」

 

「……うん、許してあげる。もうあんな言葉使っちゃダメだよ?」

 

「ああ、約束する。」

 

本気で悔やんでいるのが伝わったのだろう。ほんの少しだけ微笑みながらのリリーの言葉を聞いて、スネイプはしっかりと約束を交わす。それを見る私、マクゴナガル、ハリーは穏やかな表情を浮かべているが……どうしたんだ? 現在のフランだけは何故か悲しげな顔だ。

 

疑問に思って問いかけようとしたところで、スネイプが過去のフランへと礼を送った。仲直りした二人を見て嬉しそうに翼をはためかせる過去のフランと、悲しそうに二人を見つめる現在のフラン。何となく印象的な対比だな。

 

「スカーレットも、その、ありがとう。君にはいつも助けられてばかりだね。」

 

「ふふん、いつか返してよね、スネイプ。」

 

「分かった、いつか返すよ。……それじゃあね、リリー、スカーレット。」

 

先程よりも晴れやかな面持ちで歩き出したスネイプは、ふと何かを思い出したように逆方向へと進む二人の方を振り返る。楽しそうに談笑しながら遠ざかるリリーとフランの背を見て、どこか切なげな微笑みを浮かべた後……小さく首を振ってから再び足を踏み出した。

 

 

 

そしてまたしても場面転換。今度は……何処だろうか? 暗闇の中でざわざわと風に揺られる木々と、微かに聞こえるふくろうの鳴き声。薄暗い夜の森の中のようだ。土気色の顔でぽつんと木の根元に立つ黒ローブ姿のスネイプに、唐突に誰かの声が投げかけられる。

 

「こんばんは、セブルス・スネイプ。……久し振りじゃな。ホッグズヘッド以来かのう。君から呼び出されるとは思わなかったよ。」

 

闇夜の中からゆったりと姿を現したのは、紫のローブを着込んだダンブルドア先生だ。杖を握ったままで悠然と近付いてくるダンブルドア先生へと、スネイプがいきなり手に持っていた杖を放り投げて跪いた。

 

「ご報告があってお呼びしたのです、ダンブルドア先生。帝王はリリーを狙っています。どうか彼女を守っていただきたい。」

 

「落ち着くのじゃ、セブルス。……何故ヴォルデモートがリリーを狙うと? それに、どうしてそのことを死喰い人たる君がわしに伝えるのかね?」

 

「貴方は両方の理由をご存知のはずだ!」

 

驚いたな。顔を上げて言い放ったスネイプは、見たこともないほどに感情的な表情だ。焦っているようであり、縋るようであり、そして後悔しているようでもある。そんなスネイプへと、ダンブルドア先生は見定めるような表情で返事を返した。

 

「さよう、わしは知っておる。君が学生時代にリリーのことを気にかけていたことも、彼女とジェームズとの間に予言の子が生まれようとしていることもね。」

 

「ならば守っていただけるのでしょう? リリーは、どうかリリーだけは。……私の所為なんです。私が帝王に予言のことを知らせてしまったから──」

 

「リリーだけかね? 夫や生まれてくる赤ん坊のことなど気にも留めぬと?」

 

僅かな威圧感を滲ませながら問いかけたダンブルドア先生に対して、スネイプは真正面からそれを受け止めて口を開く。

 

「私が願うのはリリーの命と、彼女の幸せだけです。それ以外は何も望みません。……彼女がポッターや子供の存在を望むのであれば、どうか彼らのことも救っていただきたい。」

 

どこまでも真っ直ぐな愛だな。たとえ自分に振り向かなくとも、想い人が憎い相手を愛そうとも、それでもリリーの幸せを願うのか。迷うことなく断言したスネイプの台詞を受けて、ダンブルドア先生はブルーの瞳をほんの少しだけ見開いた。彼にとっても予想外の言葉だったようだ。

 

「君もよく知る通り、戦争は一進一退の状況じゃ。ヴォルデモートは自らの敗北を恐れ、予言で示されたリリーたちのことを執拗に狙ってくることじゃろう。……セブルスよ、死喰い人となった今の君はリリーを守るために何を差し出せるかね?」

 

「リリーを、守るために?」

 

しゃがんでスネイプと目線を合わせながら聞いたダンブルドア先生へと、スネイプは自らの手のひらをジッと見つめた後で……相対する者の背筋をぞわりと震わせるような表情で答えを口にする。鋼のような冷たい決意を滲ませながら。

 

「全てを。」

 

 

 

再び世界の崩壊と再構築。次の場所は……ゴドリックの谷か? 夜の闇に沈む見覚えのある町並みを横目に、街灯に照らされた石畳の上をスネイプが小走りで駆けている。ひどく切羽詰まった表情だ。

 

「ここって……ジェームズたちの家の近くだよ。」

 

辺りをキョロキョロと見回しながらフランが言うのに、残る傍観者たる三人が驚きを浮かべた。そうか、隠れ家となっていたポッター家の近くなのか。ハリーも神妙な表情で周囲を見渡す中、いきなり遠く離れた一軒の家が眩い光に包まれる。展望台で見たのと同じ光だ。……まさか、これはあのハロウィンの夜の記憶なのか?

 

記憶を見ている全員がそのことに気付いたのだろう。私とマクゴナガルがハリーとフランのことを見つめるのを他所に、必死の形相で駆けるスネイプはドアが破壊された家に到着すると、玄関にあった戦闘の痕跡を目にして慌てて中へと入って行く。

 

いくつもの穴が空いている玄関を抜け、激しい戦いの跡が残る廊下を進んで行くと……ジェームズだ。床に倒れ伏す黒髪の男性の姿が目に入ってきた。最期の瞬間までリリーたちを守るために戦ったのだろう。折れた杖を固く握り締めたまま絶命している。

 

「……ジェームズ。」

 

呆然とその姿を見ているフランが立ち止まったのに対して、スネイプは一切立ち止まらずにその先へと向かい……そして、たどり着いた部屋の光景を見てようやく足を止めた。

 

「……リリー?」

 

ベビーベッドの上で泣きじゃくる稲妻型の傷を刻まれた幼いハリーと、そこに手を伸ばすように倒れているリリー。返事が返ってくることを願うように呟いたスネイプだったが、リリーがピクリとも動かないのを見てその場に膝を突く。

 

「嘘だ。そんなこと……嘘だ! リリー、起きてくれ。リリー!」

 

小さなハリーの泣き声など聞こえないかのようにリリーへと取り縋ったスネイプは、彼女の見開かれたグリーンの瞳を見ると……想い人を抱き締めて声にならない叫びを上げる。苦しみと悲しみ、そして怒りが綯い交ぜになったような叫び声だ。

 

「……知らなかったわ。スネイプもこの場に居たのね。」

 

「私も知りませんでした。最初に着いたのはブラックで、次にハグリッドが駆け付けたとばかり……アルバスは知っていたのでしょうか?」

 

「分からないけど、多分知っていたんじゃないかしら。……大丈夫? ハリー。」

 

この夜は本当に色々なことが起きた夜だった。多くの死と、それ以上の悲しみが。魔法省での戦いを思い出しながらハリーに問いかけてみると、彼は消え入りそうな声で返答を寄越してくる。

 

「僕、僕……全然覚えていませんでした。パパとママの叫び声と、それに緑の光。僕の中にあった記憶はそれだけだったんです。スネイプ先生がここに来てただなんて。」

 

混乱したように呟くハリーは、泣きじゃくる過去の自分へと近付いていく。運命が始まったハリーと、運命を終えたハリー。その二人が目を合わせたところで、途絶えないスネイプの叫び声と共に世界が崩れた。

 

 

 

「貴方なら守れたはずだ! アルバス・ダンブルドアとレミリア・スカーレットの二人がかりで守れなかったと? そんなことは有り得ない! 有り得るはずがない!」

 

スネイプの怒声が響いているのは見慣れたホグワーツの校長室だ。執務机に着いているダンブルドア先生は、部屋を歩き回りながら激怒するスネイプへと落ち着いた声で語りかける。

 

「彼らは……いや、わしらは間違った者を信用してしまったのじゃ。」

 

「殺すべきだった! あの時リリーを置いて家から出ずに、ノコノコ現れたブラックを殺しておけばよかった! ……私は憎いですよ。リリーを殺したヴォルデモートのことが、秘密を漏らしたブラックのことが、守り切れなかった貴方のことが、そして予言を伝えた自分自身のことが!」

 

「わしも悔やんでおるよ。全てを悔やんでおる。……じゃが、過去は変えられないのじゃ。変えるべきではない。」

 

「貴方の御託にはもううんざりです! ……リリーはもう居ない。である以上、私が生きている理由も最早ありません。」

 

死ぬ気なのか。ピタリと立ち止まって力なくソファに座り込んだスネイプに、ダンブルドア先生は身を乗り出しながら言葉を放った。

 

「しかし、ハリーは生きておる。あの子の瞳を見たかね? リリーと同じ瞳じゃった。」

 

「私が愛しているのはリリーです。ポッターとの子供など知ったことではありません。」

 

「それがリリーが命懸けで護った子だとしてもかね?」

 

ダンブルドア先生の質問を受けて、顔を上げたスネイプは憎々しげな表情で返事を飛ばす。

 

「貴方は……卑怯だ。この上なく卑怯な人だ。」

 

「分かっておる。こんな台詞を語る自分が情けなくて仕方ないほどじゃ。……わしらはヴォルデモートが本当の意味で死んだとは思っておらぬ。何れ再び現れ、今度こそハリーを殺そうとするじゃろう。」

 

「まさか、守れとでも? 私にリリーとポッターとの子を守れとでも?」

 

「そのまさかじゃよ。君が上手く立ち回っていたのであれば、ヴォルデモートは君が裏切ったことを未だ知らぬはずじゃ。ならばわしにも、スカーレット女史にも出来ぬことが君なら出来るじゃろうて。……力を貸してくれないかね? セブルス。」

 

深々と頭を下げるダンブルドア先生に対して、スネイプはギュッと手を握り締めた後で……ゆっくりとソファから立ち上がって口を開いた。強く握った所為か、手のひらからは血が滴り落ちている。

 

「……いいでしょう。ですが、理解していただきたい。私はリリーのためにやるのだということを。貴方でも、赤ん坊でも、他の誰でもなく、彼女の望みを叶えるためだということを。そのことだけは決して忘れないでください。」

 

「……すまぬ、セブルス。」

 

再び頭を下げたダンブルドア先生を背に、スネイプは校長室の出口へと足を踏み出すが……思い出したように立ち止まると、振り返らずに問いを投げかけた。

 

「スカーレットは……フランドール・スカーレットはどうしていますか?」

 

「スカーレット女史によれば、ずっと部屋に籠っているそうじゃ。コゼットとジェームズ、リリーとピーターの死、そしてシリウス・ブラックの裏切り。彼女にとっては辛いことが多すぎた。仕方のないことじゃろうて。……会いたいかね? 君が望むのであれば伝えられるが。」

 

ダンブルドア先生の提案を聞いたスネイプは、背を向けたままで寂しげな苦笑を浮かべた後、首を横に振って答えを返す。

 

「合わせる顔がありませんよ。全ての切っ掛けを作ったのは私なんですから。……恩を仇で返した男の顔など見たくもないでしょう。」

 

そう呟いてドアへと歩き出したスネイプへと、ダンブルドア先生が何かを言おうとするが……結局言葉にはせずに、去り行くスネイプの背を見送っただけだった。

 


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