Game of Vampire   作:のみみず@白月

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それぞれの変化

 

 

「ふらーん! 大丈夫なのよね? それ、大丈夫なのよね? ねっ?」

 

紅魔館のリビングで、紅美鈴はお嬢様の慌てっぷりを眺めていた。いやぁ、確かにあれはびっくりするだろう。

 

アリスちゃんの人形劇までは完璧なパーティーだった。長く生きた私をして見事だと思わせる出来だったし、妹様もちょっと引くレベルで喜んでいたのだ。

 

問題は、いよいよ翼飾りを妹様に取り付けるという段階で発生した。パチュリーさんが魔法を使いながら慎重に取り付けると、妹様の翼がみるみるうちに変化していったのだ。

 

今や骨の間についていた飛膜は無くなり、まるで枯れ木に色とりどりのプリズムがぶら下がっているような見た目になってしまっている。

 

「うっさいなぁ、大丈夫だよ。なんか、ちょっと体が軽くなった気がするけど……。」

 

「本当ね? 本当に大丈夫なのね? ……ちょっとパチェ! どういうことよ!」

 

妹様の返事で安心したのか、心配から怒り顔へと変わったお嬢様がパチュリーさんに食ってかかった。しかしパチュリーさんにも予想外の出来事だったらしく、珍しく慌てたように困惑している。

 

「ええっと、こんな事が起きるだなんて想定してなかったのよ。一応、害があるわけじゃないと思うんだけど……。」

 

「フランのかわいい翼が変になっちゃったじゃないの! ああ、フランが他の吸血鬼にイジめられちゃうわ!」

 

正直言って妹様がイジめられるだなんて想像がつかないが、姉バカなお嬢様にとっては心配なようだ。うーむ、イジめてる場面なら容易く想像できるのだが。

 

「ちょっと落ち着きなよ、レミィ。……それで、フラン? 体調に何か変化はあるかい?」

 

従姉妹様がお嬢様を落ち着かせつつ、妹様の目を覗き込みながら質問した。妹様はちょっと困惑しているようで、ポツリポツリと返事を返している。

 

「んー、なんか、頭がスッキリしてるかも。それに……こう、視界が広がったって言うか、なんかそんな感じがする。」

 

「悪い感覚ではないんだね?」

 

「うん、イイ感じ。リーゼお姉様がはっきり見えるようになったよ!」

 

はっきり見える? 視覚的というよりかは、感覚的なものなのだろうか? なんにせよ、妹様にとっては翼は大した問題ではないらしい。

 

「フラン! 私は? 私もはっきり見える?」

 

「オマエは変わんない。」

 

「なっ、どうしてよ! ちょっとフラン、意地悪しないで頂戴!」

 

姉妹漫才を横目に、パチュリーさんが翼を慎重に調べている。隣ではアリスちゃんが記録を記述しているようだ。

 

「妖力はきちんと伝導しているわね。伝導率は……予想以上だわ。」

 

「えっと、むしろ改善されてるってこと?」

 

「ええ、その通りよ。もしかしたら、賢者の石に適応する形に翼が作り変わったのかしら? なんにせよ、興味深い反応ね。」

 

「だとしたら途轍もない適応速度だよ。吸血鬼特有の反応なのかな?」

 

議論に熱中する魔女二人の会話を聞く限り、なんだか悪いことではなさそうだ。そう思って改めて翼を見ると、まあ……神秘的で綺麗に見えないこともない。

 

姉妹漫才を苦笑しながら見ていた従姉妹様が、パチュリーさんに話しかける。

 

「つまり、成功だと思っていいんだね?」

 

「その通りよ。あとは翼を使っての情報処理を練習すれば、妹様は狂気から解放されるわ。」

 

従姉妹様の質問に、パチュリーさんが胸を張って答えた。いやぁ、終わり良ければ全て良しだ。お嬢様を放って目をパチクリさせている妹様にお祝いを言う。

 

「妹様、おめでとうございます。もうちょっとでお外に遊びに行けますよ?」

 

「お外? そっか、お外に出られるんだ。」

 

窓から見える夜空を見上げながら少しだけ放心していた妹様だったが、やがて実感が追いついてきたのか、満面の笑みで喜び始めた。

 

「やったー! フラン、お外にいけるんだ! リーゼお姉様と飛び回ったり、パチュリーやアリスちゃんと買い物に行ったり、それにそれに、美鈴と雪合戦したり出来るんだ!」

 

ぴょんぴょん飛び跳ねながら喜びを爆発させる妹様に、みんなが微笑む。

 

「フ、フラン? 私は? 私としたいことはないの?」

 

間違えた、お嬢様以外が微笑む。慌てて突っ込む彼女を無視して、妹様が腕を振り上げて高らかに宣言した。

 

「よぅし、ジョーホーショリの練習をしないと! フラン、頑張るよ!」

 

「ああ、それが終わったら、みんなで何処かに遊びに行こう。きっと楽しいよ。」

 

「うん! 絶対絶対、そうしようね!」

 

うんうん、なんとも素晴らしい光景ではないか。従姉妹様に飛びついて喜ぶ妹様を見ながら、紅美鈴は安心してパーティーの残り物を食べ始めるのだった。

 

 

─────

 

 

「アリス……なんか、若返ってない?」

 

懐かしい母校の中庭で、テッサの鋭い質問にアリス・マーガトロイドは苦笑していた。確かに最近ちょっとだけ年齢を巻き戻したのだ。

 

テッサには毎年会っているからそりゃあバレるとは思っていたが、最初にその質問が飛んでくるとは……。

 

「あー、まあ、ちょっとだけね。」

 

「羨ましいなぁ。その見た目だと、学生の時のアリスみたいだね。」

 

そう言うテッサも美しい女性に成長している。快活な性格はそのままだが、年相応の落ち着いた雰囲気も出てきているようだ。

 

さすがに見た目がそのままなのはおかしいだろうということで、数年前にテッサには私の秘密を話している。もちろん掻い摘んでの説明だったが、『アリスはアリス。私の大切な友達のままだよ』と言ってくれたのは嬉しかった。

 

お陰で私は一番の友人を失うことなく、卒業から十年が経過した今でも、こうやって時たま会って二人で楽しむことが出来ているというわけだ。

 

「テッサも充分綺麗じゃない。それに気づくようなカンのいい人はまだ現れないの?」

 

「残念ながら、だね。教員に同世代はいないし、ホグワーツで生活してると出会いがないんだよ。」

 

苦笑しながら答えるテッサは、今や立派な呪文学の教師だ。数々の優秀な教え子を輩出しているのを見るに、彼女が教師になったのは大正解だったらしい。

 

「それで? 今日は用事があって来たんでしょ?」

 

「ええ、ダンブルドア先生……もう校長だったわね。ダンブルドア校長からパチュリーに手紙が来たのよ。曰く、彼女の『悪戯』のせいで校舎に厄介な部屋ができちゃったみたいで、そのお詫びと解決に送り込まれたってわけ。」

 

「厄介な部屋? あー……三階にある試しの部屋か。問題に正解しないと一晩閉じ込められちゃうんだよね、あそこ。」

 

「いくつか作ったって言ってたから、他にもあるんでしょうけどね。」

 

まったく、妙なところで積極性を発揮しないで欲しい。おまけに自分では解決に来ようとはしないのだ。『動かない大図書館』の名は伊達ではないということか。

 

二人でホグワーツの廊下をあれこれ話しながら歩いていると、前から若いキリっとした女性がこちらに向かって駆けて来る。目標はテッサだったらしく、近づくと彼女に話しかけてきた。

 

「ヴェイユ先生、ここにいらっしゃったんですか。校長先生がお呼びでしたよ? 何でも、先生の友人が訪ねて来るとのことで……。」

 

「ああ、ミネルバ。行き違いになっちゃったみたいだね。こっちがその友人の、アリス・マーガトロイドだよ。」

 

ミネルバと呼ばれた女性が、こちらを見て困惑したように首を傾げる。

 

「えっと、同級生の方だと聞いていたんですが……。」

 

そりゃあそうなるだろうな。きっとこれからも度々聞かれる質問なのだろうと内心で苦笑しつつ、説明するために口を開いた。

 

「見た目はこうだけど、一応テッサとは同い年なの。アリス・マーガトロイドよ、よろしくお願いするわ。」

 

「これは……失礼しました。ミネルバ・マクゴナガルと申します。ホグワーツで変身術の教師になったばかりです。」

 

丁寧にお辞儀するマクゴナガルに、テッサが隣から補足を入れてくる。

 

「すっごい優秀な子なんだよ。学生の頃から頭一つ抜けてたんだ。」

 

「ヴェイユ先生のご指導のお陰です。それに……結局フリットウィックには勝てませんでした。」

 

「決闘では、でしょ? 繊細な呪文じゃミネルバに勝てる人はいなかったんだから、もっと胸を張りなよ。数少ないアニメーガスの一人でしょうが。」

 

それは確かに凄い。テッサの言葉に照れたように笑うマクゴナガルだったが、何かに気がついて慌てたように口を開く。

 

「ああ、マーガトロイドさんだけではないんです。もう一人、リドルさんという方も面談を希望してきたとのことで。会いたいのなら校長室まで来て欲しいとのことです。」

 

意外な名前が飛び出してきた。リドルか……十年近く前にノクターン横丁で見かけたっきりだ。今は何をしているのだろう?

 

横のテッサにとっても唐突な事だったらしく、神妙な表情をしている彼女をマクゴナガルが困ったように見ている。

 

「あの……もし会いたくないのなら、時間を置いてから来て欲しいともおっしゃってましたけど……。」

 

「いや、会うよ。伝えてくれてありがとう、ミネルバ。」

 

「はい。では、その……私はこれで。」

 

私とテッサに一礼した後、心配そうに一度振り返ってからマクゴナガルは歩いて行った。

 

「アリスはどうする?」

 

恐る恐る聞いてくるテッサに、なるべく柔らかい声で返事をする。

 

「私も行くわ。もしリドルに会うのなら、二人できちんと会うべきよ。」

 

「そうだね……。もういい大人なんだから、きちんと会って話そうか。」

 

真剣な顔で一歩を踏み出すテッサに続いて、校長室へと歩き出す。その通りだ、いつまでも引きずっているわけにはいかないだろう。

 

 

 

先程までの楽しい雰囲気はなくなり、緊張した空気を纏いつつも校長室の前まで到着すると、ちょうど入り口を守るガーゴイルが動き出したことろだった。

 

誰が出て来るのかと像の前で待ち構えていると……黒いローブを着た長身の男がゆっくりと螺旋階段を上がってくる。あれは……リドルか?

 

かつてのハンサムな顔は見る影もなく歪み、青白い肌にはヒビ割れのように血管が浮き出ている。黒かった目は血走ったように赤みがかっており、全体として見るとまるで……青白い爬虫類のような雰囲気だ。

 

「リ、リドル?」

 

呆然と彼を見るテッサの声に、リドルが応えるようにゆっくりとこちらを見た。

 

「ヴェイユか? それに……マーガトロイド。これはこれは、久し振りだな。」

 

「リドル、あんた……どうしちゃったの? 何か悪い魔法をかけられたとか? それとも、病気なの?」

 

「ああ、この姿か? 大したことじゃない、ただ……進化したんだよ、俺は。」

 

皮肉るような声色でテッサに答えたリドルは、私の方を見ながら話を続ける。

 

「貴様も同じようなものなんだろう? マーガトロイド。随分と『お変わりない』ようじゃないか。」

 

「生憎だけど、私にはいい教師がいたのよ。貴方にはいなかったようね、リドル。」

 

リドルの纏う雰囲気が人間のものから離れている。どうやら、なんらかの外法に手を出したらしい。

 

「ふん、羨ましいことだな。だが……たどり着いた場所は俺の方が上だぞ? それに比べればこの姿など、些細な問題に過ぎない。」

 

「どうかしらね? 上には上があるものよ。自分が井の中の蛙だって、自覚したほうが身のためじゃない?」

 

「いずれ分かるさ。俺がどんな力を手にしたかがな。」

 

パチュリーにとってのリーゼ様が、私にとってのパチュリーが、リドルにはいなかったのだろう。力に溺れる、そんな表現が頭に浮かんだ。

 

隣に立つテッサが、泣きそうな顔でリドルに話しかける。

 

「リドル、何かあったなら、私が助けになれるよ? 色々あったのは確かだけど、私は──」

 

「貴様が俺を助ける? この俺を? 冗談が上手くなったな、ヴェイユ。それとも……力の差も理解できないのか?」

 

「そんな……何があったの? この十年何をしていたの?」

 

「話す必要はない。貴様には関係のないことだ。」

 

冷たく言い放ったリドルは再び私に向き直って、私の目を覗き込みながら口を開く。この感覚……開心術か? 随分と上手くかけるようだが、あまり舐めないで欲しい。私に心の守りかたを教えたのはパチュリーだぞ。

 

「とはいえ、マーガトロイド。貴様の選んだ『方法』にも興味はある。やはりあの屋敷の住人たちに教わったのか?」

 

「残念ながら乙女の秘密よ。それに、私は貴方の『方法』には興味ないしね。わざわざ劣化版を選ぶ人はいないでしょう?」

 

「言葉を選んだほうがいいぞ、後悔することになる。」

 

「あら、試してみる? 自分がどんなに狭い世界で生きているかを実感することになるわよ?」

 

リドルがこちらから目を離さず、ゆっくりとした動作で杖に手を伸ばす。それを見て、私も服の下にある人形に魔力の糸を繋ぐ。戦闘は得意じゃないが、これでも魔女だ。やるなら負けるつもりはない。テッサへの言動を後悔させてやる。

 

リドルの手が杖に触れて、私が人形を動かそうとした瞬間、テッサの大声で二人の動きが止まった。

 

「やめてよ! 二人とも、落ち着いて!」

 

リドルの動きから目を離さないようにしながらも、ゆっくりと肩の力を抜く。彼も同様に、こちらを見たままでそっと杖から手を離した。

 

「まあ……いいさ。機会はまたあるだろう。」

 

「あら、そうかしら? 私にはそうは思えないけど。」

 

しばらく無言で睨み合っていたが、やがてリドルが興味を無くしたように口を開く。

 

「ふん、それでは失礼する。もはやここには用はない。」

 

「リ、リドル! 待ってよ、話を聞いて!」

 

歩き出すリドルにテッサが慌てて声をかけるが、彼は振り返ることなく歩いて行ってしまった。

 

大きく息を吐いて緊張を解くと、テッサが悲しそうな声でこちらに話しかけてくる。

 

「リドル、どうしちゃったんだろう? どうしてあんな……あんな姿になっちゃったの?」

 

「何か良くない魔法を使ったみたいね。その副作用でしょう。」

 

「どうにか出来ないの? ……そうだ、ノーレッジさんなら!」

 

「本人がそれを望まない限りは無理よ。そして、今のリドルは……。」

 

それを望まないだろう。テッサにもそれが分かったようで、がっくりと項垂れて暗い顔になる。

 

もう見えなくなったリドルの背中を思い返し、アリス・マーガトロイドはもう一度大きなため息を吐くのだった。

 


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