Game of Vampire   作:のみみず@白月

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矛と盾

 

 

「うーん、お二人が羨ましいです。私もホグワーツを選べば良かったかもしれませんね。」

 

困ったような微笑みで呟くラメットさんを前に、テッサ・ヴェイユは微妙な表情を浮かべていた。これまでの話を聞く限りでは間違いなくそうなのだろうが、かといって大っぴらに同意するのはさすがに失礼な気がする。この人にとっては曲がりなりにも母校なわけだし。

 

列車がキングズクロス駅を出発してから一時間とちょっと。たまたま相席になったマリー・ラメットという記者さんとお喋りを楽しんでいたのだが、彼女が語るダームストラングでの生活はお世辞にも楽しそうとは言えない内容だったのだ。パパとママに感謝すべきかもしれないな。ホグワーツを選んでくれてありがとうって。

 

ちなみに、彼女は私たちより一個だけ上の学年だったらしい。当時のダームストラングはどちらかといえば『グリンデルバルド派』の生徒が多かったようで、『スカーレット派』であるフランス人のラメットさんは色々と苦労したそうだ。同じ疎開した仲間とグループを組んでどうにか卒業したんだとか。グリフィンドールとスリザリンの確執が可愛らしく思えてしまう逸話だな。

 

その後ソヴィエトで通訳の仕事に就いた後、祖国解放の知らせを受けてすぐさまフランスに飛び、語学の知識を活かして新聞社に就職。現在は先輩記者の補佐をしながら報道記者としての勉強をしているらしい。

 

起伏に富んだ人生に感心する私を他所に、アリスがかくりと首を傾げながら質問を口にした。……うん、少しは落ち着いてきたみたいだな。本人に自覚があるかは不明だが、ホグワーツに来た時は冷静とは言えない状態だったのだ。ダンブルドア先生もそれに気付いたから私の同行を認めてくれたのだろう。実を言えば夏休み突入までにやるべき仕事はまだまだ残っていたわけだし。

 

「ワガドゥやイルヴァーモーニーを選ばなかったのはどうしてなんですか? 大多数の疎開者はそっちに行ったって聞いてますけど。」

 

「母はイルヴァーモーニーにすべきだって言ったんですけど、アメリカは遠すぎるって父に反対されちゃいまして。グリンデルバルドも母校には多少気を使っていたようですし、どうせならダームストラングの方が安全だという結論に至ったみたいです。」

 

「懐に入り込むってことですか。……豪気な選択ですね。」

 

「でも、同じ選択をした人は結構居たんですよ? ちなみに一番人気がなかったのはホグワーツですね。イギリスはグリンデルバルドにとっての『次の標的』という認識が強かったので、疎開先としてはむしろ敬遠されてたみたいです。」

 

むむう、ちょっと分かるな。アメリカは物理的に距離があるし、グリンデルバルドはついぞアフリカを攻めようとはしなかった。『大陸が纏まったら次はイギリス』というのが大方の予想で、ある意味では実際にそうなったわけだが……それをダンブルドア先生が返り討ちにしちゃったわけだ。

 

ラメットさんも同じようなことを考えているのだろう。どこか誇らしげな様子でヨーロッパ大戦についての話を続けてくる。

 

「だけど、結果的にはホグワーツが最良の選択肢だったみたいですね。『紅のマドモアゼル』とアルバス・ダンブルドア氏が踏み入らせることを許さなかったわけですから。……本当に羨ましいです。ホグワーツでの楽しそうな生活のことも、ダンブルドア氏に普通にお会いできることも。」

 

「フランスでも有名人なんですか? ダンブルドア先生って。レミリアさんが有名なのはよく知ってますけど。」

 

「勿論ですよ! ヨーロッパ最優の魔法使いとして広く認められています。……あの、まさかとは思いますけど、マーガトロイドさんは紅のマドモアゼルと親しかったりするんですか? 『レミリアさん』ってお呼びする方は初めて見ました。」

 

同席した当初からやけにアリスとの距離が近かったラメットさんが、これまで以上に身を寄せながら送った疑問を受けて……あちゃー、もう答えてるようなもんじゃんか。アリスは目を泳がせながら曖昧な首肯を返す。

 

「いや、その……親しいってほどではないんですけどね。ただ、私の育ての親が少しだけ関係を持っていまして。だからこういう呼び方を許されているんです。」

 

「凄いです。それって、それって……凄いことですよ! もしかして直にお目にかかったりしました? どんな方なんですか? サインとか持ってたりします?」

 

おお、いきなりのハイテンションだな。目を輝かせて問いを連発するラメットさんに、アリスは困り果てた表情で首を横に振った。

 

「ごめんなさい、何も言えないんです。あまり口外するなって言われてるので。」

 

「それは……そうですよね、すみませんでした。私ったらつい興奮しちゃって。はしたなかったですね。」

 

途端に身を引いて小さくなるラメットさんに苦笑しつつ、さっき車内販売で買ったビスケットを一つ食べて口を開く。これはまた、パッサパサでまっずいな。これっぽっちも甘くないし、乾き切ったパンを食べてるみたいだ。ホグワーツ特急の車内販売を見習って欲しいぞ。

 

「記者としては追求する場面なんじゃないですか? 『紅のマドモアゼルの謎に迫る!』みたいな感じで。」

 

「とんでもない。紅のマドモアゼルのことを無理に暴こうとするのはフランス魔法界じゃタブーなんです。人前に出るのを嫌がっていらっしゃるのは明らかですし、きっとそれに足る理由があるのでしょう。でしたら私たちはそっとしておくべきですよ。受けた恩を仇で返すわけにはいきませんから。」

 

きっぱりと断言するラメットさんは、どこまでも真剣な表情だ。パパも昔同じようなことを言ってたな。私だってスカーレットさんのことは物凄く尊敬しているが、大陸側では彼女に対する『尊敬度合い』が段違いらしい。

 

うーむ、ヘンな感じだな。もちろんスカーレットさんやダンブルドア先生がイギリスで尊敬されていないわけではないのだが、フランスやポーランドの方が高く評価しているのは明白だ。大戦そのものに関してもイギリス魔法界では対岸の火事という認識が強いし、ホグワーツの常識で話していると痛い目を見ちゃうかもしれない。

 

私自身がどう思っていようと、フランスでの私の発言は『ヴェイユの発言』になってしまう。だから改めて気を付けようと決意したところで、列車が徐々に速度を落とし始めた。一つ前の停車駅であるカレーはとっくの昔に過ぎているし、私たちの目的地であるパリ北駅に近付いているようだ。

 

キングズクロス駅と同様に、隣人たるマグルたちから隠されている魔法界のホーム。車窓からそれが見えるのを確認して、荷物を整理するために慌てて席を立つ。結局検札には誰も来なかったし、その上到着のアナウンスも無しか。どうやらこの路線の職員たちは本格的にやる気がないらしい。

 

「ほらほら、二人とも準備しとかないと。カレーでは早めに出発したみたいだし、急いで出ないとローザンヌまで行くことになっちゃうよ。」

 

「恐ろしい列車よね。定時運行するって発想はないのかしら?」

 

「イギリスへの入国はポートキーだったので、私は初めて乗るんですけど……確かに少し不安になる列車ですね。お二人が一緒で良かったです。」

 

悲しい事実だが、ラメットさんのやんわりとした不満こそが他国からの旅行者の総意だろう。遅く着くのはまあ我慢できるが、早く出ちゃうのは怖すぎる。私だって乗り慣れていなければ不安になるはずだぞ、こんなもん。

 

それでも文明人としてゴミなんかは綺麗に片付けつつ、ビスクドールの入ったトランクの固定を慎重に解いていると……おや、今回はさすがにやるのか。甲高い汽笛と共に送音魔法のアナウンスが聞こえてきた。生徒たちの『居眠り明け』の声にそっくりだぞ。

 

『間も無く、えー……パリ北駅? パリ北駅に到着します。お降りになる方はお忘れ物のないようにご注意を──』

 

「間も無くっていうか、もう着いてるんだけどね。」

 

アリスの冷静な指摘通り、アナウンスは列車がホームに停車してからもまだ続いている。卒業旅行の時に乗った寝台急行はもっとしっかりしてたんだけどな。『ぽんこつアナウンス』に呆れながらも、三人で揃ってホームに降り立ってみると……うーん、パリの空気だ。ロンドンとどう違うのかと聞かれても上手く説明できないが、それでもそう感じてしまう。やっぱり私はフランス人なわけか。

 

行き交う魔法使いたちを眺めながら帰郷を実感していると、小さなスーツケースを持ったラメットさんが声をかけてきた。

 

「お二人は魔法省に用があるんですよね? 私は会社に報告に行かないといけないので、これで失礼させていただきます。……お陰で楽しい旅が出来ました。またどこかでお会いしましょう。」

 

綺麗な所作で頭を下げてきたラメットさんに、私たち二人も挨拶を返すと……彼女はもう一度軽く礼をしてから暖炉が並んでいる方へと歩み去って行く。列車の質は悪かったが、出会いだけは悪くない旅だったな。

 

「さて、私たちも行きましょうか。魔法省に直通のエレベーターがあるのよね?」

 

「ん、そのはず。出来たばっかりだから私も使ったことないんだよね。ホーム内にあると思うんだけど……。」

 

どこだっけかなぁ。気を取り直すようなアリスの呼びかけに従って、エレベーターを探して駅のホームを彷徨い始めた。以前の魔法省はグリンデルバルドの攻勢で大規模に破壊されてしまったので、今は再建している最中なのだ。そのついでにホームからの直通エレベーターを設置したらしい。

 

パパからの手紙で知った情報を頼りに右往左往していると、ホームの奥の方に真新しい四基のエレベーターが並んでいるのが目に入ってくる。五人の小鬼がぞろぞろ入って行くそれを指差して、隣を歩くアリスへと声を放った。

 

「多分あれじゃないかな。今まさに仏頂面の小鬼が使ってるやつ。」

 

「そうみたいね。……でも、どうしてあんなに不機嫌そうなのかしら? グリンゴッツの小鬼だって『愛想が良い』とは言えないけど、あの小鬼たちは明らかにイライラしてるじゃない。」

 

「小鬼はフランス魔法界が嫌いなんだよ。こっちの魔法使いたちも小鬼が嫌いだけどね。」

 

やれやれと首を振りながら教えてみれば、好奇心を顔に貼り付けたアリスが質問を飛ばしてくる。新しい知識にすぐ食い付くのは学生の頃から変わらんな。

 

「どうしてなの?」

 

「ずーっと昔に南フランスの方で珍しい鉱石が発見されたんだけど、その利権を巡って死者が出るくらいの争いを起こしたんだよ。発見したのが小鬼で、土地の所有者はもちろんフランス人。となれば何が起こるかなんて簡単に分かるっしょ?」

 

「あー……魔法史の教科書で読んだ覚えがあるわ。でもそれって、三百年以上前の事件じゃなかった?」

 

「小鬼たちには関係ないみたい。三百年前からずっとフランスの魔法使いは鉱石を横取りした悪いヤツらってわけ。イギリスにもドイツにもイタリアにもスペインにも。どこに行ったって小鬼の大きな銀行があるのに、フランスにだけ無いのはそういう歴史があるからなんだよ。」

 

イギリスに純血問題があるのに対して、フランスには根深い小鬼問題があるわけだ。頭が痛くなる話をしながらエレベーターに乗り込むと、アリスは感心したように相槌を寄越してきた。

 

「面白い……って言っていいのかは分からないけど、興味深い話ではあったわ。よく知ってたわね。魔法史は苦手なはずなのに。」

 

「パパがしつこく話してくるんだもん。当時のヴェイユ家は小鬼にも利益を分配すべきだって主張した数少ない家の一つだから、小鬼もヴェイユの魔法使いに対してはそこまで冷たく当たってこないの。……ヴェイユ家が代々フランス魔法界の金融とか運輸に関わってるのもその所為みたい。いくら仲が悪くても小鬼と断交するのは不可能だからね。せめて顔が利くヴェイユ家を当てようってわけ。」

 

「あら、ますます興味深いわ。小鬼の味方に回って立場が悪くならなかったの?」

 

「多分なったけど、それでも崩れない地盤があったってことなんじゃない? ヴェイユ家と連携を取って分配派に回った家も大物だったからね。バルト家ってとこ。レンヌのあたりにお屋敷がある名家なんだけど、代々闇祓いを出してる武官の家系なの。」

 

矛のバルトと、盾のデュヴァル。フランス闇祓いの隊長は大抵この二家から輩出されてきたのだ。イギリス闇祓いは実力主義の風潮が強いが、フランスは家系への信頼を重視することが多い。バルト家やデュヴァル家の跡取りはそれに応えるために、幼い頃から厳しい鍛錬を課せられるんだとか。

 

文官の家系で良かったと今更胸を撫で下ろしていると……わお、凄いな。地下に降りたエレベーターのドアが開くと共に、出来かけの壁画に囲まれたエントランスホールが見えてきた。話には聞いていたが、昔と全然違うじゃないか。

 

「……綺麗だねぇ。何年も改修してるのが頷けるホールだよ。」

 

「本当ね。まだ未完成だから分かり難いけど、フランスの歴史を表しているのかしら?」

 

アリスの言う通り、四方の壁に掘り込まれている壁画はこの国の歴史上の大事をモチーフにしているようだ。単なる壁画としても見事なのに、その上滑らかに動くらしい。大したもんじゃないか。祖国の政治の中心部が豪華になっていることを喜んでいると、見惚れていたアリスが我に返って歩き出す。

 

「見学したいのは山々だけど、それは後に回しましょう。今はこっちが先決よ。」

 

そう言ってトランクをポンと叩いた親友に頷いてから、私も頰を叩いて気を引き締める。そうだった、先ずは犠牲になった少女のことを考えなければ。壁画なんかまた今度暇な時にでも見ればいいのだ。

 

二人でトランクを運びながら案内カウンターらしき場所に近付いていくと、その直前で私の背中に声がかかった。懐かしい、安心する声だ。振り向かなくても誰だか分かるぞ。これで色々と探す手間が省けたな。

 

「テッサ? それに……アリス君かね? これは驚いた。一体どうしたんだい?」

 

言わずもがな、我が父上どのだ。細身のスーツと山高帽子、娘としては正直やめて欲しい時代遅れのハンガリアン・ムスタッシュ。驚いた表情で歩み寄ってくるパパに、笑顔を浮かべながら返事を送る。

 

「やっほ、パパ。会えて良かったよ。全然違う建物になってるから運輸局の場所がちんぷんかんぷんだし。」

 

「私からすると娘の行動がちんぷんかんぷんだがね。休みはまだ先だろう? 大体、来るなら来ると手紙で連絡を……久し振りだね、アリス君。元気そうで何よりだ。」

 

「お久し振りです、ヴェイユおじ様。急に押しかけてしまってすみません。」

 

「いやいや、アリス君ならいつでも歓迎だよ。妻も大喜びするはずだ。我が家に泊まってくれるんだろう?」

 

むむう、実の娘に対する態度と大違いじゃないか。愛想の良い笑顔でアリスに話しかけるパパの手をグイと引いて、ここに来た理由へと強引に話題を移す。

 

「そういうのは後。今日はちょっと深刻な話をしに来たの。……今パリで起こってる連続誘拐事件って知ってるでしょ?」

 

「当然知っているとも。保安局が血眼になって捜査しているよ。もう四人も攫われてしまったからね。」

 

「その事件の犯人から……っていうか、犯人らしきヤツからアリスに荷物が届いたの。あんまり嬉しくない荷物がね。」

 

「それは……ふむ、午後の仕事はキャンセルした方が良さそうだね。先ずは私のオフィスに行こうか。話はそれからだ。」

 

私の顔付きを見て冗談でも何でもないことを察したのだろう。パパは表情を真剣なものに改めると、コツコツ靴音を鳴らしながら先導し始めた。

 

後はパパに事情を話して、闇祓い隊の偉い人に仲介してもらって、そしてご両親にビスクドールを渡すだけ。……今更だが、本当に渡すべきなのだろうか? 自分たちの娘が人形の材料にされましたと聞いたらショックを受けるはずだぞ。

 

でも、知らせないわけにもいかないだろう。両親の反応を思って気が重くなるのを自覚しつつ、テッサ・ヴェイユは改装中の階段へと足を踏み出すのだった。

 


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