Game of Vampire   作:のみみず@白月

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継承

 

 

「折角招待してくれたんだし、今年のクリスマスは隠れ穴にお邪魔することになるかも。シリウスも一緒にね。本当はブラック家のお屋敷でパーティーを開きたかったみたいなんだけど、会場としてあまりにも向いてないから諦めたんだって。」

 

賢明な選択だな。サンタクロースは純血主義者じゃないだろうし。談話室のソファに座って杖を磨きながら言うハリーを横目に、アンネリーゼ・バートリは釣りの専門誌を読み進めていた。彼は先日オリバンダーの店で買った新しい杖……ナナカマドに不死鳥の風切羽、27センチ。死喰い人の襲撃の際に被害を免れた物の一本らしい。が余程に気に入ったようだ。最近は暇さえあれば磨きまくっている。磨り減ったりしないのだろうか?

 

十二月も後半に差し掛かった現在、クリスマス休暇にホグワーツに残るための申請が始まっているのだが、今年のハリーはブラック邸で休暇を過ごすことに決めたそうだ。……これも運命を乗り越えたことによる変化だな。もはや彼の安全を脅かす者は居ないし、『家』がダーズリー家である必要もなくなったのだから。

 

嬉しそうにクリスマスの予定を話すハリーへと、彼の足に寄り掛かってクィディッチのテクニックブックを読んでいるジニーが返事を返した。ロンはそんな妹の姿をどこか落ち着かない様子でチラチラ見ており、ハーマイオニーはそれに呆れ顔を浮かべている。

 

「ん、歓迎するよ。付き合って初めてのクリスマスなんだから、出来れば一緒に過ごしたいし。」

 

「あー……そうだね、うん。」

 

うーむ、割とあっけらかんと言うジニーに対して、ハリーは未だに照れ臭そうだな。……つまりはまあ、この二人はめでたく正式に付き合うこととなったのだ。具体的に何があったのかまでは知らないが、いつの間にかこんな感じになっていた。あの餞別のキスが切っ掛けになったのは間違いあるまい。

 

私としてはジニーがハリーを支えてくれるのは望ましい展開だし、ハーマイオニーや咲夜、魔理沙やルーナなんかも祝福している。そして兄バカどのも今の親友にはそういう存在が必要だと分かっているようで、時折『くっつき過ぎ』を注意する以外は黙って見守っているのが現状だ。やや注意がしつこい感はあるが。

 

妹の恋愛を気にする前に自分のそれをどうにかしろよなと考える私を他所に、テーブルで宿題を片付けている魔理沙が口を開いた。肩の骨折はポンフリーの治療によって早くも治ったようで、試合後三日ほど装着していた固定器具は既に無くなっている。

 

「賑やかなパーティーになりそうじゃんか。……私はどうすっかな。ハリーも居ないんだったらホグワーツに残るのもつまんないし、ダイアゴン横丁に帰っとくか。」

 

「マリサも私の家に来ちゃえば? サクヤの家に行くのかもしれないけどさ。」

 

「んー……咲夜はどうすんだ? やっぱ紅魔館でパーティーか?」

 

ジニーからの質問を受けた魔理沙が咲夜に問いを回すと、銀髪メイド見習いは首を傾げた後でこちらにパスしてきた。

 

「えっと、どうなんでしょう? リーゼお嬢様。」

 

「毎年恒例のちょっとしたパーティーは開くかもしれないが……そうだな、クリスマスは魔理沙と一緒に隠れ穴に行っといで。年末を紅魔館で過ごせば問題ないさ。」

 

「でも、パーティーがあるならお料理の準備なんかもありますし。」

 

「なら、紅魔館でのクリスマスパーティーは無しにしようか。私もアリスも隠れ穴に行くよ。そっちでモリーを手伝ってあげてくれ。……人数が増えるかもしれないが、構わないかい? ジニー。」

 

今年のクリスマスはちょうど満月だからフランは地下室で大人しくしていると言ってたし、咲夜が隠れ穴に行けばレミリアも勝手に引っ付いてくるだろう。パチュリーなんかは言わずもがな、クリスマスパーティーが無くなったところで何ら痛痒を感じまい。そう思ってジニーに聞いてみれば、赤毛の末妹どのは肩を竦めて頷いてくる。

 

「ママが嫌がると思う? 歓迎するに決まってるよ。」

 

「それじゃ、今年のクリスマスパーティーは隠れ穴でってことで決定だ。食材なんかも持って行くよ。肉とか、肉をね。」

 

「いいな、それ。リーゼが用意するってことは豪華なやつなんだろ?」

 

「なんなら牛ごとでも構わないよ。」

 

まず食べ切れないだろうが、丸焼きにでもすれば派手さはあるはずだ。嬉しそうなロンに私がそこそこ本気の提案を口にしたところで、レポートと格闘中のハーマイオニーも話に参加してきた。

 

「そうなると私も行きたくなってくるわ。パパとママに話してみようかしら?」

 

「なんだったら私が迎えに行くよ。姿あらわしでパパッとね。」

 

「うーん、お願いすることになるかも。……楽しいクリスマスになりそうね。」

 

微笑みの中に僅かな寂しさを混ぜたハーマイオニーは、恐らくダンブルドアのことを思い出しているのだろう。それを感じ取った場の全員がなんとも言えない表情になった瞬間、談話室の入り口を抜けて生徒が入ってくる。もはや見慣れたアーモンド色の子猫ちゃん。アレシア・リヴィングストンだ。

 

ふむ、まだ沈んでいるみたいだな。どんよりした空気を身に纏ったアレシアは、棍棒片手に談話室を横切って女子寮の方へと消えて行く。もう誰も棍棒のことを気にしなくなったのがホグワーツらしいぞ。

 

「まだ試合のことを気にしてるの? アレシアったら。」

 

心配そうに呟いたハーマイオニーに、魔理沙が頭を掻きながら返答を放った。困りっぷりを存分に表した顔付きだ。

 

「っぽいんだよな。ケイティは別に責めてなかったし、私としても仕方ないことだったと思うんだが……それでも責任を感じてるみたいなんだ。試合の後にこっそり泣いてたぜ。」

 

確かにあの試合はアレシアのオロオロっぷりが目立ったな。魔理沙は怪我をしてでもチャンスを作ったし、同じ新ビーターのニール・タッカーは予想以上に動けていた。その辺と自分を比較してしまったのだろう。

 

難しい問題に悩む面々の中から、唯一我関せずと宿題に取り組んでいた咲夜が声を上げる。

 

「泣いて、気にしてるってのは悪くないことよ。諦めてるんだったら話は別だけどね。代表選手を辞めたいとは言ってきてないんでしょう?」

 

「そうだな、そこまでは言ってないはずだ。」

 

「だったら挽回するつもりはあるってことよ。腐ってないならそこまで心配しなくてもいいんじゃない?」

 

小さく鼻を鳴らしてそう言うと、咲夜は教科書と宿題を見比べ始めるが……まあうん、その通りだ。未だ棍棒片手に生活しているのが何よりの証拠だろう。大人な意見に苦笑しながら、雑誌を閉じて口を開く。

 

「咲夜の言う通りだね。アレシアもクリスマス休暇には家に帰るみたいだし、久々に両親に会えば気持ちの整理を付けられるだろうさ。今は見守ってやりたまえよ。……というか、より『ヤバい』のはベルの方だと思うが。大丈夫なのかい? キミたちのキャプテンどのは。」

 

暖炉の近くで膝を抱えて座りながら、パチパチと音を鳴らす薪を見つめて独り言を呟いているベルを指差して言ってやると……ハリー、ロン、魔理沙は苦い表情で首を振ってきた。もちろん横にだ。

 

「『大丈夫』ではないみたい。迷走してるよ。フォーメーションを頻繁に変えちゃう所為で練習も停滞気味なんだ。言ってることがチグハグな上に、本人はそれに気付いてないらしくて。」

 

「それに、知ってるか? ケイティのやつ、朝食前に毎回祈ってるんだぜ? 次の試合でレイブンクローが百五十点差で負けますようにってな。『グリフィンドールが百五十点差で勝ちますように』じゃないのが怖いよ。」

 

「ついでに言えば、この前廊下ですれ違ったチョウを見ながら杖を掴んでたな。無表情なのが怖くて声をかけたら、『ごめんごめん、無意識なんだ』って言われたぜ。あいつ、このままだと何かやらかすぞ。」

 

三人からの笑えない報告を受けて、その場の全員が顔を引きつらせる。ウッドやジョンソンなんかは分かり易い『イカれ方』だったから笑い話に出来たが、ベルのはジョークに出来ない類の逸話だな。さすがの私もドン引きだぞ。

 

「……どうにかならないのかな? 私、チームメイトから『犯罪者』を出すのは嫌なんだけど。」

 

ジニーの冗談だか本気だか分からない懸念に、ハリーがため息を吐きながら明確な答えを返した。

 

「一番の薬は次のハッフルパフ戦で勝つことだよ。欲を言えばそれなりの点差でね。」

 

「……負けられないな。優勝杯だけじゃなく、ケイティの人生が懸かってるんだから。」

 

いやぁ、冗談じゃなく懸かってそうなのが本当に怖いな。クィディッチは人生を狂わせるものらしい。……来年キャプテンになりそうなハリーがああならないことを祈るばかりだ。

 

ロンの覚悟を秘めた台詞を耳にしながら、アンネリーゼ・バートリは奇妙な状況に苦笑いを浮かべるのだった。

 

 

─────

 

 

「なんとか今年は乗り切れそうね。……頑張ったじゃないの、マクゴナガル。」

 

手の中のティーカップを見つめながら深々と息を吐いているマクゴナガルへと、アリス・マーガトロイドは労いの言葉をかけていた。先程クリスマス休暇で家に帰る生徒たちを駅まで送ったところだ。今年の仕事も一段落って感じだな。

 

教員用のやや手狭な休憩室の中には、マクゴナガル、スラグホーン先生、スプラウト、それに私の姿がある。寒い外での引率を終えて、温かい紅茶で休憩しているというわけだ。

 

「皆さんの協力のお陰です。それに、アルバスが細かい指示を遺してくれましたから。……助けられてばかりですね。」

 

「しかしだね、ミネルバ。新しい校長というのは得てしてそんなものだよ。アルバスが新米校長だった頃を思い出してごらん。彼も色々と苦労して、そして周りに助けられていただろう?」

 

「そうなんですか? ……あの頃の私は授業を成功させるのに手一杯でしたから、そこまで見ている余裕がありませんでした。」

 

「アーマンドと同時にハーバートも居なくなってしまったからね。私やテッサ、シルバヌスなんかは色々と苦労したのを覚えているよ。」

 

もう四十年前の話か。しみじみと言ったスラグホーン先生に、スプラウトも懐かしそうな表情で口を開く。

 

「ミネルバも私も新人でしたからね。今思えば色々と情けない失敗をしたものです。」

 

「それが今やホグワーツを支える重鎮というわけだ。いやはや、時の流れは早い。実に早いよ。……ふむ、私も今学期一杯で退職すべきかな。」

 

カップの縁をなぞりながら急に放たれたスラグホーン先生の言葉を受けて、マクゴナガルが驚いた顔で返事を返す。

 

「辞めてしまわれるのですか?」

 

「アルバスからはあくまで代役として頼まれていたからね。……いい歳なのさ、私も。今のホグワーツに必要なのは年老いた熟練の教師ではなく、若さと熱意を兼ね備えた教師だ。次代を担う若者に君たちの姿を見せておく必要があるんだよ。」

 

「それは……そうかもしれませんが。」

 

「アルバスは去った。ならば私も去るよ。いつまでも古いものに囚われていては前に進めないからね。……なに、心配はご無用。彼ほど綺麗にとは言わないまでも、私も去り際はそれなりに拘るタイプなんだ。後任の候補は探しておこう。」

 

クスクス微笑んで請け負ったスラグホーン先生は、席を立ってドアへと向かいながら話を続ける。洒落た格好や立ち振る舞いの所為で若々しく見えるが、私の学生時代から教師をしている人なのだ。この上無理に止めるべきではないだろう。

 

「君たちにも一つ助言をしておこう。年老いて動けなくなる前に、身に付けたものを後に継ぎたまえ。私やアルバスがテッサたちに継ぎ、テッサたちが君たちに継いだようにね。このホグワーツはそうして強くなってきたんだから。」

 

言いながらパチリとウィンクすると、スラグホーン先生は飄々とした歩みで休憩室を出て行った。それを見送ったスプラウトが難しい表情で声を上げる。

 

「変わりそうですね、ホグワーツも。マーガトロイド先生も教師に復帰するのは今学期だけなんでしょう?」

 

「そうね、長々とやるつもりはないわ。私の本質は教師じゃないもの。」

 

「授業の評判も良いみたいですし、続けてくれれば助かったんですけど……そうなると来年は魔法薬学、防衛術、変身術の席が空きますね。基礎学科から三つですか。今から混乱が目に浮かぶようです。」

 

「大丈夫よ、貴女たちが居るんだから。……スラグホーン先生は若い子を入れるつもりみたいだけど、防衛術と変身術はどうするの?」

 

現在の防衛術は授業数が少ない追加学科の教師を中心に、何とか持ち回りで行なっているのだが……残念ながら新しい教師が入ってくるという目処は立っていない。後半をマクゴナガルに問いかけてみれば、彼女は困ったような表情で返答を寄越してきた。

 

「変身術の方は何とか探してみますが、防衛術はやはり難しそうですね。これまでの評判に加えて、アルバスでさえもというイメージが付いてしまったようでして。」

 

「呪いはもう解けてるわけだけど、そんなこと証明のしようがないしね。……とりあえずは他国から短期契約で招いちゃったら? 早い話、とにかく誰かが二年間続ければ良いわけなんだし。」

 

「それも考慮に入れておきましょうか。」

 

ホグワーツでの教師経験というのは大陸側でもそこそこの箔になるだろう。応募してくる者は多いはずだ。私の提案に諦め半分で頷いたマクゴナガルは、コキコキと首を鳴らして席を立つ。どうやら休憩は終わりのようだ。

 

「何にせよ、今はクリスマスパーティーのことを考えなければいけませんね。今年も城に残る生徒は居ます。最近は色々あったのですから、せめてクリスマスくらいは楽しませてあげなければ。」

 

「ま、そうね。フリットウィックも飾り付けの準備をしてたし、ハグリッドはロックケーキを焼くって張り切ってたわ。私たちも何か用意しましょうか。」

 

「歯を折る生徒が出なければいいのですが。……今からポピーに薬を用意してもらうべきかもしれませんね。」

 

私の報告にスプラウトが苦笑いで応じてくるが……ロックケーキ云々はともかく、今年はホグワーツでクリスマスを迎えることになりそうだな。隠れ穴には昼間の準備を手伝いに顔を出して、年末は紅魔館。このプランで行こう。

 

変わりつつあるホグワーツのことを考えながら、アリス・マーガトロイドは大きく伸びをするのだった。

 


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