Game of Vampire   作:のみみず@白月

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エリートふくろう

 

 

「えー……であるからして、十七世紀こそが変身術が最も進歩した時代だと言われているわけですな。この時期に改良された呪文こそが現在使われている呪文の原形であり、その当時と大きく変わっていないことから、この時代の変身術を理解することこそが……あー、重要なわけです。」

 

お前の授業こそが呪文だぞ。変身術の歴史を語るチェストボーンの単調な声を聞き流しつつ、アンネリーゼ・バートリはこの授業を『永続自主休講』しようかと本気で悩んでいた。ハーマイオニー以外の生徒たちは『催眠術』にやられているか、あるいは諦めてこっそり自習に励んでいるようだ。ちなみにハリーとロンは前者なようで、私の前の席でこっくりこっくり船を漕いでいる。

 

つまるところ、アピスにアホみたいな金額を払って新大陸での調査を依頼した翌々日、七年生の変身術の授業を受けている真っ最中なのだ。さすがに七年生ともなると授業の選択にもバラつきが出てくるようで、この授業は大きめの教室で四寮合同なのだが……まあうん、レイブンクロー生ですら眠そうにしているのが全てを物語っているな。マクゴナガルは変身術の後任の選択を失敗したらしい。理事会あたりから経歴だけでゴリ押されたか?

 

早い話、チェストボーンの授業は『講義形式』なのだ。分かり易くも分かり難くもない無難な話を延々聞かされるだけで、未だ杖を使う様子は一切無し。比較的実践的だったマクゴナガルや、生徒を飽きさせまいと趣向を凝らしていたアリスの授業に慣れていたホグワーツ生にとっては、とてもとても眠くなってしまう内容なのである。

 

悪くも良くもない平々凡々な授業に鼻を鳴らす私へと、右隣のハーマイオニーが小声で話しかけてきた。

 

「そういえば、昨日私も北アメリカの魔法界についてを調べておいたわ。いまいち事情が把握できないけど、マーガトロイド先生の冤罪を晴らすためには重要なんでしょう?」

 

「おや、頼りになるじゃないか。新大陸の事情はさっぱりだから、後で教えてくれると助かるよ。……ただし、試験勉強を優先してもらって構わないからね?」

 

「あら、全然平気よ。むしろ魔法史の勉強になったくらいだわ。……それに、リーゼの手助けを出来るっていうのは新鮮で楽しいの。今まではずっと頼りっきりだったわけでしょう?」

 

「んふふ、頼り甲斐がある大人に成長してくれて嬉しいよ。今のキミは寄りかかったら潰れちゃいそうな小さな栗毛ちゃんじゃないわけだ。」

 

クスクス微笑みながら言ってやれば、ハーマイオニーも笑みを浮かべて応じてくる。女の子というか、今や『女性』の見た目だもんな。

 

「そうね、もう立派な成人よ。だからどんどん寄りかかって頂戴。……スイスでは成果があったの? 知り合いに何かを聞きに行ったんでしょう?」

 

「探偵みたいな仕事をしているヤツに新大陸での情報収集を頼みに行ったんだよ。成果が出るまでは少しかかるって言ってたから、暫くはその報告待ちかな。」

 

「んー、膠着状態ね。昨日の予言者新聞に載ってたんだけど、マクーザの捜査官も派手に動くのをやめたみたい。ダイアゴン横丁での聞き込みとか、ポスターを貼ったりとか、そういうのは諦めたんですって。」

 

「宜なるかなってとこだね。あれだけ露骨に拒絶されればどうしようもないだろうさ。しぶとくイギリスに残ってるのが意外なくらいだよ。」

 

そろそろ胃に穴が空くんじゃないか? 苦労人の国際保安局次局長どののことを思い浮かべながら返した私に、羊皮紙にメモを取っているハーマイオニーがこくりと頷く。一応授業も聞いてはいるのか。器用だな。

 

「予想を上回る『非協力っぷり』だったんでしょうね。……でも、ちょっと不気味じゃない? これだけの騒ぎを起こしたんだから向こうだって引くに引けないはずよ。何か企んでいるのかもしれないわ。」

 

「間違いなく二の矢は継いでくるだろうね。それが何なのかも大体予想は付いてるわけだが……ま、後手で対応可能だよ。心配ないさ。」

 

「それならいいんだけど。……そもそも、どうしてマーガトロイド先生に拘るのかしら? やっぱりスカーレットさんの影響力を崩すため?」

 

「さてね。何にせよ噛み付いてくるならぶん殴るだけさ。正当防衛ってやつだよ。」

 

実際は例の魔女の意思が半分以上を占めているのだろうが、それを知っているのは人形店の住人だけだ。……まあ、それもある意味では予想に過ぎないわけだが。アリスが主目的で魔法界の混乱は単なる手段なのか、あるいは本気で魔法界にも何か仕掛けようとしているのか。

 

とにかくアピスの調査結果待ちだな。仮面を引っぺがして素顔を拝めば、考えていることもいくらか判明するだろう。結局のところヤツが厄介なのは『よく分からない』からであって、人形の奥から引き摺り出しさえすれば敵ではないはずだ。

 

窓の外を飛ぶ頭の悪そうな羽毛派を横目に黙考していると、チェストボーンが壁の時計を見ながら授業の終わりを宣言した。不思議なもので、講義の内容は頭に入らなくてもその言葉だけは耳に届くらしい。うとうとしていた生徒たちはハッと顔を上げて我先にと荷物を片付け始める。

 

「では、えー……今日はここまで。次の授業では近代の変身術に入りますから、可能なら予習をしておくように。教科書の五十二ページから六十三ページのあたりです。」

 

「終わったか。……うん、宿題を全然出さないのは評価できるな。呪文学なんか絶対に終わらない量を出してきたし。」

 

催眠状態から復帰して意気揚々と席を立ったロンへと、ハーマイオニーがジト目で苦言を送った。彼女はそれを評価できる点だとは思っていないらしい。

 

「宿題は生徒の理解度を確かめるための手段よ。それを出さないってことは、確認するつもりがないってことでしょ。だから本当に生徒を思っているのはフリットウィック先生の方なの。」

 

「羊皮紙三巻きのレポートを要求してくるのにか?」

 

「そのレポートを人数分チェックして採点する苦労を考えてごらんなさい。チェストボーン先生はそれが面倒くさいのかもしれないけど、フリットウィック先生はやってくださるのよ。感謝して然るべきだわ。」

 

「……そうかもしれないけどさ、三巻きだぞ? 三巻き。たった一週間で三巻きだ。」

 

しつこく愚痴るロンに、ハーマイオニーはツンと素っ気無く応じながら教室の出口へと歩き出す。

 

「レポートの内容を考えれば適正な量よ。私は五巻き書くつもりだしね。」

 

「……普通の人間からすれば多いんだよ。つまり、勉強が好きじゃないまともな人間からすれば。」

 

「だったら早くイカれた人間になりなさい。いつまでも『まとも』でいると闇祓いになれないわよ。」

 

食い下がるロンをばっさり切り捨てたハーマイオニーの背を追って、ハリーと一緒に廊下に出てみると……ありゃ、大賑わいだな。小走りで移動している生徒がやけに目立つぞ。疑問に思いつつ廊下の喧騒を眺める私に、苦笑いのハリーが理由を教えてくれた。

 

「競技場の場所取りだよ。早く行かないと練習スペースが埋まっちゃうから、昼休みの前はみんな急ぐんだ。」

 

「ふぅん? キミたちはいいのかい?」

 

「今日はスリザリンが場所取りの当番だからね。僕たちは大広間でサンドイッチなんかを仕入れてから行くんだ。」

 

「スリザリン?」

 

どういう意味だ? いきなり飛び出してきた蛇寮の名前を聞き返してみると、ハリーはきょとんとした顔で返事を寄越してくる。

 

「言ってなかったっけ? グリフィンドールチームはスリザリンチームと合同で練習することになったんだよ。」

 

「それはまた、意味不明な組み合わせだね。何がどうなったらそうなるんだい?」

 

「レイブンクローとハッフルパフのチームが『同盟』を結んじゃったから、お互い選択肢がなかったんだよ。人数が多いとこんな風に役割分担できるしね。まあその……背に腹はかえられない、ってやつかな。代表選手になりたいのはみんな同じだし、練習できなくなるよりはマシってわけ。」

 

「凄まじいね。獅子と蛇の確執もクィディッチの前では無力なわけか。……シーカーの枠は取れそうかい?」

 

箒を片手に走っていくハッフルパフ生を避けながら問いかけてみれば、ハリーは肩を竦めて曖昧な返答を飛ばしてきた。そして哀れなハッフルパフ生は曲がり角で待ち構えていたフィルチに捕まってしまったようだ。校内への箒の持ち込みで連行ってとこか。急がば回れ、だな。

 

「取れるかは分からないけど、努力はするよ。卒業の年にホグワーツ全体の代表として優勝できれば文句なしだからね。ついでにストレートで闇祓いになれれば最高かな。」

 

「んふふ、欲張りさんだね。悪くないと思うよ。キミがスニッチを捕って優勝を決める瞬間は私も見てみたいさ。」

 

「なら、見せられるように頑張るよ。そのためにも先ずは公開試験で……あれ、ジニーだ。どうしたんだろう?」

 

話の途中で玄関ホールを見ながら呟いたハリーに釣られて、私もそちらに視線を送ってみると……確かにジニーだ。こちらに向かってパタパタと小走りで駆けてきたジニーは、私の目の前で急ブレーキをかける。

 

「アンネリーゼ、これ。貴女によ。」

 

私に? そう言って赤毛の末妹どのが両手で差し出してきたのは、ねずみ色の羽毛のぶっさいくなふくろうだ。何故かジニーの手を突っつきまくっているそいつを指差して、首を傾げながら質問を放つ。

 

「ふくろうの派遣を頼んだ覚えはないんだけどね。こいつは何だってキミの指を食おうとしてるんだい?」

 

「魔法省からの手紙を持ってるのよ。大広間に飛び込んできたから、私が手紙を預かっておこうとしたんだけど……『強奪』されるんじゃないかって勘違いしちゃったみたい。魔法省のエリートふくろうだけあって使命感が強いらしいの。」

 

「それはそれは、災難だったね。」

 

ジニーからもこもこの灰色羽毛饅頭を受け取ってやれば、エリート羽毛派は手紙が付いている方の足をグイと突き出してきた。手紙を取って裏を見てみると……おっと、大臣どのからの手紙らしい。『アメリア・ボーンズ』という署名が書かれている。

 

「ふむ、ボーンズからみたいだ。」

 

『公文書伝達』の役目を果たしてどんなもんだいと胸を張った灰色饅頭が、ジニーの方をギロリと睨んでから飛び去っていくのを横目に手紙を読んでいると、至極微妙な表情になっている『強奪犯』どのが口を開く。

 

「なるほどね、魔法大臣のふくろうならあの抵抗っぷりも納得よ。イギリス一の伝書ふくろうってことでしょ? ふてぶてしさもイギリス一だったしね。」

 

「イギリス一にしてはちょっとぶさいくだったけどな。……何が書いてあるんだ? リーゼ。」

 

「覗き込んじゃダメよ、ロン。貴方が授業中にシェーマスに送ってる手紙なんかとはレベルが違うんだから。一国の代表からのお手紙だなんて、そうそう見られる物じゃないのよ?」

 

「僕たちにとってはそうかもだけど、リーゼにとっては今更だろ。スカーレットさんなんかは何百通と受け取ってただろうし。」

 

ハーマイオニーとロンの会話を尻目に、便箋に並ぶ非の打ち所がない筆跡を辿っていくと……ふぅん? どうやらホームズが何か仕掛けてきたようだ。話をしたいので魔法省に来ていただけますかと書いてある。

 

「残念ながら、本題については書いてないね。アリスの件で大臣室への呼び出しを食らっちゃったよ。」

 

「今から行くの?」

 

「そうしておいた方が良さそうかな。校長室に行ってくるよ。煙突飛行が出来るのはあの部屋だけだしね。」

 

ハリーの問いに答えた後、心配そうな顔の面々に手を振ってから校長室へと方向を変えて歩き出す。まあ、動くタイミングとしてはおかしくないな。時間はこっちに利するわけだし、このまま膠着状態が続くのはホームズの望むところではないだろう。

 

うーん、いっそのことアリス本人も呼んでみようかな。姿を偽る魔法薬はもう飲んでいるはずだ。ボーンズだったら変装のことを伝えても問題ないだろうし、張本人たるアリスが一緒の方が話が早いかもしれない。……それにまあ、小さくなったアリスのことを早く見たいし。

 

良い考えだと一人でうんうん頷きつつ、アンネリーゼ・バートリは生徒たちの流れに逆らって廊下を進むのだった。

 


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