Game of Vampire 作:のみみず@白月
「……どうしたんだい? アリス。」
ホグワーツの教員塔にあるアリスの自室。二年生の頃と同じく人形に埋め尽くされたその部屋の中で、アンネリーゼ・バートリは首を傾げながら問いかけていた。朝起きてこの部屋に置いてあるトランクから出た後、ドレッサーの前で髪を梳かしていたのだが……鏡越しにこちらをジッと見つめるアリスの姿が目に入ってきたのだ。
私の呼びかけを受けたアリスは驚いたようにびくりと震えた後、あまりにも意味不明すぎる返事を返してくる。
「いや、えーっと……同棲するのってこんな感じなのかなと思いまして。」
「いやまあ、全然違うと思うけどね。キミと私はそもそも家族だし、昔から一緒に住んでるし、恋人ですらないだろう? そして何より女同士じゃないか。無理やり当て嵌めるとしても『ルームシェア』が精々だよ。」
デラクールと同棲中のウィーズリー家の長兄のことでも考えていたのか? 何故か私の言葉にダメージを受けているような顔になった鏡の中のアリスは、あたふたと手を振りながら素っ頓狂な言い訳を述べてきた。
「それはまあ、そうなんですけど……最近は同性が好きな人も社会的に認められてきたわけじゃないですか。その辺の社会情勢について考えてたんです。」
「朝起きていきなり考えるにしてはヘビーな内容だが……そうだね、私は別に偏見はないよ。大昔からあることだしね。」
というか、正確に言えばどうでも良いというのが本音だ。父上の知り合いには一歳未満の赤子しか愛せないとかいう頭のおかしな吸血鬼も居たらしいし、そういう連中に比べれば遥かに正常な嗜好だろう。私の知らんところの恋愛事情にまで口を挟む趣味などないさ。
一応は議論に乗っかった私に対して、アリスは恐る恐るという態度で話を続けてくる。続くのか、この話。どうやら本気で同性愛について考えていたらしい。普通、朝のコーヒータイムに何の切っ掛けもなくそんなことを考えるか? 魔女の思考は相変わらず理解不能だな。
「仮にですよ? もし仮にそういう感情を向けられたとしたら、リーゼ様は嫌になりますか?」
「恋愛のことはさっぱり分からんが、根底に好意があるなら嫌にはならないと思うよ。受け入れるかどうかはその時になってみないと何とも言えんがね。……まさかキミ、誰かに言い寄られてるのか?」
路線としてはやや外れている気もするが、それにしたってアリスから『恋愛話』が出るというのは珍しいことだ。慌てて振り向いて送った疑問に……むう、怪しいな。アリスは大きく首を振りながら否定の返答を寄越してきた。
「いやいやいや、違いますよ。全然違います。そういう相手は居ません。」
「本当だろうね? ……頭ごなしに否定するつもりはないが、隠れて付き合うのだけは許さんぞ。相手が出来たらきちんと紹介したまえよ? 私がしっかり見定めてあげるから。」
もしそんな日が訪れたとなれば、私は魅了と開心術と真実薬で真意を問い質さねばならんのだ。しかし、前に同性云々の質問を挟んできたということは……ひょっとして、相手は女性なのか?
うーむ、なんか納得できてしまうな。アリスは親の贔屓目抜きで美人なのにも関わらず、学生時代から今の今まで恋人は一人も作らなかった。それどころか異性に惹かれている様子すら全く見せなかった始末だ。
これが紫の社会不適合魔女なら『だろうね』で済むが、アリスの場合は平均以上の社交性を誇っているわけだし、異性と出会う機会は多かったはず。学生時代に言い寄られたことも一度や二度ではないだろう。それはそれで気に食わんが。
まさか、ヴェイユに恋していたとか? ……どうなんだろう。ヴェイユが結婚する時は素直に祝っていたような覚えがあるが、思い当たる相手なんてそれくらいだ。身内以外ではぶっちぎりで心を許していたし、有り得ない話ではない気がする。むむう、だとすれば大問題だな。気付けなかった私は親代わり失格だぞ。
アリスを見ながら驚愕の予想について考察していると、金髪の人形使いどのは焦った表情で否定の言葉を重ねてきた。怪しいぞ。実に怪しい。
「本当に違うんですってば。私に好きな『人』は居ません! 人形に誓って嘘じゃありませんから!」
「……それならいいんだけどね。」
ヴェイユに関しての真実は……うん、尋ねるべきではないだろう。相談してきたら真摯に応じる。親の役目はそんな感じのはずだ。もし将来的に女性の恋人を紹介されたとしても、動揺せずに受け入れてあげねばなるまい。どこからか攫ってきた赤子を紹介されるよりは全然マシだし。
今年で遂に七十になる見た目だけは若いままの義娘が、かなり年下であろう『彼女』を紹介してくる光景を想像して微妙な気分になっていると、少し赤い顔のアリスはコーヒーを淹れる人形を横目に軽く話題を逸らしてきた。
「だけど、ホグワーツではそういう話も結構聞きますよね。同室のルームメイトとどうこうみたいな話は私の学生時代にもありました。」
「私も聞き覚えはあるが、殆どは根も葉もない噂だろう? 去年あたりに咲夜と魔理沙が『そう』だっていう噂が立ったくらいだしね。」
「……一応聞きますけど、事実ではないんですよね?」
「私の知る限りではね。」
肩を竦めて答えてやれば、アリスは若干困ったような表情で考え始めてしまうが……やがて苦笑いで首を振って平時の顔に戻る。私と同じく、『有り得ない』という結論に達したようだ。もしそうならもっと色気のあるやり取りをするだろうし。
「まあ、この話題はこの辺にしておきましょう。どう足掻いても妙な方向に向かっちゃいそうですしね。……そういえば、リーゼ様はリヴィングストンと親しかったりするんですか?」
「アレシアか。親しいといえば親しいが、それがどうしたんだい?」
「授業で少し孤立気味なのが気になってるんです。最近は元気もないみたいですし。」
「あれでもキミが来る前よりはマシになってるんだよ。『棍棒なし』の頃のアレシアはルームメイトにすらまともに話しかけられなかったんだ。『棍棒あり』になってから徐々に改善してきたんだが、この前のクィディッチの敗けが響いてるみたいでね。」
子猫ちゃんは練習に出ているらしいし、授業を休んでいるわけでもないのだが、今なお元気のない状態が続いているのだ。問題の規模こそ違えど、一年生の頃のジニーに近い雰囲気だから心配しているのかもしれない。アレシアを苦しめているのはバジリスクとトム・リドルではなく、ブラッジャーとケイティ・ベルだが。
棍棒片手にどんより沈んでいる子猫ちゃんを思い出している私に、アリスは難しい表情で口を開いた。
「心配ですね。今年の一年生は尖った子が居ないので、リヴィングストンは余計に目立っちゃってるんです。」
「アレシアに関しては次の試合の結果如何で変化があるだろうさ。……ちなみに、授業中の咲夜の様子はどうなんだい? 当然っちゃ当然だが、私はあの子が授業を受ける姿ってのはあんまり見たことがないんだ。」
「咲夜が居る授業は……面白いですよ、色々と。四年生の変身術はグリフィンドールとレイブンクローの合同授業なんですけど、四年生の中でもとびっきり『濃い』面子の集まりなんです。咲夜、魔理沙、ベインのグリフィンドール三人娘は良い感じにバランスが取れてますし、そこにレイブンクローのベーコンやらミルウッドやらが絡むと更に混沌としてきますから。」
「ミルウッドってのは知らんが、ベーコンには覚えがあるね。レイブンクローが誇る期待の真面目ちゃんだろう? ハーマイオニーが褒めてたよ。」
厳密に言えば名前が美味しそうだから覚えたのだが、そんなアホっぽい逸話は口にしない方がいいだろう。顔をなんとか記憶の中から検索する私へと、アリスは人形が用意したコーヒーを飲みながら応じてくる。
「上級生ではぶっちぎりでリーゼ様たちの『カルテット』が悪名高いですけど、次の世代だとあの辺でしょうね。教員の間でも要注意グループになってます。」
「まあ、色々とトラブルを起こしている自覚はあるよ。解決してる自覚もあるがね。」
ただし、これから先は教員たちのマークが必要ない四人組になるだろう。……なるよな? 何となく不安になりながらテーブルに着いて、私の分も淹れてくれた人形からコーヒーたっぷりのマグカップを受け取った。にっこり笑って丁寧な仕草で渡してくるのを見るに、この人形は穏やかな性格を設定されているようだ。
ふむ、『悪戯っ子』好きのアリスにしては珍しいな。静々とテーブルの端まで下がっていくレアな性格の人形を眺めつつ、ミルクを追加している作者どのへと別の話題を放る。
「教員の雰囲気はどうなんだい? 防衛術の授業は未だに滅茶苦茶なわけだが。」
「割と落ち着いてきてますよ。防衛術だけは確かに混乱が続いてますけど……まあ、仕方がない部分もありますから。持ち回りだとどこまで進んでるかが分かり難いですしね。」
現時点で一番ひどいのはトレローニーの授業だったが、僅差で二位のハグリッドも中々だった。あの二人は『日替わり教師』のメニューから外すべきだな。持ち回りの教師が混乱する原因はここにあるんじゃないだろうか?
反面、選択授業勢の中でもバブリングやベクトル、バーベッジあたりの授業はそれなりに形になっていた気がする。ダンブルドアの遺した授業計画が綿密だったというのもあるんだろうが、少なくともクィレルの授業よりは遥かに生徒ウケが良かったぞ。
一部の『特例』を除いてホグワーツの教師はまあまあ優秀なんだなと改めて実感しつつ、テーブルに頬杖を突いて返事を返す。
「ま、ギリギリ今学期は持ちそうかな。今年ハリーたちが六年生で本当に良かったよ。この調子でイモリかフクロウがあったらと思うとゾッとするね。」
「リーゼ様たちが六年生の今年も、七年生と五年生はホグワーツに存在してるんですけどね。」
「ジニーはもう諦めてたよ。歓迎会でダンブルドアが担当になった時の喜びは何処へやら、今じゃ立派な『フクロウ・ノイローゼ』の罹患者さ。」
全体的な内容としてはそこまで悪くもないのだが、ダンブルドアの授業が良かっただけに嫌でも比較してしまうのだ。……新任が比較されて自信を失わずに済んだのは一つの利点なのかもしれないな。リドルが死んでなお一年で辞められるのは悪夢だろうし。
さすがにそこまでは計算してないだろうなとため息を吐いてから、どす黒いカフェインの塊を飲んでいると……アリスが徐に人形のお腹を擽りながら話を進めた。恥ずかしそうに悶えているのが妙にリアルだ。また『感情』の再現度を上げたらしい。
「とはいえ、イモリが絶対評価なのに対してフクロウは相対評価ですから。平均点が下がれば評価もそれに見合うものになるはずです。……それより昨日マクゴナガルから聞いたんですけど、咲夜はまだダンブルドア先生から渡された記憶を見てないみたいですね。軽々に見ようとしないってことは、何か引っかかっているんでしょうか?」
「それに関しては待ちの一手さ。催促するのは違う気がするし、逆もまた然りだ。向こうから相談してくれない限りはお手上げだよ。」
私たちには言い辛い悩みだとしても、魔理沙あたりが受け持ってくれるはずだ。ジニーやルーナとも仲良くなったみたいだし、今の咲夜なら一人で思い悩むことはないはず。だったら過度に干渉するよりも様子を見守るのが正解だろう。
弱々しい笑みで言った私に、アリスも同じような顔で同意してくる。こういう問題に対しては吸血鬼も魔女も形無しだな。
「もどかしいですけど、その方が良さそうですね。……レミリアさんには内緒にしておきましょうか。」
「だね。咲夜が『手紙攻勢』を食らったら可哀想だし、私が食らうのは普通に面倒くさいよ。」
親バカ吸血鬼には悪いが、今だけは引っ込んでおいてもらうとしよう。私たちだって我慢して引っ込んでるんだからおあいこだ。鼻を鳴らしながらコーヒー飲み干して、立ち上がって大きく伸びをする。そろそろ一日を始めるとするか。
「それじゃ、大広間に行こうか。コーヒーで目が覚めたら今度はお腹が空いてきたよ。」
「そうですね、行きましょうか。」
クスクス微笑みながら席を立ったアリスを尻目に、先にドアを抜けて廊下に出てみると……おお、さっむいな。いきなり部屋に戻りたくなる気温が出迎えてきた。雪が降りそうな天気だし、今日飛行訓練がある生徒は運が悪いらしい。
「物凄く寒いぞ。気を付けたまえ、アリス。」
「……本当ですね。防寒魔法が切れちゃってるんでしょうか?」
目をパチクリさせながら杖を振ったアリスだったが、呆れたような表情に変わると杖を仕舞って白い吐息を漏らす。
「きちんとかかってますね。つまり、外は更に寒いってことです。」
「ってことは、今日は城から出るべきじゃないわけか。……冬は嫌いじゃないんだが、こればっかりは歓迎しかねるよ。」
「うーん、私はもう少し過ごし易い季節の方が好みですけど……リーゼ様はどうして冬が好きなんですか?」
歩き出した私に続きながら世間話を放ってきたアリスに、窓の外の薄く積もった雪を横目に返答を送る。
「一番は空気の匂いだね。冬の夜の透き通ったようなあの匂いが好きなのさ。あとはまあ、ベッドに入った時に気持ちいいってのもあるかな。寒い日のベッドは格別だろう?」
「あー、それはちょっと分かりますね。……逆に夏は嫌いなんですか?」
「嫌いだよ。暑いし、虫が多いし、日差しも強い。私に限らず、吸血鬼は大抵夏が嫌いなのさ。」
母上なんかはよくドレスを捲り上げて父上に注意されていたもんだ。幼い頃の私が真似するようになると途端にやめてしまったが。遥か昔の光景を思い起こしている私へと、アリスは廊下を進みながら相槌を寄越してきた。
「何と言うか、イメージ通りですね。……となると、幻想郷に行った後は苦労するんじゃないですか? 日本の夏はイギリスよりも暑いみたいですよ?」
「らしいね、パチェから聞いた覚えがあるよ。幻想郷はそこまでじゃないことを祈るばかりさ。」
幻想郷育ちの魔理沙が『こっちの夏は涼しくていいな』と言ってたし、望み薄かもしれないが。憂鬱な気分で応じたところで、人気の無い朝の廊下に居る一人のレイブンクロー生の姿が目に入ってくる。きっちり整った冬用の制服と、上級生は誰も使っていない学校指定のマフラー。さっき話に出てきたベーコンだ。
「何をしているんだ? あの子は。」
しゃがんでいる……というか、もはや四つん這いに近い格好で中央階段の手すりに張り付いているわけだが、どう見ても『優等生』って格好じゃないぞ。身を隠しながら下を覗き見ているのか? 謎のポーズをしているベーコンを指して聞く私に、アリスは何ともいえないような表情で答えてきた。
「状況はさっぱり分かりませんけど、あんまり見られたい格好じゃないってことだけは分かります。……道を変えましょうか。」
「本当は寒いから嫌なんだが、期待してたハーマイオニーに免じて情けをかけてあげようか。」
下を覗くのに夢中で本人は気付いていないようだが、腰を上げている所為でここから見るとかなりお間抜けな格好なのだ。アホらしい気分になりつつ踵を返そうとしたところで、急に振り返ったベーコンと目が合ってしまう。うーむ、気まずい瞬間だな。
とりあえず軽く手を振ってやると、ベーコンは硬直したままでじわじわと顔を赤く染めていき……慌てて立ち上がって聞いてもいない弁解を述べてきた。
「あのっ、私……落し物! 落し物なんです!」
「私が思うに、キミは落し物ではないんじゃないかな。ここまで自分の意思で歩いてきたわけだろう?」
「そうじゃなくて、落し物をしたってことです! それを探していて……でも、見つかりました! なので失礼します!」
真っ赤な顔で勢いよくそう主張したベーコンは、早足で廊下の先へと消えて行く。それを見送った後で、階段に近付きながら口を開いた。
「うーん、元気な子だね。印象と違ったよ。」
「いや、いつもはクールな感じなんですけどね。……何を見てたんでしょうか?」
「いい質問だ。確かめてみようじゃないか。」
ニヤリと笑って中央階段の手すりから身を乗り出してみれば……おやまあ、金銀コンビじゃないか。一階の廊下でお喋りしている見慣れた二人が視界に映る。壁に貼ってあるゾンコのポスターを前に何かを相談しているらしい。
「咲夜と魔理沙だね。ベーコンはあの二人をこっそり見てたってわけだ。……うん、ますます分からん。仲が悪いわけじゃないんだろう?」
「そのはずです。友達ってほど親しくはないみたいですけど、授業では普通に会話してましたし……私も分かりません。どうして隠れて見てたんでしょうか?」
「理由は不明だが、悪意がある感じではなかったかな。『先輩』や『先生』が問い詰めるほどのことでもないし、放っておいていいんじゃないか?」
「気になりますけど、考えても答えは出なさそうですね。」
首を傾げるアリスに頷いてから、一階に向かうためにそのまま階段を下り始めた。……六年生に六年生の事情があるように、四年生には四年生のそれがあるのだろう。今度さりげなく二人に聞いてみるとするか。
踏むと噛み付いてくる段を飛び越しながら、アンネリーゼ・バートリはどんどん複雑化する人間関係を思って苦笑するのだった。