Game of Vampire 作:のみみず@白月
「……あーもう、本当にダメ。」
フランス魔法省の地下三階。出来たての通路にあった木製のベンチに座りながら、テッサ・ヴェイユは情けない気分で独り言を呟いていた。何の役にも立てなかったどころか、結果だけ見れば単なる足手纏い。一体全体何のために付いて行ったんだ、私は。
グラン・ギニョール劇場で起こった騒動から二、三時間が経過した現在、私たちは『安全地帯』であるフランス魔法省での待機を余儀なくされている。バルト隊長によればフランス魔法省は事件の危険度を数段階上げたそうで、今や治安保持局の局長どころか魔法大臣まで交えた会議をしているようだ。
まあ、無理もないか。劇場の戦いでは死者が五名も出てしまったのだから。闇祓いが二人と、観劇に来ていたマグルが三人。もちろん負傷者の数はそれより多い。バルト隊長も足を怪我したようだが、処置をされながら毅然として働いていた。……犯人に捕まってアリスのお荷物になった挙句、何一つ役に立てなかった私とは大違いだな。
数時間前の私の記憶は、劇場内で上から降ってきた何かに羽交い締めにされたところで途絶えている。そして目が覚めた時には全てが終わっていた。私を取り戻そうとしたアリスが何とか犯人を追い払って、それと同時に劇場の中の人形たちが一斉に動かなくなったそうだ。後に残ったのは数多の怪我人と、気を失った状態で楽屋に監禁されていたグラン・ギニョール座の団員と、意味不明な状況に混乱する観客たち。記憶修正作業は現在も終わっていないらしい。
そんな慌ただしい魔法省のベンチで、特にやることもなく大人しく座っている私。アリスは犯人のことを説明するのに忙しいみたいだし、運輸局のパパでさえもが他局の応援に動いているというのに……私は何をやっているんだろうか? かといって出しゃばっても迷惑だよなぁとため息を吐いていると、私の前に立った誰かが話しかけてくる。
「あれ、ヴェイユさん? どうなさったんですか? こんなところで。」
透き通るような高めの声を聞いて、ゆっくりと顔を上げてみれば……ラメットさんだ。ヨーロッパ特急で知り合った記者見習いのマリー・ラメットさんが立っているのが目に入ってきた。キチッとしたスーツ姿で、肩には『報道』と書かれた腕章を着けている。取材に来たのかな?
「ありゃ、ラメットさん? 取材ですか?」
「ええ、先輩たちの付き添いで来てまして。今パリで起こっている連続誘拐事件に進展があったみたいなんです。……ヴェイユさんはどうしてこんな場所に?」
「私は……何と言えばいいのか、その事件に関わってまして。より厳密に言えば勝手に首を突っ込んでるだけなんですけどね。」
関係者なのはアリスであって、私じゃない。私は意味もなく付いて行って迷惑になってるだけだ。苦い思いで曖昧な説明を口にすると、ラメットさんは少しだけ私の顔を見つめた後、困ったように苦笑しながら隣に座り込んできた。
「んー、元気がないみたいですね。何があったんですか? ……実は私、詳しいことは全然知らないんです。今日も先輩たちの荷物持ちとして来ただけで、仕事が終わるまで適当に待ってろなんて言われちゃいました。だからほら、相談に乗るくらいは出来ますよ?」
「いやいや、そんなの悪いですよ。」
「いいえ、ここで会ったのも何かのご縁です。……これは外しておきましょうか。個人として話を聞かせてください。」
うーん、良い人だな。優しげな笑みで腕章を外したラメットさんに、頰を掻きながらぼんやりとしたあらましを語る。折角気を使ってくれてるんだし、ちょっと話すだけなら問題ないだろう。
「えっとですね、実はアリスが事件に巻き込まれてるんです。フランスに来たのもその所為なんですけど……まあその、私は付いて来るべきじゃなかったのかなと思いまして。放っておけなくて無理やり引っ付いて来たのに、全然役に立ててないどころか迷惑ばっかり。それに落ち込んでたってわけですよ。」
「マーガトロイドさんが? お怪我とかはしていないんですよね? 死者がどうこうって先輩が言ってましたけど……。」
「アリスは無事ですよ。彼女は役にも立ってましたしね。……私は全然ダメでした。初めて人が死ぬ瞬間を見て、それが怖くて上手く動けなくなっちゃったんです。正直に言うと、まだ怖いくらいでして。」
斧で殺された闇祓い。フーケと呼ばれていたベテランらしき男性。私はあの人のことを何も知らないが、きっと家族や友人が居たはずだ。……パパやママから聞かされていた大戦の話、学生時代にマグル生まれの子から教えてもらったマグルの戦争、新聞の中で繰り広げられていたスカーレットさんとグリンデルバルドの攻防。あの頃はこういうことが日常だったのだろう。
理解した気になっていて、実際は何一つ分かっていなかったわけだ。人間の死というのは私が思うよりもずっと、ずっと重いものだったらしい。あまりに呆気なく起こった殺人のことを思い出していると、ラメットさんは私の手をそっと握りながら語りかけてきた。
「……ショックですよね。私も目の前で人が死んだのを見たことがあります。ダームストラングの五年生の時、私たちのグループのリーダーをしていた人が殺されたんです。グリンデルバルド派の最上級生と口論になって、最終的にはお互いに杖を抜く事態にまで発展しました。……死の呪いで一瞬でしたよ。放った当人も呆然としていたくらいです。」
「それって……どうなったんですか?」
「騒ぎを聞きつけた教官たちがやってきて、その場に居た全員が寮に押し込められて三日間外出禁止になった後、呪いを放った生徒が退学になって終わりです。フランスに戻ってから調べたんですけど、殺された生徒のご両親も大戦で亡くなったんだとか。……あの人が生きてた証拠は何一つ残ってませんでしたよ。ダームストラングで私たちのことを必死に守ってくれた人なのに、こんな結末だなんてあんまりだと思いました。……だから私は記者を目指すことにしたんです。忘れるべきじゃないことを、忘れさせないために。」
もしかしたら、殺された人はラメットさんにとって大切な人だったのかもしれない。だって『あの人』と口にした時、彼女はひどく切ない顔をしていたのだ。私が何も言えずに儚げな横顔を見つめていると、ラメットさんは苦い笑みで話を続けてくる。
「ごめんなさい、私の身の上話になっちゃってますね。つまり、私が言いたいのは動揺するのは仕方がないってことなんです。ヴェイユさんはホグワーツで教師をしているとおっしゃっていましたよね? もし私が生徒だったら、人の死に一切動揺しないような人には教えてもらいたくありません。ヴェイユさんの反応は至極真っ当なんじゃないでしょうか?」
「それはそうかもしれませんけど……でも、アリスはきちんと動けてました。それが少し気になっちゃって。」
……ああ、そうだ。目の前で人が死んだのと同じくらい、私にとってはそれがショックだったのだ。同じ速度で一緒に歩いていたはずの親友。だけど、実際はそうじゃなかったのかもしれない。
学生時代にアリスの方が成績が良かった時も、人付き合いが上手かった時もこんな気分にはならなかったのに。素直に凄いと思えたし、自分の親友が優秀なんだと誇らしくなったくらいだ。でも、今は……何故だかアリスの背中がずっと遠くに見えてしまう。
私はきっと、アリスが危ない時には隣に立って一緒に戦うことになるのだと思っていた。おバカな私は何の保証もなくそうなるのだと信じていたのだ。それなのに、蓋を開けてみればこの結果。隣に立つどころか邪魔になってるじゃないか。
どこで差が付いちゃったんだろう? 昨日までは横顔を見ていたはずなのに、今日見えるのは遠い背中だ。そのことが情けなくて、悔しくて、寂しくて堪らない。このままズルズルと引き離されてしまえば、足手纏いにしかならない私はアリスに付いて行けなくなってしまう。今日のような出来事があった時、私は彼女を見送ることしか出来なくなっちゃうじゃないか。
そんなのは嫌だぞ。他の誰に負けようが、追い越されようが構わないけど、アリスとだけは対等の存在でありたいのだ。無意識に手を握りながら唇を噛む私に、ラメットさんが何かを言おうとしたところで……両手にマグカップを持ったクロードさんが近付いてきた。
「テッサさん、ここでしたか。こちらの方は?」
「あら、その隊章……闇祓いの方ですか? マリー・ラメットと申します。ミラージュ・ド・パリの記者です。」
「闇祓い隊のクロード・バルトです。……申し訳ありませんがそちらの方は一般の方ですので、取材はご遠慮願います。」
おっと、勘違いされちゃってるな。丁寧だがきっぱりと言い放つクロードさんへと、誤解を解くべく口を開く。
「ああいや、違うの。ラメットさんは昨日知り合った人で、ちょっと相談に乗ってもらってただけだから。」
「それは……失礼しました、ラメットさん。無礼な発言をお許しください。」
「いえいえ、本来取材に来ているわけですしね。勘違いされるのも仕方ないですよ。……では、私はこれで失礼します。先輩たちが探しているかもしれませんし。」
おっとりした笑顔で立ち上がったラメットさんは、腕章を着け直した後で私に助言を寄越してきた。
「ヴェイユさん、マーガトロイドさんと貴女の反応が違うのは当然のことなんだと思います。だけどそれは……何と言えばいいか、悪いことではないんじゃないでしょうか? 同じ考え方の二人組より、別々の考え方をする二人組の方がずっと素敵ですよ?」
「素敵、ですか。」
「はい、そうです。その方が並べた時に見栄えが良いですしね。」
「あー……なるほど?」
『見栄え』ね。独特なワードチョイスだな。分かるような、分からないような発言と共に去って行ったラメットさんを見送っていると、クロードさんが私にカップを渡しながら怪訝そうな表情でポツリと呟く。中に入っているのはコーヒーか。気を使って持ってきてくれたらしい。
「どうぞ、コーヒーです。……五階までご案内した方が良かったでしょうか?」
「ん、ありがとう。案内って?」
「報道発表が行われているのは五階の大会議室ですから。三階に来ても何もありませんし、迷ってしまったのかと思いまして。」
「んー、もしかしたらそうなのかも。まだ記者見習いって言ってたから。」
だとすれば、偶然迷い込んだ先で私と出会ったわけか。運命を感じるな。意外にもアイスだったコーヒーを飲みながら考えていると、隣に座ったクロードさんが言い辛そうに話題を変えてきた。
「……申し訳ありませんでした、テッサさん。」
「へ? いきなりどうしちゃったの?」
「きちんと謝罪しておくべきだと思いまして。……私は貴女とマーガトロイドさんのことを守れませんでした。護衛として恥ずべき結果です。」
「んー……あの状況じゃ仕方なかったって言っても納得できないよね、クロードさんは。」
苦笑を浮かべて聞いてみれば、生真面目な闇祓いさんは予想通りの首肯を返してくる。
「貴女が連れ去られようとした瞬間、マーガトロイドさんは見事に反応しました。しかし、私は出来なかった。……護衛任務に就いている闇祓いにも関わらず、あの時の私は父の戦闘に僅かに気を取られていたんです。」
「いやー、父親が危ない目に遭ってる時に集中なんて出来ないんじゃないかな。」
「ですが、すべきでした。私は闇祓いなんですから。……お二人が無事で本当に良かった。マーガトロイドさんにも謝罪と感謝をすべきですね。」
「……私たちはともかく、クロードさんは大丈夫なの? その、犠牲者の方のこととか。知り合いだったんでしょ?」
同僚が二人も亡くなったのだ。私たちよりショックは大きいだろう。おずおずと問いかけてみると、クロードさんは目を伏せながら小さく頷いてきた。
「皆覚悟はしていますから。闇祓いにとって死者を悼むのは二の次です。先ずは犯人を捕らえなければいけません。」
「そっか。……難しい職業だね、闇祓いって。尊敬するよ。」
人の死に関わる仕事か。こんな風に動揺している私には務まらないような職種だな。しみじみと私が言ったところで、クロードさんが自分のカップをベンチに置いて立ち上がる。
「少し待っていてくれますか? やはり先程の記者さんを案内してくることにします。あの腕章を着けている状態で立ち入り禁止の部屋に迷い込んでしまうと、あらぬ誤解を招いてしまいそうで心配です。ここで案じているくらいなら行動に移すべきでしょうし。」
「あー、そうした方がいいかもね。ここで待ってるから行ってきてあげて。」
「すぐに戻ってきます。」
律儀に断った後でラメットさんが去った方向へと歩いて行くクロードさんを横目に、ベンチに深く座り直してからもう一度コーヒーに口を付けた。まあうん、確かにちょっと心配ではあるな。クロードさん曰く『何もない』階に来ちゃうほど慣れていないようだし。
しっかし、随分と長く聞き取りをしているようだが、アリスは大丈夫なんだろうか? 飲み物とかはちゃんと用意してもらってるのかな? ……問題ないか。バルト隊長は気が回る人っぽいし、アリスの方も遠慮して頼めないような性格ではないのだから。
なんだか心細い気分で廊下を歩く職員たちを眺めつつ、テッサ・ヴェイユは一人寂しくコーヒーを嚥下するのだった。