Game of Vampire   作:のみみず@白月

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異変への道

 

 

「正直に言わせてもらえば、拍子抜けだわ。『隔離』された妖怪たちがまさかここまで腑抜けているとはね。私はてっきり人外同士で派閥争いを楽しんでいるんだと思ってたんだけど……何なの? この状況。意味不明よ。」

 

霧の湖が紅く染まる、夕暮れ時の幻想郷。紅魔館のリビングのソファに座って九尾狐に問いかけるお嬢様の後ろに立ちつつ、紅美鈴は全くだと大きな頷きを放っていた。私はもっと刺激的で波乱に満ちた生活を期待していたのだが、これなら魔法界の方がまだ張り合いがあったぞ。死喰い人は弱いけど、やる気だけはあったわけだし。

 

私たちが紅魔館と共に新たな土地に移り住んでから二ヶ月が経過した現在、ある程度館の内部が落ち着いたので幻想郷の調査に入ってみたところ、この土地がとんでもなく『平和』だということが明らかになったのである。さすがに人妖が仲良しこよしとはいかないものの、互いのテリトリーを明確にした状態で争いを避けているようなのだ。

 

原因はまあ、どちらかといえば妖怪の側にあるらしい。どうもこの土地の妖怪は兎にも角にもやる気がないようで、『人間が減りすぎると困るから』という理由でちょっかいをかけるのをやめているようだ。大妖怪や中級クラスの妖怪は人里に近付かず大人しくしていて、人間を襲おうとするのは本能に流されがちな低級妖怪くらいなんだとか。

 

別にそれが悪いこととは言わないが、何かこう……変だぞ。人間の恐怖を必要としている妖怪が人間を気遣って、結果として人間たちも余計な波風を立てないように『妖怪退治』を行わなくなる。ある種の『遠慮合戦』を思って腑に落ちない気分になっていると、九尾狐が妖術でこれ見よがしにお茶を出現させながら口を開いた。紅茶を出さなかったことを根に持っているらしい。

 

「不満か? ……ちなみに私は不満を持っているぞ。何故か客人たる私の分の茶が無いことに対してな。」

 

「あんたがアポイントメントも無しに押しかけてきて、挙句こっちでは貴重な紅茶を要求する図々しい狐だって事実はどうでも良いのよ。……まあそうね、不満だわ。八雲紫の目的が人妖の共存なのであれば、この状況で見事に成立してるじゃないの。私には立派に『共存』してるように見えるけど?」

 

「では聞くが、このまま年月が経てばどうなっていくと思う?」

 

「そんなの決まってるでしょ。人間の妖怪に対する恐怖が薄れていって、結果として恐怖を存在の拠り所とする妖怪がどんどん力を失っていき、だから人間は更に妖怪を恐れなくなる。その連鎖が延々続くだけよ。妖怪が消え失せるまでね。」

 

軽い口調で妖怪の衰退を予想したお嬢様へと、金髪九尾が鼻を鳴らして首肯を送る。大正解だったようだ。

 

「如何にも、その通りだ。付け加えれば、博麗大結界によって幻想郷が外界から隔離されていることもその連鎖に拍車を掛けている。断絶された外からの恐怖を受け入れられない以上、この土地の妖怪はこの土地の人間に影響され易くなるからな。外界で普通に『忘れ去られる』よりも遥かに早いスピードで事が進むだろう。」

 

「事が進むだろう、じゃないでしょうが。何をのんびり話してるのよ。八雲紫は解決しようとしていないの?」

 

「しているじゃないか。その手段がお前たち……つまり、『確固たる存在を持った外の妖怪』なわけだ。」

 

「……ふーん? 私たちが騒ぎを起こせばこの問題が解決するとでも?」

 

真紅の瞳を訝しむように細めたお嬢様に、九尾狐は冷静な表情でこくりと頷く。尤もらしい口調で語りながらだ。

 

「緩やかな衰退には得てして気付き難いものだ。気付いた時にはもう遅いというのが世の常だろう? だから、先ずは多少強引な手段で妖怪たちの目を覚まさせる。その後人間たちにも適当な刺激を与えて、なあなあの状態に終止符を打てば……まあ、少しは状況が改善するはずだ。人妖の両方に危機感を持たせることが重要なんだよ。」

 

「そこで颯爽とスペルカードルールが登場するってわけ? なんとも悪趣味な計画ね。……それで、その『茶番劇』の内容を知っているのは誰なのよ。まさか私たちだけってわけじゃないんでしょう?」

 

「各地の顔役には内々で了承を取り付けてある。山を縄張りにしている天狗の長、地底にある地獄の管理者、人里の指導者などにな。唯一冥界の裁定者は確たる答えを出してこなかったが……立場上賛成できないだけで、今回ばかりは黙認してくるはずだ。このまま幻想郷が『滅亡する』のはあの連中にとっても望むところではないだろう。」

 

「滅亡するのは妖怪であって、幻想郷そのものじゃないと思うけどね。人間からすればそっちの未来の方が幸せなんじゃない?」

 

まあうん、そうだろうな。妖怪は人間を必要としているが、人間としては妖怪なんて物騒な存在は居ない方が良いのだから。皮肉げな薄笑いで指摘したお嬢様へと、九尾狐は僅かに疲れを覗かせながら首を横に振る。

 

「紫様が妖怪の居ない幻想郷を許容すると思うか? あの方は目指すもののためなら何度だってやり直すはずだ。たとえ一旦全てを白紙に戻すことになってもな。」

 

「それはそれは、最低最悪の『創造主』も居たもんね。気に入らなきゃぶっ壊して創り直すってわけ? 外の狭量な神々の方がまだ可愛げがあるわよ。」

 

「あの方は出来るし、いざとなれば迷わずやるぞ。だからお前たちには頑張ってもらう必要があるんだ。……私たちだって長い年月をかけて創り上げた箱庭を『おじゃん』にしたくはない。叶うなら正常な状態に戻したいと思っているさ。」

 

「ふん、正常ね。それが誰にとっての『正常』なのかはさて置いて、八雲紫が『人間の楽園』も『妖怪の楽園』も望んでいない我が儘妖怪だってことは理解したわ。……つまるところ、私たちに妖怪向けと人間向けの二つの騒ぎを起こせって言ってるの?」

 

呆れたような声色のお嬢様の言葉を受けて、お茶を一口飲んだ九尾狐は肯定の返事を飛ばしてきた。うーん、面倒くさそうだな。話の流れはよく分からんが、一回より二回の方が面倒なのは間違いないはずだ。

 

「端的に言えばそうなるな。ただし、妖怪向けの方は現在お前たちがコソコソ動いているものを継続してもらえればそれで充分だ。ちょうど良いところで私たちが止めに入って、上手い具合に纏めてみせよう。」

 

「……ま、近所の木っ端どもを傘下に入れてるのには当然気付いてるわけね。端からこっそり動けるだなんて期待してなかったわよ。」

 

「当たり前だろう? 結界の中は紫様の世界であり、延いては私の管理する庭でもある。お前たちの動きなど逐一把握しているさ。」

 

「だけどね、八雲藍。私ったら他人の庭を荒らすことが大得意だし大好きなの。一応警告しておいてあげるわ。吸血鬼を自由にさせとくと痛い目に遭うわよ?」

 

平らな胸を張ってしたり顔を見せるお嬢様へと、金髪九尾はさして気にしていない様子でぞんざいに応じる。まだまだ余裕があるらしいな。お嬢様が起こす騒動を制御できるという余裕が。

 

「心配は無用だ。お前如きが紫様の上を行けるはずがないからな。新参妖怪の『格付け』をする良い機会にもなるし、どうせなら全力で騒いでみせろ。この騒動如何で幻想郷でのお前たちの立ち位置が決まるぞ。」

 

「いつまでそんな余裕を見せられるかしらね? ……とにかく、妖怪向けの騒ぎについては理解したわ。人間向けの方はどうなるの?」

 

「そちらに関しては私たちが用意した台本に従ってもらう。恐らくスペルカードルールを使った初の諍いになるはずだ。幻想郷内の全存在に、新たな決闘方法を印象付ける大きな諍いにな。」

 

「台本ねぇ? ……まあ、今は置いておきましょうか。後のことは後から考えればいいわ。お望み通り私は好きにやらせてもらうから、細かい調整はそっちで勝手にやりなさい。」

 

ひらひらと手を振りながら言い放ったお嬢様に、九尾狐はゆったりとした動作で席を立って応答した。ああもう、ソファに抜け毛が付いてるぞ。アホみたいな尻尾を引っさげてるからそうなるんだ。迷惑なヤツだな。

 

「言われずともやらせてもらうさ。……お前は外の恐怖を十二分に取り入れた、『健全な状態』の妖怪だ。そんなお前が派手に暴れれば暴れるほど、幻想郷の妖怪たちは嘗ての力を思い出し、また現在の衰退がどれほどのものかを自覚するだろう。だから精々頑張ってくれ。紫様の箱庭をより美しくするためにな。」

 

そう言って懐から取り出した呪符に狐火を灯した金髪九尾は、すぐ近くに開いたスキマの中へと消えて行く。謎の目玉が覗く薄気味悪い空間が閉じたのを確認して、お嬢様が大きく息を吐きながら額を押さえた。

 

「あー……もう、本当に面倒くさいわね。入り組みすぎよ、この土地は。イギリスの複雑さは私好みだったけど、幻想郷の複雑さはただただ鬱陶しいわ。」

 

「まあ、ちょっと分かります。八雲紫の目指す場所にいまいち納得できないから、それに付き合わされるのは疲れるってことでしょう?」

 

「あら、的確な表現ね。その通りよ。例えばグリンデルバルドの革命は私も納得できるものだったからやってて面白かったけど、八雲のそれは同意できないから退屈だわ。『遊び』じゃなくて、『仕事』な感じ。妖怪どもも関わってくるのは木っ端だけで、顔役連中は引っ込みっぱなしだし……全然ゲームにならないじゃないの。一人でチェス・プロブレムをやってる気分よ。」

 

「でもでも、八雲たちの計画が進行すればもう少し面白くなるんじゃないですか? 妖怪のやる気を取り戻させるのが目的みたいですし。」

 

迷惑狐が残していった抜け毛をバシバシ掃いながら問いかけた私に、紅茶を飲み干したお嬢様は不機嫌顔で相槌を打つ。

 

「それはそうだけど、あの女の手の中ってのが気に食わないのよ。私が主導して私が望む方向に運ぶならともかくとして、あの女が吊るした餌に邁進するってのはイラつくわ。吊るされているのが欲しいものだったとしても、素直に手を伸ばすのは負けた気分になるでしょ?」

 

「負けず嫌いですねぇ。……おや、また湖の妖精たちが来てるみたいですよ。庭でうちの連中と『戦争ごっこ』をしてます。」

 

話の途中で換気のために開けた窓の外を眺めてみれば、木の棒で叩き合ったり泥団子を投げ合ったりしている小さな妖精たちの姿が目に入ってきた。今日は……おお、珍しくこっちが劣勢だな。なんちゃってメイド服を着た妖精たちが押されているようだ。

 

しかしまあ、作戦のさの字もないような争いだな。あまりにも原始的な戦いを見て呆れていると、お嬢様も近付いてきて見物を始める。

 

「他の妖怪に比べればまだ気概があるわよ、あのアホどもは。もう二十回以上負けてるのにしつこく挑んでくるわけでしょう?」

 

「どうですかね、私は負けたことを記憶できてないだけだと思いますけど。……あいつは妖精にしては妖力が強そうじゃないですか? ほら、青髪の一際騒いでるヤツ。」

 

「青髪? ……へー、妖精にも強力なのって存在するのね。うちの妖精を凍らせちゃってるわ。氷の妖精ってことなのかしら?」

 

「夏場は見かけませんでしたし、それに近い存在なんじゃないですかね。冬が近付いてきたから参戦するようになったんじゃないでしょうか。」

 

あの妖精が居るから劣勢になっているわけか。両手に鋭い氷柱を持ってぶんぶん振り回している青髪妖精は、一騎当千のご様子で妖精メイドの集団に切り込んでいくが……いやいや、さすがに孤立しすぎだぞ。二十匹ほどに囲まれて数の暴力でピチュってしまった。

 

それを見たお嬢様は私と同じ感想を抱いたようで、バカらしいと言わんばかりの表情でポツリと呟く。

 

「妖力の大きさと知能の高さは別みたいね。他の野良妖精はもうちょっと考えて行動してるみたいだし、あの氷精がとびっきりアホなのは間違いなさそうよ。」

 

「妖精基準で頭が悪いのはヤバいですね。ああいう存在って何を考えて生きてるんでしょうか。」

 

「何も考えてないに決まってるじゃないの。その辺の虫とかネズミとかと一緒よ。幸せそうで羨ましいわ。……そういえば、パチェの様子はどう? まだ不調が続いてる?」

 

敵方の主力が一回休みになった所為で、『第二十回目くらいの庭の戦い』は趨勢が決したようだ。奪った氷柱を振り回す妖精メイドたちへの興味を失ったらしいお嬢様の質問に、困った気分で首肯を返す。

 

「喘息みたいな症状が続いてますね。この土地はあまりにも神秘が濃すぎて身体が受け付けないんだとか。薬を作るって言ってましたけど、まだ暫くかかりそうです。」

 

「私は絶好調この上ないけどね。今の状態なら、ロンドンどころかイギリス全土を霧で覆うのも不可能じゃないわ。」

 

「私もちょっと引くレベルで力が戻ってますけど、パチュリーさんはダメみたいです。魔女云々というよりも、賢者の石を呑んだことが影響してるんじゃないかって予想してました。周囲の魔力やら妖力やらに影響され易くなってるみたいでして。」

 

「何にせよ、戦力半減ね。……まあ、私と貴女がこれだけ力を増している以上、そこまで気にしなくても大丈夫でしょうけど。」

 

正直言って、幻想郷の神秘の濃さは外の世界とは比較にならない。ロンドンが濃いとか、新大陸が薄いとかいうレベルじゃないのだ。これなら逃げ込んでくる妖怪が多いのにも納得だな。外で消えかけていようが、この土地だったら元気いっぱいに戻るだろう。

 

とはいえ存在としての強度はまた別の話だし、強くなっているのは私たちだけじゃない。他の妖怪も外の連中よりは遥かに強大なはずだ。……ってことは、煽りを食っているのは人間なわけか。

 

いや、そうでもないかな? これだけ神秘が濃ければ人間の術師とかも強い力を使えるだろうし、全体的なバランスとしてはそんなに変わらないのかもしれない。全部纏めて外より上がっているということか。

 

悪どい顔付きで『残党狩り』をしている妖精メイドたちを横目に思考を巡らせていると、お嬢様が廊下に続くドアへと歩きながら声を上げた。仕事に戻るらしい。

 

「んじゃ、今日の夜も『戦力増強』に努めるわよ。そんでもってある程度整ったら妖怪の山とやらに攻め込んでみましょ。傘下に降るなら良し、抵抗するならぶっ潰せばいいわ。」

 

「えぇ……さっき九尾狐が天狗の長には話を通してるって言ってましたけど、それなのに攻めちゃって平気なんですか? 妖怪の山って天狗の縄張りなんですよね?」

 

「知らないわよ、そんなもん。好きにやれって言ってたしね。私は素直な吸血鬼だからそれを実行しようとしてるだけよ。それが終わったら地底とやらも攻めるし、人里も支配するわ。全部欲しいから全部奪うの。それが吸血鬼ってもんでしょ?」

 

肩を竦めてからドアを抜けて行ったお嬢様を見送りつつ、まあいいかと問題をぶん投げて紅茶のカップを片付ける。私の大昔の経験によれば天狗はまあまあ強いし、地底に住んでいるとかいう鬼は普通に強い。その他にも私の知らない妖怪がウジャウジャ居るだろう。外の世界ではもう戦えない強大な妖怪たちが。

 

だったら文句などあろうはずがない。本気で死にそうになるような戦いこそが私の望みなのだから。この世に生を享けて数千年。適度に怠けながらも修行は続けているし、大昔に暴れ回っていた時よりも私は強くなっているはず。ここらで一つ腕試しといこうじゃないか。

 

愉快になってきた状況に微笑みを浮かべつつ、紅美鈴は来たる戦いの日を待ち望むのだった。

 


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