Game of Vampire 作:のみみず@白月
「私、リドルを止めます。」
ムーンホールドのリビングに響くアリスの決意を滲ませた声を聞きつつも、アンネリーゼ・バートリはやっぱりこうなったかと内心でため息を吐くのだった。
レミリアから『なんちゃら卿』の正体を聞いた時にはもう予感していたのだ。アリスに伝えてみれば、案の定な反応が返ってきたというわけである。
「まあ、そう言うとは思っていたよ。」
「リーゼ様たちには迷惑をかけません。どうか許可をいただけないでしょうか?」
「分かった、私も手伝おう。」
「私は……へ? あの、いいんですか?」
私が許可しないとでも思っていたらしいアリスは、拍子抜けしたような顔で聞いてきた。
「キミはこの屋敷の一員だろうに。そりゃあ手伝うぐらいのことはするさ。」
「あの、てっきり反対されるのかと思ってました。」
「そもそもレミィはダンブルドアに協力するらしいしね。そっちからも頼まれたし、端から介入する予定だったんだよ。そうだな……まあ、第二のゲームってところかな。今回はレミィとの協力プレイだ。」
正直言って最近退屈してたのだ。この分ならすぐに決着がつきそうだが、多少の暇つぶしにはもってこいだろう。
私の言葉を受けたアリスは、引きつった笑みで口を開いた。
「ゲ、ゲームですか……。まあ、その、ありがとうございます。」
「レミィ、私、アリスにパチェ、ついでに美鈴とダンブルドア。幾ら何でも戦力過多だが、まあ構わないだろう。」
「ちょっと、私も数に入っているの?」
部屋の隅で置物のようになって読書をしていたパチェから突っ込みが入る。素直じゃないヤツめ。そちらを向いて、からかうように声をかけた。
「おや? パチェはアリスを手伝ってあげないのかい? 随分と冷たいじゃないか。」
「手伝うわよ! 別に手伝わないとは言ってないでしょう?」
「だ、そうだよ? よかったね、アリス。」
アリスに話を振ってやると、彼女はクスクス笑いながらも嬉しそうにお礼を言う。
「ふふ、ありがとうね、パチュリー。」
「た、大したことじゃないわ。」
赤い顔を本で隠したパチュリーを眺めつつ、レミリアから聞いている計画を二人に伝える。
「レミィによれば、ダンブルドアの作っている……あー、騎士団? とかいう組織と協力してことに当たるそうだ。レミィ、アリス、パチェはそっちと接触してもらうことになるかもしれない。」
「リーゼと美鈴はどうするのよ。」
「美鈴は未定だが、私は表に出るつもりはない。その組織がどこまで信用できるかは分からないんだ。見えない腕が一本くらいは必要だろう?」
「お似合いの役で何よりね。」
パチュリーの皮肉に肩を竦めて返す。裏切り者が出ないとも限らないのだ。手札を全て見せてやることはないだろう。
「えーっと……今からリドルの所へ行って、捕まえるわけにはいきませんか?」
アリスからもっともな意見が出てきた。実際問題、この三人なら不可能ではないだろう。というか、私一人でお釣りがくるくらいだ。
とはいえ、それをするにはちょっとした問題がある。
「リドルの居場所が分からなくてね。とりあえず騎士団から情報を吸い上げながら、適当に下っ端を捕まえて居場所を吐かせる予定なんだ。」
「なるほど、分かりました。」
真実薬でも飲ませれば簡単に吐くだろうし、魅了を使えばなお容易い。短期決着で終わりそうだ。
「ま、すぐに終わるだろうさ。アリスはリドルへの説教の内容を考えておくといい。」
「まあ、そうなりそうですね。井の中の蛙だって、ちゃんと忠告してあげたんですけど……。」
「アリスの助言を無下にした罰だよ。近いうちに身を以て理解することになるだろうさ。」
トカゲになってまで力を求めた結末、吸血鬼の一団から身柄を狙われるわけか。リドルもなかなか救われないヤツだ。
椅子に寄りかかって天井を見上げながら、アンネリーゼ・バートリはかつて見た少年の不幸を嘆くのだった。
─────
「おぉ?」
夜の帳が下りたホグワーツの廊下で、フランドール・スカーレットは昼には見かけなかったはずのそれにゆったりと歩み寄っていった。
深夜のお散歩はフランの日課になっている。それほど長く眠る必要もないし、ホグワーツには色々な物があって面白いのだ。鬱陶しいポルターガイストにさえ気をつければ、なかなか楽しめるお散歩コースなのである。
近寄ってみると、大きな……鏡? フランの記憶が確かなら、昼間はここには置いてなかったはずだ。
そうっと覗き込んで見ると……おお、フランがたくさんのお友達とお外で遊んでいるのが見える。リーゼお姉様とアリスに、パチュリー。コゼットやハッフルパフのみんなもいるし、端っこにはアイツと美鈴が立っているのも見える。
楽しそうに遊ぶ鏡の中のフランが羨ましくて、じっと鏡を見つめてしまう。未来の風景を映す鏡なのだろうか? そうなら嬉しいのだが……。
「君には何が見えたのかな?」
「ひゃっ。」
びっくりした。声に振り返ると、お爺ちゃん先生が微笑みながら立っていた。ヤバい、夜に歩き回っているのがバレてしまった。
お爺ちゃん先生はあのダンブルドアなんだそうだ。グリンデルバルドと戦っている時とは別人すぎて、一目見ただけでは分からなかったが……確かに見覚えがあるような気がする。
「あのね、フランはお散歩してただけで……。やっぱり、減点されちゃう?」
「本来ならそうなのじゃが……ふむ、吸血鬼は夜に生きる種族だと聞いておる。多少の散歩は大目に見るべきかもしれんのう。……もちろん、悪さをしてはいけないよ?」
「しないよ……じゃなくって、しません!」
よかった、減点されずに済みそうだ。ハッフルパフのみんなは、上級生も含めてフランの減点を笑って許してくれるが、これ以上減らされるのはフラン自身が許せない。
「この鏡は見た者の望みを映す鏡なのじゃ。もし良ければ、この老人に何が見えたのか教えてはくれんかのう?」
「えっとね、フランがみんなとお外で遊んでるとこが見えたんだ。でも、未来を映してるんじゃなかったんだね……。」
どうやらフランの望んだ光景を映していただけのようだ。がっくりと項垂れていると、お爺ちゃん先生が優しい笑顔で慰めてくれる。
「素晴らしい、なんとも素晴らしい望みじゃ。安心しなさい、フラン。君がそのために努力するならば、きっとその願いは叶うよ。」
「そうかな? そうだといいな!」
頑張って叶えなければいけない。ホグワーツに来てからはたくさんお友達が出来たのだ。無謀な願いではないと信じたい。
お爺ちゃん先生はぎゅっと両手を握って決意するフランのことをニコニコ眺めていたが、やがて何かを思い出したかのように声をかけてきた。
「そういえば、お姉さんのことを随分と嫌っているそうじゃのう? しかし、彼女は君のことを心配していたよ?」
「アイツは私のことを地下室に閉じ込めてたんだもん! アイツの父親から閉じ込められてた分も合わせれば、450年以上なんだよ?」
「それはまた……なんとも、気の遠くなるような話じゃな。」
お爺ちゃん先生はドン引きしているらしい。そりゃあそうだ。お外に出られるようになって分かったが、この広い世界でもぶっちぎりでイカれた所業なのだから。
しばらく顔を引きつらせていたお爺ちゃん先生だったが、何とか気を取り直したらしく、優しい笑顔に戻って話しかけてくる。
「ふむ、まあ……お姉さんの方にも理由があったのではないかな? そうでなければ、君のことをあんなに心配したりはせんよ。」
「そりゃあ、フランはちょっとおかしかったかもしれないけど……。」
本当はちょっとだけ分かっているのだ。今のフランはともかく、かつてのフランは……まあ、ちょっとヤバい奴だったかもしれない。
それでも素直に許す気にはなれないのは、あの生活が本当に辛かったからだ。地下室で450年暮らせば分かるだろう。今でも外に出られない悪夢をよく見るくらいなのだから。
お爺ちゃん先生は何かを思い出すようにしながら、その瞳を細めて私に話しかける。
「少しでいい、歩み寄ってあげてはくれんかのう? わしにはお姉さんの苦しみが少しだけ分かってしまうんじゃ。」
「んぅ……どうして?」
「わしにもかつて妹がいたのじゃよ。あの子も……もしかしたらわしのことを窮屈に感じていたかもしれん。それでも、わしはあの子を愛していた。そしてそれは、君のお姉さんもきっと同じはずじゃ。」
「んー……むぅ、分かったよ。ちょっとだけ考えてみる。」
ちょっとだけだ。クリスマス休暇で戻った時もグチグチうるさかったし、本当の本当にちょっとだけだ。それでもお爺ちゃん先生は柔らかい笑顔を浮かべ、自分のことのように喜んでくれる。
「おお、それは嬉しいのう。きっとお姉さんも喜ぶはずじゃよ。」
「でも、最近はアイツも忙しいみたいだし、フランに構う暇なんてないかもよ?」
クリスマスは毎年開いているパーティーも無かったくらいだ。リーゼお姉様やアリスも忙しそうにしてたし、また何か暇つぶしにやってるのかもしれない。
「うーむ、それはわしの所為かもしれんのう。お姉さんにはわしの仕事を手伝ってもらっているんじゃ。」
「お仕事って?」
「何と言ったらいいか、悪い魔法使いと戦っているんじゃよ。」
「フラン、そいつのこと知ってるよ! ヴォル……ヴォルなんとか卿! ハッフルパフのみんなも、悪いヤツだって言ってたんだ。」
魔法省に親がいる子たちは、みんな嫌ってるヤツだ。コゼットのお父さんもそいつのせいでクリスマスに一緒にいれなかったらしいし、きっと嫌なヤツに違いない。
「うむ、うむ。その『なんとか卿』のことじゃよ。ふむ、彼は……彼なら、この鏡に何を映すかのう? 永遠の命か、はたまた限りない力か。」
なんだそりゃ? そんなものより、もっと欲しいものがあるだろうに。
「人間はそんなのが望みなの? つまんないなぁ。友達がいたほうがよっぽどいいのに。」
私の言葉を聞いたお爺ちゃん先生が、痛快そうに笑い出す。変なことを言っただろうか?
「ほっほっほ。その通り、まさにその通りじゃ。君は彼よりもよっぽど賢いようじゃのう。」
「えへへ、そうかな?」
「さよう。君は最も大事なものがなんなのかに気付いておるのだよ。彼はそのことに気付くことができなんだ。」
「最も大事なもの?」
「……愛じゃよ、フラン。」
愛? よく分からない。私が不思議そうな顔をすると、お爺ちゃん先生は微笑みながらゆっくりと語りかけてきた。
「君ならすぐにでも理解できるだろう。君はどうしてグリフィンドールのわんぱく小僧たちに立ち向かう? どうしてハッフルパフのために必死に勉強する? それこそが……それこそが、答えなのじゃ。」
「んー? よく分かんないよ。」
「今はそれでいいんだよ、フラン。きっといつかわかる日が来る。」
お爺ちゃん先生が私の頭を柔らかく撫でてくれる。見た目は全然違うのに、リーゼお姉様やアリスに撫でられた時と同じ感じがする。
「さて、わしはそろそろ失礼しよう。君なら鏡に魅入られる心配はないじゃろうが、もうこれを気にしてはいけないよ?」
「うん! フラン、自分で叶えるんだもん!」
「うむ、うむ。それではおやすみ、フラン。夜の散歩も乙なもんじゃが、ルームメイトを心配させない程度にするんじゃよ?」
「はーい。」
お爺ちゃん先生が歩いて行くのを見送って、鏡には目もくれずに歩き出す。
月明かりに照らされるホグワーツの廊下を歩きながら、フランドール・スカーレットは気分良く鼻歌を奏でるのだった。