Game of Vampire   作:のみみず@白月

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人間として

 

 

「いいぞ、ハリー! その調子だ! 『ギュッとなってドン』をイメージすれば簡単さ。」

 

邪魔すぎるぞ、このおっさん。名付け子へと意味不明な助言をするブラックを鬱陶しく思いつつ、アンネリーゼ・バートリはイライラ声で注意を飛ばしていた。向こうで大人しくジャーキーでも齧ってろよな。

 

夏休みも五日目に突入した土曜日の午後、ハリーに対して姿あらわしの指導を行なっているのだ。本来トランクの小部屋でやるつもりだったのだが、現在の私たちが居るのはブラック邸のエントランス。つまり、またしても子離れ出来ない『犬おじさん』がしゃしゃり出てきたのである。

 

ちなみにすぐ近くの階段には赤ん坊をあやしているニンファドーラとルーピンが腰掛けており、リビングではビルとアーサーがバイクの部品を弄っているようだ。ブラック邸は立派な『裏切り者たち』の溜まり場に生まれ変わったみたいじゃないか。代々の当主は草葉の陰で喜んでいるだろうさ。

 

「ブラック、次にふざけた指導法でハリーを惑わせたらドッグフードを取り上げるからな。何が『ギュッとなってドン』だ。そんなもんで姿あらわしが使えるようになると本気で思っているのかい?」

 

「バートリ女史、我々の世代はそう教えられたんです。それで皆できるようになった。である以上、この方法は間違っていません。そうは思いませんか?」

 

「微塵も思わないね。香草じゃ伝染病は防げないし、地球の端っこは崖じゃないし、精神論じゃ姿あらわしは習得できないんだ。『太古』の常識を持ち込むのはやめてもらおうか。私やハリーは年若い現代人なんだよ。」

 

「……どうやら姿あらわし云々の前に、『年若い』の定義を議論する必要がありそうですね。」

 

レディに無礼な発言をするブラックに手近な置物をぶん投げてやると、生意気にも盾の無言呪文で弾き飛ばした名付け親ではなく、右眉が半分なくなっているハリーが口を開く。さっき『バラけ』てしまった時、半分だけどっかに旅立ってしまったのだ。元気でやっていればいいんだが。

 

「あー……僕、出来ればルーピン先生に教えてもらいたいかな。今までで一番しっくり来たのはルーピン先生の教え方だし。」

 

「私にかい? ご指名とあらば喜んで教えさせてもらおうかな。テディを頼むよ、ドーラ。」

 

「はいはい、ママのところに来ましょうねー。……ちょっと、何でそんな顔なのよ。ママの抱っこは嫌なの?」

 

抱いていた赤ん坊をニンファドーラに渡したルーピンは、腕まくりをしながらハリーへと歩み寄るが……おい、それじゃあ私は何をしに来たんだよ。古臭い精神論が否定されるのは理解できるが、私の現代的な指導法が間違っているとは思えんぞ。

 

まあいい、そのうちボロが出るさ。そしたらハリーは私を頼ってくるに違いないのだ。お手並み拝見とばかりに悠々と階段に移動して、ニンファドーラの隣に座って見学を始める。

 

「やあ、小さな変装の達人君。今日は黒髪なのか。センスがあるね。」

 

気まぐれにニンファドーラの胸の中の赤ん坊に話しかけてみると、幼体の人間どのはキャッキャと喜びながら私の伸ばした指を握ってきた。愚かなおチビだ。夜の支配者の指を握っていることを理解していないらしい。私に慄くのはもう少し大人になってからだな。

 

「キミ、差し出されればライオンの指でも握るのかい? もっと考えてから行動した方がいいと思うよ。」

 

「バートリさん、テディはまだ二ヶ月と半分なんだよ? ようやく首がすわってきた段階なのに、そんなの判断できるわけないって。」

 

「ふぅん? キミの顔とかも判別できないのかい?」

 

「それは別だよ。ママの顔は分かるもんねー? ねー、テディ。ねー?」

 

『ねー』の度に顔を嫌そうに背けているのを見るに、確かに判別できているようだ。しつこい母親のことをぷよぷよの手で押し退けている赤ん坊を、それでいいのかと微妙な気分で眺めていると……出たな、犬ころ。いつの間にか犬に変身していたブラックが近付いてくる。もちろんおチビは毛だらけのお友達に大喜びだ。

 

「……ハリーが小さな頃にこいつが何をしていたのかが目に浮かぶようだよ。どうせ彼の反応で味を占めたんだろうさ。」

 

「ここまで喜んでるのを見ると、本当に犬を飼おうかって気持ちになってくるよ。……よく言うじゃん、赤ちゃんの時に出会えば最高の親友になるって。」

 

「飼えばいいじゃないか。おチビがおっさんにじゃれ付いてたって悲しい事実を知る前に、可愛らしい本物を用意してあげたまえよ。それが親心ってものだろう?」

 

「んー、今度規制管理部に行ってみようかな。あそこで飼ってる犬が赤ちゃんを産んだらしいんだよね。里親を探してたみたいだから、タイミングとしてはバッチリなの。」

 

規制管理部? あの魔法生物狂いどもが頭が一つしかない普通の犬を飼うのか? 本日初めて二メートル先の目印ぴったりに姿あらわししたハリーを横目に、ニンファドーラへと適当な相槌を打つ。ルーピンが指導を始めてから僅か数分。だからあれは先程までやっていた私の指導の成果に違いないのだ。

 

「何のために犬なんて飼ってるんだい? 魔法生物の餌にするとか?」

 

「ノグテイルの駆逐用だよ。ほら、農園を荒らす魔法生物。あれが出た時に追っ払うため、十五頭くらい常に飼ってるんだって。」

 

「ふぅん? なるほどね。犬種は?」

 

「真っ白なサルーキってやつ。一昔前は全部グレイハウンドだったんだけど、最近は半々くらいになってるんだってさ。とにかく足が速くないとノグテイルに追い付けないらしいの。」

 

ふむ、知らん犬種だ。最近は犬の種類が増えすぎだぞ。遠い国から持ち込んだり、それを交配させて新たな種類を生み出したり。ここ数百年で一番同族の種類を増やしているのは犬なのかもしれんな。……別に自分たちが望んで増えたわけではなさそうだが。

 

まあ、犬の事情なんてどうでも良いか。吸血鬼は犬に嫌われがちだし、吸血鬼の方だって犬は好きじゃないのだから。ヤツらは昔から人間の『お友達』なのだ。だったら人間の敵である吸血鬼を嫌うのは当然のことだろう。

 

ドラッグでもやっているかのように興奮するおチビと、それにぶんぶん尻尾を振りまくっている犬もどきに冷めた視線を送ったところで……おっと、ウィーズリー親子のご登場だ。謎の複雑そうな機械を二人で持っているアーサーとビルは、こちらに向かって言葉を投げてきた。

 

「シリウス、ちょっとガレージに来てくれないか? 息子が良い感じにブースターを調整してくれたんだよ。上手く動くか試してみたいんだ。」

 

「これで大分スピードが出るようになったと思いますよ。あと、割り込み呪文も組み入れておきました。信号待ちで常に先頭に入れた方が便利でしょう?」

 

『ブースター』? バイクのことは一切分からんが、それでも不安になるような発言だな。ブラックが人間花火になるのは構わんが、ハリーも一緒なことを忘れないで欲しいぞ。『オモチャ』に熱中する男どもとの温度差を感じているニンファドーラと私を他所に、ブラックはすぐさま人間に戻って二人に歩み寄って行く。小汚いお友達を取り上げられたおチビは不満顔だ。

 

「素晴らしい! 割り込み呪文は私一人じゃどうにも出来なかったんだ。やるじゃないか、ビル。」

 

「呪い破りの仕事でスペインに行った時、向こうの魔法使いにコツを教えてもらったんです。ここで使うことになるとは思いませんでしたけどね。」

 

「さすがはアーサーの息子だな。ウィーズリー家は暫く安泰だ。……さあ、早くガレージに行こう。この前付け足した呪文との相性も見ておかないと。」

 

アーサーに代わってビルと二人で機械を運んで行くブラックを見送ったところで、残ったウィーズリー家の家長が苦笑しながら注意を寄越してきた。

 

「練習は無理なくやるんだよ? ハリー。まだ君は一応未成年なんだ。何かあったら大事になってしまうからね。」

 

「はい、程々にしておきます。」

 

「どうかな? キミたちが改造してる『オモチャ』を魔法省に突き出した方が大事になると思うけどね。……あるいはモリーに知らせるってのもアリだが。」

 

横から突っ込みを入れてやると、途端にアーサーはしどろもどろになってしまう。殺人犯が置き引きを注意してるようなもんだぞ。説得力皆無だ。

 

「いや、まあ……互いに見なかったことにしておきましょう。そうした方がお互いの為です。」

 

「キミも賢くなってきたみたいだね。レミィの影響かな?」

 

「バートリさんの影響も少しはあると思うけどなぁ。」

 

余計なことを呟いたニンファドーラにジト目を向けている間に、アーサーは逃げるようにガレージの方へと消えてしまった。それにやれやれと首を振ったところで……ちょっと待て、急にどういうつもりだ。ニンファドーラが私におチビを渡して立ち上がる。思わず受け取っちゃったじゃないか。

 

「バートリさん、テディ持ってて。おトイレ行きたくなってきちゃった。」

 

「いやいやいや、私は吸血鬼だぞ。」

 

「吸血鬼でも抱っこは出来るでしょ。サクヤちゃんとかアリスさんを育てたわけだし。」

 

「アリスは既に大きかったし、咲夜の時は使用人が……おい、ニンファドーラ。待ちたまえ。こんなもんどう扱えばいいのか──」

 

私の文句を尻目に、ニンファドーラはクスクス微笑みながら階段を上っていってしまうが……どういう神経をしているんだ? 赤ん坊を吸血鬼に預ける変人なんてダンブルドアくらいだと思っていたぞ。

 

「……動くんじゃないぞ、おチビ。偉大なる吸血鬼からの命令だ。私は凄い力を持ってるんだからな。」

 

こいつ、ちゃんと分かってるのか? キャッキャと笑うおチビを慎重に抱っこしつつ、アンネリーゼ・バートリは母親の帰還を待ち望むのだった。

 

 

─────

 

 

「……っ。」

 

また切っちゃったな。湧き上がってくるイライラを押し殺しながら、パチュリー・ノーレッジは治癒魔法で指先の傷を治していた。これでもう何度目だろうか? どうやら私という魔女は自分で思っていたよりも不器用だったらしい。

 

深夜の紅魔館の図書館。小悪魔が自室に戻っている所為で静寂に支配されるその場所で、一人寂しく閲覧机の上で慣れない作業を行なっているのだ。目の前に置かれているのは真紅の羽根と、金属のペン先。これらを組み合わせて羽ペンを作ろうとしているのである。

 

無論、魔法でやれば一瞬で出来るだろう。ペン先無しの単なる羽ペンを作るのだって簡単だ。だけど、長く使うなら取り替えが可能な金属製のペン先を付けるべきだし、この作業だけは手作業で行いたい。小難しい理屈じゃなく、そうすべきだと私の心が判断してしまったのだから。

 

とはいえ、ここまで苦戦するのは予想外だったな。鮮やかな真紅の羽根……フォークスが置いていった尾羽根を見つめながら、自分の手先の鈍さにため息を吐いていると──

 

「……あの、パチュリー様。こんばんは。」

 

びっ……くりしたぞ。急に投げかけられた声に心臓を高鳴らせつつ、そうとは気付かれないように冷静な態度を装って返事を返す。声をかけてきたのは言わずもがな、咲夜だ。入ってくる気配を感じなかったし、時間を止めてここまで来たらしい。相変わらず恐ろしい能力だな。

 

「あら、咲夜。こんな時間にどうしたの?」

 

咲夜にとっての私のイメージは、『賢くていつも冷静な魔女』であるはず。そう思ってくれるように振舞ってきたし、そう思って尊敬して欲しいという見栄もある。だから『パチュリー様像』を崩すまいと無理して平静な対応をした私に、咲夜はおずおずと隣の席に座りながら話を切り出してきた。

 

「相談……というか、悩みがありまして。」

 

「悩み? 聞いてあげるから話してごらんなさい。私に解決できるものなら解決するし、そうでなくても一緒に考えることは出来るわ。」

 

悩み、ね。この前の『スカーレット・ヴェイユ問題』に関わることだろうか? 内心ではどんな悩みが飛び出してくるのかと不安になっている私へと、咲夜は暗い顔でポツリポツリと内容を語り始める。

 

「えっと、悩みっていうのは私の能力のことなんです。……あのですね、もし私の能力が自分の意思でコントロールできなくなって、時間を止めたまま戻せなくなったらどうなりますか?」

 

「それは……うん、難しい質問ね。それが不安なの?」

 

「はい。最近目が覚めた時、勝手に時間が止まってることがよくあるんです。さっきも起きたらこの時間で止まってて、それで怖くなってここに来ちゃいました。もちろんそういう時は自分の意思で解除するんですけど、もしかしたら急に解除できなくなって、独りぼっちでずっと止まった時の中に取り残されたらと思うと……凄く怖くなるんです。心配しすぎなんでしょうか?」

 

なるほど、それは怖くもなるだろう。心細くなって駆け込んできたわけか。慎重にサラサラの銀髪を撫でながら、なるべく優しい声を意識して言葉をかけた。

 

「私は小器用な慰めを言えるようなタイプじゃないから、貴女が納得するまで議論に付き合うことしか出来ないけど……第一に、勝手に時間が止まるのは睡眠時だけなの? それと、最初に止まったのはいつ頃だった?」

 

「今のところは寝ている時だけです。最初に止まったのは去年学校に行った直後くらいでした。」

 

「十五歳になる少し前ってことね。……貴女に宿る力が貴女だけのものである以上、全ては私の経験と知識に基づいた仮説になるわ。その上で言わせてもらえば、貴女の身体や精神の成長が影響しているんじゃないかしら? 徐々に頻繁に止まるようになってる?」

 

むう、本当に難しい問題だな。当然ながら前例など無いし、思考の取っ掛かりになる書物も少ない。かといって今の咲夜に『分からない』を突き付けるのは私の良心が許してくれないのだ。いくつもの仮説を頭の中で組み立てている私に、咲夜は小さく頷いて肯定してきた。

 

「前は二週間に一回くらいだったのが、今は四、五日に一回のペースで止まってます。だからその、段々と寝るのが怖くなってきちゃって。……妹様も昔は能力を制御できなかったんですよね?」

 

「妹様の場合はまた別よ。非常に分かり易い『症状』があったし、常時制御できなかったわけだからね。対して貴女の場合は睡眠時という最も無防備な状態でのみ勝手に能力が発動しちゃうわけでしょう? ……少し調べてみましょうか。この図書館を改装できていることからも分かるように、貴女の能力が昔に比べて強力になっているのは明白だわ。ひょっとすると能力の成長が身体の成長に追い付けていないのかもしれないわね。」

 

「……元に戻せなくなった時はどうすればいいんでしょうか?」

 

「最も可能性が高い対処法は待つことよ。貴女が時間を止めていられる長さ……時間が止まっているんだから長さも何もないわけだけど、貴女の主観的な『時間を止めていられる時間』は徐々に長くなっているでしょう? 能力の成長としては一番分かりやすい現象ね。でも、それは同時に限界があることも示しているの。止められる長さの限界になれば勝手に解除される可能性が高いわ。」

 

口には出さないが、これは普段の私なら絶対に言わないような希望的観測だ。咲夜が眠っている状態で無意識に時間を止めて、自然に目が覚めた状態が今だとすれば、彼女は相当長い間『停止した世界』で眠っていたことになる。

 

魔力の流れを見るに咲夜は充分な睡眠を取っているようだし、現在の時刻は午前一時を回ったところ。彼女が普段通り二十二時あたりにベッドに入り、これまた普段通り七時くらいに目が覚めるのだと仮定すれば、六時間近く時間を止めていたことになってしまう。

 

平時の彼女が止められる限界は精々十分そこら。普段は無意識に力を抑えているのか、あるいは睡眠時だから長く使えているのか。詳細は調べてみないと不明だが、私や咲夜本人が思っているよりも遥かに長く時間を止めておける可能性は大いにあるだろう。

 

我らがメイド見習いに宿る力の強大さを再認識している私に、咲夜は尚も不安そうな顔で問いを飛ばしてきた。

 

「待ってるだけでいいんですか?」

 

「ええ、先ずは慌てず落ち着くべきよ。冷静になれば解除できる可能性もあるしね。……それでもダメなら、自分に失神呪文を撃ち込んでみなさい。行使している張本人である貴女が気絶すれば、結果として能力が解けるかもしれないわ。」

 

物凄く乱暴な方法だが、それも一つの手段だ。咲夜としても止まった時間に取り残されるくらいなら失神した方がマシなようで、具体的な解決策が出てきたことに表情を明るくしている。

 

「それは何となく効果がありそうですね。待ってもダメだったら試してみます。」

 

「貴女の心や体が成長するに従って、そういう症状は徐々に減っていくと思うけどね。起きている間に勝手に止まらないうちはまだ余裕があるわ。仮にどれだけ待っても、あらゆる手段を講じてもダメだった時は……そうね、私かアリスの目の前で仮死しなさい。そのための魔法薬を作ってあげるから。」

 

「か、仮死?」

 

「本当に最後の手段だけどね。貴女が死んでなお時間が止まり続けるということは有り得ないわ。そんなことは神にだって出来ない芸当よ。である以上、貴女が死ねば能力は解除される。そしたら私かアリスが仮死状態になっている貴女を発見して、蘇生すればいいってわけ。その方法なら百パーセント停止した世界から抜け出せるでしょう?」

 

我ながら無茶苦茶なことを言っている自覚はあるし、目の前にいきなり仮死状態の咲夜が現れるなど悪夢の光景だが、絶対の手段を一つ提示しておけばいくらか気が楽になるだろう。そう思って放った提案に、咲夜はホッとしたような声色で応じてきた。知らぬ者からすれば異様なやり取りだろうな。年頃の女の子に仮死の提案か。

 

「そっか、それなら絶対に解けますね。……仮死って痛かったりしますか?」

 

「痛みのない薬を調合してあげるから、お守り代りに持っておきなさい。一応注意しておくけど、軽々には使わないように。リスクがゼロとは言えないんだから、本当にどうしようもなくなった時だけ使うのよ? 時間が動き出した時、即座に私かアリスが処置できる位置でね。」

 

「はい、そうします!」

 

元気な返事じゃないか。仮死の魔法薬でこんなに喜ぶ子はこの世で咲夜だけだろうな。そのことに微妙な気分になりつつも、真紅の尾羽根に向き直って口を開く。

 

「それじゃ、明日……というか今日の睡眠時から詳しい調査を始めましょう。私たちが幻想郷に行く前に方を付けたいしね。薬はアリスと一緒に今日中に作っておくわ。」

 

「お願いします。……ちなみに、それって何をしているんですか?」

 

「羽ペンを作っているのよ。この羽根はちょっと……そう、思い入れがある羽根なの。こっちに居るうちに完成させておきたいから、慣れない作業をしてたってわけ。」

 

「魔法で作るんじゃダメなんですか?」

 

それではダメなのだ。人間としての私が作りたいと思っているのだから、人間としての力で完成させなければ。不条理な感情をバカバカしく思いつつ、それでも咲夜に否定の返答を送る。

 

「ダメなの。きちんと自分の手でやりたいのよ。」

 

「……お手伝いするのもダメですか? 私、細かい作業は得意なんです。アリスほどじゃないですけど。」

 

私の態度から何かを感じ取ったのか、どこか元気付けるような雰囲気で提案してきた咲夜に……まあ、この子ならいいかな。人外たちに手伝ってもらうのは何か違う気がするが、咲夜なら構わないだろう。それが何故なのかは説明できないものの、それを言ったら羽ペンを作っていること自体が不条理なのだ。ここは直感の判断に従っておくか。

 

「……なら、手伝ってくれる? 金具の調整がどうしても上手くいかないのよ。」

 

「任せてください!」

 

一人の時よりも少しだけ音が増えた図書館の中、椅子を寄せてきた咲夜と二人で金具を弄りつつ、パチュリー・ノーレッジは自分の中の曖昧な感情に苦笑を浮かべるのだった。

 


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