Game of Vampire 作:のみみず@白月
「……なにこれ?」
オルレアンの南部に広がる広大な敷地。その中心部に聳え立つヴェイユ邸のリビングの中で、テッサ・ヴェイユはうんざりした表情を浮かべていた。目の前にあるのはテーブルにぶちまけられた写真の山。久々に顔を合わせて一息ついたと思ったらもうこれか。だから帰りたくなくなるんだぞ。
イライラを声色に表しながら言った私に、対面のソファに座るママはニコニコ顔で答えを返してくる。私と同じ勝気な顔付きとふわふわな髪。細かいパーツはパパに似たのだが、全体として見るとママに近くなるな。……ちなみに先程まで大歓迎されていたアリスはパパやクロードさんと一緒に遠くの席に移動してしまった。きな臭い雰囲気を感じ取ったようだ。
「貴女の結婚相手の候補者たちよ。……羨ましいわ。ママの時はこの四分の一もなかったんじゃないかしら? 良い時代に生まれたわねぇ、テッサは。ちょっとしたカードゲームなら出来そうな量じゃない。ハイアンドローをやってみる? 顔の良し悪しで勝敗を決めましょうよ。」
「なるほどね、私がママより美人だってのはよく分かったよ。それじゃ、捨ててくるから退いてくれる? カードゲームは後でトランプで付き合ってあげるから。」
「あらあら、見てごらんなさい。この人は舞台俳優みたいな顔よ? ……それにほら、こっちはいくらか年上だけど爽やかな顔じゃない。選り取り見取りね。どれがいいと思う?」
あああ、鬱陶しいぞ。私の言葉を完全に無視して『おすすめ写真』を押し付けてくるママへと、ドスの利いた声で文句を放つ。イギリスに送られてきたお見合い状はほんの一部に過ぎなかったらしい。
「写真を見て気に入ったら結婚しろって言うの? ふくろう通販でバッグを買うんじゃないんだよ?」
「分かってないわねぇ、結婚相手なんて革のバッグと大して変わらないのよ。使い続けてればそのうち愛着が湧くわ。手荒に扱うとすぐヨレちゃうけどね。ただ、私が買ったのは最近色落ちしてきちゃって……そろそろ買い換えるべきかしら?」
「ちょっとパパ、滅茶苦茶言われてるよ! 放っておいていいの?」
頰に手を当ててとんでもないことを呟くママを指差して、離れたテーブルでアリスと話しているパパに呼びかけてみれば……パパはあらぬ方向を眺めながらぼんやりした返答を寄越してきた。ママ相手だと弱腰すぎるぞ。
「いやまあ、愛のあるジョークだよ。私はそんなことで怒ったりしないさ。」
「聞いてる分には愛なんて感じられなかったけどね。……とにかく、こんな写真は必要ないの! 相手くらい自分で見つけるもん!」
私は『通販』で結婚相手を買ったりはしないのだ。腕を組んでふんすと宣言してやると、ママは呆れたように大きなため息を吐いてしまう。呆れたいのはこっちだぞ。
「あーあ、頑固な子ねぇ。誰に似ちゃったのかしら? ……勿体無いから会うだけ会ってみれば? パリでしこたま服を買わせた後、日頃の愚痴の受け皿になってもらって、適当な高級レストランでディナーを奢らせちゃいなさいよ。つまんなかったらポイすればいいんだし。」
「ありえないよ、ママ。罪悪感とかないの?」
「向こうだって年頃の女の子と食事できるんだから安いもんでしょ。歩く時に小指でも絡めてやって、別れ際にはほっぺにキスしてあげなさい。そしたら文句なんて言ってこないわよ。私の世代はそこまで気軽に会えなかったけど、今のご時世なら別段珍しいことじゃないしね。……こんなにちやほやしてくれるのなんて今だけなのよ? 余すことなく満喫するのが正解だと思わない?」
「思わない! 結婚っていうのはこう……運命的に出逢って、友達として仲良くなって、きちんと付き合い始めてからデートして、お互いの信頼を深めてからするものでしょ? 私がしたいのはそういうデートじゃないんだよ。高級レストランなんかじゃなくて、公園でのんびり散歩したりとか、なんかそういうの。」
恋愛小説だとそういうものじゃないか。モジモジしながら恋愛の在り方を主張した私に、ママは額を押さえてやれやれと首を振ってくる。むむう、何故か小馬鹿にするような表情だ。
「貴女、学生時代にボーイフレンドの一人くらいは居たのよね? まさか今まで誰とも付き合ったことがないわけじゃないんでしょう?」
「……だったらどうだって言うのさ。」
「ああ、嘆かわしい! 私の娘がボーイフレンドの一人すら作れないだなんて! ……あなた、ヴェイユ家は終わりよ! テッサったら私が十一歳の頃より遅れてるわ!」
「不潔だよ、ママ! 男の人と付き合うならちゃんと結婚を前提にしないとダメじゃん!」
なんという親なんだ。悪女だぞ、悪女! 芝居じみた動作でパパに縋り付いたママのことを、顔を真っ赤にして糾弾していると……ママはけろりとパパから離れて、今度はアリスに絡み始めた。そこらの酔っ払いよりたちが悪いな。
「ねえねえ、アリスちゃんはどうなの? 美人さんだし、言い寄ってくる男が山ほど居るでしょう? テッサに恋愛の道理を教えてあげて頂戴。」
「あー……私もその、テッサと同じ感じなので。そういうのはよく分からないんです。」
「……信じられない。ホグワーツはいつから『修道院』になっちゃったの? 貴女たちも貴女たちだけど、こんなお宝を放置しておく男子生徒もおかしいわ。狂ってるわよ、イギリスの学校は。何かの呪いかしら?」
驚愕の顔付きでわなわなしているママを見て、苦い笑みのパパがフォローに入る。物凄く困っているアリスやクロードさんの前で、これ以上ママを『暴走』させるべきではないと感じたらしい。ちなみに私も同意見だ。
「いやいや、そう悪いことではないだろう? 貞淑な女性というのは魅力的だと思うよ。それをマイナスに評価する男性など居ないさ。」
「ふーん、どうかしら? 女性も少しくらい『遊んで』然るべきだと思わない? 昔のあなたみたいにね。じゃないと不公平でしょう?」
「……まあ、結婚してから誠実でさえあれば別にいいんじゃないかな。それ以前の話を掘り返すのはあまり良くないことなのかもね。」
ジーッと見てくるママから目を逸らしたパパは、曖昧な結論を口にするとそのまま黙り込んでしまう。昔のパパが『プレイボーイ』だったというのはママから百回以上聞かされた話だ。結婚してからはピタリと大人しくなったようだが。何があったのかは推して知るべしってやつだな。
冷や汗を流しながら視線を天井のシャンデリアに固定するパパのことを、ママは暫くの間無言で見つめ続けていたが……やがて小さく鼻を鳴らすと、ソファに座りつつ声を上げた。この家の『序列』は私がイギリスに居る間も変わらなかったらしい。
「アリスちゃんが男の子だったら完璧だったのにねぇ。なーんにも文句なしよ。」
「なにそれ。私とアリスが結婚するってこと?」
「運命的に出逢って、仲良くなって、デートして、信頼を深めたいんでしょ? 全部できてるじゃない。アリスちゃんが可愛い女の子ってこと以外はパーフェクトね。」
まあ、そう言われればそうかもしれない。もしアリスが『マーガトロイドくん』だったら……うーん、確かに文句なしだな。料理も上手いし、案外世話焼きだからズボラな私に向いてそうだ。背だけは私より低いのが不満だが。
とはいえ、アリスは誰がどう見ても立派な女の子。だからどうにもならんのだ。益体も無い考えを放り投げて、ママの与太話に終止符を打つ。
「はいはい、来世に期待だね。……もう部屋に行こっか、アリス。ご飯の前にシャワー浴びたいっしょ?」
「ちょっとテッサ? ママの世間話にもっと付き合ってよ。これだけが楽しみで生きてるんだから。夕食なんてまだまだ先でしょ?」
「今日はママがご飯を作ってくれるって言ってたじゃん。早く準備に行かないとお手伝いさんたちが全部終わらせちゃうよ?」
「うちの使用人は優秀だからそんなことしないわよ。良い感じに楽な作業だけ残しておいてくれるに違いないわ。」
なんて迷惑な主人なんだ。飄々と嘯くママにジト目を向けてから、どうしたらいいかと迷っているアリスの手を取って歩き出す。どうせ夕食の時も同じペースで喋り続けることになるだろうし、ここらで休憩しておかないと身が持たないぞ。
「とにかく、残りの話は後で聞くよ。クロードさんの部屋はどこになるの? そっちも案内しないとでしょ?」
「んー、どこがいいかしらね。二階のゲストルームとか?」
人差し指を唇に当ててママが悩み始めたところで……これまでアリスの背後で直立不動だったクロードさんが、かなり慎重な口調で声を放った。ママの勢いに若干引いているらしい。そりゃそうか。
「自分に部屋は必要ありません。マーガトロイドさんの部屋の前で夜を明かしますので。」
「へ? 私の部屋の前でって……つまり、廊下でってことですか?」
「お許しいただけるのであれば、警護のためにそうしたいと思っています。本来室内で待機すべきなのですが、その……さすがに不適切だと考えましたので。年頃の女性のお部屋に足を踏み入れるわけにはいきません。」
少し頰を赤くして言ったクロードさんに、ママが肩を竦めながら口を開く。わざとらしい呆れ顔を浮かべながらだ。
「どうやらイルヴァーモーニーも修道院になっちゃったみたいね。『愛の巣』たるボーバトンが再開してくれて何よりよ。……バルトの闇祓いに何を言っても無駄でしょうし、好きにしてくれて構わないわ。というか、今の季節なら涼しくてむしろ過ごし易いくらいじゃないかしら? 私も廊下で寝るべき?」
「やめてね、ママ。ヴェイユ家が変な家族だと思われちゃうから。」
割と本気の顔で悩み始めたママに注意してから、アリスとクロードさんを引き連れてリビングのドアを抜ける。闇祓いも大変だな。毛布とランタンと……それにアイスティーくらいは準備してあげよう。後でお手伝いさんに水筒はないかと聞いておかなくては。
初期のゴシック様式……だったかな? あんまり詳しくないが、とにかく十二世紀くらいに建てられたという年季の入った廊下を進んでいると、隣を歩いているアリスが声をかけてきた。増築と修復、解体と改築を繰り返しているので、場所によって建築様式が違うのがなんとも奇妙だ。ママは『パッチワークみたいで面白いじゃない』と評していたが。
「相変わらずだったわね、ヴェイユおば様。お元気そうで安心したわ。」
「元気すぎるよ。娘としてはもうちょっと落ち着いて欲しいかな。……ごめんね、クロードさん。びっくりしたでしょ?」
「いえ、とんでもありません。私の母は幼い時に病死しているので、元気なのは素晴らしいことだと思います。」
そうだったのか。アリスも、クロードさんも、そしてリドルも。それぞれの理由で親を亡くしているわけだ。……ホラスの言う通りなのかもしれないな。親が居るというのは私が思うよりも特別なことらしい。
でも、結婚はなぁ。孝行したいとは思うのだが、そんな理由で結婚するのもまた違う気がするぞ。苦悩する私を見て、斜め後ろを付いてくるクロードさんが恐る恐る質問を投げかけてくる。
「……テッサさんは結婚相手を探しているのですか?」
「私が探してるっていうか、パパとママが探してるの。一人娘だからね。早く婿を入れて跡を継いで欲しいみたい。」
「しかし、テッサさんは乗り気ではないようにお見受けします。……お嫌ですか? 家を継ぐのは。」
「んーん、嫌じゃないよ。私はヴェイユだからね。そのことは誇りに思ってるし、ここで途絶えさせるべきじゃないっていう気持ちもあるから。……だけど、そのためだけに結婚するのは嫌なの。我儘なのは分かってるんだけどさ。」
少なくとも他の名家ではこんな我儘など通用しないはずだ。選択肢があるならまだマシな方で、定められた相手と有無を言わせず結婚させられるというのも珍しくないだろう。同じ名家の跡取りであるクロードさんに申し訳ない気分で言ってみれば、彼は大きく首を振りながら返事を寄越してきた。
「テッサさんの気持ちはよく分かります。家を大事にしたいという気持ちも、きちんとした繋がりを築いて結婚したいという気持ちも。だからですね、つまり……我儘なんかではないはずです。貴女が誠実な女性だからこそ悩むのではないでしょうか?」
「……そう、かな?」
「私はそう思います。そして、それはとても魅力的なことです。貴女と結婚する男性は幸せ者ですね。」
「えーっと……それはどうも。」
むう、なんだか気恥ずかしいな。何故か顔が赤くなるのを自覚しつつ礼を送ると、クロードさんも少しだけ赤い頰を隠すように顔を背ける。そんな私たちのやり取りを見ていたアリスが、困ったような半笑いで気まずい沈黙を破ってくれた。
「……ひょっとして私、邪魔?」
「ちょっと、変なこと言わないでよ! クロードさんはほら、婚約者とかが居るでしょ? バルト家の跡取りなんだから。」
「あの、そういった方には恵まれておりません。弟には婚約者が居るのですが、大戦のゴタゴタで私の縁談については先延ばしになってしまいまして。」
「あー……そうなんだ。それはその、大変だね。」
これって、まさかアプローチされてるのか? それとも私の自意識過剰? クロードさんは単に自分の置かれた状況を説明してるだけだし、そんなわけない……はずだ。うん、おかしな考えは捨てよう。迷惑だろうし。
でも、実際のところどうなんだろう? バルト家はバルト家で跡取りが必要だから、長男を婿には入れないはず。仮に……仮にクロードさんが私を気に入ってくれたとしても、結婚なんて不可能じゃないか?
いや、そうでもないな。子供を二人産んでそれぞれの家の跡取りにするってケースがあったはずだ。家同士の繋がりも濃くなるし、別に嫌がられはしない……じゃなくて! アホか私は! 妄想で子供の話まで進めるなんて異常だぞ!
ぶんぶんと首を振って訳の分からない考えを振り払いつつ、テッサ・ヴェイユは早足で廊下を突き進むのだった。