Game of Vampire   作:のみみず@白月

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組み分け帽子

 

 

「おぉ……大っきいねぇ。」

 

目の前に聳え立つ月下のホグワーツ城を見上げながら、フランドール・スカーレットは隣に立つコゼットちゃんに話しかけた。

 

ホグワーツ特急での出会いは成功に終わったはずだ。少なくともコゼットちゃんはフランを見てぷるぷる震えることはなくなったし、到着する頃には敬語も出てこなくなった。

 

それに、駅からここまでの道中では手を繋いで歩くことまで出来たのだ。フランが夜目の利く種族でよかった。

 

そのコゼットちゃんも、目をまんまるにしてホグワーツ城を見上げながら呟く。

 

「うん、大きなお城だね。」

 

「これなら間違えて壊しちゃわないで済みそうだよ。」

 

私の言葉に、コゼットちゃんの顔がちょっと引きつった。むむ、また何か失敗したか? 反省のために聞き出そうとするが、案内してくれた大きなおじさんの声で遮られてしまう。

 

「よぉし、全員揃っちょるな? それじゃ、城ん中に入るぞ。」

 

言うと大きなおじさんは城の玄関ホールに入って行った。集団から離れないように気をつけながらついて行くと……奥の方から優しそうなおばちゃんが現れる。蜂蜜色のふんわりした髪が特徴的だ。

 

「ご苦労さん、ルビウス。今回は溺れた子はいなかった?」

 

「舟を修理したんで大丈夫でした、ヴェイユ先輩。きちんと全員揃っちょります。」

 

「そりゃあ良かった。ミネルバが怒らないで済みそうだね。」

 

苦笑しながら言ったおばちゃんは、私たちの方に向き直ってから大きな声で叫ぶ。

 

「……さて、新入生のみんな! ここからは私が案内するよ! 着いて来て!」

 

どうやら案内人が変わるようだ。でも、ヴェイユ? ってことは、あの人がコゼットちゃんのお母さん? チラリと隣のコゼットちゃんを見ると、私の疑問を察したのか軽く頷いてくれた。

 

そのままコゼットちゃんのお母さんに案内されて進んでいくと、大きな扉の前で整列させられる。壁には騎士の石像がずらりと並び、隙間には絵が敷き詰められて、その上ではユーレイたちがこちらを見ている。なんというか……賑やかな城だ。ムーンホールドを騒がしくした感じ。

 

ざわざわと話をする新入生を纏め終わると、コゼットちゃんのお母さん……ヴェイユ先生は、これから何をするのかを説明してくれる。

 

「うん、こんなもんかな。それじゃあ、今から大広間で組分けの儀式よ。簡単な儀式だから緊張しなくても大丈夫。それじゃあ行くわよ? ついて来て!」

 

大きな扉がゆっくりと開いていくと……すっごい! とっても長いテーブルが四つ並んだ大広間の中では、そこに座っているたくさんの生徒たちがこちらを見ていた。何よりあの天井! 屋根の代わりに満天の星空が輝いている。幻想的で、凄く綺麗だ。

 

「ふわぁ……。」

 

思わず立ち止まって見上げてしまうと、コゼットちゃんが慌てて手を引いてくれる。紅魔館もこうすればいいのに。今度美鈴に頼んでみよう。

 

そのまま前へと進んでいくと、一つだけ横向きになっているテーブルの前にポツンと小さな椅子が置かれているのが見えてきた。よく見えないが、何かが載っているようにも見える。

 

横向きのテーブルには大人の人間が並んで座っていた。あれが先生たちかな? その中にいるながーいヒゲのお爺さんが、フランのことを見て微笑んできた。笑顔で手を振ってみると、一瞬驚いたようにしながらも手を振り返してくれる。なかなかいいヤツみたいだ。

 

と、ヴェイユ先生の声で私たちが歩みを止める。何が起こるのかと辺りを見回していると……いきなり誰かの歌が聞こえてきた。

 

 

さあさあ良く目を開いてごらん?  歌っているのはこの私

 

よれよれ帽子の声だけど  きっと誰もが聴き惚れる

 

あなたの望みを嗅ぎ分けて  私がきちんと振り分けよう

 

勇気と名誉を望むなら  きっとあなたはグリフィンドール  赤く輝くあの寮で  輝くメダルを手に入れる!

 

知識と理性を望むなら  きっとあなたはレイブンクロー  青く静かなあの寮で  深い景色を見るだろう!

 

慈愛と友誼を望むなら  きっとあなたはハッフルパフ  黄色くきらめくあの寮で  真なる友を得るだろう!

 

機知と力を望むなら  きっとあなたはスリザリン  緑に染まるあの寮で  新たな正義を知れるはず!

 

あなたの望みが知りたけりゃ  私をそうっと被ってごらん

 

迷いに迷うその心  私が断じてみせましょう!

 

 

歌が終わると、拍手が大広間を包んだ。大した歌じゃなかったと思うが、フランも一応やっておこう。

 

ペチペチと適当に拍手をしながら、隣に立つコゼットちゃんに話しかける。

 

「変な歌だね。フランのほうが上手いよ。」

 

「そういうことじゃないと思うけど……。」

 

どうやらあの、ポツンと置かれた椅子の上にある帽子が歌っていたらしい。歓迎の歌だろうか? もっと上手い人を雇えばいいのに。

 

「さて、一人ずつ名前を呼ぶから、呼ばれた子はそこの椅子に座って帽子を被るように!」

 

ヴェイユ先生の声で、慌てて椅子に向き直る。あの歌はそういう意味だったのか。……ばっちい帽子を被るなんて、ちょっとヤダな。

 

一人、二人と組み分けされていくが、どうもかかる時間にバラつきがあるらしい。というか、吸血鬼もちゃんと寮に入れるのだろうか? アリスやパチュリーが何も言ってなかったことを思えば……うーむ、大丈夫だとは思うが……。

 

「エバンズ・リリー!」

 

「あっ、あの子……。」

 

ヴェイユ先生の声で前に進み出た女の子に、コゼットちゃんが何かに気付いたような声を出す。

 

「どうしたの?」

 

「あの子、私が杖を買いに行った時に店にいた子なんだ。」

 

「お話しした?」

 

「ううん。見かけただけ。」

 

コゼットちゃんとひそひそ話している間にも、その子はグリフィンドールへと組み分けされていった。歓声とともにグリフィンドールのテーブルへと迎えられている。

 

そこから次々に組み分けされ、寮のテーブルへと向かっていく新入生たちを眺めていると……どうしよう、緊張してきた。

 

オマエは吸血鬼だから出て行け、なんて言われたらどうしよう。……よし、決めた。その時はあの帽子をズタズタに引き裂いてやろう。

 

そんなことを考えていると、遂にフランの名前が呼ばれる。

 

「スカーレット・フランドール!」

 

名前が呼ばれた瞬間に、大広間にざわめきが広がる。そしてフランが椅子へと進み出ると、それは更に大きくなった。

 

なんだろう? 何か間違えたのかとヴェイユ先生の方を見ると、微笑みながら頷いてくれている。大丈夫そうだ。

 

ゆっくりと帽子を手に取り、椅子に座って被ってみると……頭の中で囁くような声が聞こえてきた。

 

『フム、これは珍しい。君は人間ではないね?』

 

ぐぬぬ、やっぱり人間じゃないとダメなのかな? 帽子を引き裂いてぐちゃぐちゃにすれば、有耶無耶になったりしないだろうか?

 

『おっと、それはやめておくれ。大丈夫、人間でなくとも私には関係のないことだよ。私の仕事は正しく組み分けをすることだけなのだから。』

 

心が読めている? なんにせよ、ここで退学にはならなさそうだ。

 

『フム、フム。……難しい、非常に難しいな。心の奥には純粋な残酷さがあるが、同時に人を思いやる心も持っている。』

 

残酷さとは失礼な。フランはとっても優しい子だって、リーゼお姉様もアリスも言ってくれているのに。

 

『ウーム、勇敢さもある、そして時には狡猾で、類稀な頭脳もある。しかし……君が友人を望んでホグワーツに来たのであれば──』

 

「ハッフルパフ!」

 

帽子から響く大声に、大広間は一瞬沈黙に包まれる。しかし、やがてパラパラとした上級生の拍手を皮切りに、ハッフルパフのテーブルから大きな拍手が沸き起こった。

 

慌てて立ち上がってハッフルパフのテーブルへと向かうと……恐る恐るといった様子だが、みんなが歓迎の言葉をかけてくれた!

 

とっても嬉しい気分でテーブルに着くが、まだコゼットちゃんの組み分けが残っている。ヴェイユ先生はグリフィンドールだったらしいし、コゼットちゃんもそうだったらどうしよう。

 

「スネイプ・セブルス!」

 

黒髪の男の子がスリザリンに組み分けされたのには目もくれず、コゼットちゃんと一緒の寮になれますようにと祈っていると……コゼットちゃんの名前が呼ばれた!

 

「ヴェイユ・コゼット!」

 

帽子を被るコゼットちゃんを見ながら、手を組んでひたすら祈る。どうかハッフルパフに選ばれますように。

 

一瞬にも永遠にも感じられた沈黙の後、帽子が口を開いて大きく叫んだ。

 

「ハッフルパフ!」

 

やった、やったぁ! 立ち上がって全力で拍手をすると、コゼットちゃんが小走りでフランの元にやってきた。

 

「コゼットちゃん! やったね、おんなじ寮だよ!」

 

「うん! 改めてよろしくね、フランちゃん!」

 

思わず抱きついて、慎重に力を込めて抱きしめる。お友達と同じ寮になれるなんて、今日のフランは幸運みたいだ。

 

二人で並んでテーブルに着いて、最後の一人がレイブンクローに組み分けされたのを見届ける。するとお髭のお爺ちゃんが立ち上がって、その大きな声を大広間に響かせた。

 

「結構、結構。今年も無事に組み分けが終わってなによりじゃ。それでは、食事の前にちょっとばかりお知らせを聞いてもらおうかのう。」

 

言うと、先生たちが座っているテーブルの中の、ひときわ小さな男の人が立ち上がる。

 

「今年からヴェイユ先生に代わって呪文学を受け持ってもらう、フリットウィック先生じゃ。言わずと知れた決闘チャンピオンであり、その杖捌きは見事の一言に尽きる。」

 

紹介されたフリットウィック先生が、ペコりと一礼して再び席に着く。しかし、そうなるとヴェイユ先生は? 他の生徒たちも心配なようで、大広間に囁き声が広がっていく。

 

「おっと、心配そうな顔は無用じゃ。ヴェイユ先生には闇の魔術に対する防衛術の授業を受け持ってもらうことになった。このところ不安定な授業となっておったが、ヴェイユ先生ならばこの問題を見事に解決してくれることじゃろう。」

 

お爺ちゃん先生の言葉で、不安そうなざわめきも収まった。その様子に大きく頷きながらも、お爺ちゃん先生は再び話を続ける。

 

「他にはいつもの注意事項じゃな。夜には出歩かないこと、みだりに呪文を使わないこと、危険な魔法薬を作らないこと……詳しくは、管理人室の掲示板に張り出されておる。」

 

ううむ、たくさん決まりがあるようだ。それに夜には出歩けないらしい。地下室を出て以来、月光浴は密かな楽しみだったのだが……。

 

隣のコゼットちゃんを見れば、きちんとメモを取っている。真剣にペンを走らせている様子がなんだかかわいい。フランがコゼットちゃんに気を取られている間に細々とした話は終わったようで、お爺ちゃん先生が一際大きな声で言い放つ。

 

「さて、そろそろ我慢も限界を迎える頃じゃろう。難しい話は終わりにして、そーれ、食事じゃ!」

 

その言葉と共に、テーブルの上に無数の料理が現れた。ローストチキンに、スクランブルエッグ、大きなソーセージと、お肉たっぷりのパスタ。他にも色々とあるが……人肉ステーキはなさそうだ。ちょっと残念。

 

「すごいね。……食べようか、フランちゃん。」

 

「うん!」

 

好物はなかったが、友達と一緒ならきっと何でも美味しいだろう。

 

天井の星々に照らされながら、フランドール・スカーレットはホグワーツでの初めての夕食を楽しむのだった。

 


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