Game of Vampire   作:のみみず@白月

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曇天

 

 

「大丈夫かい? ハリー。」

 

薄寒い曇天のゴドリックの谷。一年前に私がプレゼントしたスーツを着ているハリーに、アンネリーゼ・バートリはそう問いかけていた。アリスに丈を直してもらって良かったな。どうやって長くしたのかは知らんが、あの頃に比べて背が伸びたハリーにぴったりになっている。

 

十一月三日、セブルス・スネイプの葬儀が執り行われたのだ。参列者はハリーと私を除けばホグワーツの教員たちと、旧騎士団員の中から数名、それにマルフォイ親子などの数少ない友人だけ。ダンブルドアの盛大な葬儀が記憶に新しい所為かもしれんが、ちょびっとだけ寂しさを感じる光景だな。

 

悲しげな表情で墓前に花を供えているナルシッサ・マルフォイを横目に考えていると、ハリーは沈んだ声色で返事を返してきた。

 

「僕、本当に自分が嫌になるよ。何も知らずにスネイプ先生を嫌ってた自分が。」

 

「スネイプ自身が秘密にしていたんだから仕方がないだろう? ……それに、墓をこの場所に出来たのはキミが頼み込んだからじゃないか。」

 

「でも、僕に出来たのなんかそれだけだ。」

 

「充分だと思うがね。スネイプにとっては他の何よりも報いになっただろうさ。」

 

スネイプの墓が設置されているのは、リリー・ポッターの墓から少しだけ離れた丘の上だ。ここからだとちょうど彼女の墓が真っ直ぐ見える。意図したことではないんだろうが、彼女の隣のジェームズ・ポッターの墓は手前の木に隠れて見えないというおまけ付きだ。

 

諧謔のある位置取りに苦笑を浮かべる私に、ハリーは弱々しく頷きながら口を開いた。

 

「記憶のこと、マーガトロイド先生やフランドールさんから聞いた?」

 

「まあ、ざっくりとは聞いたよ。それがどうしたんだい?」

 

「僕の勝手な想像かもしれないけど、スネイプ先生はママとの思い出を誰かに憶えておいて欲しかったんじゃないかな。だって、ヌルメンガードでの行動を説明するだけなら昔の記憶まで見せる必要はなかったわけでしょ? 墓の位置だってどうにかなったはずだ。……だから、僕は憶えておくよ。スネイプ先生のことを。それがきっと僕のすべきことなんだと思う。」

 

「……そうかもね。」

 

なんとも複雑な関係だな。父を恨み、母を愛し、そして自分のために死んだ男か。神妙な顔付きでスネイプについて語るハリーを眺めていると、視界の隅に花を供えているブラックの姿が映った。いつもの不良中年スタイルは鳴りを潜め、きっちりしたスーツを身に纏っている。

 

しかしまあ、ブラックもブラックでひどい顔だな。ハリーかフランあたりから記憶のことを聞いたのだろう。後悔しているような、申し訳なさそうな表情だ。冥府のスネイプは今更なんだと鼻を鳴らしているだろうさ。

 

情けない顔の犬もどきを見てやれやれと首を振ったところで、芝生を踏み締めて近付いてきた……おや、マルフォイだ。小洒落たダークスーツ姿の青白ちゃんがハリーに声をかけた。遺言通り、彼がスネイプの遺産を相続したらしい。

 

「ポッター、話がある。来てくれるか?」

 

「……分かった、行くよ。」

 

ハリーの答えを受けて目線でこちらにも問いかけてきたマルフォイに、軽く頷いて了承の意思を伝える。今更マルフォイが何かをするとは思えない。二人で話したいなら好きにさせるべきだろう。

 

犬猿の仲だった二人が並んで遠ざかって行くのを、なんだか奇妙な気分で見送っていると……ゆっくりと歩み寄ってきたアリスが話しかけてきた。彼女にしてはかなり珍しいパンツスーツ姿だ。似合ってないとまでは言わないが、違和感が物凄いな。

 

「リーゼ様、お疲れ様です。この後はホグワーツに戻るんですか?」

 

「ん、そうだね。ポッター夫妻の墓に寄った後、ハリーと二人で学校に戻る予定だ。……ちなみに、何で今日はスカートやローブじゃないんだい? 一昨日はローブを着てたじゃないか。」

 

葬儀の開始前はごたごたしていて聞けなかった疑問を投げかけてみれば、アリスは目をパチクリさせながら回答を寄越してくる。

 

「私はほら、見た目だけは若いままなので大人っぽい喪服が似合わないんです。ローブで来ようかとも思ったんですけど、たまにはスーツもいいかなと思いまして……似合ってないですか?」

 

「いやまあ、似合ってなくもないんだけどね。私にとってのキミはスカート姿なんだよ。だからちょっと違和感があったのさ。」

 

うーむ、自分で言ってて意味不明だ。謎のレッテルを貼られて困ったように自分の姿を見下ろすアリスに微笑んでから、丘の下に広がるゴドリックの谷に視線を向けつつ話題を変えた。木々が黄色に染まっているな。もうすぐ落葉か。

 

「フランの調子はどうだい?」

 

「落ち込んではいますけど、昔ほど塞ぎ込んではいません。あの子も大人になったみたいですね。……夜になったらお参りに来るって言ってました。」

 

「いやぁ、微妙な気分になるね。こういう場合、あの子が悲しみを受け流せるようになったことを喜ぶべきなのかな?」

 

「んー、何となく分かります。小器用なフランっていうのは確かに微妙ですしね。……ホグワーツの雰囲気はどうなってます?」

 

苦笑いで放たれたアリスの質問に、肩を竦めて返事を送る。当然ながら『良い雰囲気』とは言えない状態なのだ。

 

「まるでお通夜さ。さすがに今現在のこの場所に比べればいくらかマシだが、特にスリザリンが酷いね。ダンブルドアに加えて死喰い人に参加していた親戚の死、そして追い打ちとして嘗ての寮監の訃報。大広間での食事時なんかは地獄の空気だよ。」

 

「だけど、明日から授業が再開されるんですよね。……教員たちは大丈夫なんでしょうか?」

 

「そっちこそ大丈夫なのかい? 変身術を受け持つことになったんだろう?」

 

アリスだって色々と考える時間が必要だろうに。若干心配になって問いかけてみれば、アリスは明るい表情でしっかりと答えてきた。

 

「今は何かに没頭してたい気分なんです。紅魔館に居ても無心で人形を作るだけですし、一人でそうしてるよりも生徒と触れ合ってた方が良いでしょうから。きっと渡りに船の提案だったんですよ。」

 

「なら良いんだけどね。」

 

うん、本心からの言葉……みたいだな。顔を近付けてジッと見つめて判断してから、微かに頬が赤くなってきたアリスから身を離す。どうやら身体が冷えてきたらしい。

 

「ほら、ほっぺが赤いぞ、アリス。冷える前に戻りたまえ。」

 

「へ? ……そうですね、寒いですもんね。風邪を引く前に帰っておきましょうか。」

 

いやいや、魔女は風邪なんか引かないはずだぞ。それでも心配な私としては文句などないが。何やら慌てて手を振り始めたアリスは、杖を抜きながら思い出したように報告を飛ばしてきた。

 

「えっと、明日の朝にホグワーツに向かいますので、咲夜にもそう伝えておいてくれますか? 部屋は昔使ってたとこになるみたいです。」

 

「了解だ。午前中は色々と準備があるだろうから、昼休みにでも咲夜を連れて遊びに行くよ。」

 

「はい、待ってますね。」

 

にっこり笑ってから杖を振って姿くらまししたアリスを見送って、ハリーとマルフォイの方に視線を移すが……むう、まだ話し込んでいるな。表情はぎこちないながらもギスギスした雰囲気じゃないし、二人のためにも放っておいた方が良さそうだ。

 

暫く待つことになりそうだと小さくため息を吐いたところで、今度はルーピンが近寄ってきた。葬儀だからなのか、さすがにスーツがヨレていないな。あるいはニンファドーラが整えてくれたのかもしれないが……まあ、あっちはルーピン以上に『しっかりしたスーツ』というイメージが似合わない。多分自分でどうにかしたのだろう。

 

「どうも、バートリ女史。ハリーは一緒じゃないんですか?」

 

「彼は今大事な話をしててね。用があるなら少し待っていてくれたまえ。」

 

親指で背中越しにハリーたちの方を指して言ってやると、ルーピンは意外そうな表情で曖昧に頷いてくる。三年次の教師だった彼もハリーとマルフォイの関係は知っているはずだ。

 

「仲直り、ということですか?」

 

「そこまで分かり易い会話ではないと思うよ。ハリーもマルフォイも色々と経験したからね。ここらで区切りを付けようってことなんだろうさ。」

 

「子供の成長は早いですね。二人とも私が教師をしていた頃とは大違いだ。……それでですね、実はちょっとした報告がありまして。フランドールから聞いているでしょうし、こんな時に話すべきではないのかもしれませんが、ヌルメンガードの戦いから無事に戻った後で話がとんとん拍子に──」

 

「ニンファドーラと結婚したってことかい?」

 

いい歳のおっさんがモジモジするなよな。不気味だぞ。先手を取って話を進めてみれば、ルーピンはどこか気まずげな顔で首肯してきた。

 

「厳密に言えば、『結婚する』ですね。まだ籍は入れていないんです。バートリ女史にもお世話になったわけですし、きちんと報告しておかなければと思いまして。」

 

「おめでとうと言っておくよ。式はいつになるんだい? 私はともかく、フランは呼んであげて欲しいんだが。」

 

「もちろん呼ぶつもりですが、今のところは予定していないんです。トンクスが妊娠していますから。」

 

「あー、なるほど。……それよりキミ、結婚するなら呼び方を変えたまえよ。」

 

いくらニンファドーラ本人が自分の名前を嫌っているとしても、夫になる人間が旧姓呼びっていうのは微妙な気がするぞ。呆れた気分で指摘してやると、ルーピンは情けない苦笑で言い訳を寄越してくる。

 

「いや、そうですね。頭では分かっているんですが、呼び方を変えるというのは存外恥ずかしいものでして。」

 

「仮に愛称で呼ぶなら、頼むから『ドーラ』にしてくれ。他には胸焼けしそうな呼び方しか思い浮かばないからね。私から言えるのはそれだけだ。」

 

私の理不尽な台詞にルーピンが苦笑を強めたところで、ようやくマルフォイと話し終えたらしいハリーが戻ってきた。晴れやかとは言えないが、少なくとも沈んだ表情ではないな。意義のある会話が出来たようだ。

 

「終わったよ、リーゼ。それとこんにちは、ルーピン先生。」

 

「やあ、ハリー。君にもしっかり伝えておかないとね。トンクスとのことなんだが──」

 

ハリーに報告し始めたルーピンの声を背に、少し遠くの木陰に並んでいるポッター夫妻の墓を眺める。世代は次に向かうわけだ。そして、いつかはハリーたちの子供の世代へと繋がっていくのだろう。

 

……実に面倒くさいが、紫の仕事は受けるべきだな。手段がない頃は諦められていたことでも、見届けるチャンスが出来てしまった今はもう無理だ。こっちのゴタゴタが収束し始めた以上、折を見て本人か藍あたりが顔を出すだろうし、その時にでも話を進めてみるか。

 

ゴドリックの谷に漂う秋の匂いを感じながら、アンネリーゼ・バートリは腕を組んで息を吐くのだった。

 

 

─────

 

 

「どうなっちゃうんだろうな、色々と。」

 

四階の廊下の窓際に寄りかかりながら校庭を見下ろしつつ、霧雨魔理沙はポツリと呟いていた。今日もダンブルドアの墓には各国から魔法使いたちが訪れまくっているようだ。葬儀が終わって三日が経つというのに、墓参者は途絶える気配を見せていない。

 

授業が始まった月曜日。午前中最後のマグル学を終えた私と咲夜は、寮に戻るために廊下を歩いているのだ。何でも明後日から変身術を受け持つアリスがホグワーツに到着しているようで、談話室でリーゼと落ち合ってから教員塔に会いに行くことになっている。

 

現在のホグワーツは……まあ、ちょっとばかし落ち込み気味の雰囲気だ。教員たちはどこか元気がないし、生徒たちも上の空。唯一騒いでいるのはピーブズくらいのもんだが、あのポルターガイストでさえもが悪戯にキレをなくしている気がするぞ。みんな構ってくれないから張り合いがないのだろう。

 

湖のほとりで真っ白な墓に花を供えている民族衣装の爺さんを眺めていると、咲夜が肩を竦めて応じてきた。どこの国の魔法使いなんだろうか? ワールドカップで同じような服を見かけた気がするな。

 

「どうにもならないでしょ。マクゴナガル先生が校長になって、アリスが変身術の先生になって、それで終わり。暫くすれば活気も戻ってくるわよ。」

 

「ドライな意見だな。」

 

「あのね、私はダンブルドア先生のことを尊敬してるわ。スネイプ先生のこともね。……だけど、いつまでもそれに引き摺られてたって仕方がないでしょう? きっちり見送って、次に進む。それが私たちのやるべきことなのよ。」

 

「いやまあ、そうかもしれないけどよ。……そんな簡単に割り切れるようなもんじゃないだろ。」

 

言っていることは大いに正しいが、分かっていてなお上手く出来ないのが人間というものだろう。窓から離れて咲夜の背に続きながら、姿勢の良い後ろ姿へと質問を飛ばす。

 

「そういえば、ダンブルドアから贈られた記憶はどうすんだよ。リーゼにすらまだ言ってないんだろ?」

 

私が知る限りでは憂いの篩の使用許可も得ていないはずだぞ。それを聞いてピタリと立ち止まった咲夜は、振り向かないままで返答を返してきた。

 

「今日、リーゼお嬢様とアリスに話してみるわ。マクゴナガル先生にお願いするタイミングを計ってもらうつもりよ。」

 

「リーゼやアリスとも一緒に見るのか?」

 

「……それはまだ決めてないわ。」

 

ふむ? 何かを悩んでいる時の声色だな。私としては二人も一緒に見たほうが上手く進むような気がするのだが、軽々な助言はトラブルの元。その辺は咲夜当人に決めさせるべきだろう。

 

すれ違う数名の生徒たちを横目に、咲夜に追い付いて話題を変える。

 

「こうもゴタついてるってことは、クィディッチリーグは延期かな。この雰囲気でやっても盛り上がらないだろうしさ。」

 

「何も聞かされてないの?」

 

「ん、聞いてない。……中止にはならないといいんだけどな。ケイティは来年で卒業だから、これが最後のリーグなんだ。あれだけ頑張ったのに中止になったら悲しすぎるぜ。」

 

二年生の時も中止になったが、あの時は三大魔法学校対抗試合というそれなりに盛り上がるイベントがあったし、グリフィンドールチームからの卒業者も居なかった。……今にして思うと、あの年卒業した代表選手は色々と無念だったのかもな。ハッフルパフなんかはディゴリーの件もあったわけだし。

 

大雨の中で私に声をかけてくれたディゴリーのことを思い出していると、前方から『ペット』を散歩させているルーナが歩いてくるのが目に入ってきた。握ったリードの先には首輪が付いており、首輪には何も付いていない。つまり、首輪そのものを散歩させているようだ。

 

「よう、ルーナ。リードで繋がなくても首輪は逃げないと思うぜ。付いても来ないだろうけどな。」

 

『いつも通り』のルーナに挨拶を放ってみると、彼女は大きな銀灰色の瞳を瞬かせながら頷いてくる。

 

「分かってるよ、そんなこと。プリンピーを捕まえようとしてるだけだもん。」

 

「プリンピーが居るのは湖よ、ルーナ。水棲の生き物なんだから、城には棲んでないと思うけど。」

 

「陸棲のも居るんだよ。パパの調査によれば、こうやって空の首輪を引き摺ってるといつの間にか嵌ってるんだって。それを調べてるの。」

 

「あー……そう、なるほどね。」

 

便利な言葉で受け流した咲夜に対して、ルーナは尚も謎生物の説明を続けた。ちょっと安心するな。こんな時でもルーナはルーナのままだったわけか。

 

「ガルピング・プリンピーは幸せを運んできてくれるんだよ。それって、今のホグワーツには必要なものでしょ? だから捕まえるんだ。」

 

「幸せ? ……捕まるといいわね。」

 

「うん、捕まえたら二人にも見せてあげる。きっと元気が出るよ。人を丸呑みに出来るくらい大きいらしいから、もしかしたらこの首輪じゃ小さすぎるかもしれないけど。」

 

おいおい、想像以上に危険な生き物じゃないか。あっけらかんとした表情でそう言うと、ルーナはカラカラと首輪を引き摺りながら去って行く。それを見送った後で、再び談話室へと歩を進めながら口を開いた。

 

「ま、ガルなんちゃらプリンピー無しでもちょびっとだけ元気出たぜ。」

 

「そうね、ルーナを見てると落ち着くわ。……あの子、フクロウ試験の年なのに大丈夫なのかしら?」

 

「大丈夫だろ。ジニーによればとびっきり良くはないけど、別段悪いとも言えない成績らしいから。テストの順位でいうと自分より上だって言ってたしな。」

 

「あら、そうなの。だったら問題なさそうね。」

 

拍子抜けしたように納得した咲夜は、そのままひょいひょいと危険な段を避けながら中央階段を下りていく。私もそれに続こうとしたところで……うーむ、また墓掃除をするつもりか。校庭の方で『お墓掃除セット』を手にしたハグリッドが歩いているのが視界に映った。こんなペースでピカピカにしてたらそのうち削れてペラペラになっちまうぞ。

 

まあうん、咲夜の言う通り暫くすれば落ち着くだろう。ハグリッドも、ホグワーツもだ。今のこの場所に必要なのは心の整理をする時間なのだから。……ガルなんちゃらが居ればなお良いのかもしれないが。

 

「早く来てよ、魔理沙! リーゼお嬢様はもう到着してるかもしれないのよ?」

 

「へいへい、今行きますよっと。」

 

動く階段の先から呼びかけてくる咲夜に向かって、霧雨魔理沙は足を踏み出すのだった。

 

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