Game of Vampire   作:のみみず@白月

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アリス・マーガトロイドとグラン・ギニョール座の怪人
1949年6月27日


 

 

「荷物? ……私にですか?」

 

閉め切られたカーテンの隙間から朝陽が差し込む、穏やかな静けさに包まれたムーンホールドのダイニング。長いテーブルの端っこで一人寂しく食後の紅茶を飲んでいたアリス・マーガトロイドは、大きな木箱を片手で持っているエマさんにかくりと首を傾げていた。

 

ホグワーツ魔法魔術学校を卒業してから早四年。捨食の法に続いて捨虫の法も習得した私は、堂々と『本物の魔女』を名乗れるようになったのだが……染み付いた生活というのはどうにも捨て難いもので、今なお食事をしたり睡眠を取ったりしているわけだ。私の中の人間としての魂がそうさせるのだろうか?

 

ただまあ、せめてリーゼ様と同じ夜型に直すべきだな。わざわざ一人分の朝食を準備してくれるエマさんに悪いし。研究に夢中になって気を抜くと『規則正しい』生活サイクルに戻ってしまうことを反省する私に、テーブルの上に木箱を置きながらのエマさんが返事を返してくる。いつも通りのほんわかした笑顔でだ。

 

「ええ、屋敷の玄関にででんと置いてあったんです。ほら、上に宛先があるでしょう? 差出人は書いてないみたいですけど。」

 

その言葉に従って木箱の上面を見てみると……おお、本当だ。『フランスより、イギリスの人形作りさんへ』と達筆なフランス語で書かれているカードが貼ってあるのが目に入ってきた。特徴のない硬質な白いカードに書いてあるのはそれだけで、エマさんの言う通り差出人らしき署名は見当たらない。

 

「不思議な荷物ですね。ふくろう便の転送タグも付いてないみたいですし、知り合いからなら『人形作りさんへ』なんて迂遠な書き方はしないはずです。誰からの荷物なんでしょうか?」

 

ダイアゴン横丁の実家宛ての配達品はこっちに転送してもらえるように手続きしてあるので、そっちに届いた荷物というならある程度納得できるのだが……直接ムーンホールドにか。つまり、フランスのお爺ちゃんの知り合いからではなく、私本人に送られた荷物だということだ。私が人形作りであることを知っているフランス人なんてヴェイユ家の人たちくらいなんだけどな。

 

もちろん作った人形はちょこちょこ販売しているので、それを買った人物からという可能性もあるだろう。まさかクレーム付きで送り返されてきたとか? それはちょっとショックだな。片開きらしき木箱を前に悩む私へと、エマさんが好奇心に彩られた表情で口を開く。

 

「開けてみましょうよ、アリスちゃん。何か危ない物が出てきたら私が守ってあげますから。こう見えても結構強いんですよ? 私。」

 

「んー、それじゃあ開けてみましょうか。頼りにしてますからね?」

 

「はーい、お姉ちゃんに任せてください!」

 

うーむ、本当に可愛らしい人だ。メイド服から覗く真っ白な手をギュッと握って請け負うエマさんに微笑んでから、木箱の側面に付いていた真新しい真鍮の留め具を外して、彫り込まれた引手に手をかけて開けてみると……これはまた、美しいな。中に入っているのは見事なビスクドールだった。

 

専用の金具で固定されている一歳児くらいのサイズのそれは、私がこれまでに見たどのビスクドールよりも精巧な作りをしている。ボディは……驚いたな、この大きさでオールビスクなのか? 革でも紙でも木でもコンポジションでもなく、指先まで全てビスクで作られているようだ。それなのに可動部が大量に存在しているのが凄まじいぞ。

 

しかし、どういう製法なんだろうか? 真っ白な肌は磁器にも関わらず柔らかな質感を感じさせるし、指の関節の一つ一つまで作り込まれているのが一目瞭然だ。ビスクドールにおいて質感と可動性は二者択一のはず。そりゃあちょうど良いバランスで作ってこその『名作』かもしれないが、ここまで両立できている作品にお目にかかったのは初めてだな。

 

そして、纏っている服は当然のようにテーラーメイド。フリルが付いた可愛らしい青と白のドレスで、これだけでも芸術品であることを主張できるような美しさだ。……服だけは専門家に頼んだのかもしれないな。そう思わないとやってられないぞ。

 

あまりの完成度に人形作りとして敗北感を覚えつつ、服から目を離して人形の瞳に視線を移す。……どの部分も等しく凄いが、その中でも際立っているのはこの瞳だ。透き通るような淡いグレーの瞳。吹きガラスでも、ペーパーウェイトでもない。そもそもガラスなのか? これは。生きているかのようなリアルさだな。

 

木箱に顔を近付けて食い入るように観察する私へと、隣のエマさんが自身の感想を述べてきた。

 

「わー、綺麗なお人形ですねぇ。これがビスクドールってやつですか?」

 

「分類としてはそうですね。だけど、一般的な製法ではないみたいです。少なくとも私はこんなビスクドールを見たことがありません。特にこの瞳。まるで生きてるみたいじゃないですか。」

 

むむむ、分からん。眼球の素材は間違いなくプラスチックではないし、もちろん磁器でも金属でもない。やっぱり一番近いのはガラスのように思えるのだが、本当にそうなのかもどんな製法を使っているのかもさっぱりだ。……人形を作るときは何より眼に拘れとお爺ちゃんが言ってたっけ。他の部分がどんなに精巧な作りをしていても、眼が『死んで』いればそれは駄作なのだと。この作品はその言葉を証明しているな。

 

『生きて』いる眼を調べながら祖父の偉大な教訓を噛み締める私に、エマさんがちょっとだけ困ったような顔で返答を寄越してくる。

 

「うーん、とってもリアルではありますけど……私はアリスちゃんのお人形の方がいいですね。少し怖いですよ、この子。」

 

「それは嬉しいですけど、『怖い』ですか?」

 

「だってほら、今にも動き出しそうじゃないですか。いやまあ、アリスちゃんのお人形さんは実際に動くんですけど、そうじゃなくて……その、ギギギって動くような雰囲気が嫌なんです。」

 

「あー、何となく伝わりました。確かに愛玩用じゃなくて、どちらかと言えば芸術品って感じの人形ですもんね。」

 

指摘されて改めて見てみれば、どことなくホラーな雰囲気はあるかもしれない。要するにリアルすぎるということなのだろう。私が目指す『お友達』としての人形ではなく、ケースに入れて飾っておく『美術品』としての人形なわけだ。ホラームービーの題材としてはこっちだろうな。

 

意外な視点に苦笑して同意する私へと、エマさんはコクコク頷きながら話を続けてきた。これほど出来が良い作品でさえも、見る者次第では気に入ってもらえないわけか。人形作りってのは本当に難しいな。

 

「そうそう、そういうことです。夜中にアリスちゃんのお人形が廊下を歩いてても『迷子になっちゃったのかな?』ってなりますけど、この子が歩いてたら全力でお嬢様の部屋に逃げ込みますよ。……それより、結局誰から送られてきたんでしょうか? 凄く高価な物なんですよね? これって。」

 

「まあ、低めに見積もってもこの屋敷の家具と遜色ない値段ではあるはずです。……やっぱりお爺ちゃんの知り合いの人形作りとかから送られてきたのかもしれませんね。かなりのベテランじゃないと作れないような作品ですから。」

 

「だけど、亡くなってることを知らないって有り得ますか? 十年も前の話ですよ?」

 

「でも私にはフランスの人形作りの知り合いなんていませんし、こんな高価な人形をいきなり送りつけてくる人にも心当たりがありません。……むう、謎です。」

 

ヴェイユおじ様なら余裕で買えるし、人形作りの参考にと贈ってくれそうでもあるが、それならきちんとした手紙が付いているはずだ。あの人がその辺を怠るとは思えない。腕を組んで悩んでいると、恐る恐るという様子で人形を見ていたエマさんが声を上げる。ビスクドールを怖がるハーフヴァンパイアか。奇妙な構図だな。

 

「アリスちゃん、アリスちゃん、箱の奥に何かありますよ。白い封筒みたいなやつが。」

 

「封筒?」

 

エマさんが指差す位置をよく確かめてみれば……ふむ、あれか。人形に隠れるような位置に手紙が貼り付けられているのが見えてきた。一応人形に触れないように慎重に手を動かして、高価そうな白い封筒を取り出してみる。リーゼ様が使うような『お高い』封筒だな。こういうのってどこに売ってるんだろうか?

 

「これ、開けてもいいんでしょうか?」

 

しっかりと青い封蝋で封がされているのを見て尻込みしていると、エマさんが目をパチクリさせながら新たな情報を送ってきた。

 

「いいと思いますけど……フランス魔法界の紋章ですね、それ。上に交差する杖とアヤメの花が描かれているでしょう? それが国家の所属を表してるんです。古い家には大体付いてますよ。」

 

「そういえば、ヴェイユ家の紋章にもアヤメの花が付いてた気がします。……よく知ってましたね、他国の紋章のことなんて。私は全然知りませんでした。」

 

「それがですねぇ、お嬢様が他家の紋章を頑として覚えたがらないので、昔から私が紋章官の真似事をしてたんです。その名残で一応魔法界の紋章も勉強してるんですよ? さすがに他国となると家名までは特定できませんけどね。」

 

紋章官か。時代を感じる役職だ。エマさんの意外な特技に感心しながら、慎重に封蝋を剥がして中の便箋……じゃないな。入っているのはカードらしい。箱の上面に貼られていたのと同じような白いカードを取り出してみると、表面にまたしても短いフランス語が書かれているのが目に入ってくる。

 

「『ミラージュ・ド・パリ、六月十二日。グラン・ギニョール劇場にて待つ。』……どういう意味なんでしょうか?」

 

ちんぷんかんぷんだぞ。今日は六月二十七日なので六月十二日はとっくの昔に過ぎているし、『グラン・ギニョール劇場』という名前にも覚えがない。劇場ってことはもちろん観劇できるような施設なんだろうけど、私はそっち方面には疎いのだ。ギニョール人形と何か関係があるのだろうか? でも、目の前にあるのは指人形じゃなくてビスクドールだぞ。

 

「どっちの単語にも心当たりがありませんね。……エマさんは分かります?」

 

「私も分からないです。ひょっとして、十二日に待ち合わせをしたかったとか? だとすれば日付を間違えちゃったおっちょこちょいさんってことになりますね。」

 

「さすがに日が空きすぎてますし、それはないと思いますけど……どうなんでしょう?」

 

エマさんと二人揃って暫し悩んだ後、肩を竦めて降参の白旗を上げた。ムーンホールドで分からないことがあったら行く場所はただ一つだ。ここで考えていても答えが出ないなら、最近運動不足が深刻化してきた『そろそろ動いた方がいい大図書館』を頼るべきだろう。

 

「よし、図書館に行ってきます。書き方からして『グラン・ギニョール劇場』と『ミラージュ・ド・パリ』は固有名詞っぽいですし、パチュリーなら何か知ってるかもしれませんから。」

 

「うんうん、それが良いと思います。木箱を持っていくなら私が運びましょうか? 結構重いですよ?」

 

「いえ、魔法で運ぶので大丈夫です。」

 

となると、さっき片手で持っていたのはハーフヴァンパイアの膂力の為せる業か。陽光が苦手になるのは困るが、力持ちなのはちょびっとだけ羨ましいな。どうでも良いことを考えつつ長年の相棒であるブナノキの杖を抜いて、木箱に浮遊魔法をかけて席を立った後で……おっと、言うべきことを忘れてた。廊下に続くドアの前で振り返って口を開く。

 

「ご馳走さまでした、エマさん。ご飯も紅茶も美味しかったです。」

 

「えへへ、それは良かったです。謎が解けたら私にも教えてくださいねー。」

 

「はーい。」

 

危ない、危ない。わざわざ作ってくれたんだから、ちゃんとお礼を言わなければ。ニコニコと手を振ってくるエマさんに同じ動作で応じてから、ダイニングルームを出て静かな廊下を歩き出す。

 

さて、最近のパチュリーはフランドールさんの翼飾りを作っているはずだし、図書館じゃなくて研究室に居るかもしれないな。まあ、どちらにせよ小悪魔さんは間違いなく扱き使われていることだろう。質問ついでに手伝ってあげた方がいいかもしれない。

 

貴重なはずの賢者の石を量産している師匠に苦笑しつつ、もうすっかり『家』になったムーンホールドの廊下をどんどん進む。きっちり閉め切られた古めかしい鎧戸、重厚さを感じる分厚い板や滑らかな石の壁、スッキリとした中にも主張を欠かさない高価そうな家具の数々。実に落ち着く雰囲気だ。広すぎるというのはちょっとだけ難儀だが。

 

見慣れた月時計がある中庭を通り過ぎ、やがてたどり着いた図書館に隣接する研究室のドアをノックしてみると、中からいつも通りの平坦で小さな声が聞こえてきた。

 

「入りなさい。」

 

師匠たる魔女の許可に従って、他の部屋より頑丈なドアを開いて中に入ってみると……なんだこりゃ。二メートル近くある巨大な漏斗を支えてぷるぷる震えている小悪魔さんと、揺り椅子に座ってジッとそれを見ているパチュリーの姿が視界に映る。どういう状況なんだ?

 

「えっと、何してるの?」

 

「アリスちゃん、助けてください! 可愛い悪魔が人権を無視した労働を強いられてますよ! 奴隷労働です! 奴隷労働! この部屋の中だけまだ十九世紀です!」

 

「何度も言っているように、貴女は悪魔なんだから人権があるはずないでしょう? ……少しでも動いたらお仕置きだからね。あと七滴落ちるまではそのままよ。」

 

「魔女なんだから魔法でやってくださいよ! なんでここだけ人力……っていうか、悪魔力なんですか!」

 

ううむ、相変わらずの二人だな。ため息を吐きながら杖を振って漏斗を空中に固定して、無理な姿勢から解放された小悪魔さんを確認してから言葉を放つ。つまらなさそうな顔になってしまった揺り椅子の上の師匠にだ。

 

「もう、意地悪はやめなよ。悪い癖だよ、パチュリー。」

 

「あら、意地悪なのが魔女でしょう? ……それに、何の意味もなくやらせてたわけじゃないわ。本の虫干し作業をサボった罰よ。」

 

「あんなもん延々やってたらおかしくなっちゃいますよ! 開いて、置いて、開いて、置いて。思い出すだけでも気が狂いそうです。……もう我慢なりません! アリスちゃん、やっつけちゃってください! あの邪悪な魔女を一緒に退治しましょう! 正義は我らにあり!」

 

私の背中に隠れてぶんぶん両手を振り回す小悪魔さんへと、パチュリーは素っ気ない口調で新たな指示を飛ばした。まあうん、日常的な光景だな。使役している悪魔の『反乱』が日常になってるのは変かもしれないが。

 

「無駄口を叩いている暇があるなら融解薬の材料を揃えておきなさい。アリス、貴女も少し手伝って頂戴。今日中に作って熟成させないといけないの。」

 

「ぬうう……いつの日か下剋上してやりますからね! いつの日か! 革命からは逃げられませんよ!」

 

べーっと舌を出しながら素直に材料を準備しに行った小悪魔さんを見送って、早くも作業を始めたパチュリーに慌ててカードを差し出す。調合に入った後は集中して忘れちゃうかもしれないし、先に質問を終わらせておこう。

 

「あのね、パチュリー。手伝いの前に聞きたいことがあるの。……これ、何だか分かる? そこの木箱がいきなり私宛てに送られてきて、その中にビスクドールと一緒に入ってたんだけど、差出人の署名がどこにも無かったから──」

 

「少し待ちなさい。」

 

カードに書かれたフランス語を一瞥してそう言うと、パチュリーはちょちょいと手を振りながら解説を寄越してきた。さすがだな。私にはさっぱり分からなかったこれらの言葉も、図書館の魔女にとっては既知のものだったらしい。

 

「『ミラージュ・ド・パリ』はフランス魔法界最大手の新聞よ。イギリス魔法界で言う予言者新聞、アメリカ魔法界で言うニューヨーク・ゴーストね。」

 

「じゃあ、六月十二日って書いてあるのは……もしかして、その日の新聞を見ろってこと?」

 

「多分ね。はい、これよ。」

 

さっきのは引き寄せ呪文だったのか。図書館の方から飛んできた新聞をキャッチしたパチュリーは、それをひょいと私に渡してくる。予言者新聞よりややぶ厚めのそれを開いて、目ぼしい記事はないかと探してみれば……うーん、一面に載ってる事件以外は大したことなさそうだな。ボーバトンの校長のゴシップとか、ニースの近くで今頃冬眠から目覚めた山トロールが発見されたとか、その程度。恐らくカードを書いた人物が見せたかったのは一面にデカデカと載っているこの記事だろう。

 

『パリ連続少女誘拐事件の第二の被害者、死体で発見される』という見出しの下には、凄惨な事件の詳細が書き連ねてある。四月の中頃から始まった魔法族の未就学児を狙った連続誘拐事件で、現在までに四歳から九歳までの四人の少女が行方不明になっているようだ。

 

そして、どうやら第二の被害者である六歳の女の子が死体で……『欠損が激しい』死体で発見されたらしい。パリ十四区の路地裏に遺棄されているところを、通りかかったマグルの男性が見つけたのだとか。残る三人の少女は未だ発見されていないので、付近の住民は少しでも気になったことがあればフランス魔法省に連絡して欲しいと文末に書かれている。

 

「……これを見せたかったってこと? だとしたら悪趣味に過ぎるよ。」

 

新聞に載っている犠牲者となった女の子の白黒写真。可愛らしい笑顔で微笑んでいるその少女を遣る瀬無い気持ちで見ながら呟くと、何かを黙考していたパチュリーが声をかけてきた。

 

「……一緒に送られてきたビスクドールとやらはその木箱の中?」

 

「うん、そうだよ。見る?」

 

「ええ、見せて頂戴。」

 

揺り椅子を離れて研究台に移動したパチュリーに促されて、浮遊魔法で木箱を台の上に置いてみると……片開きの戸を開いた師匠は中の人形を見て僅かに眉根を寄せた後、かなり慎重な手付きでそれを調べ始める。口では別の解説を行いながらだ。

 

「『グラン・ギニョール劇場』というのはパリの有名な見世物小屋よ。魔法界ではなく、マグル界のね。私は当然観に行ったことがないから詳しくないけど、所謂スプラッターショーの先駆けらしいわ。戦前はそこそこ話題になってたみたい。」

 

「そこで『待つ』ってことは、送り主はそこの関係者なのかな?」

 

スプラッターショーか。凄惨な事件が載っている新聞を見せたことと何か関係があるのだろうか? だけど、そんな場所に知り合いは居ないぞ。マグル側の見世物小屋というなら尚更だ。

 

思考を回す私に、ふと手を止めたパチュリーは厳しい顔で返答を返してきた。彼女にしては珍しい表情だ。侮蔑と、嫌悪と、微かな怒りが綯い交ぜになったような顔。こんなパチュリーは初めて見るかもしれない。

 

「……少なくとも、これを送ってきたのがマグルじゃないことは断言できるわ。そして単なる魔法使いでもないわね。」

 

「どういう意味?」

 

「この人形、『本物』よ。全てではないけど、各所に人間が素材として使われているわ。縮小した後で磁器に変化させたのか、それとも全く違う独自の魔法を使ったのかは分からないけど……普通の変身術ではないということだけは間違いなさそうね。つまり、作ったのは私たちと同じ本物の魔女か魔術師ってことよ。」

 

「人間を、素材に?」

 

なんだそれは。背筋に冷たいものが走るのを感じる私へと、パチュリーは更なる所見を送ってくる。

 

「恐らく、素材になったのはその新聞に載っている犠牲者の少女なんでしょう。人種や年齢的な特徴が一致するわ。」

 

「それじゃ、記事に書いてあった『欠損』っていうのは……。」

 

「『材料』として採取されたってことでしょ。ビスクドールの状態を見るに両足と両腕、胸の辺りと臀部、顔の各パーツと眼球……あとは髪も本物を使っているわ。殆ど内臓しか残らなかったでしょうに、闇祓いたちはよく身元を特定できたわね。」

 

淡々と放たれるパチュリーの分析を耳にしながらも、視線は紙面上の少女の写真から動かせない。まだ六歳になったばかりの、何の罪もない少女。写真を撮ってもらえるのが嬉しかったのだろう。はにかむような、幸せそうな微笑みを浮かべている。

 

手をギュッと握りながら看過できないと口を開こうとした私に、パチュリーが先手を取って警告してきた。家族としての顔ではなく、先達たる魔女としての顔だ。

 

「貴女が何を思っているのかは大体分かるけど、先ずは深呼吸して冷静になりなさい。私としても悪趣味だと思うし、嫌悪感だってあるわ。だけど……魔女は人外なのよ、アリス。自分の定めた『主題』のためならこういうことを平気でやる連中だって珍しくないの。むしろ躊躇う方が少数派なくらいね。」

 

「それは……分かるけど。でも、放っておけないよ。放っておくべきじゃないでしょ?」

 

「放っておけとは言ってないわ。私は冷静になりなさいと言ってるの。何処の誰かは知らないけど、貴女にこんな物を送り付けてきた時点で穏やかな状況じゃないのは分かるでしょう? 義憤に駆られて感情的な行動を取るのは危険よ。……いいから一度深呼吸なさい。ひどい顔になってるわよ、貴女。」

 

いつもと同じテンポの、いつもと同じ抑揚の声。それを聞いて徐々に冷静さが戻ってくるのを感じつつ、深くお腹に息を吸い込んでから……それを吐き出して質問を口にする。

 

「……どうすればいいかな?」

 

「それは貴女がどうしたいかに依るわね。最初に目的地を決めなさい。でないと道を決められないわ。その場の判断でふらふらと歩けば迷うだけよ。」

 

「私は……先ず、この子を家に帰してあげたい。ご両親の下に帰して、きちんと埋葬してあげたい。」

 

理性的な思考を通さずに発した願いを受けて、パチュリーはビスクドールを……『少女』のことを様々な器具で精査しながら指摘を飛ばしてきた。

 

「問題点がいくつかあるわね。一つはビスクドールの素材に人間が使われているという証明が難しいこと。これは魔法界の魔法じゃないわ。故にこちらの常識じゃ説明できないの。いきなり両親の下に持って行っても、たちの悪い悪戯だと断じられる可能性が高いでしょうね。」

 

「……信じてくれないかな?」

 

「両親にとって誰でもない貴女の言葉は無力よ。……だけど、貴女には知り合いが居るでしょう? フランス魔法界に対する影響力を持っている知り合いが。」

 

「そっか、ヴェイユおじ様。あの人なら話を聞いてくれるよ。」

 

ヴェイユおじ様なら世迷い言だと断じたりはしないはずだ。光明を見出した私に、パチュリーは的確なアドバイスを続けてくる。

 

「それに、変身術の専門家であるアルバス・ダンブルドアっていう知り合いも居るわね。あの爺さんに手紙でも書かせて、私の説明をそのまんま伝えさせなさい。名声は権威を、権威は信頼を、信頼は納得を齎すものよ。私と違ってダンブルドアはその使い方をよく知っているわ。……実際のところ、ダンブルドアならこのビスクドールの真実を見抜けるでしょうしね。」

 

「うん、分かった。すぐにホグワーツに行って、テッサとダンブルドア先生に伝えてくる。」

 

早速木箱を持ってホグワーツへと向かおうとすると、パチュリーが真剣な表情で注意を投げてきた。

 

「その後直接フランスに行くつもり?」

 

「もちろんそうだよ。捜査してる闇祓いの人たちにこのことを伝えないといけないし、ご両親への説明だってしないといけないかもでしょ? 大した説明は出来ないと思うけど、首を突っ込むからにはやるべき事をやらないと。……ダメかな?」

 

「貴女はもう立派な成人よ。『人形』というのが貴女のアイデンティティに関わっている以上、私なんかよりも遥かに怒っていることは理解できるわ。だから私には止める権利なんて無いわけだけど……それでも推奨は出来ないわね。グラン・ギニョール劇場に行くつもりなんでしょう?」

 

「……だって、まだ行方不明になってる子は居るんだよ? 助けられるかもしれないし、それが出来るとすれば犯人と同じ存在の私たちだけでしょ? ヒントを得られる可能性があるなら行ってみないと。」

 

単純な戦闘に限れば一概にそうとも言えないが、相手が『そうである』と知っていないと見えないものもあるだろう。如何に未熟な修行中の私だとしても、それだけは一般の魔法使いより上のはずだ。何とかしなければという思いを胸に答えると、パチュリーは難しい顔でため息を吐いてくる。

 

「悩ましい事態だわ。貴女はまだ名が通っていないから問題ないでしょうけど、私が直接出向くとより厄介な展開になりかねないのよ。ここ数十年で表向きのパトロンであるレミィの名前が一気に影響力を持っちゃったからね。先に彼女から大陸の人外に話を付けてもらわないと、形式上レミィに囲われてる私は迂闊に他者の縄張りを侵せないの。……それまで待てない?」

 

「大丈夫だよ、私だってもう魔女なんだから。……本当に危なくなったらすぐに逃げ帰ってくるし。」

 

未熟な学生時代とは違うのだ。力強く頷きながら返事を放つと、パチュリーは尚更不安そうな表情になってしまった。

 

「私も若い頃は妙な自信を持ったりしたけど、そういう時は大抵派手にすっ転んだものよ。……せめてリーゼと一緒に行ったら? 吸血鬼なら魔女よりも遥かに自由に動けるし、彼女の場合はそもそも気付かれずに侵入できるはずだしね。」

 

「そりゃあ、リーゼ様が一緒なら頼もしいけど……やっぱり一人で行くよ。迷惑かけたくないし、パリには何度も行ってるんだから。そろそろ私だって一人でやれることを証明しないと。」

 

魔法族としての成年をとうに過ぎ、今や二十一歳……マグルとしての成年も遂に超えてしまったのだ。だったらいつまでもリーゼ様やパチュリーに頼りっきりというわけにはいかないだろう。私が首を突っ込むと決めたのだから、ちゃんと自分で解決せねば。

 

私の返答を聞いたパチュリーは、困ったように腕を組みながら暫し沈黙するが……やがて小さく肩を竦めると、諦めたように送り出してくる。

 

「まあ、何れにせよリーゼには話すわ。そして話せば勝手に追いかけて行くでしょう。なら問題ないのかもね。」

 

「……そうかな?」

 

「本を賭けてもいいわよ。あの心配性吸血鬼が貴女を放っておくわけないでしょう?」

 

むう、パチュリーが本を賭けるということは、天地がひっくり返ってもそうなる自信があるということだ。嬉しいような、それでいて申し訳ないような気分になりつつも、浮遊魔法で木箱を浮かせてドアへと歩き出す。リーゼ様が来るんだったら、せめて下準備くらいは自分の手で終わらせておかなくては。

 

「とにかく、私はホグワーツに行ってくるね。リーゼ様には無理に起こして伝えなくて大丈夫だから。」

 

「しつこいようだけど、警戒を怠らないようにね。常に全てを疑いなさい。それが魔女という生き物の強さよ。」

 

「うん、覚えとく。」

 

師匠の忠言を背に研究室を出て、姿あらわしが出来る中庭を目指してひた進む。許可なくホグワーツに入るのは問題だが、緊急事態なら話は別だ。幼い子供の命がかかっているんだし、ディペット校長も許してくれるだろう。

 

先ずは頼れる親友に事情を説明しようと心に決めながら、アリス・マーガトロイドは新たな事件の始まりを感じるのだった。

 

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