Game of Vampire 作:のみみず@白月
「広い家だったな。……本当に良かったのか? 手放しちゃって。」
パリ滞在の三日目。夕食を食べるためにレストランに向かう途中で、霧雨魔理沙は隣を歩く親友に問いかけていた。昼に姿あらわしでオルレアンの屋敷に行って、墓参りを済ませてパリに戻ってきたところなのだ。ヴェイユ邸はまるで別々の時代の建築物を組み合わせたような奇妙な構造だったが、魔法界基準で考えればそこまでおかしくもないだろう。ジョークの分かる金持ちの屋敷って感じだったな。
前を進むリーゼとアリスの背中を眺めながら言った私に、咲夜は薄っすらと微笑んで首肯してくる。街灯の光が上手い具合に銀髪に反射して綺麗だな。いつもより控え目なお嬢様然とした笑みも相俟って、なんだか今の咲夜は別人のように大人っぽく見えるぞ。
「ん、いいの。ああ言ってもらえたのは嬉しかったけど、私には過ぎたるお屋敷だしね。きちんとフランス魔法界に貢献してる人が使うべきよ。」
「……そっか、お前がそう言うならいいんだけどよ。」
咲夜は全然顔を出さなかったことを責められるかもと心配していたようだが、実際はそんなことなど一切なく、大歓迎してくれた親戚のお爺ちゃんは『望むなら屋敷はヴェイユである貴女の物です』とまで言ってくれたのだ。
でも、咲夜はそれを丁重に断った。『私の家はもうありますから』と。……あの時のお爺ちゃんの顔は関係ない私の心にも残るものだったな。ほんの少しだけ寂しそうに、それでいてどこか嬉しそうな表情で『家と呼べる場所が貴女にあるなら、ヴェイユ局長はきっと喜んでいるでしょう』と呟いていたのだ。アリスによれば、あのお爺ちゃんは嘗て咲夜の曽祖父の下で働いていた人なんだとか。
皺くちゃの顔で嬉しそうに咲夜を見つめるお爺ちゃんのことを思い出していると、銀髪ちゃんは地面を蹴りながらポツリポツリと話を続けてくる。
「明日こっちの魔法省に行って、ちゃんと相続放棄の手続きをしてくるわ。そうすれば多分あの方に引き継がれるはずだから。」
「あんだけ広い屋敷をずっと綺麗に保っててくれたんだもんな。大したもんだぜ。」
「うん、私も紅魔館の管理が大変だったから苦労が分かるの。残ってくれてたお手伝いさんたちにも何か報いないとね。その辺はアリスと相談してみるわ。」
屋敷の管理はどうやら親戚のお爺ちゃんが中心となって、嘗てヴェイユ邸で働いていた使用人が手伝う形で継続していたようだ。珍しくリーゼが素直に賞賛していたのが印象的だったな。『朽ちぬ忠誠を得る主人は良い主人だ』とかって。
まあうん、確かにそうかもしれない。亡くなったのはもう大分前なのに、給料もなしに自主的にやってたってことなんだし、きっとそれは主人の人柄が良かったからこそ出来ることなのだろう。しんみりした気分になったところで、咲夜が明るい声で話題を切り替えてきた。
「だけど、お墓に挨拶できたのは良かったわ。幻想郷に行く前にもう一度来たいわね。」
「いいな、その時は二人で来ようぜ。成人になって、姿あらわしを使えるようになってさ。」
「それもいいかもね。」
リーゼやアリスが一緒の旅行も悪くないが、二人でする旅行も楽しいはず。私たちが数年後の卒業旅行を想像していると、前を歩いていたアリスが急に立ち止まる。あらぬ方向を見つめながらだ。
「どうしたんだい? アリス。店はまだ先だぞ。」
怪訝そうな表情のリーゼの言う通り、マグルのガイドブックに載っていた店はもう少し先のはずだ。追いついてしまった私たちも何事かと疑問に思う中、アリスは無言で薄暗い脇道の方へと歩き出した。視線の先には……物乞いか? 薄汚れたボロボロの服を着た老人が、路地の入り口でトマトの絵が描かれた空き缶を置いて座っている。
強張った顔で物乞いの前に立ったアリスは、恐る恐るという声色で老人に質問を投げかけた。
「貴方は……どうしてここに? 有り得ないわ。五十年も経ってるのに。」
んん、どういう意味だ? 知り合いなのか? リーゼに問いかけの目線を向けてみるが、彼女も不思議そうに小首を傾げている。そんな私たちに構うことなく、老人が無言で空き缶を突き出したのを受けて、一瞬硬直したアリスは懐から出したフラン紙幣をそこに入れた。
すると老人は愉快そうに笑った後、横に置いてあった新聞をアリスに差し出す。
「ほら、読んでみな。夜の部がまた始まるよ。」
「待ちなさい、貴方は──」
新聞を受け取ったアリスが何かを聞こうとした瞬間、老人が……おいおい、どういうことだ? 刹那の間に人形になってしまった。どう頑張っても人間には見えない、デッサン人形のような単純な造形の人形に。
先程老人が居たはずの場所に置いてある、胡座をかいたポーズの木製人形。それを呆然と見つめるアリスに、真剣な表情に変わったリーゼが声をかける。
「ふぅん? 懐かしい見た目の人形だね。気に食わない記憶を思い出すぞ。」
「……あの老人、『前』の時にも会いました。グラン・ギニョール劇場があった路地に座り込んでいたんです。」
「そしてまた新聞でのメッセージか。何が書いてあるんだい?」
ここまで来れば私と咲夜にも分かるぞ。この前アリスから聞いた昔話に出てきた『フランスの魔女』。そいつが関わっているということなのだろう。緊張した気分で懐に持っているミニ八卦炉を起動させて、同時に咲夜がポケットから杖を抜いたところで、アリスは渡された新聞を開いて読み始めた。
微かに届く街灯の明かりを頼りに私も覗き見てみると、表紙に『ニューヨーク・ゴースト』と英語で書かれているのが目に入ってくる。どっかで聞いたなと記憶を漁っている私に、同じように覗き込んでいる咲夜が答えを教えてくれた。
「確か、アメリカ魔法界の新聞ね。紅魔館の図書館で読んだことがあるわ。」
「ああ、そうだったな。いつだったかハーマイオニーが言ってた気がするぜ。……アリス、何かそれっぽい記事はあるか?」
「少し待って頂戴。それと、私とリーゼ様から離れないようにね。」
言われなくてもそうするさ。さっきまでの楽しい旅行の気分は吹き飛び、今や警戒心でいっぱいなのだから。リーゼがさり気なく周囲に目を配らせる中、新聞を流し読みしていたアリスが声を上げる。何かそれらしい記事を発見したらしい。
「……多分、これよ。」
言いながら全員に見えるように広げてきた紙面には……『議員宅強盗未遂事件』? 記事によれば、マクーザの議員の家に侵入した男が返り討ちに遭って死亡したそうだ。夜中に議員が家に帰ったところで鉢合わせて、どうにか犯人を撃退したんだとか。被害に遭った議員の名前はアルバート・ホームズ、そして死亡した侵入者の名前は──
「『ポール・セヴラン・バルト元フランス闇祓い隊隊長』? ……これってアリスの話に出てきた人だよな?」
「……そうよ。だけど、バルト隊長が強盗? 信じられないわ。きちんとした方だったし、もう百歳近いお歳のはずなのに。」
「日付を見るに、今朝発行されたばかりの新聞みたいだね。」
リーゼの指摘通り、新聞の発行日は今年の今日。つまり事件が起こったのは昨日の夜ということになる。……一体どういうことなんだろうか? 事件そのものも不可解だし、それを例の魔女が知らせてきたこともよく分からん。悩む私たちへと、リーゼがデッサン人形に歩み寄りつつ話しかけてきた。
「これはフランス魔法省に行くべきかな。ヌルメンガードの戦いにも参加していた……デュヴァル、だったか? あの隊長はアリスの知り合いなんだろう? そいつに詳しい事情を聞いてみようじゃないか。元隊長が関わってるなら、フランスにも連絡が入ってるはずだしね。」
「……そうしましょうか。」
リーゼの提案に緊張した表情のアリスが頷いた瞬間、何かが壊れるような異音が周囲に響く。びっくりして視線を送ってみれば、デッサン人形の頭を踏み砕いているリーゼの姿が目に入ってきた。冷たい顔だな。怒っているというよりかは、苛ついているという雰囲気だ。
「レミィが消えたのを知って動き出したのかもしれないね。私ですらこれが人間に見えていたあたり、技術も前よりマシになってるみたいだ。……とはいえ、契約違反だぞ。まだ五十年しか経ってないじゃないか。」
ぐりぐりと木片を踏み付けるリーゼは、そのまま何かを考えるように沈黙するが……やがて顔を上げると、肩を竦めながら私たちを促してくる。
「まあいいさ、向こうが約束を破るならこっちにも考えがある。細かいことは後で考えるとして、今はフランス魔法省に行ってみよう。」
「姿あらわししますから、そこの路地に入りましょう。……魔理沙、魔道具は持ってる?」
「当然持ってるぜ。いつでも使えるように起動してある。」
「なら、それから手を離さないように。咲夜は何か感じたら躊躇せずに能力を使いなさい。いいわね?」
アリスの注意に咲夜が首肯した後、フランス魔法省に向かうために四人で薄暗い路地に入って行く。……この分だと旅行は中止かな。残念だと思う気持ちはあるが、安全には代えられないだろう。さすがに我が儘を言うべき状況じゃないってのは分かってるさ。
くそ、行きたい所も見たいものもまだまだあったのに。傍迷惑なことをするフランスの魔女に怒りの思念を飛ばしつつ、霧雨魔理沙は杖を抜いたアリスの二の腕を掴むのだった。
─────
「ふぅん? 壁が完成してるね。五十年も経ってるわけだし、当然っちゃ当然だが。」
『歴史』に囲まれたフランス魔法省のエントランスホール。青白い魔法の明かりに照らされた壁画が四方で蠢く空間の中で、アンネリーゼ・バートリはホルダーに真っ白な杖を仕舞っていた。直に見たレミリアやアリス、写真や挿絵で見たハリーやハーマイオニー。周囲の皆はこのエントランスホールを『美しい』と表現していたものの、私からすれば少々不気味に思えるな。やっぱり壁は動かないのが一番だぞ。
現在の時刻は七月十五日の十九時。パリを訪れて買い物やら観光やらを楽しみ、久々に立ち寄ったヴェイユ邸で咲夜が自身のルーツを学び、マグル界で美味いと評判のレストランに向かっていたところまでは順調な旅だったのだが……その道中で厄介な人外からちょっかいをかけられた結果、私は楽しみにしていたステーキとワインを取り上げられてしまったというわけだ。
五十年前に一悶着あった、顔も名前も判明していない謎の魔女。正直言って契約のことはすっかり忘れていたが、あの魔女は確か『暫く』手を出さないと約束したはず。人外にとって五十年が暫くと言えるはずもないし、これは明らかな契約違反だ。非は向こうにありと他の人外どもに示す必要があるだろう。
だがまあ、とりあえずは情報を仕入れるべきだな。魔理沙と共に姿あらわししたアリスに続いて歩を進めつつ、記憶の中から五十年前に使った情報屋の名前を掘り起こす。アピスだったか? 魔法界側の情報は闇祓いの隊長から手に入るだろうが、人外側の情報はこっちの業者から入手しなければならないし、あの『妖怪もどき』がまだフランスに住み着いていることを祈っておこう。
後で一人で探してみるかと黙考していると、壁画を眺めながら歩いている咲夜が疑問を口にした。感心したような表情なのを見るに、この子は動く壁が嫌ではないようだ。
「新聞に書いてあった侵入された議員の人……アルバート・ホームズってどこかで聞いた気がするんですけど、ひょっとして有名人なんでしょうか?」
「レミィから名前が出たのを覚えてるんじゃないかな。ホームズはマグルへの対処を主導する委員会の議長候補だからね。……いや、もう本決まりだったかな?」
そういえば、そっちもそっちでやけにタイムリーな名前だな。出発前にゲラートから教えてもらったことを思い出しつつ答えた私へと、今度は魔理沙が質問を飛ばしてくる。
「どんなヤツなんだ?」
「強かな議員で、後ろ暗い部分もあるらしいね。ただし、レミィとゲラートが手を組んでも確たることは分からなかったみたいだよ。」
「なんか、怪しいな。……例の魔女と関係があるとか?」
「まだ情報が少なすぎて何とも言えないさ。私たちに分かっているのはポール・バルトが何らかの理由でそいつの家に侵入して、見つかって殺されたという『記事が出たこと』だけだよ。……新聞の内容がそのまま事実とは限らないからね。そのことは我らが偉大なる予言者新聞が教えてくれただろう?」
あの頃は人間に然程興味がなかったのでそこまで覚えていないが、ポール・バルトは典型的な武人然とした性格だったはず。つまりはまあ、ムーディと違って『まとも』な闇祓いだったということだ。五十年の間に何かがあったことは否定できないものの、あの男が他国の議員の家に不法侵入するというのはどうも似合わない気がするぞ。
アリスも同じようなことを考えているのだろう。記事が載っていた新聞を片手にしながら、厳しい顔で同意を放ってきた。
「元闇祓い隊隊長の百歳近い老人がアメリカに渡って、わざわざマクーザの議員の家を選んで侵入した挙句、返り討ちに遭って死亡だなんておかしすぎます。おまけにあの魔女がこうやって『宣戦』してきたとなれば、新聞に載っていない込み入った事情があるのは間違いないはずです。」
「まあ、不自然なのは明白だね。これがうちの引退した局長どのだったら疑問にも思わないが。」
あのグルグル目玉が仕出かしそうな行動を、真っ当な人間がするはずないのだ。かなりの説得力を感じる結論に行き着いたところで、アリスが受付らしきカウンターに居る若い女性にフランス語で声をかける。そこそこ美人だな。イギリス魔法省の受付は大抵髭だらけの小汚いおっさんなのに。
『すみません、闇祓い隊のデュヴァル隊長はご在省ですか? 急用があるんですけど。』
『失礼ですが、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?』
『アリス・マーガトロイドです。名前を本人に伝えていただければ分かると思います。』
『かしこまりました、少々お待ちください。』
ふむ。連絡を取ろうとしているということは、デュヴァルはまだ省内に残っているらしい。受付の女性がカウンターの下でペンを動かした後、そのまま数分間待っていると……来たか。エレベーターから出てきた小役人風の男がこちらに小走りで近寄ってきた。ペコペコと頭を下げながらだ。
「何かこう、頼りなくないか? ムーディやスクリムジョールとは大違いだな。」
「失礼よ、魔理沙。……確かにちょっと弱そうだけど。」
まあ、あの姿を見れば誰もがそう思うだろうな。新五年生二人が噂の『擬態』に騙されているのを他所に、アリスがデュヴァルへと挨拶を投げる。
「ダンブルドア先生の葬儀振りね、デュヴァル。」
「ご無沙汰しております、ミス・マーガトロイド。……姿を消したスカーレット女史に関するご用件でしょうか?」
あー、そういえばそういうタイミングか。声を潜めて神妙な面持ちで聞いてきたデュヴァルに対して、アリスは苦笑しながら否定を返した。
「いえ、違うの。やっぱりフランス魔法省は混乱してる?」
「大混乱と言うべきでしょうね。大臣も私も事前に知らされていた数少ない人間の一人ですが、ここまでの混乱になるのは予想外でした。……先ずはこちらへどうぞ。下の静かな部屋にご案内しましょう。貴女がスカーレット女史の関係者だと知る者はちらほらと居ます。そういう魔法使いに姿を見られたが最後、質問責めに遭ってしまいますので。」
「……そうした方が良さそうね。付いて行くわ。」
デュヴァルの表情を見て大袈裟ではないと判断したのだろう。困ったような半笑いで歩き出したアリスと共に、私たちもエレベーターへと足を進める。マグル界を歩くために翼を服の中に入れたままで良かったな。『レミリアショック』の真っ只中にあるフランス魔法省で、翼付きの吸血鬼が無防備に歩き回るのは危険なことみたいだし。
やたら凝った装飾のエレベーターで地下四階まで降りて、廊下を足早に進んでたどり着いた場所は……何の部屋なんだ? ここは。それなりに豪華な内装の小さな部屋だった。テーブルとソファだけがあるその部屋の中で、アリスが何とも言えない顔付きでソファに腰を下ろすのを怪訝に思っていると、最後に座ったデュヴァルが魔法で紅茶を出現させてから話を切り出してくる。
「ここなら落ち着いて話せるはずです。では……そうですね、改めて初見の方に自己紹介をしておきましょうか。私はルネ・デュヴァルと申しまして、フランス闇祓い隊の隊長職を拝命しております。以後お見知りおきくだされば幸いです、はい。」
「あーっと、マリサ・キリサメだ。よろしく。」
「サクヤ・ヴェイユです。よろしくお願いします。」
「私とはヌルメンガードの戦いで顔を合わせているはずだが、殆ど話してないから一応名乗っておくよ。アンネリーゼ・バートリだ。」
アリス以外の三人の自己紹介を受けたデュヴァルは、咲夜の名を聞いて僅かに顔を引きつらせた。ヴェイユの名に反応したか、あるいはレミリアから事情を知らされていたのかもしれないな。
「無論、バートリ女史のことは覚えておりますが……貴女がスカーレット女史のご令嬢でしたか。申し訳ありませんが、少々お待ちいただけますか? やはり職員にお茶を用意させましょう。私などが出した紅茶では──」
「デュヴァル、いいのよ。このままでいいから。今日は至急尋ねたいことがあって来たの。」
急にそわそわし始めたデュヴァルに待ったをかけた後、アリスは新聞を差し出しながら質問を口にする。
「知りたいのはポール・バルト元隊長の事件についてよ。……端的に聞くけど、どういうことなの?」
「バルト元隊長の? 事件のことはもちろん我々も把握しておりますが……これはまた、予想外の用件ですね。お知り合いだったのですか?」
「知り合いと言えば知り合いね。五十年前、彼の長男が……元隊員のクロード・バルトさんが死亡した事件に関わっていたの。」
「それは全く知りませんでした。そういえば父からスカーレット女史の介入があったと聞いた記憶がありますが……そうですか、ミス・マーガトロイドも関わっていたのですか。」
意外そうな表情で薄い頭を掻いたデュヴァルは、新聞の記事を横目にフランス側の認識を語り始めた。苦い顔だな。やはりマクーザからの抗議があったのか。
「申し訳ありませんが、事件の詳細に関しては殆ど分かっていないんです。今朝方急にマクーザから連絡があって、大臣が治安次局長をすぐさま北アメリカに派遣しました。詳しい情報は彼から入ってくることになっています。」
「バルト元隊長が死亡したというのは事実なの?」
「そこは間違いないようですね。……実際のところ、フランス魔法省としても困惑しているんです。バルト元隊長は老いてなお聡明な方でしたし、意味もなく他国の重鎮の家に侵入するなど考えられません。私も新人の頃はお世話になりましたが、どうしてもあの方とマクーザから知らされた事件の犯人像が一致しないんです。」
「私も同意見ね。だから気になってここに来たのよ。……そもそも、マクーザの報告の内容はどういったものなの?」
アリスの疑問を受けたデュヴァルは、テーブルの端に置いてあった質の良い羊皮紙を手に取ると、それに胸ポケットから出した万年筆で何かを書き込みながら答えを返す。
「物盗り目的であることが濃厚であり、ホームズ氏の行いは完全な正当防衛であるというのがマクーザ側の主張ですね。……『帰宅したホームズ氏がカーテンの隙間から明かりが漏れていることに気付き、不審に思って杖を構えたままで静かに窓から入ってみたところ、寝室のクローゼットを漁っているバルト元隊長を発見。杖を向けて両手を上げろと警告した結果、従わずにホルダーから杖を抜いたのが見えたので、止むを得ず失神の無言呪文を放った。』だそうです。……少々お待ちください、今資料を用意させます。」
言うとデュヴァルは杖を振って羊皮紙を紙飛行機にしてから、ドアを開けてそれを何処かへ飛ばした。闇祓い隊のオフィスにでも連絡を送ったのだろう。そのまま戻ってきたデュヴァルへと、アリスがありありと疑念を浮かべながら問いを放つ。
「失神呪文で死亡したってこと?」
「連絡が入った時点では検視を行なっていなかったようですが、マクーザはバルト元隊長が高齢だったためにショックで死亡したという判断をしているそうです。」
「……まさかマクーザの報告を鵜呑みにしてはいないでしょうね?」
「当然疑っておりますとも。突っ込める部分は多々ありますが、バルト元隊長が『敵地』で杖をホルダーに仕舞うなど天地がひっくり返っても有り得ませんし、明かりを漏らすというのも絶対にやらない行動です。バルト元隊長は現役引退後に訓練教官として数年勤めましたが、そういう部分には人一倍厳しい方でしたから。」
なるほどな。長年闇祓いとして戦ってきたような人物が、老いたからといってありきたりな油断などしないというわけか。本人に教えを受けた闇祓いだからこその視点に納得していると、いきなり廊下に続くドアが開いて……なんだこいつは。黒い猫と犬の中間のような生き物が入室してきた。口には書類らしきものを咥えている。
私が青く光る大きな目を不気味に思っている間にも、デュヴァルの近くに駆け寄った黒猫犬は書類を渡し、そのまま器用に尻尾でドアを閉めて去って行った。
「何だい? あれは。」
「マタゴですね。フランス魔法省では大昔から飼育しているみたいです。頭が良いので警備とかもやってるんだとか。」
つまり、魔法生物か。デュヴァルから書類を受け取ったアリスは、私に解説した後でそれを読み始める。多分、新大陸から送られてきた捜査報告書的なものなのだろう。
「……アルバート・ホームズの証言が殆どを占めてるわね。事件の状況が閉鎖的だからかもしれないけど、あまりに一方的な報告書に思えるわ。」
「死者は抗弁できないというわけですよ。そのあたりは現地に向かった次局長が追及してくれるはずです。……何れにせよ、今分かっているのはそこまでですね。」
うーん、期待していたほどの情報は手に入らなかったな。疲れたように纏めたデュヴァルへと、書類を読み終えたらしいアリスが額を押さえながら返事を飛ばした。
「部外者が出しゃばって申し訳ないんだけど、情報が揃った頃にまた来てもいいかしら? ……アルバート・ホームズのことはレミリアさんもきな臭い人物だと思っていたみたいなの。残った私たちとしても捨て置けないわ。」
「でしたら、明後日あたりになればもう少し詳しいことが判明するはずです。……そちらに私が出向きましょうか?」
「それはさすがに悪いわよ。私が出直すわ。」
となると、まだフランスには滞在することになるな。……んー、明日の昼にでも情報屋探しをやってみるか。アリスも成長しているわけだし、魔女っ子や咲夜には他者にない力がある。私が少し離れても大丈夫なはずだ。
大体、いつ来るかも分からん敵にビクビクしていては何も出来ない。ホテルに三人を残して、私が単独で情報を仕入れるのがベストだろう。一番の問題はあの情報屋が見つかるかどうかだが……まあ、他にもツテはあるさ。見つからなかったらその時はそっちを頼ってみるか。
今からでもレストランは間に合うんじゃないかと思い直しつつ、アンネリーゼ・バートリは『ステーキを奪還作戦』を提案するタイミングを計るのだった。