Game of Vampire 作:のみみず@白月
「学校? フラン、学校に通えるの?」
紅魔館のリビングに響くフランの驚いた声を聞きながら、レミリア・スカーレットは慎重に言葉を選んでいた。
「条件があるわ、フラン。それを守れるのであれば、の話よ。」
「条件?」
見たところフランはこの提案に乗り気らしい。口調にはいつものトゲがなく、興味津々といった様子だ。まあ……無理もない。アリスにホグワーツの話を聞かされた時から、ずっと学校というものに憧れていたのだ。
「いくつかあるの。まず一つ目、人間を殺さないこと。」
途端にフランの顔が曇る。別に殺したいというわけじゃなく、手加減ができないのだ。数々の失敗を経て、フランは自信を失っているらしい。
「これに関してはちょっとした考えがあるわ。問題はそれを心がけることが出来るかどうかよ。どうかしら?」
「んぅー……頑張ってみる。」
あの後、私たちは八雲紫の提案に乗ることを決めた。もちろん幻想郷とやらに移り住むのは未定だが、試しにフランをホグワーツに通わせてみるのは悪くない考えだろう。もしフランがホグワーツで大量虐殺をやらかした時の為の亡命先にしようと思っているのは内緒だ。
数度の話し合いを経て、八雲紫の能力には確かに効果があることを確認している。害されないまでも害さない、というレベルに調節することは可能なはずだ。能力がそのまま使えることは不安だが……一応の自衛用として残しておく予定でいる。
「二つ目、他人から血を吸わないこと。吸血用のボトルを持たせるから、血はそこから摂取するの。出来る?」
「簡単だよ!」
これに関しては問題ないだろう。フランは元々吸血衝動が薄いし、そもそも吸血鬼というのはそんなに頻繁に血を吸わない。
「三つ目、校舎を壊さないこと。何か大きな事故を起こしたら、その時点で学校とはさよならよ。」
「うぅ、わかった。できる……と思う。」
ここが一番心配な点となる。自動で修復されるのが当たり前な地下室で育ったフランは、物を壊すことに躊躇がないのだ。願わくばそのことも学んできて欲しい。
「最後に、きちんと勉強をすること。学校は遊びに行く場所ではないわ。スカーレット家の家人として、それなりの成績は取ってもらうわよ。」
「頑張る!」
元気いっぱいに両手を握りしめるフランだが……ああ、心配だ。正直言って成績についてはどうでもいい。みんなと一緒に勉強する、という社会性を身につけて欲しいのだ。
「本当に約束できるのね?」
「絶対、ぜーったい、約束する! ……フラン、そしたら学校に行けるんだよね?」
「はぁ……。不安だけど、そうよ。ホグワーツについての詳しい話はアリスかパチェに聞きなさい。もうちょっと先の話になるけど、今のうちから知っておいたほうが良いでしょう。」
「やったー! 学校、学校! 友達ができる!」
はしゃぎ回るフランを見ながら、ますます心配になってくる。友達など出来るのだろうか? 狂気の制御にも関わっていたため、結局翼を隠すことは叶わなかったのだ。それでも近付いてくる人間がいればいいが……。
「それじゃあ、私は用事があるから行くわね。美鈴とでも遊んでいなさい。」
フランには聞こえていないようだが、一応声をかけてから部屋を出る。さて……ダンブルドアを説得しに行かねばなるまい。あの男は種族で差別するような人間ではないはずだ。フランがホグワーツを必要としているなら、説得は難しくないだろう。
ダンブルドアへの同情を誘う文言を考えながら、レミリア・スカーレットは紅魔館の廊下を一人歩くのだった。
─────
「こんにちは、アリスさん。」
ダイアゴン横丁のカフェテラスで、おずおずとした様子で挨拶する少女を眺めるアリス・マーガトロイドは、この子の性格はテッサに似なかったなと内心で独りごちるのだった。
「こんにちは、コゼット。元気そうでよかったわ。」
コゼット・ヴェイユ。十年前に数日間寝ないで名前を考えた赤ちゃんは、今や立派な少女に育っている。
髪色は父親に似た銀髪で、ヘーゼルの瞳はテッサ譲りだ。顔は……大人しいテッサ、といった感じになっている。中々の美人さんになった。
「ほら、なんだって恥ずかしがってるのよ。アリスには何度も会ってるでしょ?」
「うん、そうだけど、アリスさんは綺麗だから……。」
「あら、お母さんはどうなのかしら? 随分と失礼な言い草じゃない?」
「そ、そんなつもりじゃないよ!」
親子の会話に、知らず微笑みがこぼれる。テッサも立派にお母さんをしているもんだ。そういえば……初めてリーゼ様に会った私は、こんな感じだったかもしれない。年齢もこれくらいだったはずだ。
「ところで、やっぱり旦那さんは来れなかったみたいね。」
テッサの旦那さんは魔法省に勤めているのだが、最近はどうも忙しいらしい。今日も一緒に買い物をする予定だったのだが、どうやら仕事から抜け出せなかったようだ。
私の声に顔を向けたテッサが、呆れたように話し出す。
「そうなのよ。例の『なんちゃら卿』がまたなんかしたらしいの。ほんっとにいい迷惑だよ。」
近頃世間を賑わせている、ヴォル……ヴォルデモート卿? まあそんな感じの変な名前のヤツが、またしても騒ぎを起こしたらしい。馬鹿みたいな名前だし、馬鹿みたいに騒ぐのは仕方がないかもしれない。
「残念だけど、仕方がないわね。まあ、諦めて買い物に専念しましょう。」
「そうだね。んじゃあまずは、本屋かな? この子に教科書を買わないといけないんだ。」
おっと、忘れる前にフランのことを話しておこう。今日はそれを伝えるつもりだったのだ。
仲良くなって名前で呼び合うようになった小さな吸血鬼のことを、テッサとコゼットに説明する。友達になれればいいのだが。
「そうそう、私も同じような買い物があるのよ。私の……えーっと、知り合いの子も、今年からホグワーツなの。」
「うっそ? ってことは、コゼットと同級生なんだ。よかったね、コゼット。友達が出来るかもよ?」
「うん……あの、どんな子ですか? 乱暴な子だったら、ちょっと怖いかもしれないです。」
ちょっとだけ期待した瞳で聞いてくるコゼットに、残念な情報を伝える。いずれバレるのだ、ここで伝えておこう。
「まあ、優しい子なんだけど……吸血鬼なのよね。」
テッサは驚いて目を丸くして、コゼットは……ダメそうだ。ぷるぷる震えている。
「吸血鬼って、あの吸血鬼? 血を吸ったり、ニンニクが嫌いな?」
「いや、ニンニクは別に嫌いじゃないわ。血は……ちょっとは飲んだりするけど、無理矢理吸ったりはしないのよ?」
聞いてきたテッサにではなく、震えっぱなしのコゼットに説明する。なるべくここで良い印象を与えるべきだ。
「コゼット? 無理にとは言わないわ。でも、その子は友達が欲しくて学校に通おうとしているの。とってもいい子だから、出来れば怖がらずに友達になってくれないかしら?」
震えながら私のことを見つめていたコゼットだったが、やがて決意を感じる表情で答えてくる。
「ア、アリスさんがそう言うなら……私、頑張って話しかけてみます。」
震えたままだったが、目にはしっかりとした力がある。こういうところはやはりテッサの娘だな。
「ま、ダンブルドア校長が許可したんなら問題ないでしょ。ちゃんと気にかけてあげるんだよ? コゼット。」
「うん、わかった。」
「テッサにもお願いするわ。ダンブルドア先生にも頼んだらしいんだけど、他にも気にかけてくれる教師がいればあの子もやり易いでしょう。」
「任せてよ。どんな子だろうと、ホグワーツは受け入れてみせるから。」
胸を張って答えるテッサに、ホッと安心の息がこぼれる。信じてはいたが、それでも悪い反応じゃなくてよかった。
「それじゃ、早く本屋に行こうよ。その後は魔法薬学の道具と……あとはなんだろ?」
「お母さん、杖も買ってくれるんでしょ?」
「ああ、そうだった。オリバンダーの杖屋にも行かないとね。」
コゼットがメモを取り出してチェックしている。しっかり者に育っているらしい。……反面教師というやつかもしれない。
歩き出す親子の後に続いて、私もゆっくりと足を踏み出した。
他の必要な物を買い終わり、ようやくオリバンダーの店にたどり着いた。ドアを開けて三人で店に入ると……先客がいるようだ。入学シーズンだし、仕方がないのかもしれない。
「ありゃ、ミネルバ。新入生の案内かな?」
「これは、ヴェイユ先生。その通りです。そちらは……ああ、娘さんの杖を買いに来たんですね。」
見たような顔だと思ったら、マクゴナガルだった。キリッとした雰囲気はそのままに、随分と貫禄が出てきている。相手も私に気付いたらしく、こちらに向かって挨拶をしてきた。
「マーガトロイドさんも、お久しぶりです。何というか……お変わりないようで。」
「ええ、久しぶりね、マクゴナガル。噂はテッサから聞いているわ。立派な教師になったって。」
「わー、そんなこと言わなくていいから! 私たちは隅っこで待ってるよ。ほら、行こう?」
照れたテッサに腕を引かれて、店の隅っこにある椅子に座らされる。私には教え子自慢をしてくるくせに、本人に言うのは照れるらしい。
コゼットを見れば、初めて来る杖屋に興味津々のようだ。壁にかかっている曰く付きの杖を、一つ一つ目を丸くしながら確かめている。
マクゴナガルが案内しているという一団を見れば……なるほど、マグル生まれの女の子らしい。きちんとスーツを着ている両親を見れば一目瞭然だ。魔法使いなら完璧に着れるわけがない。
かつて見たスーツを上下逆に着ていた魔法使いのことを思い出していると、隣に座るテッサがオリバンダーを見ながらポツリと呟いた。
「しっかし、オリバンダーも老けたねぇ。時の流れを感じるよ。」
「まぁ、そうね。私たちが杖を買った頃は、まだ成人したばかりだったものね。」
今代のオリバンダーは杖作りの名人として、かなりの評価を受けている。私の杖も若かりし頃の彼が作ったものだ。テッサもイギリスの学校に通うということで、この店で杖を買ったらしい。
「いやになっちゃうよ。自分の歳を自覚させられるみたいでさ。」
「私が言うのもなんだけど、テッサはかなり若々しく見えるわよ? 贔屓目抜きで……三十代前半ってとこね。」
「それなら嬉しいんだけどね。あんまり年寄りがお母さんだと、コゼットがかわいそうかなーって。」
「あのね、さすがに気にしすぎだわ。まだ四十になったばかりでしょうに。」
実際のところ、テッサが若々しく見えるのは事実だ。快活な雰囲気がそうさせるのかもしれない。
それに……こういうことを言われると胸がチクリと痛む。いつか来る別れが近づいてくる気がして怖いのだ。考えるな、アリス。まだまだ先の話なんだから。
「そうかな? それならいいんだけど。……おっ、あの子、杖に出会えたみたいだよ。」
テッサの声にマクゴナガルたちのほうを見れば……ちょうど女の子が握っている杖先から、美しい蝶の群れが飛び出したところだった。どうやらいい相棒に出会えたらしい。
「おお、お見事ですな。26センチ、柳にユニコーンの毛。振りやすく、呪文術に最適。良い杖に出会えたようで何よりです。」
「ありがとうございます。」
オリバンダーの説明に、女の子が嬉しそうに応えた。そのままマクゴナガルたちは次の買い物に向かうらしい。ペコリと一礼するマクゴナガルに礼を返して、コゼットを呼んで杖選びを始める。
オリバンダーは私を見ると少し驚いたようだったが、すぐさま私の杖を見て顔を緩めた。さすがに高名な杖職人だけある。人間にはさほど興味がないらしい。
「おお、お久しぶりです、マーガトロイドさん。ブナノキに不死鳥の羽根、24センチ。繊細だが悪戯好き。大事に使っていただけているようですな。」
「ええ、手入れは欠かしていないわ。」
これは本当のことだ。杖なしの魔法をよく使うようになった今でも、キチンと手入れはしている。ちなみにパチュリーも同様だ。魔女としての癖のようなものなのかもしれない。
「それに……ヴェイユさん。イトスギにユニコーンの毛、29センチ。勇敢で忠実。こちらも見事な状態ですな。」
「一応教師だからね。手入れしてなきゃ格好がつかないってわけ。」
テッサは答えながらもコゼットをオリバンダーの方へと押し出す。コゼットは緊張しているようだ。
「今日はこの子に杖を買いに来たの。とびっきりの出会いをさせてやってね?」
「おお、お任せください。必ずや、最高の出会いを見出してみせましょう。」
やる気を出したオリバンダーは、メジャーを取り出してコゼットの腕の長さを測り始めた。乗せるのがうまいな、テッサ。
測り終えると、早速とばかりに数本の杖をコゼットに試させるオリバンダーを眺めつつも、フランの時はどうしようかと考える。
リーゼ様はこの店で普通に杖を買ったらしいが、それは八十年くらい前の話だ。今代のオリバンダーも吸血鬼に杖を売ってくれるだろうか? ……まあ、売ってくれるか。さっきの対応を見る限り、誰に売るかではなくどれを売るかにしか興味はなさそうだ。
ぼんやりとフランのことを考えていると、コゼットが一本の杖を握った瞬間、杖先から花びらが出てくるのが目に入ってきた。どうやらきちんと出会えたらしい。
「おみごと、おみごと。ナシにユニコーンの毛、27センチ。優しく、安定している。ナシの杖は悪しき魔法使いを決して選びません。お嬢さんはきっと、素晴らしい魔法使いになることでしょう。」
「は、はい!」
なかなか良い杖のようだ。近寄ってテッサと一緒に頭を撫でてあげながら、お祝いを口にする。
「よかったわね、コゼット。おめでとう。」
「いやぁ、ナシの杖なんてお母さん鼻が高いよ。やったね、コゼット。」
「ありがとう、お母さん、アリスさん。」
テッサがオリバンダーさんにお代を払い、三人で礼を言って店を出る。やっぱり誰かが杖と出会う瞬間は感動するものだ。フランの時が楽しみになってきた。
三人でダイアゴン横丁を歩きながら、アリス・マーガトロイドは小さな友人の杖との出会いに想いを馳せるのだった。