Game of Vampire   作:のみみず@白月

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無国籍ガール

 

 

「達成感とはかくも虚しいものなわけか。……ジニー、手が止まってるよ。」

 

優勝記念の寮を挙げたパーティーから早一週間。あの時の喜びっぷりが微塵も感じられない面子を前に、アンネリーゼ・バートリは儚い気分で指摘を飛ばしていた。クィディッチシーズンが終わった後に何が来るかなど誰もがご存知だろう。慈悲なき試験期間だ。

 

現在私たちが居るホグワーツの図書館は、ある種の一体感のようなものに包まれている。どうにかして試験を『やり過ごそう』という一体感に。その中で唯一緊張感がない私の言葉を受けて、ジニーは恨めしそうに返答を口にした。他には六年生三人と金銀コンビ、そしてルーナも一緒だ。ルーナだけはどちらかといえば私に近い雰囲気だが。

 

「……やるわよ。やってやるわ。」

 

「ならいいんだけどね。……ほら、ロン? キミも止まってるじゃないか。分からないところがあったのかい? だったら分かるまで復習したまえ。」

 

ミス・勉強から任じられた『勉強監督』の権力を振りかざす私へと、ロンもまたジト目で答えを寄越してくる。アンネリーゼ監督はスパルタだぞ。ちょっとの休憩も見逃さないからな。

 

「リーゼ、問題ってのは考える時間が必要なんだ。だから羽ペンが止まる。それは仕方ないことだろ?」

 

「キミがやってるのが薬学の素材の暗記じゃなければその言い訳が通用しただろうね。問題を読んだら反射的に答えられるようになりたまえ。イモリでは時間の使い方も一つの課題だぞ。」

 

「君、ハーマイオニーから何か飲まされたのか? 『勉強が好きになる薬』みたいなのを。」

 

「安心したまえ、ロナルド君。今も昔も私は勉強が嫌いさ。だがしかし、この立場になって気付いたんだが……勉強『させる』ってのは中々面白いんだよ。苦しむキミたちを安全地帯から見てるのは良い気分なんだ。」

 

ニヤニヤ笑いで言ってやれば、荒んだ表情のハリーがロンの肩をポンと叩く。苦難を前にして友情の絆が深まったらしい。

 

「何を言っても無駄だよ、ロン。リーゼは僕たちとは違う場所に行っちゃったんだ。『イモリ無し』の場所にね。」

 

「だけど、イモリ試験は来年だろ? まだ僕たちもイモリ無しではあるはずだ。」

 

「キミたちは『イモリ予備軍』なのさ。それ即ち今年の期末試験も手を抜けないってことだ。……分かったら黙って集中したまえ。鞭でぺちぺち叩いちゃうぞ。」

 

鞭を振る動作をしながら鼻を鳴らしてやると、ハリーとロンは嫌そうな顔で目の前の羊皮紙へと向き直った。問題児二人組はこれでいいとして、諦め半分のジニーや楽しそうに飼育学の教科書を読んでいるルーナ、終始無言で私が作った模擬テストを解いているハーマイオニーなんかも問題ないだろう。となると……ふむ、次は金銀コンビだな。

 

椅子から立ち上がって向かい側に座っている金銀コンビの手元を覗いてみれば、それぞれ羊皮紙に何を書き進めているのかが目に入ってくる。咲夜はマグル学の論述対策、そして魔理沙は夏休みの旅行日程だ。こいつには本当に鞭が必要かもしれんな。

 

「おい、不良魔女娘。キミは何をしてるんだい?」

 

「見りゃ分かるだろ? ヨーロッパの行きたい所を調べてリストアップしてるのさ。アリスに纏めとけって言われてるんだ。」

 

「アリスからの『宿題』を片付けてるって部分は褒めてあげてもいいが、勉強をやってないのはいただけないね。」

 

金色の頭をツンツンしながら注意してやると、魔理沙は迷惑そうにそれを払い除けて抗弁してきた。生意気なヤツめ。私は監督だぞ、監督。偉いんだからな。

 

「あのな、私にとってはこっちの方が『勉強』なんだよ。心配しなくても試験の成績は上位一割に入ってやるぜ。それなら文句ないだろ?」

 

「なんとまあ、残りの九割が可哀想になってくる台詞じゃないか。」

 

「私は日々努力してるからな。貯金がある分、ラストスパートは必要ないのさ。」

 

「継続型の強みってわけだ。……聞いたかい? 諸君。来年からは少しずつ貯金した方が良さそうだよ? 来るべき『冬』に飢え死にしたくないだろう? 今年の冬を越えられればの話だが。」

 

アリとキリギリスから何も学ばなかったらしい『その日暮らし』のハリー、ロン、ジニーに肩を竦めてやれば、むすっとした顔の彼らからではなく、貯金残高が最高額のミス・勉強から返事が返ってくる。溢れんばかりの貯金で早くも模擬テストを解き終えたらしい。

 

「リーゼの言う通りよ。こと勉強においては努力は嘘を吐かないの。……解き終わったから採点して頂戴。時間はどのくらいかかってた?」

 

「あー……四十分ってとこかな。参考にした本によれば通常一時間かかるテストみたいだし、上々のスピードじゃないか。」

 

「三十分まで短縮しないとダメよ。それに、点数が悪かったらどんなに早くても意味ないわ。」

 

もはやスポーツ選手みたいな会話だな。言いながら目線で急かしてくるハーマイオニーに従って、教科書を横目に答え合わせを始めるが……このレベルになってくると採点するのも一苦労だぞ。これは防衛術だからギリギリ理解できるが、魔法薬学とかルーン文字になると模範解答を見ても正誤を判断できなさそうだ。

 

七年生の勉強はあまり手伝えないかもしれないなとため息を吐く私を他所に、ルーナが手すきになったハーマイオニーに声をかけた。ルーナからハーマイオニーに話しかけるってのは珍しいな。ミス・勉強としてもその自覚はあるようで、ちょびっとだけ緊張した表情だ。

 

「あのね、ハーマイオニー。論文の書き方を教えてくれない?」

 

「論文? それは構わないけど……私も一つしか書いたことないわよ? 数占いの課題で書く機会があったの。基本的な構成を習っただけだから、本格的なものとなると自信が無いわ。」

 

「それでも全然知らない私よりはマシだよ。……私、自分が調べたことをきちんと纏めてみたいの。私は『変』だから上手く説明できないけど、文章ならなんとかなるんじゃないかと思って。だからつまり、自分のためじゃなくて他人が読むための論文を書いてみたいんだ。そうするには色んな決まりを守って書かないといけないんでしょ?」

 

「……なら、一緒に勉強してみましょうか。私も七年生になったらチャレンジするつもりだったから、今のうちに学んでおくのは悪くないことだわ。ハリーとロンもやるわよ。防衛術のを書かないといけないんでしょう?」

 

これまでのように自分の世界を押し通そうとするのではなく、外界に歩み寄ろうとしているルーナに心打たれたのだろう。前半を優しげな笑顔で、後半を勉強妖怪の顔で言ったハーマイオニーに対して、ハリーとロンが口々に反論を放つ。

 

「ハーマイオニー、僕たちが書くのは『小』論文だぞ。本物の論文とは全然違うだろ? ついでに言えば、それが必要になってくるのは闇祓いの入局試験だ。イモリを突破した後のことを考えるのは早すぎるよ。」

 

「僕が思うに、先ずは筆記の論述を勉強すべきじゃないかな。徐々にこう、レベルアップしていくべきでしょ? いきなり論文は無謀だよ。」

 

「あら、貴方たちは闇祓いの入局試験要項を読み込んでいないようね。魔法学校の在学中に論文を執筆していた場合、その評価も加算されるのよ。もちろん大きなものではないと思うけど、どんな出来でもマイナスになることは有り得ないんだし、小さな点数の積み重ねが重要だってことは理解してるでしょう?」

 

ほう、論文も加点対象なのか。この前巨大自慢男から聞いたやつ以外にも色々あるんだな。お澄まし顔で説明したハーマイオニーへと、ロンが絶望の表情で確認を飛ばす。

 

「まさか君、七年生になったら本気で論文を書かせるつもりなのか? 冗談じゃないぞ。イモリの勉強で手一杯になるのは目に見えてるだろ?」

 

「書くべきよ、ロン。論文を書いたって段階で他の受験者との差を作れるし、その経験は小論文の時に役に立つわ。イモリの勉強から少し時間を割いたとしても、充分にお釣りが来るメリットだと思わない?」

 

「思わない。闇祓いってのは論文が書けることを重視する職業じゃないはずだ。もっとこう……度胸とか、杖捌きとか、そういうのでアピールすべきだろ? 『ガリ勉君』が入るタイプの職場じゃないんだよ。」

 

「貴方はご存じないみたいですけど、闇祓いは軒並み『杖捌きも上手いガリ勉君』なのよ。両方できて当たり前の世界なの。貴方、今の局長のロバーズさんが何ヶ国語話せるのかを知ってる? 頭も良くないとやっていけないわよ?」

 

うーむ、ハーマイオニーの言い方からするに、あの情けない感じの局長も中々のエリートらしい。……ひょっとして、ムーディも論文を出してたりするのだろうか? スクリムジョールのは容易いが、グルグル目玉のは想像できんな。

 

私が至極どうでも良いことを考えている間にも、正論に押され気味のロンがなんとか挽回しようと口を開く。この二人の将来像が目に浮かんでくる構図じゃないか。

 

「だけど……そう、入局してからは書いたりしないはずだ。魔法省で論文を書く機会があるのなんて神秘部くらいだしな。」

 

「だからこそ在学中にやっておくべきなんでしょうが。統計の取り方とか、文章の書き方とか、データの纏め方とか。論文を書いて後々役に立つことは多いはずよ。きっと無駄になったりしないわ。」

 

大人な意見を受けたロンが万事休すという顔になったところで……仕方ない、助けてやるか。私が採点を終えた答案用紙を割り込ませると、途端にミス・勉強はこっちに食い付いてきた。湖の魚もこれくらい食い付きが良ければ楽なんだけどな。

 

「終わったよ、ハーマイ──」

 

「どうだった? 何問間違えてた?」

 

「百点満点で八十二点だ。内容がほぼ七年生なことを考えれば上出来中の上出来じゃないかな。」

 

「じゅ……嘘でしょう? 十八点も落としてたの? 十八?」

 

おっと、本人的には全然上出来じゃなかったようだ。顔を引きつらせながら間違い箇所を確認し始めたハーマイオニーを見て、目線で助かったと伝えてくるロンに礼は食べ物でと返した後、魔理沙の『宿題』を掠め取って採点を開始した。ついでにこっちもチェックしてやろうじゃないか。

 

「おい、意地悪吸血鬼。まだ途中だぞ。」

 

「いいじゃないか、金髪魔女っ子。私も大陸の観光名所には詳しいんだ。スケジュールに無理がないかを見てあげるよ。……キミ、フランスとイタリアが別の国家ってことを理解しているかい? 同じ日にマルセイユとナポリの予定が被ってるわけだが。しかもその後パリに戻るってのは不可能だと思うよ。キミが見るべきなのは観光案内じゃなくて、地図だね。」

 

「……ダメなのか? 姿あらわしがあるだろ?」

 

「国境を跨ぐ姿あらわしには特殊な許可が必要なんだよ。申請やら出国チェックやらが面倒だから、一日の間に行ったり来たりは無理じゃないかな。」

 

呆れながら魔法界の常識を教えてみると、魔理沙は愕然とした顔で疑問を寄越してくる。そんなんだからホグワーツは常識がないって言われちゃうんだぞ。

 

「でも、お前らは好き勝手にあちこち行ってるみたいじゃんか。アメリカとか、日本とか、ロシアとかにさ。」

 

「それはだね、魔理沙。私たちには図書館の大魔女と、紅のマドモアゼルが付いてるからさ。レミィが許可を取れないなんてことは有り得ないし、取るのが面倒ならパチェが何とかしてくれるわけだ。紅魔館の地図に国境なんてないんだよ。」

 

「……アリスは出来ないのか?」

 

「可能かもしれないが、あの子は真面目だからね。基本的にルールを守ると思うよ。」

 

私の予想を聞いた魔理沙が頭を抱えたところで、同じく大陸旅行に行く予定のハリーが会話に参加してきた。勉強よりもこっちの話題が楽しいと判断したようだ。

 

「シリウスは大陸で旅行するならマグル側の交通機関を使った方が楽だって言ってたよ。なんとか協定っていうのがあるから、イギリスとアイルランド間みたいに出入国審査が必要ないんだって。だから僕たちはバイクで行く予定なんだ。大陸に入る時だけは審査を受けるらしいけどね。」

 

「審査って?」

 

「そりゃあパスポートの確認とか、滞在期間を報告したりとか……マリサ、パスポート持ってる?」

 

「……持ってないとマズいのか? それが何なのかすら分かんないんだが。」

 

無自覚不法入国者の発言を受けて、ハリーは困ったような表情で説明を続けるが……そういえば咲夜も持ってないな。当然私も、レミリアもだ。パチュリーやアリスは持ってたりするんだろうか? もちろん有効期限は切れているだろうが。

 

「あー、マグル的に言うとマズいかな。他の国に行く時、自分の国籍とか身分を証明するものなんだよ。マリサは日本人なんでしょ? だったら普通は日本のパスポートを持ってて、あとはイギリスの学生ビザとかを取るべきなんだと思うけど……魔法界ってどうなの? 僕、そっちの制度はよく知らないから。」

 

首を傾げるハリーへと、間違い箇所の復習を中断してルーナと論文関係の参考書を読んでいたハーマイオニーが答える。魔法界側から見ても魔理沙は不法入国者のはずだが、そこまで知らない彼女は真っ当な手段でイギリスに来たと思っているようだ。何を以て『真っ当』とするのかは謎だが。

 

「基本的に『学生ビザ』みたいなシステムは存在しないわ。ホグワーツの学生は他国からの留学だとしてもイギリス魔法界の所属として扱われるから。だから未成年魔法使いに対する制限なんかも学生全員に適用されるわけよ。パスポートに関しては……まあ、杖が代わりになってるって認識でいいんじゃないかしら? アメリカとかは入国した直後の杖の登録を義務付けてるみたいだけど、ヨーロッパは必要ない国が多いわね。未成年なら尚更よ。」

 

「ってことは、私はパスポットがなくても大丈夫なわけだ。杖があるからな。」

 

「パスポートよ。そして、『大丈夫』かどうかは意見が分かれるわね。魔法界で暮らす分には平気かもしれないけど、マグル界だと貴女は存在しないってことになっちゃうの。……日本での戸籍はある?」

 

「えっとだな、多分ないぜ。……ヤバいか?」

 

どんどん話が怪しい方向に進んで行くな。それを感じ取って神妙な表情になっている魔理沙へと、ハーマイオニーが腕を組みながら首肯を放った。

 

「ヤバいわ。例えば異国の街中で杖を失くして迷子になったら、貴女は誰の助けも得られなくなるわけよ。日本人であることも証明できないし、マグル界の記録上だとイギリスの学生でもない。杖がないと魔法界側の本人確認も受けられないしね。そうなると……どうなるのかしら?」

 

「んー、その国の魔法省にたどり着ければどうにかなるかもね。でも、マグル側だと不法入国ってことになるんじゃないかな。どう見ても未成年なんだから、いきなり犯罪者ってことにはならないと思うけど……無国籍の少女として保護されるとか? 何にせよ、面倒なことになるのは間違いないよ。」

 

マグル界に詳しいハリーが予想したところで、ロンとジニーが青い顔の魔理沙に助言を繰り出す。『不法入国』ってのが効いたらしい。

 

「大丈夫だ、マリサ。魔法省に行けばパスポートを貰えるよ。僕もエジプトに行く時に作ってもらったけど、手続きには五分もかかんないから。動かない変な写真を撮って、名前とか年齢を書けばそれで終わりさ。」

 

「そうね、簡単だったわ。パーシーのは苗字が『ウィルズリオ』になってたけど平気だったし、大した物じゃないわよ。」

 

随分と軽く言うウィーズリー兄妹だが……ハリーとハーマイオニーが微妙な表情になっているのを見るに、マグル的には『大した物』みたいだぞ。そんな簡単に作っちゃって大丈夫なのか?

 

何にせよ魔理沙は気が楽になったようで、明るい顔に戻って肩を竦めてきた。

 

「んじゃ、私も旅行の前にパスポットを作っとくか。咲夜とハリーも作るだろ? 一緒に行こうぜ。」

 

「よく分からないけど、あった方がいいなら作っておきましょうか。」

 

「僕は……うん、マグル側の制度を使って申請しようかな。『本物』の方が色々と安心だし。」

 

それがいいだろう。組織ぐるみの偽造を断ったハリーに大きく頷いてから、木の椅子に背を預けて図書館の天井を見上げる。……私はどうしようかな。アリスからは一緒に行こうと熱心に誘われているのだが、未だに紫からの連絡が一切ないのが問題だ。もしかしたら夏休み中に調停者との顔合わせをさせるつもりなのかもしれない。

 

……まあ、どっちにしても問題ないか。あいつはイギリスだろうが大陸だろうが一瞬で隙間を繋げられるだろう。ってことは七月前半にハリーの姿あらわしの特訓とレミリアたちの引越しを手伝って、中盤から大陸旅行ってとこかな。

 

今年もイベントが多くなりそうな夏休みのことを考えながら、アンネリーゼ・バートリはパタリと翼を動かすのだった。

 


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