Game of Vampire   作:のみみず@白月

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社会の敵

 

 

「……まあその、悪い人の溜まり場って雰囲気は確かにありますね。」

 

パリ十九区の細い路地の先にある一軒のバー。地下のドアを抜けた先に広がっていた怪しげな客で賑わう店内を見て、アリス・マーガトロイドは少しだけ気後れしながら呟いていた。奥の席で生肉らしきものを食べているのは人間なのか? 一人だったら絶対に入らないような店だな。

 

十三区のカフェで朝食を済ませた後、ふらふらと観光しようとするリーゼ様と美鈴さんを何とか誘導して、パリの裏側における『社交場』へと案内してもらったわけだが……これは、もっと明確に聞いておくべきだったのかもしれないな。私にはここが魔法界側の店なのか、それとも人外たちの店なのかが判断できないぞ。

 

古いバー独特の臭いに顔を顰める私へと、リーゼ様が堂々とテーブル席に向かいながら応じてくる。テーブル席は全部で十卓ほどで、手前にはお馴染みのカウンター席もあるようだ。

 

「汚ったない店だね。せめて綺麗な椅子を探そうじゃないか。この分だと立ってた方がマシかもしれんが。」

 

「あの、リーゼ様? 翼が見えちゃってますけど。」

 

「この店にそんなことを気にする客は居ないよ。だろう? 美鈴。」

 

「ま、そうですね。もっとヘンなのが沢山居るわけですし、コウモリの仮装をしてるくらいじゃ注目に値しないですよ。」

 

にへらと笑って頷いた美鈴さんに続いて、私もリーゼ様が選択した席に座り込むが……よく見ると小鬼のグループが居るな。つまり、この店はあくまで『魔法界の裏側』というわけだ。ちょびっとだけ安心したぞ。

 

小鬼を見て安心するという初めての体験をしている私を他所に、美鈴さんがキョロキョロと薄暗い店内を見回し始めた。誰かを探しているようだ。

 

「誰を探しているんですか?」

 

「情報屋ですよ。大戦の末期頃からこの店に住み着いてるはずなんですけど……んー、居ませんね。奥に引っ込んでるんでしょうか?」

 

『情報屋』か。本の中でなら度々登場する職業だが、実際に存在するとは思わなかったぞ。非日常の展開にほんの少しだけわくわくしながら、美鈴さんへの問いを重ねる。

 

「だけど、その人は魔法界の情報屋さんなんですよね? 探しているのは魔術師ですよ?」

 

「ああいや、その情報屋ってのは古馴染みの人外ですよ。『文明的』な生活が好きみたいで、昔から魔法界で生活してるんです。……そういう人外って結構居るんですよ? アリスちゃんやパチュリーさんだって言わばそうなわけですしね。」

 

「あー、言われてみれば納得です。身分を偽れる手段があるなら都会の方が便利ですし、マグル界よりは生活し易いでしょうしね。」

 

マグル界では奇妙に映る風体でも、魔法界ならそこまで気にされないだろう。である以上、どちらの方が簡単に生活できるかなど言わずもがなだ。私が納得の首肯を放ったところで、美鈴さんが注文を取りに来たらしい女性店員に質問を送った。……物凄い格好だな。スカートが短すぎて太ももまで見えちゃってるぞ。『そういうサービス』もやっている店なのかもしれない。

 

「あのー、ちょっと聞いてもいいですか?」

 

「何でしょうか? お客様。」

 

「スカーレットの使いで来たんですけど、アピスさんって居ます?」

 

瞬間、バーの空気が凍りつく。離れたテーブルでこそこそ話をしていた小鬼たち、くちゃくちゃと生肉を食べていた黒ローブの怪しい人、カウンター席で大声を出していた男性の集団。その他にもちらほら居た店内のあらゆる客が一斉に口を閉じて、ぐるりとこちらに視線を向けてきた。なんだこれ。めちゃくちゃ怖いぞ。

 

異様な状況に身体を硬直させてしまった私を尻目に、美鈴さんはなんでもないような顔でもう一度聞き直す。さっきまで騒がしかった店内が、今は耳に痛いほどの静けさだ。

 

「居ませんかね? だったら出直してきますけど。」

 

「少々お待ちください。」

 

それまでの愛想笑いをかき消した女性店員は、平坦な声でそう言うと早足でカウンターの奥へと姿を消すが……これ、大丈夫なのか? 客やバーマンは動きを止めてジッとこちらを見たままだし、どんなに頑張っても友好的とは解釈できない雰囲気だぞ。

 

とはいえ、あまりにも視線が集まりすぎていてリーゼ様や美鈴さんに聞けるような状態ではない。二人とも平然としているし、多分大丈夫なはず。落ち着かない気分で無理やり自分を励ましていると、店の奥から先程の女性店員と共に奇妙な人影が現れた。

 

一言で表現するなら……そう、背が低い厚化粧の太ったおばさんだ。身長こそ小鬼サイズだが耳は丸いし、鼻も尖っていない。小人症の人間なのだろうか? にしては肌の色が人間離れしているな。顔は厚塗りされた化粧で真っ白だが、ドレスの袖口から覗く手は薄い緑色。指も妙に細長い気がするぞ。

 

のっしのっしと私たちが囲んでいるテーブルまで歩いてきたマダムは、グリーンのギョロっとした瞳で美鈴さんのことを睨み付けると、やけに甲高い声で質問を飛ばし始める。たぷんたぷんの顎を揺らしながらだ。美鈴さんよりよっぽど『妖怪』っぽいな。

 

「あんた、イカれちまってるのかい? それとも単なる世間知らずの大間抜けなのか? ここがどんな国で、誰の名前を口に出したのかを理解してるんだろうね?」

 

「してますとも。レミリア・スカーレットの名前を出して、情報屋のアピスさんに会わせて欲しいと頼んだんです。」

 

「だったらあんたはやっぱり大間抜けさ。この店までたどり着けたことは褒めてやるがね、フランスで紅のマドモアゼルの名を騙ったヤツが行き着く先は地獄だよ。魔法大臣の名を騙ろうが、シャルルマーニュの名を騙ろうが私の知ったことじゃないが、その名前だけは許されないんだ。」

 

甲高い声だろうがなんだろうが、ドスを利かせることは出来るらしい。かなりの大迫力で威嚇してくるマダムに対して、美鈴さんはへらへらと笑いながら返事を返す。

 

「いやぁ、少し意外です。思ったよりスカーレットに感謝してたんですねぇ、こっち側の住人たちも。」

 

「法より恩義が優先されるのがこの世界なんだよ。そいつを忘れたら畜生と変わらないだろう? ……さて、覚悟は出来てるんだろうね? せめてもの情けとして、ガキは痛めつけるだけで済ませてやるさ。感謝するんだね。」

 

「それも面白そうなんですけど……はい、これ。納得してもらえました?」

 

美鈴さんが懐に手を入れたのを見て、周囲の客たちが一斉に杖を抜いたり手を振り上げたりするが……彼女が取り出した指輪を目にした途端、マダムが素早く指を立ててそれを制した。バーに漂う空気が緊張から困惑に変わっていく中、マダムは慎重な手付きで指輪を受け取る。

 

「……有り得ないよ。」

 

「そう思うんなら確かめてみてくださいよ。貴女は大戦中もこの国に居たんでしょう? だったらやり方を知ってるはずです。」

 

あの指輪に何か意味があるのだろうか? 古ぼけた鉄のシンプルなリングで、特に飾りや宝石のようなものは付いていない。もはや機械とかの『部品』に近い見た目だな。露店で売っていたらたとえ1クヌートでも誰も買わないだろう。私が怪訝に思っている間にも、マダムは疑惑の目付きで指輪をテーブルに置くと、そこに向けてパチリと細長い指を鳴らした。

 

すると焼け焦げるように表面の鉄が消えていき、指輪は真っ赤な宝石へとその材質を変える。継ぎ目のないルビーのリングだ。信じられないかのようにそれを暫く見つめていたマダムは、急に顔を上げると鋭い口調で店員に指示を出す。

 

「羊皮紙を持ってきな! 切れっ端でもなんでも構わないから、大急ぎでだ!」

 

「は、はい! アクシオ(来い)!」

 

羊皮紙? 指示を受けた女性店員がびくりと震えた後、慌てて杖を抜いて店の奥から羊皮紙を呼び寄せる。客たちが固唾を呑んで見守る中、背伸びしたマダムはテーブルに置いた羊皮紙に指輪の側面を押し当てると、それをコロコロと転がした。

 

すると羊皮紙には……おお、文字だ。指輪を転がした後に焦げ跡のような文字が浮かび上がっている。『アイリスは決して枯れず』という読み難い歪なフランス語の一文を読むと、マダムは深く息を吐いて脱力した。

 

「驚いたね。……あんた、本物の紅のマドモアゼルの使者か。」

 

「最初からそう言ってるじゃないですか。勝手に疑ったのはそっちでしょう?」

 

「信じられるわけがないだろう? この街でスカーレットの名を騙って甘い蜜を吸おうとするヤツがどれだけ居ると思うんだい? ……何にせよ、私はあんたに謝罪すべきみたいだね。」

 

「謝罪は不要ですから、アピスさんを呼んでください。あの人に聞きたいことがあるんです。……後はまあ、何か食べ物があれば満点ですね。」

 

全然気にしてない様子で肩を竦めた美鈴さんの発言を受けて、マダムは苦笑しながら店員や客たちに大声で呼びかける。あの指輪が身分を証明する物だったってことかな?

 

「このテーブルに一等高級な料理を持ってきな! それと、アピスを呼び付けるんだよ! どうせそこらの路地裏で売れない絵でも描いてるんだろうさ。……何してんだ! あんたらも探しに行くんだよ! もう店は閉店なんだから、少しは紅のマドモアゼルのお役に立ったらどうなんだい!」

 

おおう、凄い剣幕だな。マダムの言葉に慌てて立ち上がった客たちは、姿くらまししたり駆け足で出口へと向かい出す。……生肉を食べてた人も猫背でパタパタ走ってるぞ。裏社会のイメージが壊れるな。

 

いきなり友好的な雰囲気になったマダムを不思議な気分で見つめていると、それまで黙っていたリーゼ様がバーカウンターの方を指差しながら声を上げた。

 

「私は料理は結構だから、ウィスキーとつまみをくれないか?」

 

「アシャ、持ってきな! ……見た目通りの年齢じゃないらしいね。」

 

「おや、細かい事情を聞きたいかい?」

 

「不要だよ。話したいなら聞くが、こっちから質問するほどバカじゃないさ。私だって身の程は弁えてるんだ。」

 

アシャと呼ばれた先程の女性店員が小走りで持ってきたウィスキーを開けると、リーゼ様はグラスに注いで舐めるように飲みながら話を続ける。実に興味深そうな表情だ。

 

「しかしまあ、キミたちはグリンデルバルドのことが余程にお嫌いらしいね。フランス魔法界の裏側がここまでどっぷりスカーレット派だとは思わなかったよ。」

 

「私たちみたいなはぐれ者にとってもこの国は故郷だからね。……昔からフランス魔法界には二つの顔があったのさ。闇祓いたちが『正当』な方法でルールに従わないゴロツキどもを追い出し、私たちがイタリアのクソマフィアや能無しの移民どもを『不当』な方法で追っ払ってるんだよ。だから両方のルートからフランスを支配しようとしたグリンデルバルドは共通の敵ってわけだ。国が侵略されてる時に表も裏もないさね。」

 

「ふぅん? 占領中はどうしてたんだい?」

 

「レジスタンスへの物資の輸送を手伝ったり、集めた情報を闇祓いどもにくれてやったりしてたよ。グリンデルバルドは『より大きな善』とやらに夢中で、足元を這い回るちんけな小悪党なんぞ眼中になかったみたいだからね。楽な仕事だったさ。」

 

それを聞いたリーゼ様は少し苦い顔になると、椅子の背凭れに身を預けて無言でウィスキーを味わい始めた。……もしかしたら心当たりがあるのかもしれない。無論味方としてではなく、敵としてだろうが。

 

いやはや、まさかマダムも目の前に居る少女がグリンデルバルドの『上司』だとは思っていないだろうな。事情を知っている身からすれば奇妙な構図を眺めていると、美鈴さんが指輪を回収しながら口を開く。いつの間にか鉄に戻ってしまったようだ。魔法の品のようだし、ひょっとしてパチュリーが作ったんだろうか?

 

「闇祓いとも上手くやってるってことですか?」

 

「まさか。……あの時はあの時、今は今さ。私らはお天道様に顔向けできない裏側で、あいつらは堂々と歩ける表側だ。それを履き違えるつもりはないよ。」

 

「悲しい話ですねぇ。大戦で必死に戦った苦労は報われなかったわけですか。」

 

「人を殺した後に善行を積もうが、人殺しは人殺しだろう? 一度染めたらそれまでなのさ。手前で染めといて今更白くなろうってのは我儘ってもんだよ。……どうせ落ちない色なら骨の髄まで染み込ませないとね。薄汚い色でも染め抜けば本物になるんだから。」

 

ひどい台詞だな。厚化粧の顔をニヤリと歪ませたマダムに、くつくつと喉の奥で笑いながらのリーゼ様が皮肉を放った。

 

「んふふ、キミはとんでもない悪人だね。自分が正しいと思ってやってるヤツには救いがあるが、開き直ってるヤツはもう救えない。立派な『社会の敵』になれたみたいじゃないか。」

 

「なれたも何も、こちとら生まれた時から社会の敵さ。私は世にも珍しいしもべ妖精との混血だからね。魔法界ってとこはこんな化け物を受け容れるほど広量じゃなかったんだ。だから、私が生きられる場所はこっち側だけなんだよ。」

 

しもべ妖精の血が混じっていたのか。聞いたことのない話に驚いたところで、入り口のドアが開いて誰かが入ってくる。……長身の女性だ。腰まで伸びた長いベージュのウェーブがかった髪に、カラフルな汚れが付いた青いジャンプスーツ姿。あの人が情報屋か?

 

「おっと、来たかい。……それじゃ、私は奥に引っ込んでおくよ。何を話すのかは聞くべきじゃないし、聞きたくもないからね。」

 

「賢明な判断だね。協力感謝するよ。」

 

リーゼ様の声を背にマダムと料理を置いた店員がカウンターの奥へと消えて行き、代わりにジャンプスーツの女性が近付いてきた。結構な美人さんだな。『情報屋』って言葉のイメージから、てっきり男性だと思っていたぞ。

 

いよいよ話が進みそうなことに安心しつつ、アリス・マーガトロイドはそっと座り心地の悪い椅子に座り直すのだった。

 


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