Game of Vampire   作:のみみず@白月

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国際魔法使い連盟

 

 

「……ここが連盟の本部なのか? 何かこう、思ってたのと違うんだが。」

 

お昼時の陽光を浴びている巨大な『砦』を前に、霧雨魔理沙はぽかんとしながら呟いていた。私が持っていた勝手なイメージでは、もっと近代的なビルっぽい建物だったわけだが……うん、どう見ても砦だ。山と同化している古ぼけた砦。これが国際魔法使い連盟の本部らしい。

 

遂に訪れた七大魔法学校対抗クィディッチトーナメントの開催記念パーティーの当日、私たち代表選手七名と校長であるマクゴナガルは着替えなんかを入れたトランクを抱えて、ポートキーでリヒテンシュタインの山中にやってきたわけだ。ちょっと寒いし、マフラーを持ってくれば良かったな。そこそこ標高が高い場所なのかもしれない。

 

しかしまあ、ボロボロじゃないか。どうやら私たちが到着したのは城門のすぐ内側にある広場らしいが、背後にある石積みの城壁には所々に穴が空いているし、いくつかある側塔は半分以上が半ばから崩れている。山の高低差を利用した砦は堅固な雰囲気を感じさせるものの、『昔なら』という枕詞が付くのは間違いなさそうだ。

 

それでもここからずっと上に見える、一際大きな石造りの建造物……多分あれこそが連盟の本部として使われている建物なのだろう。の屋根の上には誇らしげに国際魔法使い連盟の旗章が掲げられており、その旗だけは太陽の光を反射して真新しい光沢を帯びている。まるでこの場所の価値を主張しているかのようだ。

 

興味深い気分でキョロキョロと周囲を見回していると、顔を顰めて首を振っているマルフォイが私の呟きに応じてきた。出発前も嫌そうな顔になってたし、こいつはポートキーでの移動が苦手らしい。

 

「何故驚いているんだ、キリサメ。実際に来たことがあるかはともかくとして、この砦のことは魔法史の教科書で嫌というほど目にしたはずだぞ。」

 

「ビンズには悪いが、私は魔法史にあんまり興味が無いんだよ。……お前も来るのは初めてか?」

 

「ああ、初だ。大抵のことは各国にある支部で処理されるから、ここに直接足を運ぶ機会があるのはごく一部の魔法使いだけだろう。」

 

『ポートキー酔い』が治ってきたらしいマルフォイの説明に、馬が一頭もいない寂れた厩舎を横目にふんふん頷いていると、引率役であるマクゴナガルが私たちを促しつつ歩き始める。教師らしく解説をしながらだ。

 

「行きますよ、皆さん。……国際魔法使い連盟は全世界の魔法使いの権利と安全を守るために設立された機関です。十一世紀頃に活躍していた魔法戦士たちの自警団を母体として、徐々に現在のような国際機関へとその役割を変えてきました。連盟を率いているのは厳正な審査を受けて『上級大魔法使い』に選出された一握りの魔法使いで、現在存命なのは世界全体で五名だけですね。ちなみにダンブルドア先生もその内の一人だったんですよ。」

 

全世界でたった五人か。大したもんだな。最後の部分をちょっと誇らしげに言ったマクゴナガルは、左右に石像が並ぶ長い石階段を上りながら続きを話す。今私たちが居る城門がある広場から、頂上の本部まで一直線に繋がっているらしい。

 

「左右に設置されている石像は歴代の上級大魔法使いたちを象ったものです。一番手前にあるそれが、初代上級大魔法使いのピエール・ボナコーの像ですね。」

 

「トロールの権利を主張した人ですよね? その所為でこの砦から追い出されかけたと教科書に書いてありました。」

 

「その間抜けな逸話だけが広く伝わっていますが、ボナコーは現在の連盟の基礎を作った偉人でもあるんですよ。公正な博愛主義者で、あらゆる国家や人種を貴賎なく扱ったと文献に記されています。……その博愛精神をトロールにまで向けた結果、あの有名な事件に繋がったというわけですね。」

 

ロイドの質問に苦笑しながら答えたマクゴナガルへと、今度はスーザンが沢山ある建物の一つを指して疑問を送った。山の斜面を利用して階段状にいくつかの階層が作られているらしい。上っていく途中にある横道の先には、庭があったり建物があったりと結構バリエーション豊かだ。

 

「あの建物は何でしょうか? それなりの大きさですけど。」

 

「私が以前来た時と変わっていないのであれば、あれは職員たちの宿舎です。ここは山奥ですからね。もちろん煙突ネットワークは繋がっているはずですが、他国から派遣されている魔法使いも多いですし、大抵の職員はあそこに住んでいるはずですよ。」

 

「……大変なんですね、連盟の職員も。」

 

「名誉職である側面が強いですからね。繋がりを作るために我慢して勤めている職員も多いそうです。ボーンズ大臣も昔数年ここに派遣されていましたよ。本人曰く、『外界から隔離された監獄のような暮らし』だったのだとか。歴史が古いというだけあって規則も多いそうですから。」

 

監獄ね。……つまりあれか、お偉いさんたちの『若い頃は連盟の本部に派遣されて苦労したもんだ』みたいな経験談になる場所なのか。世界各国の政治家の卵たちが『修行』する施設なわけだ。

 

ちらほらとすれ違うお揃いの黒ローブを着た職員たちに、私が多少の同情を覚え始めたところで……おっと、あれは誰だか分かるぞ。階段の半分くらいで左右に並んでいた石像が途絶え、その最後に真新しいダンブルドアの石像が立っているのが見えてくる。上級大魔法使いとやらに選ばれた人間が死ぬと、新しく石像が追加されていくってことか。

 

「ダンブルドアだな。……本人は石像にされるのを望んじゃいないだろうが。」

 

あの爺さんはそういう権威めいたものが好きではないはずだ。そう思って口にした言葉に、マクゴナガルは柔らかい笑みで応じてきた。

 

「それを理解してくれる人が居ることを、アルバスはきっと喜んでくださると思いますよ。あの方を知っている魔法使いにとってはこの石像はちょっとしたジョークですね。……分かる人にだけ分かれば良いんです。少なくともホグワーツの魔法使いは分かっています。ならばアルバスは満足しているはずですから。」

 

ホグワーツの生徒だったら首を傾げてしまうような、やたらキリッとした表情のダンブルドア像。それを見た私たちがお揃いの苦笑を浮かべたところで、階段の上の方からでっぷり太った黒ローブの中年男性が駆け下りてくる。転びそうでハラハラするな。よく転がりそうな体型だし、コケたら一番下まで一直線だぞ。

 

「申し訳ない、申し訳ない! 到着の時間が正しく伝わっていなかったようでして! ……いや、本当に申し訳ない。ホグワーツからいらっしゃった皆さんですね? 案内役のレンダーノと申します。」

 

「校長のマクゴナガルです。そして、こちらの七名が代表選手となります。」

 

「どうもどうも、マクゴナガル校長。生徒の皆さんもどうも。……ああ、その石像! アルバス・ダンブルドア上級大魔法使いの像ですね。石像職人が気合を入れて作ったということでして、さすがはヨーロッパの英雄だけあって凛々しいお顔だと私も日々尊敬の念を強めております。この場所に前校長の像が並んでいるのは、ホグワーツの方にとってはさぞ誇らしいことでしょう。」

 

「ええ、素晴らしい出来栄えだと生徒と共に感心していたところです。……このまま上ってもよろしいでしょうか?」

 

レンダーノとしてはもっと大仰な感想が飛び出てくることを期待していたようで、ニコニコ微笑みながら無言で待機していたが……マクゴナガルが愛想笑いで促したのを受けて、慌てた様子で先導し始めた。連盟の魔法使いから見たダンブルドアと、ホグワーツの魔法使いから見たダンブルドアは違うということか。どっちが『本物』なのかは言わずもがなだろうが。

 

「はい、はい、そうですね! こちらへどうぞ。足元にお気を付けください。……既にダームストラングとマホウトコロ、カステロブルーシュの三校は到着しております。パーティーは十七時からですので、ホグワーツの皆様も控え室でそれまでお待ちください。」

 

「昼食はどうなるのでしょうか?」

 

「専用の部屋を用意してあります。各校の交流が目的ですから、出来ましたらそこで他校の生徒と歓談しながらという形で昼食を取っていただきたいのですが……まあ、ダームストラングとカステロブルーシュには断られてしまいましたので、控え室で食べた方が無難かもしれません。昼食会にと準備したのは広い部屋なので二校だけだと寂しいでしょう。」

 

うーむ、秘密主義のダームストラングは何となく分かるが、カステロブルーシュもか。早くも足並みが揃わなくなったのが主催者側としては不満なのだろう。苦い顔のレンダーノに、マクゴナガルはポーカーフェイスで返事を返す。

 

「マホウトコロがそこで昼食を取るのであれば、ホグワーツも出向きましょう。生徒たちは制服のままで構いませんか?」

 

「問題ございません。夜に開かれるパーティーと違って、かなりラフな昼食会になるはずですので。」

 

「それと、イギリス魔法省からの招待客は既に到着していますか? 少し話したいことがあるのですが。」

 

「イギリス魔法省からの招待客ですか? ……少々お待ちください、今確認いたします。」

 

階段を上りつつ懐から出した羊皮紙をチェックするレンダーノだが……危ないな、こいつ。何度も躓いて転びかけてるぞ。ハラハラしながら見守っていると、頼りない案内役はパッと顔を上げて質問の答えを放った。

 

「えーっとですね……はい、イギリス魔法省からのお客様は到着しているようです。その他の著名人の方々は夜のパーティーに合わせて少し遅めになるようですが。」

 

「では、生徒たちを控え室に置いたらそちらに案内していただけますか?」

 

「お任せください。」

 

請け負いながら階段の頂上に到着したレンダーノは、そこにあった石レンガのアーチを潜って建物の入り口に進んで行くが……アーチの上になんか書いてあるぞ。何語か分からん文字を見て立ち止まった私に、マクゴナガルが解説を投げてくる。

 

「ラテン語ですね。『杖を向けた先に必ずしも敵が居るわけではない』という意味です。ボナコーの遺した格言ですよ。」

 

「んー……格言ってのはどれもそうだが、これも真意がいまいち掴めん台詞だな。」

 

「恐らく、常に協調の道を探れということを伝えたかったのでしょう。この建物には各所にこういった格言が刻まれていますから、探してみるのも面白いかもしれませんよ。」

 

「お勉強も出来る建物ってことか。」

 

まあうん、ちょっと興味はあるな。見つけたところでラテン語なんて読めないわけだが。そのまま門を通り過ぎて、やたらと大きな玄関を抜けてみると、飾り気のない古臭いエントランスホールが目に入ってきた。

 

ホグワーツほどごちゃごちゃしておらず、イギリス魔法省ほどカッコよくなく、フランス魔法省ほど荘厳ではないその場所を通り抜けたレンダーノは、窓が等間隔に並ぶ通路を進みながら口を開く。……強いて言うなら、フランス観光で見物に行った教会だか修道院だかに近い雰囲気だな。ゴシック建築ってほど凝っていないので、あそこから装飾を抜いた感じだ。

 

「ホグワーツの皆様には一階の部屋を用意させていただきました。基本的に敷地内であれば自由に散策していただいて構いませんが、屋外は崖になっている場所が多々あるのでご注意ください。」

 

「立ち入ってはいけない場所はありますか?」

 

「特にございませんが、三階から上は職員たちが使うオフィスなどが多いので、入ったところで見るものは無いと思います。あとは……そうそう、夜のパーティーが行われるのは別の建物です。あそこですね。」

 

言いながらレンダーノが指差したのは、窓越しに眼下に見えている比較的新しめの建物だ。建物自体があの大きさだと、会場はホグワーツの大広間よりもいくらか広そうだな。私を含めた代表選手たちがそれを確認したところで、案内役どのは一つのドアを開いて中に入った。

 

「こちらがホグワーツの皆様の控え室となります。そこのベルを鳴らしていただければ職員がすぐに来ますので、何か必要な物がある際には遠慮なくお申し付けください。」

 

「……広いな。」

 

シーボーグが思わずといったトーンで呟いたのに、その後ろのアレシアも無言でこくこく頷く。私としても予想外の広さだ。本来何に使う部屋なのかはさっぱり分からんが、教室と同じくらいの広さがあるぞ。

 

センターテーブルを挟んだ三人掛けくらいのソファが四脚と、部屋に三つある大きな窓の近くに安楽椅子が二脚ずつ、その他にもお菓子が満載のカゴや氷の入った水差しとコップのセット、インスタントの紅茶やコーヒーなんかも置いてあるようだ。着替え用の仕切られたスペースもあるし、至れり尽くせりじゃないか。

 

とはいえ、部屋そのものの雰囲気は『控え室』という感じではない。会議室か何かを今日のために模様替えしたのかなと考えていると、マクゴナガルが代表選手一同に指示を出してきた。

 

「私は魔法省の皆さんに挨拶をしてきますので、昼食会に行く準備をしてここで待っているように。ミスター・マルフォイ、私が不在の間の取り纏めを任せますよ。」

 

「任せてください、校長。」

 

「では、行ってきます。……案内をお願いできますか? レンダーノさん。」

 

「はい、かしこまりました。こちらになります。」

 

レンダーノの背を追って部屋を出て行ったマクゴナガルを見送って……ふう、やっと寛げるな。代表選手たちは思い思いに部屋を調べ始める。

 

「紅茶を飲む人は居るかな? 一息つきたいから淹れようと思うんだけど……うん、銘柄は微妙みたいだ。一番マシなのはこれかな。」

 

「私にもお願いするわ。……これはまた、凄い景色ね。大自然って感じ。」

 

「僕にもお願い出来るかな? 何だか緊張して喉が渇いちゃったよ。昼食会か。ここに来て一気に代表選手の自覚が湧いてきた気分だ。」

 

ロイドの呼び掛けに応じたスーザンとハリーを尻目に、菓子が入っているカゴをチェックすると……うーん、こっちもいまいち。用意してくれた物に文句を言うのはアレだが、面白みのない菓子しか置いてないな。具体的に言うと、逃げたり殴りかかってきたり食べると気絶したりしないような菓子しか置いていないようだ。

 

イギリスがおかしいのか、このラインナップが『お堅い』のか。それを黙考する私に、シーボーグが声をかけてきた。

 

「キリサメ、カゴごとこっちに持ってきてくれ。腹が減ってきたよ。」

 

「昼食会があるって言ってるだろうが。この感じなら豪華な料理が出るだろうし、今食い過ぎると後悔することになるぞ。」

 

「がっつき過ぎると白い目で見られるからな。こういうのは適度に腹を満たしておくものなんだよ。」

 

「経験者は語るってやつか。」

 

戯けながらカゴをテーブルまで持って行くと、部屋の隅にトランクを置いたマルフォイが難しい表情で昼食会についての予想を口にする。

 

「協調性があるワガドゥは参加するはずだが、イルヴァーモーニーとボーバトンは未知数だな。マホウトコロも恐らく参加してくるだろし、最悪の場合三校だけでの昼食会になるかもしれないぞ。」

 

「気まずいわね。……マリサは日本語が話せるんでしょう? マホウトコロの生徒とのコミュニケーションは任せたわよ。」

 

「うへぇ、通訳ってことかよ。日本語は問題ないけど、ワガドゥは何語で話しかければいいんだ?」

 

スーザンに肩を竦めて問い返してみれば、彼女は下唇を噛みながら曖昧な返答を寄越してきた。悩んでいる時の顔だな。女子三人は名前で呼び合うようにもなったし、そのくらいの機微はもう分かるぞ。

 

「英語で問題ない……と思うわ。アフリカは言語がバラバラな土地だけど、学校の公用語としては話者が多い英語が使われているはずよ。」

 

「えっと、他の国の生徒にも基本的には英語で問題ないんだよね?」

 

自信なさげに質問したハリーに、マルフォイが腕を組みながら応答する。

 

「話せない言葉で話すのは不可能だから、会話は英語でやる他ないが……最初の挨拶くらいは歩み寄るべきじゃないか? キリサメ、日本語での挨拶を教えてくれ。話そうとする姿勢を見せるのはプラスに働くはずだ。」

 

「挨拶か。日本語だと挨拶も沢山あるんだが……まあ、一番無難なのは『初めまして』かな? その後に自己紹介が続く感じだ。私だったら『初めまして、霧雨魔理沙です』ってな具合に。」

 

「ファーストネームが後なんだったか? 俺ならシーボーグ・ギデオンだな。」

 

「そこは別にいいんじゃないか? 正直言って日本人にはイギリス人の名前と姓の区別がつかんから、気を使って日本式にしてくれてるのか、それとも最初だけ日本語で洋風に自己紹介してるのかが分かり難くなると思うぞ。」

 

スーザンやアレシア、ハリーやシーザーあたりはファーストネームだと分かりそうなもんだが、私は純日本人であるとは言い難い身の上なのだ。だったら私の常識で判断しないほうが身の為だろう。

 

ロイドとアレシアが結局全員分用意してくれた紅茶を受け取りながら、ソファに座って唸っているシーボーグに返事を返してみると……おいおい、面白い光景だな。みんな揃って『初めまして』を練習し始めたぞ。

 

「『ハジメマシテ、ドラコ・マルフォイ』……どうだ? キリサメ。発音は間違っていないか?」

 

「最後に『です』が必要だぞ。それだと急に人格が分裂して自分自身に挨拶し始めたヤツみたいで不気味だからな。……私は普通に英語でいいと思うんだが。さすがに自己紹介くらいは日本の連中も聞き取れるだろ。」

 

「我々は曲がりなりにもイギリスの代表なんだ。である以上、多少は他国の魔法使いに気を使うべきだろう。」

 

真面目くさった表情でそれらしい台詞を放ったマルフォイだったが、その後の日本語の練習は暗澹たる有様だ。……まあうん、歩み寄ろうとしてるってのは伝わるんじゃないかな。下手くそであればあるほど、それっぽく見えるわけだし。

 

突如として始まった『日本語講座』にやれやれと首を振りながら、霧雨魔理沙は自分ももうちょっと英語の発音に気を使おうと決意するのだった。

 


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