Game of Vampire   作:のみみず@白月

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魔女の記憶

 

 

「やあ、二人とも。記憶はちゃんと持ってきたかい?」

 

ホグワーツの校長室のソファに座るアンネリーゼ・バートリは、入室してきた五年生二人に声をかけていた。んー、二人ともちょっと眠そうだな。久々の学校生活で疲れてしまったようだ。

 

授業日初日が何事もなく終了し、ホグワーツにやってきた夕食後の談話時間。各寮の談話室で穏やかに過ごしている生徒たちを他所に、私たち三人は魅魔から渡された記憶の確認をしようとしているわけだ。

 

ちなみに私は授業には一切出ていない。朝にマクゴナガルと情報の共有をした後、姿と気配を消してマリー・ラメットに一日中張り付いていたからだ。……残念ながら、何一つそれらしい成果は得られなかったが。

 

マクゴナガル曰く、イギリスで防衛術を希望する教師がとうとう『ヤバそうなの』しか居なくなってしまったため、とりあえず近場のフランスとドイツに募集を出してみたところ、僅か数日でマリー・ラメットが応募してきたそうだ。十年ほど前まではミラージュ・ド・パリで報道記者を続けており、そこを引退した後は『バックラー』という防衛術の月刊誌の編集をしていたらしい。

 

そしてそこも引退した直後に教員の募集を見つけて、熱意によってマクゴナガルを説得した後、晴れてホグワーツの教師となったわけだ。……まあ、一つ一つを見ればそこまで不自然な経歴じゃないな。マクゴナガルとしても人格、能力共に不満はないようだし、身体が『生身』であることも確認済み。本当に偶然である可能性も考えておくべきかもしれない。

 

人形か、人間か。その判断が難しいことにうんざりしていると、金銀コンビが私とマクゴナガルに挨拶しながら歩み寄ってきた。

 

「こんばんは、リーゼお嬢様、マクゴナガル先生。記憶もちゃんと持ってます。」

 

「よっ、お二人さん。……変わってないな、この部屋は。」

 

「久し振りですね、二人とも。……私の色に変えるべきかとも思うのですが、何をどうしたら良いのかが分からないんですよ。私にとっての『校長室』はずっとこの雰囲気でしたから。」

 

執務机でほんの少しだけ寂しそうに微笑むマクゴナガルに、魔理沙が慌てたようにフォローを送る。確かにここは『マクゴナガルの校長室』って感じではなく、『ダンブルドアの校長室』のままだな。

 

「いやいや、別に無理することはないだろ。変えたくなった時に変えればいいんだと思うぜ。……それよりよ、ブッチャーは大丈夫なのか?」

 

「ブッチャー先生ですよ、マリサ。……『大丈夫』とは?」

 

「生徒たちが怪しんでるぞ。不気味だし、話し方も変だし、笑い方も怖い。下級生ともなると『怯えてる』に近い状態だぜ。あんなんで教師が務まるのか?」

 

魔理沙から発された苦言に対して、マクゴナガルは額を押さえてため息を吐くと、困ったような顔で曖昧な返答を口にした。

 

「ブッチャー先生は悪い方ではありません。むしろ『善人』と断定できるほど立派な方なのですが……まあ、授業を繰り返せばそのうち落ち着くでしょう。心配は無用ですよ。」

 

「善人? ……ならいいんだけどよ。」

 

明らかに信じていない様子の魔理沙がぽすんとソファに座ったのを尻目に、戸棚を開けて憂いの篩を引っ張り出す。ハリーや金銀コンビはよく使っていたようだが、私はあまり馴染みがない魔道具だな。宙に浮かぶ水盆部分を物珍しい気分で眺めていると、咲夜が懐から小瓶を出して私に示してきた。

 

「これが魅魔さんの記憶です。一度しか見られないって言ってました。」

 

「ま、一度で充分さ。……水盆を使わせてもらうぞ、マクゴナガル。」

 

「マーガトロイドさんへの疑いを晴らすためであれば、何であろうと好きに使っていただいて構いません。……私は席を外しましょうか?」

 

「そこまでしなくていいよ。パパッと見て戻ってくるさ。誰も入ってこないように見張っておいてくれたまえ。」

 

マクゴナガルが了解の頷きを返してきたのを確認して、咲夜を目線で促してやれば、彼女は杖で小瓶の中の銀色の物体を掬い取って水盆に放る。魔理沙も近付いてきて水盆を見つめる中、底に揺蕩う見慣れぬ風景に集中していくと──

 

 

おー、面白いな。これが記憶の中か。気付いた時には木造の小さな一軒家の前に立っていた。アスペンの木がポツンと立っているデカい庭と、その周辺に広がるコーン畑。遠くにサイロのような背の高い建物が見える以外は全部畑だ。『ど田舎』であることは間違いないらしい。

 

そして、夕陽に照らされたウッドデッキで揺り椅子に座っている緑髪の女。木の蔓のような物で何かを編んでいるのが嘗ての魅魔なのだろう。長い髪を後ろで纏め、明らかに男物の服を着ているそいつを新鮮な感覚で見ていると、いつの間にか近くに立っていた魔理沙がポツリと感想を呟く。

 

「カッコいいぜ、魅魔様。開拓者って感じの服装だな。」

 

「実際そうなんだろうさ。咲夜から聞いた魅魔の発言からすると、この記憶の舞台は1700年前後の北アメリカだ。つまり、植民地化真っ盛りの時代だよ。……もしかしたらスペイン継承戦争の最中かもね。新大陸でも一悶着あったって聞いてるぞ。」

 

「えっと、ヨーロッパの戦争ですよね? イギリスとフランスが戦ったんでしたっけ?」

 

疑問を口にしながら近寄ってきた咲夜に、肩を竦めて返事を送る。

 

「正直言って、実際に見物に行った私にもよく分からなかったよ。あの頃のヨーロッパ人間界は国がくっ付いては分かれ、征服してはされてを繰り返してたからね。イギリスとフランスが戦ったってのは何となく理解できたが、そこにローマやらスペインやらポルトガルが関わってくると意味不明だ。私としてはイギリスがイギリスになった時期って印象の方が強いかな。」

 

「それはハーマイオニー先輩から教えてもらいました。1707年ですよね。最初の国家が誕生した偉大な年だって言ってましたから。」

 

「偉大かどうかは分からんが、何にせよ新大陸もギスギスしてたはずだよ。親の仲が悪いと子も喧嘩するってわけさ。……まあ、この場所はあんまり関係ないみたいだけどね。」

 

鳥や虫の鳴き声と、コーン畑が風に揺られる音だけが響く静かな空間。未舗装の砂利道を歩く人は無く、走る車も当然無し。まだ蒸気機関ですらまともに実用化される前だし、この頃の新大陸なら人外が入り込む隙間がありそうだな。

 

ここから僅か三百年で現在の状態になるわけか。改めて人間の発展を実感している私に、魅魔のことをジッと見つめている魔理沙が問いを寄越してきた。過去の師匠が気になっているらしい。

 

「この広い畑、全部魅魔様の畑なのか?」

 

「魅魔は畑仕事って感じの性格じゃないし、ただの隠れ蓑なんじゃないか? にしてはきちんと管理されている気もするが。」

 

「魔法でやってたのかもな。……どっちにしろ新鮮だぜ。私は幻想郷で森に住んでる魅魔様しか知らないからさ。」

 

淀みない動作で器用に蔓を編み上げて、いかにも魔女っぽいお守りのような物を作り上げた魅魔を魔理沙と二人で眺めていると……一人周囲を見回していた咲夜が声を上げる。何かを発見したようだ。

 

「誰かこっちに来てますね。」

 

ふむ? 咲夜が指差す方向に目をやってみれば、ちょうど背の高いコーンの間からがさりと人影が現れたところだった。白が強い灰色の長い髪と、ボロボロの布切れのような衣服。素足を泥で汚しているホグワーツの一年生ほどの少女は、私たちの方……というか、魅魔が居る一軒家を見てホッとしたような笑顔になる。

 

この記憶は魅魔と魔女の妖怪の記憶のはず。ということは、こいつが五十年前に人形の向こう側に居た『本体』なのか? 薄汚れた少女は額に滲む汗を身に纏ったボロ切れでグイと拭った後、裸足でよたよたと一軒家に向かって進んできた。

 

「……『魔女』って見た目でもなければ、『妖怪』っぽくもないね。一見した限りでは単なる栄養失調の浮浪児だよ。」

 

「痛くないのか? あれ。裸足で砂利道を歩いてるぞ。」

 

「でも、なんだか嬉しそうよ。どういう状況なのかしら?」

 

私たち傍観者三人が話しているのを気にするはずもなく、少女は家の十メートルほど手前まで歩み寄ると、デッキで編み物を続ける魅魔に呼びかけを放つ。期待しているような、そうであって欲しいという感情を滲ませた声だ。

 

「あの! ……貴女は魔女ですか?」

 

そして返答は沈黙。夕陽で横顔を染める魅魔が手元に目を向けたままなのを見て、少女はゆっくりと歩を進めながら話を続ける。

 

「別にその、責めに来たわけじゃありません! 私も魔女なんです! 貴女のことは近くの街の妖怪さんに教えてもらいました。私、私……同じ仲間に会いたくて! それでここまで来たんです!」

 

媚びるような笑顔で必死に主張する少女に、魅魔はちらりと視線を動かすと……編み物を再開しながら素っ気ない口調で言葉を投げた。

 

「はいはい、それで? 悪いけど今日の私は仕事を受けるような気分じゃないんだよ。昨日は大雨が降って、昼間は雲が低かったし、おまけに今日の夕陽は明るすぎる。これじゃあやる気が起きないのさ。」

 

「雨? ……そ、そうですね。昨日は雨が降りました。だから私、昨日はあまり長い距離を歩けなかったんです。この辺は原住民が多いですから、白人が一人で歩くのは危ないですし、見つからないように森を横切って来たんですけど──」

 

「分からないかい? 帰れって言ってるんだよ、私は。」

 

うーむ、この日の魅魔は不機嫌らしいな。気分屋なのも、不機嫌になる理由が謎なのも相変わらずだ。それをよく知るであろう魔理沙が呆れたような半笑いになる中、少女は傍目にも焦っている表情で食い下がる。

 

「あの、あの……お願いします、話を聞いてください! 私、独りぼっちなんです。でも、同じ魔女が居るって聞いて! それでここまで来たんですけど……貴女は私と同じ魔女なんですよね? つまり、仲間なんですよね?」

 

「私は魔女だが、『仲間』じゃないさ。……そもそもだ、こっちとしてはお前さんが魔女だとは思えないんだけどね。人間だろう? 気配で分かるよ。」

 

「違います! ……私、魔女です。魔女だって言われて、石を投げられて、縛られて、殴られて、だから逃げてきたんです。人間は誰も守ってくれませんでした。友達だって言ったのに、ご飯を分けてくれたのに、最後にはやっぱり私を突き出したから……だから、私は人間なんかじゃありません! 私、人間なんか大っ嫌いです!」

 

「そうかい。」

 

『興味ありません』というのを声色だけで見事に伝えてくる魅魔に、少女は泣きそうなくしゃくしゃ顔になった後……膝を突いて手を組みながら懇願を始めた。今気付いたが、瞳も灰色だな。こっちは黒が強いグレーだが。

 

「お願いします、私をここに置いてください。私、人間の世界じゃ生きられません。……何でもします! 掃除も、洗濯も、畑仕事も出来ます! その他のことだって覚えてみせます! 決して怠けたりしません! どうかここに置いてください!」

 

地面にひれ伏して祈るように頼んでくる少女へと、魅魔は尚もつまらなさそうな表情で口を開く。一つ大きなため息を吐いてからだ。

 

「つまり、お前さんは弟子入りを希望してるのかい?」

 

「弟子? ……はい、弟子! なりたいです! 弟子にしてください! お願いします!」

 

「へぇ? ……お前さんの主題は? 生を懸けて追う望みは何だい? それを知らなきゃ判断のしようがないね。」

 

「しゅ、主題? あの、私……頭が良くないのでよく分かりません。ごめんなさい。でも、教えてもらえれば答えられます。どういう意味なんでしょうか?」

 

随分と必死だな。縋るような顔付きでギュッと手を握って問いかける少女に、魅魔は冷徹な無表情で質問を重ねる。

 

「望みだよ。他の全てを踏み潰してでも叶えたい望みさ。お前さんが本当に魔女なんだったらそれを持っているはずだ。どうして魔女になったんだい?」

 

「望み? ……望みですか?」

 

「……はい、もういいよ。やっぱりお前さんは魔女じゃないね。この質問に即答できない魔女なんてこの世に居ないのさ。主題なき魔女は魔女に非ず。そして、今の私は一から弟子を育てるような気分じゃない。……そら、もう帰りな。これ以上の話は言葉の無駄だよ。私は言葉を無駄にするのが大っ嫌いなんだ。感情と違って、言葉は有限なものだからね。使えば使っただけ価値を失っていくのさ。」

 

「待って、待ってください! あります! 望みはあります! 美味しいパンとか、綺麗なお洋服とか、それと……そう、友達! お友達が欲しいです! 私を裏切らない、人間以外のお友達! 私と一緒の魔女のお友達! 私の望みはそれです!」

 

大慌てで言い募る少女へと、魅魔は魔女の……いや、あれは悪霊の笑みだな。底意地の悪い悪霊の笑みで笑いかけた。

 

「もう遅いよ。チャンスってのはいつも一瞬なんだ。それを掴めないようなヤツを弟子にするつもりなんかないさ。」

 

「お願いします、もう独りは嫌なんです! いきなりこの姿で生まれて、魔女だって嫌われて、誰も私を好きになってくれない。もう、もう耐えられません! お願いだから助けてください! 私と一緒に居てください!」

 

大粒の涙を流す少女の発言……恐らく『いきなりこの姿で生まれて』の部分にほんの少しだけ興味深そうな感情を覗かせた魅魔だったが、結局は揺り椅子から立ち上がって大きく伸びをすると、素気無く別れの言葉を口にする。

 

「答えはノーだ。だから帰りな。どこだかは知らんが、ここじゃないどこかにね。……面白い台詞のお代に一つだけ助言をしてやるよ。お前さんが本当に自分のことを魔女だと思うなら、人間を上手く利用するんだ。連中を嫌って遠ざけてるだけじゃ、この土地で上手く生きられないのは当たり前だろう? 仮面を被って、役を演じるのさ。か弱い少女と悪意ある魔女を演じ分けてみせな。必要以上に嘘を吐くのは愚かなことだが、必要な分だけ嘘を吐くのは魔女に必要な技術だよ。」

 

「待ってください! お願いですからここに置いてください! ……何でもします、どんな命令でも聞きます、何だって差し出します。弟子じゃなくて、小間使いで構いません! 奴隷みたいに所有物としてでも構いません! だからどうか──」

 

涙を拭いながら掠れた声で必死に懇願する少女は、ふと顔を上げて目の前の一軒家が忽然と消えているのを確認すると、瞳に絶望を宿して呆然と周囲を見回す。魅魔のやつ、容赦ないな。家ごと姿をくらましたようだ。

 

「あの……あの! 魔女さん? 魔女さん!」

 

立ち上がって家があった場所に駆け寄る少女だったが、もはやそこに在るのが背の低い芝生だけなのを見て……地面に蹲って大声で泣き喚き始めた。行動が完全に子供のそれだな。妖怪として生まれて間もないのは間違いなさそうだ。

 

「やだ、やだよ! お願いします、出てきてください! もう無理なんです! ……もう一人は無理なんです。怖くて、寂しくて、死んじゃいたくなるんです。ご飯もお洋服も要りません。命じられれば何だってやります。だからどうか、一人にしないで。私を側に居させてください!」

 

そのまま数分間地面を掻き毟りながら声にならない叫びを上げていた少女だったが、やがて幽鬼のようにゆらりと身を起こすと、泣き腫らした目で夕陽を見つめてポツリと呟く。

 

「『主題』。……それがあれば仲間になれるんですね? また来ます。仮面を被って、役を演じる。それが魔女ならやってみせます。そうすれば、私はもう──」

 

ブツブツと口を動かしながら歩き出した少女は、沈んでいく夕陽に背を向けるようにして東の方へと遠ざかって行った。……なるほど、これが魔女としてのルーツか。

 

うーん、ある意味では魔理沙に似ている始まり方だな。魔女になりたいという目的があって、それから主題を探し始めたと。全ての発端に魅魔の存在があるのも同じだ。……『仮面を被って、役を演じる』ね。あの性悪悪霊め。お前の余計なアドバイスが今の問題の一端を担ってるじゃないか。

 

金髪魔女見習いとしても思うところがあるようで、少女の背を複雑そうな表情で眺めている。魅魔はあの少女を弟子にしなかったが、魔理沙のことは弟子にした。両者共に主題が無かったのにも拘らずだ。その辺が引っかかっているのかもしれんな。

 

少女の背中が小さくなっていくのと同時に、記憶の世界が崩れ始める。咲夜によれば次は約百年後に再会した場面のはずだ。この記憶では魔女の妖怪についての深い部分を知れたが、現在の居場所に繋がるヒントは得られなかった。私が望んでいたほどの情報ではなかったな。

 

次こそは取っ掛かりが得られることを期待しつつ、アンネリーゼ・バートリは真っ白になった世界を紅い瞳に映すのだった。

 

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