Game of Vampire   作:のみみず@白月

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ヨーロッパ特急

 

 

「ちょちょ、待ってよアリス。何か食べ物を買っておかないと。……ヨーロッパ特急の車内販売が美味しくないのは知ってるでしょ? またべちゃべちゃのパイを食べるつもりなの?」

 

慌ただしく行き交うスーツ姿のマグルたちと、彼らが発する喧騒で埋め尽くされているキングズクロス駅。人の隙間を縫って早足で歩いていたアリス・マーガトロイドは、背中に投げかけられた親友の声を聞いて足を止めていた。食事の心配なんて後でいいじゃないか。

 

「あのね、そんな場合?」

 

「私が思うに、そんな場合だよ。急いでホームに行ったって列車が早く出たりはしないし、車内でご飯を食べても到着が遅れるわけじゃないでしょ? ここで買っとけば向こうで食事する時間を削れるじゃん。」

 

むう、珍しく合理的な意見だな。渋々頷いた私を見て、テッサは駅に併設された売店の一つへと入って行く。私も水と軽食くらいは買っておくか。フランスに着いたら色々と忙しくなりそうだし。

 

つまり、私とテッサは二人でフランス魔法省に向かうことになったわけだ。ホグワーツで事の経緯を説明した結果、何故かそういう流れになってしまったのである。元々夏休みはオルレアンの実家に帰るつもりだったようで、期末試験が終わった今なら多少予定を繰り上げても問題ないというのがテッサの主張だが……うーむ、私に気を使ってそう言ってくれたのかもしれないな。

 

何にせよ、ホグワーツを出てくる際にダンブルドア先生がディペット校長に事後承諾を取り付けてくれると約束してくれた。ついでにフランス魔法省宛の紹介状も書いてもらってある。私のような小娘の説明では納得してくれないだろうが、ダンブルドア先生の紹介状があるなら話は別だ。加えてヴェイユおじ様の仲介もあれば、闇祓いたちも真剣に受け止めてくれるだろう。

 

……というか、受け止めてくれないと困るぞ。パチュリーが教えてくれたように、何かをするなら先ず目的を定めるべきだ。道中冷静になって整理してみたのだが、私が最初に行うべきはフランス当局への情報提供のはず。

 

使われている魔法が私たちのものである以上、捜査に使える情報なのかは分からない。それでも何かのヒントになる可能性はあるし、それは残る少女の救出や犯人の逮捕に繋がるかもしれないのだ。それに、上手く話が進めばこの子の両親にも連絡してくれるだろう。

 

もちろん犯人を取っ捕まえてやりたいという気持ちはあるが、私だって自分の力量くらいは把握している。新米魔女一人よりもフランス闇祓い隊の方が優秀なのは間違いないし、相手も『本物』なんだから一人で挑んだところで返り討ちに遭う可能性が高いはず。だからまあ、リーゼ様が合流するまでは下手に動かず下準備に徹した方が良さそうだな。

 

結局のところリーゼ様頼りになっている自分を情けなく思いつつ、せめてフランス魔法省への連絡だけは先に済ませておこうと決意していると……水の小瓶と紙袋を手にしたテッサが近付いてきた。私が思考に沈んでいる間に買い物を済ませてしまったらしい。

 

「ほい、無難にサンドイッチね。アリスの分も買っといたよ。」

 

「ん、ありがと。……それじゃ、行きましょうか。」

 

二人で大きなトランク……中に例の木箱が入っているトランクを協力して持ちながら、7と1/2番線のホームに向かって歩き出す。卒業旅行の時も利用した大陸への移動を司るホームで、今回使うヨーロッパ特急はそこから出ているのだ。

 

「ねえ、テッサ? ホグワーツを飛び出してきて本当に大丈夫だったの? 毎年学期末はギリギリまで忙しいって言ってたじゃない。」

 

少なくとも去年はそう愚痴っていたはずだぞ。すれ違う人の足にトランクがぶつからないように気を付けながら聞いてみると、テッサは呆れと怒りが半々くらいの顔できっぱり応じてきた。

 

「へーきへーき、ダンブルドア先生が何とかしてくれるって言ってたでしょ? ……大体、仮に大丈夫じゃなかったとしても一緒に行くよ。一人にするわけないじゃん。」

 

「だけど、ヴェイユおじ様に連絡を入れてくれるだけで良かったのよ? リーゼ様が後から追いかけてきてくれるでしょうし。」

 

「犯人がどこの大馬鹿野郎かは知らないけど、これはアリスに送られてきたんだよね? ……だったら一人になっちゃ、ダメなの! 何でそんな簡単なことが分かんないかな。後でバートリさんにも怒られると思うよ。そうなっても私は味方してあげないからね。」

 

「……怒られるかな?」

 

恐る恐る問い返してみれば、テッサは神妙な表情で大きく首肯してくる。怒られるのか、私。それは困るぞ。

 

「絶対心配するだろうし、だから絶対怒られるよ。簡単に予想できて、かつ至極真っ当な反応だと思うけどね。……っていうか、何で一緒に行かないの? 私からするとそこが謎なんだけど。」

 

「……だって、迷惑かけたくなかったんだもん。リーゼ様はあんまり人目に付くのが好きじゃないし、私だって一人で出来るってことを証明したかったから。」

 

「たまーに子供になっちゃうよねぇ、アリスって。バートリさんが絡むと特に。それで心配かけてたら元も子もないんじゃない?」

 

そんなことはない……はずだ。生温かい目線で言ってくるテッサに、弱々しい口調で反論を送った。

 

「フランスの闇祓いに事情を説明して、この子を家に帰してあげることくらいは一人で出来ると思ったの。……もう二十歳を過ぎちゃったのよ? 私たち。何でもかんでも親に頼るわけにはいかないわ。」

 

「どうかな、バートリさん的には頼って欲しいんだと思うけど。……まあ、フランス魔法省に行ってパパに頼むくらいなら二人でも大丈夫でしょ。でも、グランなんちゃらには絶対行かないからね。その辺は闇祓いの仕事だよ。」

 

「それは、そうかもしれないけど。」

 

テッサにはまだ吸血鬼のことや、本物の魔女のことを明かしていない。ダンブルドア先生は人形を見て何か気付いていたようだったが、テッサは闇の魔法使いの仕業だと考えているはずだ。『一般的』な犯罪者の犯行だと。

 

そろそろ打ち明けるべきかもしれないと悩み始めたところで、魔法界側のホームに通じる壁が見えてくる。周囲のマグルの視線に注意しつつ、二人で寄りかかるようにしてそこを抜けると……うわぁ、予想以上に混んでるぞ。平日は比較的空いてるはずなのに。

 

「……どうしてこんなに混んでるのかしら?」

 

「うっわ、本当だ。どっかの国からの団体客が帰るとこに鉢合わせちゃったみたいだね。」

 

うんざりした声色で放たれたテッサの推察通り、どうやらアジア圏からの団体客が国に帰るところのようだ。イギリス魔法界では滅多に見ない格好のアジア系の魔法使いたちを、スーツを着た案内役らしき男性四人が誘導しようと頑張っている。成功しているとは言えなさそうだが。

 

「何度も言っているように、客室に全ての荷物を持ち込むのは不可能です! 一旦荷物車に預けないと……フォーリー部長、通訳してくれませんか? この人たち、絶対に英語を理解していませんよ。」

 

「四日間も振り回された挙句、今ようやくそれに気付いたのかね? 私は初日にこの連中の『イエス』が単なる相槌に過ぎないことに気付いていたが。ちなみに彼らが発する『オーケー』は、『よく分からないけど面倒だから適当に頷いておこう』という意味だ。実に愉快な気分になるよ。」

 

「嫌味はいいから早く通訳してください。このままだと荷物の検査が出来なくなりますよ? それはつまり、この人たちが持ってるトランクの中身を確かめないまま出国させちゃうってことです。そうなったらさすがに愉快な気分にはなれないでしょう?」

 

「より愉快になると思うがね、私は。上手く行けば他国の税関で全員捕まってくれるかもしれないだろう?」

 

うーむ、イライラしているな。責任者らしき男性が部長と呼ばれてるし、他国からの観光客の案内……というか監視? をしているということは国際魔法協力部の職員なのだろう。三十代くらいにしか見えないけどな。それで部長ということは、結構なエリートさんなのかもしれない。

 

神経質そうなグレースーツ姿の男性を眺めていると、テッサが私の手を引いて緑色の客車に入って行く。ホームの状況を目にして早く席を取るべきだと考えたらしい。

 

「ほらほら、急いでコンパートメントを確保しないと。あの人たちが全員乗車した後に探してたらフランスまで座れないよ。」

 

「どうして車両数を増やさないのかしらね? 大戦はもうとっくに終わったのに。」

 

「パパも愚痴ってたよ。イギリスは海峡を渡ることに対して敏感すぎるって。まだ国際協力部は出入国制限を続けてるんだってさ。ああやって『監視員』を付けてるのもその辺の影響なんでしょ。」

 

テッサはさっさと制限を解くべきだと思っているようだが……うーん、私としては分からなくもない措置だな。イギリス海峡はこの国にとって大いなる盾なのだ。他国からの侵略を防ぎ、イギリスの独立を保ってきた自然の防壁。そこを通過できるヨーロッパ特急に敏感になるのは理解できる気がする。

 

こういう食い違いは生まれ育った環境の違いを感じさせるな。人生の半分をイギリスで過ごしている以上、テッサのことを『フランス人である』と言えるかは怪しいところだが。国家による感覚の違いについて黙考していると、前を進むテッサが一つのコンパートメントのドアを開いた。

 

「おっしゃ、空いてるね。……相変わらず古臭い内装だなぁ。こういうところに拘らないとナメられちゃうと思うけど。」

 

「まあ、それには同意しておくわ。確かにこれは改装すべきかもね。」

 

ぱっと見の印象はホグワーツ特急より豪華だが、一つ一つの質を見ていくと真紅の列車に軍配が上がるのだ。椅子は硬すぎるか沈みすぎるかのどっちかだし、備え付けのテーブルは細かい傷だらけ。窓に付いているカーテンなんて『お婆ちゃんの家』にありそうなデザインだぞ。

 

自前の列車をきちんと整備できているホグワーツを褒めるべきか、魔法省が他国からの観光客を持て成す場を整えていないことを嘆くべきか。……これはさすがに後者かな。マグル側にはよっぽど豪華な列車がゴロゴロしているわけだし。

 

魔法でトランクを固定しながらため息を吐いたところで、ドアの向こうの廊下が一気に騒がしくなってくる。ホームに居た団体さんが乗り込んできたらしい。

 

「どこから来た人たちなのかしら?」

 

「そりゃあアジアでしょ。見た目がアジア人なんだから。」

 

「大雑把すぎない? それ。」

 

「だって、違いなんて分かんないもん。向こうもヨーロッパ系の違いは理解できないみたいだしね。お互い様だよ。」

 

身も蓋もない言い草だな。廊下から響いてくるやけに早口に聞こえる謎言語を耳にしつつ、ふと窓越しのホームへと目をやってみると……何をしているんだろうか? 数名の駅員が一人の男性を取り囲んでいるようだ。

 

「ダメ、触らない! 絶対に触るダメよ! 私、権利あるよ!」

 

「申し訳ありませんが、荷物のチェックをさせていただかないことには──」

 

「ダメ! ダメダメダメ! これ触る、私あなた訴える! これ個人の荷物! 個人の権利!」

 

なんとまあ、大騒ぎだな。興味を惹かれてよく見てみれば、どうやら駅員たちは男性の持つカバンを調べようとしているらしい。ここまで聞こえてくる片言の怒鳴り声で駅員たちを威嚇しつつ、ホームに続くゲートへとジリジリ移動していた男性だったが、隙を突いて一人の駅員がカバンに呪文を撃ち込む。

 

「うっわぁ、あれは御用だね。」

 

同じ光景を眺めていたらしいテッサが呟くのと同時に、小さなカバンから大量の絨毯が『湧き出て』くることを確認した駅員たちは、一斉に男性に拘束呪文を放った。躊躇がないな。要するに、あの髭を編み込んでいるアラブ系の男性はイギリスで禁じられている空飛ぶ絨毯を持ち込もうとしたわけか。

 

一瞬で拘束された男性を横目にしつつ、なんだか疲れた気分で口を開く。空飛ぶ絨毯なんて誰が買うんだ? 私は箒で飛ぶのがあまり好きじゃないが、それでも絨毯よりは遥かにマシだぞ。

 

「あれが車両を増やさない原因なのかもね。」

 

「まあうん、魔法省の姿勢にもちょびっとだけ説得力が出たかな。こうやって直接運び込んだ方がこの前あった『渡り絨毯事件』より成功し易いだろうしね。」

 

あー、あれはひどい事件だったな。予言者新聞によれば北海を渡る絨毯の群れがマグルに目撃された所為で、結構な規模の記憶修正が必要になったそうだ。下手人は密輸のためにデンマークから三百枚以上の絨毯を放ったらしいが、殆どの絨毯が海を渡り切れず力尽きて墜落したんだとか。

 

どこまでもアホらしい事件について思い出していると、いきなりコンパートメントのドアがノックされた。何事かと視線を送ってみれば、困り果てたような表情の若い女性の姿が目に入ってくる。見た感じ私たちと同い年くらいかな?

 

見覚えのない女性がノックしてきたことに困惑しながらも、とりあえずそっとドアを開けてみると……女性は隙間からひょっこり顔を出して質問を寄越してきた。

 

「あのですね、宜しければ相席させていただけませんか? どうも団体さんが乗っているようでして……その、他に女性だけの席がないんです。」

 

やや訛りのある英語と、漆黒の髪と対照的な白い肌。東ヨーロッパの訛りだな。気弱そうな女性を観察している私を他所に、テッサが明るい声色で返事を返す。

 

「勿論どうぞ。指定席じゃないわけですし、一緒に使うのは当然ですよ。」

 

「助かります。」

 

ホッとしたように息を吐いた女性は、私の向かいのテッサの隣に……ええ、こっちに座るのか? 何故か私を見て一瞬固まった後、そのままそそくさと私の隣に座り込んできた。置いてあるトランクが邪魔になるし、どう考えてもテッサの隣に行く場面だったと思うぞ。

 

「えーっと、トランクは向こうに置きましょうか。邪魔でごめんなさいね。大きすぎて荷物棚に載らなかったの。」

 

まあ、悪いのはこっちか。本来この大きさの荷物は荷物車に入れるのがマナーなのだが、事情が事情だけに無理やり持ってきてしまったのだ。固定を解いてトランクをテッサの隣に置き直すと、女性はふにゃりと微笑んでお礼を言ってくる。どことなくエマさんに似た雰囲気を感じるぞ。

 

「ありがとうございます。私、マリー・ラメットと申しまして、イギリスでの仕事が終わってフランスに帰るところなんですけど……お二人はどこかへご旅行ですか?」

 

おっと、フランスの人だったのか。にしては英語の発音がそれっぽくないな。小さな疑問を胸に秘めつつ、こちらも笑顔で返答を口にした。

 

「アリス・マーガトロイドです。私たちはその逆ですね。仕事というわけではないんですが、フランス魔法省に用がありまして。……ちなみにお仕事は何をされているんですか?」

 

「記者見習いなんです。『ミラージュ・ド・パリ』ってご存知ありませんか? フランス魔法界の新聞なんですけど。」

 

「はい、知ってます。そちらの魔法界では最大手の新聞だとか。」

 

「そこで働いているんです。……まだ見習いだから記事は書かせてもらえないんですけどね。今回イギリスに来たのも簡単な取材を命じられただけですし。」

 

なんともタイムリーな話題だな。今日知ったばかりの知識で付け焼き刃の相槌を打つ私を尻目に、昔からよくご存知なはずのテッサはふむふむ頷きながら問いかけを飛ばす。

 

「ってことは、ボーバトンの卒業生なんですか? ……私はテッサ・ヴェイユ。一応フランスの出身です。」

 

「いえ、出身はダームストラング専門学校です。私は疎開組ですから。……ヴェイユってことは、ひょっとして『あの』ヴェイユ家の方なんですか?」

 

「あー、多分そうですね。オルレアンのヴェイユです。」

 

ポリポリと頰を掻きながら苦笑いで肯定したテッサへと、ラメットさんは口に手を当てて上品に驚きを表現した。仕草だけ見ればテッサよりもよっぽど『お嬢様』っぽいな。サイドに纏められたお洒落な感じの三つ編みもそれっぽいし。

 

「驚きました。ヴェイユ家の方もこういう車両に乗ったりするんですね。」

 

「いやいや、そこまで大した家じゃないですよ。普通に列車に乗ることもあれば、昼食をサンドイッチで済ませたりもします。」

 

テッサが駅で買ったサンドイッチを示しながら言ったところで、喧しい汽笛と共に列車がゆっくりと動き出す。ちらりとホームを見てみれば、先程の魔法省職員らしき四人組が手を振って見送っているようだ。……厳密に言えば、部長と呼ばれていた人だけは仏頂面で直立不動だが。二度と来ないで欲しいという感情が顔に出ちゃってるぞ。

 

あんなんで大丈夫なのかと私が呆れている間にも、テッサとラメットさんは同じ『疎開組』として盛り上がり始めた。テッサがホグワーツに来たように、ラメットさんも戦禍を逃れるためにダームストラングへと入学したらしい。

 

まあ、こういう出会いも列車の旅には付き物だろう。急いたところで列車の速度が速くなるわけではないし、今は会話を楽しんでおくか。ダームストラングでの生活ってのにはそこそこ興味があるぞ。

 

徐々にスピードを上げる列車の中で、アリス・マーガトロイドは水のボトルの封をぱきりと切るのだった。

 


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