Game of Vampire   作:のみみず@白月

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所用により次回更新がちょっとだけ遅れそうです。申し訳ございません!


ホグワーツへ

 

 

「まあ、私のことは気にせずに学校生活を楽しんできなさい。咲夜は監督生としてしっかり下級生の面倒を見て、魔理沙はクィディッチを頑張ること。あとは二人ともフクロウ試験の存在を常に意識するようにね。魔法界に残らない貴女たちにはそれほど関係ないかもしれないけど、フクロウ試験はこれまで学び取ったことを証明する場よ。私としては一年後に良い成績を取った貴女たちを褒めてあげたいわ。だから出来れば頑張ってみて頂戴。」

 

リビングの暖炉の前に立った私と咲夜に言葉をかけてくるアリスへと、霧雨魔理沙は大きく頷きを返していた。心配しなくたって全部頑張るさ。イモリを受ける気がない私にとっては、今年のフクロウが最初で最後の『力試し』の場だ。この前魅魔様に会った咲夜が『ちゃんと学ぶことを期待してた』って言ってたし、だったら手を抜くわけにはいかないだろう。

 

今年も新学期が始まる九月一日の午前中、私たちはホグワーツに戻るべくキングズクロス駅へと出発する直前なのだ。ダイアゴン横丁を出歩けないので学用品は買えなかったが、必要な物は代わりにリーゼが揃えてくれているはず。教科書や消耗品なんかはホグワーツ特急の中で受け取ることになっている。

 

着替えの手間を省くために既に制服を着ている私たちへと、今度はアリスの隣のエマが声をかけてきた。いつものふにゃりとした笑顔でだ。

 

「アリスちゃんのことは私が守りますから、心配しないで学業に専念してくださいね。それと……はい、お弁当です。列車の中で食べてください。」

 

「あんがとよ、エマ。行ってくるぜ。」

 

「ありがとうございます、エマさん。……アリス、憂いの篩で記憶を確認したら連絡するからね。」

 

ほんのり温かい大きめのランチボックスをそれぞれ手にした後、咲夜が心配そうな表情で送った発言に対して、アリスは首肯しながら笑顔で口を開く。

 

「ええ、任せたわ。安全な連絡の方法はリーゼ様が知ってるはずだから、私に何か用がある時は彼女に頼んで頂戴。」

 

「うん、分かった。……気を付けてね。その、色々と。」

 

「大丈夫よ、こっちのことはこっちで何とかしてみせるわ。……ほら、もう行かないと列車が出ちゃうわよ?」

 

「ん、行ってきます。」

 

背を押してくるアリスに促されて、先ずは咲夜が緑の炎と共に姿を消す。それに続いて私も暖炉に入ってから、フルーパウダー片手に別れの挨拶を放った。

 

「よう、アリス。いざとなったら幻想郷に逃げ込んじゃえよな。お前も知ってるだろうけど、あの土地を管理してるのは文字通り桁外れの連中なんだ。強力な結界もあるし、向こうに行っちまえば『魔女の妖怪』とやらだって易々と手出しできなくなるはずだぜ。」

 

「最終手段としては候補に入れてあるわ。だけど、ホームズの存在は軽々に無視できないでしょう? 人外が魔法界に悪さをしようとしているなら、それを止めるべきなのもまた人外よ。魔法界は私の故郷だし、ギリギリまでは粘ってみるつもりなの。」

 

「その気持ちは分からんでもないが、私が言いたいのは無茶するなってことだよ。最悪リーゼ単独でもケリを付けられるかもしれないだろ? ヤバいと思ったら迷わず逃げろよな。」

 

「そんなに心配しなくても逃げ時の判断くらいは出来るわよ。……行ってらっしゃい、魔理沙。今年は魔法史も頑張るように。」

 

「残念だが、それだけは約束できんな。……んじゃ、行ってくるぜ。9と3/4番線!」

 

他の授業は面白いものの、魔法史だけは教師の癖も相俟ってどうしても興味が湧かんのだ。小言を言われる前にと慌ててフルーパウダーを足元にぶん投げて、行き先をはっきり口に出してみれば……おー、混んでるな。一瞬の移動の後、混み合う駅のホームの光景が視界に映る。

 

先に到着した咲夜はどこかと視線を彷徨わせていると、急に誰かに手を掴まれて引っ張られた。びっくりしたぞ。

 

「うぉっと……シリウス? いきなりどうしたんだ?」

 

「いいから来るんだ、マリサ。急がないとハイエナどもが噛み付いてくるぞ。」

 

「『ハイエナ』?」

 

どういう意味かとシリウスの見ている方向に目を向けてみれば……うお、フリーマンだ。マクーザの捜査官が私の方に来ようと必死に人混みを掻き分けている。わざわざホームで張り込んでいたらしい。

 

「退いてください、我々は保安官です! 退いて……退いてください! 何故こっちに寄ってくるんですか! ハドソン、私に構うな! 列車に入られる前にあの少女を確保──」

 

「でも次局長、私も動け……動けません!」

 

何やってんだよ、本当に。引き寄せ呪文でもかかっているかのように纏わり付く『善良な一般市民』たちを、フリーマンら四名の捜査官は物凄い形相で押し退けようとしているが……まあ、あの数じゃ無理だろ。次第におしくらまんじゅうの中心へと姿を消していった。もう殆どコントだな。

 

「あー……後でお礼を言っといてくれよ。悪しき違法捜査を妨害した勇敢なる市民たちにさ。」

 

「気にしなくていいと思うがね。皆嬉々として協力してくれたわけなんだから。……そら、列車の中に入ればもう安全だ。ホームは『イギリス魔法界』だが、列車の中は『ホグワーツ』だからね。連盟の捜査権ではホグワーツの自治権を侵害することは出来ないのさ。」

 

「咲夜はもう中なのか?」

 

「君の前にモリーが引き摺って行ったから、既に中に居るはずだ。……クィディッチを頑張れよ、マリサ。君の飛びっぷりならホグワーツの代表選手も夢じゃないはずだ。フランドールの分まで私やリーマスも応援に行くつもりだから、最強の学校が何処なのかを他校の連中に教えてやってくれ。」

 

「へ? ……ああ、頑張るぜ。」

 

最強の学校? よく分からんことを言ってきたシリウスの勢いに押されて頷いた後、真紅の列車に入って咲夜の姿を探す。……ちらりと振り返った時に見えたが、フリーマンは足に満面の笑みでしがみついている三歳くらいの女の子を引き剥がそうと四苦八苦しているようだ。

 

家族の誰かを見送りに来たらしいその少女は、詳しい事情を知らずに遊びだとでも思っているのだろう。楽しそうな幼い女の子を強引に払い退けるわけにもいかず、フリーマンは眼鏡をずり下げながら困り顔を浮かべている。あいつはそこまで悪いヤツじゃないのかもしれんな。ホームズの指示に従っている任務に忠実な部下ってとこか。

 

多分イギリスが世界で一番嫌いな国に躍り出たであろうアメリカ人を尻目に、コンパートメントを覗き込みながら通路を歩いていると、やおら背後からポンと肩を叩かれた。

 

「やあ、マリサ。久し振りだね。」

 

「おっ、ネビルじゃんか。久し振りだな。夏休みは楽しめたか?」

 

振り返った先に居た今年七年生のちょっとドジな先輩に返事をしてみると、ネビルは笑顔で夏休みの出来事を語ってくる。さすがに最上級生ともなるとキリッとして見えるな。当時を知らない下級生たちは、ネビルの『ドジ武勇伝』を信じてくれないかもしれないぞ。

 

「うん、ばあちゃんが『例のあの人撲滅記念旅行』に連れて行ってくれてさ。ドイツの魔法植物園とか、小鬼の銀行の本店とかに行けたんだ。……それより、マーガトロイド先生は大丈夫なの?」

 

「あー、そうだな。もちろん大丈夫ではないが、マクーザの捜査官に見つかってもいないぜ。外出できないのが目下の問題って感じだ。」

 

「そっか。……ばあちゃん、怒ってたよ。あんなに怒ったのは久々に見たくらいに。何か困ったことがあったら言ってね。僕に出来ることなんか高が知れてるけど、少しくらいなら協力できるから。」

 

「あんがとよ、ネビル。」

 

穏やかな表情で請け負ってくれたネビルは、通路の先を指差しながら追加の助言を寄越してきた。

 

「それと、アンネリーゼを探してるなら一個向こうの車両に居たよ。いつものメンバーも一緒にね。」

 

「お、そっか。行ってみるぜ。」

 

咲夜もどうせリーゼを探すだろうし、先にそっちと合流しておくか。ネビルに手を振って別れた後、アリスのことを心配してくる数名の生徒の質問をやり過ごしてから、吸血鬼と人間四人が同乗しているコンパートメントのドアを開く。

 

「おっす、来たぜ。」

 

「あら、マリサ。大丈夫だった? マクーザの捜査官がホームに居たみたいだけど。」

 

「シリウスと『勇敢な市民たち』が助けてくれたからな。咲夜ももう乗り込んでるはずだ。」

 

ハリーの隣に座っているジニーに返答を返した私に、リーゼが窓の外を指しながら声を上げた。お得意の底意地が悪そうな笑みでだ。

 

「ちょうどそこにフリーマンが居るぞ。手を振ってあげたまえよ。わざわざ見送りに来てくれたわけなんだから。」

 

「趣味が悪いわよ、リーゼ。この前もダイアゴン横丁で散々煽ってたじゃないの。」

 

「ああいう手合いはイジめたくなるんだよ。……おや、ガキどもに服を引っ張られてるぞ。親が叩くと子も叩くわけか。教育の重要性がよく分かるね。」

 

「うーん、さすがに可哀想になってくるわね。」

 

ハーマイオニーの言う通り、フリーマンの現在の状況は同情に値するものになっている。なにせ十名ほどの子供に取り囲まれて殴ったり引っ張られたりしているのだ。あの歳の子であれば痛くも痒くもないはずだが、精神的には来るものがあるだろう。

 

『鬱憤晴らしのマスコットキャラ』と化しているフリーマンが恨めしそうにこちらを見る中、ニコニコ顔でそちらに手を振っていたリーゼがトランクを示して指示を出してきた。楽しそうだな。吸血鬼の性格の悪さは不治の病なわけか。

 

「キミと咲夜の学用品はそこに入ってるから、必要な物を移し替えておきたまえ。」

 

「おう、分かった。……そういえば、今年はクィディッチ関係の何かがあるのか? さっきシリウスがそれっぽいことを言ってたんだが。」

 

ジニーとハーマイオニーに荷物の整理を手伝ってもらいながら問いかけてみると、ロンが疑問の答えを教えてくれる。しょんぼりした表情でだ。

 

「七大魔法学校対抗の国際トーナメント戦をやるんだってさ。だから学内のリーグは多分中止だ。……僕は最終学年にクィディッチ無しってわけだよ。」

 

「おいおい、嘘だろ? ってことは私も無しか?」

 

「マリサの腕ならチェイサー枠で代表の選抜を抜けられるんじゃないかな。僕は絶望的だけどね。」

 

「あーっと、つまり学校全体から七人選出するってことか。……狭い枠だな。特にチェイサーは転向が簡単なだけにキツいぞ。かなりの人数が応募してくることになるはずだ。」

 

そういうことなら勿論代表を目指す。目指しはするが……校内全体で三人しかない枠を狙わないといけないのかよ。厳しい顔で黙考する私に、ハリーが補足を述べてきた。ハリーは当然シーカーの枠を狙うだろうし、身内の贔屓抜きにしても校内最優のシーカーは彼だ。だからまあ、他寮のシーカーがチェイサーに流れてくることも考えられるだろう。

 

「まだ詳しいことは全然分からないけど、多分そうなるんじゃないかな。……最有力の優勝候補はやっぱりマホウトコロだよね?」

 

「だと思うよ。私がカンファレンスで行った時に見た限りでは、マホウトコロの連中は軒並みクィディッチに『イカれてる』からね。」

 

「まあ、詳細は夜の歓迎会でマクゴナガル先生が教えてくれるでしょ。……あーあ、私も代表チームに入るのはキツいかなぁ。一応挑んではみるけどさ。」

 

然もありなんと語ったリーゼに対して、残念そうな表情のジニーが愚痴を漏らしたところで……甲高い出発の汽笛が鳴ると共に、咲夜がドアを開けてコンパートメントに入ってくる。

 

「あ、ここに居た。探したんだけど? 魔理沙。」

 

「悪い悪い、先にこっちを見つけちまったんだ。ほら、お前の荷物も分けといたぞ。すぐ監督生のコンパートメントに行かなきゃいけないんだろ? ちゃちゃっと移しておけよ。」

 

「はいはい、今やるわ。……お久し振りです、皆さん。」

 

私に向けるものとは大違いの態度で七年生組に挨拶した後、ジニーとぱちんとタッチしてから荷物の整理を始めた咲夜に、リーゼが軽く言葉を投げかけた。

 

「記憶に関しては学校に到着してからで大丈夫だから、今は監督生の仕事に集中していいよ。真面目にやらないと赤毛のノッポ君みたいになっちゃうからね。」

 

「……リーゼ、それって僕のことか?」

 

「他に誰が居るんだい? 『名ばかり監督生』の汚名を返上したいのであれば、今年こそ業務を頑張りたまえ。」

 

「まあうん、今年は忙しいからな。後任の連中にも経験が必要だろうし、ほどほどに頑張るよ。」

 

不真面目な自覚はあるらしいロンがボソボソと言い訳を口にしたのを受けて、真面目筆頭のハーマイオニーがぷんすか文句を言い始める。

 

「どんなに忙しくても『徹底的に頑張る』のよ、ロン。最上級生の監督生というのは全ての生徒の模範だわ。変なことをしたらタダじゃおかないわよ。」

 

「……ほら見ろ、リーゼが余計なことを言うから火がついちゃったじゃないか。」

 

「どうせ集会の途中くらいで演説が始まるんだから、今のうちからウォーミングアップをさせておくべきなのさ。準備運動は大切だからね。」

 

更なる『余計なこと』を言うリーゼにハーマイオニーがジト目を向けたところで、手早く荷物の整理を終えた咲夜がゆっくりと立ち上がった。

 

「それじゃあ、早めに監督生のコンパートメントに行っておきますね。終わったら戻ってきます。」

 

「私たちも行くわ。貴方も立つのよ、ロン。」

 

「僕らは一番年上なんだし、別に急がなくても……分かったよ、分かったから服を引っ張らないでくれ。ただでさえヨレちゃってるんだから。」

 

意気揚々と真面目君たちの集会に赴く咲夜と、ハーマイオニーに『連行』されていくロン。監督生三人が居なくなって広くなったコンパートメントの中で、ハリーにクィディッチの話題を振ろうとするが……何だあいつは。カーテンを閉めていないドアのガラス越しに、怪しすぎる人影が通路を横切るのが目に入ってくる。

 

真っ黒なフード付きの分厚いローブを着ていて、目深に下されたフードから覗く顔はまるで骸骨のようだ。百人中百人が闇の魔法使いだと判断しそうな見た目の初老の男は、幽鬼のような真っ白な顔をこちらに向けると、猫背のぎこちない動作でお辞儀してから通り過ぎて行った。満月のような黄色い瞳が実に不気味だったな。

 

「……あいつ、まさか新任の教師か? 子供を大鍋で煮て食ってそうな見た目だったが。」

 

「何て言うか、凄く……闇の魔法使いっぽかったね。本物の死喰い人よりも『死喰い人らしい』人は初めて見たよ。実際に死喰い人だったって可能性はあるけどさ。」

 

「全財産賭けてもいいけど、スリザリン出身の魔法使いよ。別にそれが悪いとは言わないけど、どう見てもスリザリンな雰囲気だったわ。」

 

私、ハリー、ジニーの順で発された感想を聞いて、最後にリーゼがやれやれと首を振りながら総括してくる。

 

「亡きダンブルドアに祈ろうじゃないか。あいつが闇の魔法使いじゃなくて、イモリやフクロウの対策を教えてくれる真っ当な教師で、生徒を殺して食おうとしていないことを。私は最低でもどれか一つは外れてると思うけどね。」

 

まあ、自信を持ってそうならないとは言えないようなヤツだったな。人を見た目で判断するのは好きじゃないが、さっきの男はあまりにもあんまりだったぞ。マクゴナガルは何を考えて教師に任命したんだ?

 

今年も何かが起きそうな予感をひしひしと感じつつ、霧雨魔理沙は一年くらい穏やかな学生生活があってもいいんじゃないかとため息を吐くのだった。

 


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