Game of Vampire   作:のみみず@白月

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応援

 

 

「どうするんですか? リーゼ様。かなりの大事になってきましたけど。」

 

パリ六区にある隠された魔法族の居住地区。その中心に聳える十階建てのホテルの一室で、アリス・マーガトロイドは困った気分で問いかけていた。とうとう私はヴェイユ邸にすら帰れなくなってしまったらしい。ドアで隔てられた隣の部屋には女性の闇祓いが詰めていて、廊下や左右の客室にもそれぞれ闇祓いが居るそうだ。頼もしいといえば頼もしいが、これじゃあ身動きが取れないぞ。

 

フランス魔法省で何度も何度もプショーのことを説明させられた後、今日は護衛し易いホテルに泊まってくださいと強引にここまで連れてこられたのだ。テッサとも引き離されちゃったし、クロードさんの姿も見えない。何だかちょっと不安だな。

 

ちなみにプショーとの戦闘については、当然ながら嘘を交えた説明をしてある。彼が人形を操って戦うことや私を狙っていることは普通に伝えたが、リーゼ様の存在や『本物』に関わる話題は省いたわけだ。申し訳ないという気持ちはあるものの、こればっかりは仕方がないだろう。……ついでにアパートメントや地面はプショーが壊したことにしておいた。

 

棚から水の小瓶を取り出しながら聞いた私に、リーゼ様はベッドの上で大欠伸をしてから答えてくる。眠くなってしまったようだ。

 

「実に面倒くさい事態だね。プショーどうこう以前に闇祓いが邪魔すぎるよ。パリに居ることがバレた以上私はキミから離れられないし、キミは闇祓いの監視から離れられない。これじゃあ攻めに転じられないじゃないか。」

 

「……魔法省にビスクドールを持って行ったのは失敗だったんでしょうか?」

 

「今更言っても詮無いことだが、結果だけ見れば失敗だったかもね。最良の選択はキミがムーンホールドに残り、私が単独で狩りに来るってパターンだったわけだ。」

 

ぐうの音も出ないな。パチュリーやエマさんが居ればプショーは易々と手を出せないだろうし、リーゼ様も私の護衛をする必要なく自由に動けたわけだ。……一人で何とかしようと飛び出してきた結果、色々な人に迷惑をかけてしまっている。情けない話じゃないか。

 

劇場に居たマグルや闇祓いの人だって、その方法なら死なずに済んだかもしれない。椅子に座ってぬるい水を飲みながら落ち込んでいると、リーゼ様が肩を竦めて話を続けてきた。

 

「ま、そこまで心配しなくても大丈夫だよ。キミが魔法省で説明してる間に連絡を送っておいたからね。明日になれば自由に動けるようになるさ。」

 

「連絡、ですか?」

 

「紅魔館にね。」

 

つまり、レミリアさんにか。確かにフランス魔法省はあの方の言葉を無視できないだろう。……だけど、『紅のマドモアゼル』が関わったら更に大事になっちゃうんじゃないか? 雪だるま式に問題が大きくなることを危惧する私に、リーゼ様は追加の情報を飛ばしてくる。

 

「ついでに応援も寄越してくれるそうだよ。二人居れば片方が自由に動けるし、これで大分やり易くなるんじゃないかな。」

 

「レミリアさん本人は紅魔館から動けないんですよね? ってことはまさか、ムーンホールドからパチュリーが来るんですか?」

 

「いや、美鈴だよ。あの門番はフランスの裏側に詳しいからね。大戦の頃はレミィの『お使い』を何度もやってたし、パリでプショーを狩り出すんだったらパチェより向いてるはずだ。案外多方面に顔が利くから、フランスに入っても他の人外に嫌な顔をされないって点も好都合かな。」

 

うーむ、美鈴さんか。レミリアさんがムーンホールドを訪れた際に初めて会った妖怪さんで、その後もちょくちょくムーンホールドを訪問しているので知らない仲ではないのだが……『強い』って印象はあんまりないな。『食いしん坊』というイメージならピッタリだが。

 

いつもニコニコしている優しそうな赤髪の門番を頭に浮かべる私へと、リーゼ様はもぞもぞとベッドに潜り込みながら話を締めてきた。

 

「何にせよ、今日はもう寝ようじゃないか。久々に動いた所為で疲れちゃったよ。本番は明日からだ。」

 

「……もう出来ることも無さそうですし、そうしましょうか。」

 

何とも悲しいことに、この部屋は立派なツインルームだ。である以上、私とリーゼ様は問題なく一人一つのベッドを使えてしまう。そのことに小さくため息を吐きつつ、寝るための準備をしようと椅子から立ち上がるのだった。

 

───

 

そして翌日の早朝。耳朶を打つコンコンという音に目を覚ましてみると、眠そうな顔で部屋の窓を開け放っているリーゼ様の姿が目に入ってきた。艶やかな黒髪が寝癖でちょっとだけ跳ねているのを見るに、彼女も今さっき起きたばかりのようだ。

 

「キミね、玄関から入りたまえよ。迷惑だぞ。」

 

「いやぁ、なんか凄い警備だったもんですから、一々身分を説明するのが面倒くさくなっちゃいまして。……おっ、アリスちゃん。おはようございます。」

 

「……美鈴さん? おはようございます。」

 

寝ぼけた頭で反射的に挨拶を返した後、徐々に違和感が頭をもたげてくる。……ここは地上八階のはずだぞ。まさかとは思うが、壁をよじ登ってきたのか? 窓枠をひょいと乗り越えて部屋に入ってくる美鈴さんを不可解な気分で眺めていると、リーゼ様が伸びをしながら質問を投げた。

 

「レミィは何だって?」

 

「朝一でフランス魔法省に連絡を入れるって言ってました。私が、えーっと……何でしたっけ? お嬢様の私兵? みたいな存在で、アリスちゃんの護衛を引き継ぐってことになるらしいです。」

 

「予想はしてたが、中々強引な要求だね。」

 

「それがですね、一応の大義名分らしきものはあるんですよ。何でも書類上だとお嬢様がアリスちゃんの共同後見人になってるみたいでして。」

 

共同後見人? ……あー、そういえばそうだったな。両親と祖父の葬儀の後、墓地でパチュリーと初めて会った時のことを思い出している私を他所に、リーゼ様は苦笑しながら話を進める。彼女も今の今まで忘れていたようだ。

 

「ああ、なるほど。あの時は魔法省を納得させるためにレミィの名前を借りただけのつもりだったんだが……世の中何が役に立つか分からんもんだね。」

 

「もちろん成人してるから今更後見も何もないんですけど、その線からゴリ押して納得させるって言ってました。……そんなことより、ルームサービスを頼んでいいですか? 朝ご飯を食べてこなかったからお腹が空いてるんです。」

 

「あと少しだけ我慢したまえ。自由に動けるようになったらルームサービスよりマシなレストランで朝食を取ろうじゃないか。」

 

「はーい。」

 

言いながら戸棚にあったスナックを漁り始めた美鈴さんを横目にしつつ、ベッドから出て顔を洗うためバスルームに向かう。フランス魔法省からすればこの部屋を使っているのは私一人なんだから、美鈴さんが食べまくっちゃうと私が食べたと思われるわけか。それは嫌だな。

 

大食い女のレッテルを貼られることを恐れていると、再びベッドに横になったリーゼ様が声をかけてきた。

 

「先にシャワーを使っていいよ、アリス。どうせ私は湯を溜めないと入れないわけだしね。」

 

「じゃあ、ぱぱっと入っちゃいますね。」

 

バスルームのドアを抜けながら答えた後、ドアを閉めて服を脱ぐ。……そこそこのランクのホテルらしいが、やはりヴェイユ邸に比べると幾分狭いな。そして当然、ムーンホールドよりも遥かに狭い。感覚がマヒしちゃいそうだぞ。

 

そのまま熱いシャワーで目を覚ましつつ髪を洗って、花の香りがする液体石鹸で身体を洗う。最近は液体石鹸が増えてきたな。個人的には嫌いじゃないのだが、リーゼ様はあまり好きではないらしい。ヌルヌルしてるのが嫌なんだとか。

 

もしかしたら、肌を伝う液体を嫌うのは吸血鬼の防衛本能なのかもしれない。さすがに液体石鹸は『流水』にカウントされないようだが。……というかそもそも、どこからが流水になるんだ? 仮にアイスティーをぶっかけたら火傷しちゃうんだろうか?

 

しかし、リーゼ様はアイスティーだろうがレモンティーだろうが普通に飲むし、なんなら水だって全然飲む。体内はセーフで、外皮がアウトってことかな? ならひょっとして、普通の吸血鬼の口腔に杖を突っ込んで陽光を射出してもノーダメージになったりするんだろうか?

 

リーゼ様が小さなお口をあーんと開けているところに、自分が杖を突っ込んでいる姿を想像して……イカれてるのか、私は。シャワーを水に変えて頭を冷やす。邪な思念を洗い流しつつ、わしゃわしゃと金髪を掻き毟った。

 

これはそう、家族に対する親愛なのだ。なまじリーゼ様の見た目が幼いから、庇護欲とそういうのが混ざり合って変な感じになっているだけなのだ。じゃないと私は相当頭がおかしいヤツだぞ。

 

家族への親愛が口腔に杖を突っ込むことに繋がるかは横にぶん投げておいて、自制心をフル稼働させながら熱いシャワーで身体を温めなおした後、タオルで全身を拭いて服を着て部屋に戻ってみれば……大丈夫なのか? これは。私がバスルームに居た短い時間で、酒瓶を二本も空にしている二人の姿が見えてくる。フランス魔法省からアルコール依存症だと思われるのは確定だな。

 

「これは不味いね。ビールにシロップを入れてるのか? こんなもんは邪道だよ、邪道。」

 

「常飲したいかはともかくとして、私はそれなりに美味しいと思いますけどね。飲み易くないですか?」

 

「飲み易い酒なんてのは酒じゃないのさ。……おや、アリス。おかえり。」

 

「えっと……お次をどうぞ、リーゼ様。お湯も今溜めてますから。」

 

かなり砕けた雰囲気だし、リーゼ様と美鈴さんはもしかしたら相性が良いのかもしれない。……いや、この有様からするに『悪い』と言うべきか? バスルームに入っていくリーゼ様を微妙な気分で見送ってから、杖魔法で濡れた髪を手早く乾かしていると、美鈴さんが新たなお酒の封を切りながら話しかけてきた。禁酒カウンセラーを紹介されちゃうかもしれないな。

 

「アリスちゃん、アリスちゃん、これ冷え冷えに出来たりします?」

 

「ワインですか? ……はい、どうぞ。」

 

無言呪文で美鈴さんが持っているワインを冷却した私に、飲兵衛妖怪は嬉しそうな顔でラッパ飲みしながらお礼を送ってくる。凄まじいな。ワインをそうやって飲むところは初めて見たぞ。

 

「いやぁ、ありがとうございます。お酒は冷えてる方が好きなんですよね、私。昔はそうそう味わえなかったですから。」

 

「……そんなに飲んじゃって酔ったりしないんですか?」

 

「そりゃあ酔うために飲んでるんだから酔いますけど、酔ってても酔ってない時と変わりませんから、結局酔ってないのと一緒なんですよ。」

 

「無茶苦茶なこと言いますね。」

 

訳の分からない言い訳を寄越してきた美鈴さんは、私の突っ込みを尻目に戸棚を漁ってチーズやナッツを取り出すと、それをつまみにしながら話題を変えてきた。あれの代金も魔法省持ちになるのだろうか? だとすれば申し訳ないな。

 

「それより、どんなヤツなんですか? 例の魔術師って。」

 

「えっとですね……今分かっているのは大量の人形を使って戦うってことと、人間を人形に作り変えること、それと吸血鬼にはあんまり詳しくないってことくらいです。見た目は背の高い男性で、本人は杖魔法を使ってました。」

 

「ふむ、人形使いですか。アリスちゃんに似てますね。」

 

美鈴さんには練習中の人形劇を見せたことがあるのだ。その辺から連想したのだろう。似てると指摘されてちょっと苦い顔をする私へと、美鈴さんは慌てて言葉を付け足してきた。

 

「いやまあ、根本が違うなら別物でしょうけどね。人間を人形にってのはむしろ道士のやり方を思い出します。」

 

「キョンシーとかですか?」

 

「おお、よく知ってますね。昔は大規模な野戦の後、大量に出た死体の処理が面倒だからって道士に片付けを『外注』したりしてたんですよ。放っておくと疫病とかになっちゃいますから。そこで運搬のために術をかけて、『本人』に自分の足で歩かせたのが始まりなんですけど……いつの間にか道士や邪仙なんかの間で『死体バトル』が流行ってきちゃった結果、あんな風になったみたいです。」

 

『昔』というのが具体的にいつなのかは不明だが、どう控えめに解釈しても二、三百年は前の話だな。割と闇が深い逸話を軽く話す美鈴さんは、一転して嫌そうな顔になって続きを語り出す。

 

「まあ、私は大っ嫌いでしたけどね。高名な武人が死ぬなり死体を盗んで『改造』するどころか、一番酷い時期は死体にするため暗殺するってのが横行してたんです。本来死体を片付けるために生まれた技術なのに、そこまで行っちゃうと本末転倒ですよ。」

 

「それからどうなったんですか?」

 

「不満を持った武人と術師との間で一戦交えまして、途中までは均衡してたんですけど……段々面倒くさくなってきたんでしょうね。邪仙たちが一斉に味方を見捨てるって感じで収束しました。同時に死体バトルも廃れちゃったわけです。」

 

「それはまた、奇妙な結末ですね。……仙人には詳しくないですけど、あんまり良い存在じゃないっていうのは分かりました。」

 

ぐちゃぐちゃになっているリーゼ様のベッドを綺麗にしながら応じた私に、美鈴さんは半笑いで訂正を入れてくる。どう説明すればいいのか悩んでいるような表情だ。

 

「いやいや、仙人自体はそこまで悪い存在じゃないんですよ。修行バカかつ独善的な人外ですけど、無闇に暴れ回るってタイプではないわけですし。……見方を変えればアリスちゃんたち魔女に近いのかもしれませんね。魔女が自身の定めた目標のために研究を重ねるように、仙人たちは天人目指して修行を重ねているわけです。」

 

「天人?」

 

「天界に居る『退屈屋』たちですよ。桃を食べて、寿命が来たら死神を追っ払って、また桃を食べる連中です。何が楽しくて生きてるんですかねぇ、あいつら。……もしかしたら生きるために生きてるのかもしれませんけど。憐れなもんですね。」

 

珍しく皮肉げな笑みを浮かべる美鈴さんはあまり好きではないようだが、私としては興味を惹かれる存在だな。天界に住む天人。この世にはそんな種族も居るのか。自分の知る世界のちっぽけさを感じつつ、美鈴さんに更なる問いを放つ。

 

「じゃあその、仙人の中でも邪仙っていうのが悪い存在ってことですか?」

 

「んー……『悪い』っていうのは正しくないかもしれません。あの連中は邪悪なわけじゃなくて、欲望に素直なだけですから。キョンシーの件にしたって単に面白そうだから始めて、飽きたからやめただけだと思いますよ。私としては仙人や天人より分かり易くて好きですね。……もちろん邪魔になったら敵対しますけど、あの連中はあんまりそれを引き摺りませんから。大抵の邪仙は後先考えず、刹那を愉しんで生きてるんです。」

 

「何と言うか、妖怪らしい妖怪ですね。」

 

「仙人や邪仙は厳密に言えば人間のままなんですけどね。アリスちゃんたち魔女が限りなく人間に近い人外なのに対して、仙人たちは限りなく人外に近い人間って感じです。」

 

むう、そうだったのか。知識で高みを目指す魔女と、修行で高みを目指すという仙人。色々な存在が居るんだなと感心したところで、バスルームの扉が開いてリーゼ様が戻ってきた。ほかほかリーゼ様だ。レアだな。

 

「狭すぎるぞ、ここのバスルームは。使い難いことこの上なかったよ。こんなことなら杖魔法で全部済ませれば良かったかもね。」

 

「これでも平均よりはかなり大きいんですけどね。」

 

「私の基準はムーンホールドなのさ。だからこのレベルの……おっと、レミィからの連絡がこっちの魔法省に届いたらしいね。」

 

話の途中で別室に繋がるドアの方を見ながら呟いたリーゼ様は、美鈴さんに素早く近付いて二人同時に姿を消すが……人が来るってことか? ちょっと待って欲しいぞ。この酒瓶や食べかけのつまみの山はどうすればいいんだ。

 

顔を引きつらせる間も無く、無情にもドアがノックされる音と共に女性闇祓いの声が聞こえてきた。

 

「起きていらっしゃいますか? ミス・マーガトロイド。朝早くに申し訳ないのですが、緊急でお聞きしたいことが──」

 

「今行きます! 少しだけ待っててください!」

 

こうなったら片付けるまで部屋に入れるわけにはいかんぞ。慌てて服装を整えつつ、アリス・マーガトロイドはドアへと早足で向かうのだった。

 


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