Game of Vampire 作:のみみず@白月
「いや、わざわざ北アメリカからお疲れ様です。……それで、危急の用件とは何なのでしょうか? こんな場所まで押し入ってくる以上、かなりの緊急事態であることは容易に伝わってきますが。」
言外に『些事だったら承知しないぞ』というニュアンスを含ませたデュヴァルの発言を聞きつつ、アリス・マーガトロイドはリーゼ様の背後で耳を澄ませていた。礼儀正しいデュヴァルにしては珍しく刺々しいな。それでも口調が丁寧なままなのは彼らしいが。
フランス闇祓い隊のオフィスでバルト元隊長の事件に関する報告を受けていたところ、いきなり何者かが強引に部屋に入ってきたため、デュヴァルが個室を出て応対しているわけだが……まあ、あの態度も無理はないな。他国の捜査機関が闇祓いのオフィスに勝手に上がり込むなど前代未聞だ。ムーディだったら『先制攻撃』を仕掛けているレベルで無礼な行いだぞ。
そして、どうやら入ってきた集団の責任者はアルバート・ホームズその人らしい。五十年前に死んだクロードさんにそっくりの、きな臭い噂が付き纏う男。壁一枚隔てたやり取りに聞き耳を立てる私たちを他所に、オフィスの会話は進行していく。
「そんなに身構える必要はありませんよ、デュヴァル隊長。難しい話ではありませんから。……我々は今貴方のオフィスに隠れている、アリス・マーガトロイドを捕縛するためにフランス魔法省を訪れたのです。」
へ? ……私を捕縛? バルト元隊長の件じゃなくて? 同じく話を聞いていた魔理沙と咲夜が呆然と私を見て、リーゼ様が不機嫌そうに眉根を寄せる中、壁の向こう側のホームズは尚も説明を続けた。
「アリス・マーガトロイドは児童誘拐及び殺人、加えて国際機密保持法違反と魔法不正利用の被疑者なのです。その犯罪の大部分は北アメリカで行われました。故に我々国際保安局が闇の魔法使いである彼女を追い、現在フランスに滞在していることを突き止めたというわけですよ。……そのオフィスから出てきなさい、マーガトロイド。貴女は完全に包囲されています。」
いやいやいや、どういうことだ? 児童誘拐と殺人? これっぽっちも身に覚えがないぞ。訳の分からない状況に私が混乱している間にも、デュヴァルがホームズに質問を飛ばす。彼も突然の話に当惑しているような声色だ。
「お待ちください、ホームズ局長。状況が全く把握できません。ミス・マーガトロイドとは先の戦争を共に戦った仲ですが、とてもそんなことをする人物には──」
「凶悪事件の犯罪者とは得てしてそういうものです。それは闇祓いの長である貴方もよくご存知でしょう? ……いやはや、偶然発見できて本当に良かった。入国直後に捜査の許可をいただこうとこの建物に来てみたところ、部下が廊下を歩くマーガトロイドの姿を目にしたようでして。何が目的でフランス魔法省に入り込んだのかは不明ですが、重職に就く貴方が服従でもさせられたら大変ですから。」
そんなことをするわけがないだろうが。謎の容疑をかけられて苛々していると、リーゼ様が徐にドアを開けてしまった。出ちゃって大丈夫なのか?
「リーゼ様?」
「ここに居ることはバレてるようだし、隠れていても仕方がないだろう? だったら黙ってるより反論すべきなのさ。……やあ、アルバート・ホームズ。うちの家人に何か用みたいだね。」
堂々と個室から出て話しかけたリーゼ様に続いて、残った私たちもドアを抜けてみると……わお、思っていたよりもギスギスしているな。オフィスの入り口側に八名の国際保安局員らしき魔法使いたちが立っており、それと相対するようにデュヴァルを含めた六名の闇祓いが私たちに背を向けている。構えてこそいないが、既にデュヴァルとホームズを除いた全員が杖を抜いてるぞ。
そんな一触即発の空気を気にすることなく、悠々とした動作でホームズの目の前まで歩み寄ったリーゼ様へと、クロードさんにそっくりな男は薄く微笑みながら返事を返した。リーゼ様は先程まで消していた翼を露わにしているな。もう吸血鬼であることを隠すつもりはないらしい。
「『家人』とはどういう意味でしょうか? 吸血鬼さん。」
「言葉通りの意味だよ。うちの可愛い娘にふざけた疑いをかけているみたいじゃないか。さっさと撤回して新大陸に帰りたまえ。」
「ふむ、ご家族ということですか? ……何にせよ、アリス・マーガトロイドは拘束させていただきます。身内の肩を持ちたい気持ちはよく分かりますが、彼女は凶悪な犯罪者です。公正なマクーザの裁判機関がそれを明らかにしてくれるでしょう。」
「ふぅん? 『マクーザの裁判機関』ね。おかしな話じゃないか。アリスはイギリス人で、ここはフランスだ。どうしてこれっぽっちも関係のないマクーザが出しゃばってくるんだい?」
挑発的なトーンで問いかけながら覗き込むリーゼ様に、グレースーツ姿のホームズはにこやかな笑みで理由を述べてきた。どこか無機質な笑みだと感じてしまうのは、彼が『人形』かもしれないと疑っているからなのだろうか?
「それはマーガトロイドが北アメリカで殺人を犯したからです。魔法族の少女を三名と、少年を一名。去年の春に行方不明になり、秋頃に遺棄された死体を発見したという報道があったはずなのですが……どうやらご存知ないようですね。」
「その時期のヨーロッパは偉大なる闇の帝王どのを殺すのに忙しかったからね。……それで? その一件がどうしてアリスに繋がるんだい?」
「保安局の捜査の結果、マーガトロイドの犯行であることが明らかになりました。犯人が他国の魔法使いだということを突き止めた保安局が国際保安局に捜査権を委譲し、フランスへの渡航申請を出していることを確認した我々はフランスを訪れ、そして今まさに犯人を追い詰めているわけですよ。理解していただけましたか?」
「残念ながら『いただけない』かな。キミたちが保安局から得た『捜査の結果』とやらを提示したまえ。口頭の曖昧な説明じゃ納得できないんだよ、こっちは。」
苛々と足を鳴らすリーゼ様の文句に、ホームズは困ったように苦笑した後……やる気なのか? 杖を抜いて真っ直ぐ私の方に向けてくる。
「申し訳ありませんが、拘束が先です。心配しなくとも弁護人は付けられますし、裁判もきちんと行なわれますから。そこで詳しい説明があるでしょう。……杖を捨てて両手を上げなさい、マーガトロイド。国際魔法使い連盟から認可された捜査権に基づき、貴女を北アメリカに移送させてもらう。」
……どうしよう。当然ながら私は無実だし、捕縛されるのは納得がいかない。だが、ホームズの言葉からするにこの逮捕劇は連盟の許可を得た行為のようだ。である以上、無理に抵抗すれば状況が悪化する可能性があるだろう。
しかし反面、ホームズの動きに例の魔女が関わっているのは明白だ。北アメリカに移送されれば何をされるか分かったものじゃないし、もしかしたら正当な裁判を行なってくれないかもしれない。でっち上げの容疑で連盟を動かせるほどなのだから、自分の縄張りで裁判の結果を操作するのなど簡単だろう。
急な事態に困惑しつつ、最適解は何かと逡巡していると……やおらデュヴァルが私の前に出た。杖を構えた状態でだ。
「……おや、どういうおつもりですか? デュヴァル隊長。フランス闇祓い隊はこの件に関係がないはずですが。」
「お忘れのようですが、ここはフランス魔法省です。そしてミス・マーガトロイドはスカーレット女史のお身内だ。はいそうですかと見過ごすわけにはいきませんな。」
デュヴァルがそう宣言した途端、残る五人の闇祓いたちも一斉に杖を構えて臨戦態勢に入る。その光景を見て剣呑な雰囲気を漂わせ始めた部下たちを手で抑えつつ、ホームズは静かな声でデュヴァルに忠告を放った。
「我々は連盟の認可を受けてこの場に居り、またフランス国内でマーガトロイドを捕縛することに関しても許可を得ています。それに反抗しようとするのがどういう意味なのかをお分かりですか?」
「重々承知していますよ。その上で杖を構えているのです。」
「……おかしな方だ。レミリア・スカーレットはもう居ないのでしょう? 居なくなった存在に忠義立てする必要がありますかね?」
「貴方にとってのそれがどうであるかは知りませんが、フランスの闇祓いの忠誠は錆びるものではありません。連盟か、『紅のマドモアゼル』か。……フランスの魔法使いがどちらを選ぶかなど議論にも値しませんな。あまり我々の忠義を侮らないでいただきたい。」
常にない怜悧な口調で断言したデュヴァルを支持するように、闇祓いたちも断固とした表情でジリジリと立ち位置を整え始める。部屋の方々で寝ていたマタゴが唸りながらホームズたちに近付き、リーゼ様が鋭い目付きで手を振り上げたところで──
「そこまで! そこまでです! ……杖を下ろしていただきたい、ホームズ局長。デュヴァル、そちらも下ろして構わない。連盟には話を付けた。」
いきなり部屋に駆け込んできた小太りの中年男性……フランス魔法大臣だ。大臣がするりと間に割り込む。デュヴァルたちが即座に杖を下ろし、国際保安局の局員たちもホームズの指示で下ろしたのを確認した大臣は、ニコニコと微笑みながらホームズに声をかけた。目は全く笑っていないが。
「どうも、ホームズ局長。私の自己紹介は不要ですね? ……大いに結構、それなら端的に説明させていただきます。貴方がたの捜査権は停止していますので、どうぞこのままお帰りください。後は我々フランス魔法省が引き受けましょう。」
「……どういうことでしょうか? 自国の少年少女を殺害した犯罪者を目の前にして、何もせず大人しく引き下がれと?」
「如何にも、その通りです。ミス・マーガトロイドはフランス魔法省が捕縛し、取り調べを行います。そこで決定的な証拠が得られればマクーザに移送しましょう。……フランスに居る被疑者をフランスの治安維持機関が捕縛する。何かおかしな部分がありますかな?」
「納得できませんね。百歩譲ってフランスが捕縛するにしても、取り調べには我々も参加させていただきたい。マーガトロイドが犯罪を犯したのは北アメリカです。ならば、我々には捜査に参加する権利があるとは思いませんか?」
薄笑いで問いかけたホームズへと、フランス大臣はニコニコ顔のままできっぱりと返答を叩き付ける。
「微塵も思いませんね。その権利が停止されたのですから。……デュヴァル、こちらに居る『観光客』の皆さんを出口までお送りしてくれ。立ち入り禁止の部屋に迷い込んでしまったようだ。」
「かしこまりました、大臣。」
歩み寄ってきたデュヴァルが無言の圧力をかけるのに、ホームズはほんの少しの間だけ動かないことで抵抗していたが……やがて諦めたように小さく微笑むと、大臣に対して警告を投げかけた。
「決して逃がさないようにお願いしますよ? ここまでのことをやった以上、フランスがマーガトロイドを逃がせば国際社会の非難は避けられませんから。」
「ご心配どうも。ささ、早く部屋を出てください。このままここに居られると、我々は貴方がたを侵入の容疑で逮捕しなければいけなくなります。そうなれば厄介な書類仕事が増えてしまいますので。」
「……この建物を出たらすぐに連盟に確認させていただきます。どんな手を使ったのかは知りませんが、強引な手段は後々に響きますよ。」
それはこっちの台詞だぞ。フランス大臣にそう言い放った後、ホームズたちは数名の闇祓いに『警護』されながら部屋を出て行く。それを見送った大臣は、疲れたようにため息を吐いてから私に言葉をかけてきた。
「では、ミス・マーガトロイド。貴女は急いでイギリスにお帰りください。騒動を聞き付けた直後に連盟の知り合いに頼み込んで、ホームズたちの捜査権の停止を無理やり通しましたが……まあ、長くは持たないとの報告を受けています。ならば早くボーンズ大臣の下に移動した方がよろしい。今ポートキーを準備させますので少々お待ちください。」
「だけど、それだとフランスの立場が悪くなりませんか?」
ホームズが言っていた通りの事態になっちゃうぞ。強引に被疑者を『取り上げて』、その結果逃がしましたじゃ面目丸潰れだろう。心配しながら聞いてみると、大臣はなんて事ないように答えてくる。
「立場が悪くなる程度でスカーレット女史への忠義を通せるなら安いものですよ。それに貴女が紅のマドモアゼルの関係者だと知れば、フランスの魔法使いたちも納得してくれるはずです。……ボーンズ大臣には既に報告を回していますので、彼女なら上手く対処してくれるでしょう。フランスに居るイギリスの魔法使いを守るのは難しいですが、自国であれば幾らでもやりようがありますから。」
言うとフランス大臣は部屋に残った闇祓いに視線で指示を出して、イギリス行きらしきポートキーを作らせた。それを受け取って私に押し付けてきた大臣へと、リーゼ様がニヤリと笑いながら口を開く。
「一世紀近く経ってもアイリスは未だ枯れずか。伝えられる機会があればレミィに伝えておくよ。」
「協力的なのはフランスだけではないと思いますよ。もしホームズが頑固に食い下がってくるようであれば、それを利用するのも一つの手かと。」
「んふふ、レミィに代わって感謝しておいた方が良さそうだね。良い働きだったよ。」
物凄い上から目線で褒めたリーゼ様に、フランス大臣は苦笑しながら大袈裟な一礼を送った。同時に魔理沙や咲夜もポートキーになったコーヒーの空き缶に手を触れて、最後にリーゼ様が左手を添えると……大臣が難しい表情で別れを口にする。
「バルト元隊長の事件に関する調査はこちらでも継続します。もしかしたらホームズの粗を見つけられるかもしれませんので。……ボーンズ大臣には連盟を警戒するようにとお伝えください。今回の一件、ホームズへの『特別扱い』があまりに過ぎます。協力者のような存在が連盟内に居るのは間違いないでしょう。それも、それなりの地位にある協力者が。」
その言葉と共にぐいとおへそのあたりが引っ張られて、ひび割れるように周囲の風景が歪む。確かに他国の闇祓いのオフィスに『強制捜査』を入れるなど並大抵のことでは出来ないだろう。思った以上にホームズは……例の魔女は魔法界の中心部に食い込んでいるのかもしれないな。
久々に味わうポートキーでの移動に身を委ねつつ、アリス・マーガトロイドは厄介な状況に小さくため息を吐くのだった。