Game of Vampire   作:のみみず@白月

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更新再開します。本年もよろしくお願いいたします!


七本の杖

 

 

「キミ、ひょっとしてお洒落が好きなのかい? 毎回毎回やけに小洒落た格好を選ぶじゃないか。目立ってるぞ。」

 

この匂い、香水まで振っているのか? 連盟の議長だか何だかの演説を聞き流しつつ、アンネリーゼ・バートリは迷惑そうな顔のゲラートにちょっかいをかけていた。近くで見なければ分からない複雑な模様が入ったアスコットタイや、派手すぎない程度の金のラペルピン、そして手首に覗くカフリンクス。半世紀前の決闘の内容がファッションセンスを競うものだったら、間違いなくダンブルドアをボロクソに負かしていたな。

 

遂に始まった七大魔法学校対抗クィディッチトーナメントの開催記念パーティー。招かれた客や代表選手たちがお行儀良く『とっても偉い議長のお話』に耳を傾ける中、ロシア議会のテーブルに移動してゲラートとお喋りをしているのだ。招待客は合計で……ふむ、二百人くらいか? 思っていたよりも大人数のパーティーになったな。

 

私を除く全員がきちんと指定されたテーブルに着いていることを確認していると、ゲラートが視線を議長に向けたままで面倒くさそうに応じてくる。今更話を聞いてますアピールをしても無駄だろうに。魔法界で一番の『前科持ち』なんだから。

 

「前にも話したはずだ。『旗』は豪華な方が掲げていて気分が良いものだと。だから外見にも気を使っているに過ぎん。俺個人の趣味ではない。」

 

「ふぅん? お洒落さん扱いされるのが恥ずかしいわけだ。……おい、キミはどう思う? 若作りしすぎだと思わないかい?」

 

同じテーブルに居る闇祓いらしき護衛君に問いかけてやれば、急に訳の分からん吸血鬼に話を振られた哀れな銀朱ローブは驚愕の表情になった後、おずおずと当たり障りのない評価を述べてきた。さすがに英語を喋れるヤツを連れてきているらしい。

 

「その……よくお似合いだと思います。」

 

「阿諛追従は組織を腐らせるぞ。本音で語りたまえよ。きっとこの爺さんは怒らないから。」

 

「……いえ、紛れもない本音です。自分は本心からお似合いだと感じています。」

 

もうやめて欲しいという感情をありありと声色に表した護衛君の褒め言葉を受けて、ゲラートは深々とため息を吐いてから私に注意を飛ばしてくる。つまらん連中だな。

 

「部下にちょっかいをかけるな、吸血鬼。こいつらは真面目な闇祓いだ。イギリスの悪趣味な冗談には慣れていない。」

 

「それはそれは、ロシアがもっとウィットに富んだ国になることを祈っておくよ。……あの議長どのはどっちの派閥なんだい? スカーレット派か、反スカーレット派か。」

 

壁に垂れ下がっている七校の旗の前で、実に退屈な平々凡々とした演説をかましている没個性的な中年男。ロシアのジョークセンスを憂いながらその男を指して聞いてみると、ゲラートはどちらでもない返答を寄越してきた。

 

「中立だ。現状では俺にもスカーレットにもホームズにも近くない稀有な存在だと言えるだろう。あの男は議長に選出されて以来、連盟の……延いては国際魔法社会のバランサーとしての役目に徹している。」

 

「ふぅん? 人間としてはともかく、議長としては中々まともな存在じゃないか。」

 

「それがあの男なりの生存術なのだろう。誰にとっても有用ではないが、かといって邪魔にもならない。結果として対処を後回しにされて生き延びるわけだ。」

 

「つくづく面白くない男だね。話の内容も、生き方もだ。」

 

やれ国際間の協力がどうだとか、やれ若い魔法使いたちの交流がどうだとか。私が聞いている限りでは『パンフレット』にでも書いておけばいいような内容しか喋っていないぞ。レミリアやゲラートの濃い演説に慣れている私としては、耳にしていると眠たくなってくる薄味っぷりだな。

 

中身の薄い演説に対して早く終われと祈っている私に、ゲラートが自身の『感想』を送ってくる。

 

「委員会の話題も、イギリスとホームズの確執も、俺が行う会談の話も避けているな。俺から見れば見事な演説だ。あそこまで完璧に『地雷』を避けるのは難しいだろう。」

 

「世界に蔓延る厄介ごとは見て見ぬ振りってわけだ。連盟の空虚さを表してるね。あれで国際社会のリーダーを気取ってるんだから笑えてくるよ。」

 

そんなんだから大戦でも、魔法戦争でも役に立たなかったんだぞ。バランスを保つための中立と言えば聞こえは良いが、だからといって何もしないのであれば存在している意味がない。『主義による積極的な中立』を保っていた香港自治区と違って、連盟のそれは『躊躇による消極的な中立』だな。

 

毒にも薬にもならんような男を冷めた目線で眺めていると、ようやく話を終えたらしい連盟議長は壇から降りて控えていた人物と交代した。参加者たちの拍手も何処となく空虚な音に感じられるな。賛意や敬意を表すものではなく、あくまでも礼儀としての拍手だ。よくお似合いの音じゃないか。

 

そして『退屈男』の次に壇上に上がったのは……うーむ、こっちは面白そうだな。五分刈りの頭をカラフルな七色に染めているパンキッシュな人間だ。顔付きは男にも見えるし、女にも見える。ストライプのスーツが致命的に髪と合っていないぞ。

 

「誰なんだい? あの愉快な人間は。連盟にも見所のあるヤツが居るじゃないか。」

 

「今回のイベントの総責任者だ。名は確かサミレフ・ソウ。元クィディッチのプレーヤーで、連盟内では無派閥。議長のように意図して無派閥になっているわけではなく、『変わり者』だからどこも受け入れなかった結果らしいが。」

 

「うちのゲーム・スポーツ部の大間抜けといい、元クィディッチプレーヤーってジャンルにはまともな人間が所属していないらしいね。……ちなみに性別は?」

 

「女性だ。」

 

女かよ。耳にクィディッチのゴールポストを模したどデカいピアスを着けているソウは、壇の中央に立つと拡声魔法なしの大声でハキハキと話し始める。声も中性的だな。歳は三十代の前半くらいか?

 

「こんばんは、皆さん! 本日は連盟が企画したイベントのためにお集まりいただき誠にありがとうございます! 私はサミレフ・ソウ! このイベントの取り仕切りを任されている者です!」

 

うーん、間違いなく『体育会系』の人間だな。つまり、パチュリーが蛇蝎の如く嫌うタイプだ。必要以上の声量と独特の話し方ですぐに分かったぞ。手を背後に回して胸を張って喋るソウは、キリッとした顔を保ちながら事務的な連絡を会場に言い渡す。

 

「これから連盟が用意した道具を使って初戦の組み合わせと試合場所を決定しますので、各チームのキャプテンは予めご用意いただいた杖を持って準備しておいてください! ……では、カップをここに!」

 

『カップ』? ソウが壇の脇で待機していた連盟職員の集団に呼びかけると、その中から出てきた二人の職員が黒い布に包まれた大きめの何かを壇上の台に運ぶ。会場の全員がそれに注目する中、ソウは一切勿体つけずに布を剥ぎ取った。運んできた連盟職員たちの呆れたような顔を見るに、本当は勿体つけるべき場面だったようだ。リハーサルとかはしていないのか? 適当すぎるぞ。

 

すると現れたのは……なるほど、優勝カップか。上品な薄い金色に輝く背の高いトロフィーだ。各所に色取り取りの宝石が鏤められている、全長一メートルほどのシャンパングラスのような細長い形の優勝杯。それなりの値段がしそうなそのカップを前にしつつ、ソウはカステロブルーシュのテーブルに指示を投げる。やけにサクサク進めるな。そういう性格なのかもしれない。

 

「では最初に、カステロブルーシュのキャプテンは杖をここに!」

 

ここで各校が用意した『象徴となる杖』の出番か。その声に従って前に歩み出たスーツ姿の大柄な男子生徒が、壇に上がって手に持っていた杖を差し出す。それに首を振って応じたソウは、無言でカップの側面を指差した。何をやっているんだ? 遠くてよく分からんな。

 

興味を惹かれて見守っていると、カステロブルーシュのキャプテンが席に戻った後のカップには……あー、そういうことか。側面にあった宝石に囲まれたスリットに杖が挿し込まれているのが目に入ってくる。七校の選んだ杖が優勝カップの一部になるというわけだ。洒落た演出じゃないか。

 

「悪くないね。文字通り『杖を賭けた勝負』ってことか。勝ち上がった一校が他の六校のプライドの象徴を奪い取るわけだ。」

 

「随分と攻撃的な解釈だな。……俺はあまり好きではない。杖は使ってこその道具だ。トロフィーにされては堪ったものではないだろう。」

 

「まあ、杖作りたちは不満だろうね。」

 

実際に使わないのも、『景品』にされるのも、杖狂いどもとしては首を傾げたくなる使い方だろうな。ゲラートの苦言に肩を竦めたところで、ソウがカステロブルーシュの杖を説明すると共に次の学校のキャプテンを壇上に導く。

 

「カステロブルーシュからの杖はハナミズキ、28センチ、芯材にはルーガルーの毛! クリエイティブで獰猛。時に誠実、時に気まぐれ。魔法薬学に向く。……次にイルヴァーモーニーのキャプテン、杖をここに!」

 

杖の情報は事前に提出していたらしいし、どこぞの杖作りが鑑定して導き出した情報なのだろう。聞いたことのない芯材を興味深く思っていると、イルヴァーモーニーのキャプテンも杖を挿してテーブルに戻っていった。

 

「イルヴァーモーニーからの杖はスネークウッド、31センチ、芯材には角水蛇の角! 知的で用心深く、仲間意識が強い。しなやかに曲がり、あらゆる魔法に適性を発揮する。……次にマホウトコロのキャプテン、杖をここに!」

 

続いてマホウトコロのキャプテン……昼食会で出会ったあの無礼な小娘がカップに挿し込んだのは、イルヴァーモーニーの物よりも更に長い杖だ。白めの木に、赤と白の紐で彩られた持ち手が付いている。何となく民族的な印象を受けるデザインだな。

 

「マホウトコロからの杖はサクラ、39センチ、芯材にはウミツバメの風切羽! 義理堅く、品性を重んじる。善良。癒しの魔法に最適。……次にダームストラングのキャプテン、杖をここに!」

 

唯一制服を着ているダームストラング代表のキャプテンは、堂々とした動作でカップに杖を挿した。ビクトール・クラムほど変な姿勢じゃないな。ということは、あの男ほどクィディッチに人生を捧げていないということだ。この場に限っては減点対象だろう。

 

「ダームストラングからの杖はライム、25センチ、芯材にはセストラルの尾毛! 慎重で、強大。矛盾を孕む。使い手によって適性を変える。……次にホグワーツのキャプテン、杖をここに!」

 

「……皮肉な杖だな。」

 

「ん? どういう意味だい? セストラルの毛はキミのお気に入りだろう?」

 

「大したことではない。個人的な話だ。」

 

ライムの方が気になったのか? 平凡な木材だと思うんだが。苦笑を浮かべてダームストラングの杖を眺めているゲラートのことを、怪訝な気分で見ていると……次はマルフォイの番か。スーツ姿の青白ちゃんは、粛々とカップに歩み寄って杖を挿し込んだ。うむうむ、真っ黒な杖だから目立っているな。いい感じだぞ。

 

「ホグワーツからの杖はエボニー、30センチ、芯材には不死鳥の尾羽根! 頑固で、信念を貫く。忠義に厚い。防衛術に適している。……次にボーバトンのキャプテン、杖をここに!」

 

おっと、マホウトコロと同じくボーバトンも女性がキャプテンか。自信を滲ませた笑みで『大きな校長』が居るテーブルを離れた女生徒は、見せ付けるような優雅な動作でカップに杖を挿し込む。

 

「ボーバトンからの杖はライラック、23センチ、芯材にはデミガイズの毛! 思慮深く、優美な魔法を好む。使い手を熟慮する。呪文学には最良の杖。……最後にワガドゥのキャプテン、杖をここに!」

 

そして最後は独特な服を着た長身の男子生徒だ。昼食会では見なかった顔だな。そういえばワガドゥは参加人数が少なかったっけ。和やかな笑みを湛えながらカップに近付いたワガドゥのキャプテンは、手に持った杖を一つだけ残ったスリットに挿し入れた。

 

「ワガドゥからの杖はバオバブ、33センチ、芯材にはドラゴンの髭! 穏やかで、我慢強い。しかし敵対者には冷酷。変身術に向く。……これで七校が選んだ七本の杖が揃いました!」

 

色も長さも不揃いな七本の杖に彩られた、金色に輝く優勝カップ。まるで七校の違いを表現しているかのようだな。杖がしっかりと固定されていることを確認したソウは、やおら自分の杖を懐から抜いてカップの上部をコツンと叩く。

 

「それでは、次に一回戦の組み合わせを発表します! 公正を期するために組み合わせは『カップが』選びますので、私たち運営側もどんなトーナメント表になるか分かっていません!」

 

カップが選ぶ? 炎のゴブレットのことを思い出すシステムだな。まさかこのカップは『ハリー・ポッター』と書かれた紙を吐き出さないだろうなと心配しつつ、ゲラートと一緒にカップのことを見つめていると──

 

「……うーん、地味だね。これは炎のゴブレットに軍配が上がったかな。」

 

私の呆れたような呟きと共に、カップに挿してある七本の杖の先端に火が灯った。まるで燭台だなと鼻を鳴らしていると、七つの赤い灯火の一つが青色へと変わっていく。ワガドゥの杖に灯った火だ。

 

「第一試合の会場はワガドゥ! 対戦相手は……ボーバトンです!」

 

ああ、そういうシステムなのか。灯っていた火が先に青色になった杖が会場になる学校で、その次が対戦相手ってわけだ。二番目に灯す火を青色に変えたライラックの杖を見て宣言したソウは、続いて色を変えた学校の名を大声で言い放つ。

 

「第二試合の会場はイルヴァーモーニー! 対戦相手はカステロブルーシュです!」

 

ワガドゥとボーバトンもそうだが、こっちも比較的近場で済んだらしい。残るはホグワーツとマホウトコロ、それにダームストラングか。ホグワーツのシードが見えてきたところで、無情にも黒い杖に灯っていた火が青く染まってしまう。シード無しかつ会場校か。最悪だな。

 

「第三試合の会場はホグワーツ! 対戦相手はダームストラングです! よってマホウトコロは初戦シードとなります! ……勝ち上がった四校で再び抽選を行いますので、試合の順番は二回戦の対戦相手とは関係がありません。一回戦の全試合終了後に勝ち残った四校のキャプテンには、次の対戦相手を決めるためにもう一度この場所を訪れていただくことになります!」

 

「よりにもよって大本命のマホウトコロがシード枠か。いまいちな結果になっちゃったね。」

 

『強豪校』がシードなことに会場の大半は苦笑いを浮かべているし、マホウトコロのクィディッチ狂いどももちょっと残念そうな顔付きだ。それを横目にゲラートに話を振ってみれば、彼も興醒めしたような表情で同意してきた。

 

「盛り上がりに欠けるのは間違いないだろうな。連盟も余計なパフォーマンスをしなければよかったと後悔しているだろう。」

 

「ふん、いい気味だよ。……第三試合はダームストラングとホグワーツなわけだが、私とキミは敵同士ってことかな?」

 

「ホグワーツを応援する気など微塵もないが、別段ダームストラングを応援しようとも思わん。俺があの学校を追い出されたことを忘れたか? 他ならぬお前の所為でな。」

 

「おっと、そうだったね。だが、私の所為だって部分は同意しかねるぞ。記憶が確かなら私が落とした本をキミが勝手に拾って読んで、これまた勝手に若気の至りで退校になったはずだ。」

 

心外だという声色で主張してやると、ゲラートはため息を吐きながら突っ込みを入れてくるが……うん? 違ったか?

 

「お前の記憶が当てにならんことはよく分かった。……何れにせよ、トーナメントにはそれほど興味がない。俺にとっての本番は明後日の会談だ。」

 

「ま、そうだね。私もあんまり関心はないが……一応ホグワーツを応援するさ。ハリーも代表選手の一人なんだよ。覚えているかい? ヌルメンガードで会ったはずだが。」

 

「ああ、覚えている。……ハリー・ポッターか。アルバスが身を挺して守った男だ。気には留めておこう。」

 

ゲラートがちらりとホグワーツのテーブルを見ながら口にした言葉を受けて、愉快な気分でうんうん頷く。ハリーとゲラートってのも面白い組み合わせかもしれんな。どうせこの後『歓談タイム』に突入するだろうし、ひとつ引き合わせてみるか。

 

遠くのテーブルでソウの細かな説明を真面目に聞いているハリーを眺めつつ、アンネリーゼ・バートリはクスクス微笑むのだった。

 


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