Game of Vampire   作:のみみず@白月

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最たる悪夢

 

 

「監獄長の仕事を引き受けてくれたのは助かるんだけど……まあうん、相変わらずみたいじゃない。普通は歳を取れば丸くなるものなんだけどね。」

 

四つの人影が在るイギリス魔法省の魔法大臣室。部屋の中央のソファの対面に座っている男に対して、レミリア・スカーレットは呆れた気分で語りかけていた。アイスブルーの瞳が覗く細い目と、後ろで縛った真っ黒な長髪。全体的に実年齢よりかなり若く見えるな。こいつが早期引退を選択したのは正解だったらしい。

 

移住の日が迫ってきた七月六日の昼、アズカバンの監獄長にとコーンウォールから呼び寄せたアルフレッド・オグデンが登省してきたのだ。人を小馬鹿にするような笑みを常時貼り付けているのも、アホみたいなカウボーイブーツを履いているのも、それなのにスリーピースのブラックスーツをきっちり着込んでいるのも十五年前のまま。田舎ののんびりした生活もこの男の癖を矯正することは出来なかったわけか。

 

やや小皺が増えた以外は何も変わっていないオグデンは、意味もなくへらへらと口を歪めながら返事を寄越してくる。部屋の隅に立っている元部下のスクリムジョールは慣れている様子だが、私の隣のボーンズは胡散臭いと言わんばかりの顔付きだ。フォーリーとは違った意味で相性が良くないらしい。

 

「いやいや、『相変わらずっぷり』では貴女に遠く及びませんよ。何一つ変化が無いじゃないですか。僕の息子が五歳の時もその見た目でしたし、二十歳になった今でも少女のままです。……久々に会うと少々不気味ですよ? 自覚してますか?」

 

「だから魔法界を去ろうとしているのよ。魔法省をボーンズに、ウィゼンガモットをフォーリーに、執行部をスクリムジョールに、そしてアズカバンを貴方にぶん投げることでね。」

 

「前者三つはどうでも良いですが、最後の一つだけはいただけませんね。……せせこましいロンドンと違って、コーンウォールでの生活は最高でした。広大な土地で好きなだけ馬を育てて、気まぐれに畑を耕し、週に一度はお隣の未亡人のベッドにお邪魔する。あれこそ理想の生活です。アズカバンで犯罪者どもの面倒を見るのとは大違いでしょう? ……一応断っておきますが、お隣さんとは合意の上で『楽しんで』いたんですからね? ウィンウィンの関係ですよ。」

 

節操がないのも変わらずか。そんなんだから妻に逃げられるんだぞ。未亡人のあたりで嫌そうな表情になったボーンズに、人をおちょくるような余計な動作を交えつつ一言断ったオグデンへと、疲れた気分でため息を吐きながら問いを返す。

 

「そうは言いつつも、貴方はこうしてロンドンに戻ってきたわけでしょう? だったら文句を言わずに働きなさい。」

 

「いやなに、競走馬の飼育というのは僕の想像以上に金がかかる事業だったようで、懐が寂しくなったから金貨を補充しに来たんですよ。アズカバンにぶち込まれた自制心がない能無しどもを管理するだけなら、ソーホーに行ってどの店にしようか一時間以上悩む僕にも務まりそうですしね。」

 

「貴方、あんなに勧めたのに聖マンゴで脳みその手術を受けなかったの? もしくは下半身のをね。」

 

「ムーディ局長だって受けなかったじゃないですか。間違いなく脳に問題がある局長が手術を拒んでいる以上、右腕たる僕が先んじて『まとも』になるわけにはいきませんよ。諦めて今後も風俗店を巡ることにします。……もちろんマグルのね。ノクターン横丁の店は一度鬼婆をあてがわれて以来避けるようにしていますから。危うく噛み千切られるところでしたよ。」

 

下品な会話に我慢の限界を迎えたのだろう。私が皮肉で応対する間も無く、傍目にもイライラしているボーンズが話を進めてきた。

 

「オグデンさん、大臣室に相応しくない世間話はその辺にしておきましょう。アズカバンは現在改修中なので、囚人たちへの対応には臨機応変な判断が求められます。そこは問題ありませんか?」

 

「心配は無用ですよ、大臣。『臨機応変』は僕が最も得意とするところですから。だろう? ルーファス。」

 

「そうですな。犯罪者を追うためにマグルの下水管を破裂させることを臨機応変と言うのであれば、ですが。」

 

「おっと、暫く見ないうちに可愛げが失せたな。昔はもっと……いや、昔からそんな感じか。失礼、ルーファスは別に変わっていなかった。可愛げがあったのは今の新米局長どのだったよ。」

 

やれやれと戯けるように首を振ったオグデンは、ホルダーから抜いた杖をハンカチで磨きながら言葉を繋げる。ぐにゃぐにゃと捻じ曲がったハナミズキの杖。噂によれば無言呪文が使えず、一際派手な音と閃光を出す癖の強い杖らしい。まるでこの男の厄介な性格を表しているようじゃないか。

 

「しかし、あの『ノロマのガウェイン』が局長になるとはね。おまけに『冷血ルーファス』が執行部長で、『ぽんこつドーリッシュ』が魔法警察の隊長? ……千年はコーンウォールで燻ってた気分になるよ。『偉大なるヴォルデモート卿閣下陛下帝王』が地獄に落ちたなら尚更だ。」

 

「ついでにダンブルドアが死んで、グリンデルバルドが復帰してるわね。貴方ったら一番面白い時期を見逃したわよ。……あとはまあ、貴方のライバルも死んだわ。嘗ての法の守護者どのが。」

 

「それについては心底残念ですよ。あのクラウチが息子を脱獄させた挙句、そいつに手を噛まれて死ぬとはね。あの頑固者が身内のために法を破ったことも、ガキに不意を突かれたのも意外でした。僕が変わらず僕であるように、ジジイになってもクラウチはクラウチのままだと思ってましたから。」

 

「後で花の一本くらいは供えに行きなさい。クラウチが悪霊になって取り憑くとすれば、リストの最上段にあるのは貴方の名前なわけだしね。」

 

互いに闇の魔術への憎しみを持っていたとはいえ、第一次戦争の時期は犬猿の仲だったのだ。憎悪とまではいかないはずだが、『本気で死んで欲しいほど鬱陶しいヤツ』とは思っていただろう。堅物犬と軽薄猿の省内での縄張り争いを思い出しながら言った私に、オグデンは苦笑を浮かべて首肯してきた。

 

「真っ赤な薔薇の花束でも持って墓に行きますよ。あの男に取り憑かれるのは悪夢ですから。僕はあと五十年は人生ってやつを遊び倒すつもりなんです。それなのに耳元でお小言を囁き続けられたら堪りません。」

 

「なら、頑張って働いて遊び倒すための資金を貯めなさい。『吸魂鬼なし』の監獄の基礎を構築するのはやり甲斐がある仕事よ。暫くは暇をしないで済みそうね。」

 

「僕がやりたいのは楽な仕事であって、やり甲斐なんて面倒なものは求めてないんですけどね。……まあ、やれと言うならやりますよ。僕なら簡単に出来るでしょうし。」

 

尊大な台詞を軽く放ったオグデンは、ゆっくりと立ち上がりながら話を締める。

 

「それじゃ、先ずは古参連中への挨拶回りをしてきます。貸しを残したままのヤツが山ほど居ますから。僕の貯金残高を増やすためにも、ここは一肌脱いでもらわないと。」

 

「程々にしておきなさいよ? もう貴方の邪魔をするクラウチも、抑える私も、貴方以上に厄介なムーディも居ないんだから。」

 

「それはまた、寂しくなるほどに張り合いがありませんね。……必要な分だけは遠慮なくやりますが、やり過ぎはしませんよ。僕が欲しいのは権力でも地位でもありませんから。自分が『時代遅れ』なことくらいは自覚しています。だったらそれに相応しく、邪魔くさい年寄り程度に自制しておきましょう。」

 

そう言ってドアの前で振り返って皮肉げに肩を竦めた後、オグデンはカチャカチャとブーツの金具を鳴らしながら部屋を出て行った。長身の背を見送った部屋の全員が疲れたように吐息を漏らす中、疑わしげな表情のボーンズが口を開く。

 

「本当に大丈夫なんですか? あの人は。」

 

「問題ないわ。性格がどうあれ、仕事は出来る男だから。……仮に貴女が十五年前のクラウチの立場に居たとして、ムーディを局長から引き摺り下ろすことがそこまで難しいことだと思う?」

 

「それは……その、どうなんでしょうか?」

 

「別に言葉を選ばなくても結構よ。あんなイカれた問題児を懲戒免職にするのが難しいことなわけないんだしね。……だけど、実際はそうならなかった。それはあの男がムーディの政治的な背中を守っていたからなの。もちろん私やダンブルドアの存在もいくらか影響してたわけだけど、最も大きいのはやはりオグデンの働きよ。人の弱みを握り、揺さぶり、利用する。オグデンは杖捌きより政治の腕で副長になった稀有な闇祓いってわけ。」

 

あの男が政治の道を選べば、まず間違いなく当時のクラウチと伯仲する存在になっていただろう。だが、政治家の息子であるオグデンは闇祓いという職を選び、そこで出会ったムーディの『面白さ』に惚れ込んでしまった。結果として闇祓いの副局長という地位に自ら留まり、ムーディが局長の座を退いた後は自身も引退することを選んだわけだ。

 

変人の周りには変人が集まるんだなと納得していると、スクリムジョールも当時の闇祓いから見たオグデン像を語り始める。

 

「オグデン元副局長は軽薄な言動をする軽薄な方ですが、仕事で手を抜いたことは一度たりともありません。ムーディ元局長が『やれ』と言ったことを、あの人は全て成し遂げてみせました。……表面の態度ではなく仕事の成果で判断してみてください。そうすればあの人がどんな人間なのかが分かるはずですので。」

 

「ま、そういうことね。優秀な真人間を扱えるのなんて当然なの。ムーディやオグデンみたいな厄介な人材を使いこなせてこその魔法大臣よ。上手く操ってみせなさい。そうすればとびっきりの持ち駒が一つ増えるから。」

 

オグデンはじゃじゃ馬だが、駄馬ではないのだ。目先に吊るす餌の選択と鞭のタイミングさえ誤らなければ、そこらの馬とは比較にならないほど働いてくれるだろう。私たちの言葉を受けたボーンズは頭痛を堪えるように顔を顰めた後、諦観の表情で項垂れながら小さく頷いてきた。

 

「それが魔法大臣にとって必要な能力なのであれば、努力だけはしてみましょう。……ちなみに、二十年前の魔法省で有名だったオグデンさんの『女性事情』は単なる噂だったのですか?」

 

「……それは事実よ。というか、噂の方が控え目と言えるかもね。実際は心中沙汰になりかねなかったし、直後に離婚して息子の親権も持っていかれたらしいわ。当たり前のことだけど。」

 

「ということは、任務中に頻繁に賭け事をしていたという噂も?」

 

「厳然たる事実ですな。私も何度か誘われました。無論断りましたが、ロバーズは断り切れずによく付き合わされていたようです。」

 

私とスクリムジョールの答えを聞いたボーンズは、無言で抗議の視線を送ってくるが……仕方がないじゃないか。それでも当時は必要な人材だったんだから。ムーディの所業に比べれば可愛いもんだし。

 

ジト目で見てくる規律を重んじる魔法大臣どのに、目を逸らしながら適当な言い訳を口にする。

 

「まあ、もうさすがに落ち着いてるでしょ。そろそろ爺さんと言えるくらいの歳なんだしね。……昔は諌めてくれる人が沢山居たから、オグデンはああやって暴れてたんだと思うわ。ムーディやヴェイユに叱られてるのはよく見たし、ダンブルドアに諭されたりもしてたもの。……要するに、あの男は捻くれ者の『構ってちゃん』なんじゃない? 止めてくれるのが嬉しいから騒いでるだけで、誰も止めてくれないなら静かにしてるわよ、きっと。」

 

「ヴェイユ先生やダンブルドア先生に、ですか。」

 

「ヴェイユ一家が死んだ時は見る影もないほどに落ち込んでたからね。貴方も覚えているでしょう? スクリムジョール。」

 

「覚えておりますとも。我々闇祓いは皆沈んでいましたが、オグデン副長の落ち込みようは見ていられないほどでした。特にヴェイユ先生から頼まれていたコゼットのことを守り切れなかったことに責任を感じていたようです。」

 

オグデンが軽薄でなくなった唯一の時期。それが第一次魔法戦争が終結した直後なのだ。ボーンズにも思うところがあったようで、やや態度を軟化させながら相槌を打った。

 

「……であれば、私の役目は二人の代わりにオグデンさんの『暴走』を止めることのようですね。」

 

「その立場に立てれば最上ね。……まあ、無理せずやってみなさい。時間はあるわ。」

 

そうは言っても、オグデンの信頼を得るのは難しいだろうな。あの男は見た目と違って忠義深いヤツだが、それを向ける相手は慎重に選ぶタイプのはずだ。そこまで期待せずに苦笑して応じると、スクリムジョールが静かな声で話しかけてくる。

 

「アズカバンの件はこれで解決として、スカーレット女史の引退は具体的にいつになるのですか?」

 

「教えてあげないわよ、そんなもん。百年前にいきなり現れたんだから、消える時も急にってのが道理でしょう?」

 

「それでは困るのですが。」

 

呆れたように文句を言ってきたスクリムジョールに、クスクス微笑みながら軽口を返す。困るがいいさ。それは私の存在の大きさを示しているのだから。

 

「ある程度の引き継ぎはやったし、それなりに後片付けもしたわ。だからこれ以上は自分たちでやりなさい。……イギリス魔法省はもう私の庭じゃなくなるのよ? 自分の庭くらい自分で整備できないとね。」

 

「しかし、お見送りくらいはさせていただけるのでしょう? イギリスを離れるとおっしゃっていたじゃありませんか。」

 

「あのね、ボーンズ。私が『お別れ会』をやった後、みんなに手を振られて旅立って行くようなタイプに見えるの? 私は別れを言うのも言われるのも大っ嫌いなのよ。世界各国に引退の手紙を叩き付けて、返事が届く間も無く消えてみせるわ。……去り際を綺麗にすればスッキリしちゃうでしょう? でも、誰一人として納得しない形で去れば噂は消えないわ。誰もが本当に消えたのかと疑い、私の影を疎み、恐れ、そして望み続ける。スカーレットの名は魔法界で生き続けるの。それが私の去り方よ。」

 

ダンブルドアは見事に去った。殺しても死にそうにないあの男の死を、イギリス魔法界の誰もが認めざるを得なくなるようなやり方で。……だが、私は違うぞ。スカーレットの名を忘れさせたりはしないのだ。いつの日か戻ってくるのではないか、またヨーロッパへの影響力を復活させるのではないか。そう思う誰かが存在する限り、私の名は力を持ち続けるだろう。そして、それは躊躇いに繋がるはずだ。私の縄張りであるヨーロッパを、イギリスを侵すことへの躊躇いに。

 

私が長命な吸血鬼であることはもはや周知の事実。である以上、並み居る偉人と同様の言い訳など通用しない。『もう死んだ』は私には通用しないのだ。……ふん、怯え続けるがいいさ。私の敵対者どもはスカーレットの名を常に案じ、対策しなければならないだろう。それが単なるハリボテであることを知っているのは、我が紅魔館の住人たちだけなのだから。

 

私の『立つ蝙蝠跡を濁しまくる』発言を受けて、ボーンズは引きつった笑みで疑問を放ってきた。

 

「いつか戻ってくる気があるのですか?」

 

「どうかしら? 貴女たちが組み上げた魔法界が見るに堪えないものであれば、全てをぶっ壊しに戻ってくるかもね。……別に私が作ったものを壊していいし、どれだけ変えてもいいんだけど、無様なものにされるのだけは我慢ならないの。私が作った基礎に見合う建物を建てなさい。でなきゃ遠い将来、貴女たちの強大な敵として戻ってきちゃうかもしれないわよ?」

 

「……肝に銘じます。貴女が敵になるのは私の最たる悪夢ですから。」

 

「あら、悪くない評価ね。『最たる悪夢』って部分が気に入ったわ。次の大臣にもきちんと伝えておきなさい。イギリス魔法省にとっての最たる悪夢の内容を。」

 

嘯きながら立ち上がった後、ドアへと足を踏み出して口を開く。大臣室もこれで見納めかな? イギリス魔法界の頂点。中々面白い舞台だったぞ。

 

「ボーンズ、スクリムジョール、二人とも忘れないようにしなさい。スカーレットは消えるけど、死にはしないわ。あなたたちがそれを忘れずに行動する限り、私の影は常にイギリス魔法省に付き纏うでしょう。それが敵を打ち破る矛になるか、それとも自らの首を絞める縄になるかはあなたたち次第よ。……居なくなって初めて生まれる力もあるの。私が去った後、最後にそれを教えてあげる。」

 

神妙な表情のボーンズと、強張った顔のスクリムジョール。二人の返事を聞かずに部屋を出て、魔法省地下一階の廊下を歩き始めた。……もう間も無く私はこの世界を去る。そうなった時、私の敵対者は好機とばかりに動き始めるだろう。

 

だが、そこで気付くはずだ。紅のマドモアゼルが本当の意味で消えたりはしないということを。それに気付いた時のアホ面を拝めないのは残念だが……ま、いいさ。私には次なるゲームが待っているのだから。幻想の郷で行なう、人外たちのゲームが。

 

古いゲームの舞台を降りつつ、レミリア・スカーレットは次の演目の主役を奪い取るために思考を巡らせるのだった。

 

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