Game of Vampire   作:のみみず@白月

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パクパク

 

 

「あーら、ヴェイユ。元気そうで何よりよ。私、今年はモナコ旅行に行ったの。地中海の風は心地よかったわ。私に合ってるみたい。」

 

相変わらず元気なヤツだな。ウェーブがかった黒髪をわざとらしく靡かせながら隣に座ってきたベインへと、サクヤ・ヴェイユはうんざりした気分で返答を放っていた。地中海だろうがイギリスだろうが風は変わらないと思うぞ。塩っ気のことを言っているのか?

 

「おはよう、ベイン。今日は曇り空だけど、貴女の頭はお天気みたいね。眩しいからどっかに行って頂戴。」

 

「あら? ひょっとして監督生バッジを手に入れて調子に乗ってるのかしら? それともモナコが羨ましくて嫌味を言ってるの?」

 

「どっちでもないわ。単に寄ってくる虫を追っ払ってるだけよ。」

 

皿の上のオムレツを粛々と細かくしながら答えてやれば、ベインはサラダのトングに手を伸ばして『無駄話』を続けてくる。歓迎会から一夜明け、授業日初日の朝ごはんを食べている最中なのだ。魔理沙は向かいで苦笑しており、ジニーはポッター先輩たちとクィディッチ談義を行っていて、ハーマイオニー先輩は新入生たちに朝食のルールを教えているらしい。

 

「水平線に沈む夕陽、美しい夜景、豪華な食事。最高だったわ。……どう? 羨ましくなってきた?」

 

「全然ならないわ。貴女の旅行に比べれば、このオムレツの中に入っているのが牛肉なのか豚肉なのかの方が気になるわね。」

 

「ふん、強がりね。私には分かるわ。……貴女の大事なお嬢様は何処に行っちゃったの? くっ付いてないなんて珍しいじゃない。」

 

「マクゴナガル先生とお話し中よ。食事は黙って食べなさい、ベイン。モナコがどうだったかは知らないけど、イギリスにはテーブルマナーってものがあるんだから。」

 

必要以上に美しい所作でオムレツを食べてやると、ベインは徐々に苛々してきた様子でサラダにフォークを突き立てた。リーゼお嬢様はアリスのことをマクゴナガル先生に説明しているのだ。憂いの篩の使用許可についても話すと言っていたし、今日か明日には魅魔さんから渡された記憶を確認できるだろう。

 

何か敵の魔女に関することが判明するといいなと考えながら口をもぐもぐさせていると、ベインが若干バツが悪そうな顔付きで話題を変えてくる。

 

「……マーガトロイド先生のことはどうなのよ。マクーザの人たちが探してるんでしょう?」

 

「あんな連中にアリスを見つけられっこないわ。……まさか、貴女はアリスが殺人犯だと思ってるの?」

 

「思ってるわけないでしょ! あんなお洒落な人が殺人なんかするわけないじゃないの! 失礼なこと言わないでくれる?」

 

何だその判断基準は。勢いよくそう主張したベインは、視線を逸らしながら小さな声を追加してきた。

 

「私が言いたいのは、マーガトロイド先生のことを本気で疑ってる生徒なんかグリフィンドールに居ないってことよ。だから貴女たちは堂々としてればいいんじゃないのって思っただけ。」

 

「……もしかして、励まそうとしてる?」

 

「違うわよ! 私はただ……そう、旅行。旅行の自慢をしに来たの! ついでに『事実』を教えてやっただけでしょ。私が貴女を励ますわけないじゃないの。本当に失礼な人ね。不愉快だから友達のところに戻るわ!」

 

やたら早口で言い切ったかと思えば、ベインはサラダを持ってテーブルの離れた場所へと行ってしまう。その背をきょとんと見ている私に、魔理沙がくつくつ笑いながら話しかけてきた。

 

「心配してくれたみたいじゃんか。不器用にも程があるぜ、ロミルダのやつ。」

 

「……そうね、不器用すぎるわ。」

 

そんなんじゃあ素直にお礼を言えないじゃないか。何故かさっきよりちょびっとだけ美味しく感じるオムレツを食べながら、魔理沙にボソボソと返したところで……今度は彼女の方にレイブンクローの男子生徒が声をかける。同学年のミルウッドだ。

 

「やあ、マリサ。久し振りだね。元気だった?」

 

「おう、ミルウッド。頗る元気だぜ。わざわざどうしたんだ?」

 

「あー……いや、大したことじゃないんだけどね。ほら、マーガトロイド先生のこと。マリサが親しくしてたのを知ってるからさ。だからその、伝えておこうと思って。レイブンクロー生は誰も疑ってないし、マクーザの強引なやり方に怒ってるってことを。」

 

レイブンクローのテーブルを示しながら言ったミルウッドは、魔理沙の返事を聞く間も無く少し赤い顔で話を締めてしまう。

 

「何て言うか、困ったら僕たちレイブンクロー生も味方になれるから。マーガトロイド先生はレイブンクローの大先輩だからね。それを一応言っておこうと思っただけなんだ。それと、クィディッチの選抜も応援してるよ。」

 

言うとすぐさま小走りで大広間を出て行くミルウッドを見送った後、魔理沙と二人で顔を見合わせた。どうしてあんなに急いでいたんだろうか?

 

「変な雰囲気だったけど……まあ、ミルウッドも励ましてくれたみたいね。」

 

「だな、今度お礼を言っとくよ。アリスの人気は衰えてないみたいじゃんか。」

 

魔理沙の言う通り、生徒の大半はアリスが無実であることに疑いを持っておらず、むしろマクーザのやり方に怒っているようだ。フィネガン先輩なんかは昨日の夜、自分がいかに大量の指名手配書をダイアゴン横丁から撤去したかを談話室で自慢していた。基本的に貼り付けた直後に住人たちが剥がしてしまう所為で、手付かずの物を見つけ出すのは難しいんだとか。

 

訳の分からない状況になってきている『指名手配騒動』を思ってため息を吐いていると、ようやく新入生たちへの注意を終えたらしいハーマイオニー先輩が私の隣に座り込む。可哀想な一年生たちはやっと朝食が食べられることにホッとしているようだ。

 

「今年も良い子が多くて助かったわ。去年入ってきた二年生もそうだったし、連続して穏やかなのは珍しいわね。」

 

「でもよ、面白いのが一人居るじゃんか。オリバンダー家の『ムスッとちゃん』がよ。」

 

「話はちゃんと聞いてくれてたし、別に悪い子ではない……はずよ。去年のアレシアとは違った意味で孤立気味だけど。」

 

「常に仏頂面だもんな。あれじゃあ気軽に話しかけるのは難しいぜ。」

 

確かに無愛想すぎる感じはあるな。このままで大丈夫なんだろうか? 一人で黙々とサンドイッチを食べている大柄な一年生を横目に心配していると、ハーマイオニー先輩が話題を切り替えた。

 

「まあ、オリバンダーに関しては少し経過を見てみましょう。……貴女たちは新任の先生の授業ってある? 七年生は今日変身術があって、金曜日に防衛術、魔法薬学は来週までお預けなんだけど。」

 

「こっちは午前中の最後が薬学だな。そんでもって明後日に防衛術があるみたいだ。」

 

「後で薬学の感想を聞かせて頂戴。随分と、その……『特徴的』な先生だったし、どんな授業になるのか気になるわ。」

 

「いいけど、初日はどこも様子見になるんじゃないか? あんまり参考にはならんと思うぜ。」

 

大きなソーセージを齧りながら放った魔理沙の言葉に、ハーマイオニー先輩は曖昧に首肯して結論を述べる。

 

「まあそうね、どちらにせよ今月中にはどんな先生なのかが判断できるでしょう。……あら、もうこんな時間? 早く食べて授業に行かないと。貴女たちも急いだ方がいいわよ。」

 

そう言って物凄い早さで食事を片付けたハーマイオニー先輩が、公開試験の話し合いに夢中で全然食事が進んでいないポッター先輩たちを急かしに行くのを尻目に、私と魔理沙もせっせと皿を空にしていく。……飼育学の次はあの黒ローブの人の授業か。ちょっとだけ不安になってくるな。

 

それでも朝食の時間が削られて焦っている新入生たちよりはマシだと自分を励ましつつ、サクヤ・ヴェイユはマグカップの中のスープを飲み干して一息つくのだった。

 

 

─────

 

 

「どうも、可愛い生徒たち。改めて自己紹介をしておきましょうか。私はブッチャー、メイナード・ブッチャーです。……どうぞよろしく。」

 

『邪悪な魔法使い』を絵に描いたような笑みで自己紹介してくるブッチャーを前に、霧雨魔理沙はぷるりと背筋を震わせていた。一コマ目の授業でハッフルパフの一年生が泣いたっていうのは嘘じゃないらしいな。そりゃあ泣くだろ、こんなもん。そこらのゴーストなんかじゃ相手にならないレベルの不気味さだぞ。

 

今年も新学期一発目だった飼育学を終え、続けて迎えた午前最後の授業。いつもの地下教室で始まった魔法薬学の初回授業は、もう既にお通夜のような雰囲気になっている。理由はもちろんブッチャーの薄気味悪さだ。教壇に立った時の『ヒヒッ』という笑い方といい、猫背で黒ローブという怪しい風体といい、意味もなく身体の前で動かしている青白い骨張った手といい、絵本の中から抜け出してきた悪い魔法使いそのまんまじゃないか。

 

厳しかったスネイプとは違った理由で生徒を沈黙させているブッチャーは、引きつった笑顔で授業説明を続けてきた。いきなり大声を出すことで生徒たちをビクッとさせてからだ。

 

「五年生! ……そう、五年生。皆さんは五年生です。そうでしょう? つまりそれは、大事な年だということを意味しています。何故だか分かりますか? ミス・ベイン。」

 

「それは……フクロウ試験があるから?」

 

ロミルダにしては珍しい小さな声量で放たれた回答に対して、ブッチャーはベチベチと手を鳴らしながら大仰な動作で何度も頷く。ぶっ壊れた人形みたいだな。頭がガックンガックンしているぞ。

 

「イヒッ……せ、正解です! その通り! フクロウ試験! 今年の皆さんはフクロウ試験!」

 

独特な区切り方で至極当然のことをハイテンションで語るブッチャーは、急にエネルギーが尽きたかのように元気を失くして呟き始めた。会話の緩急が凄いな。ちょびっとだけ面白くなってきたぞ。

 

「そうなんです、フクロウ試験。……きっと悩んでいるでしょう、不安でしょう。ですが、安心してください。私は努力! あなた方に良い成績を取ってもらうための努力をします。魔法薬学を分かり易く覚えてもらうための、努力を。」

 

「……何かこう、不思議な喋り方ね。意味が分からないほどじゃないんだけど、上手く頭に入ってこないわ。」

 

「同意するぜ。服のセンスや笑い方はさて置き、話が上手いタイプじゃないのは間違いなさそうだな。」

 

隣の席の咲夜とこそこそ話をしていると、続きを話そうとしたらしいブッチャーは……おい、どうした? ピタリと動きを止めたかと思えば、無言で口をパクパクし出す。目を大きく見開きながらだ。

 

「あら、故障したのかしら?」

 

「どういう言い草だよ。幾ら何でも『故障した』はないだろ。」

 

素っ頓狂な表現をする咲夜に突っ込みを入れている間にも、ブッチャーはずっと虚空を見つめながらパクパクを繰り返している。三十秒ほどその光景を生徒が為す術なく見ているという異様な状況が続いた後、ブッチャーはいきなりぐるりと黒板に向き直った。どうやら『直った』らしい。私からすれば尚も異常に見えるが。

 

「今日は復習を……復習! 髪を逆立てる薬を作りましょう。先学期にもホラス教授に、スラグホーン先生に習っていると思いますが、完璧に作れた方が嬉しいはずです。先ずは準備運動を……ヒヒッ、フクロウに向けての準備運動をしようと思います。材料はあちらに、手順はここに、質問は私に!」

 

素材棚、手順が浮き上がってきた黒板、そして自分のことをテンポ良く示したブッチャーは、困惑するグリフィンドールとハッフルパフの五年生にニタリと笑いかけるが……要するに、調合を開始しろってことか。確かにこれは分かり難いな。

 

「……材料を取ってくるから、器材を準備しといてくれ。」

 

同級生たちは様子を窺っている感じだし、誰かが動かないと事態が進行しなさそうだ。咲夜に一声かけてから素材棚に歩み寄ると、ブッチャーは黄色い満月のような瞳で私の動きをジッと追い始めた。何だよ、勝手に準備しちゃダメなのか?

 

何とも言えないやり辛さを感じつつ、生徒たちが戦々恐々と見守る中で一人材料を回収して、ブッチャーの視線に緊張しながら席に戻ってみれば……まあうん、これで正解みたいだな。特に注意されることなく一連の流れをやり終える。それを見た同級生たちもちらほらと素材棚に向かい出した。

 

「『偵察』ご苦労様。……これってペアでやっていいのかしらね?」

 

「特に言及してないってことは、個人でやれってことなんじゃないか?」

 

「でも、スラグホーン先生は同じ魔法薬をペアで作らせたわよね? ……ブッチャー先生、調合は一人で行った方がいいんでしょうか?」

 

うお、勇気あるな。ビシリと手を上げて質問した咲夜の声に、教室中が静まり返って注目する中……ブッチャーはまたしても『パクパク』した後、やがて嗄れ声で答えを口にする。

 

「調合……調合は一人です。一人で。」

 

「分かりまし──」

 

「しかし! 二人でも構いません。つまり、ペアでも。好きな方で……好きにどうぞ。」

 

「……分かりました、ありがとうございます。」

 

途中大声で遮られてさすがの咲夜も肩を震わせたものの、一瞬後には冷静な表情で礼を言って目の前のテーブルに視線を落とした。ブッチャーに質問するという勇敢な行動に同級生たちが尊敬の念を送る中、銀髪ちゃんは眉間に皺を寄せてポツリと呟く。

 

「……少なくとも質問には答えてくれるみたいね。驚かせるのはやめて欲しいけど。」

 

「手探りすぎるぞ、この授業は。ムーディが防衛術をやってた年もここまでじゃなかったよな?」

 

「厳密に言えばムーディさんは教師をやってないけどね。」

 

「そういえばそうだが……まあ、同じようなもんだろ。アグアメンティ(水よ)。」

 

ボウルに魔法で水を注いで、そこにカラカラに乾いたネズミの尻尾を入れながら肩を竦めていると……おいおいおい、何だよ! 本気でビビったぞ! ブッチャーが猛スピードで私の目の前まで駆け寄ってきた。亡者が走るのにそっくりの動きだったな。

 

「ミス・キリサメ!」

 

「……な、何だ?」

 

「ネズミの尻尾はしっかりと計算して適した量の水に浸けた方がよろしい。大量の水に浸けると必要な成分が流れ出てしまいますからね。そのことは1927年のバハーレフによる比較実験で明らかになっています。今回作る髪を逆立てる薬に必要なのは尻尾の中に含まれる目に見えない成分であって、尻尾そのものではありません。何が必要で何が不要なのかを正確に知っておけば、調合の際に細かい手順を知らなくとも自ずと適した方法が──」

 

打って変わって早口でハキハキと語り始めたブッチャーは、教室中の生徒たちが目をまん丸にして見ていることに気付くと……また押し黙ってパクパクしてから、ボソボソと喋りながら教壇に戻って行く。

 

「……イヒッ、必要な分の水量は黒板に書いてあります。計算の仕方も書いてあるので、チャレンジしてみても……水量の計算に挑んでみてもいいでしょう。それと、質問は私に。」

 

「……驚いたぜ。アレシアあたりがこの授業で気絶しないかを賭けないか? 私はする方に賭けるからさ。」

 

「それじゃあ賭けにならないでしょ。……ほら、口より手を動かす。今日はみんな真面目に調合すると思うから、適当にやってると一人だけ悪目立ちする羽目になるわよ。」

 

「あー……そうだな、そうなりそうだ。私も真面目にやっとくか。」

 

何たって、調合に失敗したら何をされるか分かったもんじゃないのだ。居残りでブッチャーと二人っきりなんて事態は是が非でも避けたいぞ。あるいは実験の『材料』にされるかもしれないし。

 

教壇から生徒たちを舐め回すように観察するブッチャーを横目に、霧雨魔理沙は今年の魔法薬学は『ハズレ』かもしれないなと苦笑するのだった。

 


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