Game of Vampire   作:のみみず@白月

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幻想郷

 

 

「それはまた……随分と思い切ったね、レミィ。」

 

アンネリーゼ・バートリは、紅魔館の執務机に座るレミリアの言葉に驚いていた。可能不可能でいえば可能だろうが、問題点が多すぎる気がする。

 

「あの子には常識を学ぶ場所が必要だわ。そして、残念ながら紅魔館はそれに適していないの。」

 

「その通りだが、しかし……ホグワーツが適しているとも思えないぞ。」

 

レミリアはどうやらフランをホグワーツに通わせたいらしい。なんとも突飛なことを考えつくもんだ。

 

そもそもの発端は、外に出られるようになったフランの『奇行』にある。どうやら四百年の地下室生活というのは、私たちが想像していたものよりも問題があったらしい。

 

初めて外に出たその日に、レミリアが目を離した隙にマグルの村を半壊させたのだが、今ならそんなの些細な問題だと言い切れる。

 

みんなでパリ旅行に行った時には『ちょっとした間違い』で列車を脱線させ、最近ではムーンホールドの近くの小山で火遊びをした結果、山からは木がなくなった。

 

レミリアがヨーロッパでの影響力をフルに使ってフランの事件を揉み消さなければ、今頃は暢気に話など出来ていなかっただろう。

 

始末が悪いのは、フランに悪気がないことだ。むしろ良かれと思ってやったことが、結果的に大災害へと姿を変えることが多い気がする。

 

「ダンブルドアには貸しがあるわ。あの子は翼を隠せない。それでも入学できるのはホグワーツだけよ。まさかマグルの学校に行かせるわけにはいかないでしょう?」

 

「そりゃあそうだがね……。あの子が卒業するまでに、ホグワーツが原型を留めていられると思うのかい? それに、日光はどうする? 吸血は?」

 

そう聞くと、レミリアはバツが悪そうになりながら黙り込む。他にも色々と問題はあるが、七年間でホグワーツが瓦礫の山にならないだなんて誰も同意しないだろう。

 

「アリスかパチェが教えるんじゃダメなのかい?」

 

私やレミィはともかくとして、あの二人は元人間だ。それなりに常識的だし、少なくとも現状よりはマシになるはずだ。当然のことながら美鈴は候補には入っていない。

 

「パチェはもう考え方が魔女に染まってるでしょ。アリスは……一見かなり常識的なんだけど、肝心なところでぶっ飛んでるのよね。」

 

レミリアの返事に、今度は私が黙り込む。確かに最近は時たまぶっ飛んだ発言があるのだ。この前など、パチュリーの素材棚にあった妖怪の皮を使って人形を作ろうとしていた。着々と立派な魔女になりつつあるようだ。

 

「もはや私たちは人間に関わらざるを得ないのよ。これからの世界を生きるためにも、彼らの常識を学ぶ必要があるわ。丁度中間に位置している魔法使いの世界は、入門編としては適していると思わない?」

 

「まあ、同意はするがね。しかし、そうなると結局最初に戻るわけだ。ホグワーツに通うあの子を想像してごらんよ、私には大量の生徒たちの死体が見えてくるよ。」

 

レミリアは眉を寄せて難しい顔をした後、こちらに向かってある提案をしてきた。

 

「あの子の力を制御する枷を嵌められないかしら? なにも人間並みにとは言わないわ。この前みたいに、デコピンで相手をふっ飛ばさないくらいには出来るんじゃない?」

 

枷、か。物理的ではなく、魔術的な封印のことだろう。しかし……難しそうだな。フランの身体能力は吸血鬼から見ても別格なのだ。二人の魔女と協力したところで、丁度いいものが出来るとは思えない。

 

「難しいな。」

 

「はぁ、そうよね。分かってはいたんだけどね。」

 

レミリアと二人で項垂れつつも、さすがにホグワーツは諦めたほうがいいと言おうとした瞬間、部屋に女性の声が響き渡った。

 

「私が協力しましょうか?」

 

その刹那、レミリアが声の主に紅い槍を投擲し、私は無数の妖力弾を撃ち込む。

 

「ひゃ、ちょっ、話をしに来ただけよ! 落ち着いて頂戴!」

 

私とレミリアの攻撃が空間の裂け目に飲み込まれたのを見て、警戒の度合いを一段上げる。おいおい、並みの大妖怪レベルの雰囲気じゃないぞ。

 

金髪に紫のワンピース。顔は焦っているような表情だが、とてもじゃないが本心だとは思えない。感じる妖力は父上やスカーレット卿と同レベル……いや、少し上かもしれない。

 

私とレミリアが警戒を緩めずに隙を窺っているのを見て、妖怪が慌てたように言葉を続ける。

 

「いや、本当に話をしに来ただけなのよ! 確かにいきなり入り込んだのは無作法だったけど、これは癖みたいなものなの!」

 

チラリとレミリアに目線を送り、会話は任せて警戒を続ける。ここは紅魔館だ、ならばレミリアが対応すべきだろう。

 

いつの間にか妖怪の後ろで気を纏って警戒している美鈴に合わせて、三人で逃げ場を無くすように妖怪を囲む。……というか、美鈴は本当にいつの間に来たんだ。全然気付かなかった。

 

「それで? どんな理由で私の館に忍び込んだのかしら? 無礼な妖怪さん。返答次第じゃ生きて帰すつもりはないわよ。」

 

冷たい声色に変わったレミリアに対して、妖怪はにへらと笑いながら口を開く。

 

「えーっと、まさかこんな感じになるとは思わなくって……。こほん、いきなり声をかけたのは謝罪するわ。私は八雲紫、日本のかわいい大妖怪よ。」

 

言葉と共にウィンクをしてくる。ふざけた返事だが……八雲紫? 香港でアリスにちょっかいをかけてきたヤツか。となれば、場合によってはここで殺す必要がありそうだ。

 

レミリアは冷たい表情を崩さずに、威圧を増しながらそれに答える。

 

「その大妖怪が何の用? まさかお茶をしに来たってわけじゃないんでしょう?」

 

「正にその通りなのよ。今日はお茶のついでにちょっとした相談をしに来たの。えーっと、座ってもいいかしら?」

 

余裕たっぷりの表情で応接用のソファを指差す。虚仮威しじゃないとすれば、この三人相手でも余裕だというわけだ。

 

「……いいでしょう。美鈴、紅茶を出してあげなさい。」

 

「へ? 本当にお茶するんですか?」

 

「そうよ。いいから持って来なさい。」

 

ソファに座った八雲を横目に、レミリアに視線で問いかける。正気か? どう考えてもこの妖怪は胡散臭い。

 

私の疑問を受け取ったレミリアは、ため息を吐きながら説明してくる。

 

「じっくり見てたら思い出したわ。昔、こいつのいる景色を見たことがあるのよ。貴女、パチェ、小悪魔、美鈴やフラン、それに……その時はまだ会ってなかったアリスも居たわ。この妖怪と一緒に宴会をしてたの。」

 

「運命か?」

 

「多分ね。こいつを信用するわけじゃないけど、少なくとも害する意思がないのは本当なんじゃない? でなきゃ一緒に宴会なんてしないでしょ。」

 

なるほど。一応それらしい根拠はあるわけだ。レミリアに続いてソファに座りつつ、それでも警戒心は解かないでおく。何というか……とにかく胡散臭いのだ、この妖怪は。

 

こちらの話を聞いていたらしい八雲が、興味深そうにレミリアへと話しかけてくる。

 

「へぇ? 『運命を操る程度の能力』ってやつかしら? 未来視のようなことまで出来るなんて、とても便利な能力なのね。」

 

「私のことをよくご存知のようじゃないの。一体どうやって調べたのかしら?」

 

レミリアの詰問に、八雲はこれまた胡散臭い笑みを浮かべながら説明してくる。

 

「私の能力もとっても便利なの。『境界を操る程度の能力』と呼んでいるのだけれど……そうね、例えばさっき攻撃を吸い込んだスキマは空間の境界を操って開けたものよ。」

 

言いながら、自身の隣に小さな裂け目を作った。見れば、裂け目の中には異形の目がギョロギョロと蠢めいている。なんとも趣味の悪いヤツらしい。

 

「それに、貴女たちのことを知っているのは、私が眠っている間に夢と現の境界を操って貴女たちを観察していたからなの。」

 

概念レベルの事象にも干渉できるのか? それはまた……反則じみた力だ。強弁すれば、境界を持っていないものなどこの世に存在しないだろうに。どうやらこいつは、ちょくちょく耳にするような『反則級』の妖怪らしい。余裕があるのも頷ける。

 

「ふん、どこまで本当なんだか。……それで、具体的な用件は何なの? 覗きが趣味の大妖怪さん。」

 

「覗き云々はさて置いて、先程も説明した通り、今日は相談があってお邪魔したのよ。えーっと、どこから説明すればいいかしら……。」

 

八雲がそう言ったところで、美鈴が紅茶をトレイに載せて入室してきた。三人にティーカップを配り終わると、彼女は私とレミリアの後ろに立って微動だにしなくなる。こういう時は頼もしいな。

 

八雲は躊躇わず紅茶に口をつけて、満足そうな表情をしながら語りだした。

 

「先ずは……幻想郷について説明するわ。レミリアちゃんが見たのは、おそらくその場所での景色よ。」

 

レミリアちゃん、の辺りでレミリアが眉を吊り上げるが、八雲は無視して話を続ける。いい度胸してるじゃないか。

 

「簡単に言えば、人外と人間が共存している場所よ。勿論、外界……つまりこの場所からは隔離しているわ。私たちが作り上げた、私たちの理想の場所。」

 

「俄かには信じ難い話ね。人外と人間が共存? あんたの力で抑え付けてるの?」

 

「今は、ね。そして私はそれを変えたいと思っているのよ。私が介入しなくとも、人妖のバランスが取られるようにしたいの。」

 

幻想郷? 聞いたことはないが、八雲の能力が本人が言う通りのものであれば、確かに創り出すのは難しくないだろう。

 

「それで、その為のルール作りへの協力をお願いしたいというわけ。詳しく話すと長くなるから端的に聞くわ。……幻想郷に移り住む気はないかしら?」

 

「……妙な話ね。そんなことをして私たちにメリットがある?」

 

レミリアの質問に対して、八雲は指を一本一本立てながら答えを返す。

 

「第一に、幻想郷ではフランドールちゃんが普通に遊べるような存在が珍しくないわ。第二に、こちらの世界のように人間から隠れる必要がなくなる。第三に、かわいいゆかりんにいつでも会える。どうかしら?」

 

三番目は無視するとして、他は確かに魅力的かもしれない。フランも同格の存在ならば気兼ねなく付き合えるだろうし、大手を振って夜空を飛び回れるのも気分が良さそうだ。

 

反面、アリスは友達と離れるのを嫌がるだろうし、八雲が言うルールとやらも面倒なものになりそうな気がする。そもそも八雲が信用できるかは未知数なのだ。

 

黙考するレミリアと私に、八雲が妥協案を口にする。

 

「まあ、いきなりこんな事を言われても困るでしょう? こちらも準備があるし、何も今すぐどうこうという話じゃないのよ。先ずはフランドールちゃんをこっちの学校に通わせてみて、どうしても適応できなさそうなら考えてみてくれないかしら?」

 

「随分と私たちに都合のいい話ね。」

 

「それだけ期待しているということよ。貴女たちはそれなりの力を持っているけど、同時に人間と深く関わっている。幻想郷にルールを定めるきっかけとしては最適だわ。」

 

「それで、フランの問題はどうやって解決するつもりなの?」

 

レミリアの質問に、八雲は顔の横で指をピンと立てながら戯けた様子で答える。動作の一つ一つが胡散臭いヤツだな。

 

「簡単よ。人間と吸血鬼との境界を弄ればいいの。調節は効くし、部分的に人間に近づけることも可能よ。」

 

「何でもありね。」

 

呆れ果てたようなレミリアの声を聞いた八雲は、紅茶を飲み干してから立ち上がると、空間に例の裂け目を開いてから振り返る。

 

「今日のところはこの辺で失礼しましょう。色々と考えることがあるでしょうし、返事はまたいずれ聞きに来るわ。」

 

「次は玄関から入ってもらうわよ。」

 

「努力はしますわ。」

 

どこからか取り出した扇で口元を隠し、くすくすと笑いながら八雲は裂け目に消えていった。最後の最後までふざけたヤツだ。

 

裂け目が完全に消えてから、レミリアが私と美鈴に向かってポツリと呟いた。

 

「さて、どう思ったかしら?」

 

「とりあえず、一つだけ確かなことがあるよ。」

 

「私もですねぇ。」

 

抽象的なレミリアの質問に、私と美鈴が答える。確実に言えることが一つだけあるのだ。三人で顔を見合わせて、同時に言葉を口にする。

 

「胡散臭いわね。」

 

「胡散臭かったね。」

 

「胡散臭いですね。」

 

揃った答えに苦笑しながら、アンネリーゼ・バートリは未だ見ぬ幻想郷について考えを巡らせるのだった。

 


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