Game of Vampire   作:のみみず@白月

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短い別れ

 

 

「向こうではあまりやり過ぎないでくれよ? 私は細かく何度も賭けるタイプだが、キミは一度に大きく賭ける。今回は相手が相手だし、万が一負けた時のことも考えておきたまえ。紫は私とキミの接触を制限するつもりらしいから、幻想郷で何かあっても援護できないからな。」

 

紅魔館のリビングの中、対面のソファで咲夜が淹れた紅茶に舌鼓を打っている幼馴染へと、アンネリーゼ・バートリはそこそこ真面目な忠告を放っていた。幻想郷についてはまだまだ知らないことだらけだが、油断できるような土地じゃないことは判明しているのだ。

 

七月十日の夕刻、広いリビングルームには紅魔館の住人が勢揃いしている。レミリア、フラン、パチュリー、美鈴、小悪魔と一応妖精メイドたちが遂に幻想の郷へと旅立つからだ。少し離れたテーブルではパチュリーがアリスに何かを教えており、もう一つあるソファではフランが咲夜にお別れのキスをしまくっていて、部屋の隅ではエマが美鈴と小悪魔に管理業務を引き継いで……いないな。のんびり談笑しているぞ。大丈夫なのか?

 

まあうん、引き継ぎ不備で困るのは移住組であって、私たち居残り組じゃない。別にいいかと視線を戻した私に、レミリアが皮肉げな笑みで肩を竦めてきた。

 

「心配しなくても上手くやるわよ。制限があったヨーロッパ大戦も、ハンデがあった魔法戦争も私は勝ったわ。である以上、幻想郷でも勝つの。当たり前の流れでしょう?」

 

「その自信がむしろ不安を呼び起こすわけだが……ま、いいさ。最悪キミがボロ負けしても、アリスや咲夜はどうにか出来るからね。賢い私は管理者とのコネを使って生き延びるよ。」

 

「コネっていうか、利用されてるだけでしょうが。吸血鬼としてのプライドを失くしたの?」

 

「ふん、メリットがデメリットを上回ってると判断しただけさ。取引だよ。長いものには一旦巻かれてみて、後々気に入らなくなったら内側から崩せばいいんだ。それが吸血鬼ってもんだろう?」

 

足を組んで肘掛に体重を預けながら言ってやれば、レミリアは小さく鼻を鳴らして返答を寄越してくる。

 

「あら、そう? 私なら巻かれずにぶっ壊してやるけど。……まあいいわ、とにかく咲夜のことは任せたわよ。私が居ない間に何かあったら承知しないからね。」

 

「たった数年だろう? トカゲ問題が解決した今、そこまで大きな問題が起こるとは思えないけどね。」

 

「私が危惧してるのはそういう分かり易い問題じゃなくて、咲夜の『思春期系』の問題よ。……言い寄ってくる馬の骨はこっそり排除しなさいよね。スカーレットの名を使って脅してもいいから。」

 

「親バカが過ぎるぞ。咲夜はもう子供じゃないんだから、その辺は自分で処理できるさ。」

 

ホグワーツでの生活を通して多少寛容になっている私に対して、箱入り吸血鬼どのはそうもいかないらしい。勢いよくソファから立ち上がると、私を指差して糾弾し始めた。政治のお勉強ばっかりしてるとこうなるわけか。

 

「ほら、それ! そういう親の無関心が子供を非行に走らせるのよ! ……ああ、心配だわ。咲夜は美人だし、賢いし、可愛いし、性格も良いから『狙われ』やすいのは明らかじゃない。」

 

「まあ、仮に誰かに惹かれる様子を見せたら対処はするさ。素行調査とか、そういうのをね。」

 

「その時は闇祓いを使いなさい。そのためにある部署なんだから。」

 

「おや、それは初耳だ。ハリーやロンには進路を考え直すように言っておかないとね。」

 

場末の私立探偵じゃないんだぞ、闇祓いは。アホらしい気分で適当な返事を返した後、パチュリーから何かを渡されている咲夜を横目に話題を変える。随分と嬉しそうだな。何を受け取ったんだろうか?

 

「マグル問題はどうなるんだい? ダンブルドアが死に、キミとパチェが去るわけだが。」

 

「あとは残ったジジイだけで何とかなるでしょ。本来グリンデルバルドが提起した問題なんだから、後始末をするのがあいつなのは当然のことよ。」

 

「ちゃんと引き継いだのかい?」

 

「そもそも連携を取ってないんだから引き継ぎもクソもないわ。私は私がやるべき部分を終わらせた。それが全てよ。」

 

結局最後まで『仲良し』にはなれなかったわけか。ロシア魔法界の頂点に立つ白い老人のことを考えていると、レミリアが天井のシャンデリアを見上げながらポツリと呟いた。

 

「私たちの革命がどこに行き着くのかは、最初から最後まで『観客』だったあんたが見届けなさい。私は満足するまで遊んだから一足先に劇場を出るわ。」

 

「んふふ、そうさせてもらおう。……私はアリスたちと一緒にカーテンコールまで観ていくよ。感想くらいは後で教えてやるさ。」

 

「それはそれは、ありがたいことね。」

 

苦笑を浮かべて大きく伸びをしたレミリアは、やおら振り返って背凭れ越しに紅魔館の住人たちを暫し眺めると……柔らかく微笑みつつ深々と息を吐いて、ゆるりと首を振ってから口を開く。

 

「そろそろ時間ね。」

 

「だね、行こうか。」

 

二人揃って紅茶を飲み干した後、ソファを離れつつ全員に声をかけて正門の方に移動する。話しながら長い廊下を通り抜け、夏の花が咲き誇っている黄昏時の庭を横切り、居残り組だけが敷地外へと出ると……正門の内側に残ったフランが話しかけてきた。他の面々もそれぞれ別れを交わしているようだ。

 

「リーゼお姉様、ハリーたちのことをお願いね。もちろん咲夜のことも。」

 

「任せておきたまえ。その代わり、フランにはレミィのことを任せるよ。私たちが合流するまで上手く制御してやってくれ。」

 

「えへへ、やってみるよ。友達も頑張って作ってみるから。」

 

「なら、向こうに行った時に紹介してもらえるのを楽しみにしておこうか。」

 

名残惜しい気分でさらりと金髪を撫でた後、転移魔法の準備をしているパチュリーに仕草で別れを告げる。紫の魔女が苦笑いではいはいと手を振ってきたのを確認してから、一歩引いて敷地の境界から離れた。まあ、私たち人外にとってはそこまで長い別れじゃないさ。ほんのひと時、瞬く間だ。

 

とはいえ、人間たる咲夜にとっては話が別らしい。ちょびっとだけ涙ぐんでいる咲夜にレミリアたちが代わる代わる語りかけた後、一人一人とハグをした我らが銀髪ちゃんは、離れ難い気持ちを断ち切るようにこちらに駆け寄ってくる。

 

すると視界に映る紅魔館が徐々に薄れていき、正門の向こう側の面々が蜃気楼のように歪み始めた。何かがひび割れるような異音が周囲に響く中、レミリアと目を合わせて互いに頷き合った瞬間──

 

「おやまあ、一瞬だね。」

 

目の前にあったはずの紅魔館が刹那の間に消え失せ、敷地をそっくり切り取ったような巨大なクレーターだけが……おいおい、各所に突き出ているパイプから水が噴き出してきたぞ。

 

「……エマ、あれは?」

 

締まらない光景を見てエマに問いかけてみると、メイド長どのは半笑いで言い訳を述べてくる。

 

「あー、近くの川から水を引いてたんですけど、館が無くなったから抑えが利かなくなったみたいですね。館側の元栓はきちんと閉めたんですよ?」

 

「放っておいても大丈夫なのかい?」

 

「水が溜まれば勝手に止まるんじゃないでしょうか? 良いことじゃないですか。紅魔館の跡地は立派な湖になるわけですね。」

 

「吸血鬼の館の跡地が湖ね。アホみたいな話だよ、まったく。」

 

何とも諧謔のある結末だな。杖を抜きながらやれやれと首を振った後で、咲夜を慰めているアリスに指示を放つ。新たな住処に行くとしようじゃないか。

 

「それじゃあ、ダイアゴン横丁に行こうか。エマは私が連れていくよ。咲夜を頼めるかい?」

 

「了解です。……ほら、咲夜。」

 

「……うん。」

 

寂しそうな顔で頷いた咲夜がアリスの手を取ったのを見て、エマの二の腕を握って姿あらわししてみれば……これはまた、ひどい有様だな。軒先に荷物が山積みになっているマーガトロイド人形店が目に入ってきた。ついでに不機嫌そうな表情でその上に腰掛けている金髪魔女見習いもだ。

 

「やあ、魔理沙。荷物は中に運んでくれても良かったんだよ?」

 

薄暗い宵時のダイアゴン横丁を横目に言ってやると、三段重ねになった巨大トランクの上からひょいと降りた魔理沙が返答を寄越してくる。何故かお疲れのご様子だ。

 

「よう、リーゼ。……私は昼過ぎからずっと一人で荷物を運び続けてたんだが? ここに残ってるのは四分の一あるかないかくらいだぜ。」

 

「あー……なるほど、それはご苦労。あとでアメでもあげるよ。」

 

「絶対に飴玉なんかじゃ済ませないからな。何だってこんなに荷物があるんだよ。」

 

「淑女だからさ。」

 

至極適当に返してから杖魔法でいくつかのトランクを浮かせて中に入ると、アリスも苦笑しながら人形に荷物を運ばせ始めた。そしてさっきまでしょんぼりしていた咲夜はいつもの顔に戻っている。魔理沙の前で弱みを見せたくないのだろう。私にも同じような相手が居るからよく分かるぞ。

 

「残りは私がやるわ。ありがとね、魔理沙。」

 

「……魔法さえ使えりゃとっくの昔に終わってたんだけどな。改めて未成年の制限が鬱陶しく感じたぜ。」

 

そういえば、魔理沙はまだ夏休み中は魔法禁止なんだっけ。ってことは、昼からせっせと全部手作業で運んでいたのか。さすがの私も悪い気分になってくるな。

 

トランクを荷物だらけの店スペースに下ろしながら、珍しく『労わり』という感情が湧いてくるのを感じていると、背後でエマが魔理沙に声をかけているのが聞こえてきた。この二人は初対面ではないが、親しいというわけでもないはずだ。一応挨拶しているのだろう。

 

「これからよろしくお願いしますね、魔理沙ちゃん。基本的にはお嬢様と一緒にトランクの中で生活しますけど、家事なんかは私がやりますから。」

 

「いやいや、私も手伝うぜ。そもそも私はアリスの家に居候してる身分だしな。おまけに生活費とか学費はリーゼから出してもらってるんだから、何かやらないとこっちの気が済まないんだ。」

 

言われてみればそうだったな。それなら荷物を運ぶのは当然の行いだろう。心の中から去っていった『労わり』にもう来るなよと手を振りつつ、荷物の中から私の居住区画となるトランクを探す。

 

「魔理沙、茶色い大きなトランクはどこだい? 私の城になるやつ。」

 

「城かどうかは知らんが、それっぽいやつなら二階に運んだぜ。……アリスは昔の自分の部屋に住むんだろ? 咲夜はどうすんだ?」

 

「どうする? 咲夜。キミの好きにしたまえ。」

 

投げられた質問をそのままパスしてみれば、咲夜は悩むように私と魔理沙の顔を交互に見た後、取り敢えずの結論を飛ばしてきた。

 

「今日はトランクの中で寝ることにします。今からお部屋を準備するのは大変ですし、トランクの中ならもう整ってますから。」

 

「まあ、細かいことは明日にでも考えようか。先ずは片付けをしないと何も出来なさそうだしね。」

 

私たちの荷物が多すぎるのか、それともアリスの実家が狭いのか。階段を上ってたどり着いた荷物だらけのリビングを見ながら苦笑した私に、名義上の家主たるアリスも同じ表情で首肯してきた。紅魔館の掃除用具入れがちょうどこの部屋くらいの大きさだったな。

 

「ですね。今日はご飯を食べて、取り急ぎ使う小物だけ出して終わりにしましょう。……魔理沙、食材はあるのよね?」

 

「あっと、食材か。食材、食材……はこんな感じだな。シリアルと、パンと、あとはチョコシリアルがあるぜ。それにほら、こっちにはビスケットもあるし。」

 

リビングの横にあるダイニングと一体化しているキッチン。そこの戸棚を開けて大量のシリアルの箱を出してくる魔理沙を目にして、エマが困ったように微笑みながら口を開く。もちろん残る三人はこれでもかという呆れ顔だ。何を食って生きてるんだよ、こいつは。

 

「お買い物に行った方が良さそうですね。お店はまだ開いてるんでしょうか?」

 

「えっとだな、この時間なら漏れ鍋を抜けてマグル側のスーパーに行った方がいいと思うぜ。そっちが開いてるかは正直分からんが、横丁の店はもう確実に閉まってるはずだ。」

 

アリスのジト目を避けながら言った魔理沙に、ため息を吐いてから提案を送った。前途多難だな。

 

「買い物は諦めて今日は外で食べようじゃないか。……エマと咲夜は着替えてきたまえ。メイド服で外をうろつくのは賢明な選択じゃないはずだ。」

 

「そういえばそうですね。私の人間界用の服ってどこに仕舞ったか覚えてますか? 咲夜ちゃん。」

 

「えーっと……夏服は確か、私のと一緒に赤いスーツケースに詰め込んだはずです。探しましょう。」

 

「赤いのなら店の方で見た気がするな。探してくるぜ。」

 

ドタバタと動き始めたエマ、咲夜、魔理沙を眺めながら、椅子に座って一休みしていると……おや、ご機嫌だな。柔らかい笑みを浮かべているアリスの姿が視界に映る。

 

「どうしたんだい? アリス。」

 

「へ? ……ああいや、何でもないんです。ただ、この家が賑やかなのが嬉しくなっちゃいまして。広い紅魔館も良いですけど、狭い家も悪くありませんね。」

 

「そうかな? 私にはよく分からないよ。」

 

「んー、実家だからそう思っちゃうのかもしれません。両親や祖父が居た頃を思い出しますよ。さすがにここまで賑やかではなかったですけど。」

 

嘗ての家族か。懐かしそうにキッチンの調理台を撫でるアリスに、何とも言えない思いで相槌を打つ。ほんのちょびっとだけ妬ましいな。『娘』を実の両親に取られちゃった気分だ。私の知らないアリスというのは見ていて楽しいものではないらしい。一種の独占欲なんだろうか?

 

「……だが、今も悪くないだろう?」

 

「勿論ですよ。……さて、私も下を探すのを手伝ってきますね。人形を使えばすぐですから。」

 

「ああ、行っておいで。」

 

廊下の先の階段を下りていくアリスを見送ってから、慣れない家の匂いをすんすんと嗅ぐ。……百年前はレミリアやフランとは疎遠になっていたし、パチュリーや美鈴とは知り合っておらず、アリスも咲夜も生まれていなかった。

 

その頃に比べれば人数が減った今でも賑やかに過ぎるな。そのことに小さく苦笑した後、椅子の背凭れに身体を預けて腕を伸ばす。咲夜の卒業まであと三年。昔の私からすれば一瞬だろうが、今の私だと存外長く感じそうじゃないか。

 

それでも再会する日は必ず来るのだ。そのことに鼻を鳴らしてから、アンネリーゼ・バートリは唇で緩い弧を描くのだった。

 


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