Game of Vampire   作:のみみず@白月

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疑念の種

 

 

「杖、ですか。……連盟は何に使うつもりなんでしょう?」

 

ダイアゴン横丁の大通りにあるカフェの店内で、アリス・マーガトロイドは首を傾げながらリーゼ様に問いかけていた。先日遂にホグワーツの代表選手が決まったらしく、今はその話を聞いていたのだが……象徴となる杖か。面白いことを考えるな。

 

今年も十月に入り、母校であるホグワーツでは色々なことが動き出している反面、私を取り巻く環境は停滞している。国際保安局の捜査官はイギリスでしぶとく粘っているし、連盟内の議論は優位な状況を保ちつつ結果が出ないままで、アピスさんからの調査報告は未だ届かずといった具合だ。

 

そんな中、リーゼ様が私の様子を見にダイアゴン横丁に顔を出してくれたので、一応安全のためにと忠誠の術をかけっぱなしの人形店から出てきたわけだが……うーむ、可愛いな。今日のリーゼ様はいつもと違う髪型な所為で可愛さ五割増しだ。どうも咲夜がホグズミードで買ったバレッタをプレゼントして、ハーマイオニーがそれに合うようにセットしてくれたらしい。

 

サイドの髪を複雑に編み込んで、そこにコウモリをモチーフにした銀のバレッタを着けているリーゼ様を見て目を癒している私に、リーゼ様もまた同じような顔付きで私を見ながら返事を返してきた。

 

「そこはマクゴナガルも知らないらしいね。ただ杖を準備するようにと通達されたらしいよ。……アリス、ずっとその姿で居たらどうだい? 別に不便ではないんだろう?」

 

「普通に不便ですよ。高い所の物が取れませんし、手が小さいので人形作りにも影響が出るんです。だから騒動が落ち着いたら元に戻ります。」

 

「残念だね、実に残念だ。……本当に残念だよ。」

 

いくらリーゼ様の頼みでも、こればかりは頷けないぞ。子供の姿はそのくらい不便なのだから。残念を三連発してきたリーゼ様は、窓の外を眺めながら話を戻してくる。

 

「まあ、杖とやらは然程重要じゃないさ。重要なのはリヒテンシュタインで行われるパーティーの方だ。パーティーにはホームズ含め各国の要人が集まるから、ゲラートはそこで一手仕掛けるつもりみたいだね。」

 

「解任決議ですか?」

 

「というか、厳密に言えばその土台作りってとこかな。連盟のお偉いさんやホームズ本人を交えた『会談』を行うらしいよ。その場で論戦をふっかけて色分けしようってことさ。ついでに冤罪騒動に対する言及もね。」

 

つまり、ホームズの連盟内の協力者を炙り出そうというつもりなのだろう。アイスティーをストローで吸いながら頷いた私に、リーゼ様は尚も説明を続けてきた。

 

「当然、私も行くつもりだ。ボーンズに頼んで無理やりパーティーへの参加を捻じ込んでもらったよ。会談自体はパーティーとは別日になりそうだが、どうせなら参加しておこうと思ってね。」

 

「ホームズと直接会うってことですか。」

 

「そこが悩みの種なんだけどね。遠回しな手段は諦めて、サクッと殺しちゃうのも一つの手だと考えているんだが……キミはどう思う?」

 

「……難しいところですね。」

 

ホームズの立場が揺らぎ始めた今なら、彼が『不審死』してもどうにか有耶無耶に出来るかもしれないが……まあ、ギャンブルに出るよりは確実な手を選択した方が良いだろう。ストローで氷を揺らしつつ、リーゼ様に返答を投げかける。

 

「とりあえずはグリンデルバルドに任せるべきだと思います。委員会のためにも先ず政治的にホームズをどうにかするっていうのが当初の目的で、グリンデルバルドがそれを実現しつつあるわけですから、今無理に動いて状況を引っ掻き回すのは良くないんじゃないでしょうか?」

 

「んー、そうだね。分かり易い手段を使うのはゲラートが引き摺り降ろしてからにしようか。……キミも出るかい? パーティー。ずっと家に居るんじゃ暇だろう?」

 

「……それはまた、とんでもなく大胆な提案ですね。ホームズが魔女の操っている人形だとすれば、子供の姿だろうが私であることには気付くと思いますよ?」

 

「だから面白いんじゃないか。散々好き勝手されたんだから、ちょっと挑発してやってもバチは当たらないはずだ。目の前でおちょくってやりたまえよ。私が近くに居れば何も出来ないさ。」

 

クスクス笑いながら言ってくるリーゼ様に、微妙な表情で曖昧な首肯を送った。

 

「まあその……挑発云々を抜きにしても、パーティーには少しだけ興味がありますね。ホグワーツ以外の学校については殆ど知りませんから、各校の生徒がどんな雰囲気なのか見てみたいです。」

 

「私もきちんと見たことがあるのはボーバトン、ダームストラング、マホウトコロの生徒だけかな。他の三校はワールドカップの時にチラッと見かけたくらいだ。」

 

「カステロブルーシュが魔法薬学、ワガドゥが変身術でそれぞれ名高いですね。ちなみにマホウトコロが防衛術、ボーバトンが呪文学に精通しているのも有名な話です。」

 

他国から見るとホグワーツやイルヴァーモーニーはバランス良く教えているという印象らしい。そしてダームストラングはまあ、闇の魔術に深い造詣があるといった感じだ。

 

私が自分の中の知識を漁っていると、リーゼ様は鼻を鳴らして自身の認識を語ってくる。

 

「イルヴァーモーニーはホグワーツの『真似っこ学校』なんだろう? イギリス魔法界の出身者が創設したわけだし、当然っちゃ当然のことだろうが。」

 

「いや、詳しく紐解くとそういうわけでもないんですけどね。イゾルト・セイアはホグワーツに通わなかったみたいですし、ほぼオリジナルの学校を構築したんじゃないでしょうか? もちろん多少は参考にしているでしょうけど。」

 

とはいえ、参考にしているのは他校も同じなはずだ。ホグワーツとワガドゥが長い歴史を持っていて、他は軒並み後発の魔法学校なのだから。マホウトコロだけは日本という国の性質上独自の魔法文化を形成したらしいが、それでもいくらか影響は受けて……いるのか?

 

むう、自信が無くなってきたな。カンファレンスの時にマホウトコロ校内に展示されていた昔の文書を見た限りでは、どうやら『魔法処』というシステムが作られる以前にも魔法学校に似た施設はあったらしいし、私が思っているよりも歴史は古いのかもしれない。

 

うーん、そうなってくるとカステロブルーシュあたりも本当に『後発』なのかが怪しくなってくるぞ。ボーバトン、ダームストラング、イルヴァーモーニーの三校は明確な設立時期がはっきりしているものの、考えてみればワガドゥ、マホウトコロ、カステロブルーシュの三校はどの本を読んでも明記されていなかったはずだ。

 

イギリスではホグワーツこそが『最も古き由緒ある魔法の学校』ということになっているが、実際は違う可能性もあるなと思考を巡らせていると……どうしたんだ? リーゼ様がニヤニヤ笑いながら窓の外を眺めているのが目に入ってきた。何を見ているのかと視線を辿ってみると──

 

「あれって、国際保安局の人ですよね?」

 

緑色の光るスーツを着た眼鏡の男性が、何故かびしょ濡れの状態で通りを歩いているのが視界に映る。何があったのかと訝しみながら問いかけてみると、苦笑を浮かべたリーゼ様が応じてきた。

 

「次局長のフリーマンだよ。ジャック・フリーマン。……うーん、哀れなもんだね。私が思うに、今回の騒動の一番の被害者はあの男さ。」

 

「あの人は人形じゃないんでしょうか?」

 

「だと思うよ。あまりにも人間らしい災難に遭いすぎてるからね。……おお、ガキは容赦がないな。」

 

私たちが話している間にも、駆け寄ってきた六歳ほどの少年たちがフリーマンに何かを投げつける。もう盾の呪文で防ぐのも面倒くさいといった諦め顔でそれを受けた哀れな次局長は、至近距離で弾ける癇癪玉を完全に無視して歩いているが……まあうん、あれはちょっと可哀想だな。イギリスの悪戯っ子たちの『標的』になってるじゃないか。

 

ここまで響く物凄い大音量なのに、気にも留めていないあたりがむしろ憐れみを誘うぞ。要するに慣れてしまったということなのだろう。それは慣れるまで同じ悪戯を食らっているという意味に他ならない。

 

何とも言えない気分でその光景を眺めていると、リーゼ様が徐に窓をコンコンと叩いた。ちょうどフリーマンが近くを通り過ぎようとしているタイミングでだ。

 

「ちょちょ、何してるんですか?」

 

「なに、紅茶でも奢ってやろうかと思ってね。あの姿を見てると、一周回ってこっちが迷惑をかけている気分になってくるだろう?」

 

「いやいや、あの人は私のことを拘束しようとしてるんですよ?」

 

「平気だよ、今のキミは可愛い十歳のアリスちゃんなんだから。」

 

そりゃあそうだけど、わざわざ招く必要があるのか? 適当な発言で私の抗議を受け流したリーゼ様は、音に気付いたフリーマンへと手招きしているが……相変わらずいきなり凄いことをするな。無茶苦茶だぞ。

 

『翼付き』の招待を受けたフリーマンはギョッとしながらその場に立ち止まるが、やがてカフェの入り口へと移動して店内に入ってくる。すぐさま女性店員が『招かれざる客』に文句を言うのに、リーゼ様が取り成すように声を上げた。

 

「お客様、申し訳ありませんが当店は『国際保安局お断り』でして──」

 

「構わないよ、私が呼んだんだ。ちょっと話をしたくてね。悪いが入れてやってくれたまえ。」

 

「……かしこまりました、こちらへどうぞ。」

 

具体的にリーゼ様が誰なのかは分かっていないようだが、兎にも角にも『翼付き』が言うならと店員はフリーマンをこちらに案内する。そのまま席に着いた眼鏡の次局長へと、リーゼ様が皮肉げに笑いながら話しかけた。

 

「やあ、フリーマン君。私のことはご存知かな? 八月の終わり頃に会った時は自己紹介をする暇もなかったわけだが。」

 

「存じております、ミス・バートリ。スカーレット氏のご親戚で、今は頻繁に大臣室に出入りをしているとか。」

 

「情報収集を怠っていないようで何よりだよ。こっちの女の子は私の親戚だ。大人しくさせておくから気にしないでくれたまえ。……最初に疑問を晴らしておきたいんだが、キミは何故びしょ濡れなんだい?」

 

「少し離れた商店でマーガトロイドのことを聞いてみたところ、追い出された挙句に水をかけられましてね。前方と頭上からかけてきた水は防げたのですが、後方と左右のを防げませんでした。お陰でこのザマです。」

 

説明を聞いてもいまいち理解できないような状況だな。四方八方から同時に水をかけられたってことか? 謎すぎる返答に顔を引きつらせる私を尻目に、リーゼ様はクスクス微笑みながら肩を竦めた。

 

「同情はしておくよ。ついでに助言もしておこうかな。……諦めて北アメリカに帰りたまえ、フリーマン君。これは挑発でもなんでもなく、心からキミに同情しての助言だ。キミだってここでそんなことをしていても意味がないことには気付いているんだろう?」

 

「助言には感謝しますが、何も得られずおめおめと帰国するわけにはいきません。我が国で苦しんでいる遺族のためにも、そしてイギリスの安全のためにも、我々はマーガトロイドを見つけ出さねばならないのです。」

 

「ふぅん? イギリスのためにも、ね。健気なもんじゃないか。」

 

「それが国際保安官としての責務ですので。……こちらからも貴女に質問があります。マーガトロイドは何処に隠れているのですか? 貴女はフランスでマーガトロイドのことを『家人』と言っていました。ならば現在の居場所を知っているはずです。もしダイアゴン横丁の人形店に隠れているのであれば、秘密の守り人を教えていただきたい。」

 

本人も守り人も目の前に居るぞ。水滴が付いたままの眼鏡を拭きながら聞いたフリーマンへと、リーゼ様は首をかっくり傾げてわざとらしい返事を返す。

 

「さてさて、見当もつかないね。見つけたら夕食までに帰って来るようにと伝えておいてくれたまえ。」

 

「……私には貴女を強制的に連行する権利があります。」

 

「おいおい、この前の騒動で懲りなかったのかい? それにだ、連盟の捜査権で吸血鬼を連行するとかなり面倒な事態になるぞ。……自分でもよく分からないからこの機会に聞いておこうかな。そもそも私はイギリス魔法界の所属なのかい? 北アメリカでは吸血鬼は『ヒト』なのか?」

 

「どういう意味でしょうか?」

 

本気で分かっていない様子のフリーマンに、リーゼ様はピンと指を立てながら疑問の内容を解説し始める。

 

「つまりだね、吸血鬼という生き物は国際魔法使い連盟の制限が及ぶ存在なのかということだよ。キミたちは『イギリスの魔法使い』を強制的に連行できるかもしれないが、『イギリスの吸血鬼』を連行できるかは不明瞭なはずだ。」

 

「それは詭弁です。」

 

「詭弁だからこそ有効なのが政治の世界だろうに。トロールを『ヒト』にするかどうかで大揉めした連盟だぞ? それが吸血鬼ともなれば荒れに荒れるだろうね。そういう面倒な議論が嫌なら私を連行するのはやめておきたまえ。」

 

「……まあ、本気でやろうとは思っていませんよ。この国が吸血鬼を特別視していることは嫌というほど理解しましたから。」

 

疲れたようにため息を吐いたフリーマンに対して、リーゼ様もまたため息を吐きながら話題を切り替えた。

 

「そうだね、私のことはどうでも良い。……どうかな? 本音で言えば、少し疑念が湧いてきたんじゃないか? キミはまだアリスが犯人であると本気で信じているのかい?」

 

「無論、信じています。」

 

「問題はキミが『何を』信じているかってことさ。アリスが犯人であるという部分を信じているのか、それともそうだと主張しているホームズのことを信じているのか。……捜査内容を客観的に鑑みて、アリスが犯人であることを疑っていないと杖に誓えるかい? それを聞かせてくれたまえよ。」

 

リーゼ様の問いかけにピタリと動きを止めて沈黙したフリーマンは、窓の外に広がるダイアゴン横丁を見ながら口を開く。重苦しい表情でだ。

 

「……ホームズ局長は私を引き上げてくれた恩人です。」

 

「質問の答えになっていないね。……ま、いいさ。キミの気持ちはよく分かった。その上でもう一つ助言をあげよう。本気で捜査官という職に誇りを持っているのであれば、それに恥じない行動を選択したまえ。たとえそれが恩人の意思に反する行為だとしてもだ。個人か、公人か。どっち付かずで居るといつか痛い目に遭うぞ。」

 

「……貴女にはそれが出来ると?」

 

「出来ないし、やろうとも思わないね。私は個人であることを尊重することに決めてるんだ。だからまあ、私がキミなら無実の人間を投獄することになってもホームズを立てようとするんじゃないかな。」

 

あっけらかんと主張したリーゼ様は、ぽかんとするフリーマンへと言葉を繋げる。

 

「だが、キミは私じゃないだろう? ジャック・フリーマン。だったら他者がどうであるかなんてどうでも良いんだ。自分できっちり選択したまえ。私が言いたいのは、どっち付かずは良くないってことなんだから。」

 

リーゼ様の助言を受けたフリーマンは、暫くの間難しい顔付きで黙っていたが……やがてガタリと席を立つと、一言だけ残してカフェを出て行った。

 

「助言に感謝します、ミス・バートリ。先程の同じ台詞は建前でしたが、これは本心からの感謝です。」

 

肯定でも否定でもなく、感謝を口にしたフリーマン。その緑色の背が出口を抜けていくのを横目にしつつ、リーゼ様は鼻を鳴らしてポツリと呟く。

 

「難儀な男だね。責任感が強すぎて損をするタイプだぞ、あれは。やっぱり好き勝手に生きるのが一番さ。」

 

「あの人、捜査を洗い直すつもりなんでしょうか?」

 

「分からんが、疑念の種は植え付けた。芽吹くかどうかはフリーマン次第かな。植えるだけならタダなんだから、こういうのはどんどんやっていかないとね。」

 

うーむ、吸血鬼の本領発揮ってわけだ。フリーマンは先程の『説教』に何かを見出していたようだが、リーゼ様にとっては適当に放った台詞に過ぎないのだろう。こういうところはレミリアさんのやり方に通じるものがあるな。……まあ、どんな意図だろうが切っ掛けは切っ掛けだ。結果的にそれが良い方向に働くのであれば、そう悪い行いではないはず。

 

吸血鬼は人を惑わす種族なんだなと改めて実感しつつ、アリス・マーガトロイドはアイスティーの残りを飲み干すのだった。

 


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