Game of Vampire 作:のみみず@白月
「──ッサ、テッサ、大丈夫なの?」
身体を揺すられる感覚に目を覚ましたテッサ・ヴェイユは、自分の肩を掴んでいる誰かのことを反射的に突き飛ばし……あれ、アリス? 目の前に居るのはジト目で尻餅をついている親友と、紫の髪の美しい若い女性だった。どういう状況なんだ、これは。
どうやら埃まみれの物置のような部屋に寝かされていたらしい身体を起こして、何があったのかを思い出そうとする私のおでこに、立ち上がったアリスが強めのデコピンを打ち込んでくる。痛いじゃないか。なにするんだ。
「テッサ? 助けに来た親友を突き飛ばすとは何事よ。お尻を打っちゃったじゃないの。」
「えっと、ごめん? 私、何がどうなってるのか……ひょっとして、ノーレッジさん? お久し振りです。」
床に直接寝かされていた所為で痛む身体を伸ばしつつ、とりあえず先程目に入った紫髪の……ノーレッジさんで合ってたよな? 昔アリスの家に遊びに行った時に会った女性に挨拶を放ってみると、彼女はジッと私のことを見つめながら返事を返してきた。
「ええ、久し振りね。……記憶がぼんやりしているの?」
「えーと、そうですね。そもそもここが何処なのかが──」
そこまで口にしたところで、唐突に頭がはっきりしてくる。見覚えのない寂れた楽屋、不気味な着ぐるみと三頭身人形、クロードさんとの逃走劇、そしてラメットさんと金髪の女の子。それらの記憶が戻ってきた瞬間、ノーレッジさんに対して一気に言葉を捲し立てた。
「そう、そうなんです! 私、家に帰った後に攫われて、クロードさんも一緒で、犯人はラメットさんと女の子で、それで着ぐるみと人形に襲われたんです!」
「うん、全然分からないわ。私が診察している間に落ち着いて整理して頂戴。」
言いながらやけに短い真っ黒な杖に光を灯して、何故か私の目を覗き込みながら左右に動かし始めたノーレッジさんに、なるべく分かり易いように自分の状況を伝え直す。私とクロードさんが一緒に攫われたこと、目が覚めたらこの建物に居たこと、人形たちに追いかけられたこと、地下で私の首を絞めた金髪の女の子のこと、そこでラメットさんの姿を目撃したこと。全ての報告を終えると、ノーレッジさんの隣に立っているアリスが難しい表情で口を開いた。
「……ラメットさんが? どういうことなのかしら。」
「どういうことも何も、犯人の仲間だったんだよ。……アリスが戦ったっていう男の人は居なかったけどさ。」
「そっちはもう解決したわ。気にしなくて大丈夫よ。」
「解決? ……そういえばさ、闇祓いは一緒じゃないの? っていうかどうしてアリスとノーレッジさんがここに居るの?」
徐々に動き出した頭で弾き出した疑問を受けて、困ったように押し黙ったアリスは……あ、その顔。何かを誤魔化そうとしてる時の顔だな。私には通じないぞ。
「ちょっとアリス? なんか誤魔化そうとしてるでしょ?」
先手を取って指摘してみれば、アリスは更に困った顔で身体をゆらゆらと動かし始める。迷ってるな? 何を迷っているのかはまだ分からないが、それは逡巡している時の動作だ。白状しろと顔を近付けてジーッと見つめていると、私の首を触っていたノーレッジさんがポツリと呟きを漏らした。……さっきまであった小さな痛みがなくなってるな。治してくれたらしい。
「捨虫の法を修めた以上、いずれはバレることよ。長く付き合っていくつもりなら表面的なことは話してあげてもいいんじゃない? それを奇異に感じるほどホグワーツの卒業生っていうのは『まとも』じゃないと思うけど。」
「でも、リーゼ様のことは?」
「リーゼのことを話すかどうかはリーゼが決めるべきだけど、貴女のことを話すかどうかは貴女の自由よ。……貴女とヴェイユの間にあるのはそんなに弱い繋がりじゃないんでしょう? 想像している以上にすんなり受け入れてくれると思うわよ。」
理性的な声の中に優しげなものを含ませているノーレッジさんに促されて、アリスは弱々しい表情でゆっくりと私に向き直る。……何のことを話しているのかはさっぱりだが、とにかくアリスが私に何かを明かそうとしていることは分かったぞ。
「あのね、テッサ。私は……その、魔女なの。」
「いやいや、そんなの初めて会った時から知ってるけど。私だって魔女だしさ。」
「そうじゃなくて……もっとこう、本質的な意味での魔女なのよ。パチュリーは全然歳を取ってないでしょ? リーゼ様もそう。私も少し前にそういう存在になっちゃったの。」
「……んんん? どういうこと?」
バートリさんが少女の姿であることや、私の診察を続けるノーレッジさんが前に会った時と同じ年齢に見えることは当然分かっているが……アリスも何かしらの魔法薬か魔法でそういう体質になったってことか?
首を傾げて目をパチクリさせる私へと、アリスは懊悩している顔でふわふわした説明を続けてきた。
「より深い存在っていうか、魔法を使い易い存在っていうか、そういうのになったの。人間とは違う存在にね。……この説明で分かる?」
「全然分かんない。だって、何も変わってないじゃん。変なツノとかも生えてないし、尻尾も生えてない。何が変わったのさ。」
「いや、そういう分かり易い変化じゃなくて……助けて、パチュリー。上手く説明できないよ。」
何なんだ、一体。困り果てた表情のアリスがノーレッジさんに助けを求めると、彼女は私の診察を切り上げてドアの方に移動しながらそれに応じる。
「細かい説明は後にしなさい。一からやってたら時間がかかるしね。……この世にはマグル界や魔法界とは別の社会があって、私やアリスはそっちにも所属してるってことよ。そして今回の事件の犯人はその社会に所属している存在で、対処のために私がここに来たってわけ。」
「……別の社会?」
「詳細は後でゆっくり教えるわ。今が緊急時であることは貴女にも理解できているでしょう? 取り敢えずは表面的にざっくりと認識して頂戴。」
「えーっと、えっと……ざっくりとも分かんないです。ごめんなさい。」
申し訳ないが、意味不明だ。情けない顔で白旗を上げる私に、ノーレッジさんは肩を竦めて強引な纏めを飛ばしてきた。
「つまりね、ヴェイユ。この事件の犯人は闇祓いにどうこう出来る存在じゃないけど、私ならどうにか出来るってことよ。分かったら大人しく付いて来なさい。貴女が現在抱えている疑問や、これから生じるであろう疑問に関しては全てが終わった後でアリスが一つ一つ答えるわ。今はそれを呑み込んで私に従って頂戴。」
「あの……はい、分かりました。後でアリスに全部聞きます。」
ここまでの説明では何一つ分からなかったし、親友が言っていたことは物凄く気になるが、それらに丁寧に答えている余裕がないことくらいは私だって理解している。ノーレッジさんに首肯した後、アリスに目線を送ってみると……彼女はごめんのポーズをしながら小さく頷いてきた。後できちんと話してくれるということだろう。
モヤモヤする内心をどうにか抑えつつ、杖があるのを確認したところで……ちょっと待った、クロードさんは? 部屋の中に生真面目な闇祓いの姿がないことにようやく気付く。
「クロードさんは一緒じゃないんですか?」
不安になって聞いてみると、ノーレッジさんは即座に状況説明を寄越してきた。
「貴女が捕らわれていることを犯人から知らされて、この建物……廃劇場に入った後、三階まで一気に上がってこの部屋に倒れている貴女を見つけたのよ。他の人間はまだ見ていないわ。」
「じゃあ、探さないと! 地下で気を失った時は一緒だったんです。クロードさんも気絶させられちゃってたから、きっとどこかの部屋に──」
「死んではいなかったのね?」
あまりにも冷静な声で突っ込まれて、身体が勝手に動きを止める。……死んでいなかった、はずだ。そうだと思う。だけどあの時は目が眩んでいたし、急に首を掴まれた私は冷静じゃなかった。
「……はっきりとは分かりません。倒れていたクロードさんを見ただけなので。でも、生きてる可能性があるなら探さないと!」
「まあ、そうね。先ずは移動しましょう。」
そう言ってドアを抜けていくノーレッジさんに、アリスが……何故か床に置いてあったミニチュアの屋敷を両手でよいしょと抱えたアリスが続く。さっきの会話もちんぷんかんぷんだったが、その行動もかなり意味不明だぞ。
「アリス? それって何なの?」
「詳しく説明する時間はないけど、とっても大事な物なのよ。なるべく安静に持って行かないといけないの。ちなみに浮遊魔法は効果がないわ。」
「そうなの? ……よく分かんないけど、一緒に持とうか? それだと杖が動かせないでしょ?」
「大丈夫よ。その代わり何かあったら守って頂戴。私じゃなくて、ドールハウスの方をね。」
そんなに大事なのか。どう見たって荷物にしかなっていないわけだが、アリスの表情は真剣そのものだ。だったら気に掛けた方が良さそうだな。心の中に小さな疑問が一つ追加されたところで、部屋を出た私の視界に廊下の惨状が映った。何が起こったのか予想が付かない状態だ。
右側の曲がり角は火事でもあったかのように真っ黒に焦げており、その手前にはいくつもの木のボールのような物体が点在している。ボールをしっかり見てみると、腕や足らしきものが所々から飛び出ているわけだが……ひょっとして、グラン・ギニョール劇場で目にしたような木の人形が『丸められて』いるのか? 何をどうしたらそうなるんだ?
「ねえ、あれって──」
我慢できずに疑問を口に出そうとしたところで、ノーレッジさんの進行方向である左側の廊下の先から何かが走ってくるのが見えてきた。石像っぽい材質の全裸の男だ。陸上選手のような見事なフォームでこっちに向かって全力疾走している。
なにあれ。理解が及ばない異質な光景にひぅと息を呑んだ私を他所に、ノーレッジさんは落ち着いた動作でいつの間にか持っていたハードカバーの大きな黒い本を開くと、そこに描かれていた複雑な図形にたおやかな白い指を這わせた。
すると次の瞬間、全裸の石像は巨大なハンマーでぶん殴られたかのように横に吹き飛び、壁に叩き付けられてバラバラになってしまう。……なんじゃこりゃ。魔法? でも、誰も杖を振ってないぞ。
そのまま何事もなかったかのように再び歩き始めるノーレッジさんと、むしろドールハウスとやらに破片がぶつからないかを気にしているアリスを見て、何から尋ねるべきかと口をパクパクさせる私に……ノーレッジさんが背を向けたままで注意を飛ばしてきた。
「質問は後よ、ヴェイユ。そのことを忘れないように。……さっきから工夫がなさすぎるし、誰かが近付くと自動で迎撃するように条件付けされているのかしら?」
「じゃないかな。もし操ってるなら小出しにしても何の意味もないって気付くだろうし、やっぱり全部を全部操作してるわけじゃないみたいだね。」
「つまり、近くには居ないわけね。……何もかもが不条理だわ。人質であるヴェイユをあっさり救出させた上、この程度の仕掛けしか置いてないだなんて。まさかこれで対処できると思っているほどバカではないはずよ。」
「うん、謎だね。……この部屋は調べなくていいの? クロードさんを探すんでしょ?」
通過しようとしているドアを指差したアリスへと、ノーレッジさんは首を振って答える。
「見てもいいけど、誰も居ないわよ。この距離なら一々ドアを開けなくても生きた人間が居るかどうかは判断できるわ。……三階には居ないのかもね。」
「もしかして、地下なのかな? ……テッサが人形に追いかけられたのってこの階?」
アリスが歩きながら放ってきた問いに、軽く開けて覗き込んでいたドアから身を離して応じた。ノーレッジさんのことを信用していないわけではないが、それでも気になるものは気になるのだ。中は彼女の言う通り無人の小部屋だったけど。
「違うと思う。窓からの景色がもう少し低かったし、廊下の構造も違うから。一個下の階とかじゃないかな。」
「部屋はあった?」
「ここほどじゃないけど、いくつかあったよ。私も部屋の一つに閉じ込められてたわけだしね。」
「んー……表側は二階席になってたから、ステージの上の部分が部屋になってたとか? そっちを調べてみましょうか。」
ドールハウスを慎重に持ち直しながら提案したアリスへと、曲がり角の先を覗き込んだノーレッジさんが了承を送る。一度身を引っ込めて本の最初の方のページを開いた後、廊下に響いた謎の轟音が止んでからだ。角の先に何かが居て、それを何らかの方法で撃退したらしい。
「いいんじゃない? さすがに地下の方も片付いてるでしょうし、上下から虱潰しで捜索していきましょ。」
「美鈴さん、大丈夫かな?」
「私たちの中で一番『大丈夫』であろう存在を気にしてどうするのよ。私たちがこの程度で済んでるなら、あっちは無傷だって断言してもいいくらいだわ。」
めーりんさん? どうやらアリスとノーレッジさんの他にも誰かが来ているらしい。そして会話から察するに、その『めーりんさん』とやらはノーレッジさんより強いようだ。もう本格的に訳が分からないぞ。
その人が誰なのかを聞いてみたいのは山々だが……質問は後、質問は後。今最優先すべきはクロードさんを助け出すことだ。だったらその邪魔になるようなことはやらない方がいいはず。全部覚えておいて、後でアリスに一気に聞こう。
心のメモ帳に『めーりんさん』という名前を記したところで、曲がり角の先に下り階段があるのが見えてきた。手前には粉々になったブリキの破片が散乱しているが、あれに関しては気にすべきではないだろう。もうさすがにノーレッジさんがやったってことは分かるさ。
二人が通過するドアを手早く開けて確認しつつ、結局何の収穫も得られないまま階段に到着して、それを下りて二階の廊下に足を踏み入れたところで……うわぁ、気味が悪いな。二十メートルほど先に奇妙な人形が突っ立っているのが目に入ってくる。
人間と同じサイズの胴体に、小さすぎる手足や顔。男性のフォルムなのに女物のドレスを着ているそいつは、ぺこりとぎこちない動作でお辞儀して通路の奥を指差した。
「……劇場がある方よね? 行けってこと?」
人形の姿形には一切触れずに発されたノーレッジさんの疑問に対して、不気味な人形はこっくり頷くことで返答に代えた後、急に自分の小さな頭を壁に打ち付け始める。かなりのスピードと威力でだ。
「えぇ……何してるの? あれ。」
脈絡がなさすぎる行動にドン引きしつつ呟いた私に、ノーレッジさんが鼻を鳴らして回答を寄越してきた。
「『自殺』してるんでしょ。何の意味があるのかは分からないけど、それはこれまで出てきた人形にも言えることよ。……行ってみましょうか。他にヒントは無いわけだしね。」
「大丈夫かな? 罠じゃない?」
「敵地に突入してるわけなんだから、今更罠も何もないでしょ。そこで情報が得られなかったら二階の裏手に回ってみればいいわ。」
アリスに答えながら本の裏表紙を軽くノックしたノーレッジさんは、途端に頭を打ち付けていた壁に沈み込んでいくアンバランス人形を尻目に、他より豪華で大きいドアを抜けていく。あれが二階席とやらに続くドアらしい。言われてみれば確かに劇場って感じの雰囲気だな。
ドールハウスを持つアリスと二人でその背に続いてみると、間違いなく千席以上はある広い劇場のステージに……あの少女だ。白いワンピースに裸足の少女が不機嫌そうな顔付きで座り込んでいるのが見えてきた。その隣には無表情のラメットさんも立っている。
「下りてきなよ、そっちに階段があるから。」
「不要よ。」
少女の呼びかけに端的に応じたノーレッジさんが、ピンと立てた人差し指をゆっくりと一階席に向けた。すると客席が独りでに動き出して、分解したりくっ付いたりしたそれは数秒で階下への階段に変わる。そのくらいじゃもう驚かないぞ。
そこを悠々と下りていくノーレッジさんへと、未だ舞台にぺたりと座っている少女がやる気のない拍手をし始めた。
「おーおー、凄いじゃん。ぽっと出の新参魔女だから油断してたよ。吸血鬼の靴でも舐めて力を手に入れたの?」
「私は本を沢山読んだのよ。ただそれだけの話。……こちらとしても少々予想外だったわ。まさか『先輩』がこんなに大したことないとはね。」
「言ってくれるね。……あんたさぁ、友達いないでしょ。」
気怠げに立ち上がってお尻の埃を払いながら罵倒してくる少女に、劇場の中央を横切るやや広めの通路まで進んだノーレッジさんが返事を返す。これまでの冷静なものと違って、若干苛々している声色でだ。
「……貴女も魔女なら意味のある会話をして欲しいわね。それは今関係ないでしょう?」
「いーや、あるね。僕が頑張って作って設置した人形を遠慮なく壊してくれちゃってさ。もっとこう、楽しんで『攻略』しなよ。地下室にも行かないし、真っ直ぐ人質の居る部屋に行くとか……つまんないって言われない? あんた。」
「別に面白くある必要なんてないもの。私はただ、一番効率的なルートを──」
「ほらほら、出たよ。集団に一人はいるよねぇ、こういうヤツ。こっちが楽しもうとしてるのにさ、理屈立てて無自覚に邪魔するのはやめてくんない? 迷惑だから。分かる? めーわくなの。」
やれやれと首を振りながら文句を捲し立ててくる少女を見て、ノーレッジさんは口の端をヒクヒクさせた後……いきなり手に持っていた本の表紙をべちんと叩いた。目障りな虫を叩き潰す時のような動作だ。
「あれ? もしかして怒っちゃっ──」
それに少女が半笑いで反応しようとした瞬間、その小さな肢体が真っ赤な業火に包まれる。華奢な幼い少女が焼かれるのを目にして、思わず瞼を閉じてしまうが……数秒後には再び少女の声が劇場に響いた。
「おいおい、勘弁してよ。図星だからって普通可愛い女の子を燃やす? ……あーもう、折角作った服なんだけど? 弁償してよね、弁償。」
まさか、無事なのか? 物凄い炎だったぞ。恐る恐る目を開けてみれば、舞台の上で全裸になっている少女の姿が目に入ってくる。長い金髪はサラサラと変わりなく揺れているし、細い未成熟な身体は火傷一つない真っ白だ。服だけが燃えてしまったらしい。
「ごちゃごちゃ余計なことを言う方が悪いのよ。……それで? 投了するってことでいいのかしら?」
「いやー、投了ってわけじゃないんだけどね。人形をいくら向かわせても無駄みたいだし、直接やり合おうと思ってさ。あんたらもその方が話が早くて助かるでしょ?」
「『直接』? その身体は貴女の本体じゃないみたいだけど?」
「本当に鬱陶しいなぁ。一々言葉尻を捕らえないで、何となくのニュアンスで受け取ってよね。これが今日の僕にとっての本体なの! それでいいじゃん、別に。どいつもこいつも『本物』であることに拘りすぎなんだよ。」
ぺちぺちと真っ平らな胸を叩く全裸の少女に、ノーレッジさんは冷たい声で質問を放った。
「誘拐した少女の身体なのね?」
「うん、そう。最初に捕まえた子。ピーピー泣き喚いて会話にならなかったから、この話し方は適当に演じてるだけだけどね。……ちなみにさ、元に戻すのは無理だから遠慮しないで戦ってくれていいよ。脳みそを大分弄っちゃったんだ。僕の操作なしだと本当の『お人形さん』になっちゃうし、どうせあと三日も持たないだろうから。内臓がもうダメみたい。子供はすぐ死ぬから弄るのが難しいんだよね。」
「……そう。」
詳しいことは理解できないが、とにかくあの少女が誰かの手によって操られていて、もう元には戻らないということだけは分かったぞ。ギュッと杖を握り締める私を他所に、少女は後ろを向きながら両手をぱちんと合わせる。
「あとほら、あれが残ってる人質ね。隠して探させても良かったんだけど、地下の化け物がそろそろ抑えきれなくなりそうだからさ。ヤバいのが戻ってくる前にここに居る面子で決着を付けようと思ったんだ。……魔女二人だけでも手一杯なのに、残りの連中が加わったらどうにもならないよ。アンフェアな勝負だなぁ。本当はもっと沢山人形を用意してたんだよ? 殆どを地下に割く羽目になっちゃったけどさ。」
少女の言葉と共にステージの天井から下りてきたのは、細い糸のようなもので吊るされている一人の男性と二人の少女……クロードさんだ。二人の少女は誘拐されていた子たちだろうか? 力無くぶら下がっているのを見るに、意識はないらしい。
クロードさんの姿を目にして私が安堵している間にも、少女はノーレッジさんとの話を続けた。かなり挑戦的な顔付きだ。
「吊るしてる糸は操れるけど、今すぐ勝負を受けるなら手を出さないって約束するよ。あの三つは『トロフィー』ってわけ。僕が勝ったら僕のもので、あんたが勝ったらあんたにあげる。どう? 受ける?」
「いいでしょう、相手をしてあげるわ。……アリス、そっちは任せたわよ。」
そっち? それに、私はどうすればいいんだ? アリスと私が戸惑っているのを気にすることなく、ノーレッジさんが素早く本を開いて何かを呟くと……一瞬にして舞台の上に立っていた少女が勢いよく斜め上に吹っ飛んでいき、ふわりと浮き上がったノーレッジさんもそれを追って行ってしまう。少女が激突した所為で空いたステージの天井近くの穴。その向こう側で戦うつもりらしい。
「ちょ、どういうこと? どうするの? 私たち。」
「多分、場所を移し……
ええい、いきなりだな。ノーレッジさんが入っていった穴を見ながら二人で呆然としていると、それまで微動だにしなかったラメットさんがこちらに無言呪文を放ってきた。ドールハウスを持ったままで器用に盾の呪文を使ったアリスを援護するため、私も杖を振って武装解除術を撃ち込む。
「
むう、聞く耳持たずか。私が語りかけるのを無視して応戦してきたラメットさんに、今度はドールハウスを床に置いたアリスが反撃を放つ。撃ち込まれているのは私にも理解できる杖魔法だ。それならなんとか戦えるぞ。
「
「分かった! プロテゴ!」
アリスの言う通り、詳しい事情は後で聞くべきだな。親友と二人並んで攻撃と防御を分担しながら、中々の杖捌きで無言呪文を飛ばしてくるラメットさんへとジリジリ近付く。ラメットさんは想像以上に戦い慣れているようだが、二対一ならこちらが上だ。この状態なら負ける気はしないぞ。
初めての杖での実戦に集中しつつ、テッサ・ヴェイユは親友と一緒にステージの上のラメットさんへと迫っていくのだった。