Game of Vampire   作:のみみず@白月

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中庸の存在

 

 

「ねえ、何してんの?」

 

尋常ではない暑さの神社の境内。畳敷きの部屋に繋がる縁側で書類を読んでいたアンネリーゼ・バートリは、背後からかけられた声に小さくため息を吐いていた。こっちから話しかけると迷惑そうな顔をする癖に、構わないでいると今度はちょっかいをかけてくるわけか。気まぐれな猫みたいなヤツだな。

 

八月に突入した夏の日の午後、紫に会うために幻想郷の博麗神社を訪れているのだ。約束通りの時間に出現したスキマに入ってみたところ、胡散臭い隙間妖怪の姿はそこになく、代わりに紅白巫女が待っていたというわけである。彼女によれば幻想郷の管理者どのは少し忙しいので、神社で小一時間待っていてくれとの伝言を預かっているらしい。

 

ちなみに今日紫に会うのは、もちろん魔女に関する情報を入手するためだ。アピスから聞いた香港自治区での騒動の詳細を知りたいのと、新大陸の人外事情に詳しいであろう魅魔と引き合わせてもらおうと思って来たわけだが……ええい、鬱陶しいな。紙のヒラヒラが付いた謎の棒で私を突っついてくる巫女に、迷惑ですと顔に表しながら日本語で返答を返す。なんかピリピリするぞ、それ。

 

「その棒はどっかにやってくれ。何だか知らんが、嫌な感じがするんだ。」

 

「当たり前じゃない。あんたは妖怪で、これは御幣なんだから。神道の祭具の一つよ。」

 

「キミね、巫女の癖に祭具をそんな雑に扱っていいのかい?」

 

「普通の人ならダメだけど、私は巫女だからいいの。……それで、それは何なの?」

 

肩越しに覗き込んでこようとする巫女へと、うんざりした気分で答えを送る。この場所はただでさえ信じられないほどに暑いんだから、余計なことをして体力を使わせないでくれ。

 

「キミには関係のない報告書だよ。英語は読めるかい?」

 

「読めないし、内容はどうでも良いわ。私が気になってるのはその紙よ。……変なの。やけに厚いし、ザラザラしてるし、なんか汚いわね。」

 

「羊皮紙を知らないのか?」

 

「ようひし?」

 

本当に知らんのか。……そういえば、アジアでは昔から竹簡や植物紙を使ってたんだっけ。美鈴だかパチュリーだかから聞いたような話を思い出しつつ、巫女に読み終わった羊皮紙を渡して説明する。何で私がこんなことをしなきゃならんのだ。

 

「動物の皮から作った紙だよ。イギリスの魔法界じゃこれが主流なんだ。」

 

「動物の皮? ……不思議ね。紙にするために皮を剥いでたら、動物が居なくなったりしないの?」

 

「羊皮紙を使ってる絶対数が少ないからね。一部の魔法界以外じゃどこも植物紙だよ。羊皮紙は紙としての寿命が長いから、私はこっちを好んで使っているが。」

 

私の解説を受けながら羊皮紙を光に透かしたりパタパタ振ったりしていた巫女は、やがてそれを返してから別の質問を寄越してきた。

 

「他には何かないの? 面白い物。」

 

「……私を何だと思っているんだい? 私はここに紫と話をしに来たわけであって、キミを楽しませるために来ているわけじゃないんだが。」

 

「妖怪を神社で待たせてやってるんだから、せめて楽しませるくらいのことはしなさいよ。何かあるでしょ? あんたは『魔法界』から来たんだから。」

 

訳の分からん強引な理屈で迫ってくる巫女に……ああ、あの写真があったっけ。懐から一枚の写真を取り出す。先日隠れ穴で開かれた、ハリーの誕生日パーティーの時に撮った集合写真。こいつの『友人』である魔理沙も映っているので、話題作りにと一応持ってきてみたわけだ。

 

「ほら、写真だよ。魔理沙も居るぞ。」

 

ハリーを中心に全員で撮った写真を渡してやると、巫女は目をパチクリさせながらそれをまじまじと眺め始めた。ウィーズリー家の面々や学友たち、ブラックやルーピン夫妻、そしてハリーたちの隣で落ち着かない様子の私。……写真に写ったのは初めてかもしれないな。こうして見ていると奇妙な気分になってくるぞ。

 

「……動いてる。」

 

「そりゃあ動くさ。魔法界の写真だからね。」

 

「魔理沙のやつ、背が伸びてるわ。……あんた、妖怪なのに人間と『近い』のね。どうして?」

 

写真から出ようとする私を苦笑しながら引き止めているハーマイオニーとロン、それを困ったように見つめる中央のハリー。そんな写真の中の面々を前に心底不思議そうに呟く巫女へと、何とも言えない思いで返事を飛ばす。

 

「私にだって分からんよ。気付いたらこうなってたんだ。」

 

「……あんた、変よ。かなり変。もしかしたら紫より変かも。」

 

無礼なヤツだな。私の表情を目にしてそう言った巫女は、写真を返してから部屋の奥へと移動した。幾ら何でも隙間妖怪より変ってのは有り得ないだろうが。

 

そのまま背の低い棚を片っ端から開けていた巫女だったが、全ての段を確認した後で不機嫌そうな顔になると、再び縁側に戻って声をかけてくる。

 

「……なんか持ってない? 食べ物か、飲み物。お腹が空いたわ。」

 

「何なんだ、キミは。ここはキミの家なんだから、食べ物を出すとすればキミの方だろうが。」

 

行動が意味不明だぞ。私の呆れ声に対して、巫女は薄い胸を張って堂々と答えてきた。魔理沙以下、咲夜以上だな。私はまだまだ伸び代があるので別枠だ。

 

「だって、なーんにも無いのよ。もう昨日採った山菜しか残ってないわ。……何かと交換しない? 異国の山菜は貴重でしょ?」

 

「生憎だが、私はその辺の草を好んで食べたりはしないんだ。三食肉で問題ないくらいだよ。である以上、山菜なんぞ不要さ。」

 

「……嘘でしょ? 肉を食べまくってるの? どうやって?」

 

「どうやってと言われてもね。普通に店で買って食べてるんだが……まさか、人里には売ってないのかい? 肉。」

 

人里があるはずの方向を指差して問いかけてみると、紅白巫女は苦い表情で曖昧な首肯を返してくる。

 

「売ってるけど、高いわ。それに数が少ないから私には売ってくれないのよ。里の物は里の人間に優先されるの。」

 

「閉鎖的だね。……まあ、当然っちゃ当然か。人里の外は総じて妖怪のテリトリーなんだろう? そんな場所からのこのこやって来て、いきなり肉を売ってくれと言われたら断るだろうさ。」

 

外の世界の常識からすると閉鎖的に思えるが、そうでもしないと生き残れないような土地なのだろう。これもまた閉鎖環境における歪みの一つかと考える私に、巫女は不満げな様子でポツリと呟く。

 

「昔は魔理沙がたまに持ってきてくれたの。あいつが居なくなってからはご飯と味噌汁ばっかりよ。紫は肉を『支給』してくれない癖に、その辺の動物は獲っちゃダメだって言うし。」

 

「ふぅん? ……魔理沙とは仲が良かったのかい?」

 

肯定か、それに近い返答を予想して放った質問だったのだが……んん? 巫女は難しい顔でどちらとも言えない回答を口にする。

 

「……分からないわ。仲が良いってどういうこと?」

 

「難しい質問だね。……上手くは言えんが、その他の人物より優先するってことなんじゃないか? 一緒に遊んだり、会話をする時に優先的に対象になるような存在だよ。」

 

「それなら私と魔理沙は仲が良くないわ。少なくとも私は魔理沙を『優先』したりはしないもの。」

 

随分ときっぱり言うな。魔理沙から聞いていた人物評に繋がるような発言を受けて、興味を惹かれて問いを重ねた。

 

「キミにとってのそういう存在は居ないのかい? 親しいというか、大切というか、そういう対象は。」

 

「居ない……と思う。みんな一緒よ。差なんてないわ。」

 

「仮にだよ? 仮に魔理沙と人里の見知らぬ男が同時に死にかけていたとしようじゃないか。どちらか一人しか助けられないとしたら、キミはどちらを助ける?」

 

「何? その質問。変なの。……まあいいけど。多分、近い方を助けるんじゃない? その方が助かる確率が上がるでしょうし。」

 

近い方……つまり、助け易い方を事務的に優先するってことか。なるほど、これは確かに問題があるな。紫や魔理沙が言っていた意味がようやく分かってきたぞ。

 

巫女の行動は実に『正しい』ものだ。私情にとらわれず公正に判断するのであれば、助かる確率が高い方を先に助けるのが正解だろう。しかし、それは人間として『正常』な判断ではない。熟練の闇祓いからこの答えが出てきたならある程度納得できるが、十代の少女から出てくる答えではないはずだ。

 

紫が施した『調停者』を目指した教育の成果なのか、それとも巫女当人の性格なのか。巫女を横目に黙考していると、突然部屋の中央にスキマが開いた。待ち人が到着したらしい。

 

「やっほー、二人とも! ゆかりんが来たわよ!」

 

何故か得意げな顔で勢いよくスキマから飛び出してきた紫を、巫女と二人揃って無視していると……何なんだよ、こいつは。くるりと悲しげな表情に変わった隙間妖怪は、畳の上に崩れ落ちて泣き真似をし始める。

 

「……どうして無視するの? 寂しいわ。私はこんなにも二人のことが大好きなのに。誠心誠意慰めてくれないと立ち直れないかも。例えばほっぺにチューするとか。」

 

「それじゃ、私は境内の掃除に行ってくるわ。話があるんでしょ? 後は二人でごゆっくりどうぞ。」

 

「おい、待ちたまえ紅白巫女。この面倒な女と私を二人っきりにするつもりかい? 掃除なんか後回しにしたまえよ。ここはキミの家なんだから、家主が同席するのは当たり前のことだろう?」

 

「やだ。」

 

恐ろしく端的な返事と共に巫女は縁側から飛び降りて、そこにあった草履を履いて石階段がある方向へと駆けて行ってしまった。クソ暑い外の方が隙間妖怪よりまだマシだと判断したようだ。賢いヤツめ。

 

遠ざかる紅白の背中を羨ましく思っている私へと、けろりと胡散臭い笑顔に戻った紫がにじり寄ってくる。

 

「で、どうだった? あの子の『問題』に気付いたんでしょ?」

 

「会話を覗き見てたのか。つまり用事があったというのは嘘なわけだ。殴ってもいいかい?」

 

「やーん、怒らないでよ。……要するにね、あの子にとって世界の全ての人間は等価値なの。っていうか、妖怪も含めてそうなのかもしれないわね。別に嫌ってるわけじゃないけど、好いてもいない。利益があれば感謝するけど、それに囚われたりもしない。何処にも止まらないで、あらゆる存在から浮いている。そういう子なのよ。」

 

やや真面目な口調で送られた説明を聞いて、小さく鼻を鳴らしてから肩を竦めた。中庸の存在か。

 

「人妖の調停者としては理想的なんじゃないか? 大体、キミがそうあれと育てたんだろう?」

 

「そういうわけでもないのよね。いつの間にかあんな感じになっちゃってたの。……だから、それをリーゼちゃんにどうにかしてもらいたいのよ。あの子に情ってものを教えてあげてくれない?」

 

「……色々と疑問があるね。何故自分でやらずに私にやらせるのかも分からんし、そもそもあれで『完成』しているように思えるんだが。常に中立の立場から物事を判断できるってのは理想的な性格じゃないか。」

 

「間違えない人間なんて間違ってるじゃないの。そんなの私の好みじゃないし、何より美しくないわ。……私はあの子を幸せにしてあげたいのよ。このままだと完全無欠の調停者として孤独に過ごすことになっちゃうでしょ? きちんとお友達を作って、たまーに情に流されて失敗して、最期は沢山の人に惜しまれながら死んで欲しいの。それが美しい人生ってもんじゃない。」

 

立てた人差し指を私の眼前に翳しながら言ってくる紫に、呆れ果てた気分で文句を飛ばす。勝手すぎるぞ、こいつ。

 

「当ててあげるよ、キミは自分が人間だったらそういう人生を歩みたかったと思っているんだろう? 儚い生を他の人間と共に生きて、死んでみたかったわけだ。……自分の願望をあの巫女に背負わせるのはやめたまえ。キミにとっての『理想の人生』が、彼女にとってもそうであるとは限らないんだぞ。」

 

「……リーゼちゃんは今のままの霊夢の方が幸せだと思うの?」

 

「それを判断するのは私でも、キミでもないってことだよ。望むのはあの巫女本人なんだ。本気で子を想うのであれば、無理やり自分の好みに『矯正』するのはやめておきたまえ。世には孤独を好む人間だって確かに居るんだから。私はそれを悪いことだとは思わないしね。」

 

ダンブルドアにダンブルドアなりの生があったように、パチュリーにはパチュリーの生がある。その違いは個性であって、正誤や優劣をつけられるようなものではないはずだ。自分より遥かに長生きしている大妖怪に説教してやると……なんだこいつ、気味が悪いな。隙間妖怪は嬉しそうに口の端を震わせたかと思えば、いきなり私を抱き締めてきた。何のつもりだよ!

 

「何するんだ、キミは。離したまえ。」

 

「ああもう、良いわぁ。リーゼちゃんは本当に私好みの妖怪よ。そうね、人間の子育てに関しては貴女の方が経験豊富だものね。確かにそうかもしれないわ。自分でも気付かないうちに願望を押し付けちゃってたのかも。」

 

「ええい、いいから離し……この、馬鹿力め!」

 

どういう力をしてるんだ。全力で抜け出そうとしても身動きできないぞ。大きな胸の間に挟まれてジタバタ動く私を他所に、紫はご機嫌な声色で話を続けてくる。

 

「でも、選択肢は与えてあげたいの。もし本当に霊夢が中庸の存在であることを望むのであれば、私はそれを肯定するわ。だけどリーゼちゃんと付き合っていれば何か変わるかもしれないでしょう? それに期待するくらいは許されると思わない?」

 

「……知らんよ、それはあの巫女次第だ。」

 

「期待してるわ、リーゼちゃん。貴女ならあの子を変えられるかもって思うの。もし貴女がそのために努力してくれるのであれば、私は貴女のことも大切にするわ。……殺してあげましょうか? アリスちゃんに迷惑をかけてる魔女のこと。大好きなリーゼちゃんのためなら頑張っちゃうわよ? 尽くすタイプって言ったでしょう?」

 

抜け出すのを諦めてされるがままになっている私の耳元で、紫が怪しげに囁きかけてくるが……ふん、こちらの状況など当然お見通しなわけだ。その誘惑に一瞬だけ悩んだ後で、胸元から紫を見上げつつ返答を返した。

 

「とりあえずは結構だ。キミに頼むと高く付きそうだからね。……アリスが本当に危なくなったら頼むかもしれんが。」

 

「だったらいっそのこと、アリスちゃんの危機を願っておこうかしら? そしたらそれを私が助けて、対価としてリーゼちゃんにあんなことやこんなことを命令しちゃうの。……あ、その顔。上目遣いでその顔はむしろゾクゾクしてくるから、私以外にやっちゃダメよ? 涎が出てきちゃった。」

 

変質者め。ジト目で睨み付ける私にそう言った後、紫は私を解放しながら続きを語る。

 

「まあでも、リーゼちゃんに嫌われるのは怖いし、最低限の協力くらいはタダでやってあげちゃう。……私から連絡しておくから、アリスちゃんと一緒に香港自治区に行って適当に大通りをぶらついてみて頂戴。そしたら向こうから招待してくれると思うわ。」

 

「『鈴の魔女』がかい? ……アリスも一緒じゃないとダメなのか?」

 

「んー、一緒の方がいいんじゃない? あの子は同族に甘いから、その方が交渉が楽になるでしょうし。」

 

むう、出来れば今はアリスを安全な場所から出したくないのだが……仕方ないか。香港自治区が『無法地帯』である以上、ホームズたちだって迂闊に手を出せまい。さっと行ってさっと帰ってくれば大丈夫なはず。

 

移動の方法を脳内で組み立てている私に、紫はもう一つの情報を送ってきた。言わずとも話が進むのは楽だが、それだけ覗かれてるんだと思うと微妙な気持ちになるな。

 

「あと、魅魔の方は私からは何とも言えないわね。あいつはあいつで弟子のことを覗き見てるでしょうし、手助けする気があるなら勝手に介入してくるんじゃない?」

 

「キミと同じで面倒なヤツだね。これだから『反則級』は扱い難いんだ。……まあ、分かったよ。先ずは香港自治区に行ってみることにするさ。」

 

「あとあと、霊夢のことも頼むわよ? アリスちゃんのピンチだから今は忙しいでしょうけど、暇を見てちょくちょく遊びに来てあげて頂戴。……はいこれ、移動用の呪符。神社の境内に直通だから。」

 

「暇があったらね。……そういえば、レミィたちはどうしてるんだい?」

 

そんなには来ないと思うぞ。百枚はあるであろう和紙の束を渡してきた紫に、適当に応じてから話題を変えてやると、彼女は拍子抜けしたような顔で肩を竦めてきた。

 

「まだ全然動いてないわ。門番ちゃんが時々湖の周囲を歩き回ってるくらいかしら。……最近一部の好奇心旺盛な天狗がちょっかいをかけに行ったらしいけどね。あとはまあ、湖に住む妖精とも一悶着あったみたい。気になる?」

 

「気にはなるが、会えないんだろう?」

 

「悪いけど、まだダメなのよ。レミリアちゃんが約束通り大きな騒ぎを起こした時、リーゼちゃんは私の所属でいてもらう必要があるの。だから暫くは神社から出ちゃダメね。」

 

「……ま、いいけどね。」

 

その『ルール』から色々と読み取れることはあるが、そも紫を頼らないと行き来できない今は従っておくべきだろう。……土着の妖精と一悶着か。レミリアたちの抱えている問題は、私たちの問題よりも随分とのんびりしたものらしい。

 

魔法界では騒ぎの中心にいる『紅のマドモアゼル』どのが暢気にやっていることを恨めしく思いつつ、アンネリーゼ・バートリは忌々しい気分で大きく鼻を鳴らすのだった。

 


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