Game of Vampire 作:のみみず@白月
「ふぅん? 男子だったのか。名前は?」
夕焼けを反射するホグワーツの湖に糸を垂らしつつ、アンネリーゼ・バートリは隣で巨大な釣竿を振っているハグリッドに話しかけていた。ふん、バカめ。そんな粗雑な竿で釣れるもんか。私のは日本で買ったマグル製の高級品だぞ。文明の差をしかと目にするがいい。
四月も後半に差し掛かった雨上がりの夕刻、通り雨が止んだのを確認して夕食前の空き時間に一人で湖に来てみたところ、森番どのが先んじて釣りをしていたのである。私の姿を見たハグリッドは遠慮して帰ろうとしたのだが、竿の威力を見せ付けたくて一緒にやろうと誘ってみたのだ。ハグリッドのは……おいおい、単なる木を削ったやつか? 私のはカーボンだぞ、カーボン。正直カーボンが何なのかはさっぱり分からんが、雑誌には今後主流になると書いてあった。だからきっと良く釣れるのだろう。
自慢の釣竿をひゅんひゅん振りながら放った相槌を受けて、小癪にも流木の周辺を狙っているハグリッドが先日産まれたルーピンの息子についての説明を続けてくる。糸が引っかかっても知らんからな。慣れないうちはチャレンジするなと本に書いてあったぞ。
「祖父と父から名前を貰ったんだそうです。エドワード・リーマス・ルーピンっちゅうことですわ。」
「無難だね。ルーピンっぽい名付け方だが、ニンファドーラっぽくはないかな。」
「トンクス……っちゅうか、今はルーピンですけど。彼女は名前で苦労したそうですから、むしろ賛成したみたいですよ。『無難が一番』なんて言っちょりました。アンドロメダは不満そうでしたけどね。」
「狼人間云々の問題はどうだったんだい? 前に話を聞いた時は大丈夫そうとか言ってたが。」
釣り雑誌で学んだテクニックを駆使しながら問いかけてみると、いきなりヒットしたハグリッドが糸を手繰り寄せつつ答えを返してきた。……ラッキーだったな。総合成績では私が勝つんだから、最初のヒットくらいは譲ってやるよ。
「そっちは大丈夫だったんですけど、どうも七変化の方が遺伝したようでして。くしゃみすると顔が変わっちまうんだとか。」
「それはまた、後々困りそうな体質だね。『本物の顔』が分かんなくなったりしないのか?」
「トンクスが言う分には、本物の顔は何となく分るらしいんです。最初のうちは頻繁に変わるものの、物心が付いたら落ち着いてくるって言っちょりました。」
そんなもんなのか。中々の大物を釣り上げたハグリッドに頷いてやれば、彼は手早く餌を付け直して再び湖へと糸を垂らす。チラッと見えたが、針がデカすぎるぞ。何であんなのにかかるんだ? さすがに気付けよ、鱗付きどもめ。薄気味悪い目が常時開いてるだろうが。
粗悪な針に騙されるなとおバカな魚たちに念を送っていると、ハグリッドが思い出したように新たな話題を投げかけてきた。
「そういえば、バートリさんは知っとりますか? 七大魔法学校合同でクィディッチのイベントが開かれるかもしれないっちゅう話。この前マクゴナガル先生から聞いたんですけど。」
「ああ、知ってるよ。代表チームでトーナメント戦をするつもりなんだろう? レミィによれば、ゲーム・スポーツ部のバグマンはリーグ戦を希望してるらしいけどね。」
ちなみにボーンズやマクゴナガルはトーナメント戦を、ゲーム・スポーツ部や魔法生物規制管理部の一部の職員たちはリーグ戦を希望しているらしい。トーナメント派は単純に面倒くさいから試合数を減らしたくて、イベント好きのお気楽ゲーム・スポーツ部はその逆。そして規制管理部の魔法生物狂いどもは珍しい生き物が居る東アジアやアフリカに行く名目が欲しいのだろう。
トーナメント戦だったら一校シードとして初戦三試合、準決勝二試合、決勝一試合の計六試合で済むはずだ。反面リーグ戦になってしまうと計二十一試合、ホグワーツの試合単品で見ても六試合になってしまう。色々と忙しいマクゴナガルや大事を済ませた後のボーンズが嫌がるのもよく分かるぞ。
同情する私に対してハグリッドはリーグ派のようで、もじゃもじゃの髭を撫で付けながらそれらしい意見を飛ばしてきた。イギリスが本格的な冬に入る前に南アフリカに移送されたサイもどき……エルンペントだったか? に会えるかもと思っているのかもしれない。
「リーグ戦の方が実力が反映されますし、生徒たちも色んな国に行けて楽しいんじゃないかと思うんですけど……バートリさんはどう思いますか?」
「断然トーナメント派だよ。試合自体はそれぞれの学校の競技場でやるんだろう? 代表選手と応援の生徒を他国に向かわせる苦労や、逆に他校の生徒を受け入れる時の調整、そして観戦に来るであろう保護者たちの誘導。対抗試合の時より忙しくなりかねんぞ、そんなもん。」
あの時は二校が『ホテル付き』で来てくれたからあの程度で済んだのだ。二十一試合中何試合をホグワーツでやることになるのかは知らんが、その準備だけを想像しても面倒くささが溢れてくる。その上他国での滞在のことまで考えたら……過労死するんじゃないか? マクゴナガルのやつ。
何にせよハグリッドはピンと来なかったらしく、新たな大物を釣り上げながら首を傾げてきた。……どうした、カーボン。まだピクリとも来てないぞ。この私が買ってやったんだから根性を見せてみろ。糸もリールも針も一番良いやつを揃えてるじゃないか。
「そりゃあ準備は大変かもしれませんけど、生徒たちに色々な国の魔法学校を見せるってのは良いことなんじゃないでしょうか? 若いもんの国際協調が目的のイベントみたいですし。」
「いやまあ、私としては何処の誰が楽しもうが、あるいは苦労しようがどうでも良いんだけどね。……想像してみたまえよ、ハグリッド。ホグワーツの代表選手を決めるとして、シーカーには誰が選ばれると思う?」
「そりゃあハリーだ。そうに決まっとる。あれ以上のシーカーなんてこの学校に居ないでしょう?」
「その通り。七年生で、イモリ試験を控えている、闇祓い志望のハリーが選ばれるわけだ。」
私の言葉を聞くと、ハグリッドは途端に勢いを失くして返事を寄越してくる。何が問題なのかにようやく気付いたようだ。
「あー……なるほど、言わんとしてることが分かりました。そいつは確かに問題ですね。」
「だろう? 最悪リーグ戦になったとして、どれだけの時間が持ってかれるのかを考えてごらんよ。ハリーは『良い成績』と言って問題ないレベルだが、それでもハーマイオニーほどじゃない。闇祓いを目指すのであれば勉強の時間が必要なのさ。」
「そいつは……まあ、難しい問題ですね。クィディッチの成績が闇祓い選抜の『特殊技能枠』に含まれるとは思えねえですし。」
「特殊技能枠? 知らん制度だね。七変化とかが対象になるのかい?」
ニンファドーラが闇祓いになれたのは結構な疑問だったんだが、そういうシステムがあったわけか。私が内心で納得しながら放った質問に、ハグリッドは巨大な頭を縦に振ってきた。
「そういうやつです。持ってると試験の時にちょっとばかし加点があるんだとか。外国語とかも含まれるって聞いたことがあります。」
「ハリーやロンには……ふむ、あんまり思い浮かばないな。パーセルタングとか?」
ただまあ、蛇と関わる機会がないので試せていないが、そのパーセルタングにしたって失われている可能性が大きいだろう。パチュリーの考察によれば、あれはハリーの中にあったリドルの魂の欠片が影響していたはずだ。それが無くなった今はもしかしたら話せなくなっているかもしれない。
今度蛇を用意して試してみるかと考えている私を他所に、ハグリッドは首肯しながら他の例を挙げてくる。
「小鬼語は対象になってるみたいですし、蛇語も多分含まれるんじゃないでしょうか。あとはアニメーガスも含まれるって聞いとります。マクゴナガル先生は闇祓いになるときにそれで加点を貰ったらしいです。あの方なら加点なしでも問題なかったでしょうけど。」
「アニメーガスか。ハリーやロンに習得させるのもアリだが……まあ、そんなに甘くはないだろうね。その時間を勉強に回した方が最終的な点数は上がりそうだ。」
「俺もそう思います。あの呪文は向き不向きもあるので、単純な技術の問題だけじゃ……おっと、デカいのがかかりました。やっぱり夕方はよく釣れますね。」
忙しなく動く糸を手繰りながらニコニコ顔で言ってきたハグリッドは、私の用意した大きめのクーラーボックスがすっからかんなのを見て笑みをかき消す。……何故なんだ。パチュリーから借りた本や雑誌は読み込んだし、道具も高級品を揃えた。隣の巨大自慢男が言う通り時間も悪くないはずだぞ。
つまり……そうか、私にかかるはずだった魚をハグリッドが横取りしていたわけか。それなら説明が付くぞ。バートリ家の主人たる私が魚一匹釣れないはずなどない。だからそうに違いないのだ。そうあるべきだ。
巨体を精一杯縮こまらせながら今日一番の大物を針から外すハグリッドへと、アンネリーゼ・バートリは渾身のジト目を送るのだった。この盗っ人め。許さんからな。
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「いい? 私たちは強い。だから絶対勝つし、故に絶対連覇するし、つまり絶対百十点差を付ける。絶対そうなるって信じて全力を尽くしましょう。結果として明日疲労で死んでも勝てば良いわ。」
無茶苦茶な発破をかけてくるケイティに頷きながら、霧雨魔理沙は呆れた半笑いを浮かべていた。ここに来てようやく鬱でも躁でもないキャプテンの姿が見れたな。今の彼女から感じるのは冷静な狂気だけだ。どっちにしろ怖いのは変わらんが。
かなり暖かくなってきた五月の中盤、遂に今シーズンの優勝が決まる最終試合の日が訪れたのだ。グリフィンドール対スリザリン。グリフィンドールが百十点差以上で勝てば私たちが優勝で、スリザリンが勝てば点差に関係なくスリザリンが優勝となる。一応その他の結末になるとレイブンクローが優勝なのだが、私たちは目標以下の点差でスニッチを捕るつもりなどない。たとえ三位や最下位になるリスクがあろうとも、一位以外は目指していないのだから。
ケイティの檄……というか脅しがチームの全員に伝わったところで、グラウンドの方からフーチの声が聞こえてくる。今日は負けられんぞ。連覇のためにも、チームのためにも、そして負けたら自殺しかねんケイティのためにも。
決意を固めながらチームメイトと一緒にグラウンドの中央まで歩いて行くと、緑のユニフォームに身を包んだスリザリンチームの姿が見えてきた。これまで通りのガタイが良いチェイサー、ビーター陣に加えて、長身のキーパーとシーカーのマルフォイ。予想通りのメンバーを揃えてきたようだ。
最近あまり目立ったことをしなくなったマルフォイを複雑な気分で眺めていると、整列した相手のビーターの声が耳に届いてくる。アレシアに話しかけているらしい。
「よう、チビ。逃げ回るだけのお荷物ちゃんが相手に居てくれて嬉しいぜ。うちが優勝したら何かプレゼントしないとな。」
おいおい、いくら試合前の『挑発タイム』でも一年生相手には遠慮しろよな。お前は五年生だろうが。助け舟を出そうかと口を開きかけたところで、先んじて私の隣のジニーが声を放つ。性悪吸血鬼直伝の皮肉げな表情でだ。
「プレゼントはやめておきなさいよ、シーボーグ。イースター休暇でニッケルスにこっ酷く振られたのをもう忘れちゃった? 彼女、プレゼントのセンスが絶望的って言ってたわよ。名前入りの指輪が重かったんですって。」
「……喜んでくれてたはずだ。フランス製の特注品だぞ。今日勝ったら優勝を手土産にもう一度アタックするさ。」
「ええ、知らないの? ニッケルスったら、貴方の隣に立ってる後輩と付き合い始めたらしいけど。」
ジニーがわざとらしい『びっくり仰天』の顔で口にした報告を受けて、スリザリンのビーターは隣に並んでいるチェイサーのことを驚愕の表情で見つめ出すが……うわぁ、敵チームとはいえ同情もんだな。チェイサーは真っ青になって目を逸らしているし、それを見たビーターは今にも殴りつけそうな顔付きに変わっていく。修羅場ってやつか。
「……おい、嘘だよな? ウィーズリーの言ってることは本当じゃないだろ? だってお前、ニッケルスのことについてよく相談に乗ってくれてたじゃないか。」
「違うんです、先輩。つまりですね、向こうも傷付いてたわけじゃないですか。だからその、慰めてる間に……分かるでしょう? 良い雰囲気になっちゃって、ニッケルス先輩の方からキスしてきたから──」
「ふざけるなよ、ベイジー! 俺はキスなんかしたことないぞ!」
あーあ、始まっちゃったよ。憤怒の表情で殴りかかったビーターの棍棒を、チェイサーが必死の顔で避け始めた。それをスリザリンのキャプテンが止める間も無く、呆れ果てたと言わんばかりのフーチが仲裁に入る。
「やめなさい、今から最終戦が始まるんですよ! 色恋沙汰は代表選手として試合を終えてからでいいでしょう! 神聖な競技場を何だと思っているんですか!」
ごもっとも。同時に止めに入ったスリザリンキャプテンのウルクハートやマルフォイなんかの働きもあり、二人は両端に引き離されたが……まーだ睨んでるぞ、ビーター君。想い人とのキスというのが効いているようだ。
「いいですか? 正々堂々プレーしなさい! ……チーム内でもですよ。」
フーチがお決まりの注意に珍しい台詞を追加したのを聞いた後、それぞれのポジションへと向かって歩き出す。全力で応援してくれているグリフィンドール生たちに大きく手を振ってから箒に跨って、フーチの笛を合図に晴れ渡った春の大空へと飛び上がった。
うんうん、調子良いな、スターダスト。チームで金を出し合って買ったプロ御用達の高級クリームを使った甲斐があったぜ。ご機嫌な相棒をひと撫でしてから、クアッフルの行方を確かめるため空中を見回す。
『さあ、試合開始です! 最初にクアッフルを手にしたのは……グリフィンドールのキャプテン、ケイティ・ベルだ! 執念のキャッチを見せました! 実際どう思っているのかは分かりませんが、顔を見るにそんな感じでしょう! 防衛術の教科書に載っていた『肝臓を狙う鬼婆』の挿絵にそっくりです!』
今日の実況はレイブンクローのミルウッドがやっているようだ。来年の実況の座をフィネガンと争ってるだけあって的確な表現をするな。そんなことを考えながら『鬼婆』の補佐をするために飛んでいると、素っ頓狂な内容の実況が耳に入ってきた。
『ゴールに向かって一直線に飛ぶベルですが、スリザリンの若きエース、ベイジーの妨害が……おーっと、ここでシーボーグの打ったブラッジャーがベイジーに当たってしまった! 連携ミスでしょうか?』
故意だぞ。どうやら恋人を取られたシーボーグは寮の勝利よりも復讐を優先することに決めたらしい。壮絶になってきた試合に顔を引きつらせたところで、私に近付いてきたジニーがペロリと舌を出しながら詳しい事情を教えてくれた。ちなみにマークを外れたケイティは易々とゴールを決めている。
「あのね、シーボーグは卒業したら結婚することまで考えてたみたいなの。指輪を贈ったのも婚約のつもりだったんですって。ニッケルス的にはそれが重かったらしいんだけどね。」
「それは……うん、怒るのも無理ないな。知ってて教えたのか?」
「当たり前でしょ。情報戦もクィディッチのうちよ。私はまだチェイサーとしては未熟だから、こういうところで活躍しないとね。」
うーむ、怖い。そう言ったジニーはやおらシーボーグの方に顔を向けると、大声で追加の『真実』を言い放った。
「ねえ、シーボーグ! これは知ってるかしら? ニッケルスったら先週寮に帰らなかったらしいんだけど、同じ日にベイジーも帰ってないのよね。偶然だと思う?」
笑顔で放たれたジニーの言葉を受け取って、シーボーグは一瞬きょとんとした顔になったかと思えば……わお、キレちゃってるぞ。真っ赤になってベイジーを睨み始める。偶然ではないと判断したようだ。
「『効果的』なのは認めるが、さすがにやり過ぎじゃないか? ちょっと可哀想になってきたぜ。」
「そうでもないわよ。実はニッケルスったら、シーボーグと付き合ってる頃からベイジーと『深夜のお出かけ』をしてたの。スリザリンの女子の間じゃ有名な話だったみたい。」
「それって……二股かけてたってことかよ。とんでもないな。」
「だからまあ、ニッケルスが巻き込まれることに罪悪感なんか感じないし、女たらしのベイジーにしても然りね。一途なシーボーグに関しては私も可哀想だと思うけど、そんな女に騙され続けるよりは真実を知った方が良いでしょ? シーボーグったら色々と貢いじゃってたみたいだし。私は知らせるタイミングをちょーっとだけ調整しただけよ。」
まあうん、私もベイジーやニッケルスに同情する気は失せたな。哀れなシーボーグと巻き込まれたスリザリンチーム、延いてはスリザリン寮そのものは可哀想だが……ここは清濁併せ呑もう。どうせ暫くすれば冷静に戻るだろうし、こっちだってキャプテンの命が懸かってるのだ。
───
そして私とケイティがそれぞれゴール三回、ジニーが一回を決め、内輪揉めしているスリザリンチームも何とか計三回のゴールを決めた試合中盤。スコアが70-30になったところで、いきなりマルフォイが急上昇するのが目に入ってきた。スニッチを見つけたのか?
『シーボーグ、徐々に落ち着いてきたようです。何があったのかは不明ですが、どうやらウルクハートの拳を使った説得が功を奏し……ここでマルフォイが動きます! スニッチを捉えたのでしょうか?』
僅かに遅れてハリーも動くが、その視線がマルフォイの少し先に向いているのを見るに、どうもフェイントではなく本当にスニッチが飛んでいるようだ。現状どっちのチームも条件を余裕で満たしている。つまり、これで優勝が決まるぞ。
ケイティが出した援護に入れというハンドサインを視認して、とりあえず全力でハリーの方に向かうが……遠すぎて私の位置からは介入できんな。ケイティも、ジニーも恐らく間に合わないだろう。ロンは当然ゴール前だし、ニールも私の背後に居たはずだ。
ハリーは空気抵抗を減らす姿勢で全力飛行しているものの、その前を飛ぶマルフォイの顔からするにスニッチは近くにありそうだし……どうする? この位置から何が出来る?
『スリザリンのシーカー、マルフォイが矢のように飛びます! それを追うポッターもぐんぐん伸びてきますが……これは間に合わないか!』
私が必死に思考を巡らせている間にも、マルフォイは箒から離した片手を前に伸ばし始める。ハリーは……僅かに後ろだ。万事休すかと脱力しかけたところで、横合いからマルフォイ目掛けてブラッジャーが突っ込んでいった。
マジかよ、アレシアか? 良くやったぞ! 信じられないような球威で飛んでいくブラッジャーは、片手で飛行するマルフォイへと……嘘だろ? マルフォイには当たらずに、彼の目の前を横切ってしまう。外したのか。
『リヴィングストンが打ち込んだブラッジャーがマルフォイへと向かうが……あー、外れた! 外れてしまいました! グリフィンドール、ここで痛恨のコントロールミス! 球威がありすぎたようです!』
実況のミルウッドの言う通り、球威が強すぎて本来ブラッジャーに備わっている誘導が利かなかったのだろう。グリフィンドールの応援席が悲鳴に包まれ、スリザリンの応援席では高らかに緑の応援旗が振られる中、ふと目に入ったアレシアの顔は……何故か見たこともないほどの満面の笑みだ。
どうしたんだよ。ショックでおかしくなっちまったのか? 私が呆然とそれを見ていると、実況の声が笑みの理由を教えてくれた。
『あーっと、どうしたんでしょうか? マルフォイが慌てて振り返っていますが……これは、ポッターだ! ポッターがスニッチを捕っています! グリフィンドールに百五十点が入りました! 試合を制したのはグリフィンドールだ!』
……ええ? 急いで視線を戻してみれば、誇らしげに握り締めた手を掲げているハリーと、悔しそうな顔で項垂れているマルフォイの姿が視界に映る。なんだそりゃ。全然意味が分からんぞ。最後までマルフォイが先行してたじゃないか。
きょとんとしながらも大歓声に沸くグラウンドの中央に着陸したハリーに合流して、その握り締めた手に思いっきりハイタッチをかましてやると、彼は興奮した表情で褒め言葉を連発し始めた。私の後に着陸したアレシアに向かってだ。
「凄いよ、アレシア! 完璧なコントロールだった! あんなのプロだってそうそう出来ないよ!」
「あの……はい。上手くいきました。」
どういうことだ? 下りてきた他のチームメイトも何が起こったのか分かっていないようで、喜びきれない私たちを代表して最後に合流したロンが問いを投げかける。ちなみにケイティは滂沱の涙を流していてそれどころではないらしい。
「僕、てっきりアレシアが外しちゃったんだと思ったんだけど……何がどうなったんだ? ゴールからじゃ全然分かんなかったぞ。」
「アレシアはブラッジャーをスニッチに当てたんだよ! 多分、あのタイミングでマルフォイに当てても彼はスニッチに食らいついてたと思う。だけど、掴む直前にスニッチに当たったからマルフォイは取り零して、僕がそれをキャッチできたんだ!」
ブラッジャーを、スニッチに当てる? そんなもん狙って出来ることじゃないだろ。そう思ってアレシアの方に振り向いてみると、視線が集まった彼女は真っ赤な顔でぼそぼそと『言い訳』を述べてきた。
「あの……人に当てるのはまだ怖かったんですけど、スニッチなら大丈夫なので。ずっと練習してた打ち方なら間に合うかな、と。」
「じゃあ、本当に狙ってやったの? マジ?」
引きつった顔で聞いたジニーに、アレシアはもじもじと箒を弄りながらこっくり頷く。マジらしい。それは確かにプロ顔負けのテクニックだな。
「そう……です。あの、ダメだったでしょうか?」
「ダメなわけないでしょう? ……よくやったわ、アレシア! 最高のプレーよ!」
箒を手放してアレシアに抱き着いたジニーに続いて、私も背後からアーモンド色の頭を抱き締める。どうしたらいいのかとオロオロするアレシアのつむじにキスした後、ようやく湧いてきた達成感と共に全力で腕を振り上げた。グリフィンドールの優勝だ!
未だ鳴り止まないグリフィンドール応援席からの歓声を全身に浴びながら、霧雨魔理沙は今日のMVPの頭をぐっしゃぐしゃに撫で回すのだった。