Game of Vampire   作:のみみず@白月

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鬼ごっこ

 

 

「……へ?」

 

ゆっくりと開いた瞼の向こう側。そこにあった光景が自分の部屋ではないと脳が認識した瞬間、テッサ・ヴェイユは反射的に硬いマットレスから飛び起きていた。オレンジ色の豆電球に照らされた古い木の丸椅子、大量の照明が備え付けられた鏡台、所々穴が空いている時代遅れなデザインのソファ。薄暗い小部屋の中にある埃まみれの家具たちは、どれもこれも見覚えのない物ばかりだ。

 

どこなんだ? ここは。見知らぬ場所と訳の分からない状況に暫し呆然とした後で、慌てて自分の服装をチェックする。……うん、乱れてないな。杖もしっかりとホルダーに収まっているようだ。それを抜いて杖明かりを灯してから、部屋を調べつつ記憶の確認を始めた。

 

私の中に残っている最後の記憶は……えっと、実家の自室のベッドで横になっていた記憶だな。グラン・ギニョール劇場での騒ぎが一段落した後、魔法省で行われたアリスの事情聴取が長引きすぎた所為で、パパの手によって強引に家へと帰されてしまったのだ。割と粘ってはみたのだが、アリスのことは任せろと言われて渋々頷いてしまった。

 

ちなみに家に帰る時はクロードさんも一緒だったはずだ。一応は巻き込まれた形になった私を心配して、引き続き護衛に付いてくれることになったんだとか。本人は真面目くさった顔で任務ですなんて主張していたが、どうもバルト隊長に頼み込んでくれたらしい。

 

そしてオルレアンの屋敷に到着した後はアリスを案じるママの質問攻勢をどうにか捌きつつ、お手伝いさんが用意してくれた軽めの食事をクロードさんと二人で食べてから、一旦部屋に戻ってベッドに倒れ込んだ後……むう、思い出せるのはそこまでだな。いきなりこの部屋で目を覚ましたのである。

 

いくらお間抜けな私でも、あのまま寝ちゃったというのはさすがに有り得ないはず。パパとアリスが帰ってくるまでは起きて待っていようと考えていたし、劇場での出来事がショックで目も冴えていた。そもそもベッドに倒れ込んだのはほんの一瞬で、すぐにシャワーを浴びて着替えようと思っていたのだ。

 

っていうか、この状況は寝た寝てないどころの話じゃないな。これっぽっちも見覚えのない場所だし、実家の空き部屋じゃないことは明らかだ。だからまあ、私は要するに……誘拐されたってことなのか?

 

「……嘘でしょ?」

 

独り言を呟きながらようやく回り始めた頭で現状を自覚して、大急ぎで一つだけあるドアを開けようとしてみるが……ダメだ、開かない。それに、よく見るとここだけ真新しい鉄製だ。必要以上に頑丈なのが伝わってくるぞ。

 

アベルト(解錠せよ)。」

 

咄嗟に試してみた解錠呪文は効果がないし、ガンガン叩いてみてもビクともしない。自分の身体を勝手に運搬されたという恐怖と、閉じ込められたという焦りを感じつつ、こうなったら壁をぶち破ってやろうと破砕呪文を使おうとしたところで──

 

「誰か閉じ込められているんですか?」

 

ドアの向こう側から声が投げかけられた。聞き覚えのある、ハキハキとした真面目そうな声……クロードさんだ! 緊急時だからか物凄く頼もしく聞こえる声に安心しながら、ドアを叩きまくって返事を叫ぶ。

 

「クロードさん? クロードさんだよね?」

 

「その声……まさか、テッサさん? ご無事ですか? お怪我は?」

 

「んっと、無事だと思う。気付いたらここに居たの。クロードさんは大丈夫?」

 

「私は大丈夫です。……少し待っていてください、今すぐ開けますから。アロホモラ(開け)! アベルト!」

 

呪文を使っているし、どうやらクロードさんも杖を持っているらしい。反対側から何度か解錠呪文を試していたみたいだが、私の時と同じく上手く作用しなかったようだ。やがて切迫した声色で質問を寄越してきた。

 

「ダメですね、かなり高度な施錠呪文がかかっているようです。……中がどうなっているのかを教えていただけませんか?」

 

「結構狭い部屋で、古い楽屋みたいな雰囲気なの。出入り口はそこだけみたい。家具もあんまりないかな。」

 

「ドアの横の壁を破壊しようと思うのですが、テッサさんが避難できる空間がないのであれば別の手段を考えます。どうですか?」

 

「んー……もしそっち側が広い空間なら、先にこっちから試してみてもいい? 私も杖を持ってるんだよね。」

 

長年愛用しているイトスギの杖を構えつつ問いかけてみれば、クロードさんはすぐさま了承の返答を返してくる。

 

「こちらは広い廊下ですし、杖があるならその方が安全ですね。私は少し離れておきますから、十秒後に試してみてください。思いっきりやってもらって構いません。」

 

「ん、分かった。」

 

遠ざかる微かな足音を耳にしながら、遅めのペースで十秒数えた後……よっし、いくぞ。ありったけの魔法力を込めた有言呪文をドアの横の壁に撃ち込んだ。

 

コンフリンゴ(爆発せよ)!」

 

すると轟音と共に滑らかな石の壁が吹っ飛び、これでもかという大きさの穴が空いてしまう。壁には何の呪文もかかっていなかったらしい。だったらもっと弱めでも問題なかったな。今更すぎるけど。

 

若干の『やり過ぎ感』に顔を引きつらせつつ、そろりそろりと穴を抜けてみれば……通路だ。寂れたゴシック様式の長い通路が目に入ってきた。ちらほらと設置されている夕陽が差し込む窓の位置からするに、地上二階くらいの高さに居るようだ。何にせよ外が見えると安心するぞ。

 

「お見事です、テッサさん。」

 

「まあうん、ちょっとやり過ぎちゃったかも。……ここって何処なの? 普通の家とかじゃなくて、そこそこ大きな建物みたいだけど。」

 

「それが、私も先程別の部屋で目覚めたばかりで何も分からないんです。……また護衛の任を果たせませんでしたね。」

 

「護衛というかその、何があったのか全然覚えてないんだよね。クロードさんは何か覚えてる?」

 

それなりに豪華な……というか、嘗ては豪華だったであろう通路の奥から歩み寄ってくるクロードさんに疑問を送ってみると、彼は口惜しそうな顔で状況を説明してくれた。

 

「テッサさんの部屋の中に侵入者が潜んでいたんです。私がドアの前で待機して、テッサさんが一人で中に入ったことは覚えていますか?」

 

「うん、それは覚えてる。その後すぐにベッドに倒れ込んで、そこで記憶が途絶えてるんだよね。」

 

「恐らく部屋に潜んでいた犯人に気絶させられたのでしょう。私はずっと廊下で待っていたのですが、急にドアが開いて盾の呪文を使う間も無く失神させられてしまいました。……父なら咄嗟に反応できたはずです。」

 

「それはちょっと予想できない事態だし、仕方ないんじゃないかな。……犯人の顔は見た?」

 

自分の部屋に侵入者か。ゾッとするような事態だな。そのことに気持ち悪さを感じながら聞いてみれば、クロードさんははっきり首肯してから口を開く。

 

「はい、見ました。テッサさんが魔法省の廊下で話されていた黒髪の女性です。」

 

「黒髪の……嘘でしょ? ラメットさんのこと?」

 

「間違いありません。私に杖を向けてきたのは確かにあの女性でした。……フランスに来る際、列車で出会ったとおっしゃっていましたよね? 監視のために意図的に乗り込んだのではないでしょうか?」

 

「でも、でも……アリスは若い男が犯人だって言ってたよ?」

 

あの優しそうな人が私を攫った? 親身に相談に乗ってくれたのに。認めたくない事実を受けて反論してみると、クロードさんは難しい表情で推理を続けてきた。

 

「真っ先に思い浮かぶのはその男と共犯であるという可能性ですね。少女たちを攫う際にも女性の方が警戒されないでしょうし、劇場での戦いは一人で実行したにしては規模が大きすぎます。マーガトロイドさんが外で戦っていた間も劇場内の人形が統制された動きをしていたのは、もう一人の犯人が別に動かしていたからではないでしょうか?」

 

「……だけど、信じられないよ。あんなに優しそうなラメットさんが誘拐事件の犯人の一人?」

 

「凶悪事件の犯人というのは得てしてそういうものなんです。それまで普通に生きてきた人間が、ふとしたことで道を踏み外してしまう。そんな犯罪者を私は何度も見てきました。」

 

ふとしたこと……もしかしたらダームストラングでの生活や、そこで見た死がラメットさんをおかしくしてしまったのかもしれない。そりゃあ全部が嘘という可能性もあるのだろうが、あの話をしていた時のラメットさんは確かに悲しんでいたように思えるのだ。魔法省の廊下での話を思い起こしている私へと、クロードさんが話を続けてくる。

 

「何にせよ、私たちを攫ったことには理由があるはずです。マーガトロイドさんに対する人質として使おうとしているのかもしれません。」

 

「それは……それはダメ! これ以上アリスのお荷物にはなれないよ。早くここから出てラメットさんが犯人だって伝えないと。」

 

慌てて窓を開けようと取っ手に手をかけるが……ぐぬぅ、全然動かないぞ。それならぶっ壊してやると杖を向けた私に、クロードさんが制止の声を飛ばしてきた。

 

「待ってください、窓には防衛魔法がかかっているんです。テッサさんを見つける前に色々と試してみましたが、外壁や窓は何をしても壊れませんでした。姿くらましも出来ないようですし、守護霊や隊章を使った連絡すらも妨害されています。」

 

「じゃあ、ポートキーは?」

 

「私は作れないので試していませんが……ひょっとして、作れるんですか?」

 

「これでもホグワーツで呪文学を教えてるからね。ちょちょいのちょいだよ。」

 

正直に言うと数ヶ月前にようやくイギリス魔法省の試験を通ったばかりなのだが、少しカッコつけるくらいならバチは当たらないだろう。部屋を出る時に私が壊した壁の破片に杖を向けて、ポートキーを作るための呪文をかけてみれば……よしよし、いけそうだ。まさか試験以外で初めて作るポートキーが無許可のものになるとは思わなかったな。

 

「ポータス。……これ、無許可のポートキー製造で捕まったりしないよね?」

 

「緊急時ですし、私が証言するので大丈夫です。時間はいつですか?」

 

「二十秒後にしといたよ。行き先はオルレアンね。」

 

二人で破片を手に持って五秒、十秒、そして二十秒。空間がひび割れるように歪んだ後、ポートキー特有の下腹部が引っ張られる嫌な感覚と共に……ぐぅ、痛ったいな。思いっきり頭をどこかにぶつけてしまった。

 

絶対たんこぶになっているであろう頭頂部をさすりつつ、何がどうなったのかと周囲を見回してみると、さっきと全然変わっていない廊下の光景が目に入ってくる。移動を妨害されたってことか?

 

「ったいなぁ。……ポートキーもダメみたいだね。」

 

「そのようですね。ポートキーの妨害まで出来るということは、犯人は想像以上に高度な妨害魔法を……足音が聞こえます。私の後ろにぴったりくっ付いていてください。」

 

クロードさんも頭を打ったようで、痛そうな顔で途中まで話していたが……急に表情を真剣なものに改めると、杖を構えて右手の廊下の先を注視し始めた。足音? 私には聞こえないぞ。

 

「んっと、私も杖を持っとくね。」

 

「いざとなったら反対側に走ります。準備だけはしておいてください。」

 

「うん、了解。」

 

それでも素早く指示に従って、クロードさんの背後で杖を握り締めていると……なんだあれ。三十メートルほど先の曲がり角から、ピンクのうさぎがひょっこり顔を覗かせているのが視界に映る。昔アリスと遊びに行ったマグルの遊園地に居たような着ぐるみのうさぎだ。なんだか妙に薄汚れているが。

 

ファンシーな見た目のうさぎはそのまま全身を現すと、剽軽な仕草で一礼した後、こちらに向けてふりふりと両手を振り始めた。遊園地だったら抱き着きたくなるかもしれないが、この状況では不気味なだけだ。廃墟然とした廊下と合ってなさすぎるぞ。

 

「……何? あれ。」

 

「分かりませんが、まともな感性の持ち主ならあんなことはしません。警戒しておいた方がいいかと。」

 

「それには同意するよ。」

 

こそこそと話している私たちを他所に、うさぎは返事がないのを確認してがっくり肩を落とすと、一度曲がり角の奥に引き返して……ああ、これは絶対に良くない展開だぞ。両手に手斧と鉈を持った状態で再び姿を現す。まるで出来の悪いホラー小説みたいな展開じゃないか。

 

「エクスペリアームス!」

 

即座に武装解除術を放ったクロードさんだったが、赤い閃光が当たったうさぎが平然としているのを見ると、私に対して鋭く呼びかけてきた。彼も友好的な『お友達』では絶対にないと判断したようだ。

 

「逃げましょう。テッサさんは進路を確認しながら小走り程度の速度で進んでください。私はあの着ぐるみを妨害しつつ後ろ向きで進んでいきます。エクスパルソ(爆破)!」

 

「わ、分かった。」

 

迫ってくるうさぎの進行方向の床を崩しながら言ったクロードさんに頷いて、左手の廊下へと走り出す。行き先は私が決めなくちゃいけないってことか。えっと、外に出るためには……とにかく下に行くべきだ。先ずは階段を探そう。

 

「フリペンド! ……デプリモ(沈め)!」

 

クロードさんが放つ呪文の音を耳にしつつ、彼のジャケットを後ろ手に掴んだ状態で廊下を進んでいくと……うわぁ、ヤバいぞ。前方の突き当たりからも奇妙な存在が飛び出してきた。

 

姿を現したのは背丈が一メートルほどの人形で、野暮ったい女の子用のパジャマのような服を着ており、頭部が大きい所為で三頭身くらいのフォルムになっている。顔は厚化粧の男性にも女性にも見える曖昧なデザインだが、太い眉の下にある目だけが異様に巨大だ。真っ赤なルージュが引かれた口が笑みの形で固定されているのを見るに、頭部のパーツが動くタイプの人形ではないらしい。所々塗装が剥がれているし、顔は単なる絵なのだろう。

 

薄気味悪い姿にぞわりと総毛立ちながらクロードさんに指示を仰ごうとしたところで、人形はいきなり……ああもう、怖すぎるぞ! 不自然な動作で全力疾走し始めた。もちろんこっちに向かってだ。

 

「クロードさん、前からも人形が来てる! 少し先で曲がるよ!」

 

「任せます! プロテゴ!」

 

ちらりと振り返った時に目に入ったが、どうやらうさぎは私が壊した壁の破片をぶん投げてきているらしい。明らかに殺傷能力がある速度の石つぶてに怯えながら、クロードさんを信じて前を向いて進み続ける。そのまま一番近い曲がり角を右に曲がってみると……階段だ。すぐそこに下り階段があるのが見えてきた。

 

「クロードさん、階段! 下り階段! 下りていいよね?」

 

「問題ありません。大きな音を出しますが、構わず進んでください! ボンバーダ(粉砕せよ)!」

 

天井を爆破して道を塞いだのかな? 爆発音と一緒に何かが崩れるような音が響く中、恐怖に後押しされて下り階段へと駆け寄っていく。一段目が目の前に迫ってきたところで、クロードさんに注意を投げかけた。

 

「もうすぐ階段だよ。後ろ向きで下りられる?」

 

「道を塞いだので大丈夫です。全速力で下りましょう。」

 

きちんと前を向いて並走し始めたクロードさんに首肯してから、急な階段を二段飛ばして駆け下りていくと……これ、下りすぎじゃないか? 明らかに一階より下の高さまで階段が続いている。地下に繋がっているようだ。

 

「ごめん、クロードさん。地下に続いてるっぽいね。上に行っちゃうと逃げ道が減るだろうし、一階に行けば出口があるかと思って、それで……。」

 

息を切らしながら不安な気分で謝った私に、クロードさんはぎこちない笑顔で首を振ってきた。

 

「仕方ありませんよ。他に道らしい道はありませんでしたしね。……追ってくる音は聞こえませんし、ここからは私が先行します。ルーモス。」

 

そう言うとクロードさんは前に出て、歩調を緩めながら徐々に薄暗くなっていく階段を下り続ける。その頼もしい背中を見ながら、私も杖明かりを……今度は何だ? 前方の暗闇から何かが聞こえてきた。泣き声?

 

「聞こえてるよね? この声。」

 

「……子供の泣き声ですね。もしかしたら攫われた少女が閉じ込められているのかもしれません。」

 

「あるいは、また悪趣味なホラー人形が居るのかも。」

 

「その可能性もありますが、どちらにせよ一本道です。警戒しながら前に進みましょう。」

 

ごもっとも。すすり泣くような声に内心ではびくびくしているが、もし本当に攫われた子供が泣いているのだとしたら放っておけない。子供を庇護する教師としての責任感を奮い立たせて、クロードさんと一緒に慎重に最後の一段を降りると──

 

「だれ?」

 

泣き声がぴたりと止んで、見通せない暗闇の先から誰何の声が飛んできた。幼い、少しだけ舌足らずな声だ。恐怖と拒絶を滲ませたその質問に、クロードさんがハキハキとした口調で返事を返す。

 

「フランス魔法省所属、闇祓い隊隊員のクロード・バルトです。そちらはどなたでしょうか?」

 

一見した限りでは随分と広い空間なのに、物が一切無いのがちょっと不気味だな。背後には私たちが下りてきた階段と壁があるものの、左右と前方には見通しの利かない空虚な闇だけが広がっている。たどり着いたコンクリートの床をゆっくり進みながら、暗闇の先に放ったクロードさんの問いかけに対して、見えない誰かは必死な声色で返答を寄越してきた。

 

「やみばらい? ……助けて! 助けてください! お家に帰りたい!」

 

胸が締め付けられるような子供の懇願。そんな声を聞かされたら罠だの何だのを疑っていられないぞ。悲痛な叫びに思わず駆け寄ろうとした私を……クロードさん? クロードさんが手で止めてくる。無言で首を横に振りながらだ。

 

放っておけないという私の抗議の目線にもう一度首を振った後、クロードさんは緊張した表情で再び質問を送った。

 

「任せてください、必ず助けます。……その前にお名前を聞かせていただけますか? それと、どういう状況なのかも。」

 

「シャルロット・ラノワ、七歳です。足に鉄の縄が付いてて動けないんです。早く助けて!」

 

「もう大丈夫です、落ち着いてください。……お母様の名前を言えますか?」

 

「ネリー! ネリー・ラノワ! ママに早く会いたいよ!」

 

クロードさんの顔を見るに全部合っているようだし、本人確認は充分だろうと彼の肩を掴んでみると……懊悩している様子の若き闇祓いは、最後にもう一つだけ質問を追加する。

 

「あと一つだけ、これで最後です。……お母様の髪の色は何色でしたか?」

 

「どうしてそんなことを聞くの? 早く来て! お腹が痛いの。悪い子だってぶたれて、それからずっとズキズキ痛むの。もうやだよ! 早く助けて! ここから出して!」

 

「答えてください。お母様の髪の色は? それさえ教えていただければすぐにでも助け──」

 

厳しい表情のクロードさんが問いを重ねた瞬間、ひどく冷たい声が暗闇の奥から返ってきた。それまでと同じ少女の声だが、同時に少女なら絶対に出さない声だ。

 

「あーもう、つまんないな、お前。泣いてんだから早く助けろよ。」

 

吐き捨てるような台詞が私たちに届いた刹那、いきなり周囲が明るい光で照らされる。光に眩む目で何とか状況を確認しようとする間も無く、すぐ隣で何かが地面に落ちるような鈍い音がしたと共に、首を掴まれて強引に身体を仰向けに倒された。

 

「やだっ、離れ……レラシオ(放せ)!」

 

胸の上にのしかかっている何かに向けて呪文を放つが、ビクともせずに首を絞める力が強まっていく。全身を暴れさせながら少しずつ回復していく視界で正体を確かめてみると……女の子だ。長い金髪の女の子が私の首を絞めながらニヤニヤ笑っているのが見えてきた。

 

「苦しいの? 苦しいんでしょ? やめて欲しい? ……ほら、なんとか言えよ。ギリギリ喋れるはずだから。」

 

嗜虐的な顔付きの白いワンピース姿の少女の言葉を受けて、視線を動かしながらどうにか口を開く。クロードさんも私の隣に倒れているようだ。目を閉じてぴくりとも動いていない。

 

「やめて、やっ……息ができ──」

 

「嘘吐くなよ。出来てるでしょ? 息。じゃなきゃもう気絶してるはずだもん。」

 

「本当にくる、苦しいの。やめ……。」

 

「いいねぇ、その顔。出来損ないのクソ闇祓いが生意気なことするから劇が台無しになっちゃったけど、その顔に免じて許してやるよ。……本当はさ、僕が被害者のフリして一緒に出口を探す予定だったんだ。他にも人形を準備したり、色んな仕掛けを設置したりしてたんだよ?」

 

楽しそうに語る少女に何度も何度も無言呪文を撃ち込むが、彼女は意にも介さず話し続ける。ダメだ、苦しくて頭がチカチカしてきた。私はここで死んじゃうんだろうか?

 

「あーあ、残念だな。本当ならもう暫く暇が潰せるはずだったのに。……あの吸血鬼、全然来ないんだもん。超ヒマだよ。次からは時間を指定すべきかもね。」

 

目の前で喋っているはずの少女の声が段々遠くなっていく。白に染まり始めた視界の中、私の耳元で足音がしたかと思えば……ラメットさん? 無表情の黒髪の女性が私のことを覗き込んできた。何の感情も浮かんでいない、ひどくのっぺりとした顔だ。

 

「そのままだと死んでしまいます。本当に絞まっていますよ。」

 

「え? ……うわ、マジじゃん。相変わらず人間って弱いね。んじゃ、死んじゃう前に気絶させてやってよ。化け物どもに安全を約束しちゃってるからさ。」

 

「はい。」

 

嘲るような少女の命令に従って、ラメットさんが私に杖先を向けてくる。目の端に涙を滲ませながら、為す術なくそこから赤い光が撃ち出されるのを──

 

冷たいコンクリートの地面に押さえ付けられながら、テッサ・ヴェイユの意識は闇に落ちていくのだった。

 


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