Game of Vampire 作:のみみず@白月
「……これは、驚きました。覚えていらっしゃらないでしょうが、私は貴女をお見かけしたことがあります。第一次ボーバトン防衛戦の折に、グリンデルバルドめが姿を現わすという知らせを持ってきてくださいましたね。」
おー、懐かしいな。お嬢様が妹様に嫌われる原因になった戦いのことだっけか。頭の隅に残るぼんやりとした記憶を掘り起こしつつ、紅美鈴はにこやかな笑みで返事を返していた。私だって外面を取り繕うくらいは出来るのだ。疲れるからあんまりやりたくないけど。
「懐かしいですね。あの頃はお嬢様の使いとしてヨーロッパを広く回っていたので、行く先々で様々な方とお会いしました。戦友と生きて再会できるのは嬉しいことです。」
「いや、本当にその通りです。スカーレット女史はお元気でいらっしゃいますか?」
「ええ、今はイギリスの片田舎で穏やかに生活していますよ。大戦の後片付けを手伝えなくて申し訳ないとの伝言を預かっております。」
「そんな……滅相もない! 戦時にはあれだけ精力的に動いてくださったのですから、事後処理くらいは我々の手でやらねば申し訳が立ちません! スカーレット女史には些事など気にせず、ゆるりとお過ごしくださるようお伝えください。」
アリスちゃんが泊まっていたホテルのグラウンドフロア。広いラウンジのソファに座る私の前で可哀想になるくらい焦っているのは、フランス魔法界の最重要人物たる魔法大臣だ。その背後では闇祓い隊の隊長が直立不動の姿勢を取っており、邪魔が入らないように周囲を六名の闇祓いが厳重に警戒している。……んー、窮屈だなぁ。早く話を済ませちゃおう。
ちなみに隣には『真面目モード』の私に胡乱げな目を向けているアリスちゃんが居て、その隣には姿を消した従姉妹様が座っているようだ。気配の消し方が適当なので私には分かるが、闇祓いたちではまず気付けないだろう。意図してやってるなら絶妙な匙加減だな。
要するに朝にアリスちゃんが呼び出しを受けた後、部屋でもう一本ワインを開けてから一階に飛び降りて、何食わぬ顔で玄関からホテルに入り直してみたところ……そこにはフランス魔法大臣が駆け付けていたというわけである。朝早くからご苦労なことじゃないか。大臣になってもこれじゃあ出世の魅力が半減だな。
何事かと遠巻きにこちらを眺めるラウンジの客たちを横目に、ハンカチで汗を拭う大臣に本題を切り出した。もちろん丁寧な余所行きの口調のままでだ。
「それでですね、お嬢様からの手紙にも書かれていたと思いますが、現在そちらの闇祓いに警護していただいているアリス・マーガトロイドはスカーレットの身内でして。これ以上フランス魔法省のお手を煩わせるのも申し訳ないので、今後の護衛はこちらで引き受けたいんです。」
「いえその、我々としてもまさかマーガトロイドさんがスカーレット女史の関係者だとは露知らず、昨晩起きた事件で危険に晒してしまい……本当に申し訳ございませんでした。警護が甘かったと痛感しております。」
「その点に関してはお気になさらないでください。お嬢様も特に拘ってはいないようですから。……では、そういうことで。」
愛想笑いの限界が近付いていることを感じて、さっさと話を纏めちゃおうとするが……ぬう、やっぱダメか。闇祓いの隊長がするりと会話に割り込んでくる。がっしりとした体型の四、五十ほどの魔法使いで、立ち姿を見るに右足を怪我しているらしい。巧妙に隠してはいるが、見る者が見ればバレバレだぞ。
「その前に、私からも少々よろしいでしょうか? ……マーガトロイドさんは犯人から狙われています。紅のマドモアゼルのお身内とおっしゃるのであれば、尚のこと我々闇祓いに警護させていただきたい。汚名返上の機会をいただけませんか?」
「申し訳ありませんが、お断りさせていただきます。」
「……一度失敗した我々では信用に値しないということですかな?」
「そうではなく、私には私の守り方があるということです。それは大人数で行うような方法ではありませんから。」
にっこり笑いながらきっぱりと言い放つと、隊長さんはやや気圧された顔になるが……おお、根性あるな。真剣な声色で食い下がってきた。
「でしたら少人数で……いえ、私一人でも構いません。どうかご一緒させていただきたい。こちらの事情であることは重々承知しておりますが、我々闇祓いは身内を殺されているのです。このまま易々とは引き下がれません。」
「残念ですが、答えは変わりません。スカーレットの身内はスカーレットの流儀で守らせていただきます。」
「……犯人は特殊な魔法を使います。数十体もの人形を軽々と操り、それらは魔法力への抵抗を持っている。もし戦闘になった場合、貴女一人で対処するのは難しいかと。」
「おや、スカーレットの私兵が信用できないと? ……自分で言うのもなんですが、結構強いんですよ? 私。」
練った気を身体から滲ませつつ聞いてやれば、隊長さんや周囲の闇祓いたちは冷や汗を流しながら硬直してしまう。遠くに居る客たちは一斉に目を逸らし、大臣は真っ青な顔になって、隣のアリスちゃんも……ありゃ、アリスちゃんはビビってる雰囲気じゃないな。むしろ『そこまでやらなくても』と呆れてる感じだ。さすがは従姉妹様が育てた魔女。大物になりそうじゃないか。
そのことに小さく微笑みながら気を収めると、隊長さんはゴクリと喉を鳴らしてから口を開いた。ビビってはいたが、それでも唯一動けそうだった人間はこいつだけだ。隊長の地位は伊達じゃないらしい。
「紅のマドモアゼルの私兵を侮るつもりは毛頭ございません。勘違いさせてしまったのなら謝罪します。」
「いえいえ、私もちょっと大人げなかったですね。久々に身体を動かせる仕事なのではしゃいじゃってるみたいです。……まあ、私たちとしても身内に手を出されて黙っているわけにはいかないんですよ。その辺を汲んではいただけませんか?」
「……私からこれ以上要求するのは無礼に過ぎますので、後は大臣のご判断のままに。」
納得はしていないという意思を言外に伝えてきた隊長さんは、それでもゆっくりと引き下がる。うんうん、こういう武人然とした人間は好きだぞ。とはいえ、付いて来られても邪魔なのは変わらない。恨むなら自分の実力不足を恨んでくれ。
「それでは、もうよろしいですか? 大臣。」
滝のような汗をせっせと拭っている大臣に質問を飛ばすと、彼はペコペコお辞儀しながら了承の言葉を寄越してきた。こいつもこいつで油断できんな。一見した限りでは小心な役人にしか見えないが、お嬢様によれば終戦直後に物凄い支持率で大臣になった人物らしい。レジスタンスの中心人物として活躍していたんだとか。確か名前は……デュヴァル、だったかな?
「はい、はい。当然ですとも。しかしながら、もし人手や情報が必要になったら何なりとお申し付けください。フランス魔法省は最優先で事に当たらせていただきますので。」
「ご配慮感謝します。」
いつもは浮かべないキチッとした笑みでそう言った後、アリスちゃんを目線で促してホテルの出入り口に向かう。そのまま魔法族が行き交う通りに出ながら、深々と息を吐いて表情を崩した。いやー、疲れたな。こういうのは本当に苦手だぞ。
「うへぇ、顔の筋肉がおかしくなっちゃいそうですよ。アリスちゃん、適当に姿くらまししてくれますか? 闇祓いの尾行があるかもですから。」
「へ? ……尾行までするんですか?」
「しますよ、あの隊長なら。マグル側の適当な路地にでも飛んでください。そしたら従姉妹様に姿を消してもらいましょう。後々偶然見つかったらその時はその時です。」
フランス語から英語に戻して頼みつつ、アリスちゃんの肩を掴んで付添い姿あらわししてもらった先は……ふむ、小汚い路地裏だな。いきなり現れた私たちに驚いて、数匹のネズミが汚ったないゴミ箱にダイブをかましているぞ。
壁沿いに並ぶゴミ箱の中身が生ゴミであることを確信させる、周囲に漂うツンとくる臭いに顔を顰めたところで、ポンと背中を叩かれると共に従姉妹様の姿が見えてきた。というか、私の姿が消えたのか。一緒に消えると見えるようになるのはどういう仕組みなんだろうか?
「ほら、これでいいだろう? さっさとこの『どん底』を出ようじゃないか。」
「はーい。……先ずは朝ご飯にしましょうよ。もう我慢は無理です。」
「キミ、こんな場所でよく食事のことを考えられるね。……分かったから早く歩いてくれ。ここに長居すると臭いが付いちゃうぞ。」
心底嫌そうな従姉妹様の先導で路地を出てみれば、時刻の割には結構な人通りが目に入ってくる。昔は全然見分けが付かなかったけど、今はフランス人とイギリス人の違いがよく分かるぞ。通りを歩く人間たちは……何と言うか、仕草がフランス人なのだ。後はまあ、単純にイギリス人より洒落っ気があるな。身嗜みに気を使ってる感じ。
「どこですか? ここ。」
道路を走る近代的な形の自動車、少し広めの歩道、まだ開店してないカフェのテラス席で朝っぱらから議論をしている男性たち。キョロキョロと通りを見回しながら問いかけてみると、アリスちゃんが返答を返してきた。
「十三区の端っこです。一番尾行し難いのはここかなぁと思いまして。……単なるイメージですけど。」
「十三? 全部で十二区じゃなかったですか?」
「マグル界だと一世紀くらい前に二十区に再編されたみたいですね。魔法界では大戦が始まる少し前に変わってます。十三区は……えっと、昔の十二区かな? ほんの少しだけ東寄りの南端です。そこそこ人口が多い地域らしいので、直感で何となく選んじゃいました。」
パリが広がったわけじゃなくて、より細かく分けたってことかな? アリスちゃんの説明を耳にしながら人を避けて歩いていると……なんか、中文の看板が沢山あるぞ。すれ違う顔もちらほらと東洋系が交じっているし、アジアからの移民が盛んな地区なのかもしれない。
むむむ、馴染んだ料理も悪くないが、フランスに来たからにはフランス料理が食べたいな。イギリスという国は嫌いじゃないものの、こと食に関してはフランスの方が上だろう。なにせこの国の連中は食事をするのにアホみたいな時間をかけるのだから。
頭の中で『滞在中に食べたい物リスト』を製作し始めた私へと、先頭を進む従姉妹様が残酷な報告を口にした。拍子抜けしたような声でだ。
「全然店が開いてないね。この時間だから無理もないが、選り好みするのは難しそうだぞ。サンドイッチで手を打つかい?」
「嫌です! 朝食を軽視するのはヨーロッパの悪習ですよ。クロワッサンやらサンドイッチやらで昼まで持つわけないじゃないですか。」
「キミは一、二週間食べなくても『持つ』だろう? 妖怪なんだから。」
「可能不可能で言えば可能ですけど、『出来る』と『やりたい』には天と地ほどの差があるんです。……ほら、あそこ! あの店は開いてるみたいですよ!」
いいさ、フランス料理は昼に回そう。もうこの際量があれば何でも良い。視線の先にあった営業中っぽいカフェを指して言ってみれば、従姉妹様とアリスちゃんはどうでも良い感じで頷いてくる。どうしてそんなに興味が無いんだ? 二人はお腹が空いてないんだろうか?
「どこでもいいよ。キミの好きにしたまえ。」
「そうですね、あの店にしましょうか。」
「はい、決定です。透明化を解いてください。」
従姉妹様に能力を解いてもらいつつ入店してみると……ぬう、結局パンなのか? テーブルに座る客はどいつもこいつもバゲットやらクロワッサンやらスコーンやらを食べているようだ。これじゃあいつもと変わらないじゃないか。
しかし、店を出てまた探し歩くのは面倒くさい。立ち止まった私を追い抜いて従姉妹様とアリスちゃんは窓際の席に座ってしまったし、もう観念するしかなさそうだな。
出端を挫かれた思いですごすごと席に着いて、素早く近付いてきた店員さんに三人それぞれ適当な料理を頼む。もちろんフランス語で。……何故だか知らんが、お嬢様は基本的にその国の言語で話すことを重視する。だから使いになる私もそうしろと勉強させられてしまったわけだ。紅魔館での生活は気に入っているが、語学の勉強だけは辛い日々だったな。二度とやりたくないぞ。
「従姉妹様、従姉妹様、どうしてお嬢様が言語を重視するか知ってます? フランスではフランス語を、ドイツではドイツ語を喋れ、みたいな感じに。」
料理を待つ間の暇潰しに問いかけてみると、従姉妹様は窓の外を眺めながら答えを寄越してきた。
「それはレミィ云々というか、吸血鬼全体の流儀だよ。吸血鬼は基本的に礼儀知らずだが、それでも人間より礼儀深いところは確かにあるんだ。その一つが言語だね。」
「郷に入れば郷に従えってことですか?」
「いーや、もっと単純なプライドの問題さ。例えばアリス、ロンドンを歩いてる時にいきなり訳の分からんアジアの言語で話しかけられたらどう思う?」
「そうですね……困ってるんじゃないかと思って、どうにかコミュニケーションを取ろうとします。」
急に投げかけられた質問に答えたアリスちゃんのことを、従姉妹様はきょとんとした顔で見つめた後……苦笑いで話を続けてくる。予想と違う答えだったらしい。
「とまあ、優しいアリスなんかはこう思うものの、大抵のヤツは『ここはイギリスなんだから英語を喋れよ』と迷惑に思うわけだ。」
「だからフランスではフランス語を喋れってことですか。」
「いやいや、フランスの場合は少し違ってくるんだよ。……次にパリの街中を思い浮かべたまえ。そこを道行くフランス人に英語で話しかけたとしようじゃないか。すると彼らはこう思うわけだ。『あー、はいはい。ここはフランスだけど、ヨーロッパの中心はイギリスだと思ってるから英語で話しかけてきたんですね』と。」
「ええ……そこまで捻くれてますかね?」
恐ろしい思考回路だな。ドン引きしながら聞き返してみると、従姉妹様は皮肉げな表情で肩を竦めてきた。
「人間の感性は知らんが、フランスの吸血鬼はそう思うヤツが多かったよ。『歴史あるフランス』をイギリス人風情が軽視してるのが気に食わないらしくてね。『そら、通じるだろ?』と言わんばかりに英語で話しかけられるのがお気に召さないようだ。だから一応私たちもフランスではフランス語を喋るし、ドイツではドイツ語を喋るようになったのさ。イギリスに来たら嫌でも英語を喋ってもらうがね。」
「いやぁ、全員が全員捻じ曲がった感性を持ってるとは思いたくないんですけど……アリスちゃんはどう思います? フランスには何度か来てるんですよね?」
「んー……どうなんでしょう? 確かに英語で話すと嫌な顔をされる時はありましたけど、単純に通じてないだけかと思ってました。実際のところ英語を話せない人は結構多いみたいですし、頑張って片言の英語で伝えようとしてくれる人も沢山居ましたよ?」
「ほらほら、一概にそうでもないみたいじゃないですか。」
アリスちゃんの言葉を借りて従姉妹様に指摘してみれば、彼女は大きく鼻を鳴らして応じてくる。大抵の吸血鬼がそうであるように、従姉妹様も美談がお嫌いなようだ。
「ふん、人間は誇りってものをすぐに忘れる生き物だからね。吸血鬼ですら持っているプライドを失くしちゃったんだろうさ。少なくとも私はイギリスで英語以外を使われたら無視するよ。」
「……そんなに愛国心がある人でしたっけ? 従姉妹様って。」
「愛国心なんぞ欠片もないが、軽んじられるのは気に食わないんだ。譲るべきは私じゃなくて相手の方だろう? 何故私がイギリスに来て英語も話せない間抜けに譲歩する必要があるんだい?」
「まあ、吸血鬼の性格の悪さがよく分かる逸話でした。アリスちゃんが譲り合いの精神を学べたのにも納得です。これぞ反面教師ってやつですね。」
私が言い終わった直後に従姉妹様がぶん投げてきた塩の小ビンをキャッチしていると、店員さんがプレートに載せた料理を運んできた。さっきまではパンの気分じゃなかったのだが、いざ目の前にすると美味そうだな。
「……アリスちゃん、それだけで足りるんですか? 死んじゃいません?」
私と従姉妹様より明らかに少ない量……バターが塗られたバゲットとジャム、それに申し訳程度の切られたバナナとカフェオレだけ。を見て驚愕の思いで聞いてみると、アリスちゃんは苦笑しながら頷いてくる。
「私は魔女ですから。習慣として食べてるだけで、別に量は必要ないんです。これで充分ですよ。」
「便利っちゃ便利ですけど、ちょびっとだけ悲しい話ですね。お腹が空いたりもしないんですか?」
「んー、私の場合はまだ空腹感らしきものが残ってますけど、パチュリーはもう感じないみたいですね。あくまで味を楽しむために飲み食いしてるんだとか。」
私は魔女にはなれんな。空腹感は最高のスパイスなのだから。……そして、フランス人にもなれそうにない。どうやらここではアリスちゃんのメニューこそが『正常』で、私や従姉妹様は食べすぎなようだ。
朝食だけはイギリスに軍配が上がりそうだと考えていると、従姉妹様がムスッとした顔で自分の頼んだ料理に手を伸ばした。……わお、気が利いてるな。トーストの焼き目がクマさんになってるぞ。『お子様』のために趣向を凝らしてくれたらしい。
「……少しこの国が嫌いになったよ。」
「サービス精神があるじゃないですか。従姉妹様が思うほど捻くれてはいないみたいですね。」
「黙って食べたまえ、美鈴。次は本気で投げるぞ。」
オリーブオイルの小瓶を指差して宣言してきた従姉妹様に、にへらと笑い返してから料理に向き直った。言われなくても食べるとも。そしたら適当に魔術師の情報を集めて、次は豪華な昼ご飯だ。うーん、楽しみ。今から何を食べるか決めておいた方が良いかもしれないな。
朝食を食べながら昼食のメニューについてを考えつつ、紅美鈴は昼前のおやつの候補も選出し始めるのだった。