Game of Vampire   作:のみみず@白月

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「本当に、本当に申し訳ありませんでした。色々とご迷惑をおかけしたみたいで……。」

 

むう、そんなに謝らないで欲しいぞ。何度も頭を下げてくるラメットさんに恐縮しつつ、アリス・マーガトロイドは制止の言葉を投げかけていた。こっちが申し訳ない気分になってきちゃうじゃないか。

 

「いえいえ、そんなに謝らないでください。ラメットさんは操られていただけなんですから。」

 

「ですが、その所為でマーガトロイドさんたちは危険な目に──」

 

「それはラメットさんだって同じじゃないですか。お互いに被害者なんですよ。悪いのは犯人です。」

 

美鈴さんが……というか、美鈴さんを『操縦』していたリーゼ様が実際にどうやってフランス魔法省を説得したのかは不明だが、兎にも角にも今回の事件は終わりということになったらしい。もちろん闇祓い隊は未だ犯人を捕まえるための捜査を続けているし、パリを騒がせている連続誘拐事件が公的に解決したとは言えない状態ではあるものの、私はもう自由に動いていいそうだ。もしかしたらレミリアさん関連の政治パワーでゴリ押したのかもしれないな。

 

それでも昨日一日は一応フランス魔法省が用意してくれたホテルで大人しく過ごして、明けた七月一日の早朝。モンペリエのホテルに移動しようとする私たちのことを、ラメットさんがロビーで待ち構えていたわけだ。どうやら彼女は自分が操られていた時の行動についてを謝りに来てくれたらしいが……人外の都合に巻き込んだのはこっちなんだし、何だか後ろめたい気分になってくるぞ。

 

私の心からの発言を受けたラメットさんは、尚も申し訳なさそうな顔で口を開く。ちなみに美鈴さんは向こうのラウンジで二度目の朝食を取っており、リーゼ様は透明なので居場所を特定できず、パチュリーは『フランスの図書館を巡ってから帰るわ』と言い残して昨日の段階で居なくなってしまった。人外に団体行動をさせるのはひどく難しいことのようだ。

 

「情けないです。服従の呪文への対処法は学校で嫌というほど教わったのに、いざという時にこれでは何の意味もありませんね。」

 

「仕方ありませんよ、不意打ちだったって聞いてますし。」

 

「だからこそですよ。『今から服従させます』と言って服従の呪文をかけてくる魔法使いなんて存在しません。だから咄嗟に対処できるようにと教官に叩き込まれていたんですけど……平和ボケしていたのかもしれませんね。もう一度ダームストラングでの教えを思い出す必要がありそうです。」

 

「それはまた、聞きしに勝る『実践的』な学校みたいですね。」

 

ホグワーツでは『使ってはいけない』と教えられるだけなのだが、ダームストラングでは実際に使って対処法を学んでいるらしい。どちらの教育方針が正しいのかはさて置いて、『闇の魔術に最も近い学校』の異名は伊達じゃなさそうだ。そのことに顔を引きつらせながら、気になっていたことを問いかけてみる。

 

「あのですね、ヨーロッパ特急で初めて会った時、私との距離がやけに近かったように感じたんですけど……あれはどうしてだったんですか? テッサがそのことを思い出した結果、ラメットさんが怪しいと誤解しちゃったみたいでして。」

 

あの時は大して意識していなかったものの、今思い返してみれば確かに不自然な行動だった気がするぞ。昨日はやる事がなかったのでテッサと長く話していたのだが、廃劇場でクロードさんから『ラメットさんが犯人の仲間』と伝えられた際、彼女はそのことに思い至って納得の一助となってしまったようなのだ。

 

そこまで気になっているわけではないが、この際だからと送ってみた疑問に対して……うわぁ、真っ赤っかだな。何故か急激に顔を赤くしたラメットさんは、目を伏せながらか細い声で説明を寄越してきた。

 

「そ、そうだったんですか。変な勘違いをさせてしまったみたいですね。それに関してはその、私が全面的に悪いみたいです。」

 

「いや、別に嫌だったってわけじゃないんですよ? 単に気になっただけなんです。どうしてだったのかなぁ、くらいに。」

 

「あのですね……つまり、マーガトロイドさんが魅力的な方だったので近くに座りたかっただけなんです。本当にただそれだけの話でして。これといった深い意味は無いんですよ。」

 

みりょ……? ポカンとする私を見て、ラメットさんはこの上なく恥ずかしそうに話を続けてくる。なまじ肌が白いだけに顔の赤さが際立っているな。

 

「私、ダームストラングに居た頃に女性とお付き合いしていたんです。私たち疎開者のグループを引っ張ってくれていた人で、その当時は閉鎖的な環境でしたから……『そういう感情』が芽生えてしまいまして。向こうも乗り気でしたし。」

 

「あー……なるほど。」

 

「その人は結局在校中のトラブルで亡くなってしまったんですけど、何と言えばいいか……マーガトロイドさんによく似た人だったんですよ。金髪碧眼で、髪の長さも背の高さも同じくらいでした。だから凄く気になっちゃって。実はその、声もそっくりなんです。」

 

「そう、ですか。それは……えーっと、光栄です?」

 

なんだこの状況は。どう反応すればいいのかと混乱する私を他所に、ラメットさんは自分の指を弄りつつ結論を述べてきた。チラチラと私を覗き見ながらだ。

 

「要するにですね、あわよくばお近付きになれたらなぁと思っただけなんです。それ以上の意味はありません。……迷惑ですよね?」

 

「迷惑ってわけじゃないですけど……まあその、びっくりはしてます。」

 

自身の胸中を正直に語ってみると、まだ少し頬に赤みが差しているラメットさんはくすりと微笑んで肩を竦めてくる。

 

「まあ、こんなことになっちゃいましたし、もう迷惑はかけられません。大人しく諦めることにします。顔を見れば脈がないのは分かりますから。……でも、もし興味が湧いたら連絡してくださいね。」

 

「きょ、興味?」

 

押し付けられた名刺を思わず受け取って呟いた私に、ラメットさんはちろりと舌を出しながら首肯してくる。先程までの『淑女』なイメージはもはや消え、今の彼女は小悪魔さんよりよっぽど『小悪魔』な表情だ。

 

「私、色々と教えちゃいますから。フランスには様々な愛の形があるんですよ? 連絡、待ってますね。」

 

そう言って早足で去って行くラメットさんの背を呆然と見送った後、何とも言えない気分で名刺を懐に仕舞った。残念ながら、私の恋愛観は至極ノーマルだ。ほんのちょっとだけ親代わりへの親愛が強いくらいで、女性に興味があるわけではない。『色々と教えて』もらう機会は永遠に訪れないだろう。……多分。

 

少なくともダームストラングは『修道院』ではなかったという事実を学びつつ、ラウンジで朝食にしては多すぎる食事を取っている美鈴さんのテーブルに近付いて、彼女の向かいの席へと腰を下ろす。『出来る女モード』のストレスなのだろうか? いつにも増して食べてる気がするな。

 

「お待たせしました、美鈴さん。もう出られますよ。」

 

「んぐ……ちょっと待っててくださいね、今全部食べますから。結構イケるんですよ、ここのご飯。」

 

「全然待ちますから、もっとゆっくり食べてください。そんなに勢いよく食べると喉に……リーゼ様、どうしたんですか?」

 

会話の途中で膝の上に柔らかな重みが乗ってきたのを感じて、小さな声に変えて後半を語る。……席が二つしかなくて良かったな。お陰で私はこの感触を膝で味わえるのだから。よくやったぞ、ホテル。

 

「悪いが、座る場所がないんで失礼するよ。……何の話だったんだい?」

 

「操られていた時の行動に関してを謝られちゃいました。後はまあ、軽く世間話を。」

 

「ふぅん? 律儀な人間だね。……それより早く食べたまえよ、美鈴。私はさっさとモンペリエに行きたいんだ。アリスとデートする予定だからね。」

 

デートか。単なる冗談だと分かっていてもドキッとする言葉に動揺しつつも、そんな内心を隠して質問を口にする。

 

「向こうに行ったら何をするんですか?」

 

「ヴェイユに案内させればいいさ。私にも聞きたいことがあるだろうし、それに答えながら適当に観光するよ。無論、答えられるところまでだが。」

 

「ありゃ、従姉妹様ったら優しいですねぇ。私はてっきりあの女の子には何にも教えてあげないのかと思ってましたよ。」

 

大盛りのパスタを頬張りながら言う美鈴さんに、リーゼ様はもぞもぞとお尻の位置を調整してから皮肉を返す。こういうことをするお店に行く男性の気持ちが今理解できたぞ。

 

「アリスにとって大事な友人であれば、そこらの人間よりは優先度が上がるってわけさ。それだけの話だよ。」

 

「まあ、私はどうでも良いんですけどね。……だけどモンペリエで堂々と歩き回るなら、こっちでも堂々としてくれれば良かったじゃないですか。そしたら私は面倒くさい説明を延々しなくて済んだわけですし。」

 

「それはまた別の話だね。姿や身分について根掘り葉掘り聞かれるのは面倒だし、それ以前に何故私が『仇敵』たるフランス闇祓いどもに協力しなきゃいけないんだい? ……精々苦労すればいいんだよ、あんな連中は。捕まるはずもない魔女を追いかけていればいいさ。」

 

うーむ、リーゼ様はフランス闇祓いが嫌いなのか。大きく鼻を鳴らして吐き捨てたリーゼ様へと、おずおずという口調で問いを飛ばした。

 

「もうフランスを出たんでしょうか? 魔女。」

 

「出たよ。それは昨日情報屋が確認してるからね。だろう? 美鈴。」

 

「ええ、アピスさんがフランスを出たって断言してましたから、間違いなくこの国には居ないと思いますよ。行き先は不明ですけどね。」

 

そんなことまで確認していたのか。私たちは『多分魔女であろう人外』が実際にどんなヤツなのかを結局掴めなかったのに、アピスさんはどうやって出国したことを確認したんだ? 私が少し驚いている間にも、リーゼ様と美鈴さんは魔女に関する会話を続ける。

 

「行き先を追うつもりはないさ。そういう約束だからね。……暫くは、だが。」

 

「ですねぇ、思い出した頃に探して殺しておきましょうよ。まだアリスちゃんのことを諦めてないみたいですし。……今回は後手だったんだから、次はこっちが先手を取る番です。」

 

「百年後くらいかな? やや短い気もするが……ま、ギリギリ『暫く』の範疇だろうさ。都合の良いように解釈させてもらおうじゃないか。」

 

「その時は私も交ぜてくださいよ? 忘れちゃってても仲間外れにするのは無しですからね。」

 

百年後? まだ二十年そこらしか生きていない私にとっては信じられないくらい先の話だな。あまりにもスケールが大きい会話に戸惑いながら、パスタを片付けて鶏肉入りのガルビュールに移っている美鈴さんに話しかけた。私ならあれ一品だけでお腹いっぱいになっちゃいそうだ。

 

「魔女のことはまあ、後々改めて考えましょう。時間はたっぷりあるわけですし。……美鈴さんもモンペリエに行くんですよね? 私たちと一緒に行動するんですか?」

 

「迷ったんですけど、一人で動くことにします。適当に食べ歩いた後で勝手に帰りますよ。……あーでも、後で通貨の調達だけお願いできますか? 人間の貨幣はすぐ変わるからよく分からないんですよね。」

 

言いながら美鈴さんが懐から出したのは、布の小袋に入ったいくつかの宝石だ。換金して欲しいということなのだろう。こういうのってマグルの宝石商に持っていって大丈夫なのかと悩む私を尻目に、リーゼ様が小馬鹿にするような声色で突っ込みを入れる。

 

「キミね、金にしておきたまえよ、純金に。宝石なんて今日日流行らんぞ。時代は金さ。」

 

「お嬢様も同じようなことを言ってましたけど、金の価値って結構変わってるんですよ? 銀の方が価値があった頃もありましたし、いまいち信用できないんですよねぇ。」

 

「信用云々じゃなくて、最近は金の価値が鰻登りだって意味さ。逆に宝石は下がってるぞ。キミの財産がどこまで目減りしてるか見ものだね。」

 

「……マジですか? 二百年くらい前にアピスさんに金はダメだって言われて、全部宝石と取り換えてもらったんですけど。」

 

ひょっとして、美鈴さんって結構お金持ちなのか? そりゃあ長生きしてるんだから貯め込んでいるのかもしれないが、何かこう……そういうのには疎いイメージがあるぞ。レミリアさんの下で働いてるわけだし。

 

私が若干失礼なことを考えているのに気付くことなく、妖怪二人の『経済談義』は続いていく。私にとって人外の金銭事情は謎が深い部分だな。リーゼ様は『子供はそんなことを気にしなくていい』と教えてくれないし、エマさんは『あるところにはあるんですよ』なんてはぐらかしてくるのだ。

 

「騙されたみたいだね。あの情報屋は現在進行形で大儲けしてるだろうさ。……変なヤツだと思ったが、そういう方面には鼻が利くのか。腐っても情報屋ってことかな。」

 

「……昔からそうなんですよねぇ。ちょっと前は阿片でボロ儲けしてましたし、その更に前はチューリップで稼いでました。ああ見えて強かな妖怪なんですよ。」

 

「ふぅん? ……名前くらいは覚えておいても良さそうかな。人外の情報屋はここ三百年くらいでどんどん減ってるからね。イギリスにはロクなのが残ってないんだ。」

 

「覚えて損はないと思いますよ。アピスさんとは長い付き合いですけど、それなりに有益な取引が出来てますから。……金は返して欲しいですけどね。」

 

ガルビュールを最後の一滴まで平らげながら肩を落とした美鈴さんに、リーゼ様はクスクス微笑んで立ち上がった。

 

「んふふ、勉強代だと思いたまえよ。金なんざ永く生きていれば勝手に貯まるさ。……それじゃ、行こうか。ヴェイユとは向こうで落ち合うんだろう?」

 

「はい、そのつもりです。昨日はボートを借りて釣りでもどうかなんて話してたんですけど……。」

 

「釣りぃ? そんなもんはアホのやることだね。非効率な魚獲りは流水好きの愚かな人間どもに任せておきたまえ。賢い私たちは釣れた後の料理を楽しむのさ。」

 

「まあ、そうですよね。釣りはやめておきましょうか。」

 

そりゃそうだ、吸血鬼が釣りなんかするはずないか。苦笑いで首肯しつつ、私と美鈴さんも席を立って歩き出す。……あまり綺麗な結末ではなかったが、何にせよ事件は終わったのだ。リーゼ様とお出かけなんて滅多に出来ないことだし、今だけは素直にそれを楽しむことにしよう。

 

「いいじゃないですか、釣り。私は結構好きですけどねぇ。昔はよくやってたんですよ? 龍になりかけの鯉を釣ったこともあります。可哀想だから離してやりましたけどね。元気でやってるといいんですけど。」

 

「一体全体何が楽しくてやってるんだい? 魚が欲しいなら妖力を使って効率的に獲りたまえよ。妖怪なんだから。」

 

「そういうことじゃないんですよ。いいですか? 釣りというのは瞑想に近い行いであって、武人は精神統一のために昔から──」

 

うーん、傍から見てると美鈴さんが独り言を喋っているようにしか見えないし、後ろじゃなくて隣を歩いてあげた方がいいかもしれない。ドアを開けてくれたドアマンが不気味そうな顔になっちゃってるぞ。

 

仲良く釣りについて語り合う二人の妖怪に小走りで追い付きつつ、アリス・マーガトロイドは晴天の外へと一歩を踏み出すのだった。

 


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