Game of Vampire   作:のみみず@白月

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人か、妖か

 

 

「何て言うか、普通だったな。……悪い意味じゃないぞ? 普通に良い結婚式だったってことだ。」

 

記憶を映し終えた憂いの篩から身体を離しつつ、霧雨魔理沙はぼんやり立ち尽くす親友に声をかけていた。ダンブルドアはこれを見せることで咲夜に何を伝えたかったんだろうか? 私にはさっぱり分からなかったぞ。

 

一月も終わりそうな今日、咲夜に頼まれて二人でダンブルドアから贈られた記憶を見ることになったのだ。先ずは『結婚式』というラベルが貼られていた記憶を見てみたわけだが、そこには幸せそうなヴェイユ夫妻の結婚式の記憶があるばかりで、特に重要そうな会話も光景も見当たらなかったのである。

 

見たいものが沢山あるであろう咲夜に代わって、私がダンブルドアの見せたい部分を探し当てねばと気合を入れて臨んだのだが……うーむ、よく分からなかったな。私の言葉に咲夜が曖昧な頷きを返したところで、校長室の主人たるマクゴナガルが話しかけてきた。私たちが記憶を見ている間、執務机で書き物をしていたようだ。

 

「戻りましたか。……無理に話を聞いたりはしませんが、紅茶の一杯くらいは飲んでいきなさい。考えたいことがあるなら記憶が鮮明なうちに考えておくべきですよ。」

 

いつもより優しさ五割増しくらいの声色で言った新米校長どのは、杖を振って応接テーブルに紅茶を出現させる。まあ、そうだな。若干拍子抜けしている私と違って、咲夜は記憶を見ることで何かを感じ取ったようだし、そうした方が良いのかもしれない。率先してソファに座ってやると、咲夜もおずおずと隣に腰を下ろしながら口を開く。

 

「私……どう言えばいいのか分かりません。マクゴナガル先生は私のお母さんとお父さんの結婚式を覚えていますか?」

 

「勿論ですとも。暗い時代でしたが、それを忘れられるような素晴らしい結婚式だったことを覚えています。記憶の中に私の姿はありませんでしたか?」

 

「ありましたけど、もう随分と前のことですし……その、忘れちゃってるかと思いまして。」

 

「それは心外ですね。私は大事な生徒の結婚式を忘れるほど薄情ではありませんよ。それがヴェイユ先生の娘さんのものであれば尚更です。……ええ、今でもはっきり思い出せます。フランドールのぎこちないスピーチも、みんなで用意したケーキの味も、照れたように微笑む二人のことも、まるで昨日のことのように鮮明に。」

 

最初は戯けるように語っていたマクゴナガルは、最後には僅かに瞳を潤ませて感慨深い表情になってしまった。そのまま少し俯いて深く息を吐くと、今度は校長どのから咲夜に対して質問が放たれる。

 

「両親が恋しくなりましたか?」

 

「いえ、そうじゃないんです。そうじゃなくて、私は……やっぱりよく分かりません。言いたくないわけじゃないんですけど、自分の気持ちをどう表現すればいいのかが分からなくて。」

 

「……であれば、無理に言わなくても構いませんよ。私から貴女に伝えておくべきことはたった一つ。私たちには聞く用意があるということだけです。私も、マーガトロイドさんも、バートリ女史も、恐らくスカーレット女史やフランドールも。話したいことが出来たら貴女の好きなタイミングで話してみなさい。皆きちんと受け止めてくれるはずですから。」

 

「……はい、そうします。」

 

教師としてのそれと、個人としてのそれが混ざり合った穏やかな微笑みで言ったマクゴナガルに、咲夜はぎこちない笑みで首肯を返す。……何が引っかかっているんだろうか? こういう時は自分の経験の無さが恨めしいな。同じ記憶を見たというのに、私には皆目見当が付かないぞ。

 

ちょっとだけ情けない気分で甘めの紅茶を飲んでいると、マクゴナガルの背後から聞き覚えのある柔らかい声が飛んできた。肖像画の中のダンブルドアだ。安楽椅子に座ってこちらを安心させるような笑みを浮かべつつ、深いブルーの瞳を真っ直ぐ咲夜に向けている。

 

「迷うのは君が健全な心を持っている証拠じゃ。……しかし、忘れるなかれ。どちらの道も君にとってそう悪いものではないということを。どのアイスクリームにもそれぞれの良さがあるのじゃ。ストロベリーか、バニラか。真に大切なのは君が食べたい方を選ぶということじゃよ。」

 

いやはや、ダンブルドアは肖像画になってもダンブルドアのままだな。謎めいた発言に私とマクゴナガルが首を傾げているのを他所に、咲夜だけはおぼろげに真意を理解しているような顔付きで返事を口にした。

 

「でも、選ばなかった方は食べられません。折角私のことを想って用意してくれたのに。……私、本当はもうどちらを選ぶのかを決めています。それなのに悩んでいるのは、選ばなかった方が溶けて無くなってしまうのが申し訳ないからなんです。それは贅沢な悩みなんでしょうか?」

 

「ほっほっほ、優しい悩みじゃのう。……わしが思うに、アイスクリーム自体はどうでも良いのじゃ。それを渡した者が望んでいるのは君の笑顔なのではないかね? たとえ差し出したアイスクリームが選ばれなかったとしても、君が笑顔になってくれればそれで満足なのだと思うよ。」

 

そう言ってパチリとウィンクすると、肖像画の中のダンブルドアは立ち上がって絵の外へと消えて行く。尚も悩んでいる表情でそれを見送った咲夜は、紅茶を飲み干してからソファを離れた。

 

「紅茶をご馳走さまでした、マクゴナガル先生。それと、憂いの篩を使わせてくれてありがとうございました。……私、少し自分で考えてみることにします。」

 

「そうですか。……アルバスから受け取った記憶はまだあるのでしょう? 見たくなったら遠慮せずに言いなさい。憂いの篩はいつでも使えますからね。」

 

「ありがとうございます。」

 

ペコリとお辞儀してからドアへと歩き出した咲夜に続いて、私も急いでカップを空にしてその背に続く。……そんな目で見なくても分かってるよ、マクゴナガル。相談に乗ってやれってことだろ? 言われなくてもそうするさ。

 

目線で訴えかけてくる校長どのに肩を竦めて頷いた後、咲夜と共に螺旋階段を上って三階の廊下に出ると……ありゃ、もう外が暗くなってるな。記憶を見る時は毎回こうなのだが、体感以上に時間が経っちゃっているらしい。

 

「今何時だ?」

 

常に時計を持ち歩いている咲夜に問いかけてみると、彼女は懐から取り出したお気に入りの懐中時計をチェックしつつ答えてくる。何度見てもカッコいい時計だな。懐中時計には少し憧れがあるのだが、いつもこれを目にしている所為でどの店に行っても見劣りしてると感じてしまうのだ。キリがないし、そろそろ妥協して買うべきなのかもしれない。

 

「えっと……夕食直前よ。直接大広間に行きましょうか。」

 

「そうすっか。」

 

端的に応じてから、咲夜と並んで見慣れた廊下を歩き始めるが……むう、どう切り出せばいいんだ? ダンブルドアとの会話で何かしらの選択について悩んでいることまでは察せたが、比喩が入りすぎていて具体的な内容までは分からなかったぞ。

 

どういう風に聞けばいいのかと悩んでいると、やおら咲夜の方から話の口火を切ってきた。やや沈んだ表情でだ。

 

「良い人だったわね、私の両親。みんなから祝福されてたわ。……これまでの記憶でもそうだったけど、どうやら私のお父さんとお母さんは善良な人みたい。」

 

「……それなのに何で残念そうな顔なんだよ。極悪人の方が良かったのか?」

 

「そんなわけないでしょ。そのことに関しては普通に嬉しいし、安心してるわよ。……ただ、アリスも妹様もちょっと大袈裟に言ってるんだとばかり思ってたの。私に気を使ってね。だけど、本当に良い人だった。それが少しだけ……そう、怖くなっちゃって。」

 

「怖くなった? どういう意味だ?」

 

自分の両親が良いヤツなのが怖い? 意味不明な言葉にきょとんとする私に対して、咲夜は難しい顔で訥々と語ってくる。

 

「だからね、つまり……私はあの人たちに相応しい娘なのかってことよ。」

 

「いやいや、相応しいも何もないだろ。そういう感じに子供を『評価』するタイプの人たちには見えなかったぞ。」

 

「それはそうなんだけど、そうじゃなくて……ああもう、難しいわね! 上手く説明できないわ。イライラしてきちゃったじゃないの!」

 

なんだそりゃ。わしゃわしゃと自慢の銀髪を掻き毟った咲夜は、荒々しい歩調で廊下を進みながら話を続けてきた。こういう咲夜は珍しいな。完全に『素』が出ちゃってるぞ。

 

「結局は私の問題なのよ。それは分かってるの。両親がどう思うかじゃなくて、お嬢様方がどう反応するかでもなくて、私自身が引き摺っちゃうってこと。」

 

「あー……すまんが、よく分からん。両親が良い人だから、自分が相応しいかが心配ってことか? お前だって別に悪いヤツじゃないだろ。友達は居るし、成績も良ければ、身の回りの仕事なんかもきっちりやってて、人格も問題ない。何が引っかかってんだよ。」

 

「……お嬢様方には内緒にしてくれる?」

 

ピタリと立ち止まって聞いてきた咲夜に、内心で驚きながら肯定の返答を返す。……リーゼやレミリアには知られたくないってことか? 『お嬢様至上主義者』のこいつらしからぬ発言だな。

 

「おう、約束する。言ってみろよ。」

 

「……先に断っておくけど、私はお嬢様方のことが好きだし、尊敬してるし、ずっとお仕えしたいと思ってるわ。そのことを前提にして聞いて頂戴ね? ……それでもお嬢様方は吸血鬼なのよ。私だっていつまでも何も知らない子供じゃないの。お嬢様方が必ずしも『善良』なことばかりやってきたわけじゃないことくらい理解してるわ。これから先にそういう選択をする可能性があるってこともね。」

 

「……まあうん、そうだな。妖怪ってのはそういうもんだ。」

 

罪もない人を殺したことがあるかもしれないし、人間を食ったことも多分あるのだろう。彼女たちが妖怪である以上、それは私たちが豚や牛を殺して食うのと同じようなことなのだから。

 

ちょっと気まずい気分で首肯した私に、咲夜はため息を吐きながら続きを語る。

 

「もちろん責めるつもりはないわ。今の私にはそういう部分も含めた上で、吸血鬼たるお嬢様方の従者になる覚悟があるの。……でも、お父さんとお母さんはどう思うかしら? 実際にその時が訪れた時、私に出来るかどうかは分からないけど……もしかしたら私がお嬢様方に命じられて人を殺したり、捌いたりする日が来るかもしれないわけでしょ? 自分の娘が人間を殺してバラバラにした挙句、その肉をブルーレアに焼いてる姿を想像してみなさい。少なくとも誇らしい気分にはなれないはずよ。」

 

「そりゃまあ、そうかもしれないけどさ。だけど……それはまた別の話だろ。上手くは言えんが。」

 

今度はこっちが口籠る番か。言われてみれば確かにそうだな。現実問題としてリーゼやレミリアが咲夜に人間を殺させたり捌かせたりするかは甚だ疑わしいところだし、人間たる咲夜だったり『元人間』のノーレッジやアリスなんかが居る以上、この先人肉を食べようとするかも微妙な気がするが……可能性って話になると無いとは言い切れないのだ。あいつらも歴とした妖怪なのだから。

 

それに、人間を食べる食べないに関わらず『悪事』は普通に行いそうだな。レミリアなんかは他人への迷惑を躊躇するタイプじゃないし、リーゼやフランドールにしたって身内以外にはそれほど拘らないはずだ。その結果として見知らぬ人間が死のうが、あの吸血鬼たちは私たちほど気にしないだろう。

 

妖怪と人間。両方の『常識』を知っている身としては微妙な問題に悩んでいると、咲夜が困ったような苦笑いで口を開いた。

 

「さっきも言った通り、結局は自分の問題なのよ。両親が私の選択を悲しむかどうかなんて誰にも分からないわけだしね。……それでもやっぱり気になっちゃうの。紅魔館に引き取ってもらったのも、マクゴナガル先生やダンブルドア先生なんかが気遣ってくれるのも、結局はお父さんとお母さんが遺してくれた繋がりがあったからでしょう? ポッター先輩と同じように、私も両親に色々なものを遺してもらってるわけよ。その恩を仇で返すのはどうなのかと思って。」

 

「仇ってのは言い過ぎだろ。……まあ、お前が何を悩んでるのかは大凡理解できたよ。解決が難しい問題ってこともな。」

 

本人も言っているように、これは咲夜自身の捉え方によるところが大きい問題だ。自覚があるだけまだマシだが、それでも解決には何らかの切っ掛けが必要だろう。

 

私としては似たような境遇のアリスあたりに相談すべきだと思うのだが……うーむ、約束してしまった以上は私から詳細を話すわけにはいかないし、咲夜は相談するのを躊躇っているご様子だ。まさか無理やり話させるわけにもいかないだろう。

 

厄介なことになってきたな。人間としての善性と、妖怪としての常識。二つの狭間で悩む親友を見ながら、霧雨魔理沙は小さくため息を零すのだった。

 


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