Game of Vampire   作:のみみず@白月

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思春期

 

 

「おいおいおい、咲夜! こっち来いよ! 凄いぞ!」

 

恥ずかしいな、もう! 両手を振って大声で呼びかけてくる親友に駆け寄りながら、サクヤ・ヴェイユは少し赤い顔で注意を放っていた。素直にはしゃげるのはちょっと羨ましいが、リーゼお嬢様が近くに居るのにそんな姿は見せられない。格式ある紅魔館のメイド見習いである以上、十五歳の淑女として相応しい振る舞いをしなければならないのだ。

 

「大声はやめて頂戴、魔理沙。『お上りさん』だと思われちゃうわよ?」

 

「実際そうなんだから別にいいだろ。それより見ろよ、クソ豪華なコンパートメントだぜ。ホグワーツ特急とは大違いだ。」

 

「言葉遣い。」

 

端的な指摘を飛ばしてから、魔理沙の肩越しにドアの向こうを覗いてみると……ふん、紅魔館に比べれば大したことないじゃないか。『そこそこ』豪華なコンパートメントの内装が目に入ってくる。ソファのような見た目の大きな椅子と、中央にある黒檀のテーブル。窓にはベルベットのカーテンがかかっているらしい。

 

つまり、私たちはフランスに向かうためにヨーロッパ特急へと乗車しているのだ。香港自治区に行った時と同じホームから出る緑色の列車で、リトアニア行きとギリシャ行き、そして私たちが乗っているイタリア行きの三種類があるんだとか。列車のことはよく分からないが、先頭の機関車がホグワーツ特急よりも一回り大きいのが印象的だった。

 

ちなみに私たちが乗るのは一等車のコンパートメントだ。リーゼお嬢様がどうせならということで予約してくれたらしい。フランスまでは一時間半ほどだから勿体無い気もするけど……まあ、お嬢様が二等車というのは有り得ないか。三等車なんて以ての外だろうし。

 

まあまあ座り心地の良い座席に腰を下ろしながら納得していると、私たちの後から入ってきたアリスとリーゼお嬢様の会話が聞こえてきた。やや呆れ声のアリスが苦笑しながら話しかけているようだ。

 

「変わりましたね、ヨーロッパ特急も。特にイタリア行きはひどい路線って有名だったんですけど、その面影は微塵もないです。」

 

「キミがよく愚痴ってたのを覚えてるよ。三等車も変わってたのかい? さっきホームから覗いていたみたいだが。」

 

「そっちはそもそもコンパートメントじゃなくなってました。マグル界でよく見る左右に二席ずつ並んでるタイプになったみたいです。椅子の座り心地は今の方が良さそうでしたけどね。」

 

「ふぅん? 私は乗ったことがないシステムの席だね。ハリーたちと乗った地下鉄みたいな感じなのかい?」

 

疑問げな顔で対面の窓側に腰掛けたリーゼお嬢様に、アリスが怪訝そうな目付きでカーテンを見つめながら返事を返す。どうしたんだろう? 気に入らないデザインだったのかな?

 

「あれともちょっと違いますね。地下鉄は立つ人のために間が広くなってますから。……ことこの列車に関しては、クラウチの仕事振りを認めざるを得ないみたいです。これなら他国から旅行に来る富裕層も満足でしょう。」

 

「クラウチ? ……あー、なるほど。あの男が協力部の部長時代に客車を新しくしたわけか。」

 

「そう聞いてます。あのべちゃべちゃのパイがもう食べられないと思うと、ほんの少しだけ寂しくもありますけどね。」

 

そういえばこの前アリスの思い出話を聞いた時、この列車のことも出てきてたっけ。お婆ちゃんがフランスに行くときに毎回乗っていたとかって。それに今私が乗っているんだと思って感慨深くなっていると、興奮しっぱなしの魔理沙がコンパートメント内をあちこち弄りながら話題を変えた。初めての海外旅行が余程に嬉しいようだ。

 

「でもよ、エマは留守番で本当に大丈夫なのか? 一緒に来れば良かったのに。」

 

「心配しなくても、エマは昔から外出が大っ嫌いなんだよ。近くに買い物に行くとかならともかくとして、何日も掛ける旅行となると引っ張り出される方が迷惑だろうさ。それにハーフヴァンパイアだからね。陽光を避けて旅行ってのは難しいだろう?」

 

「そりゃまあ、そうだけどさ。一人で留守番ってのはなんか申し訳なくなるんだよ。」

 

「エマはエマで結構楽しんでると思うけどね。大量の材料を準備してたみたいだし、ひたすらお菓子作りをやってるんじゃないかな。」

 

うん、間違いないな。エマさんの一番の趣味はお菓子作りなのだから。私たち紅魔館組の表情から心配ないことが伝わったようで、魔理沙は明るい顔に戻って予定を確認し始める。

 

「お菓子作りね。……まあいいや、パリで降りたらとりあえずホテルに行くんだろ? その後は買い物か?」

 

「そうね、荷物を置いたら適当にショッピングでもしましょう。今日は休日だし、明日は革命記念日だから混んでるかもしれないけど。」

 

「そんでもって明後日にオルレアンか。結構忙しいスケジュールだな。」

 

「管理してくれてる方に連絡を入れてあるから、明後日にオルレアンに行くのは確定だけど……他の細かい予定はそこまで気にしなくても平気よ。行きたいところがあったらその都度変更すればいいわ。」

 

オルレアン。魔理沙とアリスから出たその地名にドキッとするのを自覚しつつ、顔には出さずにテーブルに置いてある雑誌へと手を伸ばす。ヴェイユの本拠に行くのは緊張するが、この機会に見ておきたいという気持ちがあるのも確かなのだ。

 

どんなお屋敷なんだろうか? 楽しみなような、気後れするような。自分でもはっきりしない感情に戸惑いながら、ぼんやりと手に取った雑誌に目を落としてみれば……何の雑誌なんだ? これは。

 

表紙には見出しがずらりと並んでおり、その中央には自信満々の表情で笑うレミリアお嬢様の顔写真が載っている。どうやらお嬢様の『失踪』についてを特集しているらしい。興味を惹かれてページを捲っていると、リーゼお嬢様が疲れたような口調で声をかけてきた。

 

「咲夜、読むなら表紙をこっちに向けないでくれ。その顔のレミィを見てると気分が悪くなってくるんだ。」

 

「えっと……はい、気を付けます。」

 

仲が良いのか悪いのか。基本的には前者だと思うのだが、こういう時は小さな疑念が湧いてきちゃうな。苦笑いで雑誌を膝に置いて、観光スポットに関してを話し合っているアリスと魔理沙を横目に読み進めていると……おっと、出発するようだ。汽笛の音と共にスムーズな動作で列車が動き出す。

 

「動いたぜ、列車。写真を撮っとくか?」

 

「キミね、この駅からの列車には毎年乗っているだろう? 一々興奮しすぎだぞ。」

 

「ホグワーツ特急とは方向が逆じゃんか。こっちに進むのは新鮮なんだよ。……あれ、カメラはどこいった? 荷物車に入れたトランクの中か?」

 

慌てた様子で持ち込んだリュックサックを漁る魔理沙に、リーゼお嬢様がため息を吐きながら助言を放った。我が親友どのは旅行のために最新式のカメラを買ったらしいのだ。それもきちんと双子先輩の店でバイトして稼いだお金で。

 

「さっきホームの写真を撮った後、そのリュックサックに入れてたぞ。カメラに足が生えていない限りは絶対あるから探してみたまえ。」

 

「そういえばそうだったな。……おし、あった。撮ってくれよ、リーゼ。」

 

「はいはい、『お上り陛下』の仰せのままに。」

 

もう抗議するのも面倒くさいという雰囲気のリーゼお嬢様は、窓の前で親指を立てる魔理沙へとカメラを向ける。……私だったら余計なプライドが邪魔して出来ない行為だが、魔理沙は躊躇なくやってのけるな。

 

むむう、こういう部分は本当に羨ましいぞ。普通なら呆れられたり笑われることでも、この金髪の魔女見習いはプラスの評価に変えてしまうのだ。人懐っこい笑みと態度で瞬く間に他人との距離を縮めてしまう。

 

とはいえ、努力したところで私は魔理沙にはなれない。反射的に丁寧な態度を取り繕ってしまうし、いきなりフレンドリーな性格になったら不気味に思われるはずだ。そもそも無理してやるようなものではないだろう。

 

んー、悩ましいな。隣の芝生だから青く見えているという自覚はあるのだが、それでも魔理沙の人付き合いの良さは私にとって羨望の対象なのだ。どうにかして私なりの『人付き合い術』として取り入れたいと思うけど、そういう風に理屈立てて考えている時点で無理だろうし……ああもう、やめやめ。

 

魔理沙は魔理沙、私は私。毎回たどり着く結論に今日も行き着いて、首を振ってから雑誌に向き直った。自分の性格がこうである以上、こればかりはどうしようもない問題だ。私は私のやり方を貫くとしよう。

 

「途中で軽食が出るんだよな? だったらテーブルの上を片付けておいた方がいいか? というか、席の横のこのレバーは何なんだ?」

 

「頼むから少し落ち着きたまえよ。『何でちゃん』時代のハーマイオニーを思い出すぞ。」

 

「魔理沙、それはリクライニングのレバー……じゃないみたいね。何かしら? これ。何も動かないけど。」

 

うーん、賑やかな旅になりそうだな。騒がしい会話を繰り広げる三人を眺めつつ、サクヤ・ヴェイユはくすりと微笑んで雑誌のページを捲るのだった。

 

 

─────

 

 

「……あいつ、絶対に許さんからな。キミは夜の支配者を敵に回したぞ! 強大な力を持った闇の種族をな! よく覚えておきたまえ!」

 

銅像のフリをするパフォーマーに威嚇するリーゼ様の腕を引っ張りながら、アリス・マーガトロイドは至極微妙な気分でパリの大通りを歩いていた。先程銅像だと思ってふらりと近付いたリーゼ様が、いきなり動き出したパフォーマーにびっくりしちゃったのだ。吸血鬼のプライドがそれを許さなかったらしい。

 

晴天の日曜日の午後。ヨーロッパ特急での移動を終え、コンコルド広場の近くにあるマグルのホテルに荷物を置いた私たちは、マレ地区でショッピングをしている真っ最中だ。滑らかに舗装されたアスファルトの道路、行き交うお洒落な格好のパリジェンヌたち、カラフルな看板と小綺麗な店の数々。久々に来ただけに変化を実感するな。何というか、こう……浮いちゃってないか心配になるぞ。もっと格好に気を使えばよかったかもしれない。

 

ホテルでマグルらしい服装に着替えてから外に出たのだが、既製品を着ているリーゼ様や魔理沙と違って咲夜と私の服は自作の代物。一応古臭くないデザインであるという自負はあるものの、パリっ子相手だと自信がなくなってくるな。

 

数歩前を歩いている白いシャツに黒のハーフパンツ、腰に薄手のジャケットを縛り付けている魔理沙と、水色のワンピースに白いカーディガンを羽織っている咲夜。二人を客観的に比較してみれば……まあ、大丈夫か。別段見劣りはしていないだろう。素材が良いからなのかもしれないが、パリでも通用する二人組に見えるぞ。

 

安心して息を吐く私に対して、未だパフォーマーの方を睨んでいるリーゼ様が文句を口にする。ちなみにリーゼ様は半袖のパーカーにショート丈のジーンズだ。彼女はパーカーがお気に入りのようで、マグルの服装をする時は大体着ている気がするな。フードが好きなのだろうか?

 

「離したまえ、アリス。まだ説教の途中なんだぞ。私はあの銅像男に分からせてやらないといけないんだ。」

 

「ああいうパフォーマンスなんですってば。つまり、大道芸ですよ。あの人はあれでお金を稼いでいるんです。」

 

「趣味が悪すぎるね。脅かされて金を払うような物好きが存在するのかい? 意味不明だよ。」

 

「まあ、リーゼ様ほど驚いてくれればやり甲斐がありそうですね。背中がぶわって広がってましたよ。」

 

多分、びっくりして服の中の翼を広げちゃったのだろう。可愛らしい反応を思い出して苦笑していると、リーゼ様がジト目で言い訳を寄越してきた。

 

「偶々油断してただけさ。普段ならあの程度の擬態には騙されないよ。咲夜や魔理沙が迷子にならないか心配で、そっちの方に気を取られてたから……おい、アリス。ちゃんと聞いてるかい? 偶々なんだぞ。数百年に一度あるかないかくらいの偶々なんだからな。」

 

「そうですね、偶々ですね。珍しいものを見れて嬉しいです。」

 

「キミ、信じてないね? その顔は信じてないだろう? 正直に言いたまえよ。」

 

「信じてますって。リーゼ様がビクってなるのは初めて見ましたもん。だからかなり珍しいことだっていうのはよく分かってます。」

 

めちゃくちゃ可愛かったぞ。その姿を脳の記憶領域に刻みつけている私を尻目に、リーゼ様は忌々しそうな表情でポツリと呟く。

 

「……後で殺しに行こうかな。」

 

「急に恐ろしいことを言い出すじゃないですか。……ダメですからね? あの人は見た目が子供なリーゼ様が近付いてきたから、良かれと思ってやってくれたんですよ、きっと。」

 

「良かれと思って脅かしたってことかい? イカれてるね。あんなにジッとしてるのも変だし、確実に精神疾患を抱えてるぞ。」

 

うーむ、今はさすがに冗談なことが分かるが、昔のリーゼ様なら本当に殺してたかもしれないぞ。……いや、幾ら何でもそこまでしないか? どうだろう。自信を持ってきっぱりと言い切れないあたりが昔のリーゼ様の性格を物語っているな。

 

私が『苛烈リーゼ様』の反応を予想している間にも、やや温厚になった現在のリーゼ様は鼻を鳴らして素っ頓狂なことを言い出した。

 

「近くにムーディが居れば良かったんだけどね。あいつを銅像男にぶつけてやれば面白い展開になっただろうさ。」

 

「間違いなくフランスの治安局と揉める展開になったでしょうね。……ムーディは引退して何をしてるんでしょうか? 『老後の引退生活』が全然想像できませんけど。」

 

「そのうち何かやらかして新聞に載るだろうから、そうすれば分かるんじゃないか?」

 

「身も蓋もない予想ですけど……まあ、そうなるかもしれませんね。」

 

とてもじゃないが、ムーディが『大人しく』老後を過ごすとは思えない。然もありなんと頷いたところで、先を歩いていた若人二人が私たちに声をかけてくる。またしても入りたい店を見つけたようだ。

 

「よう、お二人さん! ここに入ろうぜ。帽子が沢山売ってるんだ。」

 

「魔理沙と選びっこしたいの。いい?」

 

「勿論いいけど、随分と混んでるわね。」

 

人気の店なのだろうか? 人でごった返す店内を見て尻込みする私へと、リーゼ様が肩を竦めて提案してきた。少し離れたカフェらしき建物を指差しながらだ。

 

「なら、私は向こうのカフェで待ってることにしようかな。そろそろ休憩したいしね。三人でゆっくり選んでおいで。」

 

「あー、それなら私もカフェに行きます。ほら、咲夜。お財布を預けておくから、二人で好きなのを買っていいわよ。」

 

チップ用の紙幣は別に持ってるし、カフェくらいなら財布が無くても大丈夫だろう。そう思って咲夜に財布を渡すと、二人は元気に返事をしてから賑わう店内へと入って行く。

 

「ん、ありがと。選んでくるね。」

 

「んじゃ、買ってくるぜ。終わったらカフェに行くからな。」

 

「ええ、待ってるわ。」

 

いやはや、元気だな。昔の私なら帽子選びに付き合えたかもしれないが、今はもうこの店内に入っていけるほどの活力がない。意外なところで年齢を感じて苦い気分になる私に、リーゼ様が再び歩き出しながら話しかけてきた。

 

「別に一人でも良かったんだよ? キミはファッションに興味があるんだろう?」

 

「帽子はまあ、そこまで変化がありませんから。今も昔も同じようなデザインじゃないですか。」

 

「そうかな? 例えばああいうのは昔は見なかったぞ。」

 

言いながらリーゼ様が視線を送っているのは……わお、ド派手だな。ピンクを基調としたカラフルなキャップを被っている若い女性だ。着ている洋服も物凄い色使いじゃないか。魔法界でだってあんなのは滅多に見ないぞ。

 

とはいえ、道行く人々はそこまで気にしていない。昔だったら十人中十人が振り返っただろうが、今は精々一人というところだ。下着が見えちゃいそうな長さのスカートに眉をひそめていると、リーゼ様も渋い表情でため息を吐く。

 

「参ったね、私にはあの格好が進歩しているのか後退しているのか判断できないよ。パチェに聞いておけばよかったかな?」

 

「私にも分かりませんけど、あの格好が流行になるのは嫌ですね。……嫌味じゃなくて、恥ずかしくないのかが本気で疑問です。」

 

「恥ずかしいんだったらあんな格好はしてないだろうさ。そりゃあ淫魔業界も衰退するわけだよ。私には連中といい勝負に見えるしね。」

 

衰退してたのか、淫魔業界。就職活動中のサキュバスとかが多いのだろうか? 謎の情報を手に入れたところで、リーゼ様と共に涼しいカフェの店内に入る。当世風の動的な感じではなく、昔ながらの落ち着いた雰囲気の店内だな。客層も心なしか大人しい気がするぞ。テラス席でチェスをしているお爺さんたちとか、一人で静かに本を読む妙齢の女性、ペンを走らせている大学生らしき集団なんかが長居しているようだ。

 

何となく声を潜めさせる客層に気を使いつつ、席に着いて店員に私がハーブティーを、リーゼ様がアイスティーとケーキを頼む。そのまま足からじんわりと疲れが抜けるのを感じていると、リーゼ様がぴくりと顔を上げて苦笑を浮かべた。

 

「おや、咲夜が能力を使ったね。何をやっているんだか。セール品でも手に入れるために使ったのか?」

 

「……制限させた方がいいと思いますか?」

 

咲夜の能力は非常に強力だ。自衛の手段として一級品なのは素直に嬉しいが、彼女はまだ十五歳の未熟な少女。色々と不安になって問いかけてみれば、リーゼ様は悩みながら曖昧な答えを返してくる。

 

「んー、咲夜なら大丈夫って思っちゃうのは親の欲目かな? これまでは強く言わずとも最小限の使用に留めてたみたいだしね。」

 

「そもそも使ってるかどうかを判断できるのがリーゼ様だけなんですよね。……だけど、最近はよく使ってる感じがしませんか?」

 

「みたいだね。パチェの訓練の甲斐あって、制御が容易になってきたみたいだ。……不安かい?」

 

「咲夜の自制心は信頼してますけど、あの能力はちょっと魅力的すぎますから。」

 

『もし時間を止められたら』と想像するのは私だけではないだろう。だが、咲夜はそれを実行できてしまうのだ。便利すぎるものは人を狂わせる。そのことを懸念する私へと、リーゼ様は腕を組んで応じてきた。

 

「好きに学ばせるのが一番だと思うけどね。私が光を操れるように、レミィが運命に介入できるように、咲夜は時間を止められる。それは咲夜という存在から切り離せない一つの要素なんだ。だったら無理に制限するんじゃなく、自分で線引きを決めさせるべきだよ。一生付き合っていく力なんだから。」

 

「そうですけど……その、咲夜も年頃じゃないですか。変なことに使ったりしませんかね?」

 

「変なことって? 試験のカンニングとかかい? あの子はきちんと勉強してるから心配ないと思うよ。自分を試す場だってのは魔理沙を通して理解してるみたいだしね。」

 

「いや、そういうのじゃなくてですね。だからその……つまり、思春期的なあれですよ。」

 

きょとんとするリーゼ様に、恥ずかしい気分で『実例』を示す。少なくとも思春期真っ盛りの私だったら我慢できていなかっただろう。その『対象』にこういう話をするのは気が引けるな。

 

「……要するに、好きな子にちょっかいをかけたりとかですよ。時間が止まってるなら何でも出来るでしょう? 本当に『何でも』。相手が動けない間にやりたい放題です。」

 

「……キミ、凄いことを考えるね。私は全然思い付かなかったぞ。そんな子に育てた覚えはないんだけどな。」

 

「いやいやいや、普通考えますって! 人間はそういうものなんですから。私が特別おかしいわけじゃないんです!」

 

戦慄の目を向けてくるリーゼ様へと、真っ赤な顔で弁解を放つが……考えるよな? もしかして私がヤバいだけなのか? いかん、自信がなくなってきたぞ。もうさすがに自分の趣味嗜好が『異常』であるという自覚はあるのだ。

 

自身の異常性を再認識して恐怖する私を他所に、リーゼ様は何とも言えない表情で困ったように口を開く。

 

「まあうん、私は近くに居れば能力を使ったかを認識できるからね。それっぽい気配を感じたらキミに手紙を送るよ。そしたらほら、遠回しに注意してあげてくれたまえ。」

 

「リーゼ様が言うんじゃダメなんですか? 私、そういう会話を咲夜としたくないんですけど。」

 

「私だってしたくないよ。……『親』に指摘されたら落ち込むんじゃないかと思ったんだが。」

 

「あー……まあ、そうですね。それは分かります。」

 

私がリーゼ様にそんなことを指摘されたら恥ずかしくて我慢できないぞ。二人揃って気まずい空気になったところで、女性店員が注文の品を持ってきてくれた。嫌な雰囲気をリセットしてくれたことに感謝しつつ、ハーブティーを一口飲んで強引な結論を口にする。

 

「咲夜を信じましょう。あの子なら大丈夫ですよ。」

 

「そうだね、そうしよう。惚れた腫れたの話にはまだ心当たりがないし、きっと大丈夫さ。きっとね。」

 

全然解決していないが、かといって長々と話すのは精神的に疲れる話題なのだ。この辺で終わらせておくのが正解だろう。私の意味不明な言葉に乗ってきたリーゼ様は、苦笑いでアイスティーに口を付けるが……どうしたんだ? 途端に不機嫌そうな顔になってしまった。

 

「……何だい? これは。」

 

「アイスティーじゃないんですか?」

 

「甘ったるくて変な味だぞ。アイスティーかと聞かれればアイスティーかもしれないが、私はこれをアイスティーと呼びたくないね。」

 

なんだそりゃ。リーゼ様が飲んでみろとばかりに差し出してきたグラスを受け取って、絶対に彼女が口を付けた場所以外に触れないように注意しながら飲んでみると……うーん、確かに変だ。やたらフルーティで甘いアイスティーって感じだな。別に美味しくないわけではないのだが、アイスティーだと言われてこれを出されたら腑に落ちないかもしれない。

 

「言わんとしていることは分かりました。しっくりこないですけど、間違いなく紅茶ではあるみたいですね。最近のパリではこういうのが流行ってるんでしょうか?」

 

「なんかこう、出端を挫かれた気分になるよ。やっぱりこの国とは相性が良くないね。」

 

それでも素直に飲むあたり、本当にリーゼ様は穏やかになったと感じるぞ。目に見えてテンションを落としている彼女を前に、しょんぼりしている姿も良いなと内心でテンションを上げていると、金銀コンビがカフェに入店してくるのが視界に映る。無事に帽子を買えたようだ。

 

夏らしい白いつば広帽子の咲夜と、ロゴが入った黒いキャップを被っている魔理沙。元気いっぱいの様子で私たちに近寄ってくる二人を目にして、アリス・マーガトロイドは買い物がまだまだ続くことを予感するのだった。

 


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