Game of Vampire   作:のみみず@白月

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楽園の素敵な巫女

 

 

「あー、感動したわ。可愛いわねぇ、咲夜ちゃん。人外に育てられた人間ってのは何人か知ってるけど、ああも真っ直ぐに成長するのは珍しいわよ?」

 

『煉瓦造り風』のカフェのテーブル席。大仰に語りかけてくる紫の話を聞き流しながら、アンネリーゼ・バートリはチキンカツカレーとやらを頬張っていた。美味いな。認めるのは癪だが、こと揚げ物に関してはイギリスより日本の方が美味い気がする。何か理由があるんだろうか?

 

夏休みが二日目に突入した今日、魔法で冷やしまくった紅魔館のリビングでゴロゴロしていた私の下に、いきなり隙間妖怪が連絡を寄越してきたのだ。昼食を取った後で例の『調停者』に会わせたいということで、案内に従ってスキマに入ってみたのだが……まさか日本の路地裏に出るとは思わなかったぞ。頭では理解していたものの、こうまでスムーズにユーラシア大陸をひとっ飛びというのには中々慣れんな。

 

そんなわけでこの前も寄った喫茶店でカレーを注文したところ、食べている間中覗き魔の世間話に付き合わされているというわけだ。どうやらこいつは先日の咲夜の『欲張り宣言』を覗き見ていたらしい。

 

「黙って食べたまえよ。そしてプライバシーという単語を噛み締めたまえ。キミが嫌われる原因の一つはそこにあるんだからな。」

 

「私、好きな子のことはなんでも知りたくなっちゃうタイプなの。リーゼちゃんの今日の下着の色も知ってるのよ? これって愛だと思わない?」

 

「歯痒いよ。キミの悪行を止められる存在はこの世に居ないのか? 居れば私は協力を惜しまないんだが。」

 

変態妖怪に軽蔑の眼差しを向けながら言ってやると、紫はぺろりと舌を出して肩を竦めてくる。ぶん殴りたくなる顔じゃないか。当たるなら実行してるんだけどな。

 

「止められるっていうか、ちょーっとだけ相性が悪い存在は幻想郷に居るんだけどね。」

 

「誰だい? そいつとは仲良くなる必要がありそうだから聞いておきたいね。」

 

「無理だと思うわよ? 冥府の裁定者をやってる子だから。幻想郷が担当地区なんですって。」

 

「……それは確かに無理かな。キミの相手をするのは面倒くさいが、そいつの相手をするのは鬱陶しそうだ。」

 

冥府の裁定者ということは、つまるところ聞く耳を持たない『独善屋』ということだ。『多様な価値観を重んじる懐が深い賢くて高貴な吸血鬼』である私とは致命的に性格が合わないし、下手すると紫以上に関わりたくない相手になるだろう。救いはないのかとため息を吐いたところで、お喋り妖怪がようやく本題を切り出してきた。

 

「まあ、友好を深めるための世間話はこの辺にしておきましょうか。今日はうちの子にリーゼちゃんを引き合わせたくて来てもらったわけだけど、その点は大丈夫よね?」

 

「大丈夫も何もないだろうに。私が持っている情報は魔理沙からの人物評と、キミからの会って話して欲しいという依頼だけだ。具体的に何を望んでいるのかが分からないから答えようがないね。」

 

「んー、今日は別に何も望んでないわ。会って、自己紹介して、それで終わりよ。その上でリーゼちゃんに私からのお仕事を受けるか決めて欲しいの。」

 

「……契約前に確たる内容を明かさないのは卑怯だと思うよ。」

 

ドリアとかいう珍しい料理を食べている紫に文句を伝えてやると、彼女は悪びれもせずにニコニコ笑いながら返答を口にする。

 

「でも、受ける気なんでしょう? ……心配だわ。こんなにチョロくて大丈夫なのかしら? 軽々しく変な大人に付いて行ったら絶対ダメよ? あんなことやこんなことをされちゃうんだから。」

 

「変な大人はキミだし、私は子供じゃない。どうでも良い無駄話をしている暇があるなら早く食べ終えたまえよ。キミとの食事は苦痛でしかないんだ。拷問だよ、拷問。」

 

「うーん、片想いって辛いわねぇ。」

 

「キミのそれは『歪んだ欲求』だよ。『片想い』だなんて綺麗な表現を使わないでもらおうか。」

 

カレーを食べ終えながら訂正してやれば、紫もドリアの最後の一口を平らげて立ち上がった。やっと移動か。えらく長い昼食に感じたぞ。

 

「今日こそ奢ってあげちゃう。いいわよね? 私ったら尽くすタイプなの。」

 

「好きにしたまえ。もう問答する気力も残ってないよ。……そもそも急に連れて来られたから、日本円なんて持ってないしね。」

 

疲れた気分で吐き捨ててから店員の声を尻目に店を出て、異国の住宅街の風景を眺めながら支払いが終わるのを待っていると……カランカランというベルの音と共に紫もドアを抜けてくる。しかし、七月だってのにアホほど暑いな。ものの一分で店内に戻りたくなってきたぞ。ジメジメしてるのも気に食わん。

 

「幻想郷は涼しいかい?」

 

スキマを開けるために人気の無い路地を目指しながら聞いてみれば、紫は苦笑を浮かべて首を横に振ってきた。まあ、知ってたさ。

 

「ここほどじゃないけど、それでも暑いわ。日差しも強いし、夜行性の妖怪にとっては暮らし難い環境かもしれないわね。……ちなみに日本だと七月初旬はまだ涼しい方よ。今日はちょっと暑めだけど、基本的にはこれからが夏本番なの。」

 

「憂鬱になってくるよ。……夏が暑いってことは、冬は比較的暖かいんだろう?」

 

「どうかしら? イギリスの北部とかに比べれば気温は多少マシでしょうけど、雪はこれでもかってくらいに積もるわよ。台風も地震もあるし、梅雨には雨が降りまくるし、今の時期は虫も多いわね。」

 

「地獄のような環境じゃないか。」

 

天災が多い上に夏は暑くて冬は寒いってことか。うんざりしながら言ってやると、路地裏に入った紫はスキマを開いてパチリとウィンクしてくる。何故かご機嫌なご様子だ。

 

「だけど、その分秋の実りは豊かだし、春の花も美しいわ。四季がはっきりしてるのよ、幻想郷は。それぞれの季節を司る神性や妖精たちがわんさか居るからね。……さあ、どうぞ。入って頂戴。」

 

「それじゃ、キミの箱庭にお邪魔するとしようか。」

 

紫の案内に従って、ギョロギョロと目玉が蠢くスキマに足を踏み入れてみれば……むう、緑の匂いだ。刹那の後には田舎特有の濃い自然の香りと共に、幻想郷の景色が目の前に広がっていた。遠くには深い森や巨大な山、広い竹林や草原なんかが見えており、眼下には長い石階段が続いている。周辺が一望できる小高い場所に出たようだ。

 

「ようこそ、幻想郷へ。」

 

私の後から出てきた紫がやけに穏やかな声をかけてくるのに、周囲を見渡しながら質問を飛ばす。景色の九割が緑色だが、それでも特徴的なものはいくつかあるな。遠方に見えるあの一際大きな山が『妖怪の山』だろう。となると、背の低い建物が密集しているあそこが魔理沙の生まれ故郷……『人里』か。

 

「思ったよりも人口が多いみたいだね。そして同時に思ったよりも文明レベルが低いようじゃないか。……ここは東の端にあるとかいう『神社』かい?」

 

「そうよ、博麗神社。ちょっと年季が入ってるけど、それでも立派なものでしょう?」

 

「いやまあ、基準となる神社を知らないから何とも言えないが……面白くはあるね。これが鳥居ってやつか。レミィが気に入りそうな色だ。」

 

石階段の頂点、つまりは私の隣に聳えている巨大な真紅の鳥居をぺちぺち叩いていると、紫は軽く首肯してから大雑把な案内を送ってきた。上にある看板みたいな板が神社側に向いてるな。神道の仕来りはよく知らんが、神域への『門』なんだったら反対側に向けるべきじゃないか?

 

「今日は晴れてるから景色がよく見えるわね。あの遠くにある山の手前に湖があるでしょう? あそこが貴女たちにプレゼントする土地よ。人里側じゃなくて、山側のほとり。」

 

「ふぅん? 魚は棲んでるかい?」

 

「普通の魚は知らないけど、人魚とか妖精とかはちらほら居るわ。……そっちで言う水中人よりは人間に近い見た目だけど。」

 

「おや、楽しみだね。人魚フィッシングはやったことがないんだ。」

 

人間に近いということはそれなりの大きさなんだろうし、竿はデカいのを用意しといた方が良さそうだな。『大物』の存在に胸を躍らせる私を他所に、紫は神社側に向き直ってこちらを促してくる。

 

「まあ、細かい案内はまた今度にしましょ。今日の目的地はこっちよ。……春だったら自慢の桜並木が見れたんだけどね。当然ながらもう散っちゃってるわ。また来年に期待かしら。」

 

「桜はマホウトコロで嫌ってほど見たからもういいよ。それぞれの神社でそれぞれの神を祀っているんだろう? ここにはどんな神が居るんだい?」

 

「あー……それが、あんまり強い神性じゃないのよね。特にご利益もなければ罰が当たったりもしないから、気にしないでいいと思うわ。」

 

「なんだそりゃ。」

 

魔理沙が『八雲の縄張り』と評していたから、てっきり強い神性が住み着いているんだとばかり思っていたぞ。拍子抜けした気分で石畳の上を進んでいくと、やがて瓦屋根の大きな建物が近付いてきた。マホウトコロの校舎によく似た建築様式だな。伝統的な日本建築ってことか。

 

「表側が社で、裏側が住居ね。本来ならもう少しごちゃごちゃしてるんだけど、小さな神社だから全部纏めて一つの建物になってるの。そろそろ建て替えるべきかしら?」

 

「それは自分で考えたまえ。……あっちにある小屋みたいな建物は何だい?」

 

解説してきた紫に疑問を投げてやれば、彼女は何かを探すように忙しなく視線を動かしながら答えてくる。

 

「単なる倉庫よ。ガラクタが沢山詰まってるだけ。……あの子が居ないわね。寝てるのかしら? れいむー! 可愛いゆかりんが来てあげたわよー!」

 

れいむ? 調停者の名前か。そういえば聞いてなかったな。紫が大声の日本語で建物に呼びかけると……おっと、あれが噂の巫女どのか。右手の方から奇妙な格好をした少女がひょっこり現れた。赤いリボンで濡羽色の髪を纏めており、年齢は魔理沙より少し若いか同い年ほど。紅白の着物とワンピースの中間みたいな服装だ。何故か肩周りがぱっくり開いている。暑いからだろうか?

 

『……何よ? 寝てたんだけど?』

 

『こんな真昼間によく寝れるわね、貴女。暑くないの?』

 

『暑いけど、動いてたらもっと暑いでしょ? だから寝てたの。』

 

紫に返事をしながら建物の軒先にあった謎の箱を覗いた巫女は、小さく舌打ちしてからくるりとこちらに振り向いてきた。疑念をありありと宿した表情だ。

 

『それで、何なのよ。妖怪でしょ? そいつ。気配で分かるわ。退治してみせろってこと?』

 

『全然違うわ、大ハズレ。……じゃじゃーん! 霊夢、貴女にプレゼントよ! お友達を持ってきたの!』

 

私を指差して高らかに宣言する紫に、巫女と二人でジト目を向ける。なーにが『持ってきた』だ。私は物じゃないぞ。

 

『キミね、順を追って説明したまえよ。意味不明だぞ。』

 

ここは暑いから喫茶店の時ほど我慢してやらないからな。半袖のジャケットを脱いで翼を広げながら日本語で文句を放つと、紫は私たちを交互に見ながら適当すぎる説明を繰り出してきた。

 

『あら、簡単な話よ。私は二人に仲良くなって欲しいの。じゃないとリーゼちゃんはお友達の成長を見届けられないし、霊夢は食料の供給を打ち切られるってわけ。……どうかしら? 仲良くなる気になったでしょう?』

 

こいつ、やっぱり嫌いだ。これまで強気だった巫女も焦った表情になっているのを見るに、『食料の供給』とやらは彼女にとって無視できないほどの大事らしい。どうぞどうぞと催促してくる陰険妖怪を睨め付けながら、巫女に歩み寄って手を差し出す。紫に従うのは癪だが、ここは大人である私が切っ掛けを作るべきだろう。

 

『アンネリーゼ・バートリだ。紫に弱みを握られている可哀想な吸血鬼だよ。』

 

自己紹介と一緒に私が伸ばした手を見て、紅白巫女は驚いたような、それでいて怪訝そうな表情で自分の手をにぎにぎした後……ゆっくりとした動作で慎重に握ってきた。握る力は強くも弱くもないし、体温は熱くも冷たくもない。なんか不思議な感じだな。

 

『きゅうけつき? ……まあいいわ、博麗霊夢よ。妖怪と仲良くするつもりはないけど、紫の件に関しては同じ立場として同情してあげる。』

 

随分と生意気な挨拶じゃないか。さすがはあの魔女っ子の友人だな。自分の手を握っている華奢で真っ白な手を眺めつつ、アンネリーゼ・バートリは皮肉げな笑みを浮かべるのだった。

 

 

─────

 

 

「全部大切にする、か。……いいと思うぜ、お前なら出来るさ。」

 

すっかり『夏の住処』となったマーガトロイド人形店のダイニングでサンドイッチを頬張りながら、霧雨魔理沙は銀髪の親友に向かって大きく頷いていた。今日は旅行に備えて運輸部でパスポットを作るため、アリスが私と咲夜を魔法省まで連れて行ってくれる予定なのだ。その前に三人で腹ごしらえをしているのである。

 

どうやら咲夜はここ暫く悩んでいた問題への決着を付けたようで、食べている間に自分が導き出した結論のことを話してくれたわけだが……うん、確かに欲張りな答えだな。だけど、二兎を追わないヤツは二兎を手に入れられない。器用なこいつなら両方捕まえることが出来るだろう。

 

両手に兎を持ってえへんと胸を張る咲夜を想像する私に続いて、アリスも嬉しそうな表情で口を開く。

 

「私としても文句なしの答えね。……フランスに行ったらヴェイユ家にも行ってみましょうか。オルレアンに大きなお屋敷があるのよ? 咲夜のひいおじいちゃんやひいおばあちゃんのお墓もそこにあるの。」

 

「まだ残ってるの?」

 

「由緒あるお屋敷だからね。今は親戚の方が管理してくれてるはずよ。ヴェイユ姓ではないみたいだけど。」

 

「ってことは、私にとっても親戚なんだよね? ちょっと緊張しちゃうかも。ずっと放っておいて怒ったりしてないかな?」

 

そういえば、咲夜はフランスだとかなりのお嬢様なんだっけ。……まあ、イギリスでも一応はスカーレット家のお嬢様だが。食べかけのパニーニを見つめながら不安げに呟いた咲夜へと、アリスは苦笑を浮かべて返事を返した。

 

「大丈夫よ、貴女を引き取ったのがレミリアさんってことは伝わってるらしいから。フランス魔法界でレミリアさんの身内が歓迎されないって展開はまず有り得ないわ。」

 

「そういう話はリーゼもよく言ってるけどよ、そもそも何でフランスだとレミリアの影響力が強いんだ? イギリスの吸血鬼なのに。」

 

生じた疑問をそのまま口に出してみれば、アリスは私のおでこをぺちりと弾きながら言葉を寄越してくる。困ったような呆れ顔だ。

 

「貴女、魔法史をちゃんと勉強してる? フランス魔法界とレミリアさんの関係については授業で何度も出てきてるはずよ?」

 

「そりゃまあ、大戦の頃にグリンデルバルドに抵抗してたのは知ってるが……『特にフランス』ってのが分かんないんだよ。ギリシャとか、ポーランドとかも結構な激戦区だったんだろ?」

 

「ポーランドが主に大戦前期、ギリシャが後期の戦場だったのに対して、フランスは大戦中常に激戦区だったの。占拠されるまでも必死に抵抗したし、占領下にあった頃はレジスタンスが活発に活動してたから。掃討戦の旗頭になったのもフランス魔法省だしね。だからレミリアさんとの繋がりが一番深い国なのよ。……下手するとイギリスよりも。」

 

「そうなのか? でも、今はイギリス魔法省とベタベタじゃんか。」

 

二個目のサンドイッチを掴みながら聞いてみると、アリスは額を押さえて首を横に振ってきた。どうやらホグワーツで四年目を終えた私がするような質問ではなかったようだ。

 

「それはここ最近……ファッジ元大臣あたりからの話ね。それ以前は良好と言えるほどの関係じゃなかったのよ。大法廷で真実薬を飲まされたことだってあったんだから。」

 

「マジかよ、真実薬? 度胸があるヤツも居たんだな。」

 

「そんなこと……無礼です! 無礼千万です!」

 

まあでも、多分効かなかったんだろうな。あいつが『真実』を明かしてたら今の関係性にはならないだろうし。衝撃の事実に驚く私とぷんすか怒る咲夜を横目に、アリスは懐かしそうな顔で話を締める。

 

「色々あったってことね。……要するに、苦境にあった頃にレミリアさんが手助けしたことをフランスはまだ覚えてるの。あそこは世界で最も『親スカーレット派』の魔法使いが多い国なのよ。実際にフランス魔法界で地位を得ていない分、むこうの政府としても持ち上げ易いんでしょう。」

 

「恩人は近すぎない方が有難味があるってわけか。なんか微妙な気分になる話だな。」

 

「下手に実行力を持っちゃうと反対せざるを得ない場合も出てくるからね。レミリアさんもダンブルドア先生もイギリスでは叩かれた時期があったでしょう? 遠くに居る『英雄』を尊重するってくらいがちょうど良いのよ、きっと。」

 

そんなもんなのか。大人な意見を口にするアリスへと、咲夜がヴェイユ家に関しての質問を再開した。彼女にとっては英雄の苦悩より親戚問題の方が重要なようだ。

 

「オルレアンってパリの近くだよね? パリに泊まってる間に日帰りで行ける?」

 

「姿あらわしなら余裕よ。実際にお屋敷があるのはオルレアンの少し南東だけどね。パリとブールジュの間って言えば分かり易いかしら?」

 

「ブールジュはピンと来ないけど……何となくは分かる、かな。アリスはもちろん行ったことあるんだよね?」

 

「テッサの里帰りによく付いて行ってたからね。ヴェイユおじ様やおば様にも可愛がってもらったわ。瀟洒でスマートなおじ様と、お喋り好きの勝気なおば様だったのよ?」

 

ふむ、曽祖母の方はテッサ・ヴェイユに似た性格らしいが、曽祖父の方は誰とも被ってないな。記憶で見たヴェイユ家の面々を思い出しつつ、私も話題に入っていく。

 

「フランスの名家ってことは、当然フランス魔法省に勤めてたんだろ?」

 

「おじ様はね。魔法運輸管理局の局長……つまり、フランス魔法界の物流とかポートキーとかを管理するトップだったはずよ。通貨に関する仕事なんかもやってたみたい。」

 

「こっちで言う魔法運輸部の部長みたいなもんか。そこまで目立たないイメージだけど、重職ではあるんだよな?」

 

「他国と陸続きのフランスではイギリスよりも地位が高かったみたい。だからまあ、そこそこの影響力はあったんじゃないかしら? 私も細かいパワーバランスについては詳しくないけど。」

 

なるほど、『立地』が違えば部署ごとの重要度も変化するわけか。きちんと考えれば当たり前のことだが、視点がイギリスの魔法使いだと気付き難い事実だな。感心しながら頷いた後、さっきまで旅行計画を話し合うのに使っていたパンフレットを手に取って話を続ける。もちろんマグル界と魔法界の両方のを準備しておいた。

 

「何にせよ、パリに滞在するならフランス魔法省にはやっぱり行ってみたいな。あとは魔法博物館と宮殿も外せないし、ベタにエッフェル塔とか大聖堂とか……なあ、アリスはどっか行きたいとこないのか? 私たちの行きたい場所ばっかりになっちまうぜ?」

 

「私はめぼしい人形店に行ければそれで充分よ。観光名所は大体見ちゃってるし、今回は案内する楽しみを味わうことにするわ。」

 

「そう言われるとなんか申し訳ない気分になってくるな。……これはどうだ? トルコから来た魔法使いの劇団だってよ。パリの劇場で七月末まで演劇をやってるらしいぜ? こういう突発系のイベントならアリスも見たことないだろ?」

 

魔法界側の観光パンフレットに載っていたイベントを指差して提案してみると……おいおい、どうしたんだ? かなり嫌そうな顔になったアリスは、キョトンとする私たちにバツが悪そうな声色で曖昧な返事を放ってくる。

 

「何て言うか、パリでの観劇っていうのには……あんまり良い思い出がないのよね。二人が観たいなら構わないけど。」

 

「いやまあ、別にどうしても観たいってほどじゃないさ。だろ? 咲夜。」

 

「そうね。……でも、何があったの? 少し気になるかも。」

 

おずおずと問いかける咲夜に同意の頷きを重ねてやれば、アリスは苦笑いで何かを思い出すように瞑目すると……やがて小さくため息を吐きながら口を開いた。

 

「んー……午後の受付開始までは時間があるし、フランスでのちょっとした思い出話をしましょうか。咲夜にとっても、魔理沙にとっても完全に無関係ってわけじゃないしね。」

 

「フランスに縁がある咲夜は分かるが、私も? どういう意味だ?」

 

「パチュリーから聞いたことないかしら? フランスの魔女の話。私たちと同じく、『本物の魔女』って意味ね。」

 

「魔女……そういえば聞いたことあるな。詳しくは全然知らんが。」

 

去年の六月、ホグワーツでの戦いの時にノーレッジが言っていたはずだ。生きている間に関わった本物の魔女は三人だと。魅魔様と、アリスと、そしてもう一人。それがアリスの言う『フランスの魔女』ってことか。

 

興味を惹かれて身を乗り出す私を見て、アリスはテーブルに頬杖を突きながらゆっくりと語り始める。苦い表情だな。少なくとも愉快な思い出ではないらしい。

 

「今から五十年近く前の話よ。まだマクゴナガルが小さな女の子で、フランには翼飾りがなくて、ダンブルドア先生が校長じゃなかった頃の話。私はホグワーツを卒業した後、魔女としての修行をしながらムーンホールドで自律人形の研究をしてたんだけど──」

 

五十年も前か。思ったよりも昔の話だな。朗々と語るアリスの昔話を聞きながら、霧雨魔理沙は三つ目のサンドイッチにかぶりと食らい付くのだった。

 

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