Game of Vampire   作:のみみず@白月

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ガールズトーク

 

 

「もううんざりだよ。『どこへ、どうしても、どうやって』だってさ。僕に言わせりゃドン底、ドン詰まり、ドンケツだ。」

 

メゾネット教室の練習スペースで苛々と杖を振りながら愚痴るロンを前に、アンネリーゼ・バートリはアホらしい気分でクッションに腰掛けていた。ロンの相談に乗るか、それとも真面目に授業に取り組むか。どっちを選んでもロクな結果にはならなさそうだな。

 

二月も二週目に突入した晴れた日の午後、私たちは楽しい楽しい防衛術の授業の真っ最中なのだ。今日の日替わり教師は我らがシビル・トレローニーということだけあって、教室の光景は惨憺たる有様になっている。

 

まあ、トレローニーが頑張ろうとしているのは認めよう。三年生の時のハーマイオニーの評価や、五年生まで占い学を続けていたハリーやロンの話を聞く分に、あまり良い教師ではないというイメージだったのだが……瓶底眼鏡どのはダンブルドアが組み立てた授業スケジュールを完遂しようと必死に努力しているらしい。ミス・占い嫌いさえもがその『姿勢だけ』は認めているほどだ。

 

とはいえ、実際に上手く行くかどうかは別の話。根本的に知識不足なのか、それともこれが素の教え方なのかは分からんが、トレローニーの説明があまりにも抽象的すぎる所為で生徒たちは苦戦を余儀なくされている。今日の課題は侵入者避け呪文なのだが、ロープで区切られた円の中への侵入を防げたのは未だハーマイオニーただ一人。……これは次の授業に持ち越されそうだな。そもそもトレローニー自身が成功していないのだから宜なるかなというものだろう。

 

生徒と一緒に練習しているへっぽこ予見者を見ながらため息を吐いていると、ロンが先週から始まった姿あらわしの集中講義に関する文句を再開した。ちなみにハーマイオニーは向こうでグリフィンドールの学友たちへの指導を行っており、ハリーはロンが魔法をかけている輪っかの中に出たり入ったりを繰り返している。当然ながら妨害される気配はゼロだ。

 

「みんな軽々と使ってたから、こんなに難しい魔法だなんて思わなかったよ。……リーゼ、コツを教えてくれ。使えるなら知ってるだろ?」

 

「どっちのコツを聞いてるんだい? 姿あらわしか、侵入者避けか。」

 

「もちろん両方だ。」

 

「だったら教えてあげようじゃないか。どっちのコツも『どこへ、どうしても、どうやって』さ。姿あらわしも侵入者避けも目標と動機、それに手順をはっきりさせないと上手く作用しないんだ。集中講義の教師が誰なのかは知らんが、そいつは正しいことを言ってると思うよ。」

 

パチュリーが私に姿あらわしを教える際にも同じようなことを言っていたのだから、その教師が優秀なのは間違いないだろう。クッションの毛玉を毟りながら放った私の答えを受けて、ロンは不満そうな表情で返事を寄越してきた。

 

「だけど、上手くいかないぞ。どっちの呪文もだ。」

 

「それはだね、ロナルド君。コツ以前に杖の振り方が違うからじゃないかな。姿あらわしの方はともかくとして、今のキミが間違えてるのはそこさ。」

 

「……どうして今の今まで教えてくれなかったんだ?」

 

「今の今まで聞かれなかったからね。……求めよ、さらば与えられんってやつだよ。神だって図々しく要求しないと応えてくれないんだから、吸血鬼相手なら言わずもがなだろう?」

 

パチリとウィンクした私にジト目を向けた後、ロンは杖を下ろして教科書を再確認し始める。それを横目に毛玉を纏めて『ピグミーパフもどき』を作っている私へと、輪っか侵入運動から解放されたハリーが声をかけてきた。

 

「ハーマイオニーから聞いたんだけど、姿あらわしに失敗すると『バラけ』ちゃうんだよね? 夏休みの練習の時は大丈夫なの?」

 

「あー……多分治せるよ。多分ね。ダメだったら聖マンゴに行けばいいさ。トランクに詰めて持って行ってあげるから。」

 

「……僕、やっぱり来年の集中講義まで待つことにしようかな。よく考えたらホグワーツに戻った後は使えなくなるわけなんだし。」

 

「それでもいいが、八月にブラックと旅行に行くんだろう? その時使えれば何かと便利だぞ。私も日本に行った時は頻繁に使ったしね。」

 

肩を竦めながら唆してやれば、ハリーはバラける恐怖と姿あらわしの便利さを天秤にかけて苦悩し始める。この前彼に聞いたところによると、ブラックは愛しい名付け子と二人で夏休みに大陸の国々を回るつもりらしい。マグルのサイドカー付きのバイクを新車で買って、アーサーと一緒に『改造』を楽しんでいるんだとか。お古の空飛ぶバイクはハグリッドにプレゼントしたそうだ。

 

ま、別に文句はないさ。色々と制限があった所為で遠出できなかったハリーにとっては良い経験になるはずだ。同行者がブラックというのがやや不安なところだが、今の彼はプリベット通りに縛り付けられる必要などない。成人祝いに自由な旅を満喫するのも一興だろう。

 

とうとう呪文を成功させたのか、付き合いのいいハッフルパフの生徒たちから拍手喝采を浴びているトレローニーを眺めつつ考えていると……同級生たちへの『授業』を一段落させたらしいハーマイオニー先生が戻ってきた。生徒たちとハイタッチする瓶底眼鏡どのの方を見て、実に不満そうな表情を浮かべながらだ。

 

「あの人、そもそも上級の防衛術を習ってないんじゃないかしら? だとしたら今までの授業の有様にも説明が付くわ。」

 

「だが、助け合うことの重要さは学べているみたいじゃないか。イモリには出題されないだろうけどね。」

 

「……まあ、今回ばかりは仕方がないわ。ダンブルドア先生が居なくなってみんな苦労してるんだから、私たち生徒も協力していかないと。」

 

諦めたようにやれやれと首を振ったハーマイオニーは、ハリーに目線を送って呪文の練習を促す。今度は彼女が輪っか侵入運動をするようだ。もっとマシな練習方法はないんだろうか?

 

「そういえば、ジニーとはどうなってるんだい?」

 

杖を振りかぶったハリーに質問を飛ばしてみると、彼はあらぬ方向へと呪文を放ちながら少し赤い顔で応じてきた。まーだ慣れてないのか。もう付き合って何ヶ月も経ってるだろうが。

 

「あー……うん、悪くないよ。」

 

「つまり、良くもないわけだ。」

 

「いや、そういうわけじゃないんだけどさ。……ジニーには内緒にしてよ? 僕、何をどうしたらいいのかが分かんないんだ。付き合った人って何をすべきなの?」

 

「そりゃあキミ、こっそり恋文を送りあったりするんじゃないのか? あとは一緒に散歩したり、買い物に行ったりするんだろうさ。」

 

何を今更という顔で言ってやると……何だ? ハーマイオニーが微妙な表情になったかと思えば、おずおずと問いを繰り出してくる。

 

「あのね、リーゼ。恋文を送り合うっていうのはちょっと古いんじゃないかしら? 今の人はその、あんまりやらないと思うわよ?」

 

「……だが、散歩や買い物はするんだろう? 三分の二が正解ってことは、即ち私の感覚は『現代的』ってことだ。」

 

「それはそうかもだけど……えっと、リーゼって誰かと付き合ったことあるの?」

 

無言で目を逸らした私を見て、ハーマイオニーは然もありなんと頷きながら口を開く。なんか嫌な方向に話が進み始めているな。

 

「そうよね、安心したわ。……まあその、リーゼはまだ知らなくてもいいんじゃないかしら。ハリーの場合は知らないとマズいでしょうけど。」

 

「キミ、私を子供扱いしてるね? 言っておくが、男女が何をするかなんてとっくに知ってるんだぞ。私にそういう経験が無いのは人間と吸血鬼の恋愛観が違うからだよ。それだけの理由さ。」

 

生々しい『ガールズトーク』はお好きじゃないのだろう。私の発言を聞いてそそくさとロンの方へと避難していったハリーを他所に、ハーマイオニーは興味深そうな顔付きで話を続けてきた。

 

「どの辺が違うの?」

 

「人間はくっ付いたり離れたりするようだが、吸血鬼は『番』になったらそれを貫くんだ。要するに、不貞は吸血鬼の倫理観だと重罪なのさ。血筋に混乱が出るし、同族への背信は何よりの罪だからね。他人をいくら裏切ろうが笑い話で済むけど、身内に対するそれは許されないんだよ。」

 

「単に付き合うのもダメってこと? ……だからその、『清純なお付き合い』って意味ね。」

 

「罪とまではいかないものの、結果的に成婚しないのであれば褒められた行為ではないだろうね。相手が『格下』の人間だったら別だが。……一応断っておくと、私個人の考え方じゃないぞ。吸血鬼全体としての価値観の話だ。」

 

同格相手だと話は別だが、『ペット』相手ならいくら遊ぼうが大した問題にはならないのだ。父上や母上はそういう話とは無縁だったものの、知り合いの中には人間の美男美女をペットにして『楽しんでいた』吸血鬼も存在している。

 

ちなみにエマなんかはそういった経緯で生まれたハーフヴァンパイアの一人だ。父上の親戚の家で誕生した後、『ペット贔屓の実父を疎む義母に冷遇される』という絵に描いたような苦難に陥っていたところを、先方の家を訪れた父上が見るに見かねて引き取ったらしい。バートリ家に来た当初は何もかもに怯える暗い性格をしていたのだが、いつの間にかあんな感じになってしまった。

 

更に詳しく言えば、ハーフヴァンパイアにも人間寄りの短命早熟な者と吸血鬼寄りの長命晩熟な者の二種が存在している。人間寄りの者はそのまま殺されるか『家畜』として扱われ、エマのような吸血鬼寄りは一定の権利を与えられて下働きなんかになっていくわけだが……改めて人間側の常識から考えると残酷な所業だな。あくまで別種であるという認識の上で交わるからこういうことになるのかもしれない。この辺は魔法界の純血主義にも繋がるものがありそうだ。

 

社交の場でちらほら見た『首輪付き』の人間を思い出していると、ハーマイオニーは困ったような顔で返事を返してきた。

 

「何て言うか、昔の貴族社会みたいね。」

 

「言葉を選ばなくても結構だよ。他種族の文化なんてのは大抵異常に見えるもんだしね。人間側の視点から端的に表現するなら……そうだな、『古臭くてお堅い選民思想』ってのがピッタリかな。どこかで聞いたような話じゃないか。」

 

「それぞれの文化や倫理観があるのは尊重したいんだけど、リーゼが『本命吸血鬼』以外の人間を取っ替え引っ替えするっていうのは……ちょっと嫌かも。」

 

「心配しなくても、私は吸血鬼的に言うと既に『異常』な価値観を持ってるからね。そうはならないと思うよ。……というかそもそも、吸血鬼で同世代の異性ってのが存在しないんだ。少なくともヨーロッパ圏だと望み薄だね。である以上、吸血鬼の社会も変化せざるを得ないんだろうさ。」

 

同性ならばレミリアやフラン以外にも生きていそうな心当たりはあるものの、どうやら私たちの世代は男女比が偏ってしまったようで、異性となると全く思い付かないのだ。……バートリ家の純血性も私の代で終わる可能性があるな。個人的にはもはやそこまで拘ってもいないのだが、レミリアなんかはどう思っているんだろうか? あいつは家に傾ける情熱が強いし、もしかしたら気にしているのかもしれない。

 

とはいえ、今更吸血鬼らしい吸血鬼にアプローチされてもレミリアは嫌がるだろう。私ほどではないにせよ、あいつもあいつで価値観は変化しているはずだし。スカーレット家の婚姻問題へと思考を飛躍させていると、ハーマイオニーが腕を組みながら話を締めてくる。

 

「何にせよ、リーゼにとっては遠い話なのよね? つまり、身体がきちんと成長するまでは関係ないんでしょう?」

 

「まあ、そうだね。一応それに足る人格は形成されてると自負してるけど、吸血鬼の社会でも惚れた腫れたは身体がある程度成長した後の話らしいし、何よりキミたちの社会倫理的にこの姿の私とどうこうってのは……平たく言って異常なんだろう?」

 

「うーん、単純な年齢で考えると年上なわけだから一概に判断できないけど……そうね、『正常である』とは言えないんじゃないかしら。その辺は特殊なケースすぎて何とも言い兼ねるわ。」

 

「とにかく、私が誰かに恋の相談を仕掛けるのは早くても二、三百年先ってことだよ。それより今はハリーだろう? 私としてはジニーと上手いこと添い遂げてもらいたいわけだが……人間的に言うと、初めての恋人と結婚するっていうのは珍しいことなのかい?」

 

話のレールを強引に元に戻してやれば、ハーマイオニーは頰を掻きながら苦笑を寄越してきた。珍しいことらしい。

 

「それなりの美談になるくらいには珍しいけど、有り得ないってほどでもないわ。私としても二人が別れて気まずくなるのは嫌だし、上手く行ってもらいたくはあるわね。」

 

「なら、先ずは外堀を埋めようじゃないか。……ロン、キミも協力したまえ。『妹の別れた彼氏が親友』と『妹の夫が親友』。どっちが良いんだい?」

 

ハリーと一緒に小さくなって話から避難しているロンに質問を投げると、赤毛のノッポ君はかなり嫌そうな表情で渋々回答を口にする。

 

「どっちかって言えば後者さ。どっちかって言えばね。……大体、結婚だのを考えるのはまだ早いよ。ハリーは十六歳で、ジニーは十五歳なんだぞ。頼むからミュリエル大おばさんみたいなこと言わないでくれ。」

 

「早いのかい? ……そもそも魔法界の適齢期はいつなんだ? 周りの魔法使いはバラバラでよく分からないんだよ。」

 

ポッター夫妻やアーサーとモリー、咲夜の両親なんかは卒業してすぐに結婚したようだが、テッサ・ヴェイユは三十歳の辺りだったはずだし、特殊なケースとはいえルーピンは更に遅い。マクゴナガルも相当遅かったはずだ。すぐに死別してしまったらしいが。

 

自分の知る情報を整理しながら悩む私に、ハーマイオニーが横から答えを差し出してきた。

 

「昔は二十歳付近が多かったみたいだけど、今はもう少し遅いはずよ。……まあ、平均はあくまで平均って考えた方が良いと思うわ。昔だって晩婚はあったし、今の早婚も珍しくないもの。」

 

「それ以前に、僕とジニーは付き合い始めたばっかりなんだ。結婚のことなんか考えたこともないよ。……もしかして、考えるべきなの?」

 

青い顔で後半を付け足したハリーへと、我慢できなくなったかのようにロンが口を開く。一刻も早くこの話題を終わらせたいという表情だ。

 

「いいか? 今の僕たちが考えるべきは侵入者避け呪文のことだ。それが終わったら姿あらわしとクィディッチのことで、その後は今学期の期末試験のこと。そして来年はイモリ試験と就職のことを考えなきゃいけない。……仮に、万が一、もしかして結婚のことを考えるとしてもそれからだろ? 絶対に今じゃないぞ。」

 

「あー……うん、僕もロンに賛成かな。先ずは闇祓いだよ。他のことにうつつを抜かして就けるような職業じゃないわけだしね。」

 

「……まあそうね、それは正しいわ。しっかりとした職を手に入れてからでも遅くないはずよ。」

 

うーむ、ハリーは話題から逃げるように同意して、ハーマイオニーは大真面目に納得してしまったな。私としてはジニーの恋模様の方がお勉強より楽しい話題なんだが……いいさ、そっちは放っておいても勝手に進展してくれるだろう。今は様子見といくか。

 

何度も呪文を成功させて有頂天なトレローニーを尻目に、アンネリーゼ・バートリは毛玉集めを再開するのだった。

 


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