Game of Vampire   作:のみみず@白月

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お引越し計画

 

 

「では、分かり易いようにもう一度言うぞ。私は八雲紫様の代理としてこの館を訪れたんだ。移住の件についてレミリア・スカーレットと話し合うためにな。……それを理解した上で通さないつもりなのか?」

 

冬の太陽が力なく照らす真昼の紅魔館の門前。苛々と九本の尻尾を揺らしている狐妖怪の言葉に、紅美鈴は腕を組みながら大きく頷いていた。年末にみんなで頑張って大掃除をしたばかりなんだぞ。冬毛の狐妖怪なんかを入れたら館が抜け毛まみれになっちゃうだろうが。

 

従姉妹様と咲夜ちゃん、ついでにまたしても教師を始めたというアリスちゃんがホグワーツに戻ってから二週間ほど経った今日、いきなり香港で会った九尾狐が館の正門に現れたのだ。そのままズカズカと館に入ろうとするので止めたところ、何故か高圧的に文句を言い始めたというわけである。これだから狐妖怪ってのは度し難い。

 

「勿論ですとも。お嬢様が許可を出すまでは入れるわけにはいきませんね。使いの者に確認を取らせていますので、このままここでお待ちください。」

 

「『使いの者』というのがさっき貴様が話しかけていた低級妖精だとすれば、話の流れを理解していたようには見えなかったぞ。……そも私と貴様は香港で会っているはずだが?」

 

「狸が化けてる偽物かもしれないじゃないですか。大体、狐妖怪を家に上げたらどうなるかなんて世界の常識でしょう? 先に言っておきますけど、館に油揚げはありませんよ。探しても無駄ですからね。」

 

「ほう、この私を盗人扱いすると? ……寒空の下で客人を待たせた挙句、終いにはこの扱いか。館はそれなりの規模だが、家の顔たる門番は質が低いらしいな。となれば主人の格も高が知れているというわけだ。」

 

じわりと妖力を滲ませて威嚇してくる九尾狐に、にへらと笑いながら肩を竦めた。その程度でビビるわけないだろうが、小狐め。安い挑発は無視された時に痛いぞ。

 

「誰が何と言おうが決まりは決まりなので。怪しい妖怪をほいほい入れるわけにはいかないんですよ。」

 

「……お望みならば押し通ってやろうか?」

 

「おっと、怖いですねぇ。本気で出来ると思ってます? 力関係も分からないほどではないんでしょう?」

 

「はっきり分かっているさ。私が上で、貴様が下だ。」

 

よしよし、話が分かり易くなってきたぞ。素早く握られた呪符を見て、こちらもへらへら笑いながら気を巡らせたところで……むむ、時間切れか。館の方から猛スピードで飛んできた真紅の槍が、轟音と共に私と狐妖怪の間に突き刺さる。

 

「そこまでよ。決闘をしたいならもっと遠くでやって頂戴。そこだと私の館に被害が出ちゃうでしょうが。」

 

日光が当たらない二階の窓の奥から介入してきたのは、我らが紅魔館の当主どのだ。ご飯抜きにされる前にと私が即座に一歩退くと、金髪九尾も呪符を仕舞って妖力を収めた。残念だな。今日のところはお預けらしい。

 

「門番の教育がなっていないぞ、スカーレット。」

 

「そうかしら? 私は悪くない対応だと思ったけど。疑わしきは阻めが吸血鬼の館なのよ。こちとら見知らぬ隣人を招き入れるほど広量じゃないんでね。……まあいいわ、リビングに案内してあげなさい、美鈴。」

 

いつもより若干カッコつけながら言ったお嬢様が窓から離れたのと同時に、九尾狐を顎で促して玄関へと歩き出す。私の態度に再びイラっとした表情を覗かせた金髪九尾だったが、それでも素直に背中に続いてきた。庭を見て文句らしきことを呟きながらだ。

 

「……趣のない庭だな。」

 

「何故だか教えてあげましょう。今は冬なんです。知ってます? 冬って。草木が枯れる時期なんですよ。一つ勉強になりましたね。」

 

「ああ、そういえばここはイギリスだったな。日本の庭では冬には冬なりの美しさを表現するものなんだが……まあ、風情を理解しないイギリス人にそれを求めるのは酷か。」

 

何だよ、冬の美しさって。枯れ木でも飾るのか? ふふんと鼻を鳴らしながら意味不明なことを語る九尾へと、内心のイライラを隠した笑顔で皮肉を飛ばす。お嬢様をバカにするのは構わんが、愛する庭をバカにされるのは我慢ならんのだ。

 

「それはそれは、実に興味深いです。例えば雪に飛び込んで穴を空けまくるとかですか? 得意ですもんね、狐。ネズミを捕ってるんでしたっけ? あの辺の雪にやってみてくださいよ。ぴょーんって。」

 

「……よーく分かった。貴様は大陸の妖怪なわけだ。古い伝聞を鵜呑みにして狐妖怪に偏見を持っている狭量な連中の一匹か。」

 

「私は歴とした『現行世代』ですし、それでなくても自業自得じゃないですか。あれだけのことをやらかして許されるわけないでしょう?」

 

「どの九尾のことを言っているのかは分からんが、私に限って言えば大きな迷惑をかけた覚えはないぞ。それに『現行世代』だと? 法螺を吹くのも大概にしろ。三千年も前の話じゃないか。」

 

何が法螺だ。そのまんまの意味だろうが。玄関を抜けながら態度でそのことを伝えてやれば、九尾狐は僅かな驚愕を浮かべて問いかけてきた。

 

「……貴様、まさか本気で言っているのか?」

 

「だったら何だって言うんですか。レディに歳を尋ねるのはこっちでも無礼ですよ?」

 

「それがどうなったら『若い』吸血鬼に仕えることになるんだ。経緯がさっぱり分からんぞ。」

 

「別にいいでしょ、どうだって。私はここが気に入ってますし、不自由も感じてません。それだけの話です。」

 

『若い』九尾狐に物の道理を説いてやると、彼女は不可解そうな顔で黙り込んでしまう。好き勝手にやるのが妖怪だろうが。私はそれを真摯に実行してるだけだぞ。気に入ったものを守ろうとするのは私の習性なのだ。

 

そのまま到着したリビングのドアを開けてみれば、既にソファに座っているお嬢様と少し離れた椅子で本を読んでいるパチュリーさん、そして紅茶の準備をしているエマさんの姿が目に入ってきた。茶菓子は……おお、スポンジケーキだ。余ったら貰おう。というか、何としてでも余らせよう。

 

しかし、パチュリーさんまで居るのは予想外だったな。てっきり『焚書』による蔵書整理を提案した小悪魔さんを罰するのに忙しいとばかり思っていたぞ。それ以降一日の自由時間が一分だけになった同僚を哀れみつつ、ヴィクトリアスポンジケーキに視線を固定したままでお嬢様の後ろに移動すると、私に続いて入ってきた金髪九尾も無言で対面のソファに腰を下ろす。

 

そして舞い降りる不自然な沈黙。話し合いをするんじゃないのか? 暫くの間エマさんが給仕する微かな音だけが部屋に響いていたが……ニヤニヤ笑うお嬢様が一向に口を開こうとしないのを見て、九尾狐は大きなため息を吐きながら話の口火を切った。

 

「……驚いたな。歓迎の言葉は無しか?」

 

「貴女は客人ではなく、交渉相手でしょう? 私はリーゼほどヌルくないわよ、八雲藍。」

 

「初手で交渉相手を挑発するのは如何なものかと思うがな。……私としてもさっさと帰りたくなってきたし、手早く話を進めよう。今日決めたいのは三つだ。場所と、時期と、条件。意味は分かるだろう?」

 

うんざりした様子でサクサク話を進め始めた九尾へと、エマさんが淹れた紅茶を一口飲んだお嬢様が答えを送る。懐から一枚の羊皮紙を取り出しながらだ。

 

「なら、その内二つは既に決まっているわ。時期は今年の七月上旬。そして場所はこの二箇所のどちらかよ。」

 

言いながらお嬢様が机に広げたのは……地図、かな? 線がぐにゃぐにゃでへったくそだが、一応地図らしき見た目の絵だ。地図上の二箇所に赤いインクで丸が付いているのを確認して、金髪九尾は難しい表情で応じてきた。

 

「霧の湖の近くと、神社北西の森か。……地図はどうやって手に入れた?」

 

「内緒よ。吸血鬼には秘密が多いの。」

 

「大方悪霊魔女の弟子から聞き取ったんだろう? ……このどちらかと言われれば、霧の湖の近くがこちらにとっては好都合だ。もう一つの場所は神社に近すぎる。」

 

「ふーん? だったらそっちでいいわよ。場所もこれで決定ね。」

 

森とやらが断られるのは予想していたらしい。やけに素直に同意したお嬢様へと、九尾狐は怪訝そうな顔で釘を刺してくる。湖の少し北西にある大きな山を指差しながらだ。……山だよな? これ。もしかしてピラミッドか?

 

「先に言っておくが、妖怪の山を利用するのは不可能だぞ。あそこの天狗たちは易々と操れるような存在ではないからな。」

 

「あら、心配してくれるの?」

 

「個人的には貴様らがどうなろうが知ったことではないが、移住した直後に潰されてはこちらの計画が狂う。……外界で人間相手にどれだけやれたにせよ、幻想郷の妖怪たちは一味違うぞ。そのことはよく覚えておけ。」

 

「さて、どうでしょうね。」

 

クスクス微笑みながら返したお嬢様にやれやれと首を振った後、九尾狐は最後に残った『条件』とやらの話を切り出した。

 

「まあいい、仮にこの場所としておこう。次に条件の話だが……七月にこちらに来るのは誰なんだ? バートリが来ないことは承知しているが。」

 

「私と妹、それにそこの魔女と後ろに居る門番。あとは魔女の助手の低級……今はもう中級悪魔かしら? が一匹と、大量の妖精メイドたちよ。」

 

「つまり、バートリに加えてそこのメイドと金髪の魔女、それに銀髪の人間は来ないわけか。」

 

「よくご存知みたいじゃないの。合流するのは数年先になるわ。」

 

『銀髪の人間』が居残り組なのにまだ納得できていないのだろう。どこか忌々しそうに言うお嬢様へと、金髪九尾はさして迷うことなく首肯を放つ。こっちもこっちで予想していたらしい。

 

「結構だ。移住後にスペルカードルールを広める手伝いをしてもらうが、そこに関しても異存はないな?」

 

「とにかく騒ぎを起こせばいいんでしょ? だったら簡単よ。やり方はこっちに任せてもらえるってことでいいのよね?」

 

「その辺の詳細は到着してからになるが、好き勝手にやれるわけではないということは把握しておいてもらおうか。」

 

「……まあ、後々ね。後々決めましょ。」

 

『好き勝手』にやる気なのを隠そうともしないお嬢様の返答を受けて、九尾狐は僅かに眉を顰めるが……結局は何も言わずに話題を次に進めた。

 

「何にせよ、こちらの準備はほぼ終わっている。七月と言うなら七月までは待つが、それ以上はないからな。自分で定めた期日は守ってもらうぞ。」

 

「……期日を守るためにも、早めに転移のための座標が必要なのだけど。」

 

あー、そういえばその問題もあったっけ。唐突にポツリと割り込んできたパチュリーさんに、金髪九尾は少し悩んだ後で返事を返す。

 

「ならば、こちらで測定したものを近いうちに送ろう。ヨーロッパの魔女の術式には詳しくないが、恐らくそれで問題ないはずだ。」

 

「相対的な情報にして頂戴ね。形式の違いはあれど、それならこっちのやり方に合わせ易いわ。」

 

「覚えておこう。」

 

短く応じた九尾狐は、すっくと立ち上がると話を締めながらリビングのドアへと歩いて行く。結局紅茶には口を付けなかったな。勿体無いじゃないか。スポンジケーキを残したのは評価してやるが。

 

「では、私は帰る。決めるべきことは決まったし、居心地が良いとは言えない場所だからな。細かい部分については幻想郷に到着した後でまた話し合おう。」

 

「こっちとしては色々と聞きたいことがあるんだけど?」

 

「迂闊にペラペラ喋ると思うか? 情報が欲しいんだったらバートリや見習い魔女から手に入れることだ。……まあ、頭を下げるのであれば触りくらいは教えてやるが──」

 

回答として見上げながら見下ろすという謎のポーズを取ったお嬢様を見て、九尾狐は苦笑を浮かべて肩を竦めた。

 

「その気は無いらしいな。だったら自分で入手しろ。」

 

そう言うと、九尾狐はドアを開けた先に広がっていた『スキマ』へと入って行くが……隙間妖怪は冬眠中じゃなかったのか? 眠っている時も問題なく使えるのか、あるいは行使する権利を『委譲』できるのか。どっちにしろ嫌な力だな。全然気付けなかったぞ。今のうちに何らかの対策を考えておいた方がいいかもしれない。

 

厄介な能力のことを考えている私を他所に、お嬢様とパチュリーさんが今の話し合いについてのおさらいを始めた。エマさんは九尾狐が残した紅茶を飲みながら一息ついているようだ。自由だな。

 

「んー、概ねこっちの条件通りね。サクサク進みすぎた感はあるけど、特に文句のない話し合いだったわ。」

 

「そう? 私はもっと情報を引き出すべきだったと思うけど。美鈴といい、貴女といい、どうして初っ端から喧嘩腰なのよ。」

 

「仲良くするのはリーゼがやってくれてるじゃないの。取り込まれて部下扱いされるくらいなら、ある程度警戒された方がマシってことよ。」

 

「……まあ、交渉は任せるわ。その辺は専門外だし、苦手だし、興味もないしね。」

 

『どうでも良い』という感情を声色で見事に表現しきったパチュリーさんは、再び本に目を落としながら続きを語る。

 

「目下私がやるべき作業は、幻想郷を包む『大結界』とやらに干渉されないように図書館魔法を改良することよ。紅魔館が何処に立っていようが構わないけど、新しい本が『入荷』しなくなるのは悪夢だもの。それが終わるまではそれ以外の事象に労力を傾けるつもりはないわ。」

 

「はいはい、好きにして頂戴。……ただし、転移魔法だけは何とかしてよね。最初から八雲に借りを作るのは嫌だもの。移動は私たちでやる必要があるわ。」

 

「平気よ、下準備は終わってるから。あとは必要な情報を入力して、起動に足る魔力を確保するだけ。魔力の方は賢者の石の備蓄でどうにかなるはずだし、情報の方はさっき確約をもらったわ。転移魔法に関しての心配は不要よ。」

 

「ふーん? となると……そうね、あとはリーゼからの情報に期待しましょうか。金髪の小娘から色々と聞き出してくれてるらしいし。そこまで深くは知らなさそうだけど、それでも無いよりはマシでしょ。」

 

背凭れに身を沈めて自分の肩を揉み始めたお嬢様を横目にしつつ、スツールに座っているエマさんへと質問を送った。お嬢様が政治ゲームに悩むように、我ら裏方には裏方の悩みがあるのだ。

 

「エマさん、エマさん、食料とかはどうします? この前咲夜ちゃんから聞いた情報によると外部からの仕入れは難しそうですし、今から貯蔵しといた方がいいですかね?」

 

「そうですねぇ……どれだけ貯蔵しても結局は一時凌ぎにしかなりませんから、いっそ家畜とか種とかを買った方が良いかもですね。貯蔵分はそれが軌道に乗るまでの繋ぎにしましょう。」

 

「そうなると畜舎や温室の増築も必要ですね。畜舎は裏庭にあるのを大きくするとして、温室はどうします?」

 

私が趣味で使っているガラス張りの温室はあるが、あれはあくまで家庭菜園用の小さなやつだ。正門に通じる庭園にドカドカと置きまくるのは景観が良くないし、裏庭は畜舎で埋まってしまうだろう。

 

食べ物と庭。どちらかを選ぶなんて出来ないと苦悩する私に、エマさんが人差し指を立てて提案を寄越してくる。

 

「ムーンホールド側の中庭はどうですか? 陽当たりはそこまで良くないですけど、広さはそこそこありますし、土は悪くないので軽く整備すれば普通の畑としても使えるはずです。」

 

「いやまあ、私としては文句ないんですけど……従姉妹様が許してくれますかね? 自慢の庭みたいじゃないですか。」

 

「平気ですよ、景観そのものにはあんまり興味ないみたいですから。お気に入りの月時計に干渉しない位置取りだったら文句は言わないはずです。今度手紙で聞いてみましょう。」

 

「なら、先に畜舎の方を進めときます。許可が出たら中庭に取り掛かるってことで。」

 

畜舎か。今から裏手の山で木を切って乾燥させるのは手間だし、木材を買う必要がありそうだな。……よし、どうせならちょっと高いのを買い込んじゃおう。イギリスの木材は暫く弄れなくなるのだ。今のうちに色々と楽しんでおかねば。

 

この機に大工道具も新調しちゃおうかなと考えつつ、紅美鈴は掃除よりも遥かに楽しそうなお仕事に胸を躍らせるのだった。

 

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