Game of Vampire 作:のみみず@白月
その男の名は
「わぁ……かっこいいね!」
9と3/4番線のホームで、フランドール・スカーレットは真っ赤なホグワーツ特急に感動していた。
かっこいい。フランスで見た列車は変な形だったが、こっちのは中々いい感じだ。大体フランスの列車はすぐ壊れるのがいけない。対してこっちのは頑丈そうだ。
周りには人間がウジャウジャといる。昔は『目』の光が強すぎて、『目』の少ないリーゼお姉様や美鈴のような存在しか判別がつかなかったが、パチュリーが翼飾りをつけてくれてからは顔の違いが分かるようになった。
おまけにイライラすることも少なくなったのだ。前は時折何もかもをぶっ壊したくなるような衝動があったのだが……今はなくなった。頭の中が実にスッキリしている。
辺りを見回していると、見送りに来てくれたアリスが声をかけてきた。
「これに乗って行くのよ。荷物は……あるわね。日焼け止めクリームは塗った?」
「紅魔館を出るときにアイツに塗りたくられたよ。そのせいで体がベタベタになっちゃった。」
アリスの言葉に苦い顔で答える。フランは自分で塗れるって言ったのに。それでも、学校に行くために我慢した。……最後に殴っちゃったけど。
「体の調子も大丈夫なのね? 違和感はない?」
「ちょっと身体が重いけど……全然ヘーキだよ!」
あの紫色の胡散臭いおばさんがかけた術はうまく動作しているらしい。出発前にアイツをぶん殴った時には、全然吹っ飛ばなかったのだ。
「ギリギリに着きすぎたかしら? テッサたちが見当たらないわね……。」
フランの答えを聞いて安心したらしいアリスは、誰かを探しているようだ。確か……コゼットちゃん! アリスのお友達の子供で、私と友達になってくれそうな女の子。その子を探しているのだろうか?
「大丈夫だよ、アリス。フラン、列車の中で探すよ!」
まっかせて欲しい。なんたって、フランはもう子供じゃないのだ。女の子一人探し出すくらい簡単だろう。
「そ、そう? うーん……そうね、そうするしかないわね。参ったわ。知り合いがいるから引率役に選ばれたのに、失敗しちゃったわね。」
苦悩している様子のアリスだったが、ひとつため息を吐くと立ち直って話し出す。
「それじゃあ、そろそろ出発だから乗り込んで頂戴。レミリアさんとの約束は覚えてるわね?」
「うん。殺さない、壊さない、吸わない!」
「それとお勉強も頑張ること。きちんと守るのよ?」
「大丈夫だよ。シンパイショーだなぁ、アリスは。」
フランが苦笑して言うと、アリスは何故か何かを懐かしんでいるような顔になる。やがてフランのことを眩しそうに眺めると、笑顔で送り出してくれた。
「そうね、フランなら大丈夫だわ。行ってらっしゃい、フラン。」
「うん! 行ってきます、アリス!」
トランクを持って列車の中へと入る。ズラリとコンパートメントが並ぶ通路を歩きつつ、聞いている特徴の女の子を探す。
銀髪に、ヘーゼルの瞳の内気そうな女の子。一つ一つのコンパートメントを覗き込みながら通路を歩いていると、すれ違う子たちがフランの翼を見てギョッとする。
ううむ、もしかしたら邪魔なのかもしれない。なるべく小さく折り畳んで、邪魔にならないように気をつける。これで大丈夫なはずだ。
いくつかのコンパートメントを調べていると、列車の汽笛が鳴ってゆっくりと車体が動き出した。マズいかもしれない。このまま見つからなかったらどうしよう?
ちょっとだけ不安になりながら、それを堪えて捜索を続けていると……いた! 銀色の髪をした女の子が、一人で不安そうにコンパートメントの中で座っている。
見つけた途端に緊張してきた。こういうのは第一印象が大事なんだって、リーゼお姉様が言っていたのを思い出す。よし、優しい感じの笑顔でいこう!
コンパートメントのドアをノックすると……ありゃ、ドアが壊れちゃった。フランがノックした所だけがべコりと凹んでいる。響いた音にコゼットちゃんらしき女の子は飛び上がり、怯えた顔でこちらを見てきた。
「ひゃっ、な、なんですか?」
「ち、違うの! ノックしようとして、それで……。」
やっちゃった。最悪の第一印象かもしれない。女の子はぷるぷる震えていたが、チラリとフランの翼に目を向けると、決死の覚悟を感じる表情でゆっくりと話しかけてきた。
「あの、もしかして、アリスさんの知り合いの……フランドールちゃん?」
「そうだよ! フランは、フランドール・スカーレット。貴女はコゼットちゃんだよね?」
「はい、コゼット・ヴェイユです。あの……ここ、空いてます。一緒に使いませんか?」
未だぷるぷるしているコゼットちゃんだったが、フランと一緒にいてくれるようだ。心にじわじわとあったかいものが広がるのを感じながら、なるべく慎重にドアを閉めて席に着く。
……座ったはいいが、どうしよう。何を話せばいいのか全然わかんないや。コゼットちゃんを見れば、向こうも困ったような表情で口を開けたり閉じたりしている。
ええい、黙っていても仕方がない。アリスによれば共通の話題を出すと話が弾むそうだから……学校のことだ! どの年齢の血が美味いかと聞くよりかは、いくらかマシな話題になるだろう。
「あのね、コゼットちゃんはホグワーツのことよく知ってるの? フランは、まだあんまり知らないんだよね。」
「う、うん。私のお母さんが先生をやってるから……家で色々話してくれるんです。」
「じゃあ、じゃあ、フランに教えてくれない? えーっと……そう、どんな授業があるの?」
フランの質問に、コゼットちゃんはぶんぶん頭を振りながら頷いてくれる。大丈夫かな? フランなら気持ち悪くなっちゃいそうだ。
「わ、わかりました。えっと、まずは呪文学っていうのがあって……基本的な呪文を学んだりする授業なんですけど、お母さんはずっとこの授業で先生を──」
コゼットちゃんの話を聞きながら、この話題は正解だったと内心でガッツポーズする。どうやら話せることはたくさんありそうだ。
ホグワーツ特急の走る音を背景にしながら、フランドール・スカーレットは目の前の友人候補とのお喋りを成功させるために、一言も聞き漏らすまいと耳を傾けるのだった。
─────
「フランは大丈夫かしら? どう思う?」
紅魔館のリビングに響く数えるのも億劫になるほどに繰り返された質問に、紅美鈴は生返事を返していた。
「大丈夫じゃないですかね。」
「心配だわ。上級生にいじめられてないかしら?」
むしろホグワーツ特急の心配をすべきだと私は思う。あの列車が形を保ったままホグワーツにたどり着けるかは、私が思うに半々くらいの確率だろう。
「ちょっと聞いてるの? ねえ、私がいなくて泣いたりしてないかしら?」
「妹様なら大丈夫ですよ。」
嬉し泣きはしているかもしれない。今朝ぶん殴られたばかりだというのに、よくもまあそんなことが言えたもんだ。
いい加減止めてくれないかなと、一緒に妹様を見送った従姉妹様を見ると……こちらを無視して新聞を読んでいる。素晴らしい対応だが、見捨てられた私は堪ったものではない。巻き込んでやる。
「従姉妹様からも言ってやってくださいよー。」
「んん? ああ……それより、面白いヤツが載ってるぞ。」
言うと、従姉妹様は新聞を開いてこちらに見せてきた。話題逸らしだとしてもここは乗るべきだ。多少オーバーな演技で覗き込んでみると……なんだこいつ? トカゲの妖怪か? 掲載されている写真には、爬虫類と人間の合いの子みたいなヤツが笑っているのが見える。
「なんですか、こいつ? 妖怪?」
「分からんが、どうもイギリスの田舎を騒がせているらしいね。名前は……ヴォルデモート卿? おいおい、レミリアのセンスといい勝負だな。」
「うーん、いい勝負ですけど……ギリギリでこの爬虫類マンのほうが勝ってますよ。」
私と従姉妹様の会話を聞きつけたのか、窓辺でホグワーツの方向を心配そうに見つめていたお嬢様が怒った顔で近付いてきた。
「ちょっと、何の話よ! ……ヴォルデモートぉ? こんな変な名前、私なら絶対に付けないわよ!」
ハン、と鼻を鳴らしながら勝ち誇るお嬢様を無視して、従姉妹様にこいつが何をしたのか聞いてみることにする。活字を読むのは嫌いなのだ。彼女の要約のほうが百倍分かりやすいだろう。
「それで、何したんですか? こいつ。」
「取り巻きを従えて、特に理由もなくマグル生まれの魔法使いを殺しまくったらしいね。純血主義者の親玉ってわけだ。」
「へぇ。グリンデルバルドとはまた方向性が違いそうですね。」
「おいおい、こんなのとゲラートを一緒にしないでくれよ。彼がやったのは革命、こいつのは虐殺だ。このトカゲ男のほうが、理由も数段劣るしね。」
従姉妹様はグリンデルバルドの話になると、彼を擁護するスタンスを取りがちだ。結構気に入っていたのかもしれない。
しかし、今回に限ってはそう間違ったことは言ってなさそうだ。グリンデルバルドはあくまでも魔法使いの地位向上のために戦っていたわけだし、必要最低限の殺ししかしていなかった。まあ……必要最低限の数値が大きすぎたわけだが。お陰でヨーロッパの魔法使いは随分減ったのだから。
しかし、新聞を読む従姉妹様は実に興味深そうだ。写真で高笑いしている爬虫類マンのことをじっと見つめている。まさか……。
「まさか、こいつを使って次のゲームを、とかって言い出しませんよね?」
恐る恐る従姉妹様に聞いてみる。どうも吸血鬼はそういうことが好きらしいが、私としては疲れるだけなのだ。あと百年くらいは勘弁して欲しい。
多少迷っていた様子の従姉妹様だったが、横から覗き込んでいたお嬢様に新聞を渡すと、肩を竦めて首を振った。
「うーん……ちょっと小物すぎるね。イギリスにはダンブルドアが居るし、勝負にならないんじゃないかな。」
安心した。確かにダンブルドアの相手にはならなさそうだ。そもそも、この見た目じゃあ駒にしたくはないだろう。ヌルヌルしてそうだし。
私が従姉妹様と話していると、新聞を黙って読んでいたお嬢様がポツリと呟く。その顔はちょっとだけ引きつっている。
「ねぇ……ひょっとして私、また頼りにされたりしないかしら? 面倒くさいんだけど。」
「そりゃあ、連絡はあるだろうさ。キミは『ヨーロッパの英雄』なんだから。」
「うわぁ……正直興味ないんだけど。」
口ではあんなことを言っているが、頼られればお嬢様はきっと手を貸すのだろう。自分のことが書かれた新聞を切り抜いて保管していることを私は知っているのだ。自らの名声の為なら、お嬢様は努力を惜しまないのである。
そして、その時はきっと私が動く羽目になるのだろう。今からイギリス各地の飯どころを調べることを決意しつつ、紅美鈴はちょっとだけ項垂れるのだった。