Game of Vampire   作:のみみず@白月

340 / 566
空虚なもの

 

 

「ありゃ、防がなかったですね。」

 

んー、肉を蹴った時の感触じゃないな。膝に残る奇妙な感覚に首を傾げつつ、紅美鈴はえらい速度で飛んでいく魔術師のことを見送っていた。まあ、多分死んだだろう。ゾウくらいなら即死する威力で蹴ったわけだし。

 

アピスさんからの情報を基に魔術師の工房に突入したのがちょっと前で、斜めに落下するという新鮮な体験をしたのがついさっき、そして私たちの眼前でペラペラ話し始めた魔術師を蹴ってやったのが今だ。術師なんぞの会話に付き合っていても良いことなどあるまい。無視してぶっとばすのが賢い行動だぞ。

 

戦い慣れていないアリスちゃんが引きつった顔で魔術師を……あーあ、千切れちゃった。空中で綺麗に『分離』した魔術師を目で追っているのを他所に、仏頂面の従姉妹様が私に苦言を呈してくる。

 

「キミね、もっと過程を楽しんだらどうなんだい? 一瞬で終わっちゃうとつまらないじゃないか。」

 

「そういうことをやってるから取り逃がすんですよ。……従姉妹様って相手を追い詰めた後に勝ち誇り始めて、なんやかんやで逆転されちゃうタイプですよね。私は先ず殺してから考えるタイプなんです。大抵の場合、死体は反撃してきませんから。」

 

「言うじゃないか、ぽんこつ門番め。夕食抜きにしちゃうぞ。」

 

「あー、そういうの! そういうのはズルいですよ! ……さすがは従姉妹同士ですねぇ。図星を指された時のお嬢様の反応にそっくりです。」

 

形勢が悪くなるとすぐさま盤をひっくり返そうとするな。しかも、一切悪びれずにだ。それもまた吸血鬼の強みかもしれないとため息を吐いていると、微妙な表情のアリスちゃんが魔術師が飛んでいった方向をおずおずと指差した。

 

「……どうするんですか? あれ。」

 

「確認してきますからここに居てください。普通に死んでると思いますけどね。」

 

軽く返事を返しつつ、コンクリートの地面を蹴って壁際まで移動してみると……おお、生きてるのか? 立ち並ぶ雑多な人形たちの向こう側で、魔術師の上半身がもがくように右手を動かしているのが目に入ってくる。下半身は腰のあたりから千切れて、左腕もどっかにいっちゃったみたいだが、頭はきちんとくっ付いているようだ。思ったより頑丈だな。

 

「わお、ひょっとして生きてます? しぶといですねぇ。」

 

右腕を掴んでぶら下げながら聞いてみれば、魔術師は困ったような苦笑で返答を寄越してきた。血は流れていないし、特に痛みも感じていないらしい。そういえば従姉妹様が身体を改造してるとかなんとかって言ってたっけ。

 

「生きていますよ。『生きている』の定義次第かもしれませんが。」

 

「そういう哲学問答は苦手なのでやめてください。……へぇ? 内側は金属で出来てるんですね。内臓とかは入ってないんですか?」

 

「胴体部には基本的に入っていませんよ。しかし頭部には脳が収納されていますので、そこだけは丁寧に扱っていただけると助かります。……降参しますから、話し合いをしませんか? そもそもそのつもりで出てきたんですけどね。」

 

「残念ですけど、私は『話が早い』タイプなんですよ。今度からは白旗を持って登場してください。」

 

にへらと笑って言った後、くるりと身を翻して従姉妹様とアリスちゃんの所に戻る。移動の衝撃で魔術師の断面から幾つかの金属片が落っこちているが……まあ、平気だろう。半分になっても大丈夫なんだし、この程度何でもないはずだ。

 

「どもども、お二人とも。捕虜を持ってきました。まだ生きてるみたいですよ、こいつ。」

 

手に持った『戦利品』を高々と掲げて宣言してやれば、待っていた二人は対照的な反応を送ってきた。アリスちゃんは驚愕を、従姉妹様は納得をだ。

 

「……胴体も生身じゃなかったんですね。」

 

「なるほどね、自分も『お人形さん』になってたわけだ。変質者にはお似合いの姿だよ。」

 

「頭の中は生って言ってましたけどね。降参したいみたいですよ?」

 

三人で囲んだ地面の中心に上半身を放り投げつつ報告してみると、コンクリートの床に落ちた魔術師は情けない顔で口を開く。

 

「いやはや、またしても不運ですね。工房を突き止められるかもとは思っていましたが、吸血鬼に加えてこんな化け物みたいな存在が一緒なのは予想外でした。お陰で何かをする前にこのザマですよ。色々と歓迎の準備を整えておいたのですが。」

 

「はいはい、キミが油断してたのはよく分かったよ。吸血鬼を敵に回すべきじゃないと理解できたかい?」

 

「それはもう、心の底から理解させていただきました。他の人外と距離を置いていたのが裏目に出ましたね。本から手に入る吸血鬼の情報など高が知れていたようです。……一応聞いておきますが、見逃してくれませんか?」

 

「ダメに決まっているだろう? この私の強大さを知れたことを喜びながら死んでいきたまえ。」

 

ほら、やっぱりやってるじゃないか。従姉妹様がありきたりな感じに勝ち誇り始めたのを見て、私がやれやれと首を振ったところで……何だ? 魔術師がクスクス笑いながら話を続けてきた。随分と余裕があるな。

 

「まあ、そうでしょうね。……非常に残念ですよ。これはお気に入りだったのですが。」

 

「『これ』?」

 

「この身体ですよ。私は他人を見下ろせる背の高い男性というのが一番好きでしてね。何度か改良も加えましたし、長く使っているので愛着があるんです。魔法力を行使できるというのも中々便利でした。」

 

どういう意味だ? 私とアリスちゃんがきょとんとするのを尻目に、従姉妹様だけは言わんとすることに気付いたらしい。物凄く面倒くさそうな顔になったかと思えば、大きくため息を吐きながら魔術師に文句を呟く。

 

「頗る面倒なヤツだね、キミは。その身体は『本体』じゃないのか。」

 

「当たり前でしょう? 訳の分からない化け物どもの前に不用意に出て行くと思いますか? ……脳だけは元々付いていた部品を残していますが、見て、聞いて、話して、動かしているのは遠く離れた『私』ですよ。遠隔操作は得意なんです。」

 

「脳だけを残す必要があるのかい? そこまでやるなら丸っきり作り物でも問題ないだろうに。」

 

「脳まで取ったら魔法を使えなくなってしまうじゃありませんか。それに、脳が稼働していると既存のパーツが使い易くなりますからね。この身体は全身を入れ替えていますが、もしもの時に『接続』できるように残してあるんです。」

 

つまり、目の前で無残な姿になっている『これ』は単なる操り人形ってことか。……それは確かに面倒だな。アピスさんですらこの身体を『魔術師』だと思っていたようだし、そうなると本体の情報はゼロ。振り出しに戻っちゃったぞ。

 

また一からやり直すことを思ってうんざりしている私に対して、アリスちゃんは別の部分に怒っているらしい。魔術師を睨み付けながら非難し始めた。

 

「……非道に過ぎるわよ、貴方。脳が動いてるってことがどういう意味なのかを理解しているの?」

 

「ええ、分かっていますとも。ジャンメール氏……この身体の素材になった人間の名前ですが、彼はまだ『生きている』ということを言いたいんでしょう? 感覚器官とは切り離されているので見ることも聞くことも出来ませんし、如何なる刺激も受けていないはずですが……興味深いとは思いませんか? 彼は今何を考えているんでしょうね? いや、そもそも考えることが可能なのかも不明です。 外界を観測できない個は存在していると言えるのでしょうか? 興味が尽きませんよ、本当に。」

 

「一人で勝手に実験してればいいじゃないの。自分の脳みそを水槽にでも浮かべてみなさいよ。」

 

「気にはなりますが、自分で確かめたくはありませんね。ジャンメール氏の状態は『生き地獄』と称するにぴったりの状況ですから。魔法力を生み出すための部品になるなんて御免ですよ。それこそ死んだ方がマシ、というやつです。」

 

いけしゃあしゃあとのたまう魔術師にアリスちゃんが侮蔑の目を向ける中、今度は従姉妹様が冷たい声色で言葉を放つ。

 

「しかしだね、どうしてキミはそのことをわざわざ教えてくれるんだい? 黙って死んだフリをすれば良かったじゃないか。そしたら私たちはキミを殺したと勘違いしてたかもしれないよ?」

 

「その方法は合理的かもしれませんが、同時に退屈極まる選択です。……こんなもの単なる暇潰しに過ぎないんですよ。マドモアゼル・マーガトロイドは是非とも欲しいですが、折角力ある吸血鬼や大妖怪がゲームに参加してくれたんですから、主催者たる私としてはどんどん盛り上げていくべきでしょう? 貴女も長命な妖怪なら理解しているはずだ。人生とは長いゲームだということを。」

 

「んふふ、ようやく真っ当な台詞が出てきたじゃないか。その通り、生とは最高のゲームさ。生きとし生けるものは皆それを遊んでいるだけなんだ。……だが、魔術師が『妖怪の常識』を口にするのは少し意外だね。お堅い理屈屋連中は中々理解してくれないものだと思っていたが。」

 

「他の魔術師や魔女と考え方が違うのは当然ですよ。私は人間から魔術師に至ったわけではなく、魔術師として生まれた存在ですから。存在としてはむしろ妖怪に近いのかもしれませんね。」

 

んん? よく分からんな。生まれた時から『魔術師』だなんて有り得るか? 私が疑問に思っているのを他所に、アリスちゃんが鋭い口調で指摘を飛ばした。

 

「昨日の夜は『理想の人形を作るために魔の道に踏み込んだ』と言っていたはずよ。」

 

「おっと、初心な方だ。私の言葉を信じてしまったんですか? ……あれは『エリック・プショー』に付けた設定ですよ。人形で遊ぶなら設定に拘らないといけませんからね。ある程度本物の私に近いプロフィールであることは確かですが、同一であるとまでは言えません。人形でごっこ遊びをしたことはありませんか? 私は別人の設定で遊ぶのが好きだったんです。自分ではない誰かになれるのは楽しいものですから。」

 

「アリス、こいつの話は適当に聞いておきたまえ。そもそも本当に魔術師なのかすら怪しくなってきたぞ。『生まれながらの魔術師』なんて存在するわけないだろうが。」

 

「そこは本当なんですけどね。……まあ、魔術師という部分は間違っているかもしれません。『私』は女性ですし、最初は魔女と呼ばれていたような気がしますから。長年色々な設定の人形に意識を移したり操ったりしてきた所為で、今や自己が曖昧になっていましてね。こうして喋っている自分自身が間違いなく『本体』だという確信を持てないんです。困ったものですよ。」

 

おいおい、やっばいヤツだな。自己の確立というのは妖怪にとって最も重要な部分だ。それが出来ていないのに平然としているあたり、私たちとは全然違う存在なのかもしれないぞ。従姉妹様もそう思ったようで、警戒のレベルを明らかに上げながら返事を返す。

 

「凄まじく不気味な存在だね。……つまりあれか、キミは魔女という怪異として生まれた妖怪なわけだ。それなら微妙にズレてるのも納得だよ。」

 

「ああ、そうかもしれませんね。あるいはその記憶が『私』という人形に植え付けられたもので、実際の本体は普通に魔女だったり魔術師だったりするのかもしれません。遠隔操作用以外にもある程度の自我を持った人形をいくつか作りましたから。……しかし、そうなるとマドモアゼル・マーガトロイドの立場が複雑になってしまいます。『私』は『エリック・プショー』を通して人形を作れるわけですから、彼女を人形にすると『人形が操る人形を作れる人形が作った人形を作れる人形』ということになるわけです。」

 

「無意味な早口言葉はやめてくれ。……本体がとっくに死んでる可能性を考慮すべきだと思うけどね。今すぐ自分の頭を割って確かめてみたらどうだい? 出てきたのが綿の塊だったら面白いことになるぞ。」

 

「それはまた、背筋が凍る話ですね。主人を失くしたのに気付かず、虚構の目的を目指し続ける人形ですか。悪くないストーリーです。今度試してみることにしましょう。」

 

発言とは裏腹に、魔術師……じゃなくて、結局魔女なのか? とにかく目の前の人形は愉快そうな笑みを浮かべている。別にどうでも良いと感じているのだろう。私だったらめちゃくちゃ怖いけどな。自分が誰かに作られた人形で、それを自覚せずに生きてるってのは恐怖に値する状況だと思うぞ。

 

魔術師か、魔女か、人間か、人形か、妖怪か。当人ですら自分が何なのかを理解していないあやふやな存在は、壊れかけの人形を通して話の続きを語り出した。

 

「まあ、そこまでいくと禅問答ですよ。自分が何であるかなんてことはさほど重要じゃないんです。大切なのは楽しんでいるか否かでしょう? 私は楽しんでいます。なら問題ありません。」

 

「それには同意しようじゃないか。その上で言わせてもらえば、私はキミの存在が『楽しくない』んだ。必ず見つけ出して殺してみせるよ。」

 

「そこまで嫌われると少し悲しいですね。……こちらとしても貴女がたを相手取るのは面倒だと理解しましたし、マドモアゼル・マーガトロイドを引き渡して終わりにしませんか? 望むならそれなりの対価を用意できますよ? 私にとっては『人形を作れる』という付加価値がありますが、貴女にとってはそうでもないでしょう?」

 

「相変わらず吸血鬼に詳しくないようだね。悪いが、アリスは私のものなんだ。そして吸血鬼って存在は自分のものを誰かに渡したりはしないのさ。交渉は不可能だと思ってもらおうか。」

 

まあうん、吸血鬼に対して身内を引き渡せってのは有り得ない提案だろうな。即答で拒否した従姉妹様へと、人形は困ったような苦笑で代案を提示する。

 

「では、こうしましょう。次の一戦で決めるのはどうですか? 正直言って貴女は私のことを探し出せないと思いますし、私としても吸血鬼に延々付け狙われるのは望ましくありません。次のゲームで負けたらマドモアゼル・マーガトロイドは諦めます。その代わり舞台に彼女を連れて来てください。」

 

「嫌だよ。何が悲しくてキミの準備した舞台でやり合わなくちゃならないんだい? 心配しなくても探し当ててみせるさ。こっちはちょうど大きなゲームが終わって退屈してたところだったんだ。世にはノーヒントで特定の存在を探し出せる妖怪ってのも居るんでね。」

 

ニヤリと笑う従姉妹様の脅しは……まあ、ギリギリ嘘ではないな。『反則級』の連中ならどこに隠れようが一発で見つけられるだろう。どいつもこいつも癖が強いから頼むのは難しいかもしれないが、別に不可能ってほどではないはずだ。私もいくらか心当たりがあるし。

 

私がうんうん頷きながら納得していると、人形はやおら微笑みを浮かべてアリスちゃんに話しかけた。やけに楽しそうな雰囲気だ。

 

「いいえ、受けますよ。貴女ではなく、マドモアゼル・マーガトロイド本人がね。確か……テッサ・ヴェイユでしたか? 今日はどこで何をしているんでしょうね? あのお嬢さん。」

 

「……どういう意味?」

 

「私が言いたいのは、『お姫様』から目を離すべきではないということですよ。更に言えば、誘拐した少女もまだストックが残っています。全身がきちんと無事なのは一体だけですけどね。ご友人のおまけくらいにはなるでしょう?」

 

「テッサに何を──」

 

おおっと、危ない。勢いよく詰め寄ろうとするアリスちゃんを止めて、従姉妹様に続きを任せる。迂闊にアリスちゃんを近寄らせるべきではないのだ。こいつが抜け目ない存在なのはさすがに理解できたのだから。

 

「ヴェイユを攫ったわけか。……良い手だね。フランス当局の話によれば、闇祓いが一人護衛に付いていたはずだが?」

 

「闇祓い如きが何かの役に立つとお思いですか? ……もちろんお姫様は五体満足ですし、傷らしい傷もありません。餌としては悪くないでしょう? 食い付いてくれると助かるのですが。」

 

「うーん、難しいところだね。私としてはそこまでの価値を感じないかな。ヴェイユが死んだところでノーダメージだよ。」

 

「さて、どうでしょうね? それが真実にせよ嘘にせよ、貴女はマドモアゼル・マーガトロイドの意思を無視できないようだ。ならば人質としての価値はあるはずです。」

 

薄ら笑いの人形と何かを黙考する従姉妹様が睨み合っているのを、もごもご言っているアリスちゃんの口を塞ぎつつ眺めていると……やがて従姉妹様がイラついている時の口調で話を進め出す。

 

「いいだろう、乗ってやろうじゃないか。場所は?」

 

「十七区の外れに廃劇場がありましてね、地図は私の胸ポケットに入っています。そこでお待ちしていますよ。」

 

「ふん、どうせ『お待ちしている』のは人形の向こうに居るキミじゃないんだろう?」

 

「それはそうですが、ルールはきちんと守りますよ。今回のゲームは次で最終戦です。決着が付いたら私は『暫くの間』マドモアゼル・マーガトロイドのことを諦めますし、貴女がたもしつこく私を追わない。条件を呑んでいただけますか?」

 

暫く、ね。嫌な一言を付け足した人形に対して、従姉妹様は無言で薄暗い天井を見上げた後、冷たい声で質問を投げかけた。

 

「契約を破ることの危険性は理解しているかい?」

 

「これでも人外としてそれなりに生きてきましたからね。破っていい手形とそうでないものの違いはよく理解しています。……自分で決めたゲームのルールを無視するほど落ちぶれてはいませんよ。人間ならば唾棄される程度で済みますが、人外にとっては赦されざる行いですから。お望みであればお好きな方法で正式な契約を結びますよ?」

 

「それを理解しているのであれば結構だ。次で最後、終わった後は互いに不干渉、人質の安全を保証。それと……そうだな、終わったらヨーロッパから出て行ってもらおうか。近場をうろちょろされるのは目障りだからね。」

 

「おや、条件を追加できる立場ですか?」

 

クスクス笑いながら言った人形に、従姉妹様もまた吸血鬼の笑顔で応じる。……おー、怖い。いつもの皮肉げな感じの笑顔ではなく、冷酷な鬼としての笑顔だ。

 

「それがだね、追加できる立場なんだよ。……私はキミのゲームに『乗ってあげてもいい』と言ってるんだ。『交ぜてください』と頼み込んでるわけじゃない。ヴェイユが殺されるのはアリスにとって耐え難い痛手だろうし、私としても悲しむ彼女のことは見たくないが、結局のところそれだけだ。別にこのまま追いかけっこを続けてもいいんだよ? そうなった時、自分がどうなるのかが分からないのかい?」

 

「安い脅しですね。見付け出した後、苦しめて殺すとでも言うんですか? 自分で言うのもなんですが、私に対してはあまり効果がないと思いますよ。」

 

「簡単に殺すわけないだろう? 見付け出したキミに与えるのは永劫の『退屈』だよ。古今東西の力ある人外たちが唯一恐れるもの。それを与える方法を私はよく知っているんだ。」

 

従姉妹様が放った『とびっきりの脅し』を受けて、人形は僅かな間だけ口を噤む。私としても一番怖いのはそれだな。物や土地、建物なんかに強大な人外が封印されているという逸話は世界各地に転がっているが、あれは殺せないから仕方なく封印しているわけではなく、殺すより残酷な所業だから封印しているだけなのだ。

 

力ある人外は死など恐れないし、消滅させたところで後に残るものなど何もない。故に私たちにとって最悪の拷問は永い退屈というわけだ。たった五百年間山に封印されただけで『二度と戻りたくない』と弱音を吐いていた友人を思い出していると、人形が先程よりやや慎重なトーンで話を再開した。

 

「それは確かに勘弁願いたいですね。……まあ、構いませんよ。フランスに住むのもそろそろ飽きてきましたし、終わったら別の土地に移ります。」

 

「大いに結構。それじゃ、始めようか。」

 

「ええ、楽しみましょう。お互いに。」

 

端的な受け答えと共に、人形は残っていた右腕を振り上げると……伝言を終えたら不要ってことか。それを自分の頭に勢いよく振り下ろす。結果としてぐしゃりと潰れて変な汁が出てきた頭部を見ながら、従姉妹様が大きく鼻を鳴らして口を開いた。

 

「あんまり楽しめそうにないゲームだし、パパッと終わらせようじゃないか。……安心したまえ、アリス。ああいう手合いはルールを守るよ。無事だと明言した以上、ヴェイユは無事さ。」

 

「でも、私が巻き込んじゃった所為で──」

 

「気持ちは分かるが、後悔したり謝ったりするのは後で本人相手にやりたまえ。ちゃんと救い出してあげるから。……正直言って負ける気はしないからね。あいつ、本気で勝てる可能性があると思ってゲームを吹っかけてきたのか? だとしたら相当なアホだが。」

 

前半を優しげな声でアリスちゃんに、後半を呆れ声で私に言った従姉妹様へと、半笑いで同意の返答を送る。

 

「人質を取ったのは悪くない選択でしたけど、『人数制限』を明確にしなかったのは相当間抜けですね。人外のゲームに慣れてないんでしょうか?」

 

「かもしれないね。押さえるべき部分を押さえていないし、初心者丸出しのゲームルールだよ。仕来りはある程度理解してたみたいだが、実際にやるのは初めてってとこじゃないかな。」

 

「まあ、今回は痛い目を見てもらうとしましょうか。これも勉強ってもんですよ。」

 

いきなり砕けた感じに話し始めた私たちを見て、クエスチョンマークを浮かべたアリスちゃんが疑問を寄越してきた。

 

「あの、どういうことですか?」

 

「人質の安全は保証した癖に、時間や人数の指定をしなかったってことさ。……ま、とりあえずはここを出よう。昼食でも取りながら話そうじゃないか。」

 

「いやいやいや、早くテッサを助けに行きましょうよ!」

 

「急いては事を仕損じるのさ。私に任せておきたまえ。」

 

のんびりした発言に慌てて反論を飛ばすアリスちゃんを横目にしつつ、私も二人の背に続いて歩き出す。事の発端から二日とちょっと。そろそろお嬢様は大陸側の人外との交渉を終えただろう。それはつまり、もう一人の魔女がフランスに入れるという意味に他ならない。

 

酒は酒屋に、茶は茶屋に。だったら魔女のことは魔女に任せるべきなのだ。次の戦いでは楽が出来そうだなと考えながら、紅美鈴はランチの内容へと思考を切り替えるのだった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。