Game of Vampire   作:のみみず@白月

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五人

 

 

「うん、だから僕たちも早めに切り上げて帰ってきたんだ。……いや、別に楽しめなかったわけじゃないんだよ? 充分すぎるほど色んな場所には行けたから。シリウスも満足してたみたいだしね。」

 

うーむ、悪いことしたな。ブラックとの大陸旅行についてを語るハリーを前に、アンネリーゼ・バートリは珍しく申し訳ない気分になっていた。つまり、彼は指名手配騒動を気にして予定を繰り上げて帰ってきてしまったらしいのだ。方々に迷惑をかけまくってるじゃないか、ホームズのやつ。

 

八月が終わりそうな夏の日の午後、私たち新七年生四人組は新学期の教材を揃えるために、ダイアゴン横丁でいつものお買い物会を開いているのだ。漏れ鍋でハーマイオニーが合流した時はジニーとルーナも一緒だったのだが、今は私たちとは別行動をしている。二人で洋服を見に行くつもりらしい。

 

モリーが一緒じゃないのは珍しいなと考えている私を他所に、ロンがうんざりした顔で相槌を打った。ちなみに私たちが居るのは毎年休憩に使っているカフェの店内だ。今年はえらくきっちり指定されていた魔法薬学の消耗品の補充を済ませて、教科書を買いに行く前に小休止しているのである。

 

「僕も一緒に行きたかったよ。家に居るとママが無理やり『手紙攻撃』の手伝いをさせてくるからさ。最近はどの店でも吼えメールが品切れになってるんだって。ママと同じようなことをやってるヤツが居るに違いないぜ。つまり、吼えエアメールの絨毯爆撃を。」

 

「あら、私も書いたわよ。吼えメールじゃなくてきちんとした抗議の手紙をね。連盟の捜査制度を曲解して利用したりとか、他国の主権への侵害を行なったりとか、そういう部分に対する抗議文を羊皮紙三巻き分書いてやったの。」

 

「賭けてもいいけど、マクーザは読まずに捨てたと思うぞ。ママがやり過ぎなのはともかくとして、強制的に『聞かせる』ならやっぱり吼えメールが一番だよ。兄貴たちがもっと強力な手紙を開発しようとしてるから、それが出たらトップが入れ替わるかもしれないけどな。」

 

「貴方ったら少し前までは吼えメールが大嫌いだったのに、随分と大人になったじゃないの。」

 

双子が作る吼えメールの『上位互換』か。悪夢のような話だな。呆れたようにハーマイオニーが返事を返したところで、ハリーがアイスココアを飲みながら問いを投げてきた。心配そうな表情だ。

 

「だけどさ、リーゼは堂々と出歩いちゃって大丈夫なの? マーガトロイド先生もサクヤもマリサも家に閉じこもってるんでしょ? マクーザの捜査官は手掛かりが掴めなくて焦ってるだろうし、そうなったらリーゼを標的にするんじゃない? フランスで一緒に居るところを見られたって言ってたしさ。」

 

「国際保安局の連中に詰め寄られたらか弱い少女を演じるさ。イギリス魔法界が誇るダイアゴン横丁のど真ん中で、翼付きの吸血鬼を『強制連行』しようとしたらどうなると思う? それこそこっちの思う壺だよ。スキーターがすっ飛んでくるんじゃないかな。」

 

「あー……それは確かに騒ぎになるかもね。相手がリーゼなら本当に連行するのは不可能だろうし。」

 

「そういうことさ。……まあ、アリスのことはそこまで心配しなくてもいいよ。時間はこっちの味方だからね。向こうは大半の札を切っちゃっただろうし、ここを凌げば次はこっちの番だ。」

 

先日咲夜が魅魔から渡されたという記憶。ホグワーツに行ったらそれを憂いの篩で確認してみる予定なのだ。あの魔女は大嘘吐きで気まぐれだが、わざわざ無駄なことはしないはず。恐らく記憶の中には『魔女の妖怪』に繋がる何かしらの情報があるのだろう。

 

アイスティーをストローで吸いながら考えていると、ハーマイオニーが然もありなんと同意してくる。彼女もホームズ側の攻勢は息が長いものではないと考えているらしい。

 

「そうね、こんな状況が長続きするはずないわ。時が経てば経つほどマクーザ側の綻びは大きくなっていくはずよ。そしたらきっとボーンズ大臣やスクリムジョール部長がそれに気付くでしょう。」

 

「それと、スキーターもな。……昨日の朝刊を見たか? マクーザの捜査の粗をほじくりまくってたぜ。『後付けや推測に基づく根拠が多すぎる』って書いてあった。まるで本物の報道記事みたいな内容だったよ。」

 

「私も読んだけど、あれってどうやって調べたのかしら? 思い返せば対抗試合の時もそうだったわよね? あの時と同じで他人に漏れるはずがないような話が沢山載ってたわ。創作にしてはやけに真実味がある内容だったし。」

 

「どうでもいいさ、そんなこと。今はマーガトロイド先生のピンチなんだ。スキーターが『宜しくない』ことをやってたって今だけは目を瞑るよ。」

 

首を傾げてスキーターの謎を解明しようとするハーマイオニーに、ロンが『清濁併せ呑む宣言』をしたところで……おや、マルフォイじゃないか。髪をきっちり撫で付けた青白ちゃんが通りを一人で歩いているのが目に入ってきた。なんとも暑そうなスリーピースのスーツ姿でだ。

 

「マルフォイが居るよ。買い物かな?」

 

発見したスリザリン生を窓越しに指差して報告してみると、ハリー以外の二人は何とも言えない表情でそちらを見つめる。『比較的良い子』になったマルフォイへの態度を未だに決めかねているようだ。反面ハリーはそうでもないようで、自然体で軽く応じてきた。

 

「本当だ、かなり暑そうな格好だね。やっぱり『マルフォイ家の当主』だから下手な格好は出来ないのかな?」

 

「だろうね。名家の当主で適当な格好をするのはキミの名付け親くらいだよ。マルフォイ家はまだ微妙な立場だし、他家に隙を見せるわけには……おっと、こっちに気付いたぞ。」

 

私がキビキビ歩く青白ちゃんを眺めながら話している途中、ふと振り返ったマルフォイは自分を見つめる四人が誰なのかに気付くと……立ち止まって苦い顔をした後、身を翻してカフェの入り口へと進む方向を変える。こっちに来るつもりのようだ。ジロジロ見られて怒ったか?

 

ロンとハーマイオニーが何故か居住まいを正す中、カフェに入ってきたマルフォイは私たちが囲んでいるテーブルに近付くと、若干気まずげな顔付きで挨拶を放ってきた。

 

「どうも、諸君。無視するのもなんだから挨拶をと思ってね。」

 

「やあ、マルフォイ。気遣いが出来る男になったようでなによりだよ。家の方は落ち着いたのかい?」

 

「ある程度は落ち着いたが、まだまだ忙しいことに変わりはない。……まあ、今はそちらの方が忙しいようだが。」

 

立ったままで応対してくるマルフォイに、手振りで椅子を勧めつつ返答を送る。アリスのことを言っているのだろう。立ち振る舞いといい、話題のぼかし方といい、立派に『名家の当主』をやってるみたいじゃないか。

 

「まあね、忙しくさせてもらってるよ。キミの方にも噂が入ってきてるのかい?」

 

「ああ、色々と入ってきている。……心配しなくても今の僕は選択の余地なくスカーレット派だ。である以上、マクーザとは敵対の姿勢を取るさ。」

 

「んふふ、良い選択だね。この状況を上手く利用したまえよ。私もアリスも負ける気はないから、こっちにベットしておけば配当が得られるぞ。」

 

「残念ながらイギリス魔法界はほぼ全員が同じ色にベットしているようだから、大した配当は得られないだろうな。……それとポッター、先日墓参りに来てくれたと聞いている。軽く掃除もしてくれたと。感謝しておこう。」

 

墓参り? ……あー、スネイプの墓のことか。私が一人で納得している間にも、席に着いたマルフォイへとハリーが穏やかに返した。数年前じゃ想像も出来ないような状況だな。まさかこの五人でこの時期、このカフェのテーブルを囲むことになるとは。

 

「ううん、当然のことだよ。ナルシッサさんは元気?」

 

「壮健だ。最近は僕が動けるようになってきたから、父上たちのことを整理するのに集中できている。……クィディッチのことについては知っているか?」

 

「クィディッチ? ……そういえば今学期はマルフォイがスリザリンのキャプテンなんだよね? そのこと?」

 

きょとんとしながらハリーが飛ばした疑問に、マルフォイは首を横に振って答える。

 

「今年は恐らく学内のリーグは中止になるぞ。国際間で試合をするようなんだ。」

 

「国際間で?」

 

「そうだ。『七大魔法学校対抗トーナメント』と銘打って、各校の代表チームでトーナメント戦をするらしい。参加校はホグワーツ、ダームストラング、ボーバトン、マホウトコロ、ワガドゥ、イルヴァーモーニー、カステロブルーシュの七校で、一年間かけて順次試合を行うと聞いている。まだ公式発表はされていないが、連盟内の知り合いが教えてくれたんだ。」

 

あーっと、そういえばそんな話があったな。アリスの騒動で完全に忘れていたぞ。ハグリッドとの会話を思い出している私を尻目に、ロンが我慢できないといった様子でマルフォイに質問を投げかけた。

 

「ちょっと待ってくれ、四年生の時みたいなイベントがあるってことか? こんなゴタゴタしてる時に?」

 

「そもそもトーナメントの話自体は春先から進んでいたらしい。そこに北アメリカとイギリスの騒動があって、連盟はここで中止したらむしろ国際間の繋がりにヒビが入ると判断したようだ。」

 

「どうかな、私は連盟内のクィディッチ狂いどもが開催をゴリ押した線を推すけどね。」

 

「その可能性もあるが、どちらにせよ開催はほぼ確実だろう。歓迎会の時に校長から説明があって、九月中に代表選手を選ぶことになるはずだ。もし出たいなら気に留めておいた方がいいと思うぞ。」

 

私の邪推をさらりと流したマルフォイへと、ハリーが目をパチクリさせながら小さく頷く。本音で言わせてもらえばこんな時期にやらないで欲しいぞ。仲良くクィディッチを出来るような状況じゃないだろうに。

 

「うん、覚えておくよ。……マルフォイは立候補するの?」

 

「そのつもりだ。代表選手になれれば経歴に箔が付くし、何より母校が『第一回目』のトーナメントで優勝するのは僕としても望むところだからな。」

 

「そっか。……じゃあ、もしかしたら一緒にプレーできるかもしれないんだね。」

 

「かもしれないな。その時はよろしく頼む。」

 

おー、それは面白い展開だな。どっちもポジションはシーカーだが、チェイサーだってやれなくはないだろう。頷き合う二人を不思議な気分で眺めていると、ハーマイオニーが話題のレールを切り替えた。彼女は男三人ほど興味がないようだ。

 

「まあ、クィディッチについては後々公的な発表があるはずよ。……それより、新任の教師が誰になるのかを知ってる? 貴方のところには色々と情報が集まったりするのよね?」

 

「防衛術の教師はフランスから招くと聞いている。イギリスでは『まともな』応募が一切なかったらしい。薬学と変身術の詳細は不明だが、どちらも決まってはいるそうだ。」

 

「フランスから? ……イモリの年だし、貴方たちは全員闇祓いを目指すんでしょう? どれも重要な教科だから良い先生が来てくれるといいんだけど。」

 

「少なくとも魔法薬学は必要教材のリストがしっかりしていたし、そこまでおかしな教師ではないはずだ。あとは運に任せるしかないだろう。……では、僕はこれで失礼する。注文もせずに長々と居座るのは店に悪いしな。」

 

話の切れ目を受けて席を立ったマルフォイに、四人で別れの言葉を告げると……彼は私に対してポツリと助言を寄越してくる。

 

「バートリ、もしお前がボーンズ大臣と連携を取っているのであれば、もっと名家を上手く利用しろと伝えるべきだな。イギリス魔法界は徐々に実力主義の風潮が固まってきているが、連盟は未だ古い権威に弱い。名家の方も名誉挽回のチャンスを逃したくはないから、このタイミングで頼れば必死に協力してくるはずだ。」

 

「……フォーリーだけでは足りないと?」

 

「フォーリー議長の手腕に不足があるわけではないが、名家の社会というのが常に多角的に物事を判断することはお前もよく知っているだろう? 一方向からだけではダメなんだ。正面からフォーリー議長が押す間に、背後から別の誰かが相手の足を引っ張る。僕はそういう戦い方をすべきだと思うがな。」

 

「んふふ、つくづく成長したね。覚えておこう。」

 

私の首肯を確認したマルフォイは、今度こそ背を向けてカフェを出て行った。……なるほどな、地位があるフォーリーでは手が回らない『汚れ役』を誰かにやらせろということか。リドルの所為で落ち目になっている名家の人間は喜んで飛びつくだろう。たとえ汚れ役だと理解していても、それでイギリスでの地位を取り戻せるなら嬉々として実行するはずだ。

 

長らく社交界を離れていた所為で忘れていた『由緒ある足の引っ張り合い』。そのやり方を思い出して苦笑する私を他所に、ロンが感心したような顔で口を開く。

 

「……なんか、大人になったな、あいつ。ちょっと悔しいよ。先を越された気分だ。」

 

「数年前の私たちが如何に子供だったのかを実感するわね。私たちもきちんと大人になりましょうか。来年の今頃はもう働きに出てるんだから。……順当に行けば、だけど。」

 

「やめてよ、ハーマイオニー。順当に行かなかった時のことを考えちゃうから。」

 

ため息を吐きながら突っ込んだハリーを見て、ハーマイオニーとロンが苦笑いでそれぞれの飲み物に口を付ける。六年生のモラトリアムは終わり、現実と向き合う時が訪れたわけか。

 

アリスの騒動と、対抗トーナメントと、三人の就職問題。どんどん積み重なる課題にやれやれと首を振りながら、アンネリーゼ・バートリはアイスティーの氷を思いっきり噛み砕くのだった。

 


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