Game of Vampire   作:のみみず@白月

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人形の魔術師

 

 

「これはまた、予想以上に美しい方だ。顔が醜かったらどうしようかと心配していたのですが、これなら何の問題もありません。『手直し』しなくても充分なほどです。……喋っていただけませんか? 声も聞いておきたいのですが。」

 

芝居がかった身振りと、よく通る高めの声。流暢に喋る男から視線を外さないように気を付けつつ、アリス・マーガトロイドは互いの距離を測っていた。十五メートルくらいか。遠いとまでは言えないものの、テッサを無事に取り戻すには難しい距離だな。

 

「……テッサは無事なの?」

 

男のすぐ横に立つ六本腕のデッサン人形に羽交い締めにされたまま、目を閉じてピクリとも動かない親友。テッサの方をちらりと見ながら問いかけてみると、男は嬉しそうな笑みを浮かべて答えてくる。黒いテールコートに黒いベスト、駄目押しとばかりの黒いボウタイ。そしてシャツは鮮やかな赤だ。人外だけあって無茶苦茶だな。人間のファッションマナーを守る気などさらさらないらしい。

 

「おや、良い声だ。欲を言えば年齢はもう少し幼い方が好みなのですが……まあ、特に問題ありませんね。ちなみに下着はどんなものを着けていますか? 正確な胸の大きさも知っておきたいのですが。」

 

「質問に答えて頂戴。」

 

なんだこいつは。気持ちが悪いヤツだな。ジロジロと身体を眺めてくる男に嫌悪感を覚えながら、厳しい目付きでもう一度飛ばした質問に……男はどうでも良さそうな口調で返事を寄越してきた。

 

「ああ、何でしたっけ? この女ですか? 気絶しているだけで無事ですよ。そんなことより、瞳は青いんですね。私は薄めのグリーンが一番好きなのですが、青も嫌いではありません。明るいブロンドに良く映えています。……それと、吸血鬼さんも姿を現してもらって結構ですよ。このままだと話し難いでしょう?」

 

リーゼ様の存在にも気付いていたのか。男の言葉と共に私の眼前の空間がじわりと歪み、滲み出るように黒髪の吸血鬼が姿を現す。もちろん皮肉げな第一声を放ちながらだ。

 

「ふぅん? そこまで鈍くはないわけだ。意外だね。そんな格好をしているから単なる間抜けなのかと思ったが。」

 

「どうも、マドモアゼル。吸血鬼なのに隠れるのがお下手ですね。簡単に分かりましたよ。」

 

「んふふ、手加減してやったのさ。後で本気を見せてあげるよ。……見えないだろうけどね。」

 

「それは楽しみです。……しかし、貴女も貴女で可愛らしい見た目をしていますね。恥ずかしながら吸血鬼を直に目にしたのは初めてでして、翼の付け根がどうなっているのかが気になります。服を脱いで見せていただけませんか?」

 

お前なんぞにリーゼ様の貴重な柔肌を見せるわけないだろうが。ムカムカする内心を抑えながら文句を言ってやろうと口を開きかけたところで、それより先にリーゼ様が話を進める。かなり呆れた声色だ。

 

「キミが異常性欲者だってのはよく分かったが、それは今必要ない情報なんだ。発情してる暇があるならさっさと小娘を返してくれないか? ムッシュ。」

 

「おっと、これは失礼。まだ名乗っていませんでしたね。私はエリック。しがない人形作り兼魔術師をしております、エリック・プショーと申します。どうぞお見知りおきを。」

 

「バートリだ。……それで、質問の答えは?」

 

「勿論ノンです、マドモアゼル・バートリ。『これ』を返してしまうとお嬢さん方との楽しい会話が終わってしまうでしょう? そんなこと私には耐えられませんよ。」

 

大仰な動作で嘆いたプショーは、人形に捕らわれているテッサの髪を弄りながら話題を変えてきた。苛つく男だ。乙女の髪を勝手に触るなよ。

 

「ところで、私が作ったビスクドールはどうでしたか? イギリスの人形作りさん。見事な出来だったでしょう? ……やはり人形の題材として最も適しているのはあの年頃の少女です。無垢で、可愛らしく、何より弱々しい。弱者への庇護欲というのは愛に似ています。私はあの子を作っている時、確かな愛を感じましたよ。甘美な愛を。」

 

「異常よ、貴方は。そんなものは愛じゃないわ。」

 

「いいえ、間違いなく愛ですよ。私は人形にすることであの子の美しさを永遠のものにしたのです。……うーん、我ながら陳腐な台詞ですね。これではオリジナリティが無い。少々お待ちいただけますか? もっと心に残る台詞を考え出してみせますから。」

 

吐き捨てた私に苦笑しながらそう言った後、本当に腕を組んで考え始めたプショーへと、リーゼ様が退屈そうな顔で批判を投げる。……今気付いたが、周辺がいやに静かだな。プショーがマグル避けのような魔法を使っているのかもしれない。

 

「悪いが、キミの三文芝居に付き合うつもりはないんだ。さっきの劇も全然面白くなかったしね。殺人人形、閉ざされたホテル、捻じ曲がった顔、六本腕の人形、そして永遠の美しさ。……全てが二番煎じじゃないか。演出家としては評価されているようだが、脚本家には致命的に向いてないよ、キミ。」

 

「いやぁ、痛烈ですね。しかしながら、数ある演劇というのは大抵が二番煎じでしょう?」

 

「二番煎じでも面白ければ文句はないし、退屈でもオリジナリティがあれば救いがあるが……キミのは二番煎じかつ詰まらないじゃないか。いいから早くその小娘を渡したまえよ。飽きてきたぞ、私は。」

 

「まあまあ、お待ちください。最後にどんでん返しがあるかもしれないでしょう? 演劇というのは最後まで観てから評価するものですよ。」

 

慌てた様子で言い訳を述べたプショーは、懐から何かを……私の人形か? 私が昔作った人形を取り出しながら口を開いた。

 

「これ、覚えていらっしゃいますか? 貴女が作った人形ですよね? マドモアゼル・マーガトロイド。」

 

「そうよ。」

 

「いやはや、良い出来です。技術的に粗削りな部分は多々ありますが、貴女の人形からは信念を感じる。心打たれました。」

 

「貴方に褒めてもらっても嬉しくないわね。」

 

心の底からの感想を返してやれば、プショーはやれやれと首を振りながら会話を続けてくる。

 

「嫌われてしまいましたね。……ですが、評価は変わりません。私は貴女の人形が素晴らしいものだと感じた。だからそう、欲しくなったのですよ。私も他の魔術師や魔女と同じく、己の欲望には忠実なタチでして。『我慢』というのが苦手なのです。」

 

「悪いけど、貴方に人形を売るつもりはないわ。その子も返してくれないかしら? 私の友人と一緒にね。」

 

「ああいや、欲しくなったのは人形ではありません。貴女ですよ。貴女が欲しくなったんです。」

 

「……どういう意味?」

 

愛の告白にしては直接的すぎる台詞だな。背筋を走る怖気に耐えつつ聞いてみると、プショーはにっこり微笑みながら返答ではなく質問を送ってきた。

 

「マドモアゼル、貴女が目指しているのは意思ある人形だ。自分で考え、自分で動き、泣き、笑い、成長する人形だ。……違いますか?」

 

「だったらどうだって言うのよ。」

 

「やはりそうですか! 私も同じですよ。……私は昔から人間が大嫌いでしてね。愚かで、すぐに裏切り、簡単に惑わされるあの連中には虫酸が走ります。だから私は人形を愛した。私が作った、私を決して裏切らない人形たちを。私の望むままに、意のままに動く人形たちを。……だけど、徐々に不満が湧いてきたのです。罪深い私はそれ以上を欲してしまったのです!」

 

急にハイテンションな早口になって気味が悪いぞ。そこで大きく両手を広げたプショーは、次に自分の身を抱きしめながら言葉を繋げる。ぎこちない、滑稽な動作だ。役者としても三流らしい。

 

「故に私は作ろうとしました。私の操作を必要とせず、私が予想しない言葉で愛を囁き返してくれる人形を。より完成度の高い独立した人形を。そのために魔の道へと足を踏み入れ、魔術師となった私は……遂に完成させたのですよ! 理想の人形をね!」

 

まさか、こいつは自律人形を完成させているのか? 抑えきれない驚愕を自覚していると、あんまり興味なさそうなリーゼ様が声をかけてきた。プショーに対して小馬鹿にするような薄笑いを向けながらだ。

 

「アリス、期待しない方がいいぞ。キミの選んだ道とこいつが選んだ道は違う。だったらこいつがたどり着いた場所はキミの目指す場所とは違うのさ。」

 

「申し訳ありませんが、少し黙っていてくれませんか? マドモアゼル・バートリ。今の私は人形作りとして話をしているのです。吸血鬼の出る幕ではない。……貴女の出番は後で作りますから、ここは舞台袖で大人しく──」

 

「キミにとっては残念なことに、出来る主役ってのは三流の脚本なんぞに従わないのさ。……人間を素材にしてビスクドールを作ってる時点で大体の想像は付くよ。察するにキミ、『脳みそ』を自作できないから既存のものを使っただけだろう? 人間を創造した『偉大なる設計者どの』に膝を屈したわけだ。情けない話だね。」

 

「……これはこれは、鋭い方ですね。」

 

脳みそ? ……つまりこいつ、人間を人形に作り変えたのか。一から自律心を作るのではなく、『完成品』をベースにして思考する人形へと組み直したわけだ。私の予想を肯定するように、プショーは肩を竦めながら『人形作り』の詳細を語り始める。

 

「ゼロから作るより、既存の材料を使った方が早いでしょう? ですから私は心を生み出すのではなく、人間を『改良』することにしたわけです。余計なことを考えないように必要のない部分を切除し、追加のパーツを動かせるように神経を繋ぎ、自我を持たせたままで忠誠心を保つ。……実に難しい作業でしたよ。壊れないように胴体や四肢を取り替えるのも結構な手間ですしね。ぶよぶよした肉なんて好みじゃありませんから。人間というのは脆くていけない。」

 

「ふぅん? ……キミが作ったのは人間の粗悪品であって、『人形』じゃないと思うけどね。」

 

「見解の相違ですね。人形の上位として人間があるわけではなく、人間の改良品が人形なのですよ。私の子供たちは裏切らないし、嘘を吐かない。出来損ないの人間どもとは大違いの良い子たちです。そうは思いませんか? マドモアゼル・マーガトロイド。」

 

「思わないわね。」

 

きっぱりと断言してから、意外そうな顔をする勘違い男に文句を飛ばす。リーゼ様が言っていたように、この男の目指す人形は私の目指す人形とは違うのだ。

 

「裏切らないと設定されたから裏切らない、嘘を吐かないと設定されたから嘘を吐かない。そんなものは単純な操り人形と変わらないわ。……私の目指す人形は時に持ち主を諌め、必要とあらば嘘を吐けるような存在よ。人間に寄り添い、共に成長していけるような自律した人形。家族であり、兄妹であり、親友でもある。そこに植え付けられた忠誠心なんて必要ないわ。違った考えをぶつけ合える存在なればこそ、本当の信頼が生まれるの。」

 

「それは……それでは『人間』になってしまいますよ? 人形ではない。」

 

「私は人形を人間のような存在にすることを求め、貴方は人間を人形にしようとした。そういうことでしょ。私と貴方は違うわ。決定的にね。」

 

「……なるほど、なるほど。貴女は人形が好きだが、人間が嫌いではないわけだ。少しガッカリしました。もしかしたら程度には予想していましたが、まさかそこまで考えが曇っているとは。」

 

曇っているのはお前の方だぞ。睨み付けることでそのことを伝えてやれば、プショーは興醒めしたような態度で投げやりな声を放ってきた。

 

「残念ながら、大幅な再設定が必要なようですね。人形作りの腕に影響が出るかもしれない改良は嫌だったのですが……仕方ない、物事が上手く進まないのはいつものことです。我が身の不運を呪いましょう。」

 

「……キミ、まさかアリスを人形にしようとしているのかい?」

 

「当たり前でしょう? そのために誘き寄せたんですから。……私の『主題』を達成するには人形を作れる人形が必要なのです。しかし、出来の悪い人形を作らせるのは私のプライドが許さない。その点マドモアゼル・マーガトロイドなら問題ありません。思想はともかく、作る人形は見事なものですから。見た目もまあ気に入りましたよ。四肢を弄りすぎると上手く人形を作れなくなってしまうかもしれませんし、既存の状態で美しいのは好都合でした。……何より貴女は魔女だ。老化する心配がないのはかなりのメリットです。年老いた人間ほど醜いものはありませんから。」

 

「そう、そこだよ。そこが疑問なんだ。キミ、どうして魔女だと知って尚アリスにちょっかいをかけたんだ? アリスが魔女であることを突き止められたなら、後ろ盾がどんな存在かも知り得たわけだろう?」

 

リーゼ様が小首を傾げながら口にした疑問に、プショーはなんでもないような表情で軽く答える。

 

「簡単ですよ、吸血鬼相手ならいくらでもやりようがあるからです。さすがにイギリスの人外の縄張りを荒らして、かつ自身の工房に居る『図書館の魔女』を相手にするのは難しそうだったので、こうやって私の縄張りに誘導させていただきましたがね。スカーレットはともかく、バートリなんて名は聞いたことがありませんから。」

 

「……なーるほど。つまりあれだ、キミは吸血鬼の頂点たるバートリ家を、夜の支配者たるこの私をナメてるわけだ。まさかここまで世間知らずの魔術師がのさばってるとは思わなかったよ。フランスの人外も格が落ちたもんだね。」

 

うわぁ、怒ってるぞ。口の端をヒクつかせながら喋るリーゼ様へと、プショーは小さくため息を吐いて首肯を返した。凄い度胸だな。私なら絶対にやらない愚行だぞ、それは。

 

「実際のところ、吸血鬼の時代はもう終わりましたよ。既に衰退した弱点だらけの『出来損ない種族』でしょう? 今は現代的な魔術師の世です。……まあ、一応貴女も人形にはしてあげますから、そこまで気を落とさなくても──」

 

プショーがそこまで言った瞬間、リーゼ様が視認できないスピードで何かを放つ。刹那の後にはテッサを捕らえていたデッサン人形がバラバラに吹き飛び、捕らわれていた親友がこちらに向かって猛スピードで引き寄せられた。……一瞬だったな。何をどうしたのかはさっぱりだが、とにかくテッサを救出できたらしい。

 

妖力で操っているのだろうか? 空中に力なく浮かぶテッサをこちらにひょいと放った後、慌てて抱き留めて親友の重さに唸る私を尻目に、リーゼ様は静かな怒りを秘めた声でプショーに宣告する。テッサめ、ちょっと太ったな。重いぞ。

 

「さて、捕らわれの小娘は救出したことだし、次はキミを苦しめてから殺すよ。命乞いの語彙を整えておきたまえ。」

 

「そんな娘は端からどうでも良いですよ。……とはいえ、先ずは貴女を処理した方が良さそうですね。ルーマス・ソレム(太陽の光よ)!」

 

杖魔法? 意外な攻撃手段に私が驚く中、杖から射出された陽光がリーゼ様に浴びせかけられるが……うーん、そりゃそうだ。陽光を受けて平然としている吸血鬼を見て、プショーは引きつった笑みで問いを呟いた。予想と違う反応だったらしい。

 

「……どういうことでしょうか? 陽光は吸血鬼にとって最大の弱点なのでは?」

 

「どういうことだろうね。冥府でじっくり考えたまえ。」

 

リーゼ様が鼻を鳴らして応じた直後、何の脈絡もなく周囲の光がブツリと消え失せる。先程劇場内で経験した暗転。誰もがあれを『真っ暗になった』と表現するだろうが……これに比べればまだ明るかったな。今目の前にあるのは純粋な闇だ。目を瞑っても、その上から手で塞いでも、絶対に経験できない本当の闇。リーゼ様が能力を使ったわけか。

 

だけど、これだと私も身動きできないぞ。テッサを抱えたままで身を屈めていると、急に何かが壊れるような轟音が聞こえてきた。その直後に巨大な水音が、更に一瞬を挟んで爆発音と建物が崩れるような音が響く。……ひょっとして、プショーは視界ゼロで戦えているのか?

 

でも、私には何も出来ない。杖を握りながらそのことを情けなく思っていると、すぐ近くで木材が折れるような音がしたと共に、唐突に世界の明るさが戻ってきた。明るさに眩む目を瞬かせた後、急いで周囲を確認してみれば……不満そうな表情ですぐ側に立つリーゼ様の姿が視界に映る。ついでに言えば盛大に壊れた路地の光景もだ。

 

「……逃げられちゃったよ。足を捥いでやったんだけどね。どうも自分のことまで『改良』してたみたいだ。」

 

うんざりしたように報告してきた無傷のリーゼ様は、私の目の前に革靴付きの足をぽいと投げてきた。プショーの足、か? 地面に落ちた時にカランという乾いた音を立てたし、『自前』の足ではないようだ。

 

「えっと、何があったんですか?」

 

半壊している路地に面するアパートメント、雨でも降ったかのように濡れている地面、周囲に転がる大量のデッサン人形の残骸。それらを順番に指して聞いてみれば、リーゼ様はため息を吐きながら戦闘の顛末を語り出す。

 

「生意気にも杖魔法で流水を生み出してきたんだよ。あの建物はそれを妖力弾で吹き飛ばした時に勢い余って壊しちゃったんだ。それでまあ、近付いて足を掴むところまでは上手くいったんだが……周囲に大量の人形を潜ませてたみたいでね。そいつらがキミたちの方を狙ったもんだから、私はこっちに戻らざるを得なくなって、その間にプショーは自分を人形に運ばせてとんずらってわけさ。初手の妖力弾で片腕も潰してやったんだが、あの様子だとそっちも改良済みかな。痛がってるようには見えなかったしね。」

 

「リーゼ様は怪我してませんか?」

 

「するわけないだろう? ……ま、今回の戦闘で色々と分かったよ。あの男の作る人形が必ずしも視界を頼りにしていないってことや、吸血鬼に詳しくないってことがね。」

 

「でも、陽光や流水を使ってきたんですよね? 結構調べたみたいですけど。」

 

少なくともプショーはリーゼ様が魔法界における一般的な吸血鬼じゃないことは知っていたわけだし、あまり効果がない十字架やら木の杭やらを使ってこようとはしなかった。そこそこ詳しくはあるんじゃないか?

 

テッサが気絶しているだけなのを再確認しながらの私の質問に、リーゼ様はニヤリと笑って返答を送ってくる。

 

「例えばだ、アリス。プショーが最初に使ってきた陽光の呪文。あれをレミィに使ったとして、効果があると思うかい?」

 

「あると思いますけど……無いんですか? エマさんは陽光を避けてますよ?」

 

「んふふ、勉強不足だね。確かに普通の吸血鬼は陽光を浴びれば重度の火傷を負うし、激痛が走るし、徐々に身体が崩れて灰になっていくわけだが……それでも即座に死ぬほどではないんだ。私以外の吸血鬼でも、文字通り『死ぬ気で』我慢すれば短時間なら陽光の中で動くことが出来るのさ。である以上、あれは悪手なんだよ。初手に使うのであれば動きを制限できる流水を利用するのがベストであって、陽光なんか当てても吸血鬼を怒らせるだけだ。怒った吸血鬼が何をするかなんて言わずもがなだろう? 火傷だって陽光から外れれば再生しちゃうわけだしね。」

 

「要するに、夜に吸血鬼を相手にするときは先ず流水を使えってことですか。」

 

吸血鬼の家人たる私にはあまり使い所がない情報だな。私が苦笑しながら放った言葉を受けて、リーゼ様は肩を竦めて頷いてきた。

 

「その通り。これがもしパチェだったら準備を重ねて、周辺一帯に大雨でも降らせただろうさ。しかし、プショーはそうしなかったわけだ。……直に吸血鬼を見たことがないっていうのは嘘じゃないみたいだね。使った流水にしたって本来細かく降らせるべきなのに、あいつは大きな波として放ってきた。対吸血鬼の戦術に詳しくないのは確定だよ。思ったより新参の魔術師なのかもしれないぞ。」

 

「もしかして、パチュリーより若かったりするんでしょうか?」

 

「どうかな。にしてはあの人形は魔の領域に入りすぎているし、百から二百歳ってとこじゃないか? ……あとはまあ、自分が前に出て戦うタイプの魔術師でもないらしいね。本人が杖魔法を使ってたのを見るに、あの男は使役した人形に戦わせるのを主たる戦法としているみたいだ。」

 

「……同じ『本物』でもパチュリーとは結構違うんですね。」

 

パチュリーは自分で強力な魔法を行使する魔女だ。対するプショーのやり方は……あまり認めたくはないが、私の目指す戦い方に近いものがあるな。脳裏に師匠たる紫の魔女を思い浮かべている私に、リーゼ様は人形の残骸を手に取りながら答えてくる。

 

「魔女や魔術師なんて千差万別だからね。吸血鬼は生まれながらの『種族』だが、キミたちのそれはむしろ『在り方』だ。至るまでの道筋が様々なら、至った後の目的地も多種多様。同じ本物でも基本的には別種の存在だと思った方がいいよ。悪霊や吸血鬼が魔女になった例もあるほどさ。」

 

「覚えておきます。」

 

悪霊というのはイメージが湧いてこないが、吸血鬼が魔女ってのは凄そうだ。まだまだ知らない世界があるんだなと改めて実感していると、腕の中のテッサが呻きながらモゾモゾと動き始めた。目を覚ましかけているらしい。

 

「おっと、それじゃあ私は消えるよ。逃げたネズミの対処については後で話し合おう。」

 

「へ? ……あの、でも──」

 

私が言い切る間も無く、リーゼ様は滲むように姿を消してしまうが……これ、どうやって説明すればいいんだ? 私がやったことにしないといけないのか? 特にあのアパートメントとか。

 

路地裏に広がる惨憺たる光景を眺めながら、アリス・マーガトロイドは痛む額を押さえるのだった。

 


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