Game of Vampire   作:のみみず@白月

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人と魔女

 

 

「んー……ぼんやりとは理解できたかな。まだまだ分かんないことは多いけどさ。」

 

透明のコップに入ったオレンジジュースを揺らしつつ、テッサ・ヴェイユは金髪の親友へと話しかけていた。『本物の魔女』か。ざっくりとした説明を聞く限りでは、人間とそこまで違うようには思えないんだけどな。単に長生きになったって認識じゃダメなんだろうか?

 

クロードさん……というか、『敵の魔女』に操られていた彼が自死してから一夜が明けた現在、私たちはフランス魔法省の食堂で朝食を取っている。あの直後にラメットさんから事情を訊き出したらしい数名の闇祓いが突入してきて、私たちは別室で保護されたままこんな時間になってしまった。

 

ラメットさんは操られている間の記憶を失っていたそうだが、自分に服従の呪文をかけたのがクロードさんであることはきちんと覚えていたらしい。グラン・ギニョール劇場で戦いがあった日の夜、私と別れた後に魔法省で迷っているところをクロードさんに呼び止められて、人気の無い小部屋に誘導されて服従の呪文をかけられたんだとか。

 

クロードさんのことは……うん、まだショックが抜けきっていない。ずっと操られていたというのはもう理解しているのだが、それでも恨んだり嫌ったりすることが出来ないのだ。『もし本当のクロードさんと普通に出会えていたら』なんて思いがぐるぐる頭を巡っている。

 

もしかしたら、私はクロードさんに惹かれていたのかもしれないな。だけど、あのクロードさんは魔女が操っていたクロードさんなわけで……ああもう、上手く考えが纏まらないぞ。どうしようもない内心の惑いを自覚する私へと、アリスが『自分たち』に関する説明を続けてきた。

 

「リーゼ様が小さな女の子のままなのも、何て言うか……そういう事情があるの。」

 

「バートリさんも魔女ってこと? つまり、『魔女の家系』的な家なの? 見所のある子を養子にして魔女の勉強をさせてるとか?」

 

「いや、そうじゃないのよ。パチュリーは魔女だけどリーゼ様は魔女じゃないし、美鈴さんも違うわ。……その辺は私の一存じゃ深く教えられないの。もし気になるならリーゼ様に掛け合ってみるけど、話す許可をもらえるかは彼女次第ね。」

 

「まあ、そこは無理しなくていいよ。アリスはバートリさんのことを信頼してるんでしょ?」

 

長年の付き合いで分かりきった問いを投げてみれば、アリスは即座に頷いて肯定してくる。そりゃあそうだろうな。アリスにとってバートリさんが『最優先事項』であることは重々承知しているのだ。友人としてちょっと嫉妬しちゃうくらいに、彼女は育ての親のことを重視しているのだから。

 

「もちろんよ。一分の隙もないくらいに信頼してるわ。」

 

「だったら大丈夫かな。アリスが信じるなら私も信じるよ。バートリさんに関しては根掘り葉掘り聞いたりしない。……簡単に纏めるとさ、アリスは杖魔法とは少し違う魔法の専門家になって、かつ物凄く長生きになっちゃったってことなの?」

 

「あー……そうね、簡略化して言うとそうなるわ。老化しないし、だから老衰じゃ死なないし、食事も取らなくていいし、睡眠の必要もないの。」

 

ううむ、便利そうだな。ちょびっとだけ羨ましく思う私へと、アリスは不安そうな上目遣いで質問を寄越してきた。

 

「……嫌いになった?」

 

「何を? まさか私がアリスをってこと?」

 

「うん、そう。……だって、不気味でしょ? 人間じゃなくなっちゃったのよ? 私。」

 

申し訳なさそうな苦笑いで言うアリスに対して、ジト目できっぱりと返事を放つ。何を言っているんだ、こいつは。十年来の付き合いで私の性格を学ばなかったのか。

 

「そりゃあ、残念ではあるかな。一緒にお婆ちゃんにはなれなさそうだし、アリスだけ若いままってのは羨ましいから。……でも、脅されたって友達をやめるつもりはないからね。魔女だろうが何だろうがアリスはアリス、私の大切な友達のままだよ。……言っとくけど、次こんなバカみたいな質問したらぶん殴るよ。私がこの程度で無二の親友を見限るわけないっしょ?」

 

「ん、そうだね。……ありがと。」

 

「お礼もいらないの! 当たり前のことでしょうが。」

 

なんだか恥ずかしくなって目の前のバゲットを無意味に千切りながら、慌ただしく動き回る職員たちを横目に話を続けた。朝食を省内で食べる職員はそこそこ存在しているようで、テーブルが並ぶ広い食堂はそれなりに騒がしい空間になっているのだ。そんなことをしようとするヤツが居るかは不明だが、ここなら盗み聞きするのは困難だということでアリスは話してくれたのである。

 

「他の人には言わない方がいいんだよね? ……別に言ったところで問題ないと思うけど。アリスが考えてるほど『人間やめました』って感じはしないし。」

 

「そうかもしれないけど、あんまり口外しないでくれると助かるわ。パチュリーや私はともかくとして、リーゼ様はそう思ってるみたいだから。」

 

「『そう思ってる』って? 拒絶されるかもってこと?」

 

「というか、単純に目立つのが嫌いなのよ。……あとはその、リーゼ様の問題はレミリアさんにも関わってきちゃうの。」

 

スカーレットさんに? 話がいきなり深刻な方向に進み始めたのを感じて、慌てて手を振りながら話題を打ち切る。手に負えなさそうな問題には関わるべきじゃない。私はそのことをホグワーツのモットーから学んだぞ。

 

「なら、絶対に話すべきじゃないね。口外しないって約束するよ。……ねね、今アリスは食べ物を食べてるわけでしょ? それって無意味ってことなの?」

 

小さな皿に盛られているフルーツを指差して聞いてみると、アリスは首を横に振りながら解説してきた。無意味ってわけではないのか。

 

「食べる必要がないってだけで、食べられないわけじゃないのよ。栄養摂取というよりも、味を楽しんでいるわけね。」

 

「ってことは、これからも一緒に美味しいレストランに行けるわけだね。安心したよ。……それに、アリスより私が先に死ねるのも嬉しいかな。」

 

「何よそれ。縁起でもないことを言わないで頂戴。」

 

「でもさ、順当に行けば実際そうなるわけでしょ? アリスが先に死んじゃったら私はどうしたらいいか分かんないもん。私が先なら安心だよ。」

 

アリスには悪いが、これは本音だ。私は親友の死に心を痛めなくても良い。自分でも狡い思考だとは思うけど、それでもやっぱりホッとしてしまう。そんな私を見て、アリスは僅かに不安そうな表情でブルーベリーを突き刺したフォークをこちらに向けてくる。お行儀が悪いぞ。

 

「その話は今からずっと、ずーっと先にして頂戴。まだ聞きたくないわ。叶うなら一生聞きたくないしね。」

 

「ごめんごめん、もう言わないよ。」

 

うーん、意地悪な話題だったかな。……だけど、いつか『その日』は来るのだ。ノーレッジさんやバートリさんはアリスと同じ時間を生きているようだし、それなら私の大事な親友は一人にならないだろう。

 

そのことに心の中で安心しつつ、しんみりした空気を振り払うように話題を変えようとしたところで……私たちが食事しているテーブルに近付いてくる人影が見えてきた。目の下に濃い隈があるバルト隊長だ。

 

クロードさんが死んでから顔を合わせるのは初だな。まさか恨み言を言われたりするんだろうか? 思わず口を噤んで緊張する私たちを目にして、バルト隊長は苦笑しながら歩み寄った後、テーブルを指して静かに声をかけてくる。

 

「ご一緒してもよろしいですかな?」

 

「勿論です、どうぞ。」

 

やや緊張した声色のアリスの許可に従って席に着いたバルト隊長は、ふと遠い目で短く息を吐くと……そのまま深々と頭を下げてきた。

 

「先ずは謝罪します。貴女がたに付けた護衛は敵に操られていました。それを見抜けず配置したのは隊長である私の責任です。本当に申し訳なかった。」

 

「いえ、そんな……。」

 

これはまた、気まずいにも程がある状況だな。バルト隊長は数時間前に息子を喪ったばかりなのだ。それなのにこんなことを言われても何と返したらいいか分からないぞ。私が曖昧な相槌を呟くと、バルト隊長はハキハキとした口調で報告を続けてくる。

 

「先程事件に関する大まかな整理が終わりました。マリー・ラメット氏はやはり操られていただけのようですな。生き残った少女は少々の衰弱が見られますが、癒者によればすぐに良くなるそうです。今はご両親と再会して病院でぐっすり眠っています。」

 

「それは良かったですけど……あの、クロードさんのことは──」

 

「クロード・バルト隊員は殉職扱いとなり、後日葬儀が執り行われる予定です。それと……そう、ビスクドールについては今日中にご両親の下に帰される予定となっております。こちらで責任を持って説明させていただきますので、その点はご心配なさらずに。」

 

事務的なトーンで淡々と説明してくるバルト隊長を前に、私がどうすればいいのかと迷っていると……アリスが小さな声で話を切り出した。バルト隊長の目を真っ直ぐに見つめながらだ。

 

「バルト隊長、クロードさんのことなんですけど──」

 

「ご配慮は無用です。私は息子が闇祓いになった時からこんな日が来ることを覚悟していました。私も、息子も、数ある職業の中から闇祓いという職を選んだ。バルト家の人間だからではなく、自分で選んだ道なのです。ならば文句を言うのは筋違いというものですよ。」

 

「そうじゃないんです。そうじゃなくて……最期の瞬間、操られていたクロードさんはテッサを殺そうとしました。犯人はテッサを殺すつもりで、だから当然そう命じたはずなのに、クロードさんは自分に向けて死の呪いを放ったんです。……何の根拠もない推測なんですけど、あの一瞬だけはクロードさんが自分の意思で行動したんじゃないでしょうか? 犯人の強力な支配を拒むくらい、クロードさんは人を……テッサを殺すことに耐えられなかったんじゃないでしょうか?」

 

そう、私もずっとそう思っていた。あの時クロードさんは杖を強引に自分の喉元に向け直したのだ。それはひょっとして、私を守るためにやってくれたんじゃないだろうか? 無言で話を聞いているバルト隊長に、金髪の親友は目を逸らさずに自分の考えを語り続ける。

 

「闇祓いとして決断したんだと思います。テッサを守るために、支配されている自分に死の呪いを撃ち込むことを。きっとそれしか止める方法が無かったから。……私はそれを凄いことだと思いますし、心から感謝しています。」

 

「……クロードは、息子は最期にどんな表情を浮かべていましたか?」

 

「ホッとしたような、やり切ったような表情でした。」

 

「そうですか。」

 

ポツリと呟いて瞑目したバルト隊長は、十秒ほど重苦しい顔付きで沈黙していたかと思えば……やがてガタリと席を立った。何故だろうか? どこが違うとまでははっきりと言えないが、さっきよりも悲しそうに見える表情だ。

 

「私には何も言えません。私は操られていた息子の変化にすら気付けなかった無能な父親ですから。……ですが、教えてくださったことには感謝します。もし息子が最期の瞬間に闇祓いであったなら、私は心置きなくクロードのことを誇りに思える。同じ闇祓いとして、バルト家の人間として、そして何より息子として。」

 

誇りに、か。遣る瀬無い気持ちで押し黙る私たちに、バルト隊長は重々しく宣言してから歩き去って行く。

 

「犯人は必ず捕まえてみせます。たとえ奴が地の果てまで逃げたとしても、私の全てを懸けて追い続けることを誓いましょう。それが無能な父親である私に出来る、部下であり、息子でもあるクロードへの唯一の弔い方なのですから。」

 

そのまま食堂の出口へと遠ざかっていくバルト隊長の背を見つめながら、深々と息を吐いて言葉を漏らす。アリスがホグワーツに駆け込んできてから僅か三日。私の人生の中でも一番濃い三日間だったな。

 

「……捕まえられるのかな? バルト隊長。」

 

「分からないわ。相手が本物の魔女である以上、難しいとは思うけど。」

 

「大体さ、これで終わりって言い切れるもんなの? あいつ……クロードさんの身体を操ってたあいつは『また遊びましょう』って言ってたじゃん。」

 

心の中にあった懸念を吐き出してみると、アリスは困ったような顔でぼんやりした返答を寄越してきた。

 

「私にもよく分からないんだけど、暫く……人間の価値観からすると結構な時間は関わってこないつもりみたい。テッサが人質に取られた時にそう約束したから。『今回は次で最後』って。」

 

「口約束なんでしょ? 守らないかもしれないよ?」

 

「私もそこは不安なんだけどね。パチュリーたちは全然疑ってないみたいなの。……私たち人外は何もかもがあやふやだから、せめて自分で決めたルールだけは守るってことなのかも。」

 

「……いまいち分かんない価値観だけど、ノーレッジさんが言うならそうなのかな。」

 

スカーレットさんの私兵とかいう『めーりんさん』がどうなのかはともかくとして、ノーレッジさんが並大抵の魔女じゃないことは実際に見て理解している。その彼女が疑ってないなら大丈夫なのかもしれないが……んー、やっぱり気にはなるな。

 

「ノーレッジさんやバートリさんにはきちんと伝えておきなよ? どれだけ先かは知らないけど、もしかしたらまた変なちょっかいをかけてくるかもしれないってことでしょ?」

 

「うん、伝えとく。」

 

素直に首肯しながら細かく切られたバナナを口に運ぶアリスだが……むう、心配だなぁ。その時私が側に居られるかは分からないのだ。話を聞くに彼女たちの世界における『暫く』は、私の寿命より長いかもしれないのだから。

 

……でも、『本物の魔女』のことを聞けて良かった。アリスは他の人に話が伝わるのをかなり警戒しているようだし、きっと私だから話してくれたのだろう。そのことは素直に嬉しく思えるぞ。

 

オレンジのジャムを塗ったバゲットを頬張りつつ、信じてくれたのだから誰にも話さないようにしないとと考えていると、ナシだけを的確に除けているアリスが話題転換してきた。本物の魔女とやらになってもナシは苦手なままらしい。やっぱりアリスはアリスじゃないか。

 

「これからどうなるのかしら? ……壮大な意味じゃなくて、今日どうなるのかって意味ね。」

 

「『めーりんさん』の説明次第なんじゃない? 私たちはそこまで問い詰められなかったし、あの人が代わりに色々説明してくれてるんじゃないかな。」

 

キリっとした印象の赤髪の美人さんを思い出してまあ大丈夫だろうと思う私を尻目に、アリスは何故か不安げな表情で口を開く。

 

「心配だわ。何て言うか、その……心配よ。」

 

「なにそれ。スマートそうな人だったし、上手くやってくれるっしょ。」

 

ぬるくなってしまったコーヒーを処理しながら言ってやると……ぬう、なんだその顔は。生温かい目になったアリスは、やれやれと首を振って相槌を打ってきた。

 

「まあ、多分大丈夫でしょう。テッサはこのままフランスに残るつもりなの?」

 

「ママがひどく心配しちゃってるから、何日かは居ようかなって。アリスは?」

 

「パチュリーが早く帰りたがってるし、一緒にイギリスに帰ろうと思ってるわ。」

 

「えー、何日かうちに泊まってけばいいじゃん。もう安全なんでしょ? ……一人じゃ寂しいんだけど。」

 

強がってはいるが、色んなことがあった所為で人恋しくなってるのだ。滅多にしない上目遣いで不満を述べてやれば、アリスは苦笑しながら『仕方ないなぁ』と頷いてくる。まだ効き目はあるらしいな。私も結構いけるじゃないか。

 

「んー……リーゼ様次第かしら。頼んではみるわ。もし私だけじゃなくて彼女も残るとなると、滞在先はホテルになりそうだけどね。」

 

「バートリさんもうちに泊まればいいじゃん。……っていうか、もうフランスに来てるの?」

 

「まあその、リーゼ様は神出鬼没だから。それに他人の家には泊まらないと思うわ。そういうのが嫌いな方なの。」

 

「そりゃ、『娘の友人の実家』に泊まるのはちょっと嫌かもしれないけどさ、うちは実質ホテルみたいなもんじゃんか。」

 

部屋なんかいくつも余ってるんだから、こういう時に有効活用すべきなのだ。そう思って放った提案に、アリスは首を横に振ってきた。そういうことでもないらしい。

 

「どっちにしろパリで観光するような気分じゃないでしょう? そうね……南部、南部に行きましょうよ。マルセイユとか、モンペリエとかで買い物するのはどう? リーゼ様にその辺のホテルを取れないか提案してみるから。」

 

「……ま、別にいいけどね。煙突飛行ならすぐだしさ。」

 

アリスもきっと、この数日間の暗い気分を忘れたいのだろう。やや無理している感じの明るい声で発された誘いに対して、私も態度を装いながら首肯を返す。……とにかく整理する時間が必要なのだ。誘拐事件も、『本物の魔女』の話も、クロードさんのことも。この短時間で決着を付けるには大事すぎたのだから。

 

……うん、クロードさんのお墓には落ち着いた頃にお参りに行こう。実際に何が起こったのかは断言できないが、私はクロードさんが命を救ってくれたのだと信じている。だったらきちんとお礼を言って、真摯に冥福を祈らなければ。

 

アリスが残したちょっと苦いナシを頬張りつつ、テッサ・ヴェイユは事件が終わったことを感じるのだった。

 


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