Game of Vampire 作:のみみず@白月
「ここも狭くなってきたわね。」
パチュリー・ノーレッジは本から顔を離して、ポツリと呟いた。ムーンホールドの図書館は巨大と言って問題ない大きさなのだが、最近では本棚の占める面積が少々大きくなりすぎている。
「今更だよ、パチュリー。」
近くの机で羊皮紙とにらめっこしていたアリスが声を返してきた。なんでもヴェイユが結婚したらしく、頼まれた結婚式でのスピーチを考えるのに必死なのだ。
数年前にはリドルの『進化』で落ち込んでいたと聞いたのだが、どうやら癒してくれる人を見つけたらしい。結構なことだ。
「貴女もいつまで考えてるのよ。参考になりそうな本なんて、腐るほどあるでしょう?」
「でも、テッサにとっては一生に一度の大事な式なんだよ? 適当な例文に習うんじゃなくて、ちゃんと心を込めたスピーチにしないと。」
「一生に一度ならいいけどね。」
「またそういうこと言って。皮肉屋だなぁ、パチュリーは。」
アリスに睨まれてしまった。うーむ、この屋敷の主人に毒されてきたか? 朱に交わればなんとやら、だ。
ちなみに、アリスの話では苗字はヴェイユのままらしい。あの快活な女性は、フランスではそれなりの名家の生まれだったようだ。婿養子とは……相手は苦労するだろうな。
唸りながら羊皮紙にペンを走らせるアリスから目を離し、読書に戻ろうとすると……何かが崩れる音と、小悪魔の悲鳴が図書館に響いた。
「あら、また小悪魔が生き埋めになったみたいね。」
「なにのんびりと言ってるのよ。助けに行かないと、小悪魔さんがかわいそうだよ。」
立ち上がったアリスに続いて悲鳴の聞こえた方向へと向かうが、そう言うアリスだってさほど驚いているようには見えない。当然である、なんたって日常茶飯事なのだから。
「助けてくださいー、パチュリーさまぁ。」
現場に近づくと、倒れた本棚と本の山が見えてくる。小悪魔は……姿も見えないほどに完璧に埋まっているらしい。
アリスと一緒に魔法で本を浮かせてみると、ようやく小悪魔の姿が見えてきた。髪はぐしゃぐしゃで翼が萎れている。哀れな。
「うぅー、ひどい目に遭いました。」
「大丈夫? 本棚にぶつかったりとかしてない?」
「大丈夫ですよ、アリスちゃん。ありがとうございます。」
アリスと小悪魔のやり取りを聞きながら、本棚を元の位置に戻し、その中に本を仕舞っていく。最近はこんな事故が多発しているもんだから、もう慣れたものだ。
なんとか立ち上がった小悪魔が、私に懇願するように声をかけてきた。これも毎回繰り返されている光景だ。何を言うかが大体分かってしまう。
「パチュリーさまぁ、やっぱり本棚に本棚を乗せるのは危ないですよー。」
「仕方がないでしょう? 場所が全然足りないのよ。」
厳密に言えば、本棚の上に本棚を乗せ、その上に更に本棚を乗せているのだ。図書館魔法で本がどんどん集まってくるせいで、これだけしても仕舞う場所は足りていない。
「ねえパチュリー、本を減らすのは……無理よね。」
「無理ね。本に関しては増やせど減らさずってのが、私という魔女なのよ。これは死んでも治らないわ。」
アリスの提案は尤もだが、こればかりは許容できない。私の存在意義に関わることなのだ。
「それじゃあ、リーゼ様に他の場所を使わせてもらうのは? このままだと、小悪魔さんが潰されちゃうのも時間の問題だよ。」
「お願いします、パチュリーさま。私はパチュリーさまと違って、本に潰されて死ぬのなんてイヤです!」
「あのね、私だって本に潰されて死ぬのは御免よ。しかし……そうね、リーゼに頼んでみようかしら。」
失礼なことを言う小悪魔を睨みつけつつも、アリスの提案には頷かざる得ない。図書館から本を離すのは嫌だが、物理的に収まりきらないのなら仕方がないだろう。
潤んだ瞳で縋るようにこちらを見つめてくる小悪魔を見て、ため息を吐いて頷いてやる。部下の労働環境を守るのも上司の大事な仕事なのだ。
「わかったわよ。リーゼのところに行ってくるわ。」
「ありがとうございます、パチュリーさま!」
「じゃあ私は……スピーチの原稿に戻るわ。」
礼を言う小悪魔と終わらない原稿に戻ったアリスを尻目に、リーゼの執務室へと歩き出す。しかし、リーゼはいつもあの部屋で何かをしているが……何をしているんだろうか? 紅魔館にも執務室があるし、吸血鬼というのは案外デスクワークが多いのかもしれない。
益体も無いことを考えながらリーゼの執務室へたどり着く。ドアをノックすると、すぐさま返事が返ってきた。どうやら今日もここに居たらしい、ご苦労なことだ。
「失礼するわよ。」
部屋に入ると、疲れた顔をしたリーゼが椅子にもたれかかっている。何かあったのか?
「ああ、パチェ。トラブルの報告でないことを祈るよ。もう今日は手一杯なんだ。」
「何かあったの? 随分と疲れているようだけど……。」
「フランがまた、『ちょっとした』トラブルを起こしてね。レミィと一緒に、必死で火消しをしてきたところなんだ。」
どうやらまたしても妹様がその猛威を振るったようだ。最近ようやく賢者の石を使っての演算をマスターした妹様は、外に出る度になんらかの問題を起こしている。
確かに狂気はほとんど感じられなくなったのだが、妹様の性格はどうやら素であんな感じだったらしい。社会適応への道は長そうだ。
「それはまた、ご苦労様ね。安心して頂戴、トラブルってほどじゃないのよ。ただ、本を空き部屋に置かせて欲しいの。」
「本を? そりゃあ構わないが……なるほど、またこあが生き埋めになったのかい?」
「その通りよ。さすがに無理がありそうだし、図書館からちょっと本を減らそうと思って。」
私の頼みに苦笑したリーゼは、疲れたような笑顔を浮かべつつ許可を出してくれた。
「空き部屋はいくらでもあるんだ、好きに使ってくれ。」
「感謝するわ。……それじゃあ、早速移動させてくるわね。」
「ああ。私はしばらく休憩させてもらおう。今回のはさすがに骨が折れたよ。」
どうやら、妹様は思った以上の大事件を起こしたらしい。リーゼのここまで疲れた表情は結構貴重なのだ。また橋でもぶっ壊したのだろうか?
執務室を出て、図書館へと戻りながら考える。一時的には本が減るだろうが、これも結局根本的な解決にはならない。いずれ解決策を考える必要があるだろう。
ムーンホールドの廊下を歩きながら、パチュリー・ノーレッジは己の大事な図書館のことを想い、その思考を速めるのだった。
─────
「ち、小さいわね。触っても大丈夫なの?」
アリス・マーガトロイドは、目の前の小さな生命を恐る恐る観察していた。なんとも頼りない見た目だ。小さな瞳を見開いて、私のことをじっと見ている。うーむ、全てのパーツが小さい。私の人形みたいだ。
「そりゃあ、産まれたばっかだからね。抱っこしてみる?」
「ダメよ、怖いわ。それに私……赤ちゃんを抱っこしたことなんてないのよ?」
テッサの声に、必死で首を振る。とてもじゃないが自信がない。
一昨年ついに結婚したテッサは、めでたく長女を出産したのだ。そしてその赤ちゃんを見せてもらっているわけだが……おお、動いた。テッサの腕の中から、こちらに手を伸ばしている。
「ほら、この子もアリスに抱っこして欲しいってよ? 手をこの形にして……そうそう。渡すよ?」
「わっ、こうよね? これで大丈夫なのよね?」
「うん、首を支える感じで……うまいじゃん、アリス。」
腕の中に収まった赤ちゃんを覗き込むと……不思議そうに私を見ている。やはりお母さんとの違いが分かるのだろうか?
「こっちをじっと見てるわ。ど、どうすればいの?」
私が慌ててテッサに聞くと、彼女は大きな声で笑い出した。目に涙を浮かべながら、お腹を抱えている。
「あははっ、アリスのそんな慌てた姿、初めて見たかもしれないよ。大丈夫、初めて会ったから気になってるだけじゃないかな。」
「失礼ね。仕方がないでしょう? しかし……本当に小さいわ。」
こんな小さな生き物が私たちみたいになるなんて、なんとも信じられない気分だ。万感の思いで覗き込んでいると、突然声を上げてむずがり始めた。
「テ、テッサ! 泣いちゃうわ!」
「ありゃー、お腹空いちゃったかな?」
慎重にテッサの腕の中へと戻して、大きく息を吐く。緊張した。どうやら私にはベビーシッターの才能はないらしい。
赤ちゃんが必死な様子で母乳を吸っているのを見物していると、テッサが穏やかに声をかけてくる。
「ねぇ、アリス? お願いがあるんだけど……。」
「何かしら? この子に関すること?」
「うん。あのね、アリスに名付け親になって欲しいんだ。……ダメかな?」
名付け親。馴染みのない言葉にちょっとだけ混乱するが、ゆっくりと理解が追いついてくる。つまり……私が名前を付ける? この子の?
「それは……光栄だわ。でも、私でいいの?」
「当たり前だよ。夫とも相談したんだけど、男の子ならあっちの友人、女の子ならアリスに頼むことになったんだ。いい名前を考えてあげてね?」
テッサの言葉に、未だ母乳を飲んでいる赤ちゃんを見る。パチュリーの図書館に人名事典はあるだろうか? 個性的すぎない名前で……いやいや、没個性的すぎるのもいけないか。頭の中でぐるぐると考えが回る。これは中々の難題らしい。
「まあその、そんなに悩まなくっても大丈夫だよ? ピンと来た名前を選んでくれれば……。」
「いいえ、そんなんじゃダメよ。任せて頂戴、テッサ。必ず相応しい名前を考え出してみせるわ。」
「うわぁ……すっごいやる気だね。」
ちょっとテッサが引いているが、構うものか。この子の一生を左右する問題なのだ。全力で取り組まねばならない。
しばらく母乳を吸う赤ちゃんを微笑んで眺めていたテッサだったが、やがて穏やかな口調で話し始めた。
「でも、これで安心できたよ。私に何かあっても、頼りになる名付け親さんがいれば大丈夫だね。」
「ちょっと、縁起の悪いことを言わないでよ。」
「えへへ、ごめんごめん。……でもやっぱり、親になったからなのかな? もしもの時のことを考えちゃうんだ。この子が一人残されたらって思うと、すごく怖いの。」
頭の中に、お父さんとお母さんの顔が浮かぶ。二人もそんなことを考えていたのだろうか?
「そんなもしもは起こらないわ、絶対にね。だけど、もし私が約束してテッサが安心してくれるなら……約束しましょう、この子は私が守るわ。そもそも名付け親なんだもの、当然のことでしょう?」
私が真剣な顔で約束すると、テッサは安心したように微笑んだ。
「よかったぁ。……ほら、この子も笑ってるよ。」
「きっとお腹がいっぱいになったからよ。」
「えー、違うよ。アリスの言葉が嬉しかったんだよねー?」
応えるように腕を振りながらきゃっきゃと笑っている。うーむ、急に可愛さが増した気がする。私も現金なヤツだな。
赤ちゃんの笑顔を見ながら、アリス・マーガトロイドは絶対にいい名前を付けなければならないと、内心で固く決意するのだった。