Game of Vampire 作:のみみず@白月
「むぅ……。」
お野菜が随分と高いな。肉は魔法界の方が高いのに、野菜となるとマグル界の方が高くなるのはどういう理由なのだろうか? 膨大な量の野菜たちを前にしつつ、サクヤ・ヴェイユはかっくり首を傾げていた。
八月が残り半分となった今日、私は一人で食料品を補充するためにロンドンのスーパーマーケットを訪れているのだ。忠誠の術に守られていてもお腹は減るし、だから食事をしなくてはならない。とはいえエマさんは日光の下に出られないので、こうして私がマグル界に出て買い物をしているというわけである。
ちなみに何故一人で買い物に来ているのかといえば、能力を使ってダイアゴン横丁を抜け出してきたからだ。ちょくちょく時間を止めながら移動すれば尾行は難しいし、私一人ならいざという時に逃げ易いということで、自分から『補給係』に立候補したのである。
アリスはかなり心配していたものの、まさか渦中の彼女が家を出るわけにはいかないし、リーゼお嬢様は守り人の制約で人形店に入れない。あとは信用できる元騎士団員の人に配達を頼むという手段もあったのだが、迂闊に秘密を広めることがどれだけ危険かは私だって知っているのだ。だったら比較的安全に動ける私が行くべきだろう。
そんなわけでダイアゴン横丁の入り口たる漏れ鍋を抜けて、少し離れたマグルの巨大スーパーマーケットに来ているわけだが……ぬう、ここまで広いとなんだかワクワクしてくるな。大量に並んでいる木箱の中の生鮮食品、無数の棚に詰め込まれたシリアルや缶詰、ずらりと設置されているフリーザー、あらゆる種類の肉が揃っているお肉売り場、そして何より行き交う大勢のマグルたち。一体全体この建物にはどれだけの商品があって、どれだけのマグルが日々訪れているんだろうか?
スケールの大きさに圧倒されながらも、エマさんから頼まれた品物を次々とカゴに入れていく。……一応保存食の類も買っておくべきかな? マグル界の品物だし、どれが何なのかはさっぱり分からないけど。
まあ、それっぽい物を適当に買っておこう。棚を巡りながら保存が利きそうな缶詰なんかをカゴに放り込んで、ついでにパスタの袋やシリアルの箱をいくつか入れると……ぐぅ、重い。巨大なカゴを二つ載せた買い物用のカートは、全力で押さないと動かないほどの重さになってしまった。
こうなると独力で持って帰るのは間違いなく不可能なわけだが、幸いにも私はアリスから魔法がかかった布袋を借りてきている。それに入れるまでの辛抱だと自分を励ましつつ、お肉のコーナー目指して必死にカートを押していると──
「おやまあ、とんでもない量だね。大丈夫かい? お嬢ちゃん。」
珍しい色の長い髪にキャップを被った、黒い半袖のシャツとジーンズ姿の二十代ほどの若い女性。何となく貫禄を感じる美人さんに話しかけられてしまった。キリッとした顔に溢れる自信を滲ませたその女性は、大量の商品が入ったカゴを見ながら話を続ける。量が多すぎる所為で心配されちゃったのかな?
「おいおい、お嬢ちゃんの家にシェルターでも建てたのか? 冷戦はあったまらないままで終わったって聞いてるが……ほら、押してあげるよ。どこに行こうとしてたんだい?」
「いえ、あの……一人で大丈夫ですから。」
「遠慮するなよ、お嬢ちゃん。私は可愛い女の子ってのが三度のメシより好きでね。苦労してる姿を見たら手伝わずにはいられないのさ。」
悪戯げな笑み……リーゼお嬢様のような強かさを秘めたものではなく、どちらかといえば魔理沙の『悪戯っ子』なものに近い笑みを浮かべたお姉さんは、私の返事に構わずカートを押して歩き始めてしまった。
「本当に大丈夫ですから。知らないお姉さんにご迷惑をおかけするわけには──」
「『お姉さん』だって? こいつは驚いた、お姉さんか。そんな呼び方をされたのは久々だよ。……んー、悪くないね。それでいこう。今日の私は通りすがりの親切なお姉さんだ。」
「えっと……?」
どう見積もっても二十代前半の域を出ないだろうし、お姉さんはお姉さんじゃないのか? 素っ頓狂な発言に困惑する私へと、お姉さんはご機嫌な感じに喉の奥を鳴らしながら口を開く。
「それで、行き先は? 言っとくけど手伝わないって選択肢は無いよ。私は意思の押し売りってやつが大得意でね。そうと決めたら絶対に曲げないタチなんだ。手伝うと決めたらお嬢ちゃんが嫌がっても手伝う。そういう性格なのさ。」
「……じゃあその、お肉のコーナーにお願いします。そこで最後ですから。」
「はいよ、仰せのままに。」
うーむ、ちょっとヘンな人だな。断るのは無理そうだと諦めた私に対して、片手一本で軽々とカートを押すお姉さんは周囲を見回しつつ話題を投げてきた。あの細い腕のどこにそんな力があるんだろうか?
「しかしまあ、混んでるね。大量生産と大量消費の時代か。お嬢ちゃんはバカみたいだと思わないかい?」
「さすがにバカみたいとは思いませんけど、凄い品物の数だとは確かに思います。」
「私はバカみたいだと思うけどね。……何もお偉い聖人みたいに清貧な暮らしをしろとまでは言わないさ。富むのも増やすのも大いに結構。繁栄ってのは見てて気持ちが良いもんだ。惨めな衰退よりもよっぽど華がある。」
到着したお肉コーナーの冷蔵ケースを眺めながらそう言ったお姉さんは、次に一転して文句を呟き始める。
「だけどさ、増えたもんはいつか減るのが世の常だ。増えれば増えるほど減った時の痛みは強くなっていく。自分たちの代では減らないとタカを括っているのか、あるいは永遠に減らないと信じて疑っていないのか。……どっちにしろ大バカさ。火に触れるまで熱さが分からないってんじゃあ救えない。本当に賢いヤツは熱さを予想して遠ざけるんだよ。暖は取れるが、熱すぎはしないくらいの位置にね。それなら火傷しないで済むだろう?」
「えーっと……すみません、よく分からないです。」
ちんぷんかんぷんだ。比喩的な消費社会への批判なのか、哲学的な深い話なのか。パチュリー様なら分かるのかなと困っていると、お姉さんはくつくつ笑いながら謝ってきた。
「ああいや、悪かったね。気にしないで聞き流してくれ。単なる偏屈な年寄りの戯言さ。」
「年寄り?」
「そんなことより、肉を買わなくていいのかい? ……ここまで大量に並んでると美味そうに見えるな。私も買ってくか。」
ポンと私の背を叩いて促したお姉さんに従って、奇妙な台詞に小首を傾げながら店員さんの一人に注文を伝える。言動も変だし、行動も変だが、何故かマイナスのイメージが湧いてこない人だな。何というかこう、豪快な雰囲気が多少の違和感を押し流してしまう感じだ。
今まで会ったことが無いタイプの人だが、強いて言えば美鈴さんに近いかな? 鹿肉を値切ろうとしているお姉さんを横目にお肉を受け取って、バーコードが記載されたシールを貼ってもらったそれをカゴに載せた。これで買い物完了だ。あとは支払いを済ませるだけ。
『補給任務』を果たせそうなことにホッとしつつ、レジはどこだっけと天井の案内プレートに目をやったところで……巨大な鹿肉を手にしたお姉さんが再びカートを押し始める。
「はん、この店じゃ値札の通りにしか売らないんだとよ。値切れない店ってのはつまらなくてダメだね。買い物の楽しみの半分は値切ることにあるってのに。……あとはレジで大丈夫かい?」
「はい、大丈夫です。……ありがとうございます。」
「いいんだよ、私が勝手にやってることなんだから。」
ニヤリと笑って肩を竦めたお姉さんは、通路のど真ん中を堂々と進みながら続けて問いを飛ばしてきた。私はすれ違う時に退くタイプだが、この人は退かせるタイプらしい。
「見たところお嬢ちゃんは学生さんだろ? 友達は居るかい?」
「何人か居ます。同世代より上が多いですけど。」
「へぇ、面白いね。……ちょっとしたゲームをしようか。心理ゲームだ。先ずはその中で一番親しい友達を思い浮かべてごらん。そしてそいつに一番似合う数字を教えてくれ。」
「数字ですか? ……七、かな?」
魔理沙をイメージしてパッと思い浮かぶ数字は七だ。何の理由もなく直感で放った答えを聞いて、お姉さんは何故か満足そうにうんうん頷いてくる。
「七か、悪くないね。むしろ良いくらいだ。七ってのは矛盾と力を表す強い数字なのさ。……ってことは、その子は金髪だろう? 当たってるかい?」
「……当たってます。どうして分かったんですか?」
「種明かしはまだ先さ。それじゃあ次は……そうだな、その子に一番合ってる色を教えてくれ。」
驚く私を見て愉快そうに微笑むお姉さんに、質問の回答を口にした。今度は色か。白か黒で迷うところだけど……うん、黒かな。私にとっては黒のイメージの方が強い気がするぞ。
「黒ですね。」
「なるほどね。つまりその子はちょっと生意気で快活な女の子で、お嬢ちゃんと同い年ってわけだ。」
「凄いです、また当たってます。」
どういうトリックなんだろうか? 完璧に当たっていることに目を丸くする私へと、お姉さんは到着したレジにカゴを載せながらパチリとウィンクしてくる。
「その通り、私は凄いのさ。……種明かしは会計を済ませてからにしようか。金は渡すから、この肉の分も代わりに払っておいてくれ。一服してから戻ってくるよ。」
「分かりました。」
言うとお姉さんはジーンズのポケットから紙タバコの箱を取り出して、店の出入り口へと歩いて行ってしまった。多分外に灰皿があるのだろう。それを尻目にカゴからコンベアに商品を移すと、恰幅の良い女性店員さんが手伝いながらバーコードを読み取ってくれる。
「あら、お使い? 大変ねぇ。こっちは私がやるから袋に詰めちゃいなさいな。」
「へ? ……あの、はい。ありがとうございます。」
左右のレジで会計している人は自分でコンベアに流しているし、この店員さんが特別親切なんだろうか? よく分からないマグルの会計システムに困惑しつつ、スキャンが終わった商品を紙袋に詰め込んでいくと……改めて結構な量になってるな、これ。どこで布袋に詰め替えよう。
何にせよマグルから見えなくなる位置まではカートで運ぶ必要があるな。二度手間であることに辟易しながらいくつかの重い紙袋を再びカートに戻して、慣れないマグルの紙幣で会計を済ませた後、重いカートを押してレジを抜けたところで──
「……あれ?」
周囲の音が消えると共に、世界の動きが完全に静止する。能力は使っていないはずだけど……これは、どう見たって時間が止まっているな。無意識に使っちゃったってことか?
とうとう起きている時も勝手に発動するようになったのかとヒヤリとしながら、早く元に戻そうと能力を解除しようとすると──
「ああ、終わったかい。釣りは取っといていいよ。小遣いにしときな。」
平然と歩いているお姉さんが私に近付いてきた。……有り得ないぞ。どうして動いているんだ? 止まった時間の中を動けるのは私だけのはずなのに。
「どうして……動いているんですか?」
呆然と立ち尽くす私が送った疑問に、お姉さんはレジに腰を下ろしながら応じてくる。他に動いている人は居ないし、世界は間違いなく止まっているはずだ。
「難しいことじゃないよ。私はお嬢ちゃんの世界に入り込んだだけさ。だから厳密に言えば私が動いてるんじゃなくて、お嬢ちゃんが私のことを『許容』してるんだ。お嬢ちゃんのお陰で私は珍しい体験が出来てるってわけだね。」
「……貴女は何者なんですか?」
状況からするに絶対にマグルではないし、もしかしたら人間ですらないかもしれない。私の世界に侵入するのはパチュリー様にだって出来なかったことだ。である以上、警戒すべき事態なはず。
杖とナイフを構えながら訊いた私を見て、お姉さんは戯けるように両手を上げて答えてきた。
「おっと、敵意はないよ。お嬢ちゃんはうちの馬鹿弟子の大事な友達だからね。傷付けたりはしないさ。」
「弟子? まさか、魔理沙の師匠……魅魔さんなんですか?」
「大正解だけど、呼び方は『お姉さん』のままにしておくれ。そっちの方が気分が良いからね。」
言いながらキャップを脱いで珍しい色の……濃い緑色の長髪を掻き上げた魅魔さんは、停止した世界を興味深そうに観察しながら会話を続ける。
「しっかし、凄い力だね。永く生きてきたが、こういう力を持ってる人間は初めて見たよ。あのバカはつくづく面白い能力を持った人間に縁があるじゃないか。『浮く』巫女といい、時を止めるお嬢ちゃんといい、これも一つの才能かもしれないね。」
「えっと、魔理沙に会いに来たんですか?」
「いいや、バカ弟子には会わないさ。あいつは一人で修行を頑張るって宣言して、私はそれを認めたからね。私の方からそれを破るわけにはいかないだろう?」
ほんの少しだけ寂しそうな顔……きっと私じゃなければ気付けなかったであろう、魔理沙が魅魔さんのことを思い出す時そっくりの顔を見て、ナイフと杖をそっと仕舞う。大丈夫そうだな。この人は間違いなく魔理沙の師匠だ。だって、無駄に強がりなところが良く似ているのだから。
「魅魔さんに会いたがってましたよ、魔理沙。口には出しませんし、上手く隠してますけど、私には分かります。」
「『魅魔さん』じゃなくて『お姉さん』だ。……あのバカにはまだ会えないさ。里心は修行の大敵だからね。あいつが胸を張って修行の成果を持って帰ってくる時を待つことにするよ。」
「……師弟だけあってそっくりですね。決めたら絶対に曲げないところとか、妙な部分に対して律儀なところとかが。」
少しだけ呆れながら言ってみると、魅魔さんはポリポリと頬を掻いて苦笑した後、気を取り直すように手を叩いて話題を変えてきた。
「まあほら、バカ弟子の話はいいんだよ。今日は別の話をしに来たんだから。……お嬢ちゃんは予想が付くかい?」
「『魔女の妖怪』のことですか?」
「ああ、その通りさ。正直言って、最初は手助けしてやるつもりなんか無かったんだけどね。コウモリ娘にも人形の魔女にもこの前手を貸してやったばかりだから、今回は黙って見物してようと思ってたんだ。」
香港自治区の時のことを言っているのかな? 去年の旅行のことを思い出している私に、魅魔さんは困ったような表情で続きを語る。
「だけど、一番世話になってるお嬢ちゃんに何の礼もしてないことに気付いたんだよ。こんなんでも一応保護者だからね。うちのバカ弟子に良くしてもらってるのに、知らん振りしたままなのは薄情なんじゃないかと思い直したわけさ。」
「私に、ですか。」
「そうだ、お嬢ちゃんにだ。……実はね、私はお嬢ちゃんたちが探している妖怪に二度会ってるんだよ。当時の新大陸に居た本物の魔女は私だけだったからね。『仲間』を見つけたとでも思ったんだろうさ。ボロボロの格好で私のねぐらを訪ねてきて、いきなり自分の境遇を語り始めたんだ。弟子入りしたいとも言われたっけな。」
「ちょ、ちょっと待ってください。今メモを──」
急に重要そうなことを語り始めた魅魔さんに、ポケットを探りながら制止の言葉を飛ばすが……ああもう、待ってって言ってるじゃないか。魅魔さんは構わず『昔話』を続けてしまう。
「だが、あの小娘は明らかに魔女じゃなかった。魔女にとって必須である『主題』を持っていなかったからね。何も目指してない魔女なんて魔女じゃないんだよ。……だからまあ、当時の私は無下に追っ払っちゃったわけさ。何でかはもう忘れたが、あの日の私はとにかく機嫌が悪かったんだ。結構こっ酷く追い返したのを覚えてるよ。」
『当時』というのはいつのことなんだろうか? 口を挟むタイミングを計っている私に対して、肩を竦めながら薄く笑った魅魔さんはピンと人差し指を立ててきた。ここからが面白いと言わんばかりの表情だ。
「そんでもって、次に会ったのはその百年後くらいだ。ちょうど合衆国憲法が制定された頃、本拠地を首都のニューヨークに移した私の店にひょっこり現れたんだよ。随分と小綺麗な格好になってたし、口調からも田舎臭さが抜けてたから、最初は誰だかさっぱり分からなかったんだが……そういえばちょっと前に自称魔女が訪ねてきたことを思い出してね。」
「合衆国憲法ってことは……ええと、十八世紀の終わり頃ですよね?」
ということは、初めて訪ねてきた時というのは1690年前後か。……まあ、魅魔さんにとっての百年後『くらい』にどれだけ振れ幅があるのかにもよるけど。
「おや、よく勉強してるじゃないか。それで合ってるよ。……その日の私はコーヒーが上手く淹れられて気分が良かったから、詳しく話を聞いてやったんだ。そしたらやれ人形が好きだからそれを主題にしただの、人間は信用できないから嫌いだのって延々つまらん話をした後、また『弟子にしてください』って言われたんだよ。」
「弟子にしたんですか?」
「はん、まさか。断ったさ。魔女としてはまだ欠けてるものがあったからね。先達の人外らしく適当で無責任な説教をしてやったよ。どこがダメなのかを懇切丁寧に教えてやったってわけだ。」
つまり、例の魔女は二回も『門前払い』を食らったのか。でも、魅魔さんは魔理沙は弟子にしている。ただの人間である魔理沙を。何が違ったのかと考えていると、魅魔さんは嘗ての魔女の妖怪に関する話を締めてきた。
「そしたら意気消沈した顔で慌てて出て行って、それ以来一度も訪ねてこなかったよ。妖怪の社会にも馴染めてなかったみたいだし、以降それらしい噂は全く聞かなかったね。……ま、私の実体験としての関わりはそれだけさ。とはいえ、これだけだと大した情報にならないだろう? だから今日はこれを持ってきたんだ。」
言いながら魅魔さんがポケットから出したのは、小瓶に入った見慣れた銀の糸……記憶だ。ひょいと放られたそれをキャッチしてまじまじと見つめる私に、緑髪の大魔女は詳しい説明を寄越してくる。
「そいつは今話した二つの場面の記憶さ。最初に会った時は聞いてもいない身の上話を語ってきたし、二度目の時はあの小娘の根幹に迫る話をした。どうやら結構な嘘吐きらしいが、この二つの記憶で語ってるのは多分本音だ。多少は参考になると思うよ。」
「根幹? どういう意味ですか?」
「それは見てのお楽しみだ。……一回見たら消えるようになってるから気を付けな。自分の記憶を残すのは好きじゃないからね。今回は特別サービスさ。」
「……あの、ありがとうございます。」
ぺこりとお辞儀をしながらお礼を言うと、魅魔さんは購入した鹿肉をひょいと掴んで別れを告げてきた。掴み所のない、気まぐれな猫のような笑顔でだ。
「用心するんだよ、お嬢ちゃん。私がこうして侵入できたように、お嬢ちゃんの能力をどうにか出来る存在ってのは結構居るからね。どんな強力な能力もただ使うだけじゃあダメなんだ。工夫してこそ本当の力になるのさ。」
「はい、覚えておきます。」
「それじゃ、コウモリ娘と、人形の魔女と……まあその、バカ弟子にもよろしく言っといてくれ。ちゃんと学ぶまでは帰ってくるなってね。」
ちょびっとだけ照れ臭そうな声でそう言った魅魔さんは、ひらひら背中越しに手を振りながら遠ざかると……私が瞬きした間に姿を消してしまう。なんだかカッコいい感じの魔女さんだったな。魔理沙もいつかあんな風になるんだろうか?
意外な出会いと、意外な成果。手に持った記憶が入った小瓶を見つめながら、サクヤ・ヴェイユは早く帰って知らせなきゃと荷物に向き直るのだった。