Game of Vampire   作:のみみず@白月

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テーラーの幸せ

 

 

「良かった、ぴったりですね。採寸してないから不安だったんですけど、これなら問題なさそうです。」

 

ニコニコ微笑みながら堂々と嘘を吐いたアリス・マーガトロイドは、ボーイッシュな『なんちゃって正装』姿のリーゼ様にうんうん頷いていた。ネックだろうがウェストだろうがヒップだろうがバストだろうが、採寸などしなくてもミリ単位でサイズを完璧に把握しているので、そもそもぴったりじゃないはずがないのだ。わざわざそのことを口に出すつもりはないが。

 

今月最後の日曜日である十月二十六日のお昼前。現在の私たちは魔法省地下一階の小部屋を借りて、リーゼ様のために作った『お洒落スーツ』のチェックをしている真っ最中だ。やはりリーゼ様は中性的な格好がよく似合うな。ホグワーツの制服姿も可愛らしくて大好きだが、こっちもこっちで堪らない。要するに何を着ても素晴らしいということなのだろう。

 

警戒されずにリーゼ様の肢体をジロジロ見ることが出来る状況を遺憾無く有効活用している私に、当の本人は『着せ替え人形』にされることに慣れている様子で相槌を打ってくる。エマさんに同じことを何度もされているからかな?

 

「ふぅん? 対抗試合のダンスパーティーの時の服に似てるね。」

 

「あの時よりはちょっとだけフォーマル寄りにしておきました。どうですか? 軽い手直しくらいならここでも出来ますけど。」

 

「問題ないよ、動き易くて文句なしだ。現代的でカッコいいしね。……つくづく良い時代になったもんさ。昔は正装となると嫌でもドレスを着させられてたよ。」

 

「嫌いなんですか? ドレス。」

 

翼を出すための背中側の穴を調整しながら聞いてみれば、リーゼ様は擽ったそうに身を震わせて首肯してきた。付け根をいきなりギュってしたらどんな反応をするんだろうか? 無防備すぎて何だかゾクゾクしてくるな。

 

「大嫌いさ。昔は忌々しいコルセットを着ける必要があったしね。私と同じく、母上もあの『拘束具』を憎んでいたよ。」

 

「あー、コルセットですか。私は使ったことがないんですけど、苦しいってのはよく耳にします。」

 

「私や母上は痩せていたからまだマシだったが、多少『健康的』な体型になると拷問に早変わりだ。衰退してくれて何よりだよ。……そういえば、キミの服はどれなんだい? その服でパーティーに出るわけじゃないんだろう?」

 

「私のは普通に子供用の青いドレスですよ。小さくした人形を仕込めるようにはしましたけど、別段目立つような服ではないはずです。」

 

つまるところ、私たちは連盟が主催するパーティーのためにリヒテンシュタインに移動する直前なのだ。マクゴナガル率いる代表選手たちはホグワーツから、そして招待客であるリーゼ様と私、スクリムジョールやフォーリーなんかは魔法省からポートキーで移動する手筈になっている。無論イギリスからの参加者はそれだけではなく、他にも数名の著名人が招かれているらしい。

 

ちなみに私の外的な身分は、予定通りリーゼ様の親戚ということになっているそうだ。アメリアがギリギリで参加を捻じ込んでくれたのだとか。必要以上に身体を近付けて、ショートパンツの丈を確認するフリをしながらタイツに包まれたリーゼ様の内腿をジッと見つめていると、部屋のドアがノックされると共に呼びかけが聞こえてきた。くそ、タイムアップか。折角のタイツなのに。内腿なのに。

 

「バートリ女史、マーガトロイドさん、そろそろ出発の時間です。大臣室への移動をお願いします。」

 

「ええ、今行くわ。……それと、今日の私はまだ十歳の『アリス・カトリン』よ。『マーガトロイドさん』はやめて頂戴。」

 

「向こうに行ったら直しますよ。……マイナス六十歳ってのは中々のものですね。」

 

「聞こえてるわよ。」

 

好きで『若作り』しているわけじゃないんだからな。ドア越しに呟いたロバーズに鋭い指摘を送ってから、実はとっくの昔に終わっていたチェックを切り上げて使っていたメジャーなんかをトランクに仕舞う。リーゼ様は身分が身分だけに最初からこの格好だが、私は向こうに着いたら着替えるってことで大丈夫なはずだ。控え室を用意してくれるらしいし。

 

「ほら、トランクは私が持つよ。キミは小さいんだから無理しちゃダメだ。」

 

「いやいや、私の荷物なんですから私が──」

 

「なぁに、どうせ部屋を出たら持つのはロバーズさ。」

 

相変わらずこの姿だと優しくしてくれるリーゼ様は強引にトランクを引ったくって、ドアを抜けるや否や廊下で待っていたロバーズにそれを押し付ける。そして当然のようにそれを受け取ったロバーズは、トランク片手に私たちのことを先導し始めた。荷物持ちをさせられることに疑問はないのか?

 

「こっちです。……お似合いですよ、バートリ女史。雰囲気が出ています。こう、独特の雰囲気が。」

 

「どうも、局長君。『お世辞感』をもう少し抑えてくれれば嬉しかったかもね。」

 

「本心ですよ。……本心っぽく聞こえませんでしたか?」

 

「本心っぽくはなかったが、『言わなきゃいけない』って内心は聞こえてきたかな。ついでに言うとその質問で更に減点だ。落第だよ。」

 

真紅の絨毯が敷かれた廊下を進みながらダメ出しするリーゼ様に、ロバーズはやり難そうな苦笑を浮かべて押し黙る。この辺のやり取りはレミリアさんもリーゼ様も変わらないな。吸血鬼の前だと新局長どのは『下っ端』に戻ってしまうようだ。

 

そのまま大臣室に到着した私たちが、ノックをしてから部屋に入ってみれば……揃っているな。ウィゼンガモットの紋章が入った黒い儀礼用ローブ姿のフォーリーと、毎度お馴染みのスリーピースで決めたスクリムジョール、それにもう一人の護衛役であるシャックルボルトが待っていた。もちろん部屋の主たるアメリアも居るが、彼女は今回イギリスに残るはずだ。

 

「揃いましたね。よくお似合いですよ、バートリ女史。」

 

「どうも、ボーンズ。……女性を褒める時はこうやるんだよ、局長君。余計な一言を付け足すんじゃなく、態度で語るんだ。」

 

「……勉強になります。」

 

アメリアの褒め言葉を例にロバーズを『教育』したリーゼ様は、次にシャックルボルトへと話しかける。直接会うのは久々だが、彼も私の姿に関しては説明を受けているはず。マクーザに出張していたんだっけ?

 

「やあ、シャックルボルト。マクーザはどうだった? 何か掴めたかい?」

 

「お久し振りです、バートリ女史、ミス・マーガトロイド。現地の闇祓いやフランス側の協力もあり、面白い事実を突き止められました。ミス・マーガトロイドのことを目撃したという女性が存在しないという事実を。」

 

「おやまあ、それは面白いね。虚偽の捜査報告ってわけか。」

 

「それが奇妙な話でして、現地の魔法保安官が目撃証言を受けたのは事実のようなんです。その際に目撃者の女性が記入していった名前も住所も、マクーザ側が管理する在住魔法使いリストの原本にきちんと登録されていたのですが……どれだけ探しても『本人』が見つからないんですよ。住所には魔法界とは一切関わりのないマグルが住んでおり、リスト上ではその女性が卒業しているはずのイルヴァーモーニーにも名前が残っていなかったそうでして。」

 

つまり、書類上だけ存在している人物だったってことかな? 首を傾げる私を他所に、スクリムジョールが鼻を鳴らして口を開く。

 

「『役者』を雇い、ご丁寧に原本まで改竄して目撃者の存在を仕立て上げたということか?」

 

「その線が濃厚かと。ですが、保安局は原本の登録情報の方が間違っているのだという言い訳を叩き付けてきました。目撃者の女性は確かに存在しており、ミス・マーガトロイドのことを目撃したというのも事実であるが、聞き取りの際に住所を間違えて記入していった所為で追えなくなってしまったという言い訳を。」

 

「イルヴァーモーニーに名前が残っていなかった点は?」

 

「原本の方が間違っているのだから、そもそも卒業生ではないのだと主張しています。他国の学校を卒業した生徒であると。」

 

どんどん苦しい言い訳になっていくな。自由入学のヨーロッパと違って、北アメリカでは魔法族のイルヴァーモーニーへの入学は義務のはずだ。他国の学校を卒業した後に北アメリカに移住するというのはもちろん可能だし、そういった魔法使いも複数存在しているだろうが、割合として少数なのは間違いないはずだぞ。

 

「尚のこと面白いじゃないか。目撃者が『間違えて』記入していった住所が、たまたまミスで原本とやらに登録してあった住所と一致したわけだ。どれだけ低い確率の偶然なんだろうね?」

 

まあ、そういうことになってしまうな。仮に目撃者と原本を管理する部署がそれぞれミスをしていたとしても、目撃者が間違えて記入していった住所と原本に記載されてあった住所が一致するはずなどない。保安局の言い分通りなら、それらは独立した別個のミスなのだから。

 

なまじ名前が一致してしまったから下手な言い訳をせざるを得なかったのかな? 呆れ果てたようにやれやれと首を振るリーゼ様へと、シャックルボルトもまた僅かな呆れを滲ませながら重々しく応じた。

 

「いよいよ取り繕うことが出来なくなってきたようですね。向こうの闇祓いも疑いを深め、かなり協力的に動いてくれています。この分ではマクーザの状況がひっくり返るのも時間の問題かと。」

 

「ま、順当な結果だよ。話し合いではキミたちやゲラートにそこを突いてもらうとしようか。……今日の夜にパーティーで、一日空けて火曜日に会談だろう? 具体的な参加者は誰になるんだい?」

 

ソファに腰を下ろしたリーゼ様の問いかけに、今度はフォーリーが返答を口にする。非常に重そうなローブだな。いくら儀礼用にしたって、あそこまで何枚も重ね着する必要があるのか? 吸血鬼社会はコルセットの呪縛から抜け出せたようだが、ウィゼンガモットは歴史の重みを捨て切れなかったらしい。

 

「ヨーロッパ側の注目度は高いようですから、各国の要人が軒並み参加するはずです。公式な会談ではないので我が国と同様に魔法大臣クラスは出てきませんが、それに次ぐ立場にある人物を送り込んでくるでしょうな。」

 

「というか、そもそもどうしてボーンズは出ないんだい?」

 

「面子の問題ですよ。急遽決まった非公式な会談に国のトップが駆け付けるようでは、他国からイギリスが侮られてしまいます。他国も主催者であるグリンデルバルド議長の顔を潰さない程度には重職で、かつトップ以外の人物を派遣するでしょう。」

 

「なるほどね、自分が政治家に向いてないことがよく分かったよ。私にはアホらしい意地の張り合いにしか思えないからね。レミィが体裁を重んじるように、私は実利を重んじる吸血鬼ってわけだ。」

 

背凭れに身を埋めながら額を押さえるリーゼ様へと、フォーリーが表情を崩さずに続きを語った。うーん、私も向いてないみたいだ。だって同意見なんだから。

 

「そういった効率的ではないやり取りも政治には必要なのですよ。……アジアはあまり注目していないようですが、香港自治区や日本は人を出してくると聞いています。その他にもパーティーの『ついで』に顔を出そうという国はいくつかあるようです。」

 

「まあうん、それなりに大規模な会談になるってのは理解できたよ。ホームズがどんな言い訳を寄越してくるのか楽しみにしておこうじゃないか。」

 

リーゼ様が投げやりな感じに纏めたところで、部屋の時計をちらりと見たスクリムジョールが徐にテーブルへと近付く。そこに置いてあった白い封筒を手に取ると、パーティーに赴く面々を促してきた。

 

「時間ですな。封筒そのものがポートキーになっているそうですので、各員手を触れてください。」

 

封筒か。連盟らしい事務的なポートキーだな。イギリスだったら何かそれらしいものをポートキーにするのに。拍子抜けしながらリーゼ様の隣で封筒に人差し指を乗せると、アメリアが別れの言葉をかけてくる。

 

「こちらでも動く準備だけはしておきますので、何かあれば連絡を送ってください。それと、ホグワーツの代表チームには私も応援していると伝えていただけますか?」

 

「ええ、伝えておくわ。」

 

ホームズの件で色々と忙しいが、やっぱりアメリアもホグワーツの……姪っ子の勝利を祈っているわけか。私がこっくり頷いて請け負ったのと同時に、耳鳴りと共に周囲の景色が歪み始める。ポートキーでの移動が始まるようだ。

 

浮遊するような、沈み込むような、吸い込まれるような。形容し難い独特な感覚にうんざりしつつ、アリス・マーガトロイドはリヒテンシュタインへと旅立つのだった。

 


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