Game of Vampire   作:のみみず@白月

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主題

 

 

「ダメだね、てんでダメだよ。商売上がったりさ。もう魔女なんて存在は流行らないのかねぇ。」

 

ここは……店、かな? 質の悪い曇ったガラスのショーウィンドウと、木製の棚に並ぶ雑多な小物。ガラスの向こうの馬車が行き交う通りを横目に、霧雨魔理沙は在りし日の師匠の会話を聞いていた。この場面はさっきよりずっと都会が舞台なようだ。

 

リーゼと咲夜が興味深そうにキョロキョロと狭い店内を見回す中、カウンターの奥の丸椅子に座っている魅魔様が話を続ける。相手は近くの棚に寄りかかっている金髪の若い女性……おいおい、八雲紫じゃないか? 驚いたな。魅魔様はいんちき賢者と話しているらしい。両者共に過去の存在であることを感じさせるのは古臭い服装だけで、中身の姿は私が知っているものと何も変わっていない。

 

「そっちはどうなんだい? 例の箱庭。私は上手くいくはずないと思うけどね。」

 

「もー大忙しよ。鬼の移住やら人里の管理やらにも手間が掛かるし、一番面倒なのは大結界の構築ね。五十年以内には張りたいと思ってたんだけど、この分だともう少しかかっちゃうかも。境界を作った時は簡単だったのに。」

 

「はん、度を過ぎた結界は妖怪の在り方を歪ませるよ。自分の中に根幹がある私たち魔女と違って、『こっち側』に存在の根拠がある連中は分断されたら弱くなるはずさ。その辺はどう考えているんだい?」

 

「それでも神秘が薄い外界よりはマシでしょ? 実際のところ、幻想郷に居る妖怪はこっちの妖怪より遥かに強力じゃない。」

 

うーん、深い議論をしているな。まだ博麗大結界が無かった頃か。興味を惹かれたらしいリーゼが近付いて聞き耳を立てる中、魅魔様は呆れたような苦笑で反論を放った。

 

「それは表面的な妖力の差でしかないだろう? 私が言ってるのは存在としての強度の方だよ。……妖怪ってのは忘れられたらお終いなのさ。それを無理やり引き止めようとしてるのがあんたのやり方だ。無理に仕組みを弄れば歪みが生じる。それが分からないほどガキじゃあるまいに。」

 

「忘れられたら諦めて消えろってこと? それは消える心配がない、力ある者だから言える台詞よ。傲慢だわ。傲慢魔女ね。商売のセンスも無いし。」

 

「後半がただの悪口になってるよ、若作り妖怪。……仕方ないじゃないか、私たちは『力ある者』なんだから。強きが残り、弱きは消える。どうしてそれを素直に認められないんだい? 人間と妖怪にしたってそうさ。どっちが上とか、どっちが強いとかじゃないんだ。単に別の生き物なんだよ。なまじ存在の根底に関係性があるから、あんたは関わりが持てるもんだと勘違いしてるだけだね。」

 

「ほら、それ。妖怪と人間が互いに影響し合っているのは事実でしょう? だって昔はすぐ側にあったものじゃない。なら、歪んでいるのは今の状況よ。私の考え方じゃないわ。」

 

ふんすと鼻を鳴らして主張する賢者に、魅魔様は額を押さえながらため息を吐く。

 

「変わらないものなんて無いんだよ、紫。温かかったスープがいつか冷めるように、美しかった花がいつか枯れるように、妖怪も人間も変わっていくのさ。あんたが昔の関係性を追い求めるのは勝手だが、そいつは今の人妖にとって幻想の景色に過ぎないんだ。自分の願望にどれだけ多くの存在を巻き込むつもりなんだい?」

 

「必要とあらば、いくらでも。……私は諦めないわよ。何を犠牲にしてでも私の理想の世界を創り上げてみせるわ。」

 

「呆れた。度し難いエゴイズムだね。私も相当なもんだが、あんたには負けるよ。あんたは我儘を押し通そうとする子供さ。それもバカみたいな強大な力を持った、躾のなってないクソガキだ。いよいよ始末に負えないよ。」

 

「なーにがクソガキよ。私は純粋で素直な美少女なだけでしょ。他の連中は変化に屈したけど、義憤に燃える正義のゆかりちゃんは諦めなかったの。どう? 凄い?」

 

えっへんと大きな胸を張ってウィンクする賢者へと、お師匠様ははいはいと手を振って話題を打ち切る。認めたというか、もう抗弁するのも面倒くさいといった様子だ。

 

「そりゃまた結構なことで。あんたと話してると頭が痛くなってくるよ。何も買わないならさっさと帰ってくれ。」

 

「私じゃなくても買わないでしょ、こんなガラクタ。……意地を張ってないで幻想郷に来なさいよ。この土地にしぶとくしがみ付いてる大妖怪なんてあんたくらいじゃないの。他はみーんな神秘が残る旧大陸に行っちゃったわ。本当は寂しいんでしょ? 素直になったら?」

 

「寂しくないし、私はここが気に入ってるんだ。あんたの箱庭に住むなんて死んでも御免だね。」

 

むう、この時点の魅魔様は幻想郷に移住する気がなかったのか。ノーレッジが会った時は引っ越しの準備をしていたと言ってたし、百年の間に考えを変えることになったわけだ。その理由は何なのかと首を傾げていると、棚にあった不思議な鏡を弄っていた賢者が肩を竦めて声を上げた。

 

「ふーん? まあいいけどね。どうせ来ることになるんだし、今日のところはこれで帰るわ。」

 

「大した自信じゃないか。何を根拠に言ってるんだい?」

 

「カンよ、乙女のカン。私の可愛さに運命も頭を垂れるってわけ。」

 

なんだそりゃ。クスクス笑いながら鏡を棚に戻した賢者は、いきなり開いた不気味なスキマの中へと消えて行く。その姿をうんざり顔で見送ると、魅魔様はピョンとカウンターの上に乗ってきた黒猫を撫でつつポツリと呟いた。

 

「本当に度し難いね。幻想だと知ってなお追い続けるなんてのはバカのやることさ。……お前さんもそう思うだろう?」

 

返事としてにゃーんと鳴いた黒猫へと微笑みかけた魅魔様は、カウンターの下からキャットフードらしき物を出して手ずから与え始める。半分ほどを食べた後でプイと何処かへ行ってしまった猫に苦笑した後、キャットフードの紙袋を元の場所に戻したところで──

 

「おや、いらっしゃい。」

 

チリンチリンという控え目なベルの音と共に、小さな人影が店内に入ってきた。……まさか、あの少女なのか? 前の場面よりもやや成長した感じがある十三、四ほどの見た目で、灰色の長髪にはよく手入れされていることを窺わせる艶があり、薄水色の高価そうなドレスを着ている。あの時の汚れっぷりとは比較にならない格好だ。『イイトコのお嬢様』って雰囲気だな。

 

「こんにちは、魔女さん。私のことを覚えていますか?」

 

私たち傍観者は気温を感じないので気付かなかったが、これは冬場の記憶だったようだ。可愛らしいフリルが付いた手袋を外しながら言った少女に対して、魅魔様がきょとんとした表情で返答を返す。

 

「さて、さて。私は記憶力は良い方だと思うんだけどね。……ちょっと待ちな、今思い出すから。」

 

「じゃあ、その間に商品を見させてもらいますね。」

 

うーむ、本当に変わったな。自信を滲ませた微笑を浮かべて店内を物色する少女は、さっきの記憶で見たボロボロの少女とは似ても似つかないほどに……そう、余裕を感じる。泥だらけだった肌は神秘的で透き通るような白さだし、立ち振る舞いも洗練されてる気がするぞ。

 

あまりの変わり様に驚く私を他所に、目を瞑って黙考していた魅魔様がピンと指を立てながら口を開いた。どうやら思い出したらしい。

 

「ああ、そうだ。あの時の小娘だね? 百年くらい前に私が南部に住んでた頃、弟子入りしたいとか言ってきた浮浪児だろう? えらく小綺麗になってるから気付けなかったよ。」

 

「はい、大正解です。……あの時はちょっと落ち込みましたけど、魔女さんのアドバイスのお陰でこんなに立派になれました。今では感謝しています。」

 

「アドバイス? ……あー、そうかい。それは良かった。うん、アドバイスね。」

 

忘れてるな、これは。というかまあ、魅魔様的には別にアドバイスとして放った言葉ではなかったのだろう。そんなお師匠様の感情に気付いているのかいないのか、少女は店の奥にあったミニチュアの屋敷……ドールハウスかな? を興味深そうに観察しながら会話を続ける。何故だか知らんが、リーゼがそれを見てムスっとした顔になっちゃってるぞ。

 

「仮面を被って、役を演じる。その言葉に従って頑張ってきました。最初は辛い生活でしたけど……今はほら、この通りです。使用人が何人も居る屋敷に住めているんですよ?」

 

「へぇ? 私の記憶が確かなら人間嫌いだったはずだが、使用人ならアリってことかい?」

 

「いえいえ、人間なんか側に置いたりしませんよ。あんな連中は信用できませんから。脳を弄って人間を人形にしてみたんです。私を裏切らない、忠実なお友達に。それなら心配ないでしょう?」

 

「そいつはまた、立派な悪い魔女になれたようで何よりだよ。……主題を定めたようだね。」

 

グリーンの瞳を細めて何かを見定めるような顔付きで聞く魅魔様に、少女は嬉しそうに大きく頷きながら応じた。

 

「はいっ、定めました。私の主題は人形です。そのために研究を重ねて、ある程度の場所には到達できたと感じています。……それでですね、ここからが本題なんですけど。」

 

「……何だい?」

 

「今度こそ弟子にしてくれませんか? 人外に出会ったのは数えるほどですけど、みんな貴女のことを恐れていました。偉大な太古の魔女だって。だから私、貴女に弟子入りしたいんです。あの時よりもずっと、ずっとお役に立てると思います。」

 

それまでの明るい表情が僅かに翳り、どこか不安を覗かせながら頼んでくる少女に……魅魔様は小さく鼻を鳴らして答えを送る。

 

「ダメだね。」

 

「……理由を聞かせてくれませんか? 直せるところなら直しますから。」

 

「お前さんの成長っぷりは見事なもんだし、私の言葉が一助になってるなら嬉しいことさ。可愛らしい見た目も嫌いじゃないしね。……だが、ダメだ。お前さんは未だに主題を定めていない。私は弟子に対しては責任を持とうって決めてるんでね。他の魔女みたいに単なる使いっ走りにするつもりはないのさ。だから、中途半端な魔女は端からお断りだよ。半端に始めたら半端な結末にしか辿り着けないだろう?」

 

「さっきも言った通り、主題は定めています。人形です。私は『人形の魔女』です。」

 

胸元で右手を握って主張する少女へと、魅魔様は薄っすらと微笑みながら指摘を飛ばす。私が幻想郷での修行中に何かを間違えた時、何度も何度も目にした顔だ。

 

「本当に? 本当にそれがお前さんの望みかい?」

 

「……本当です。どうして疑うんですか?」

 

「いやなに、私は自他共に認める大嘘吐きでね。嘘を吐くことにかけてはこの世で一番だって自信があるほどさ。……だから他人の嘘を見抜くのも得意なんだよ。もしかしたら本人ですら気付いていない嘘だとしても、私の前じゃあ何の意味もないってこった。」

 

「私、嘘なんて……吐いてません。本当に人形が好きで、そのために努力してきました。」

 

途中で少しだけ口籠った少女に、魅魔様は静かな口調で続きを語る。検分するような、読み解くような目付き。ノーレッジと同じ魔女の目付きだ。

 

「お前さんはまだ辿り切れていないのさ。自分の奥底に潜む願望をね。別に人形が好きなことを疑ってるわけじゃないよ。お前さんは確かに人形が好きで、それは主題に繋がるものなんだろうが……そうじゃあないんだ。魔女が追う望みっていうのは絶対のものでないといけない。それこそが全ての基礎になるんだから。」

 

「私、私……違います。本当に人形が──」

 

「そら、仮面が剥がれてるよ。夕陽の下のボロボロの少女のお出ましだ。自信がなくて、弱くて、何も持っていない。誰にも助けてもらえず、それなのに嫌われはする。……それがお前さんだよ。分厚い仮面を被っていようが、お嬢様の役を演じていようが、それらしい主題で塗り固めようが、本当のお前さんが消えてなくなったりはしないのさ。……もう一度聞くよ? お前さんの望みはなんだい? 今のお前さんじゃなく、何も持っていなかった頃のお前さんの望みだ。仮面の下の自分と向き合ってごらん。そうしないと本当の望みには辿り着けないよ。」

 

ドレスをギュッと握り締めて目を泳がせる少女へと、魅魔様が怪しげに語りかけたところで……パリンと何かが割れるような音が響いたかと思えば、黒い影が物凄いスピードで店の奥へと駆けて行った。さっきの黒猫か?

 

「あーあー、あのバカ。売り物にじゃれ付くなっていつも言ってるのに。……割れちまってるじゃないか。」

 

呆れたように呟きながらカウンターを出た魅魔様は、隅の棚の前に落ちているガラスの破片を拾い始める。どうやら黒猫がじゃれてガラス製の何かを落としてしまったようだ。

 

張り詰めるような緊張感が弛緩していく中、少女は慌てたように店内を見回すと、先程ジッと見ていたドールハウスをよいしょと持ち上げてカウンターに持ってきた。屋敷としてはミニチュアだが、私が精一杯手を広げても持ち難そうな大きさだ。

 

「あの、これをください。」

 

「おっと、良いね。そいつはずっと買い手がなくて困ってたんだ。……弟子の件はもういいのかい?」

 

意地の悪い笑みで問いかけた魅魔様に、少女は目を逸らして小さく首肯する。何かを恐れているような表情だ。

 

「ずっと居座るのはお仕事の邪魔でしょうし、また後日に出直します。」

 

「へぇ? ……ま、いいけどね。見ないフリをしてたって消えちゃくれないよ。認めて先に進むのが賢いやり方さ。それはよく覚えときな。」

 

どういう意味なんだろうか。謎めいた助言をする魅魔様は、カウンターに戻ってドールハウスを調べると……困ったようにため息を吐いた後、丸椅子にどさりと身を預けながらひらひらと手を振った。

 

「値段を忘れちまったからタダでいいよ。持っていきな。」

 

「でも、悪いですから──」

 

「余計な説教を垂れたお詫びさ。考えてみりゃ、私がお前さんの主題に口を出す権利なんてないわけだからね。お前さんの前に余計なことばっかりするヤツが来てたから、そいつの悪癖が移っちまったみたいだ。いいから持っていってくれ。それで私の気が済むんだから文句はなしだよ。」

 

強引に纏められた少女は目をパチクリさせてから、出しかけていた財布を仕舞って代わりにお洒落な布袋を取り出すと、それにドールハウスを入れてお礼を口にする。拡大魔法がかかっている布袋らしい。

 

「……ありがとうございます。また来ますね。」

 

「おう、気が向いたらまた来な。」

 

店に入ってきた時の明るさは見る影もなく、今の少女は百年前のあの子を思わせる雰囲気だ。魅魔様に言われたことが余程にショックだったらしい。恐らく弟子入りを断られた部分ではなく、その後にあった主題の話が。

 

ベルの音と共にトボトボと店を出て行く少女を見送った後、魅魔様は大きく伸びをして一つ欠伸をしてから……カウンターに身を乗り出して『独り言』を喋り始めた。はっきりとリーゼの方を見ながらだ。私たちは『傍観者』のはずだぞ。

 

「よう、コウモリ娘。あの小娘がこの頃住んでたのはボストンの郊外だ。この場面の後で気になって調べてみたのさ。最低でも半世紀くらいはそこで暮らしてたみたいだから、気になるなら探ってみな。何か手掛かりが得られるかもしれないよ。」

 

「……これはまた、驚いたね。久々にゾッとしたよ。記憶の中から語りかけてくるとは、いよいよバケモノらしくなってるじゃないか。」

 

「別に当時の私が話してるわけじゃないよ。銀髪のお嬢ちゃんに渡した記憶にそういう術を仕込んでおいただけさ。……ほれ、外の景色が止まってるだろ? 要するに記憶の再現はもう終わってるんだ。私はそこに追加の一節を付け足しただけだよ。種明かしすると大したことないだろう? この程度なら杖持ちどもにだって出来るさ。」

 

言われてショーウィンドウの向こうに視線を送ってみると、確かに外を歩く通行人たちは動きを止めている。リーゼも納得がいったようで、肩を竦めて頷きながら返事を返した。

 

「なるほどね、そういうことか。……追加の情報はそれだけかい? あの小娘はまた来ると言っていたわけだが。」

 

「結局来なかったからね。ああでも、一度だけ手紙を貰ったよ。私が幻想郷に移る少し前くらいに、暫くの間修行のために旧大陸に行きますって手紙を。」

 

「ふぅん? その後フランスに移り住んで、アリスに目を付けたわけか。……それで終わりかい?」

 

さすがは吸血鬼、強欲だな。もっと情報を寄越せと声色に表したリーゼに、魅魔様はケラケラと笑いながら首を横に振る。

 

「おやおや、母親そっくりで容赦がないね。もうすっからかんさ。大事な部分は見せてやったんだから文句を言うんじゃないよ。……あの小娘の主題が何なのかに気付いたかい?」

 

「『友達』。私はそう推察したがね。あの小娘……『魔女の妖怪』は友達が欲しくて人形を作っているわけだ。人形は結果であって、根本の望みじゃないのさ。だからキミは弟子入りを断ったんだろう?」

 

うん、私も同じ解釈だ。あの少女は最初の記憶で一人になることをひどく恐れていた。本人が実際に気付いているかは不明だが、リーゼの推察はある程度当たっているような気がするぞ。

 

そんな私の考えに反して、魅魔様は指でバッテンを作りながら口を開く。

 

「不正解だよ、コウモリ娘。近いが、そうじゃない。私の答えとは相似だが同一じゃないね。人形がそうであるように、友達の方も結果でしかないのさ。」

 

「……なら、キミは何だと予想しているんだい?」

 

「教えてやらないよ。もうヒントは必要以上に提示したんだ。だったら後は自分で考えな。……私が銀髪のお嬢ちゃんに免じて手伝ってやるのはここまでさ。これ以上を望むなら高い対価を払ってもらわないとね。」

 

「ふん、ケチな魔女だね。」

 

リーゼの反応を見て愉快そうに口元を歪めた魅魔様は、ちらりと私の方に視線を移して話しかけてくる。……うおお、緊張するぞ。何を言われるんだろうか?

 

「あー……元気でやってるかい? バカ弟子。」

 

「ん、やってる。色々学んでるぜ。」

 

「そうか、ならいい。手紙も読んだよ。……まあうん、残りの修行期間も上手くやりな。私の弟子なんだから半端は許さないからね。」

 

「おう、分かった。上手くやる。」

 

何だかぎこちないやり取りを終えて、魅魔様はバツが悪そうな顔で頭をポリポリと掻くと、リーゼに向き直って別れを告げた。くそ、何だってもっと良い感じの台詞を思い付かないかな、私は。折角久々に師匠と話せたってのに。

 

「じゃ、これで終わりだ。ボストンの郊外だからね。忘れるんじゃないよ。」

 

「助かるっちゃ助かるが、もうちょっと正確な位置を教えてくれても良いんじゃないか? 私たちから見れば『二百年前のボストンの郊外』だろう? 探し当てるのは中々骨が折れそうだぞ。」

 

「情報屋を頼ればいいじゃないか。あの油断ならない多趣味な女をね。あいつは私が『現役』の頃もよく利用してた情報屋だ。少ないヒントだろうが大して問題ないだろうさ。」

 

「……アピスのことかい? そこまでの妖怪だったのか? あいつ。」

 

驚いたように問い返したリーゼに、魅魔様は指をパチリと鳴らしながら返答を送る。同時に周囲の景色がパラパラと崩れ、身体が上へ上へと引っ張られ始めた。記憶の再現が終わろうとしているらしい。

 

「知らなかったのかい? あいつはそこそこ長く生きてる大妖怪だよ。……ま、精々頑張りな、コウモリ娘。ついでにバカ弟子もね。」

 

遠ざかっていく過去の魔道具店と、魅魔様のいつもよりちょびっとだけ柔らかい声。意識が現実の世界へと浮上するのを感じながら、霧雨魔理沙は師匠からの不器用なエールに小さく微笑むのだった。

 


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